踊り回る夜猫

    作者:邦見健吾

    「やったにゃ! とうとうやったにゃ!」
     深夜の繁華街の路地、あきら――いや、あきらだったモノは歓喜の声を上げ、出鱈目に踊り回る。
    「これでこの体はわらわのものにゃ! にゃっはっは~、笑いが止まらないのにゃ!」
     猫の耳と尻尾を揺らし、高笑いを上げる淫猫。しかしその笑いが割とすぐ止まる。
    「でもどうするかにゃ?」
     当面は気になったものを適当に食い散らかすとして、せっかく肉体を得たのだから大きなことがしたい。
    「そうにゃ! あそこがあったにゃ!」
     何か心当たりがあったのか、猫は四つんばいになってどこかへと駆けていく。
    「これでわらわも大スターにゃ~!」

    「早速ですが、先日の軍艦島攻略船で闇堕ちした狐雅原・あきら(アポリア・d00502)さんの所在が掴めました。皆さんには、彼の救出または灼滅をお願いします」
     教室に集まった灼滅者に対し、冬間・蕗子(高校生エクスブレイン・dn0104)が淡々と説明を始める。
    「狐雅原さんが闇堕ちした淫魔はアポリアと名乗り、ラブリンスターのアイドル事務所を探しています。アイドル淫魔としてデビューし、あわよくばラブリンスターとデュエットしようと考えているようです」
     だが肝心のラブリンスターの所在が掴めず、街を徘徊しているのだという。
    「アポリアはラブリンスターを探す合間、夜の街に出て獲物を物色します。そこを襲撃してください」
     蕗子の予知によると、アポリアは路地に隠れて獲物になりそうな人間を探す。そこに奇襲をかければ戦うことができるはずだ。
    「アポリアは猫の眷属を5匹ほど連れており、それを盾にして戦います。残忍で狡猾な面も持ち合わせており、不利を悟れば配下の眷属を見捨ててでも逃走します」
     徐々に追い詰めていくか、それとも一気に叩くか。眷属の戦闘力は決して高くないが、何らかの方策が必要だろう。
    「またサウンドドルジャーのサイキックに加え、爪や尻尾で攻撃してきます」
     爪は攻撃時に巨大化するほか、尻尾はいくつにも分かれて触手となる。防具の破壊や敵の拘束を狙ってくるので注意が必要だ。
    「それともう1つ。狐雅原さんに近しい人が説得しようとすると、大声でわめき散らしたり、集中攻撃して妨害したりしてきます。説得の際は気を付けてください」
     しかしそれは、あきらの魂が今も存在し、灼滅者として救出しうることの裏返しでもある。うまく工夫して説得することができれば、それだけ救出に近づくだろう。
    「最後にあと1つだけ。アポリアは淫魔だけあり、隙あらば何かしようとします。身の危険を感じたら、迷わず灼滅してください」
     アポリアはあきらの体を利用し、隙を作ろうとしてくるかもしれない。しかしその場合でも動揺することなく、適切に対処してほしい。
    「おそらく、今回救出に失敗すれば、狐雅原さんを救出する機会はもうないでしょう。これが最後のチャンスです。……それでは、よろしくお願いします」


    参加者
    ギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)
    鷹森・珠音(黒髪縛りの首塚守・d01531)
    神虎・闇沙耶(悪鬼獣・d01766)
    ファルケ・リフライヤ(爆走する音痴な歌声銀河特急便・d03954)
    武神・勇也(ストームヴァンガード・d04222)
    ゼアラム・ヴィレンツィーナ(埼玉漢のヒーロー・d06559)
    小鳥遊・亜樹(見習い魔女・d11768)
    久遠・赤兎(三代目アマハラ・d18802)

