湯けむりに、女の色香と魚のにおい

    作者:雪神あゆた

     温泉で。
     水着姿の女が二人。
     一人は赤い長髪、背中から蝙蝠の翼を生やした淫魔いけないナース。豊満な胸とお尻、きゅっとくびれたお腹……そんな体から甘い香りを発散させていた。
     もう一人の女は頭から、魚のにおいを出していた。
     首の上には人間の顔の代わりに、灰色で長方形の物体が乗っていた。それは、愛媛が誇る名産品、じゃこ天。魚のすり身を形を整え、油で揚げたもの。
     この女は愛媛のご当地怪人、じゃこ天ガールだ。
    「頬張れば口いっぱいに魚の風味の広がる、じゃこ天。じゃこ天はみかん以上に愛媛の名物。だから私はじゃこ天を広めるために、みかん売り場にじゃこ天を置いてまわっているの!」
     じゃこ天ガールが雄々しく叫ぶと、いけないナースはぱちぱちと拍手。
    「おねーさん、すごーいっ。そんなすごいおねーさんには、たっぷりたっぷり、サービスしちゃいますね!」
     ほっぺたにキスをする淫魔。
    「よくわからないけど、力が湧いてくる気がするーーっ」
     再び雄たけぶじゃこ天ガールだった。
     
     学園の教室で。
     姫子が灼滅者に説明を開始した。
    「軍艦島の戦いの後、HKT六六六に動きがありました。
     有力なダークネスであるゴッドセブンを、地方に派遣し勢力拡大を狙っているようです。
     ゴッドセブンの一体、もっともいけないナースは、愛媛の道後温泉に派遣されました。
     もっともいけないナースは、配下のいけないナース達に命じ、周囲のダークネス達へサービスをさせています」
     配下のいけないナースの一人は、ある温泉宿で、ご当地怪人じゃこ天ガールにサービスをしている。
     このままサービスを受け続けると、じゃこ天ガールはパワーアップしてしまう。そのうえ、もっともいけないナースと友好関係を築いてしまうのだ。
    「それはよくありません。急いで温泉宿に赴き、いけないナースたちに戦闘を仕掛け、彼女らのたくらみを阻止してください」
     
     戦闘をしかけるのに最適なタイミングは、二つ。
     二人が水着姿で露天風呂に入っているところを襲撃するか、二人が入浴後に浴衣姿で廊下にいるところを襲撃するか。
     露天風呂は広々としており、逃げられやすい。
     一方、廊下は狭く逃げられにくい。だが、敵は逃げにくい分、必死で反撃してくるかもしれない。
     なお、どちらの場合も、周辺に一般人の気配はない。戦闘中に一般人が来ることもなさそうだ。
    「次に敵の能力を説明しますね」
     淫魔いけないナースは神秘の能力が強く、サウンドソルジャーと影業の技に相当する6つの技を使いこなす。
     じゃこ天ガールは頭がじゃこ天の形をした怪人。手段を選ばず、じゃこ天を広めようとしている。
     そんな彼女は気迫の能力が高く、ご当地ヒーローの技三つの他に、じゃこ天の頭で頭突きするなどして、ロケットハンマーの技に相当する技三つを使える。
    「二人とも、侮れない実力者。二人相手にするのは、危険でしょう。
     いけないナースは、『お客様に安全にお帰り頂く事を再優先』するので、自分が足止めし、じゃこ天ガールを逃がそうとします。
     ですので、じゃこ天ガールを逃がしたほうがよいかもしれませんね。もちろん、二体とも倒せれば、大きな成果になるでしょうが……」
     姫子は灼滅者の目をじっと見つめた。
    「今回は、じゃこ天ガールといけないナースのどちらか一体を倒せば成功と言えます。皆さん方の活躍を期待しています!」


    参加者
    シェレスティナ・トゥーラス(夜に咲く月・d02521)
    音鳴・昴(ダウンビート・d03592)
    リーファ・エア(夢追い人・d07755)
    柾・菊乃(鬼薊姫命・d12039)
    天瀬・麒麟(中学生サウンドソルジャー・d14035)
    草壁・夜雲(中学生サウンドソルジャー・d22308)
    黒姫・識珂(エクストラブライブ・d23386)
    甘莉・結乃(異能の系譜・d31847)

