階段怪談の怪

    作者:波多野志郎

     ――その階段の怪談が語られ始めたのは、いつの頃だったか?
     今では使われていない、石段。そこを夜中に上ってはいけない。そんな怪談が、そこにはあった。元々は、その石段はかつてあった神社へと至る道であった。しかし、今はその神社は存在しない。開発の過程でどこかに移らされたのか? 無くなった理由も不確かだ。
     だから、昔から言われていたのだ。その階段を上ってはいけない。今もさ迷っている神様が、怒りのままに『喰らい』にやってくるから、と。
    『ア、アア、ア――』
     そこにいついたのは、まさにそんな存在だった。巨大な黒い球体であり、ただ巨大な口だけがある存在。その階段怪談の怪こそ――。


    「都市伝説、のように見えるっすけどね? タタリガミなんすよ」
     湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)はそう厳しい表情で口を開く。
     今回、翠織が察知したのはダークネス、タタリガミの存在だ。
    「そこは、かつて神社へ至る石段だったんすけどね? 今では神社も無くただの駐車場へ至る道になってるんす」
     その石段を夜に上れば、神様に喰い殺される――そんな噂話があるのだ。タタリガミは、その噂の通り夜にこの石段を上ろうとした者を襲い、命を奪う。
    「夜は、その石段を利用する人は稀っす。でも、稀であろうと犠牲者が出かねないっすから、今の内に対処願いたいっす」
     タタリガミとの遭遇は簡単だ、夜に件の階段を上って行けばいいだけだ。タタリガミは噂通り、襲ってくるだろう。
    「住宅街の外れなんで、ESPによる人払いは必須っす。で、光源の用意も忘れないでほしいっす」
     戦場となるのは、石段だ。広さはしっかりとある、戦う分には問題ない。ただ、高低など、階段での戦いは工夫次第で色々と有利に戦況を進められるだろう。
    「敵はタタリガミ一体っす。ただ、人を丸呑みにできる大きさとダークネスとして高い戦闘能力を持ってるっす。しっかりと連携を取って戦わなければ勝てない相手っすから、それだけは忘れずに」
     何にせよ、犠牲者が出るか否かの瀬戸際だ。翠織は、そう真剣な表情で締めくくった。


    参加者
    暁・鈴葉(烈火散華・d03126)
    ライラ・ドットハック(蒼き天狼・d04068)
    染谷・鍵人(拒絶体質・d12015)
    山田・透流(自称雷神の生まれ変わり・d17836)
    グラジュ・メユパール(暗闇照らす花・d23798)
    オルゴール・オペラ(魔女の群・d27053)
    久世・アンナ(雨に謳う・d33101)
    ジェーン・スミス(ワンダラーパレス・d33218)

    ■リプレイ


     住宅地の外れに、その石段はある。ライラ・ドットハック(蒼き天狼・d04068)はその石段を見上げ、ため息混じりにこぼした。
    「……人を喰らう階段怪談、ね。あまり冗談は好きではないのだけど」
     怪談の類はあまり理解できないため、敵として認識するしかない――ライラは、そう判断する。ようするに、いつも通りという事だ。山田・透流(自称雷神の生まれ変わり・d17836)は、スイトレッチをしながら言う。
    「階段怪談……小学生が冗談で考えたようなそんな怪談でここまでの事件を起こすことができるんだから、うらやましい。この肉体で戦うだけの私とは、大違い」
    「また、雨ですか。雨には、慣れていますけれど。……嫌なものですね」
     ぽつり、と途切れ途切れの雨。久世・アンナ(雨に謳う・d33101)は、小さくこぼした。小さく息をこぼし、オルゴール・オペラ(魔女の群・d27053)はぼんやりと呟く。
    「……さむいね。早く帰りたいな」
    「……なくなる前の、社、も、……見てみたかった、です、ね。どこか、に、……移されている、のでしょう、か?」
     素朴な疑問を口にしたのは、染谷・鍵人(拒絶体質・d12015)だ。ランプを掲げ、階段を上っていく。
    「遅い時間の依頼多くて……頑張る……」
     暗い暗い階段だね……、と寝ぼけ眼でグラジュ・メユパール(暗闇照らす花・d23798)が見上げた瞬間だ。
     音もなく、石段が途切れた。そう思わせるほどの闇が、そこに生じたのだ。そして、そこに横一文字の亀裂が走る。乱杭歯と長い舌、闇の球体にある巨大な口だ。
    「あー、あれは食べられちゃう人が出ない内に倒さないとだねー」
     大人も一飲みに出来るだろう大きな口に、改めてジェーン・スミス(ワンダラーパレス・d33218)が言う。
    「タタリガミ。うん、わたくし軍艦島で見たの。みんな、色々違うけど、こんな形でも人、だったのよね」
     オルゴールの言葉に、ゆっくりとタタリガミが口を開けて石段を下ってくる。その姿に、暁・鈴葉(烈火散華・d03126)は静かに告げた。
    「タタリガミよ、ここから先は人の領域だ……いざ」
     茜紅蓮を引き抜き構える鈴葉に、タタリガミは答えない。しかし、攻撃という形で応えた。ヒュオ! と炎とともに現われる無数の小さな黒い球体、それが雪崩のように灼滅者達を目掛けて襲い掛かってきた。


