誰そ彼時に君を待つ

    作者:呉羽もみじ

     少年がふと顔を上げると、目の前に少女が微笑んでいた。
    「死してなお残留思念が囚われているのですね」
    「囚われてる? 俺が」
     三条カラスは、コルネリウスと対峙する。
    『魚は一夜干し、女は一夜限りに限る』
    「……は?」
    「チョイ悪なおにーさんが言ってたっす。サカナもオンナも後腐れなくさっさと頂いちまえって。時間をかけ過ぎると執着が生まれるから」
    「は、はあ……」
    「俺もそー思うっす。執着は俺に必要のないものっす。だから、俺は囚われてなんかいないっす」
     でも。そう言うと困ったように眉をひそめ。
    「でも、何かやり残したことがあった気がするっす」
     呟くカラスの声を聞き、それが囚われている原因ですよと、コルネリウスは軽く頷く。
    「私は慈愛のコルネリウス」
    「俺は元・六六六人衆の三条カラスっす。今は幽霊やってるっすー」
    「私は傷つき嘆く者を見捨てたりはしません」
    「えー。俺は傷ついてないし、嘆いてもいないっすよー」
    「……プレスター・ジョン、聞こえますか? この落ち着きのない小鳥を、火急的速やかに城にかくまってください」
     決め口上の途中で、いちいち横槍を入れるカラスの様子に、やや疲れた様子を見せながら、コルネリウスはそう言った。

    「ご名答。なあんて、当たりたくなかったかな?」
     黄朽葉・エン(ぱっつんエクスブレイン・dn0118)からの回答に、クリス・レクター(夜咲睡蓮・d14308)は複雑な顔をする。
     慈愛のコルネリウスの力によって、先日灼滅された六六六人衆の三条カラスが復活をするようだ。
     本来、残留思念などに力は無いはずだが、コルネリウスが残留思念を復活させるという前例が何件もある。今回の件に限り何も起こりませんでした、では済まないだろう。
     コルネリウスは残留思念に力を与えた後、姿を消すため、戦闘は勿論、会話や交渉なども行うことは出来ない。
    「手を出せない彼女について考えるよりも、復活をした三条カラスをどうすべきかを考えて欲しいんだ。……簡単にどうにか出来る相手じゃないけど、だからと言って放置する訳にはいかないから」
     再び、灼滅者達に強者との戦いを要請することに負い目を感じているのか、エンは申し訳なさそうに目を伏せる。
     カラスは、灼滅者に倒された事実は覚えているが、何が原因で倒されたということは記憶から抜け落ちているようだ。
     必要のない記憶だから消去したのか、抱えるには大き過ぎる感情だから、置いてきたのか、記憶が無い理由は分からない。
    「カラスが執着していたものの正体を開示するかしないかは君達次第だよ」
     カラスは執着の正体を思い出したら、動揺するかもしれないし、激昂するかもしれない。もしくは、何事もないように受け止めるのかもしれない。
     言うタイミングや態度等で、カラスの行動に影響を与える為、慎重に進める必要があるだろう。
     勿論、言わないという選択もある。その場合は、ただ戦うことのみに集中すれば良い。
     三条カラスは、元の序列は四六一であったが、残留思念となり力が抑えられたらしく、現在の灼滅者の実力でも何とか下すことが出来るはずだ。
    「ああ、そうだ。前にカラスがご執心だったおばあさんだけどね。ご健在だよ。今は息子夫婦の家で幸せに暮らしているみたいだよ。カラスのことは良く覚えてる」
     不意に、エンは世間話でもするようにそう言った。
     コルネリウスが何を考え残留思念に力を与えているのかは理解出来ない。が、カラスをそのままにしておくことが出来ないということは理解出来るだろう。
    「大変な戦いになるだろうけど、皆が無事に帰って来るのを待ってるよ」


    参加者
    小坂・翠里(いつかの私にサヨナラを・d00229)
    芳賀・傑人(明けない夜の夢・d01130)
    篠村・希沙(暁降・d03465)
    七六名・鞠音(戦闘妖精・d10504)
    竜崎・蛍(レアモンスター・d11208)
    新沢・冬舞(夢綴・d12822)
    クリス・レクター(夜咲睡蓮・d14308)
    渡来・桃夜(道化モノ・d17562)

