八手神像の怪

    作者:叶エイジャ

     夜も更けた頃合い。
     御堂の中に安置されていたその像は、突如として動き出した。
     巨木から削り出されたであろう長躯には、腕が八つ。それらを節足動物のように蠢かしながら、奉られていた台座から軽やかに降り立つ。
     ただの木像ではない。人々の噂が力を帯び、この世に現れた都市伝説という存在だ。
    「おー、強そうだ強そうだ」
     野太い声に、像が頭上の梁を見上げた。闇の気配を纏った男がいる。携帯端末を片手に、男は楽しげに笑った。
    「丑三つ時、その像は血を求めて彷徨い歩く、か。動いたばっかで悪いが、俺の血肉になれや!」
     男が急降下してくる。都市伝説は手に剣を取り、槍を取り、それを迎え撃つ。
     そしてーー。
    「そのタタリガミは都市伝説の力を手に入れる、というわけだ」
     神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)は簡潔に説明を終えた。
     七不思議使いの宿敵、タタリガミ。都市伝説を喰らい己が力とする彼らは、放っておけば強敵になるだろう。
    「都市伝説を取り込んだ直後に乱入することになる。タタリガミは取り込んだ都市伝説の姿をしているはずだ」
     タタリガミは七不思議使いのサイキックと、無敵斬艦刀と妖の槍に近似したサイキックを使うようだ。エクスブレインの未来予測により戦略的に優位ではあるが、油断せずダークネスを撃破してほしい。
    「純粋な戦闘依頼だ。敵も強力だが、お前たちなら勝てると信じてるぜ」
     そう言うと、ヤマトはサムズアップで灼滅者たちを見送るのだった。


    参加者
    霈町・刑一(本日の隔離枠 存在が論外・d02621)
    六藤・薫(アングリーラビット・d11295)
    上土棚・美玖(高校生ファイアブラッド・d17317)
    レナード・ノア(夜行途・d21577)
    夜舞・悠(影触手の姫・d21826)
    白樺・純人(ダートバニッシャー・d23496)
    無縁塚・零音(高校生七不思議使い・d33294)
    富芳・玄鴉(語り部フォーさん黒カラス・d33319)

    ■リプレイ

     御堂への石段に足をかけたその時、奥からサイキックのぶつかり合う音が耳を打った。駆け上がるにつれ、破壊音を伴う激しいものになっていく。
    「食べて強化って、不思議な感じだねー」
     タタリガミは都市伝説を喰らい、強くなる。その取り込みはどんな風だろうかと、白樺・純人(ダートバニッシャー・d23496)は考えた。
    「ほんとにもぐもぐと食べるのは……ち、違うよね?」
    「想像したくない光景ね」
     上土棚・美玖(高校生ファイアブラッド・d17317)は応じると、夜闇を見据える。御堂のシルエットが見えたと思った直後、一際大きな音が轟いた。
     その後には、静寂。
     決着がついたようだ。
    「……都市伝説の力を悪用させることは出来ないわ」
    「放っとくとロクな事がねぇ、とっとと始末しちまおうぜ」
     六藤・薫(アングリーラビット・d11295)はフードの下に仏頂面を浮かべていた。走りながらも片手はポケットに突っ込んだままだ。
     その腕が、突入に備え鬼のそれへと膨張していく。
    「ま、一石二鳥でありがたいってとこか」
     レナード・ノア(夜行途・d21577)が周囲の音を遮断し、合わせて富芳・玄鴉(語り部フォーさん黒カラス・d33319)は百物語を口ずさむ。
    「さぁ、怪談話を語りやしょうか」
     その言葉は、戦闘の始まりをも意味していた。
    「ーー!」
     御堂の中へと駆け入った灼滅者たちに、戦闘を終えたばかりの男は驚愕を禁じ得なかった。取り込んだばかりの都市伝説の姿ーーその最たる特徴である八本の腕を操り、薫の鬼神変をかろうじて受け止める。
     だが衝撃を殺すまでには至らない。体勢の崩れたタタリガミへと、すかさず追撃が殺到した。
    「おおおっ!?」
     急所へ走るは鋭利な帯と、影の刃。対して像の八手には剣が四振りと、槍が二条あった。
    「まあまあ、上手にお使いになられるのですね!」
     なるほど腕が多ければ、咄嗟の事態に融通も利くのだろう。
     激突音を残し、六つの武器が自らの攻撃を防ぐ様を、無縁塚・零音(高校生七不思議使い・d33294)はむしろ楽しそうに見ていた。
    「……ん、何か強そうね」
     その横で、影を防がれた夜舞・悠(影触手の姫・d21826)は、影をたゆたわせながら慎重に足を運ぶ。木像と化した男が口を開いた。
    「……ほぉ、灼滅者か。俺を滅ぼすってか?」
    「イエース」
     相手を見定めた男の声には嘲弄。丁寧な調子の答えは、今日も今日とてサバト服を着込んだ霈町・刑一(本日の隔離枠 存在が論外・d02621)。怪しさならダークネスにも劣らない。
    「取り込んだばっかで悪いですが、癒しの為に灼滅者の血肉となるべし」