    ■リプレイ

    ●潜む夜猫
     灼滅者たちはアポリアを倒すため、いやあきらを救い出すため、エクスブレインの指示した路地へと向かう。
    「……あきらくん、無理をして。必ず連れ戻すから待っててくださいっすよ。皆さん、どうぞよしなに!」
     あきらはギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)にとって、大切な恋人の1人。みすみすダークネスなどに渡すわけにはいかない。
    「言われるまでもない」
    「おうともさ!」
     答えたのはクラブ「HEROES」の神虎・闇沙耶(悪鬼獣・d01766)とファルケ・リフライヤ(爆走する音痴な歌声銀河特急便・d03954)。同じクラブの一員として、正義の味方を名乗る者として、仲間を助けるために駆けつけたのだ。
    「そうさー、なんとしてでも連れ帰るさよー。そしてデコピンでもするさね、心配かけさせてとさねー」
     同じく「HEROES」に属する、ゼアラム・ヴィレンツィーナ(埼玉漢のヒーロー・d06559)も頷き、力こぶを作るジェスチャーをして不敵に笑う。
    「あきらちゃんは友達だから、どんだけキツくても絶対に連れ戻すよ!」
     そう言って拳を突き上げたのは、久遠・赤兎(三代目アマハラ・d18802)。何をしてでもあきらを連れ戻すつもりだ。
     他にもクラブ「HEROES」をはじめ、多くの灼滅者があきらを救うために駆けつけている。美影や蒼麻、ライラなど、一般人をアポリアに近づけないよう密かに行動している者もいた。
    (「こーが、随分と慕われた子じゃったみたいじゃね……。待ってる人がいるなら、ウチはその絆を守って見せる……!」)
     鷹森・珠音(黒髪縛りの首塚守・d01531)はあきらとそれほど縁が深い訳ではなかったが、こうして集った灼滅者たちの様子を見れば、堕ちる前のあきらがどういう存在だったか推し測ることができる。
    「さて、この機会を逃さないようこの場で放蕩猫を連れ帰らないとな」
    「にゃ?」
     路地に到着すると、建物の陰に潜んで繁華街の人々を見定めるアポリアを見つけることができた。武神・勇也(ストームヴァンガード・d04222)は落ち着いた、力強い口調で言うと、武骨な巨剣を構える。
    「あきらちゃん、聞こえてる? みんなで助けに来たよ」
    「にゃーにゃー! 聞こえないにゃー! 猫ちゃんたちカモーン!」
     アポリアは耳を塞いで小鳥遊・亜樹(見習い魔女・d11768)の言葉を遮ると、指を鳴らし、猫の眷属を呼び出した。一見ただの猫に見えるそれらは、瞳を月のように光らせて灼滅者たちを睨む。
    「殲具解放」
     ギィは静かにスレイヤーカードから殲術道具を解放し、長大な刃の切っ先を敵に向けた。
    「消えろ、淫魔」

