神戸の街を走る高級車。運転しているのは三十代半ばの男。後部座席にはスーツを着崩した少女が座っている。
「社長に運転させるなんて悪い秘書だ」
「だって社長が運転手消せって言ったんだよ?」
「まぁね。ホントにやるとは思わなかったよ」
けらけら笑い、ハンドルを切る男。表情には微塵も後ろめたさは感じられない。
「ところでね、心配な人がいるんだ。後ろに資料ない?」
後部座席に置かれた資料の中には若い男の写真があった。
「この人がどしたの?」
「善良な一般市民だよ。かわいい奥さんがいて、もうすぐ子供も生まれるんだって。……でも、とある会社の不正を見つけちゃったらしいんだよね。悪い奴らに狙われないかすっごく心配なんだよ」
「うわー、それはすごくしんぱーい」
言葉とは裏腹に、少女の顔には楽しげな笑みが浮かんでいた。
「あ、キサラくん。ドライブスルー寄るけど何か食べる?」
「じゃあボクてりやきセットでー」
口日・目(中学生エクスブレイン・dn0077)は灼滅者がそろうと同時に口を開いた。
「集まってくれてありがとう。説明を始めるわ」
軍艦島の戦いののち、HKT六六六は強力なダークネス『ゴッドセブン』を全国に放つことで勢力を拡大しようとしている。
中でもゴッドセブンナンバー3、本織・識音は神戸の芦屋を拠点にASY六六六を結成したらしい。彼女は古巣である朱雀門からヴァンパイアを呼び寄せ、財界の人物の秘書として悪事を働かせているようだ。
「ヴァンパイアは会社の不正を知った社員の殺害を依頼され、それを実行に移すわ。みんなにはそれを阻止してほしいの」
標的の社員は新たな営業先として行くように命令されたビル内で、ヴァンパイアと配下の一般人に襲われる。幸せな家庭を築き、もうすぐ子供も生まれるらしいが、これは余計な情報だろう。
「現場になるのは無人のオフィスビルのエントランスよ。何したか知らないけど、例の社員以外に一般人はいないわ」
社員がビルに入ったところで介入すれば、バベルの鎖に察知されることはない。
ヴァンパイアは強化一般人を率いて現れるが、灼滅者達が現れれば戦わずに逃走を図る。もし灼滅を狙うならば、何かしらの工夫が必要になるだろう。また、強化一般人は6名で、それぞれ日本刀とナイフのサイキックを使う。彼らの撃破、あるいは撃退で依頼は達成だ。
「ASYの目的はミスター宍戸みたいな特異な才能を持った一般人を探し出すことみたい。財界の有力者ならその可能性も高いって魂胆なのかも」
いずれにせよ、ダークネスの悪事を見逃すわけにもいかない。エクスブレインの説明を聞き終え、灼滅者達は神戸へと向かった。
参加者 | |
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百瀬・莉奈(ローズドロップ・d00286) |
私市・奏(機械仕掛けの旋律・d00405) |
芥川・真琴(レティクル座のカミサマ・d03339) |
キング・ミゼリア(ロイヤルソウルはうろたえない・d14144) |
風輪・優歌(ウェスタの乙女・d20897) |
狗ヶ原・詩稲(ハッピーエンドメイカー・d22375) |
踏鞴・釼(覇気の一閃・d22555) |
牧原・みんと(象牙の塔の戒律眼鏡・d31313) |
●デストラクション
その日、彼は新しい営業先へ向かうように命じられていた。不正を見つけたこともあって会社には不信感があったが、しかしすぐに何か起こるとは思っていなかった。
「今日は早く帰れそうだ。……うん、愛してる」
携帯電話を切り、自動ドアをくぐった瞬間、男は異常を悟った。オフィスビルには似合わない、不審な一団がいたからだ。背格好はばらばらだが、蝙蝠の羽のような、変わった形のサングラスをした人々が六人ほど。日本刀やナイフなどの武器を持っている。
「やっほー。……さんだよね?」
そして、黒いスーツを着崩した少女が階段から降りてきた。口にした名は、間違いなく男のものだった。
「その問いに答える必要はない」
鍛え抜かれた刀のような、荒々しい斧のような声が断じた。踏鞴・釼(覇気の一閃・d22555)だ。鋭い眼光が、吸血鬼とサングラス達を射抜く。
「あなたの思い通りにはさせませんよ?」
お洒落なフレームの眼鏡をくい、と直しながら牧原・みんと(象牙の塔の戒律眼鏡・d31313)は男とヴァンパイアとの間に割って入る。そばには西洋甲冑をまとった大柄なビハインド、知識の鎧が控えている。
「もしかして灼滅者? どこにでも現れるんだね、スゴイスゴイ」
ヴァンパイアは灼滅者の出現に驚いた様子はない。けらけら笑う度、蝙蝠の翼がぴこぴこ揺れる。
「その質問にも、答える必要を感じません」
