微笑みは血の色

    作者:立川司郎

     今日の沖縄はぽかぽか陽気。
     観光客が集う国際通りを、少女達は楽しそうに駆ける。三人連れだっての卒業旅行は、沖縄と決めていたのだ。
     早く早く、と友の手を引き歩く少女。
     地図を見ながら指さす少女。
     そして、引っ込み思案で手を引かれて歩く少女。
    「ここの二階だよ」
     地図を見ながら指さしたのは、国際通りのすぐ側にある公設市場であった。一階は食料品などの市場となっており、二階には食堂が設置されてある。
     一階で買ったものを食べる事も出来るが、彼女達の一番の目当てはジェラートショップ。
    「あたしはマンゴー」
    「じゃあ、パインとマンゴーで! ……カナデは何にする?」
     手を引かれていた少女は、椅子にすわると視線を巡らせた。じゃあ……何にしようか。
     迷っていると、くすりと友達が笑顔を浮かべた。
    「ゆっくり選びなよ。急ぐ旅じゃないんだからさ!」
    「そうそう、何ならみんなで少しずつ食べ合おうよ」
     そう言われ、少女は笑顔を浮かべた。
     それじゃあ私は、塩…。
     と言いかけた少女の背後に、影が二つ落ちた。
     二人の内、一人は黒のフードパーカーでうつむき加減に立っている。
    「今、笑ってたか?」
     彼がぽつりと呟くと、もう一人が口を開いた。
    「笑ってたよね。……気持ち悪い」
     気持ち悪いものが沢山居る。
     それは、ヒトの笑顔だ。
     見ているだけで気分が悪い。
     だから……。
    「始めようか。笑顔は全部、無くしちゃおう」
     その言葉を聞くや否や、フードの男はポケットから手を抜いた。そこに握られていたのは、幅広の折りたたみナイフであった。
     ただ、普段通りの表情のまま、彼は少女の首を搔き斬った。楽しい一時を過ごしていた少女の首が、コロリと落ちた。

     そして、殺戮ショーの開幕。
     そこには既に、笑顔はない。
     
     険しい表情で、相良・隼人(高校生エクスブレイン・dn0022)は静かに道場に座していた。
     全員揃った所で、彼女が差し出したのは沖縄行きのチケット。
    「実は軍艦島の戦いの後、HKT六六六が動き出した。配下の有力ダークネスであるゴッドセブンを地方各地に配置し、勢力拡大に乗り出したらしい。お前達に行って貰いたいのは、ここだ」
     隼人が差した地図は、沖縄の国際通りであった。そのすぐ側にある、公設市場が目的地であった。
     ここは人通りが多く、戦闘となっても周囲に適切な場所がない。
     隼人もそれを懸念していた。
    「今回はスマイルイーターと、レンと名乗るナイフ使いの男と二人連れで来るが、スマイルイーターは戦いには加わらない」
     だが、こちらから手出ししてもならないと隼人は厳しく言った。
     スマイルイーターが六六六の有力ダークネスであると分かっているのは、彼を傷つけてはならないらしいのだ。
     隼人は拳を握り、うつむき加減で言う。
    「実はこのスマイルイーターは、沖縄の各地に爆弾を仕掛けているらしい。奴は、自分が灼滅されると大きな被害が出るだろうと言っている」
     爆弾の設置場所が不明である為、スマイルイーターを灼滅するのは避けるべきだと隼人は念を押すように言った。
     もし灼滅して爆弾が爆発するような事があれば、大変な犠牲が出る事になる。
     スマイルイーターは、レンとともに公設市場へとやって来る。昼時を過ぎてはいるが、元々観光客の多く訪れる場所でもあり、周囲に人は多い。
     この公設市場の二階にあるジェラートショップ前で選んでいる3人の少女に背後から近づき、切り裂いて殺害する。
     その後も、周囲の楽しそうにしていた客を次々虐殺して去って行く。
    「お前達はレンの虐殺を阻止して、客を護ってくれ」
     元々レンは、灼滅者が6人も居れば十分手が足りる程度の実力しかないと隼人は言う。
     笑顔を狙う、スマイルイーターの卑劣な作戦。
     それを何としても阻止せねばならない。


    参加者
    千条・サイ(戦花火と京の空・d02467)
    楯縫・梗花(此岸過迄・d02901)
    文月・咲哉(ある雨の日の殺人鬼・d05076)
    百舟・煉火(イミテーションパレット・d08468)
    フィリア・スローター(ゴシックアンドスローター・d10952)
    ハリー・クリントン(ニンジャヒーロー・d18314)
    高嶺・円(餃子白狼・d27710)
    南野・まひる(小学生七不思議使い・d33257)

