理想の男の育て方

    作者:海乃もずく

    ●水面下でひそやかに
     兵庫の高速道路を、高級外車が走る。
     車中の男、鬼頭・正篤(きとう・まさあつ)は、目の前の秘書に対し、おもむろに話を切り出した。
    「時に、桜領院くん。この間頼んだ件はどうなっている?」
    「先ほど、必要な手配は全て済ませました。明日には成果をご報告できるかと」
    「ならばいい。これで肩の荷が下りるよ。桜領院くんは頼りになるね」
    「恐れ入ります、鬼頭取締役」
     男へと丁寧に頭を下げる美人秘書――という体裁の朱雀門高校のヴァンパイア、桜領院・芹那(おうりょういん・せりな)は、眼鏡の奥に軽蔑の表情を押し隠す。
    (「……殺人一つで満足なんて、つまらない男」)
     大手銀行の取締役といっても、一般人は一般人。――しかし、人を殺すことにためらいがない点は、また評価できるところだろう。
     ……この男が第2のミスター宍戸になる見込みは、未だ十分にある。そうなることを期待しながら、芹那は辛抱強く活動を続けている。
     
    ●ASY六六六
    「あのね、聞いて聞いて! 軍艦島の戦いの後、HKT六六六に動きがあったみたいなの!」
     天野川・カノン(中学生エクスブレイン・dn0180)はベッドの上から半ば身を乗り出して、集まった灼滅者たちに話し始める。
     カノンの話によると、HKT六六六は有力なダークネスであるゴッドセブンを、勢力拡大のために地方に派遣しているらしい。
    「それで、兵庫県の芦屋に来たのが、ゴッドセブンのナンバー3こと本織・識音。古巣である朱雀門学園から友人や知人を呼び寄せて、ASY六六六を結成しているんだって!」
     集まった朱雀門学園のヴァンパイア達は、神戸の財界の人物の秘書的な立場として、その人物の欲求を果たすべく悪事を行っているのだという。
    「わたしが見たのは予知は、大手銀行取締役の鬼頭・正篤(きとう・まさあつ)っていう人が、同じく取締役の松井・悟(まつい・さとる)さんっていう人を、殺そうとしているところ)だよ」
     今回、ASY六六六のヴァンパイアは直接手を出さず、配下の強化一般人が差し向けられる。
    「もともと鬼頭は、ある融資先の会社から個人的にお金を受け取り、その会社が融資を受け続けられるよう、銀行の決定に口出しを続けていたの」
     そんな鬼頭の汚職行為に対し、明白な証拠を握ったのが松井。松井はこの証拠を、次の取締役会議に提出するつもりでいる。
     その前に松井を殺したいと、鬼頭はASY六六六のヴァンパイアに頼んだらしい。
     
    「深夜、繁華街の一角で、松井さんは強化一般人に襲われるよ。みんなには、それを阻止してほしいの」
     強化一般人は6人。半数は短刀を、もう半数は拳銃を所持している。短刀を持つ者たちは近距離に向けた攻撃を、拳銃を持つ者たちは距離をおいての攻撃を行うという。
    「松井さんはお酒が入っているから、足下がおぼつかないの。でも、その場から離れて敵からの視線が通らなくなれば、ひとまずは安心だよ」
     ASY六六六のヴァンパイアや、依頼をした本人である鬼頭はその場にはいない。6人の強化一般人を灼滅し、松井を守ることが今回の目的となる。
    「直接の敵は強化一般人だけど、背後には朱雀門のヴァンパイアがいる。油断しないでね」
     手渡す資料をとりまとめながら、カノンはふと付け加えた。
    「ASY六六六の狙いは、ミスター宍戸のような才能を持つ一般人を探し出すことみたい。そのために、一般人に手を貸すような事件を行っているのかな?」


    参加者
    神崎・摩耶(断崖の白百合・d05262)
    緑風・玲那(緋翼纏いし戦乙女・d17507)
    災禍・瑠璃(トロイテロル・d23453)
    東郷・勇人(中学生デモノイドヒューマン・d23553)
    アレス・クロンヘイム(刹那・d24666)
    上里・桃(人狼の哲学・d30693)
    牧原・みんと(象牙の塔の戒律眼鏡・d31313)