風輪・優歌(ウェスタの乙女・d20897)もまた、キサラの言葉をはねのけた。強化一般人六人に加え、ヴァンパイアまで加わっては一般人を守ることは難しいだろう。極力、相手にしない。
「ふぅん、まぁいいや。ハッピー隊、前へ!」
「「イエッサー」」
号令に従い、強化一般人が陣を構えた。その動きは機械的で、人間らしい感情などはとっくになかった。
「こっちこっちー……」
芥川・真琴(レティクル座のカミサマ・d03339)は目を白黒させる男性社員の腕を引っ張り、エントランスの隅まで移動させる。少し不安は残るが、これだか離れれば敵の攻撃も届かないだろう。
「ごめんね、少しじっとしてて」
建物の中だというのに柔らかい風が吹き、社員を包む。百瀬・莉奈(ローズドロップ・d00286)の力だ。風は動転した男の気をなだめ、穏やかな眠りに導いていく。
「君からは、いやな音がしそうだね」
私市・奏(機械仕掛けの旋律・d00405)がスレイヤーカードを掲げると、武装が解放される。左手には籠手型の縛霊手、右手にはタクトを模したクルセイドソード。
「悪いけど、ボクは先に上がらせてもらうよ。キミ達の相手はまた今度。生きてたら、だけど。ばいばーい」
灼滅者達の横を通り抜け、キサラは自動ドアから姿を消した。戦うリスクを避けたのか、あるいはただ面倒なだけか。どちらにせよ、強敵が去ったことには違いない。
主が消えると同時、強化一般人が刃を振り上げる。命じられるまま動く、生きた機械であった。
●幸せを刈る刃
『王に頭を足れよ』。使い手と同様(?)、威厳を備えたロッドに魔力が宿る。
「秘密を知って消されるなんて映画チックね。でも、呑気に観客してられないのよアタシ達は」
とキング・ミゼリア(ロイヤルソウルはうろたえない・d14144)。闇を抱き、闇に抗う者。それが灼滅者だ。ダークネスの企みを、見て見ぬふりなどできない。それが王の、力あるものの義務なのだ。力を溜めたロッドで強化一般人をぶん殴る。
「宿敵と依頼で戦うの初めて……だったんだけど、逃げられちゃった。だから穴埋めしてよね?」
愉しげな笑みを浮かべる狗ヶ原・詩稲(ハッピーエンドメイカー・d22375)。ひとつウィンクしてみせると、敵の中衛を不可視の氷の魔術が襲う。熱を奪い、自ら氷結へと向かう死の呪いだ。
灼滅者八人に対して、強化一般人は六人。ひとり当たりの能力はほぼ互角。戦況はこちらに有利だ。だが、強化一般人は臆することなく指令を実行する。といっても、感情などすでにないのだろう。
「損傷軽微。障害を排除」
「「排除」」
ナイフを持った、コートを着た女が状況を出力する。それに従い、前衛は灼滅者に向かって日本刀を振り上げた。奏が反応して仲間を守る。
「攻撃は通させないよ」
日本刀とクルセイドソードがぶつかり合い、火花を散らした。ダメージは削りきれず、鮮血が床を汚す。だが、仲間は守れた。
「暖かな光をー……」
真琴の手の平から柔らかな光が降りそそぐ。春の日向のような温かさが痛みを和らげ、傷を癒やす。攻撃、防御、妨害、回復。灼滅者達は役割を分担することで、それらを同時に行うことができる。数の有利が、それ以上の力となっていた。
「幸せは壊させません」
眼鏡の奥、青い瞳が閃いた。みんとの背から輝く帯の群れが羽ばたき、流星のように中衛めがけて広がる。回復能力を持つ中衛から倒す手はずになっているため、ナイフの強化一般人に攻撃が殺到していた。
「損傷中度。回復、実行」
中衛の三人が短い刀身から黒い霧を放ち、自分達に被せる。回復を使ったということは、ダメージを順調に蓄積させられているということだろう。灼滅者達は緩まず攻撃を続ける。
「奥さんにも赤ちゃんにも、必要な人だから。やらせない!」
叫び、マテリアルロッドを掲げる莉奈。先端に魔力が集まり、月光のような淡い光を放った。勢いのまま叩き付ければ、秘められた魔力が内部を駆け巡り、内側から強化一般人を破壊する。限界を超え、強化一般人は血煙となって霧散した。
これで残りは五人。だがやはり、敵に動じた様子はない。おそらく、感情という機能は改造と同時に破壊されたのだろう。ただただ刃は、鋭く光る。
●刃を砕け
不敵に笑い、詩稲は大鎌で大気を切り裂いた。
「さてお立合い。こうやって鎌をふるうとあら不思議、一気に辛くなったりするのです」
瞬間、大気の裂け目から無数の大小の刃が生まれた。詩稲が指さすと、それに従い敵の中衛に雨のように降り注ぐ。この攻撃でまた一人、血煙と化した。
「「排除」」
日本刀を持ったサングラス達が一斉に動いた。狙いはキングだ。三方向から刃が振り下ろされる。
「そんなナマクラでは俺は斬れん」
刃の一本を釼が、もう一本は知識の鎧が受け止めた。釼は表情ひとつ変えず、自らに突き刺さった刃を引き抜いた。滴る赤い血は、鉄の一滴にも似る。
「今、回復します。ご辛坊を」