    「そんなデカブツの姿になって強いでしょうけど、日常生活し辛くないです?」
     刑一が続け、帯を投げ放った。
    「もっとも、もう二度とこの世で生活できなくなりますけどね〜」
    「ぬかせ!」
     タタリガミがレイザースラストを剣で弾く。衝撃が空気を震わせた時には、敵手の槍は大きく旋回していた。横合いから密やかに迫っていた影が断ち切られる。
    「手数が増えた俺に、隙はねえぜ?」
    「どうせなら三面にでもすれば、禍々しさが引き立ちやしょうに」
     攻撃を殺されるも、玄鴉の口元は笑みを刻む。
    「百不思議七物語が第三十七不思議、僉語りの富芳・玄鴉と申しやす。短い時間にございやすが、どうぞお見知りおきのほどを」
    「お前が死ぬまでなら、短かそうだな」
     死刑宣告は、槍の一撃となって玄鴉へと迫った。レナードが迎え撃ち、銀の長剣が穂先と交わる。レナードはそのまま力任せに払うと、飛び散る火花を物ともせず相手の懐に肉薄した。飾り気のない細身の剣身が白光を解き放つ。
     常の敵ならば、ここで一太刀入っていたことだろう。
     だが、今宵の敵は腕八つ。
     側面の槍持つ手を除く二本の腕が、上下からレナードを襲った。
    「!」
     白く輝く斬撃はその内の一刀と斬り結びーーそして二つ目の斬撃がレナードの肩を裂く。よろめいた彼へ、槍が引き戻された。
    「スキありだぜ!」
     薫の声に先んじて、宙を駆ける二枚のリングが窮地を救った。盾となって槍の穂先を逸らすと、薫の意思に従い、すかさずタタリガミへの攻撃へと転じている。斬り払おうとする刃をすり抜け、タタリガミの胸板を斜めに切り裂いた。鮮血代わりの木片が宙に舞う。木像の顔が修羅へと変わった。
    「ガキどもが!」
     槍が弧を描き、御堂内につむじ風が巻き起こった。真空波が荒れ狂い、最も手近な前衛に容赦なく襲いかかる。
     風圧に純人が耐えた時には、その眼前に刃が迫っている。
    「くっ……」
     両手のデモノイド組織を鉤爪状にし、交差させる。直後、その上から凄まじい重圧が純人に降り注いだ。足元が衝撃で爆ぜ割れる。受身も取れない純人へと、横合いから槍の柄が唸った。壁まで吹き飛ばされ、純人は背中を激しく打って床に落ちた。
    「そらよ!」
     続いて振るわれた幾本もの剣が衝撃波を生み、零音たち後衛を吹き飛ばす。カバーに入っていた美玖も鋭い剣撃に抗しきれず、負傷しながら後退した。剣風が彼女を追いかけ、壁や支柱を破砕していく。
    「予想通り、手強いようね」
     同じく護り手を担うキャリバーの紫の傷も確認しながら、美玖は十字剣を構えた。相手の攻撃は激しいが、守勢に回りすぎては押し切られる。
    「負けられません」
     純人が槍を支えに立ち上がった。薬物摂取により、傷ついた組織が修復していき、鉤爪がより鋭利な形状へと変化していく。
     戦意は、衰えていなかった。