    ■リプレイ

    ●再生
     夕日はじくじくと沈んでいく。
     風もなく、人気もない駐車場はこの世の終わりを連想させた。
     その静寂の中を動く影七つ。
     新沢・冬舞(夢綴・d12822)は、駐車場に立入禁止の立て札を立てながら、周囲を見渡す。入院している患者に、殺気を当て心乱すことは可能な限り避けたかった。この状態では殺界形成を使う必要はないだろう。
     周囲の見回りをしていた、小坂・翠里(いつかの私にサヨナラを・d00229)からも、人の気配がないことを確認する。
    「コルネリウスちゃんてば余計なことしてくれちゃって。かわいそうでもなんでもないでしょーが」
     表情の固い、クリス・レクター(夜咲睡蓮・d14308)の傍で、渡来・桃夜(道化モノ・d17562)は軽い口調で言う。心ここにあらずといった様子で病棟を見つめている相方を、桃夜は寂しげな目で見つめ、すぐに平素の柔らかな笑顔に戻った。
     病棟から誰かが出てくるのが見える。竜崎・蛍(レアモンスター・d11208)だ。
     しょんぼり顔で仲間たちと合流し、深い深いため息ひとつ。
     蛍は、プラチナチケットを使い、病院であわよくばタダ飯にありつこうという大胆な計画を立てていたようだ。しかし、プラチナチケットは食券ではない。当然ながら効果は発揮されず、すごすご退散したらしい。
    「病院に入ったついでに、その辺の人に、工事があるから駐車場に近寄らないようにって言っておいたよ」
    「首尾は」
    「知らんけど」
     何とも曖昧な返事である。しかし、ESPの効果で何らかの関係者だと思わせることは出来たかもしれない。これ以降、病棟の出入口が開かれないことを願いながら、状況が動くのを待つ。
     と、淡い燐光を放ちながらひとりの少女が現れた。
     何もない一点を見つめ、そこに何かがいるかのように声をかけている。
     やがて、やや疲れた様子を見せながら、少女は姿を消した。
     その少女と引き換えに、少年が薄らと現れる。
     車止めに腰掛けているその少年は、所在なげにぼんやりとしているようにも、悲痛な程に何かを待っているようにも見える。
     導かれるように、クリスはふらふらと少年の元へと向かう。彼の傍を離れないように桃夜が追尾し、芳賀・傑人(明けない夜の夢・d01130)はその様子をそっと見守る。
    「こんにちは三条カラス……僕のことがわかるかな」
     緊張した面持ちで、三条カラスの前に立つ。

