●拳姫の湯治
――白く濁った湯に、長い黒髪が広がる。
九州、別府温泉の山側にある、温泉街の外れにある小さな日帰り温泉。
営業時間が過ぎてから現れた少女は、出入り口や内部の鍵を壊して侵入し、露天風呂に悠々と浸かっていた。
「……さて、と。ボクの傷も大体治ったし、今後の事も考えないとね」
水音と共に湯の中から現れた腕は、鎖で1つに縛られていた。
「シン・ライリー派かケツァール派に入って戦うのは面白そうよね。朱雀門に接触しても楽しい戦いが待ってそう。ボクの実力を見せた、うずめやザ・グレート定礎に売り込むのも手かな?」
少女は腕の縛鎖を気にした風もなく、闇の勢力を指折り数え上げる。
だが、少女が待っているのは、今しがた口にしたどの勢力でもなかった。
「あー、早く灼滅者の皆が来ないかなー? そろそろ傷も癒えたよね?」
闇堕ちした灼滅者である少女は、かつての仲間と戦う時を心待ちにしていた。
●縛鎖が千切れる前に
過日、武蔵坂学園は軍艦島に攻め込んだ。
殲術再生弾の制限時間ぎりぎりまで戦い、撤退したのだが――最後の戦場で闇堕ちを選んだ無堂・理央(鉄砕拳姫・d01858)は撤退せず戦い続けていたのを、同じ戦場にいた何人かが見ていた。
それから数日。
その後の理央の行方が判ったと、夏月・柊子(高校生エクスブレイン・dn0090)は集まった灼滅者達に告げた。
「別府に現れるわ」
目的の半分は、湯治。軍艦島で傷つき疲れた体を、温泉で休める為に。
そしてもう半分は、
「皆を、灼滅者が来るのを待っているわ」
「灼滅者に勝って、体を自分のものにしようって言う――」
「あ、そうじゃないみたいよ」
上泉・摩利矢(高校生神薙使い・dn0161)が問うように上げた声を遮って、柊子は首を横に振る。
灼滅者を待つ理由は、ただ1つ。
「灼滅者と戦いたい。それだけみたい」
今の理央はアンブレイカブル。その性質は、傲慢に見える程に自信過剰な、勝負を楽しむバトルジャンキー。
望むのは武力による、真向勝負。
「ここで灼滅者達に負けて、身体を灼滅者に明け渡す事になっても構わない。そうなるならまた灼滅者として身体を鍛えた方がより高みに登れる、とすら考えているみたい」
内で理央の魂が抗っているのもあり、灼滅者の強さも認めている節すらある。身体の所有権にはさほど頓着していない。
故に、彼女が戦いから逃げる事はない。
「皆が現地に着いた時には、彼女は力ずくで侵入して温泉に入ってる。中に乗り込まなくても、外から大声で呼べば、出て来るわ」
そこは幸い、温泉宿ではなく日帰り温泉。
少し離れた所には幾つも温泉宿があるが、そちらにさえ注意を払えば一般人を巻き込む心配はない。
「なら、人払いの方は受け持つよ」
「そうね。後もう何人か、人払いの協力して貰えると安心かしら。それと、多分。普段の理央さんを良く知ってる程、今の彼女の姿には驚くと思うわ」
柊子がそう言うのも、今の理央は後ろで三つ網にしていた髪は解いて、肩から胸元にかけてとスカートの片側も大きく開いた扇情的と言えるドレスを纏い、底の厚い靴を履いているからだ。
学園での理央の服装とは異なる、女性的で、戦闘には不向きそうな出で立ち。
さらに、両腕に鎖が絡みつき、縛っている。
「腕を縛る鎖がある限り、彼女は拳を振るえない。でも、それはハンディにはならないと思っておいて」
拳技が振るえなくとも、脚技がある。
脚でストリートファイターに類似した技を繰り出し、底の厚い靴はエアシューズの代わりとなる。
また、鎖は殲術道具並みの強度を持ち、戦いの衝撃で壊れる事はない。
鎖が壊れ、千切れる時は、ただ1つ。
それは彼女の内側で静かに抗う力がなくなった事を意味する。