     紫が機銃を放ち、荒ぶる木像の攻撃が一瞬、弱まる。そこで悠が動いた。
    「動きを封じるわ!」
     悠の影が床から盛り上がり、触手めいた動きで木像の手足を拘束した。巻き付いた影は、さらに自由を奪おうとその領域を増やしていく。
    「しゃらくせえ!」
     タタリガミが吼えた。どす黒い瘴気が周囲に生じ、陰鬱な波動となって悠へと殺到する。
    「……っ!」
     耳を覆いたくなる不協和音を孕んだ瘴気は、影を食いちぎりながら悠もろとも壁に激突し、爆散した。御堂が揺れ、大穴の開いた壁に瓦礫が降り積もってくる。男が呵呵と笑った。
    「さあ、次はどいつが死にたーー」
     最後まで言わせず、零音は死角となった背中へ斬撃を叩き込んだ。情けない声を上げる木像は喜劇めいているが、そこへサバト服が間合いをヒタリと詰めてくる。
    「あの程度の攻撃で武蔵坂の生徒は死にはしないですよかーらーの、弁慶の泣き所斬り!」
     一息に言い切った刑一も零音に続けて黒死斬を放ち、木像の顔面が哀れなまでに変化した。何人かが顔をしかめる。
     敵に腕は八本。
     だが足は二つのまま。
     そして今は一本。
    「っざけやがって……!」
     手の数本を獣のように突き立て、木像が怨嗟の声を軋ませる。バランスを崩した敵へと、レナードがすかさず間合いを詰めた。
    「極楽浄土にゃ行かせねぇぜ」
    「ちぃ!」
     舌打ちしたタタリガミがレナードに繰り出す武器は二つーー明らかに減じている。それでも勢いを挫き、下がらせるには十分な攻撃だ。
     斬ーー!
    「なっ……」
     レナードの剣が剣や槍をすり抜けたことに、それ以上に彼が進んで攻撃に身をさらしたことに、男は斬撃を受けつつ瞠目した。
    「生きてりゃ、ただのダメージだろ?」
     捨て身の理由を事も無げに言うと、至近距離でクルセイドソードを振るった。
     木像の腕が一本、ごとりと落ちる。体を貫かれたレナードがよろめいた。
    「クソがっ」
    「それ以上はさせないわ」
     彼を狙ったタタリガミの斬撃を弾くのは、美玖の炎を纏った蹴りだ。更に零音がダイダロスベルトを続けざまに放ち、木像を後退させる。
     ここに来て、ダークネスは己の不利を悟るしかなかった。
     どんなに攻撃手段が強力であろうと、灼滅者たちは予知を元に、着実に攻撃の精度を高めている。敵との間合いを十分に測れた今となっては、接敵時ほど苦戦する道理はない。
    「八手の都市伝説を取り込んで得た力、いかほどか興味がございました」
     ダークネスの攻撃を着実に紫と美玖が防いでいく。精度の増した帯をさらに繰り出しながら、零音が続けた。
    「予想通り、惚れ惚れする戦いぶりでしたわ。さあ、もっと近くで見せて下さいませ。私に貴方を魅せて下さいませ」
     どこか上ずった声を断ち切るべく、男の衝撃波が零音を襲う。ディフェンダーがそれを庇った時には、彼女の姿は敵手の後方にいる。
    「隙あり、です」
     声と同時に、
     刃が零音の前髪を切り飛ばし、もう一つの刃は木像の霊的防御を破り、その身を穿つ。そこへ美玖の剣が振り切られ、残光を撒き散らした。衝撃にたたらを踏んだ木像を再度、影が縛り上げる。
     壁の穴に出来た瓦礫の中から、悠が立ち上がっていた。服や身体の損傷部位を影で押さえ隠しながら、指令を下す。
    「!?」
     ねぶるように蠢く影。木像が引きはがそうとするも、着実に体力を奪っていく。
    「……く、ぁ」
     なおフィードバックが彼女を支える影にも作用するようだった。
    「ったく、しょーが無ぇな」
     負傷度の高い仲間へ、薫が清らかな風を呼び、それでも不安な者にはリングを向かわせる。彼の目がダークネスを見据えた。
    「もう、アンタに勝ち目はないと思うぜ?」
    「ふざ、けるんじゃねえ!」
     影を切り裂き抜け出るタタリガミ。薫のリングを弾き返すその様は、振るった腕の数は減りども、力は衰えていない。
     だが精彩さは欠いていた。迫る純人と刑一の姿に反応すれども、その動きは遅い。
    「終わらせます!」
    「デストローイ!」
     純人の爪が執刀法の軌跡を描き、剣を断ち切り、槍の柄を両断。そのまま斬撃が木像へ吸い込まれていく。また刑一の放った赤い炎が緋の大輪を咲かせ、反対側の剣と槍持つ腕を燃やしせしめる。
    「ちょいとお耳を拝借」
     攻撃手段を失ったダークネスの頭上に忽然と、玄鴉が飛び乗った。
    「これより語りますのは、朽ちゆく像の話……怖い話?ーーいいえ」
    「くそ、やめーー」
     これは、痛い話。
     七不思議奇譚を叩き込まれた木像が、爆散した。
     都市伝説を食らったダークネスが消滅し、この夜の怪異は終わった。


