快楽殺人者・百垓応薩

    作者:空白革命


     夕暮れ沈む町の中、一人歩く子供を見つけ、後をつけるものがある。
     子供が不振に振り返る、純粋な目をしたその一時を、まるで削り取るかのように、彼は頸動脈を切断する。驚きと死。その瞬間を彼は誰よりも愛し、誰よりも悦び、誰よりも崇拝した。
     だからこそ彼は殺人が好きだった。職人が技術を高めるように、学者が知識を深めるように、彼は殺人を磨き、学び、高めて深め、繰り返した。
     ダークネス六六六人衆となったのは……その後のことである。
    「死よ、生に感謝します。こんなヘンな力をくれて、神様どうもありがとう!」
     今日も彼は子供を殺し、人知れず闇へと沈んでいく。
     快楽殺人者、百垓応薩として。
     

     あなたに課せられたのはダークネス六六六人衆の灼滅である。
     灼滅。
     六六六人衆は強力な個体戦闘力を持ったダークネスだが、灼滅者戦力の向上によって一部の六六六人衆に対しては灼滅が可能になってきている。とはいえ強力な個体戦力が下がったわけではない。相当の被害は被ることになるし、何より灼滅者ひとりの戦力とはあまりにもかけ離れすぎている。油断はできない。
     これもまた、そんなケースのひとつだ。
    「六六六人衆、百垓応薩は快楽殺人者です。刃物、ひも、鈍器など様々な凶器を影業から引きずり出して使用するという非常に悪質なタイプの人物像をしています。外見は一般的な成人男性ですが、人は見かけで判断できないということなんでしょうか」
     六六六人衆との接触は夕方の公園で行なう。
     相手にもバベルの鎖が働いているので、おかしな奇襲はかけられない。彼がここを通りがかるタイミングに併せてその遭遇するのだ。
    「灼滅可能範囲とはいえ強力な敵です。油断しないように、くれぐれもお気をつけて」


    参加者
    風雅・晶(陰陽交叉・d00066)
    忍長・玉緒(しのぶる衝動・d02774)
    御神・白焔(死ヲ語ル双ツ月・d03806)
    鬼形・千慶(空即是色・d04850)
    リーグレット・ブランディーバ(ノーブルスカーレット・d07050)
    ハレルヤ・シオン(ハルジオン・d23517)
    莫原・想々(幽遠おにごっこ・d23600)

    ■リプレイ


     夕暮れ。公園。子供の帰りを促す町内放送も鳴り止み、ずっと遠くで高速道路の音が聞こえるのみ。
     テニスコート二つ程の公園の片隅で、莫原・想々(幽遠おにごっこ・d23600)はまだ暖かい缶コーヒーを両手で包んだ。
    「快楽殺人者、百垓応薩……あなたの快楽はその名の通りに、どこまでも続くの? 一体いつまで人を殺せば満たされるというの」
     同じ缶コーヒーを飲み干す御神・白焔(死ヲ語ル双ツ月・d03806)。
    「死は浮世で唯一公平だ。なればこそ、何より尊ばれるべきもの。不作法にまき散らして愉悦に浸るなど言語道断」
     目測もせずに投げた空の缶は宙を舞い、忍長・玉緒(しのぶる衝動・d02774)のそばにあったゴミ箱へ綺麗に入っていった。
     それを目で追う玉緒。
    「堕ちる前からの殺人鬼ってわけね。救う余地も、価値もないわ」
    「大体名前が気に喰わん」
     鬼形・千慶(空即是色・d04850)は自販機に背をつけ、硬く腕組みをした。
    「薩の字を名乗る資格なんざねえだろうが、あんなやつによ」
    「あんなやつは可哀想だよお。それに人を殺しちゃいたい感覚、ちょっとだけ……ほんのちょっとだけ分かるなあ。だってボク――」
     にこにこと人なつっこい顔を向けてくるハレルヤ・シオン(ハルジオン・d23517)。
     彼の続きを遮るように、風雅・晶(陰陽交叉・d00066)がベンチから立ち上がった。
    「技術を磨くということは、簡単ではありません。その一点のみに関して言えば、彼はたいした相手です。その技術が殺人だということが……」
    「ああ、それは流石に理解できない。だけど追求する姿勢自体は嫌いでは無いよ。今日はいい敵に出会えた。それだけでいい」
     ベンチに座ったまま視線だけを向けるリーグレット・ブランディーバ(ノーブルスカーレット・d07050)。
    「いい敵、のぅ」
     シルフィーゼ・フォルトゥーナ(に跪け・d03461)は口をとがらせ、そして公園の中央へと歩み出た。
     丁度そこへさしかかった男の前で、ぴたりと立ち止まる。
    「おや……?」
     三十代後半。中肉中背。灰色のビジネススーツに身を包んだごくごく一般的な男性である。
     シルフィーゼは紫色の扇子を広げると、くるりとその場で翻した。
    「お楽しみの邪魔をして悪いが、儂らと遊んで貰おうかの」
     盆のように返した扇子の上にはカードが一枚。扇子を畳み、カードを跳ね上げるや否や、彼女の手にあるものは刀に変わっていた。流れるような動きで刀を振り込むシルフィーゼ。
     男――百垓応薩の両目が大きく開かれる。