もしもその時は――その時は、もうダークネスとして灼滅するしかない。
だが、声をかける事で鎖が千切れるのを先に延ばせる可能性はある。
言葉で戦いを止める相手ではあるまいが、無駄にはならないだろう。
「鎖が無事でも、ここで負けたら理央さんを取り戻せる機会は、おそらくなくなるわ。灼滅者を退けたら何処かのダークネス組織に接触を図るつもりでいるから」
彼女が思うように他組織に接触出来るか否かは問題ではない。次に会える時まで、理央の魂は残っている可能性はおそらくない。
仲間を取り戻す為には、ここで勝つしかないのだ。
「皆で帰って来るのを、待ってるわ。気をつけて行ってらっしゃい」
参加者 | |
---|---|
結島・静菜(清濁のそよぎ・d02781) |
鴻上・巧(究極の闇を捨てし灼滅者・d02823) |
水心子・真夜(剣の舞姫・d03711) |
香坂・澪(ファイティングレディ・d10785) |
双見・リカ(高校生神薙使い・d21949) |
下弦・名雲(狐かぶれの化狼・d27603) |
雨堂・亜理沙(赤錆びた白影・d28216) |
荒吹・千鳥(暴風領域・d29636) |
●武踏会、開幕
「待ってたよ、灼滅者の皆」
灼滅者達が外から呼べば、闇堕ちした無堂・理央は、明かりの消えた温泉施設からあっさりと姿を現した。
まるで舞踏会にでも行くかのようなドレス姿で。
「いいお湯でしたか?」
「うん。中々気持ち良かったよ。他に誰もいなかったしね」
雨堂・亜理沙(赤錆びた白影・d28216)の問いかけに答える『理央』の髪は、まだ濡れて薄く湯気が上がっている。
「さ、それじゃ戦おうか」
それを気にした風もなく、早々に戦いに誘う。
「いきなりやね。戦いたいんやったら、ボコボコにして連れて帰るだけやからね」
「楽しみだよ。まずは君達8人が戦うって事でいいのかな?」
少々物騒な荒吹・千鳥(暴風領域・d29636)の答えに笑って返し、『理央』は殲術道具を構え並ぶ8人を、その後ろに退路を塞ぐように立つ12人ほどの灼滅者達をぐるりと見回した。
「ああ、そうだ。僕達は今から、貴女を殴る。己の意志が砕けていないのであれば、最後の一瞬まで抗い、自身を貫きとおせ! 無堂理央!」
おろした前髪で瞳は隠れていても感じる圧力に気圧されないように、そして内なる灼滅者に向けて、鴻上・巧(究極の闇を捨てし灼滅者・d02823)が声を張り上げる。
「うん、いいね。いい気迫だ。君達に勝てば、ボクはさらに強くなれそうだ!」
ぶつけられた言葉に、『理央』は愉悦を深める。
「アンブレイカブルに堕ちれば強さを求めることに何の躊躇いもなくなる……それは確かね。でも、それをよしとしない矜持が残っているのなら、暴力に走ろうとする貴女自身と闘って勝ちなさい!」
「暴力ねえ。まあ、否定はしないけど」
灼滅者以前に、1人の格闘系アスリートとして。香坂・澪(ファイティングレディ・d10785)が飛ばした激励に、表の『理央』は小さく頭を振った。
「戦うには少々光が足りねぇ。もう少し明るくしやしょう」
肩幅に脚を開いて全身に軽く力が篭るのを見て、下弦・名雲(狐かぶれの化狼・d27603)が、六角の灯篭を点ける。
照らす光の中に浮かぶ影絵に込められたのは、出逢いと再会の願い。この戦場にはぴったりと言えよう。
「無堂さん。あなたを助ける為に皆来てくれました。皆さん、無堂さんをお願いします。静菜さん、水心子先輩、僕たちの想いを託します」
後方の包囲の中心で、短く頭を下げた心太にそれぞれが頷き返す。
「負けないよ。あの日から立ち止まってた私だけど、理央さんは絶対に助け出すわ!」
水心子・真夜(剣の舞姫・d03711)が決意を露わに、スラリと刀を抜き放つ。