    ■リプレイ


     夜の旅館。板張りの廊下に、浴衣姿の女性2人が歩いていた。
     1人は、胸の谷間を大きく露出させ背から翼を生やす、いけないナース。
     もう1人は、頭がじゃこ天で魚のにおいのする、じゃこ天ガール。
     ナースがじゃこ天と腕を組みながら、甘い声を上げていた
    「今度、みかん置き場にじゃこ天を置きに行くとき、私もいってみたいですー。おねーさんのがんばるとこ、みてみたいなー♪」
     リーファ・エア(夢追い人・d07755)は廊下の角で息ひそめ、ナースたちの様子をうかがっていた。頃合いを見、
    「皆さん、今です。挟み撃ちにしましょう! ――風よ此処に」
     仲間に合図し、封印を解除する。他の者も封印を解き、ナースたちを取り囲む。
     音鳴・昴(ダウンビート・d03592)も両手の拳を握り、包囲に加わっていた。昴は荒い口調で、
    「つか、ダークネスのくせに、なに普通に寛いでんだ。シュールすぎんだろ……めんどくせー」
     浴衣姿のナースは鋭い目で灼滅者を睨んだ。
    「灼滅者さん。私たちにナニするつもりですぅ? でも、おねーさんにイジワルはさせません。――おねーさん、私がなんとかしますから、お帰りの準備してくださーい」
    「そ、そう? それじゃあ……」
     じゃこ天ガールは頷きかけていたが、
     天瀬・麒麟(中学生サウンドソルジャー・d14035)がじゃこ天を指さし、
    「きりん、じゃこ天って聞いたことなかったよ。実際に見てみると……そんなに美味しくなさそう?」
     と首を傾ける。
     黒姫・識珂(エクストラブライブ・d23386)も肩をすくめ、冷たい声で、
    「愛媛はいよかんでしょ? じゃこ天とか知らないし。何それ?」
     じゃこ天ガールの頭部のじゃこ天が、赤くなる。顔を真っ赤にし怒っているのだ。
    「な、な、なにを言うーーー?」
     次の瞬間、識珂の体が吹き飛んだ。じゃこ天ガールが識珂にビームを放ったのだ。
     甘莉・結乃(異能の系譜・d31847)はじゃこ天ガールを紫の瞳で見つめた。
    「頭部はアレだけど……やっぱりなかなか侮れない。でも……アタシもみんなを護る。みんな、無事に帰ろうね」
     結乃は『天地へ紡ぎ響く福音』の弦に指をかけ、激しくメロディをかき鳴らす。テンポのいい曲が識珂の傷を塞いでいく。
     じゃこ天ガールは治療を見て舌打ち。追い打ちかけようと腕を動かすが、
     草壁・夜雲(中学生サウンドソルジャー・d22308)がじゃこ天より早く動いた。
     夜雲は紅花染めの帯を握り、結乃の曲に合わせ、足でステップを刻む。踊る。体を捻り、じゃこ天やナースの頭を肘で打つ。
    「HKTの活動が活発化するのは見過ごせない、張り切って阻止するんだよ!」
     宣言する夜雲。
     ナースは怒鳴り返してくる。
    「阻止か何か知りませんが、おねーさんのこと虐めちゃメッですー!」
     ナース足元から黒い触手が生えた。触手はうねうね蠢き、柾・菊乃(鬼薊姫命・d12039)へ伸びる。
     菊乃は触手に巻きつかれるが、腕に力を込め強引に動かす。
    「さすがダークネス。実力は確かなようです。が――やられっぱなしではいませんよ」
     菊乃は両腕を広げ、体から黒い気を放った。
     菊乃の気がナースとじゃこ天の肌を、切る。痛みを顔に浮かべる二体。
     シェレスティナ・トゥーラス(夜に咲く月・d02521)は、足元に控えるイリスにいう。
    「シェルたちもいこう。イリスはじゃこ天をお願い。シェルはナースに行くから」
     イリスに肉球でじゃこ天を牽制させつつ、シェレスティナは、息を大きく吸い込み、掌をナースたちへ向ける。
     シェレスティナはフリージングデスを実行、ナースらを凍てつかす!