    ●夜猫の庭
    「眷族の相手は任せろ。抜かせはしない」
    「お願いするっす」
     闇沙耶から解き放たれた殺気が黒い霧となって眷属たちを覆った。闇沙耶の脇を通り抜け、ギィはアポリアの元へと駆ける。
    「ごめん、今は猫ちゃんたちの相手をしている暇はないからね」
     亜樹もエアシューズで加速し、炎を纏う蹴りを見舞った。
    「ばんはっす。アポリアと言ったっすか? そろそろこの世界を十分堪能したんじゃないっすか? あきらくんに身体を返して魂の底へ引っ込んでもらうっすよ」
    「うるさいにゃあ!」
     ギィは振り上げた斬艦刀を力任せに叩きつけると、アポリアが痛みに顔を歪める。しかしアポリアは瞬時に爪を伸ばし、異形の爪でスーツごとギィを抉った。さらに眷属たちが爪を立て、ギィに跳びかかる。
    「声は届いているな」
     だが勇也が猫の群れの中に飛び込み、その爪を受け止めた。怯むことなく反撃に転じ、炎を帯びた手刀で猫の一匹を打つ。
    「闇雲に探し回っているあたりまんま猫か? 今はおとなしくして武蔵坂の組織を利用したらどうだ?」
    「どうせ体を返せって言いたいんにゃ? そんなのお断りにゃ!」
     勇也の提案にもアポリアは耳を貸さない。それでもいくらか足止めできればいいのだが。
    「あきらー、この俺が助けに来たさよ!」
    「にゃぁあああああ!!」
    「皆も心配してるさーーー!!! 一緒に帰るさよーーーーー!!!!」
     アポリアは大声でゼアラムの声をかき消そうとするが、ゼアラムも負けじと声を張り上げる。巨漢の腹から出た声が、アポリアの声を破って耳に届いた。続けて拳に紫電を走らせ、思い切り打ちつける。
    「おうおう、ラブリンスターとデュエットしようってんなら、俺と歌勝負と行こうじゃねーか!」
    「にゃ?」
    「俺の歌を聴けえええぇ!」
     スピーカーやアンプは持ち込めなかったが、灼滅者なら問題ない。音楽さえあればそこがライブ会場だ。マテリアルロッドをマイクのように持ち、歌を響かせる。
    「こいつ、舐めてるのかにゃ……」
     ただしファルケは超の付く音痴である。聞いているだけでも精神的にダメージを負うので、攻撃としては有効かもしれないが。銀都がケミカルライトを振って囃し立てるも、盛り上がるどころではない。
    「それじゃ逆効果だろーが!」
    「あいてっ」
     響我にはたかれ、歌を強制終了させられるファルケ。響我と声を合わせることで、なんとか聞けるレベルにするのだった。
    「あきらちゃん!」
     赤兎は白い光を放つ刃を振るい、防御を固めながらあきらに呼びかける。
    「猫なんかには負けないんよ!」
     珠音は狭い路地を駆けながら、細い鋼の糸を張り巡らせ、眷属たちを絡め取った。何体かが力尽き、鋼糸が巻きついたまま倒れる。
    「むむむ、こうなったら……逃げるが勝ちにゃ!」
     しかしアポリアは尻尾を触手に変えて前衛の灼滅者たちを締め上げると、背を向けて走り出した。

