本は夜に舞う

     夜中の中学校。1人の警備員が、校内を巡回していた。
     やがて、図書室に差し掛かる。
    「…………」
     なんとなくドアに手をかけると、するりと開いた。
     妙な勘が働いたとでも言うのか、中に入ってみる。
     ライトで照らすが、当然のように、人気はない。だが、机の上には何冊もの本が開いたまま、放置されている。
     最後に誰も片付けなかったのか……そんな風に思っていると、何かとぶつかった。
    「いてて……あっ」
     宙に、一冊の赤い本が浮かんでいた。しかしそのサイズは、警備員の身長ほどもある。
    「ここの本は自分のものじゃないから……雑に扱ってもいいと……思っているね……」
     ぽつぽつと呟くように、本が喋った。無機質な口調が、かえって恨みめいた想念を感じさせる。
    「片づけない奴は……こうだよ……!」
    「うわああっ!?」
     机にあった本が、ふわりと浮き上がったかと思うと、警備員目がけて飛んで来た……!

    「図書室の本が襲い掛かってくる……そんな噂を耳にしたんだ」
     放課後の教室。
     洲宮・静流(蛟竜雲雨・d03096)が語り終えると、園川・槙奈(高校生エクスブレイン・dn0053)が話を引き継いだ。
    「洲宮さん、ありがとうございました……。今回皆さんに灼滅して欲しい都市伝説は『図書室の主(ぬし)』と言います……。読んだ本を片付けないと本が襲い掛かってくる……そんな学校の噂が元になっているみたいです……」
    「なるほど。しかし、肝心の本を凶器にするというのは、どこか矛盾を感じるな」
     都市伝説とは時に理不尽なものだ、と静流は思う。
     『図書室の主』が中学校の図書室に出現するのは、夜。当然生徒はいないが、警備員さんがいるのでその点だけは注意して欲しい。
     本を出しっぱなしにして図書室を出て行こうとすれば、巨大な赤い本が、皆の行く手を遮るように現れる。
    「『図書室の主』は、皆さんが散らかした本を周囲に浮遊させ、武器として使用します……なので、痛くなさそうな本を選んでおくと、被害を抑えられるかもしれません……」
     この図書室には、ライトノベルなど含め、たいていの本が置いてある。もちろん、不健全な類のものはないが。
     攻撃の内容は、本を投げつけたり、ミサイルのように撃ち出したり、開いた本からビームを発射してきたりするというものだ。ポジションはクラッシャーである。
    「図書館の本を守るためにも、この都市伝説を鎮めてやってください……」
     そう槙奈は締めくくったのであった。


    参加者
    月雲・彩歌(幸運のめがみさま・d02980)
    洲宮・静流(蛟竜雲雨・d03096)
    天城・優希那(の鬼神変は肉球ぱんち・d07243)
    天城・翡桜(碧色奇術・d15645)
    唐都万・蓮爾(亡郷・d16912)
    ルクルド・カラーサ(生意気オージー・d26139)
    炎帝・軛(アポカリプスの宴・d28512)
    四方祇・暁(鋼の原石・d31739)

    ■リプレイ

    ●静かに本を散らかして
     しんと静まり返った、夜の学校。
     警備員に見つからぬよう、図書室へとその身を滑り込ませる灼滅者達。
     しんがりを務めた炎帝・軛(アポカリプスの宴・d28512)が、最後にドアを閉じる。
     素早く四方祇・暁(鋼の原石・d31739)がカーテンで室内の様子を隠す。
     洲宮・静流(蛟竜雲雨・d03096)の殺気が警備員を遠ざけ、天城・優希那(の鬼神変は肉球ぱんち・d07243)が音声をシャットアウト。
    「これでご近所迷惑も大丈夫ですね!」
    「ええ、警備員さんには異常なし、でいてもらわなければなりませんものね」
     答えて、散らかし作業に取り掛かる月雲・彩歌(幸運のめがみさま・d02980)。彼女が取り出したのは、ポケット図鑑や旅行ガイド、週刊誌。
    「パンフレットのような物なら、飛んできても弾き易そうですね」
     抑えた灯りの中、薄いページ数の本を見繕う唐都万・蓮爾(亡郷・d16912)。しっかりした作りのものを選んで、あえて敵に塩を送ることもあるまい。
    「本を雑に扱って片付けないまま、っていうのも駄目だとは思いますが……仕返しにも本を使うなんて、どうなんでしょうね」
    「そうですよ! 言って聞かせて、やって示さなければ人は動かないもんだって話ですけれど、それにしたって暴力はダメダメです!」
     天城・翡桜(碧色奇術・d15645)が絵本やライトノベルを選べば、ルクルド・カラーサ(生意気オージー・d26139)は、駅前で調達してきた求人情報誌を散らかす。
    「それにしても、独特な香りだ」
     ふんふん、と鼻を鳴らして、本の匂いを嗅ぎ廻る軛。
    「内容は考えず、とりあえず薄い物を選べば良いなら、有難い話だ」
     図書室のありふれた風景も、本とはあまり縁が無かった軛にとっては、未知の領域だ。
    「そうだな……短編集とかいいかもな。個人的にはファンタジーとかSFが好きなんだけど、そういうのに限って分厚いんだよなあ」
     明かりで本棚を照らし、本を探す静流。
    「そっちは何を探しているの?」
    「ええとですねぇ……あっ、ありました~。このおっきいカステラ作る絵本、大好きなのです!」
     優希那が手に取ったのは、一冊の絵本だった。
    「少しの間我慢してくだされ……後でちゃんと戻すでござるからねー……」
     おびき寄せのためとはいえ、床に本を置くのに罪悪感がないと言えばウソになる。小声で謝りつつ、科学誌やライトノベルを置いていく暁。
    「結構こう、散らかっていくのを見ると……自分でも掃除したくなりますね」
     惨状を前にすると、彩歌のお片付け欲がうずうずしてくるようだ。
    「こんなものでしょうか。では行きましょう」
     多からず少なからず。いい塩梅に本が散らかったのを確認して、翡桜が入口の扉に手をかけた。
     その時だった。