    ■リプレイ

    ●繁華街の夜
     ネオンに彩られたきらびやかな繁華街。
     一見、大人びた女性に見える災禍・瑠璃(トロイテロル・d23453)の前を、中学生然とした東郷・勇人(中学生デモノイドヒューマン・d23553)が歩いている。
    「勇人さん、あまり動き回るすぎると目立つかも、気をつけて!」
    「わかってるって、へーきへーき。災禍だって、そわそわしすぎ!」
    「ええっ、そうかなあ?」
     そう、瑠璃だって勇人と同学年。この場の賑やかさに興奮半分警戒半分であることには変わりない。
     大手銀行の取締役、松井が襲撃されるまで、あと少し。
     事件の背後にいるのは、ASY六六六。その目的は、第二、第三のミスター宍戸を見つけることだとか。
    (「宍戸を沢山……えげつない手段を練り上げる、人蠱的な何かでもやるつもりでしょうか……」)
     牧原・みんと(象牙の塔の戒律眼鏡・d31313)は丹念に地図を確認する。
     相手の思惑には、不明点も多い。……でもなぜか、どこかの斬新な会社のように明後日の方向にぶっ飛びそうにも、みんとは感じている。
     みんとの持つ地図に見入る上里・桃(人狼の哲学・d30693)は、さっきから自分の思いに沈んでいる。
    (「強化一般人たちは止めなくちゃいけない。……やっぱり、灼滅するしかないのかな……」)
     人間が好きで、人間を知りたい『人狼』の桃からは、強化一般人も『人間』で。
     桃の迷いを薄々感じながらも、あえて言及せずにみんとは地図をたたむ。
    「今回は、きっちり護り抜きましょう」
     みんとからかけられた声に、桃は「はい」と頷いた。
     一方、ネオン街の下では、神崎・摩耶(断崖の白百合・d05262)がビラ配りをしていた。深紫のニットは、摩耶の魅力的な身体のラインを際立たせる。
    「こんばんは。カラオケ如何ですか?」
     摩耶の妖艶な微笑みとラブフェロモンに、また1人酔っ払いが引き寄せられる。今ひとつ、人払いにはなっていないかもしれない。
    「カンザキ、マツイの姿はありましたか?」
     酔っ払いを適当にあしらう摩耶へと、アルベルティーヌ・ジュエキュベヴェル(ガブがぶ・d08003)が歩み寄る。首を振る摩耶。
    「いや、まだ来ていないな」
    「そうですか……。いずれにしろ、慎重に行動を。相手方に露見しないように」
     事前の、松井の居場所はわからない。同様に、襲撃者側の居場所も。である以上、あまり大っぴらには動けないのが現状だった。
     アレス・クロンヘイム(刹那・d24666)と緑風・玲那(緋翼纏いし戦乙女・d17507)は、背後の存在が気になっていた。
    「世の中には腐った人間がいるものだな……こういう輩は罰を受けるのがお似合いだ」
     背後には鬼頭という一般人と、ASY六六六――すなわち、朱雀門高校のヴァンパイア。
     アレスの呟きに、玲那が頷く。
    「本当は、吸血鬼と戦いたいところですが……」
    「そのためにも、この依頼は絶対に成功させないとな」
    「そうですね。松井さんを無事に救出出来れば、鬼頭と吸血鬼の策を崩せそうですので」
     玲那は手元へと視線を落とす。
     エクスブレインに指定された時間は、もうすぐそこまで迫っていた。