    ●叫び
     出し抜けに攻撃されることも、敵意を持った目で見られることもなかった。
    「こんにちはっす。三条カラス、ただいま参上ってところすか。って、ずっとここにいたんすけどねー」
     あまりにも自然に――ダークネスと灼滅者の相対としては不自然な程に、穏やかな挨拶がかわされる。
     翠里は呼吸するもの忘れ、その様子を見ていた。
     前の事件では、その身を投げ打ってでも、ひとりの人間を守ろうとしていた。そして、今はまるで友人にも会ったかのように馴れ馴れしく挨拶をしている。敵である灼滅者を相手に!
     ダークネスは敵であり怖いものであるはずなのに。それなのに目の前にいるアレはなんだ?
     疑念が頭をもたげるが、今はそれを問い詰める時ではない。首を振って彼らの動向に意識を集中させる。
    「君は何か執着があるようだな」
    「さっきのおねーさんも、そー言ってたっすね」
    「僕はその答えを知ってる」
    「そーなんすか?」
    「君が知りたいのならば教えてあげるよ」
     篠村・希沙(暁降・d03465)は、ぽつりぽつりと続けられる言葉の応酬を聞きながら、カラスの様子を注意深く観察していた。もし会話の途中で良くない反応があれば、即対応出来るようにしておかなくてはならない。
     そのような心配りが出来ていたから、対応出来たのだろう。
    「あのばあちゃん、生きてるらしい。ばあちゃんが誰か知らんの――もがっ!?」
     唐突に煽るように言う蛍の口を慌てて塞ぐ。執着の原因を知ったカラスがどのような行動を取るのか判明していない以上、不用意な発言はしない方が無難だろう。
    「人は、あまりに大きく大切なものは、時として忘れてしまうことがあるという」
    「ふぅん?」
     傑人がカラスに話しかけ注意を引く。気のない素振りを見せながら、言葉の意味を探るように目を伏せ、何か考えるような仕草をしていた。
    「執着は、どうして必要ないのですか?」
     七六名・鞠音(戦闘妖精・d10504)は、蛍を隠すようにさり気無く前に立ち、おもむろに質問をぶつける。
    「執着は荷物みたいなもんす。荷物を抱えたまま動くのは大変っしょ? 俺は荷物なんか持ちたくないんす。身軽なままでいたいんすよ」
     ――おばーちゃん。どこも痛くないっすか。
     あっけらかんと言うカラスと、病院の中庭で身体を張って何かを守っていたカラスの姿が二重写しのように見える。もし、彼がずっと執着を持たずにいたら、今でもダークネスとして殺戮を繰り返していたのだろうか。
     自問の渦に飲まれるクリスを、桃夜は見つめる。
     今、彼は誰のことを考えているのだろうか。考えるまでもない、アイツのことだ。
     オレはアイツが嫌いだ。クリスを悩ませているアイツが大嫌いだ。
    「どーしたんすかー?」
    「何でもないよ~、あははは♪」
     激情を心の中に閉じ込め、桃夜はカラスに笑顔を向ける。
     不安げに希沙はカーディガンを掴み、下を向く。
     執着が、どれだけ大切かということなら……それが不必要だと言われるのは、寂しい。
     鼻の奥が痛くなるのを堪えながら唇を噛み締めると、ふと、ブーツの四葉が目に止まった。だいすきで大切な人からの贈り物。わたしの執着であり、力の源。
     目を瞑り、すぐに開く。顔を上げてカラスを見据える。
     その横顔に、もう涙の片鱗を見ることはなかった。
    「貴方には執着していることがあります。私にも、きっとあるのでしょう。お揃い、ですね」
     鞠音の言葉を聞いてカラスは首を傾げる。記憶の奥に隠した何かを思い出すように、遠くを見つめている。
    「ここに、一人の老婆が入院していたのさ。君はその老婆のことを慕い、自分と同じ存在にしたかった。……思い出せるかい?」
     カラスが目を見開く。
     おばーちゃん、と唇を僅かに動かす程度に呟き、顔にひびが入るように表情が崩れた。
     蛍や傑人、鞠音が解除コードを唱える。
     カラスがゆっくりと口を開いた。
    「   」
     声にならない声。
     カラスの周囲の空気が限界まで張りつめられる。危険を感じた桃夜はクリスを庇いながら後ろに下がる。
     その直後。カラスを中心に空間が歪んだ。
    「……なんで、今まで忘れてたんだろう」
     ため息と共に言葉を零すと、ほんの少し充血した目を見開いたまま、茫然と立ち尽くしていた。