     音もなく球体の群れの襲撃、タタリガミの百鬼夜行――その中を、ライラはS-Rifle【ゲイ・ジャルグ】を手に駆け抜けた。
    「……まずはじっくりとあなたを測らせて貰う」
     ヒュオン! と螺旋を描いた輝く穂先が、タタリガミを抉る。タタリガミの黒い体の一部からヒュガガガガガガガガガガガ! と無数の影の刃がライラを襲うが、ライラはそれを軽やかなステップと共にM-Gantlet【プリトウェン】で砕いていった。
    「ん……人を喰らう階段だって言うんだったら、私が喰らい返す」
     ダッ! と一蹴りで数段駆け上がり、透流は雷を宿した拳を地面スレスレの軌道から跳ね上げる。ドォ! とタタリガミの体の一部を透流の抗雷撃が穿つが、相手の体が影そのものだ。すぐにその欠損部分は、埋められていく。しかし、確かに手応えはある――効いているのだ。
    「神……様……ここで倒すよ!」
     2本の赤い角を生やし、グラジュは赤い瞳をより輝かせ石段を駆け上がる。そして、グラジュの螺穿槍がタタリガミの球体の体を深々と穿った。
    『――グ、ロ、ロ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
     不意に、タタリガミが転がって押し潰すように灼滅者達へと襲い掛かる。しかし、それを受け止めたのは茜紅蓮をかざした鈴葉だ。
    「我は鋼弓なり、戦華咲かす炎撃なり」
     戦神降臨の自己暗示と共に、鈴葉がタタリガミの巨体をわずかに宙へと放り上げる! そこへ、同じく前へと出たオルゴールが跳躍。硝子のように透き通った刀身に破邪の輝きを宿して、オルゴールの偽硝剣マインドの薙ぎ払いがタタリガミを切り裂いた。
    「タタリガミ、ですか。見るのは初めてですが、倒させていただきます」
     そして、落ちる雨粒ごと砕かんと、アンナは異形の怪腕によってタタリガミを殴打する。音もなく、タタリガミが石段へと叩き付けられた。しかし、ぽよんと擬音をつけたくなる動きで、タタリガミはすぐに体勢を立て直す。
    「これは優しい怪人の御話です。事故で動けなくなった男が今後、事故が起きないように――」
     狸のお面から狐のお面に付け替えて、ジェーンはオペラ座の怪人の言霊を語る。それに合わせて、鍵人も黄色標識にスタイルチェンジした交通標識を振るい、イエローサインで回復と強化を行なった。
    「さて、ここからだね」
     初めて相対するタタリガミへの興味と期待からか、鍵人はそう笑みと共に言い捨てる。タタリガミがゆっくりと浮かぶ、その巨大な口がミシリと軋む音と共に開き――。
    『あ、ぎ、が、ああ、ああああああああああああああああああああああああああ!!』
     その情念をこめた雄叫びこそ、このタタリガミの怪談だ。階段怪談の怪談による怪奇現象が、灼滅者達を容赦なく襲った。