    ■リプレイ

     幾つもの店舗が建ち並ぶ、沖縄公設市場。
     一階は沖縄ならではの魚介類、精肉店などがある。その食材を購入して二階で調理してもらう事も出来、二階には食堂が揃っていた。
     その一角にあるのが、ジェラートショップである。
     非常ベルの近くで待機してるいのは、楯縫・梗花(此岸過迄・d02901)。彼はスーツ姿でパンフレットを見ながら、プラチナチケットを使用する準備を整えている。
     彼と共に一般人の避難を行うのが、高嶺・円(餃子白狼・d27710)であった。
     それ以外、灼滅者達はすべてジェラートショップ近くに待機している。ただ、ジェラートショップと階段は比較的近いが、人の多い場所である為、非常ベルの位置から階段を確認しにくい。
     襲撃の後で梗花がそれに気付く為には、どうしても階段側に寄るか誰かに連絡を受ける必要があった。
    「やっぱり思ったより人が多いね……非常ベルから階段の出入りが視認出来ない事は、予想しておくべきだった」
     梗花は呟く。
     ひとまず階段が見える所まで行くと、現場に散った仲間を見まわした。人が多い為にスマイルイーターは確認し辛い。
     しかし、仲間の姿も確認しにくいという事。
     目的のジェラートショップでは、南野・まひる(小学生七不思議使い・d33257)が円と百舟・煉火(イミテーションパレット・d08468)を引き入れてジェラートを口にしていた。結果的に彼女達も、ピリピリと周囲に立って見まわしているよりも、まひると共にターゲットの傍に座っている方が良かったのかもしれない。
    「マンゴーが絶品ね」
     まひるがそう呟くと、煉火がじっとその様子をテーブルの正面から見つめた。
     割り込みヴォイスを使用する円は何も口にしようとしなかったが、煉火はとりあえず周囲の空気に混じるように、ジェラートショップを振り返った。
     そうしていると、普通の女の子同士の観光客のようだ。
    「おいしそうだな。……ボクも何か食べようかな」
     そう言いながら、ちらりと視線を戻す。
     雑踏の中に、隙無く視線を向ける煉火。あの、ターゲットになる少女達がジェラートを買って……そして、階段から誰かが上がってきた。
     一人は、黒のフードパーカーの男。
     もう一人は、若い青年……これがスマイルイーターであろう。彼は階段を上がると、周囲を見まわした。視線は、ジェラートショップに居る女子高生達に向けられている。
     煉火がパッと視線を梗花に向けると、気付いた彼も非常ベルの場所へと駆けていく。
    「……マズイな、非常ベルが間に合わない」
     ならばベルを待たずに、動く。
     煉火は合図を待つ事なく、スマイルイーターの前へと飛び出して行った。前に立ちはだかるや否や、光線をパーカーの男レンへと放つ。
     光線がレンの腕を弾くが、彼の視線は背後の高校生に向けられている。
     突然起こった乱闘騒ぎに、きょとんと彼女達が振り返った。そこに笑顔は既に無く、続いて彼女達との間に千条・サイ(戦花火と京の空・d02467)と文月・咲哉(ある雨の日の殺人鬼・d05076)が立ちはだかる。
     しかしキャリバーを納めていたフィリア・スローター(ゴシックアンドスローター・d10952)は、攻撃のタイミングを一瞬遅らせた。屋内である公設市場二階の食堂の人混みの中、キャリバーを露出させておく事は危険だったのだ。
    「……すぐ攻撃」
     既に、キャリバーで奇襲を行える段階ではない。
     槍を手に取ると、フィリアはキャリバーの後ろで身構えた。
     その女子高生達の『笑顔』は、灼滅者達の体に覆い隠されていく……。
     立ちはだかるフィリアは、ただ無表情。
    「いいね。笑顔がない」
    「……苦手なだけ」
     むろん、やった覚えも無いとフィリアはスマイルイーターに答える。笑顔がないからといって、同類扱いされる覚えは無い。
     その時、煉火が大きく高笑いをした。
    「ふはははは! 人々の笑顔を守る正義のヒーロー、ここに推参だ!」
     自信満々の笑顔。
     背後にようやく非常ベルが鳴り響き、ベルの耳障りな音色を背後に煉火の笑い声が高く響く。不機嫌そうなレンと、無言で見つめるスマイルイーター。
     すると、サイがにんまりと笑った。
    「へろーへろー、あんた達HKT六六六の仲間だろう? またトチ狂ったことしとるね」
    「失せろ!」
     レンがナイフを放つと、それをサイが受け止めた。
     腕に刺さったナイフを引き抜き、からりと床に投げ捨てるサイ。殺り合う前の、歓喜の笑みである。
     そういった、心底感情をかき立てる笑顔が……。
    「一番ムカツクんだよ」
     レンが呟いた。
     スマイルイーターは、無言でレンの肩に手をやる。すうっと周囲を見まわして、小さく溜息をついた。
    「戦うのか?」
     スマイルイーターが問いかける。
     咲哉は首を横に振って否定する。
    「俺達が来るのくらい、予想してたんだろう? 爆弾まで用意して、ただ暴れるだけって訳じゃないんだろう」
    「さあね」
     彼はそれには答えず、1歩後ろに下がった。
     彼が何を考えているのかは、咲哉には読み取れない。
     混乱している少女達の腕を、後ろからハリー・クリントン(ニンジャヒーロー・d18314)が引いた。後ろに押しやりながら、ベル音にかき消されないように割り込みヴォイスを放つ。
    「この男はナイフを持っているでござる。早く逃げるでござるよ!」
    「……え? あ、は、はい…」
     少女の一人が、仲間の手を引いて逃げ出した。
     既に追える状況ではないと察したのか、それとも興味の対象が変わったのかレンは追いかけようとしなかった。
     ハリーは思い切り、笑い声をあげる。
    「お主は笑顔をなくすのでござろう? それならば、とびきりの笑顔がここにあるでござるよ!」
    「もっと、心の底からの笑顔でなければ奪う意味はない。……もっとだ」
     そう言いナイフを振りかざしたレンの前で受け止める、サイ。相手の方が動きも早く、やや押されている様子がハリーにも見てとれる。
     しかし、サイは笑って居た。
     それは決して作った笑いではなく、楽しんでいる笑いである。
     戦いを楽しむ彼らの『血』には、勝てぬという事か。
     ハリーは冷静さを取り戻すと、栗丁刈を構えた。
    「レンを引きつけるのは、任せるでござる」
    「引きつけるつもりは無いんやけどなァ」
     サイはそう答えて笑った。