    ●想い
     カラスの行動に敵意は感じられなかった。六六六人衆として――少なくとも三条カラスの場合に限られたことかもしれないが――一番表に出しやすかったものが殺気だった。それだけのことだろう。
    「……話は済んだか? ならば、あとは戦うだけだな」
     冬舞は、手に馴染んだ愛用の解体ナイフを構える。
     可能ならば、カラスを病棟から引き離したかったが……今の彼にどんな言葉をかけたら届くのか。戦闘の余波が、患者に影響を与えないようにと祈りながら、傑人は拳を固めた。その横ではライトキャリバー・オベロンが唸りを上げながらカラスを威嚇する。
    「良き戦いにしよう。僕らとお前の長き闘争に、決着を」
    「蒼。前衛、任せたっすよ!」
     翠里は霊犬・蒼に指示を出すと同時にガトリングガンを構え、撃つ。炎の弾丸はカラスを撃ち抜き、服を、頬を燃焼させる。
     これ以上、相方の瞳にダークネスが映っていることが耐えられないかのように、桃夜は、カラスの顔面目掛け螺穿槍を放つ。顔を潰してしまえば、金輪際、アイツを見ることもなくなる。
     風切り音を立てながら伸びる槍を、カラスはゆらりと膝を曲げて回避。青い顔のまま、未だ茫然と虚空を見ている。
    「雪風が、敵だと言っている」
     鞠音はバスターライフル・雪風を軽々と片手で持ちながら、スターゲイザーを放つ。カラスは鞠音の攻撃にほぼ無意識に反応し、相殺。そのままカウンター気味に腕を振るう。
     派手に吹き飛んだ鞠音は、動物のようにしなやかに四足で着地。態勢を整え、次の攻撃に備える。
     希沙の放ったレイザースラストも、寸でのところでかわされた。格上相手に一撃で有効な打撃を与えることは難しいが、帯の精度は次第に上がっていく。この攻撃は次に繋げる為の布石でしかないのだ。
     音もなくカラスの死角に周りこんだ冬舞は、素早く腕を滑らせる。浅く傷を付けた攻撃はダメージの蓄積というには心許ないが、カラスの足取りを鈍らせた。
     軽やかなステップと共に蛍が矢をつがえ、放つ。桃夜に撃ちこまれた癒しの矢は彼の感覚を研ぎ澄まし、クリアになった視界でカラスをきっと睨み付けた。
     茫然自失とした様子のカラスの瞳が、クリスを映す。途端に理性の火が灯る。
    「お、おにーさ、じゃない、クリス! おばーちゃんは無事っすか?」
     自らが受けた攻撃も、傷の具合も気に留めることなく、縋るような瞳。前の戦いの時と変わらない、馬鹿正直に老婆を想う気持ちが伝わってくる。
    「今は息子さん夫婦の家で幸せに暮らしている」
    「ほ、本当に? ん? ムスコサンフーフ?」
    「大丈夫。彼女はご健在やから。カラスのことも覚えてはる」
    「……そうすか、良かったあ」
     傑人と希沙の返事に心底安心したように息を吐いた。
    「で、おにーさん達は、おばーちゃんになにか用……って感じじゃなさそーっすね」
     今更気付いたかのように、身体の傷を確かめ苦笑する。
    「一度、貴殿と直接手合わせ願いたく」
    「それはそれはご丁寧に」
     冬舞の口調に影響されたのか、神妙な顔で構えを取ってみせる。
    「ダークネスと人間って中身は別人らしいじゃん。闇落ちしなくてよかったんじゃない」
    「だから、死ぬのを指咥えて見てろって? やさしー灼滅者さんとは思えない、理性的な発言っすねー」
     蛍の軽口に、皮肉で応じる。
     剣呑な空気に翠里は混乱する。カラスの言葉は、まるで人間のように感情的だが、行動はダークネスのように冷酷極まりない。
     老婆を慕う気持ち。それ自体は悪いものではないのだろうが。しかし。
     迷う心を表すように影が揺れる。無数の触手となった影は縦横無尽にカラスを襲う。動きの鈍ったダークネスに追い打ちとばかりに鞠音の縛霊撃が叩きこまれる。
     カラスは灼滅者と距離を取り、回復。戒めの幾つかを解除し、伸びをする。
    「おにーさん達、少しの間に、だいぶ強くなったんすね。驚きっす」
     追い詰められているのにも関わらず、焦りも悲壮感も滲ませることなく、嬉しそうに笑みを作る。
     戦闘は佳境を過ぎようとしていた。