その少し後ろには、霊犬・無銘が控える。
双見・リカ(高校生神薙使い・d21949)は黙って、戦いの音を断つ力を広げる。
(「――まさか、こんな形で理央さんと戦うとは思ってもみませんでしたね」)
結島・静菜(清濁のそよぎ・d02781)は槍を構え、数秒、瞑目。
彼女も、闇堕ち経験がある。内の理央が今感じているであろう、もどかしさも寂しさも想像に難くない。
だが、今この場で口にするのは――らしくない。
「心の底まで、骨の髄まで、揺さぶるような戦い。お望み通りの真向勝負、全員全力でお相手させて頂きましょう!」
目を開き、言い放つと同時に、静菜が槍の穂先から鋭く冷たい氷柱を放つ。
『理央』は笑みを浮かべて地を蹴ると、頭からそれに突っ込んだ。
「――さぁ、楽しい楽しい死闘を始めよう!」
濡れた髪が凍るのも構わずに、『理央』の足元で光が爆ぜる。
上から下へ。蹴り上げた足と共に、自然の摂理に反した雷光が別府の夜空を灼いた。
――その少し後。
(「無堂殿、貴方は……」)
戦場と温泉街の間の道に立つ竜鬼は、殺気を広げながら、既に雷光が消えた夜空を眺めて胸中でその名を呟いた。
戦場も気になるが、彼はこの場に残る事を選んでいた。
(「後は黙して、無堂が帰ってくるのを信じて待つ。俺に出来るのはそれだけだな」)
温泉街寄りでは、虚露が殺気を広げて道を塞ぐように立ち続けている。
「本体が上手くやってくれることを祈ってるぜ……倫道もちゃんとやれよ」
街中では、シグマが建物と建物の間から殺気を広げて。
(「……私もアンブレイカブルをこの身に宿す人間ですから……堕ちたら彼女のようになってしまうのでしょうか」)
流希も思考を巡らせながら、殺気を広げる。
4人分の殺気が広がる中を、更に念の為にと啓介が巡回していた。
「ここは通行止めだ。この先の温泉施設で、夜間工事中でな」
更に殺界の外では、裏方に徹することを決めた京介が誘導棒を手に車を止めている。
反射ベストにヘルメット、と工事関係者にしか見えない服装は、説得力十分。
「その宿なら下まで戻って分岐を右に行った所ですね。あそこの温泉はお勧めですよ」
現地の案内役に扮した威司も、道案内し来た道を戻らせる。
観光地ゆえ、こんな時間でも車が現れる事もあったが、その数はごく僅か。2人で十分手が回る。
温泉街近辺に残った彼らの尽力で、戦場に余人が紛れ込む心配はなかった。
●心行くまで戦って
リカの振り下ろす光の刃を『理央』の靴底が蹴り上げる。
「はぁっ!」
そこに澪が煌きと重力を纏った蹴りを叩き込むのを、『理央』は蹴り上げた脚を膝だけ曲げて受け止めた。
「おっと」
しかし蹴りの重さに体勢がぐらりと揺れて、そこに騒音を響かせるチェーンソー剣を構えた静菜と、刀を鞘に納めた真夜が同時に切りかかった。
対する『理央』は、後ろ向きに跳んだ。鎖の絡んだ両手を地面に突いて、逆立ちする要領で軸足を振り上げ、チェーンソー剣を靴底で跳ね上げる。
その背中を少し遅れた刃が斬るのも構わず、そのまま腕の力で体勢を戻すなり跳び上がり、両足を振り回した。
舞う様な動きで生じた二重の暴風が、真夜と澪、リカは背中に庇った静菜ごと吹き飛ばし、更にはその後ろから飛び出そうとしていた巧と千鳥をも吹き飛ばす。
「梁山泊、水軍。支援を」
まず誰を癒すべきか――名雲が迷ったのを察して、燐が指示を出す。
「理央さんはあの戦争の状況を見て、何とかしようとしたんだよね? 軍師さんとしての責任を感じるのは良く分かるんだけど、やっぱり友達を心配させちゃダメだよ」
朔夜は呼びかけながら、感覚を研ぎ澄まさせる癒しの矢を放つ。