    ●夜猫の踊り
    「にゃにゃにゃー!」
     眷属を盾にして、一目散に駆け出して逃亡を試みるアポリア。
    「せっかく見つけたんだから、狐雅原さん返してもらうまで逃がさないよ!」
    「全く…心配させやがって……」
    「にゃ!?」
     しかし、緋色と光明が陰から飛び出し、その前に立ちふさがった。
    「絶対に……連れて帰る!」
     早苗はギターをかき鳴らし、その活力溢れる音色で仲間たちの痺れを吹き飛ばす。
    「伝えなきゃいけないことも一杯あるのです……!」
    「お前が居ないと、クラブも何か物足りねー! 例えるならピクルスの無いハンバーガー! ツッコみたかったら帰ってこい!」
     さらに春虎は護符を投げて結界を構築し、太一は割り込みヴォイスを駆使して強引に説得の言葉をぶつける。
    「狐雅原・あきら! なにやってるんですか! 貴方にとって一番大事なものは何なんですか!?」
    「あきら先輩、目を覚まして!」
    「にゃにゃ!?」
     アポリアは望と真理の言葉に耳を塞ごうとするが、詩稲は零距離攻撃で手を払いのけ、それを許さない。
    「そういう訳だ。ゆっくりと話をしよう」
     逃げ場を失ったアポリア目掛け、闇沙耶は光の盾に炎を纏わせて叩きつける。
    「行くにゃ!」
    「無駄だ!」
    「そんなの、ぼくたちには通用しないよ」
     残った眷属が飛び出して壁になるが、炎の盾の前にあっけなく撃破され、最後の眷属も亜樹の交通標識に叩き落とされる。
    「あきら!帰ってこいよ! クラスが寂しくて仕方ねえじゃん!」
    「うちはこのまま、あきら先輩が居ないHEROESに慣れるのは嫌です! だから帰ってきてください!」
    「うるさい……うるさいにゃ……」
     声を張り上げて叫んだのは、クラスメイトのバスタンドとHEROESの悠里。灼滅者たちの声が届き始めたのか、アポリアの動きが目に見えて鈍くなっていく。
    「絆の糸は、こんなもんじゃ切れんのよ……だから、頑張れっ!」
     灼滅者たちはその隙を見逃さない。珠音は仲間たちの説得を見届けながら、伝説に迫る歌声を披露した。兎衣の援護のおかげで、その歌はより深く、より激しく響く。
    「あきらくん、迎えに来たっす。皆が待ってるっすから、早く目を覚ましてこっちへ来てくださいな」
    「とっとと戻ってこいっ! これが魂の……サウンドフォースブレイク!」
     ギィの放つ逆十字が、精神ごとアポリアを切り裂く。続けてファルケはマイクにしていたロッドをくるりと返し、渾身の力で打ち込むとともに魔力と魂を注ぎ込んだ。
    「ならばこの剣で示そう。人の道を」
     闇沙耶は斬艦刀に炎を走らせ一閃、亜樹は彗星のように流れ落ちて蹴りを見舞う。
    「とりあえずあと1つだけ言わせてもらおう。……帰ってこい、先輩!」
     勇也は大きく一歩を踏み込むと、赤く燃え盛る斬艦刀を叩きつけた。その豪快な一撃に、アポリアが耐え切れず吹き飛ばされる。
    「あきらが強いやつってこと、俺は知ってるさー。HEROESの皆がお前の帰りを待ってるさね! さあ帰るさよー!!」
     ゼアラムはアポリアの尻尾を引っ掴み、ぶんぶん振り回して投げ飛ばす。これもあきらを信じていればできることだ。
    「あきらちゃん帰って来て! 私もみんなも待ってるよ!!」
     赤兎は助走を付けて跳躍、全身全霊を込めたキックがアポリアの胸に吸い込まれる。
    「にゃああああああ!」
    「もちろん、一番待ってるのは自分っす。もう一度……いや、何度でも愛し合いやしょう!」
     苦し紛れに振るった異形の爪が、ギィの胸に深々と突き刺さる。だがギィは一歩も退かず、自分の存在を主張するように、振りかぶった斬艦刀を全力で叩き下ろした。

    ●夜舞の終わり
    「淫魔の姿も可愛いかったっすけどねぇ。ちょっと残念っす」
     戦いが終わり、あきらはギイの腕の中ですやすやと寝息を立てていた。猫の耳や尻尾も既になく、灼滅者として救うことができたのだと分かる。灼滅者たちの勝利だ。……ギィが少々不届きなことを言っているが、元々そういう性分なので気にしてはいけない。
    「お帰り、あきら。さよー」
    「これで一段落、か」
    「良かったさねー、はっはっは!」
     ゼアラムは男らしく周りに響かんばかりの声で豪快に笑った。闇沙耶の顔にも、小さな笑みが浮かんでいる。
    「聞こえてはいないだろうが、まずは挨拶だ。お帰り」
     勇也は感情を抑えた声音で言うが、その響きには安堵と喜びが混じる。
    (「……一足先に失礼するニャー」)
     仲間たちに迎えられるあきらの様子を見て、珠音は踵を返す。感動の再会に水を差したくないものだ。
    「よがっだ~、あきらちゃん、戻って来てくれた~」
     涙をボロボロとこぼし、顔をぐしゃぐしゃにしながら抱きつく赤兎。意気込みはともかく、戦闘では赤兎はあまり貢献できなかった。アポリアの逃亡を阻止し、あきらを救うことができたのは支援に駆けつけてくれた灼滅者たちの力も大きいだろう。
    「これも歌の力だな!」
    「いや、それはなーよ」
     ファルケが得意げにサムズアップするが、響我が冷たくツッコみを入れた。スピーカーやらアンプやら余計なものを持ち込めなくて本当に良かったと思う。
    「傷が癒えたら、また一緒にいいことするっすよ。愛してるっす」
     ギィはそう優しく囁き、静かに眠るあきらの額に、そっと口付けをした。

    作者:邦見健吾 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年3月11日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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