    ●いつか
     漆黒の羽根が舞う。狙うは後衛。着実にダメージを与え続けるスナイパーと、傷を癒すメディックは、長期戦になるごとに存在感が増す為、狙われるのは定石だろう。
     希沙が、蒼が、身体を張って守る。重い攻撃に意識が遠くなりかけるが、魂の力を借り、再び立ち上がる。ディフェンダーとして、己の傷には無頓着に仲間を庇い続ける希沙の傷を、クリスのナノナノ・パーシモンが癒し、心配げに周囲を飛び回った。
     元・序列四六一位ということを留意し、行動阻害と防衛重視の陣計で長期戦を睨んで挑んだのが功を奏したのか、戦況は灼滅者側に傾いている。
     その余裕もあったのか、またはもう二度と会話出来なくなることを恐れたのか、いつしか会話をしながら戦闘をするという奇妙な構図が出来あがっていた。
    「私の執着は、きっと、もっと知りたい、です――貴方のことも」
     紡がれる言葉と共に鞠音は雪風を振るう。
    「俺のこと知っても、面白いことなんにもないっすよ」
    「おばあさんは、どんな食べ物が、好きでしたか?」
     言葉を濁すカラスに、質問を変えて再び問うてみれば「俺のクッキー!」と嬉しそうに答えるが、すぐにしゅんと項垂れて。
    「おばーちゃんは、俺がいなくなったこと、どー思ってるんすかね」
    「一緒に過ごした時間は、きっとお婆さんにとっても大切な時間やったんやと思うから。これからも忘れはらへんと思う」
    「人に記憶されるというのは、とても幸せなことだ。その人と自分がともにあるということだから」
     傑人と希沙の言葉に、再び元気を取り戻す。
    「彼女が覚えているのなら、共に過ごした最後以外の時間はヒトとして接したということだ。ダークネスとしてではなく、な」
     冬舞の言葉に、ダークネスとしての自分に誇りを持ってるから、ヒトとして見られてたのは、ちょっと寂しい、と何とも複雑そうな顔をしてみせる。
    「ね、心を満たす何かが欲しかった?」
     囁くように桃夜が問う。
    「オレはクリスを見つけて、クリスが応えてくれたから心満たされた」
     恍惚とした表情で惚気ながらも、彼の持つマテリアルロッドの威力は衰えない。
    「オレはカラスよりずっとラッキーな人間みたいだよ。あ、これ自慢ね」
    「おにーさんは大切な人がいるんすね」
     桃夜の攻撃から逃れる為に、距離を取ると、ふ、と短く息を吐いた。
    「それはとても不幸なことっすね。大切なものを持つのはしんどいっす」
     訳知り顔で頷きながら、回復しようとする。
    「心残りは済んだか?」
    「……え?」
    「また夢の国で会おうな」
     背後の冬舞に気付いたときは遅かった。彼が放ったティアーズリッパーがカラスの背中を大きく切り裂き、その場にゆっくりと膝をついた。

    「なぁんだ。また負けちゃったんすねー」
     さらさらと光の粒子になって消えていく自らを見て、どこか清々しげにカラスは言う。
    「……カラスも灼滅者なら、良かったのに」
    「俺は団体行動苦手だし、自由なダークネスのままの方が良いかもっすよー?」
     切なげな希沙の声にからりと笑って返事を返し。
    「僕も最近よく思うんだ。もしカラスが灼滅者として覚醒していたのなら……そしたら、教室で君の淹れたお茶に駄目出ししてる未来もあったのかもしれない」
    「え、そんなへっぽこ執事に見えるっすか?」
     沈痛な面持ちで心情を吐露するクリスに、やや大げさな身ぶりを添えながら笑ってみせる。
    「もっと君と話をしたかったよ」
    「前も、それ言ってくれたっすよね」
     どこか懐かしげに言う声は、ノイズが入り聞こえ辛い。
    「てゆーか、たかが死んだくらいで諦めるんすか? ……死、けど――いつか、生、変わっ、ら――俺も……灼、に――いつか、一緒に」
     悲鳴のような音を立てて、風が一陣吹き抜ける。
     三条カラスの姿は消え去り、ノイズ交じりの声も風に乗って聞こえなくなった。

     緩やかに暗くなっていく空は、今日という日を振り切り、未練も慈悲もなく夜を連れてくる。
     しかし、明日は訪れるのだ。
     諦めない限り。

    作者:呉羽もみじ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年3月19日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 10/キャラが大事にされていた 3
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