「私は戦術とかは良く分かりませんが、理央さんは責任を感じたんですよね。でも軍師さんが自分だけ突っ走るなんてらしくないですよ」
陽和も声をかけながら、仲間のジャミング能力を高める白炎を放出する。
「まあ、あの時は後手に回って不利な面もありましたし。なんとか状況を良くしようと闇堕ちを選んだんだと思いますが……もうちょっと、私達を信じて頂けませんかね?」
「理央さん、貴女は1人で抱え込み過ぎです。貴女は1人でここまで生きて来た訳じゃないでしょう! 梁山泊の副軍師である貴女が1人で突っ走ってどうするんですか」
双調が展開した巨大なオーラの法陣に、叱るように声を張り上げた燐が更にもう一枚、オーラの法陣を重ねて広げる。
「皆が傍に居てくれますからね。何よりも梁山泊は副軍師の帰還を待ってます。皆が心配してます。帰りますよ、理央さん」
空凛も縛霊手の指先から癒しの霊力を放ち、傍らの霊犬も魂を癒す視線を向ける。
「ふうん。周りの皆は、そういうつもりなんだ?」
蹴り飛ばした灼滅者達の傷が癒えていくのを見ながら、『理央』は少し増えて15人を超えた周囲の灼滅者達を改めて見回す。
「こうなるのも当然だね。あの選択は、まあ無堂君なりに、信頼と公算があっての事だったのだろうが。君が所属した集団は、そういった事を理解する理性はあっても、我慢ができるほどお上品ではない」
増えた1人、小次郎は包囲を広げる位置に加わりながら、とっとと戻るぞ、と告げて癒しの霊力を飛ばす。
「仲間が墜ちたら物理的に説得して連れ戻すのが僕らのやり方ですから」
静かに告げる夏樹が、護符の束から数枚を引き抜く。
「大体、戦う相手に僕らを待っていたのは、本当に強敵と戦いたいだけですか? 相手に僕らを選んだのは、助けを信じてるから、でしょう?」
訊ねる夏樹の手から、護りの力を持つ符が飛んだ。
「理央もわかってんだよな! この人達、ぜってー助けてくれるってよ! 梁山泊の人たちがスッゲ強いの俺知ってるもん!」
バスタンドも、其処に大声で呼び掛ける。
「連合で共になった仲です。僕のこと、覚えてますよね? えへへ、あのときは色々お世話になりましたです。……今度は僕の番ですね。さあ、帰りましょう? 仲間たちが待ってますよ?」
春虎が呼びかけながら放った優しい風に、全く同じ力が重なった。合流した摩利矢の清めの風だ。
「ご覧なせぇ、帰りを待ってる方々がいらっしゃる。其方よか此方にいる方が高みへ行けると思いやすがね? 此方にゃ競い合えるお仲間さんがこんなにいるんだから」
狐面で隠れない口元に小さく笑みを浮かべて、名雲は纏う和紙の様な帯を操り、迷わず真夜に巻きつかせた。
そして。
「そうだよね。それ(数)も灼滅者の力だったね。いいよ。遠慮しないで何をしても。ボクはその全てを、武力で踏み越える!」
『理央』は心底楽しそうに、嗤っていた。
数の差があろうが何をされようが、勝負として楽しめると言う自信に満ち溢れた、ある意味でとても傲慢な言葉を口にして。
「そうさせて貰いますよ」
嗤う『理央』の背後から、亜理沙の声は聞こえた。
「真剣勝負も嫌いではないですが、あくまでも連れ戻すのが目的ですので。手段を選ぶ気はありません」
亜理沙は掌中から生み出した光の剣で斬りながら駆け抜けて、距離をとる。
『理央』は離れたのをすぐに追おうとはせず、左右から飛び掛る2人を見ていた。
「直伝、レインディアキック!」
「友達さんらが言うような理由であんたが闇堕ちしたのか知らんけど。あんま友達さんらに心配かけたらあかんで?」
煌きと重力を纏った巧の蹴りが叩き込まれ、その重みを奥まで刻み込むように千鳥は薄刃を重ねた鉄扇を振るう。
「っ……楽しいね! もっと戦おう。血が蒸発し肉が焼き付き魂が燃え尽きるまで」