    「素敵なお話をありがとうございました」
    「リア充も燃えるといいです」
     消えていくタタリガミに零音は赤い栞を仕舞い、刑一は炎に燃える何かを幻視している。
    「随分と汚しちゃったね」
    「しょーがねぇな。少し片づけとくか」
     せめてできる範囲でと、御堂の片づけに入る純人と薫。ふと薫が遠い目つきをした。
    「昔はよくこういうところに昼寝をしに来たもんだ。そこにも不気味な像があってよ……ふっ、懐かしいぜ」
    「えっと、薫くんって小5だよね?」
     背中で語り出す、自らより大きな少年に、ふとそんな疑問をこぼす純人。
    「そういえば、さっきの攻撃や百物語の時もよく聞き取れなかったけど、やっぱり怖い話をしているの?」
    「おっと、そいつぁ言えやせん。秘中の秘にございやす」
    「えー、そんなこと言わずにさ。ちょっとだけ」
    「さて、どうしやしょうかね」
     怪しげに純人に応える玄鴉。零音はそれに共感の笑みを浮かべると、手当てする悠の手伝いに行く。
    「戦線が崩れる前に倒せたし、良かったわね。紫もお疲れ様」
     今回最も損耗の激しかったディフェンダー陣。傷だらけながら凌ぎ切ったキャリバーを、美玖はよしよしと撫でる。
    「レナードさんは、もう大丈夫?」
    「ああ。だいぶ良くなってきたぜ」
     戦闘から一変、穏やかなーーそれでいて少し物足りなそうなーー顔のレナード。ふとその瞳が像の消えた台座と、入り口に見える賽銭箱を行き来する。
     罰当たったら、嫌だしな。
     信心はないレナード。しかし硬貨を取り出すと、箱に向けて軽く弾いた。
     時折、光を跳ねて落ちていくそれは、あるいは消えた存在への手向けかもしれなかった。

    作者:叶エイジャ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年3月24日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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