     その後も灼滅者は攻撃を続けるが、敵の反撃も苛烈。
     今も、じゃこ天がしゃがみ、頭部を床にぶつけ衝撃波を発生させた。衝撃波が後衛の結乃、夜雲、昴を、襲う。
     結乃も衝撃波に体勢を崩した。が、慌てずギターを構えた。力強い音で、己と仲間を鼓舞。
     結乃は改めて紫の瞳で場を観察。ナースの影が立体化し刀に変化しつつあった。
    「まだ来るわ、気を付けて!」
     結乃の声に夜雲が反応。夜雲はジャンプ、己を切ろうとする影の刃をかわす。
     夜雲は着地と同時に再び跳ぶ。標的はじゃこ天。その頭に、輝く跳び蹴りをめり込ませた!
     蹴られてのけぞるじゃこ天の前に、識珂が立つ。剣を白く光らせた。識珂は刃を横に一閃させ、敵の腹を――斬る!
     識珂は仲間に問う。
    「今のうちにナースをお願いできる?」
    「任せてください。敵の戦力強化は嫌ですからね。ここで倒しますよ!」
     リーファが答えた次の瞬間、ライドキャリバー 「犬」が機銃で射撃。
     銃声の中、リーファは犬の横を通過し、ナースに接近。
     脚に履いたエアシューズ『Burn the dark』に炎をともし、ナースを焼く!
     シェレスティナは炎に焼かれるナースを見る。ナースは炎に包まれながらも、じゃこ天に話しかけていた。
    「この人たち、強ーい。おねーさん、やっぱり逃げてにげて!」
    「でも逃げ道塞がれたし、じゃこ天を馬鹿にされたし!」
     じゃこ天は逃げない、と構え続ける。
     包囲や挑発がうまくいっているようだ。今のうちにナースを倒さないと。シェレスティナは視線をナースに戻す。
     シェレスティナは二匹の蛇と翼をかたどった杖、その先端をナースへ向ける。矢の形をした魔力を生成し飛ばす。
     矢がナースの腹を貫通! ナースは顔色を青くさせる。
     が、一分後には敵の反撃がある。ナースの影が蠢き、じゃこ天が走り出す。標的となったのは、菊乃と麒麟。
     菊乃はナースの影に呑み込まれ、精神を犯される。麒麟はじゃこ天に頭突きされ、ふらついてしまう。
     勝ち誇った顔のナースとじゃこ天。
     が、昴が、蔦の装飾された弓の弦を、引いた。
    「俺とましろが力を使うまで倒れんじゃねぇぞ、めんどくせー」
     昴は仲間へ悪態をつきながら、矢に力を込める。昴の隣では、白いボーダーコリーの姿のましろが瞳を輝かせる。
     癒しの力の籠った昴の矢と、清らかなましろの瞳が、菊乃と麒麟の肉体を回復させた。
     回復した菊乃は腕を振る。純白に輝く鞭刀がしなる。
     麒麟も姿勢を正し、片足を一歩前へ。「えいっ」掛け声とともに、突きを放つ。
     菊乃の刃がナースの足を切り、麒麟の槍が肩を抉る。ナースの口から切羽詰まった悲鳴。


     灼滅者は回復の技で戦線を維持し反撃。ナースの傷を増やしていく。
     今も、ましろが尾を振りつつ、斬魔刀でナースに切りかかっていた。
     昴はましろの奮闘を見つつ口を開いた。音波を放つ。音でナースの脳を揺らす。
     麒麟はナースの顔を無表情で見ながら、唇を動かす。
    「さっさと死んじゃえ」
     麒麟の前に、赤い十字架が出現。麒麟は十字架を操り、ナースの肌から血を飛び散らせる。
     ナースは金切り声をあげた。錯乱し、己を殴りだす。昴と麒麟の技の効果だ。
     リーファはすかさず、声を飛ばす。
    「突撃を!」
     主の命を受け、犬が機体をナースにぶつけた。
     リーファ自身もナースとの距離を詰める。紅く輝く刀身を振り、クルセイドスラッシュ! 渾身の力で、ナースの肌を裂く。
     ナースはたまらず後ろに下がるが、リーファは彼女を追う。
    「まだまだ止まりませんよ」
     リーファは足を輝かせ、その足を大きく上げた。ナースの脳天に踵を落とす! ナースの体力は大幅に削れたが――。
     ナースにはまだ攻撃する余裕はあった。一分後に、ナースの影が剣となってリーファに刺さる。
     さらに、リーファの体をじゃこ天が持ち上げた。投げられ、壁に激突するリーファ。
     リーファは意識を失ってしまう。