巧と千鳥も軽く距離を取ったところで、2人を追おうと地を蹴った『理央』に、静菜が飛び掛った。
「圧倒的な力に酔うのも楽しいですけれど、戦いばかりではメリハリが無いですよ。取り留めないお喋りに、美味しい料理に、無茶振り学園行事に、テストもまだでしょう!」
言葉と共に、オーラを纏った拳を連続で叩き込む。
「そうだ! テストだぜ、テスト!」
それを聞いたバスタンドが、再び声を上げる。
「テストだったのに、理央の『みんな勉強できてる?』とか『テストだよ』がなかったんだぜ! こりゃないぜ!」
「クラスでもそうだったのか。無堂らしい」
それを聞いた蓮太郎が、小さく笑みを浮かべた。
「無堂、お前はいつも、テスト前になると梁山泊でも皆に小言をくれていたな。『普段から勉強していればなんということはないのだ』と。今回はそれがなくて、なんとも物足りなく思ったものだ。……おまけにまた……難しくてな。本当に弱ったものだ」
当日を思い出したのか、蓮太郎が思わず眉根を寄せる。
「武による決着がつく戦い以上に楽しいものなんか、知らないよ!」
否定の言葉と共に地を蹴り、鋼すら砕くであろう蹴りが孤を描いて静菜へ迫る。
ギィンッ。
響いたのは金属音。
「させ……ないっ」
割り込んだ真夜が刀の鎬で受けて止めていた。
霊犬の視線を受けながら衝撃に逆らわず後ろに跳びつつ制約の魔力を放つが、『理央』も蹴りの反動で身を翻していて空を切る。
着地した『理央』の両腕には、未だ確りと鎖が絡みその拳を封じていた。
●勝敗の時
地面を焦がした摩擦の炎を纏った蹴りが、リカを高々と蹴り飛ばす。
そこに飛び出した澪が雷気を纏った拳を突き上げるより、『理央』の暴風を伴う回し蹴りの方が刹那の差で早かった。
名雲は回復を絶やさなかったし、周囲からの支援も厚かった。それでも、癒しきれない負傷が溜まり、2人が倒れた。
それは『理央』にも言える事だ。
ドレスは返り血と自分の血で赤く染まり、呼吸は荒く剥き出しの肩は大きく上下している。回復もせずに1人で戦えば、当然だ。
いくら傷ついても楽しそうに嗤う姿に、真夜はつきかけた溜息を飲み込んで、刀を支えに立ち上がる。
「理央さん、私は梁山泊に戻ったよ。また、お互いに皆と切磋琢磨していこうよ」
以前、真夜は理央と同じく、梁山泊に所属していた。
理由あって其処を離れたのは、かなり前の事。
闇堕ちによる力の上昇によって、今の『理央』との力の差は、その年月の長さ以上にすら思えてくる。
だが、それでも言いたい事も皆に言わせたい事もある。諦めるなと後押しする仲間の意志が、癒しの形で背中に届く。
「皆も理央さんに戻ってきて欲しいから、ここまで来て私達を支援してくれているわ」
それに応える為にも、そしてまた歩き出す為にも。
絶対に届かせてみせる。
「だから理央さんも一緒に梁山泊に戻ろう! もう少し待っててね。すぐに理央さんを倒すから」
真夜が正面から唐竹に振り下ろした刃と、靴底がぶつかり合う。
脚力で競り勝った『理央』の靴底に、大きな亀裂が刻まれた。
「何人も待っている人がいるんでしょう。元気な顔を見せてあげてください」
そう呼びかけながら、亜理沙は纏う帯が記憶した路を一気に駆け抜ける。
直前に拳に障壁を纏わせて殴りつけ、即座に離れる。
「このっ……っ!?」
亜理沙を追おうとした『理央』の脚が、止まった。亜理沙との距離は、今の状況で詰められる間合いではない。
「ならこっちだよ!」
またすぐに動いた『理央』の脚に、バチリと雷気が爆ぜる。
振り上げた脚は遮った摩利矢を軽々と蹴り飛ばした。
「――仲間を信じたのだらう? 後は戻るだけではないかね?」