     シルフィーゼが男に斬りかかった時には既に、他の仲間たちは百垓応薩を取り囲んでいた。
     それだけでは無い。初撃をかわすか受けるかするタイミングに合わせて、さらなる攻撃を仕掛ける算段まで立てていたのだ。
     鍵を握り込み、瞳の奥で強い殺意を解き放つ玉緒。
    「ここで消えなさい」
     玉緒の剣先がツバメのように低空をかき、応薩の右足の腱を断絶。と同時にハレルヤは細槍を左足の腱めがけて突き込んだ。
    「キミの愛する死を、プレゼントしてアゲル♪」
     ぐらつく応薩。
     しめた。玉緒は返す刀で彼の背中を切りつけ、開いた傷口にねじ込む勢いでハレルヤの抜き手が差し込まれた。
     おかしい。手応えがありすぎる。
     まるで回避される気配がない。
     不思議に思った晶がシルフィーゼ側に回ってみたところで、その疑問が氷解した。
    「……ぬ、く……っ!」
     応薩に振り込んだ刀の刃部分を、応薩は両手でぎゅっと握りしめていたのだ。
     百光を放つ刃が、応薩の手に深く食い込んでいる。
    「ああ、これです。この痛み。傷。素敵だ」
    「狂っている」
     晶は首を振って、腰から黒刀を引き抜いた。抜いたそばから刀身が鎖状に展開。
     刀は応薩の腕に巻き付いてスパークを起こした。
     一瞬だけけいれんする応薩。そんな一瞬の隙を狙い、白焔が弾丸の如く突っ込んだ。
     低姿勢からすれ違いざまに斬撃。
     巻き込まれないように飛び退くシルフィーゼたち。
     そうして出来た半径五メートルほどのエリアめがけ、千慶は自販機の上から跳躍した。
    「来い、殲術道具!」
     彼の腕にバベルブレイカーが装着され、先端から露出した杭が高速回転を始める。
    「テメェはなんか腹立つんだよ! 罰当たりなくせに薩の字使いやがって!」
     千慶の杭は応薩の肩に突き刺さり、そのまま強力に肉体をねじ切った。
    「ここまで直撃しておいて倒れないか。なるほど強敵のようだ」
     リーグレットはロッドに軽口付けをすると、ストールを宙に放った。
    「君の殺人研究は今日のためにあった。存分にふるえ、最後なのだから」
     ストールは生き物のように空を泳ぐと、まるで槍のように応薩の身体を貫通する。
     ここまで全手直撃。想々は不気味な予感を抱いていた。
     目を細める想々。
     息を大きく吸い込む応薩。
    「ッ、離れて!」
    「な――」
     想々が叫ぶや否や、急加速で割り込んだ白焔が千慶を突き飛ばした。
     ほぼ同時に応薩の袖口から影のワイヤーが伸び、白焔の首に巻き付く。
    「死よ、生に感謝します!」
     応薩の影の中から大量の果物ナイフ状の物体が飛び出し、白焔の身体へ次々と突き刺さっていく。
     あまりの面圧力に吹き飛ばされる白焔。
     想々はそんな彼をキャッチすると、ナイフを払いながら急いで包帯を巻き付けていく。
    「……あなたは、もう」
     ぎろりと応薩をにらみ付ける。
     想々にはなんとなく分かっていた。
     いくら超常の肉体をもつ灼滅者といえど、相手は同じく超常のダークネス。いくら周りを囲んだとて、『かごめかごめ』でもしない以上輪を抜ける隙はいくらでもあったはずだ。
     勿論逃がしはしない。だがチェスの駒でもあるまいに、中央で棒立ちになるのはおかしい。
     どくん、と胸の中で何かがうずくのを感じた。
     応薩の心の動きを、彼女なりに理解してしまったからだ。
    「今日は死にませんよ、あなたしか。いえ……」
     一度目を閉じ、血色の瞳を開いた。
    「あなただけ、死にます」