     ――深夜の石段に、戦闘音が反響する。オルゴールのESPサウンドシャッターとグラジュの殺界形成が生み出した住宅地の死角――きっと誰も想像もしないだろう、ここでこんな戦いが行なわれているなど。
    「ふぅ――フッ!!」
     一つ大きく息を吸い込み、鈴葉が階段を駆け上がる。タタリガミが放つ影、影、影。それを鈴葉は一つ一つ、振るった茜紅蓮の刃で切り払っていった。切り上げから横回転の遠心力を利用して薙ぎ払い、そして更に一回転しての振り下ろし。そして、タタリガミの大口の前へと至ると、その地の畏れを茜紅蓮の刃に宿して一気に逆風から振り上げた。ドゥ! と大きく切り裂かれたタタリガミへと鍵人がボロボロの壁を蹴って跳躍する。
    「創造と進化のダークネス、面白いな」
     ヒュガガガガガガガガガ! と鍵人の振るった両腕の動きに合わせ、ダイダロスベルトの布が射出された。鍵人のレイザースラストにタタリガミが反応する、そこに生まれた間隙にグラジュが疾走する!
    「そこ!」
     ドォ!! とグラジュの跳び蹴り、スターゲイザーが炸裂した。タタリガミの球体の表面に、波紋が走る。重圧によって動きを止めたタタリガミへオルゴールが一気に間合いを詰めた。
    「うん、いい位置なの」
     低い体勢から、空へと拳を突き上げるようにオルゴールの抗雷撃が叩き込まれる! ダン、と強い踏み込みから放たれたオルゴールの雷をまとった拳が、タタリガミの一部を砕いた。
    『ぐ、ら、ああ、あああああああああああああああああああああああああああああ!!』
     だが、即座にタタリガミがその大口を開ける。オルゴールのぼんやりとした表情が、一瞬鋭さを帯びた。ばくん、とオルゴールがタタリガミに飲み込まれる――が、すかさずライラの紫色の筋繊維をした、牙が多数生えた巨大な怪腕の一撃がタタリガミを殴打、オルゴールを吐き出して吹き飛ばされた。
    「……だいたいの間合いはわかった。一気にいかせて貰う」
     言い放つライラに、しかし、タタリガミは何事もなかったように動き出す。それに、雨粒を受けながらアンナが口を開いた。
    「これは、雨音が紡ぐ怪談――」
    『ぐ、る、ががががががががががががががががががががががががががががが!!』
     アンナとタタリガミ、双方の奇譚の怨嗟が石段の上で激突する。ババババババババババッ! と広がる放電光、その二つの怪談の最中、狐のお面を装着したジェーンが言霊を紡いだ。
    「オペラ座の怪人は見守ります、二度と己のような不幸な事故が起こさないために――」
    「トールハンマー!」
     そして、放電光を踏み砕くように透流が駆け込んだ。雷神の籠手を構え、ロケット噴射で加速した鉄巨人の豪腕がタタリガミを殴打、吹き飛ばす!
    「こんなときに決め台詞があったりしたらカッコいいのかな……? 雷神の御名のもとに眠るがいい……とか」
     グルングルン、と雷神の籠手を回転させながら、なおも動くタタリガミを透流は真っ直ぐに見やる。
    「タタリガミさん……名前を最近聞くようになったってことは、最近出没し始めたダークネスなのかな? 都市伝説さんたちが現われ始めたのも、1990年代からだっていう話だし……」
    「ああ、どうなんだろうね、そこ」
     狸のお面に付け替えながら、ジェーンも疑問を口にした。卵が先が、鶏が先か、これはそういう話なのだろうか?
    「強いね」
     雨に濡れた前髪に触れて、アンナはこぼす。タタリガミ――闇堕ちすれば同じモノになるだろうダークネス、それは都市伝説よりも確実に実力が上だった。八人の連携を真っ向から受けて拮抗する戦闘能力、特にその耐久力は脅威だ。
    「なにはともあれ……私は、みんなを信じてぶん殴る!」
     自分が深く考えられなくても仲間がいる――透流のその言葉に、狸のお面の下でジェーンは微笑む。オペラ座の怪人の物語が、仲間達を支えている。それは、七不思議使いにとって誇らしい現実だ。