優歌の縛霊手から光が放たれ。釼の傷をふさぐ。敵の数が減ったことで、回復も行き届きやすい。
「釼ちゃんの分もお返しよ!」
高貴なるオーラがキングの拳を包み、加速させる。打撃の度に、宝石のごとき絢爛な光が瞬く。最後の中衛もこれで散った。
「ハッピーナイフ、死亡を確認。ハッピーカタナが指令を引き継ぐ」
そう口にしたのは、大柄な男。やはり感情は感じられない。プログラム通りに動いている、といった雰囲気だ。
これで八対三。さらに敵には回復手段もない。灼滅者達は一気に畳みかける。
「にゃー、ぶっ飛べ!!」
力任せにロッドを叩き付ける莉奈。活き活きしている、と表現すべきか。どこか楽しそうだ。
「行きなさい、メイガス!」
主の号令に従い、知識の鎧が強化一般人に突撃する。さらにそれに合わせ、みんとは稲妻を召喚して頭上から降らせた。
「援護はまかせろー! 撃てば当たるのよこういうのは」
大雑把なことを喚きながら、ガンナイフを乱射する詩稲。動きが止まった隙に、釼が動いた。
「砕けろ」
雷をまとった拳を振り抜き、敵を粉砕する。戦うこと。鍛えること。それが彼のすべて。まるで自身が、一本の剣であるかのように。
「アタシたちは誰かの不幸を破壊する、アンハッピーデストラクターなのよ。……キングパンチ!」
鬼の腕がサングラスを殴り飛ばす。サングラスの下は、やはり感情のない仮面のような顔だった。もはやこれを、人間と呼べるかも怪しい。
「そろそろフィナーレかな」
奏がタクトを振るえば、帯がそれに従い伸びる。槍のごとく硬化したそれは強化一般人を貫き、血煙へと変えた。残りはひとり。
もう回復は不要と判断し、優歌と真琴も攻撃に転じる。「ヴァンパイアの企みもこれでご破算です」
破滅の戦慄が残った強化一般人を吹き飛ばし、壁に叩き付ける。もはや逆転の可能性は万に一つもない。灼滅者の勝利だった。
「おやすみなさい、よいゆめを」 炎をまとった一撃が敵に引導を渡す。血煙になるよりも早く、その存在を燃やし尽くした。炎と熱が消えるのと同時、ハッピー隊も跡形もなく消え去ったのだった。
●幸せはこれから
敵を撃破した灼滅者達は、まず一般人の無事を確認した。なんとか戦闘に巻き込まずにすんだようで、目に見える傷はない。戦闘前と同じように眠ったままだ。
「無理に起こす必要もないでしょう、アデュー」
キングはメッセージカードを一般人の懐に忍ばせる。何と書いてあるかは秘密だ。にやにやするだけで、誰にも教える気はないらしい。
「これでハッピーエンドに……なってくれるといいのだけど」
そう呟く詩稲。ヴァンパイアは退けた。また襲ってこないという保証はないが、それはそのとき考えるしかないだろう。子供が生まれ、これからも幸せを築けるかは当人の努力次第だ。
「さて、目を覚まさないうちに帰りましょう」
ビハインドをカードに格納しながら、みんと。たとえ顔を合わせても、交わす言葉もあるまい。二度と非日常には関わることがなければいいと祈りつつ、眼鏡をくい、と直す。
(「一般人の依頼人から指示された暗殺を失敗したヴァンパイア……その叱責に耐え、素直に一般人に対して頭を下げられるのでしょうか……」)
そう考えを巡らせる優歌。そう単純でもないだろうが、関係が崩れれば幸い、といったところか。
「フクミミーの代わり、ねー……あのもちもち福耳の持ち主が他にいるとも思えないけれどもー……」
ASYの目的は、ミスター宍戸のような資質を持った人間を探すことらしい。資質は福耳とは関係ないだろうが、真琴はなんとなく耳に注目してしまう。
「ひとまずは成功、だけど……」
顎に手を当て、思案する奏。今回のキサラというヴァンパイア以外にも芦屋で活動しているヴァンパイアの存在は確認されている。これから何が起こるのか、予断は許されない状況だ。
「社員さんが無事でよかったけど、情報収集とか、今後のことも考えないとね」
莉奈も同調して言う。それに、芦屋だけではない。すすきの、国際通り、道後、そして松戸。HKTの分派が日本各地に散っている。事件には事欠かないだろう。
「また現れようと、やることは変わらない」
悪を望むのがが人間なら、それに立ちふさがるのも人間の意志。釼の覚悟は揺るがない。それは他の灼滅者も同じ。ダークネスの企みなら、何度でも砕くまでだ。
社員を残し、灼滅者達は現場を後にする。氷山の一角と知りつつも、守ったものも大きいのだと信じて。
作者:灰紫黄 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年3月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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