    ●襲撃
     深夜の繁華街。酔い混じりの男が、ふらりと小路へ足を踏み入れる。
    「うん……? 君たち、何の用かな?」
     男――松井は、いつのまにか不審な男達に前後を挟まれていることに気づく。彼らの手元には物騒な刃物。酔いで鈍る頭が、警鐘を鳴らす。
     ……次の瞬間、横合いから複数の光条が飛んだ。轟音が響き、まばゆい光が松井の目を灼く。
     再び目を開けた時には、襲撃者のうち数人が地面に伏していた。
     速やかに割り込んできたのは、玲那と、みんと。
    「眼鏡の人はいませんか。少し残念です」
     みんとは右手に魔導書を開き、低い声で詠唱を紡ぐ。強化一般人達はたちまち苦悶の声を漏らし、身を折った。
     その間にと、アレスとライドキャリバーのイグニスは、松井のもとへ速やかに駆け寄る。
    「松井さん、あなたの保護に来た。乗ってほしい」
     しかし、松井は伸ばされたアレスの手を払いのける。
    「さ、さらわれるっ!? 誰か、誰か助けてくれえっ!」
    「やむをえません、吸血……いえ、少し荒っぽくはなりますが」
     松井を押さえつけ、アルベルティーヌは強引にキャリバーに乗せる。記憶を曇らせるよりは無力化が先決である以上、今は、無理にでも移動させるほうが手っとり早い。
    「イグニス、松井さんをあの角まで」
     もがく松井に手間取りつつも、アレスはイグニスと離脱する。追おうとする男達を、アルベルティーヌがふさぐ。
    「ここから先へは通しませんよ」
     アルベルティーヌは電気石の指輪に口づけ、解放の言葉を紡ぐ。
    「ショウタイム――リバレイトソウル!」
    「疾風よ、癒しの羽衣を纏わせ戦友に光の道を示せ!」
     玲那もスレイヤーカードを解放し、それから周囲の音を遮断する。街灯の薄明かりの下、4人の強化一般達を確認し、玲那は眉をひそめる。
    「この場に4人。……あと2人はどこへ?」
    「――いた! そこ、隠れてもムダよ!」
     血色の翼を顕現させたヴァンパイア姿の瑠璃の胸元から、凍てつく炎がほとばしる。炎が通った道筋を、凍った空気が霜となって宙を舞う。直撃を受けた強化一般人達2人が、悲鳴混じりに転がり出た。
    「これで6人、全部いたね!」
    「松井さんは絶対助けます。人を殺してしまうなんて、どうかやめてください」
     あまり似合わない白衣を翻す瑠璃に続き、強化一般人達を囲む桃。……わかっていても、桃は言わずにはいられない。
    (「私はこの人たちのことを何も知らない。助ける方法が浮かばない……」)
    「じゃ、派手にいくぜ!」
     威勢のいい声をあげた時には、既に勇人は手近な相手へと接近している。異形化した片腕のフルスイング。ふっ飛んだ強化一般人が、ビルの壁に叩きつけられる。
    「……少しばかり出遅れたか?」
     ほどなく、摩耶も合流する。
     侵入者対策にと、摩耶は要所に工事中の看板を要所に置いてきた。事前に事件現場の条件を変えるリスクもさることながら、それらの作業を自分で何でもやろうとしたのは、さすがに手に余ったかもしれない。
    「さて、人の地元で色々やってくれるな……そう簡単に行くとは思わないでもらいたいものだな?」
     摩耶の口元には、不敵な笑みが浮かんでいた。

    ●反撃
     松井を伴ったアレスの背中が遠ざかる。強化一般人達が拳銃の照準を松井へ向ける。
     しかし、そこにシルクの光沢をもつサイキックの帯が飛ぶ。帯は星のように瞬きながら広がり、彼らの動きを戒めた。
     帯の片端は、みんとの手に握られている。
    「その場所からの射撃は予想できていたことです。工夫が足りませんね」
     たたみかけるべく、アルベルティーヌは指環をはめた手を拳銃のように構える。
    「スナイプっ!」
     古めかしい指輪にデザインされたコウモリが、街灯の下に浮かび上がる。指輪から放たれる魔法弾が急所を撃ち抜く。
    「遠距離さえ潰してしまえば心配事は減りますからね 正確に当てていきましょう」
     狙いを統一させながら、灼滅者たちは確実に敵を追い詰めていく。
     アレスが松井の避難を終えて戻った時には、瑠璃が1人目を射抜き、とどめを刺していた。普段は葡萄色の瞳が、より赤みを帯びて輝いている。
    「松井さんの避難は完了した。あとは、彼を守れるように死力を尽くすだけだ」
     アレスの背から吹き出す激しい炎が、夜の闇を照らす炎の翼を形づくる。破魔の力を持つフェニックスドライブに気圧され、後ずさる強化一般人。
     相手の隙を見逃さず、勇人が飛び出す。
     140センチ余りの身体よりも大きいバベルブレイカーに半分振り回されながら、勇人は武器の遠心力を活かすようにして相手の身体へと杭を撃ち込む。
    「今の一発、キレーに入ったよな!」
     会心の手応えに、笑みを浮かべる勇人。
    「やっぱ、強化一般人みたいな雑魚は弱っちくて一般人相手の捨て駒にしか使えねーってか?」
     注意を引き付ける意図もあっての発言だが、大人しく攻撃を受けるだけの相手でもない。勇人に向けて、腰だめに短刀を構えた男が突進する。
     わき腹に走る鋭い痛みに、勇人は顔を歪めた。すぐに玲那は白翼鞘をスタイルチェンジさせ、勇人への援護と回復とを行う。
    「強化一般人とはいえ、無視は出来ません。東郷さんも、気を抜かずに」
    「あんがと、緑風姉ちゃん!」
     治りきらない傷の痛みをものともせず、勇人は再び強化一般人へと走る。勇人目がけ繰り出させる激しい切りつけを、身を挺した摩耶が阻む。
     摩耶が握る交通標識は、ありふれたスクールゾーン。
    「ここは、学生の領分だぞ?」
     ストレートの長髪をなびかせながら、摩耶は交通標識を一閃する。翻弄され、摩耶へと注意を引きつけられる強化一般人達。
     中でも深手を負った1人に狙いを定め、桃は妖の槍を両手で握る。真っ直ぐに突っ込む桃の視界いっぱいに、強化一般人の姿が映る。
    (「もし、もしこの人たちを普通の一般人に戻せるなら……」)
    「桃さん!」
     よぎる思考に、桃の動きが一瞬だけ鈍る。桃の名を呼びながら、みんとが魔杖を天にかかげる。
     マテリアルロッドからの落雷が、桃を援護する。落雷の轟音が響く中、桃の旋風輪は強化一般人に命中し、それがとどめの一撃となった。
    「次はあっちの人からね?」
     瑠璃は天星弓を引き絞る。孔雀の尾羽で飾られた弓から放たれた矢は、真っ直ぐに強化一般人の上半身を貫いた。続く勇人の一撃が、男を完全に沈黙させる。
    「これで、残りは3人だぜ!」
     半数となった男達に、威勢良く勇人が言い放った。