     ――だからこそ、放置は出来ない。怪談を、物語を、命を奪うそのためだけに救いのない使い方をするタタリガミを。
    『ろ、が、あ、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』
     タタリガミが、その大口を開けて鈴葉を襲う。クリエイトファイアで血ではなく炎を吹き出させながら、鈴葉は――大きく、跳躍した。バキリ、とタタイガミの歯が石段に噛み付く。そこへ、茜紅蓮を肩に担いだ鈴葉が舞い降りた。
    「いざ!」
     炎が、渦巻く。空中で一回転、全体重を乗せた鈴葉の戦艦斬りの一閃がズバン! とタタリガミを切り裂いた。
    「動かさないの」
     そこへ舞うような足取りで近づいたのは、オルゴールだ。振りかぶった偽硝剣マインドを渾身の力で振り下ろす、クルセイドスラッシュが続けざまに大きくタタリガミを斬った。
    『あが、あが、あが、がががががががががががががががががががががが!?』
    「これは、無くしてしまった少年少女の御話です。人から無視された少年が仲間を求め、求め、求め――!」
     狐面のジェーンが語る怪談に、無数の腕がタタリガミを掴み、引き千切っていく。苦しげに呻くタタリガミへと、アンナはジュ! と雨粒さえ燃やしながら怪談蝋燭へと息を吹きかけた。
    「冷たいのでしょう? 暖めて差し上げます」
     ボォ! とアンナの緋牡丹灯籠の炎に、タタリガミの球体の体が燃やされていく。もがきあがくタタリガミへと、鍵人は薄い微笑と共に言い捨てた。
    「さぁ、最終実験だよ」
     タタン! と石段を蹴り、鍵人は加速する。タタリガミの直前で振りかぶったクルセイドソードに破邪の白光を宿し、鍵人は自らの加速を込めて振り払った。
    「もう一つ!」
     そして、透流が雷神の籠手で石段を殴りつける。二頭の山羊が引く中世の戦車、それを形取った影がタタリガミを轢き潰すように蹂躙した。
    『がががががががががががががががががががががががががが――!!』
    「これで……終わりにするから!」
     そこへ、グラジュとライラが同時に駆け込む。グラジュは的確に見極めた急所へとその槍の穂先を突き立て、ライラは跳躍からの踵落としをタタリガミの頭頂部へ振り下ろした。
    「……これにて怪談は終幕よ。散りなさい」
     ドォ! と炎を撒き散らし、タタリガミが破裂する。鮮やかな散り様だけを残し、人を喰らう階段怪談がここに潰えたのであった……。


    「……都市伝説とも違う実力、跋扈するとなれば厄介ね」
     これからより増えるだろうタタリガミ事件に思いを馳せながら、ライラはこぼした。それでも、強敵になる前に倒せた、早期に対処できたことにライラは安堵し胸を撫で下ろす。
    「これで階段も安心して使えるね」
     グラジュの言葉に、ぼんやりとオルゴールは石段を見回した。戦闘による損害は、周辺にはない。本格的に直さなくてはならないような損傷がなくてよかった、とオルゴールは息をこぼした。
    「うん、これでみんな安心して眠れるといいねー」
     狸のお面、その奥でジェーンは笑う。悲劇も喜劇も怪談も、聴衆がいてこそのものだ。語っても畏れられず、涙もなく、笑ってももらえないのでは語る意味がない。
     灼滅者達は、石段を進んでいく。この石段には、もはや人を喰らう階段怪談はいない。その物語だけが、人々の心に残る、ただそれだけだ。こうして、また、一つの物語がめでたしめでたしで締めくくられるのだった……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年3月24日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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