     非常ベルを鳴らした梗花は、ちらりと階段の方へと視線をやった。
     梗花は避難を誘導しながら非常口の傍に立つが、ここからでは戦いがどうなっているのかは見えない。
     ただ、周囲の人の動きからも、向こうの方でどうやらまひるが百物語を語っているらしいとは分かる。
     そしてこの混乱の中にスマイルイーターが逃げ込んでしまえば、誰も何処に行ったか把握する事が出来ないという事。
    「……ここは危険です、離れて!」
     現場の方から、円の割り込みヴォイスが聞こえてくる。
     おっとりした様子のカナデという少女の手を引き、円が誘導しながらこちらに駆けてくるのがようやく見えた。
     梗花は、促しながら円に手を振る。
     円はちらりと振り返ると、レンが追いかけてこないのを見届けてほっと息をついた。
    「良かった、ここまで逃げたら後は非常口から出るだけだね」
     円は少女達を見上げて、そう微笑を浮かべる。
     カナデは円をじっと見ると、逃げないの? と手を差しだす。円はふるふると首を振ると、まだ友達が居るからと答えた。
     気遣ってくれるのは嬉しいが、今ターゲットになっている彼女達が助からなければ、いつ追いかけてくるやもしれない。
     梗花は彼女達の背を押して、避難をするように言う。
    「大丈夫ですよ、全員すぐに避難してください」
     市場の関係者を装う梗花に言われ、ようやく少女達は市場を出て行く。円はそれを見送り、現場を振り返った。
     避難が進んだことにより、彼らの戦いがよく見えるようになっている。
     そこでハッと円は気付いた。
    「……スマイルイーターは一階に逃げるんじゃないの? ねえ、下の人は逃げたのかなぁ」
    「百物語の効果があるなら、下の人も逃げたはずだよ。それに、スマイルイーターの目的が笑顔を刈り取る事なら、避難中の人は狙わないだろう」
     ひとまずは、と梗花は呟いた。