    ●お待ちよ、と本が引き止め
     その声は、8人の頭の中に直接届いた。
    「……片付けないまま……行くのかい……」
     振り返ると、部屋の中心に異変が生じていた。
     ぼんやりと光が浮かび上がり、巨大な赤い本の形を結ぶ。
     都市伝説、『図書館の主』。
     それは不可視の力で皆が散らかした本を浮遊させる。自らを中心に、円を描くように。
    「悪い子は……おしおき……するよ……」
    「その気持ちはわかりますけど、やり過ぎは駄目なんですよ! 散らかす人もいなくなりますが、直す人も本を借りる人も無くなっちゃいます!」
     憤るルクルドの傍らで、霊犬・田中も目で語る。
     やぁブック。おいたはいけないぜ……と。
     実にハードボイルド。
    「散らかすだけじゃなく暴れるつもりなら……容赦しないよ……」
    「お怒りの気持ちはよくわかりますが、倒させていただきますよ」
     悠然と浮遊する『主』を、彩歌の槍が狙う。
     すると『主』の周囲の本が反応した。攻撃を防ごうと舞い飛ぶ。
     だが、ウイングキャットの肉球が、それをばしっ、と弾き飛ばした。
    「本を大事にするあまり凶暴化するとか、本末転倒な感じだけど……」
     『図書室の主』と同じ赤色に変わった標識を、静流が叩きつける。だが、とっさにぱたん、とカバーを閉じ、ガード。
    「本の苦しみを……教えてあげるよ……」
    「ふえぇぇん、こっちに来ないでください~」
     ひゅんひゅんと飛び回る本の群れを、優希那が槍で追い払う。
    「大丈夫です、天城さん」
     優希那をフォローしたのは、翡桜だった。魔力をこめたロッドを打ち込み、『主』を弾き飛ばす。
    「唯織さん、お願いします」
     翡桜に名を呼ばれたビハインドは、髪をなびかせ、霊撃を放つ。更に後退する『主』。
    「本は……大切にするものだよ……借り物ならなおさら……」
    「その行動を見る限りでは、本当に本を大切に想っているのか疑わしいものですね」
     敵の力は侮れぬとは言え、蓮爾には何処か物足りなさがつきまとう。その身に宿る寄生体『蒼』の疼きも僅か。
    「貴方は僕のこころを奮わせるには至らない」
     ビハインドのゐづみと連携し、床を蹴る蓮爾。
     その挙動は、あたかも神秘的な舞のよう。2人にかかれば、普通の図書室でさえ、1つの舞台となる。
    「こんなに散らかしたのは君達じゃないか……」
    「散らかしているのはどちらだ。お前こそが成敗されるべき不届き者だろう」
     乱れ飛ぶ本をかわし、軛が『主』を叩く。白炎の力を解放した彼女の姿は、黒から白に変化している。
     すると、浮かぶ本の一冊が、ぼうっ、と赤い光を帯びた。
    「これがお仕置き……だよ……」
     本は即席の弾丸となり、優希那目がけて飛んでいく。
     とっさに武器をかざすも、小爆発が生じた。その煙は、カビに似た匂いを振りまく。
     しかし、その傷は予想よりも浅かった。薄めの本ばかりを用意したのが功を奏したのだ。
    「もしこれが図鑑や辞書だったら、危ないところでしたね」
     煙を払う翡桜。
     とは言え、負傷は放って置けない。ルクルドのダイダロスベルトと田中の浄霊眼が、傷を治療していく。
    「これで大丈夫です!」
    「わわ、ありがとうございます~」
     ぺこっ、とお礼する優希那。
     なぁに、レディに傷は似合わないぜ。田中もそう言っているかのよう。
    「皆が本を大切にしていれば……こんなことしなくてもいいんだよ……」
     書物は先人の知恵と思索が詰まった物。大切にすべきなのは暁にも頷ける。
    「けれど……今を生きる人の命より優先すべきものではござらん」
     暁の縛霊手から伸びた霊糸が、『主』に巻き付いた。