    ●撃退
    「もしかしたらあなた方の敗因は、眼鏡がないことかもしれませんよ?」
     とぼけた口調で、みんとはどこかの社長のような斬新なサングラスをちらつかせる。
    「此方をかけていれば、より活躍できたかもしれません。……ま、かける暇与えませんけど」
     男達には、みんとの手により次々と原罪の紋章が刻まれる。みんとへと向けられた攻撃は、ビハインドである知識の鎧がことごとく阻止。
     桃は無数の帯を白い手のように舞わせ、守りを固める。足下からも漆黒の腕が無数に伸び、敵の四肢に絡みつき、動きを阻害する。
    「もう、お前達の勝ち目はないぞ。諦めたらどうだ?」
     摩耶に対する返答は、短刀での滅多切り。相手の注意を引きつけながら、譜面の書かれた魔導書を開き、摩耶は魔力の光線で迎え撃つ。
     足もとをすくわれ、バランスを崩した強化一般人達の側面にアルベルティーヌが回り込み、瑠璃が反対側へと走る。
    「ここで決めましょう。……いきます!」
    「合わせるよ、アルベルティーヌさん!」
     アルベルティーヌの影業は黒豹の姿で強化一般人を追い詰める。黒々とした影に斬り伏せられた男を、瑠璃のダイダロスベルトが刺し貫く。
     生き残りの1人が、街路のわずかな暗がりを縫うように低く走る。回り込み、狙うのは後方の玲那。
     血濡れた短刀が、大きく振り上げられる――しかし、玲那は緋皇龍詠を抜き、短刀を受ち払う。
    「後衛だと、貧弱だと思ってましたか? それは残念。元々私は前に出るタイプなので!」
     玲那の手元でくるりと向きを変えた白翼鞘が、赤色にスタイルチェンジ。殴り倒された男が宙を飛ぶ。
     突出気味に戦場を駆け抜けていた勇人が、無防備になった男をめがけて地を蹴った。
    「これが、ヴァリアブルギガントブレイカーの威力だぜ!」
     バベルブレイカーを腕に飲み込ませ、巨大な杭で敵の身体を完全に打ち抜く。
    「お前で終わりだな」
     アレスはバトルオーラで身を覆い、激しい炎を宿したオーラが拳を一個の武器にかえる。思い切り殴り飛ばされ、炎に体をまかれながら、最後の強化一般人も灼滅されていった。

     街路が静寂に包まれる。さっきまで聞こえなかった繁華街の物音が、ゆるやかに戻ってきた。
     強化一般人の死を弔う桃。……かなうなら、彼らを平和に暮らせるようにしてあげたかった。桃の心中は、まだ折り合いがついていない。
    「鬼頭さんて人が失脚して終わりならいいけど、この事件」
     瑠璃がぽつりと呟く。
     松井への襲撃は失敗した。そのことが今後どうつながるのか……それはまだ、わからない。
     アルベルティーヌがため息をつく。
    「いっそあの忌々しいヴァンパイアも出てくれば、一層の張り合いもあったというのに」
     ……それは、この場の何人かの、共通の思いだったかもしれない。

    作者:海乃もずく 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年3月22日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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