    「あなたは己の技術を磨き続けてきた。それはすごいことだ。それを認めた上で、私はあなたの努力を否定します!」
     影のナイフが飛来する。晶は蛇剣を展開。ナイフを大幅に弾き落とす。しのぎきれなかったナイフが晶の肩や頬を切り裂いていく。
    「無垢なる命を奪うことを、許せないがゆえに」
     間合いの内に入り、二本目の刀を抜刀。逆手に持った刀をコンパクトに振り込み、新たに握り込んだ応薩のナイフごと叩ききった。
     応薩からまがまがしいオーラが沸きだし、ハンマーの形になって手に収まった。
     振り下ろしが来る。刀で受ける晶。
     返す動きで連撃。肩に直撃し、骨に響く感覚が走る。
    「死よ!」
     応薩は再びハンマーを高く振り上げると、目にもとまらぬ速度で晶を滅多打ちにし始めた。
     防御を固めた晶といえど相手は六六六人衆。いつまでももつものではない。
     が、その分隙だらけだ。
     玉緒とハレルヤは同時に彼の後方へと回り込んだ。
     再び彼の腱を切断してしまう心づもりである。
     鋼糸を放ち、急所にあたる部分へ巻き付けて勢いよく引く玉緒。
     応薩の急所が断絶され、激しい血しぶきが散った。
     同じく鋭い蹴りを繰り出し、腕の腱を絶つ。
     と同時に、彼女らの周囲を物理的な殺気が包んだ。
     殺気は空中で凝固し、カミソリの替え刃の形を取ると複雑に荒れ狂った。
     防御姿勢をとる玉緒。
     対してハレルヤは両目を大きく開いて、自ら刃の渦へ飛び込んだ。
    「もっと、もっともっと! もっとボクを殺して! でないと!」
     常人が見たなら昏倒しかねないほどの有様で、ハレルヤは応薩へと飛びかかる。
    「ボクがキミをころしちゃう♪」
     振り向く応薩。
     ハレルヤの拳が応薩の顔面をとらえ、公園端のベンチへと突っ込ませた。
     ベンチを真っ二つに割って沈む応薩。
     そこへ蜘蛛の如く高速疾走する白焔が突撃した。
     対して応薩は仰向けの姿勢から尋常ならざる動きで起き上がると、白焔めがけて同じように突撃。
     二人は甲高い金属音とスパークを挟んですれ違い、ほぼ180度のターンで再び交差。更に交差、交差交差交差。
     スパークと金属音の間隔は次第に短くなり、最後には傷だらけの白焔と応薩が拳を正面からぶつけ合っていた。
     目線で想々に合図を送る白焔。
     想々は頷き、ヴァンパイアミストを展開した。玉緒たちを回復するためである。
     その間も白焔は応薩の腕を強く掴み取り、顔面を只管に殴り続ける。一方応薩は笑ってナックルダスターを握りしめた。
     通常ではありえないレベルでの連続打撃が白焔を襲う。
     彼が打撃に耐えられなくなり、やがて意識を失うまでそう長くはなかった。
     応薩の腕をそれでも掴んだまま、ぐったりと脱力する白焔。晶や玉緒たちを回復するまでの時間を彼なりに稼いだのだ。
    「テメェ……!」
     白焔の手を丁寧に外す応薩に向け、千慶は跳び蹴りを叩き込んだ。 
     サッカーボールのように蹴り飛ばされた応薩は砂地をバウンドし、転がり、アスファルト道路へと転がり出る。
     全力のダッシュで追いかける千慶。
     起き上がりざまの応薩めがけ、さらなる蹴りを繰り出す。
     炎を纏った蹴りが、咄嗟に翳した応薩の手とその後ろの顔面、さらにはそのずっと後ろのブロック塀までまとめて蹴り飛ばし、そのまた向こうにあった枯れ花の鉢植えを粉砕した。
     腰のホルダーからナイフを抜き、ジグザグに変形。千慶はそれを応薩めがけて繰り出した。
     同じくナイフを引き抜く応薩。受けるかと思いきや、二つのナイフは空中で交差し、互いの胸に突き刺さった。
     刺さった上で、70度ほど捻られる。