     ナイフを使ったレンの動きに、じわじわとサイの腕は切り刻まれていく。
     素手で戦うサイは上手く相手の攻撃を流すようにしているが、それでもレンの動きはまだ完全に押さえるに至らない。
    「俺の興味はあんただけや。……あんたの興味も、笑ろとる奴だけやろ?」
     サイは、スマイルイーターには興味が無いと告げる。
     スマイルイーターはこちらの様子を伺っているようだったが、サイの言葉に目を細めて無言を貫いた。
     後方から、まひるが矢をサイに放つ。
     矢がサイを射貫くと、その衝撃がサイの体に冷静さを取り戻させた。
    「続いていくよ! ねこ・ざ・ぐれゐと!」
     まひるは治癒を続けながら、ウィングキャットに指示を指差し。周囲を確認した所、来た道である一階への階段から逃走する可能性が高い。
     ねこに一階への道を封鎖するように言うと、弓を構えた。
    「スマイルイーターさん、あなたに手出しはしないよ。でも、聞きたいことがあるそうだから、聞いてくれる?」
     まひるが問いかけると、スマイルイーターは眉を寄せた。
    「なんで答えなきゃならないんだ?」
    「だって、あなたのやる事って全部ゲームだよね。そうとしか思えない。……だったら、少しくらいこっちの話を聞いてもいいんじゃないの?」
     小さな少女が言った言葉の真実は、読み取れない。
     スマイルイーターは、笑顔を喰らうモノ。
     笑顔を憎悪するモノ。
     それだけは、きっと真実だ。
    「彼も、笑顔が嫌いだそうだよ」
     スマイルイーターは、レンを指して言う。
     ただ無言で、フードの奥の視線をぎらぎらと光らせるレン。咲哉は、レンの足元に回り込むように動きながら、足止めを計る為の隙を伺った。
     サイ、そして煉火に攻撃が集中している間に咲哉がレンの隙を突く。
    「動きにはついていけないが、これなら……」
     咲哉が放った影が、レンに喰らい付いた。
     フードの奥の表情が、憎しみに変わった気がする。咲哉は、影に意識を集中したまま煉火の名を呼んだ。
     よし、と答えて煉火が踏み込む。
     ロッドの柄をしっかりと握り、押し込むように突きを放つ。ロッドの力がほとばしり、レンの体を吹き飛ばした。
     転がったレンへ伸びた咲哉の影を、起き上がりながらレンが躱す。
     足元に転がった彼をじっと見下ろしていたが、スマイルイーターは1歩後ろへと下がった。
    「潮時らしいね」
     笑みひとつなく、スマイルイーターは呟いた。
     階段から見下ろす一階は、すでにしんと静まり帰っている。スマイルイーターは、全く手出しもしない灼滅者達の間をすり抜けて、悠々と歩き去る。
    「拙者達とて、手をこまねいているだけではござらんよ。随分と分かりづらい爆弾でござるが」
     カマを掛けたハリーの言葉に、スマイルイーターは足を止めるとちらりと顔をこちらに向ける。だが、同様した様子は無い。
    「じゃあ、灼滅してみるかい?」
     彼は、単なるカマかけに過ぎないと気付いているのである。
     ハリーが無言になると、スマイルイーターは改めて歩き出した。

     爆弾という切り札を持ちながら、仲間は捨ててく。
     その事に、咲哉は疑問を投げかける。
    「助ける算段もなかったようだな」
     まるで捨て駒だ、と咲哉は言う。
     レンはナイフを構えると、咲哉に斬りかかる。刀で受け流しながら、咲哉は彼の勢いにじりじりと後ろへと押しやられる。
    「笑う奴等を殺す。それだけで十分だ」
    「……あなたは笑顔が怖いの」
     フィリアがそう言う。
     知らない事と怖い事は違う。
     ただ、笑顔を消したいという強い衝動に駆られているのである。フィリアは淡々とした口調で、そうレンに言ったのだ。
     フィリアにとって、笑顔は憎しみの対象でも悲しみの対象でもない。
    「何だと……」
     掴みかかろうとしたレンに、キャリバーが機銃掃射を浴びせた。構えた槍から浴びせた冷気がレンの体を凍り付かせていく。
     憎しみも微笑みも、全て凍り付かせるように凍えさせていく。
    「笑顔はいいものでござる。……それを、もっと早くに気付くべきだったのでござる」
     ハリーはレンにそう言うと、高く跳躍して蹴りを放った。

     しんと静まり帰った公設市場には、既にスマイルイーターの姿はなかった。その後周囲を捜索したが、彼の姿は見当たらない。
     騒ぎが収まると、再びここは活気で包まれるであろう。
     しかし、スマイルイーターは……おそらく、まだこの近くに居るのである。

    作者:立川司郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年3月24日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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