黒煙を上げる蝋燭を手に、有無が語りかける。
「今まで縁もゆかりも無かった身やけど、助けさせて貰うで? 袖擦り合うも多生の縁て言うんやし、斬り合い殴り合いやったらもっと深い縁になりそやしね」
その黒煙を受けた千鳥が、哭き震える刀を振り下ろす。
『理央』は千鳥の剣を、再び靴で受けた。
だが、刃毀れして鋸の様な刀身が靴底の亀裂で食い込んで削り取り、振動が塞がりかけた脚の傷を開く。
更に無言で巧が迫る。その手から伸びる太陽のような光にも、黒煙が混ざる。
「ふっ!」
短い呼気を吐いて巧が振るった光の剣が、『理央』の纏う雷気の多くを斬り裂いた。
「悲劇も嫌いじゃありやせんが、あっしは大団円の方が好みでね。今回も是非そのように終わりたいんでさ」
和紙の様な帯が、名雲の体から離れる。
名雲は光の剣で斬られた一瞬、『理央』がぐらついたのを見逃さなかった。
魚が泳ぐように宙を舞う帯は標的を変えて『理央』へ襲い掛かり、食らいつくように残る雷気を削り取る。
「絶対に助けだすよ! 未だよく性格とか知らない内に理央ねーちゃんが居なくなるのは嫌だし、みんなの笑顔を守るご当地ヒーローとして誰かが泣くような事は絶対に止めるって決めてるんでね!」
癒し手が攻勢に転じたのを見て、來鯉が放った帯が『理央』に突き刺さる。
「先日の戦いで私が無事だったのは、無堂さんが応援してくれたお陰だと思うの。私だけじゃない。貴女が守ったものは沢山あるから、今度は私達が貴女を助けるのよ!」
これまで支援に徹していた春陽も、飛び掛る。
「貴女が守った場所に、貴女が守った皆と帰りましょう?」
穏やかな口調とは裏腹に、春陽は赤い標識を思い切り叩きつける。
欠いた手数を補う2撃が『理央』に膝をつかせた。
「またいつか戦争がある筈だ。その時、まとめ役として頑張ってくれていた君がいてくれないと心細い……いや、君がいないと、私も寂しいと思うのだ。だから、帰ってきて欲しい」
絆としては薄いかもしれないが、それでも大事な絆だと思うから。瑞樹は剣の聖句から風を吹かせ支援する。
「戦争前でも真っ最中でも、常に情報を持って来て戦法を立案してくれる。理央さんはすごく頼もしい仲間でしたよ」
「あなたの居場所は、シン・ライリーやケツァールの下でも、朱雀門、うずめ様やグレート定礎の下ではありません。僕達の学園です!」
頷いて呼び掛ける静菜に、心太が闇の力を注ぎ込む。
「そのくらい!」
冷たさと鋭さを増して放たれた氷柱を、『理央』は炎を纏った蹴りで迎え撃つ。
砕けた氷が、炎の熱で溶けて――その向こうに、槍を捨てた静菜の姿。
「にゃんことだって、まだまだ戯れ足りないでしょう! ……私も寂しいので帰って来て下さい、理央さん」
オーラを纏った拳は脚に阻まれず『理央』を捉えて打ち倒した。
まだ立ち上がってくるだろうかと、誰もが息を呑む。
だが、仰向けに倒れたまま両腕を夜空に掲げるだけだった。
「……ボクの負けか。ま、いいや。ここで負けるんじゃ、また灼滅者って立場を利用して鍛え直さなきゃ――じゃあね、楽しかったよ」
『理央』が己の敗北を受け入れた直後、糸が切れたように力が抜ける腕から、鎖が解け落ちた。
役目を終えた鎖は、千切れる事無く静かに消えていく。
それが理央が灼滅者に戻った証だと、その場の全員が確信を得ていた。
作者:泰月 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年3月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 2
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