    「う、ぐ……くっそ!」
    「代わるにょじゃ!」
     頭上から声。
     見上げると、シルフィーゼが民家の屋根から跳躍していた。
     空で高速スピンをかけ、ピンポイントな位置で応薩の側頭部に膝蹴りを炸裂させる。
     強制的に引きはがされた応薩は再び地面を転がるが、今度はすぐに立ち上がった。
     舞うように急接近したシルフィーゼに対応するためだ。
     シルフィーゼは相手の首を一文字斬りにする勢いで振り込み、影業の煉瓦がそれを阻んだ。
     すぐさま刀から手を離し、短剣を抜いて突き込む。別の煉瓦がそれを阻む。
    「甘い!」
     シルフィーゼは更に短剣からも手を離し、強引なまでの下段回し蹴りで応薩の足を払った。
    「とどめじゃ!」
     再び刀を握って心臓部へ突き立て――る直前に応薩は刀を握り込み、強制的にへし折った。
     バランスを崩したシルフィーゼめがけ折れた切っ先をねじり込む。
     思わず口から漏れ出た血を、シルフィーゼは手を当てておさえた。
     その間に応薩は転がって離脱。
     立ち上がると同時に鉄パイプを引き抜いた。
     顔のそばで垂直に立てたパイプにリーグレットのロッドがぶつかる。
    「それでいい。拍子抜けさせてくれるなよ」
     リーグレットは乱れた前髪を片手でなおすと、ロッドを反転させて連撃を繰り出した。
     脇腹を狙って打撃。回転するパイプに跳ね上げられる。抵抗せずに身体ごとスピンし、斜め後ろへ回り込むリーグレット。
     回転を乗せた打撃を打ち込むが、背後へ回したパイプに阻まれる。が、それでよい。リーグレットはベストタイミングでエネルギーを流し込むと、彼のパイプを爆発させた。
     思わずよろける応薩。リーグレットは素早くロッドをビリヤード持ちすると、先端に灼熱の炎を纏わせて鋭く突き込んだ。
     貫通ではない。打撃である。
     応薩はそれこそビリヤード玉のように突き飛ばされ、公園の中央へと戻ってきた。
     深呼吸をしながら起き上がる。
     そこへ、ハレルヤと想々がゆっくりと歩み寄った。
     五十五センチの遠距離。
     視線が交わる。
    「は、はは」
    「ふふ、ふふふ」
     ハレルヤと応薩はこの世の者とは思えない目で笑った。
    「そっかあ、キミもボクとおんなじなんだねえ。わかるよお、とってもよおくわかる」
     ハレルヤの手が応薩の首を掴み、応薩の手がハレルヤの首を掴んだ。
     そばにいた想々は彼らの心が分からない……わけでは、なかった。
     唇を噛む想々。
     そんな彼女を無視して、ハレルヤと応薩はそれぞれナイフを振り上げた。
     振り上げたら下ろすもの。
     下ろしたら刺さるものである。
     そんなごくごく単純な動きを、二人は何十回と繰り返した。
     笑いながら。幾度となく繰り返した。
     想々は回復効果のある矢をハレルヤの首筋に突き立てると、この世の者とは思えない目で呟いた。
    「もっと、もっと、もっと殺して。私の代わりに」
     引きつるように笑うハレルヤの顔が、それに応えたように思えた。

     それから数分後。
     殴られ、切られ、刺されて抉られ、百垓応薩は死んだ。いや、灼滅された。
     さが彼の死に様はどこか人間のそれに似ていたように、思えた。

    作者:空白革命 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年3月20日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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