    ●サイキックと本のダンス
     仲間の守りを固めようとする静流に、本を飛ばす『図書館の主』。
     だが、神秘の光がそれを阻んだ。ウイングキャットの魔法だ。
     本が舞い、猫が舞い、ビハインドが舞う。
     そして、霊犬や灼滅者達の駆使するサイキックもまた、舞の一部だ。
     翡桜の連打が『主』のガードを崩し、唯織の波動が直撃する。吹き飛んだ『主』は、しかし、空中でひらりと一回転。
     そこへ彩歌が飛び込んだ。加護によって鋭さを増した刃が、本をくぐり抜け、『主』を断つ。
    「みんなで読む本だから、図書室の主さんが怒るのはわかる気がするのです。で、でも本で攻撃しちゃダメなのですよぅ。本は大切にしなくちゃっ」
     ごめんなさいですよぅ、と謝りつつ、優希那がロッドを振るう。
    「言う事を聞かない子は……怒られても仕方ないよ……」
     『主』に従う本の群れが、一斉に開く。印刷された文字が発光し、ビームを発射する。
     文字によって編まれた光線が、灼滅者達を狙う。
     だが、それを弾いたのは、暗闇に舞う赤い衣……ゐづみだった。
     攻撃後を狙い、軛が獣化した腕を振るう。その背が遮るのは、ルクルドと田中。負傷者の回復をする彼らに『主』の意識が向かぬよう。
    「こちらだ、『主』よ。そのような紙切れで、私に敵うと思うか」
     銀の爪撃の相手で精いっぱいとなる『主』へ、声が飛ぶ。
    「拙者を忘れて貰っては――困るでござる!」
     真紅のマフラーをなびかせ、敵の懐に潜り込む暁。
     納めていた刀を刹那で抜き放ち、『主』の身を断つ。
     そして、接近していた者がもう1人。
    「美しき頁の一片の様に、其の存在を消し去ってやりなさい」
     蓮爾の意に、『蒼』が応える。
     瞬時に構成された刃……透明よりなお透いたそれが、『主』の厚い体を貫き通した。
    「図書室……は……綺麗に……だよ……」
     ばっ、と『主』が『ほどけた』。
     ばらばらになった頁が吹雪のように舞い、灼滅者達の視界を白く染める。
     そして、中身を失った赤いカバーを、炎が包む。
     『図書室の主』が燃え尽きるのには、数秒とかからなかった。

    ●後は綺麗に片づけて
     『図書室の主』の消滅と同時、浮遊していた本も、ぱたりと落下する。近寄ってみれば、ただの本に戻っていた。
     戦いを経ても、傷一つ残っていない。都市伝説の影響下にあったためか、それとも『主』が身を挺して守ったのか。
    「皆様お疲れ様でした。お怪我の具合は如何でしょう?」
     優希那が見回すと、皆は無事を示すように微笑み、あるいは手を軽く上げて寄越す。
    「さて、都市伝説も退治できたことだし、最後の一仕事……でござるね」
     図書室の散らかり具合を見て、笑う暁。
     立つ鳥と灼滅者は跡を濁さないもの。ルクルドも、持参した本を回収し、図書室の本は元の本棚へ収めていく。
    「ちゃんと片付けていかないとですよね。ホント、気になりますし」
     てきぱきと本を整頓していく彩歌。
    「本は読んだらすぐ元の場所に……もしかして、片付けない子供が多かったから、怖がらせる意味合いで広まった話なのでしょうか」
     散らかしたままだと、『図書室の主』が来るぞ……そんな風におどかす大人の様子が、皆の脳裏に浮かぶ。
    「戦いはともかく、元通りに整えるのも一苦労だな。この本は何処だ……?」
    「炎帝さん、こちらです」
    「おお、助かった」
     軛を手伝う翡桜。だが、コーヒーや手品の本が視界に入ると、思わず興味を惹かれてしまう。
    「続きが気になって夜も眠れないとか、そういう本は大好きだけど、移動時間や空き時間に読むなら、あっさり読める短編集なんだよな……」
     片付けの傍ら、本を物色していた静流が言う。
    「皆、何かお勧めないかな?」
     彼の問いがきっかけとなって、皆でそれぞれの趣味を語り合う。
     その中でわかったことが1つ。
     本への接し方は人それぞれ。しかし、本を大事に思う気持ちに違いはないということ。
    「これでもう、本にも人にも被害は出ないことでしょう」
     元通り、あるいはそれ以上に綺麗になった図書室を見て、蓮爾が安堵する。
    (綺麗にしてくれて……ありがとう……)
     皆が顔を見合わせる。聞こえた? と確かめるように。
     その行動自体が、単なる幻聴ではないことの何よりの証拠。
     それから、灼滅者達は図書室を後にする。
     全員が外に出たのを確かめて、扉を閉めた。
     本を閉じるように、そっと。

    作者:七尾マサムネ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年3月16日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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