     灼滅者は仲間が倒れたのを確認し、予定通り、じゃこ天への包囲を解き、逃げ道を開けた。
     が、じゃこ天は逃げようとしない。
    「包囲は解けた……けど、じゃこ天を馬鹿にした奴らは倒す!」
     と闘志を燃やしている。
     シェレスティナは眉を寄せて思案。
    「穴を作っても、逃げない……挑発がうまくいき過ぎた? けど、じゃこ天が逃げないなら、ナースも逃げない。つまり……ナースを確実に仕留めるチャンスだよね」
     シェレスティナは走りだす。ナースの後ろに回り、背に杖を突きつけ、マジックミサイル。
     シェレスティナの魔力が、ナースの体を吹き飛ばす!
     が、シェレスティナに休息する暇はなかった。じゃこ天が頭を床にぶつけ、衝撃波を発生させたからだ。シェレスティナはたまらず膝をつく。
     じゃこ天はさらに追撃しようとしたが、イリスが猫魔法を詠唱。じゃこ天の体を縛り付る。
     その隙に、結乃がギターを構えた。
     結乃はギターを弾き始める。額に汗を浮かべながら、赤茶の髪を揺らし。
     魂を込めたかのような激しい音が、シェレスティナたちの体勢を立て直させる。
    「みんな後ちょっと頑張って!」
     声援を飛ばす結乃。

     その後も、結乃はリバイブメロディを積極的に使用、仲間を支援。彼女の尽力で、灼滅者たちは体勢を崩さず、ナースにダメージを与え続ける。
     が、治りきならない傷もあった。
     識珂も守りを固めていたとはいえ、消耗は大きい。
    「でも、ここが正念場。耐えて、倒して見せるわ!」
     識珂は跳んだ。光る脚の膝を、ナースの顎に叩き込む。
     そして着地。識珂はさらに動く。剣を横薙ぎに振る。刀身が白く輝き、次の瞬間、ナースの腹に、傷ができた。
     うつぶせに倒れるナース。が、ナースは顔を上げた。
    「おねーさんは……絶対に無事にぃ……」
     ナースの影が動く。先端が鋭く尖り、識珂の胸を突き刺した。
     さらに、じゃこ天が識珂に近づいてくる。
    「愛媛の海の力の詰まった――じゃこ天キーック!」
     じゃこ天の爪先が識珂の側頭部に命中。識珂は仰向けに倒れた。
    「くっ……あたしは、ここまで、みたい、ね……でも、だいぶ傷つけた。みんな、後は任せた……わ」
     そういい目を閉じる。
     菊乃は言葉を聞き槍を持つ手に力を込めた。
    「識珂さんの努力を無駄にはできませんね。一気に畳みかけないと」
     菊乃はナースへ視線を移す。ナースは既に立ち上がっていた。
     菊乃は槍の穂先をナースへ向ける。氷柱を投げつけた。菊乃の狙いは正確で、ナースによけることを許さない。
     菊乃の氷柱はナースの腹に直撃。ナースは体をくの字に曲げる。
     その直後、夜雲がナースの側面に立った。杖を持った腕を大きく振り上げ、振り落す。杖でナースの後頭部を殴り、同時に魔力を流し込む。
     ナースの目から焦点が消えた。
     夜雲はとどめをさそうとしたが――しかし、一分後には彼の体が吹き飛んだ。近づいてきたじゃこ天の頭突きが命中したのだ。
     夜雲は壁にぶつかりながら、仲間に呼びかける。
    「とどめを――お願い」
    「わかった。めんどくせーが――やってやる」
     短く答えたのは、昴。昴はダイダロスベルトを伸ばす。ベルトが槍の如くに、ナースの腹を貫いた。再びうつぶせに倒れるナース。
    「し……しぬわけ、には……い、か」
     ナースはなお己を回復しようとしていたが――彼女の前に、麒麟が立つ。
    「さっきも言ったよね。『さっさと死んじゃえ』って」
     ナースを見下ろす麒麟の目は冷たい。麒麟の唇から歌が紡がれ――その音がナースを終わらせた。


     菊乃は仲間を見回す。二人が戦闘不能。他の者も傷が深い。あと一撃で倒れそうな者もいる。じゃこ天も傷ついているが、すぐ倒せるとは限らない。
     このまま戦えば、重傷者がでるだろう。敗北もあり得る。
    「ナースは倒せましたし、引いた方がよさそうですね――行きましょう」
     菊乃の言葉に、夜雲が頷く。夜雲は杖を振ってじゃこ天を牽制。そして、後ろに飛び退く。
    「じゃこ天さん……ボクたちは帰るけど、できたら悪さをしないで大人しくしててね」
     言い残し、仲間と共に撤退を始めた。
    「ま、まて……悪口を取消……」
     じゃこ天は追ってきていたが、数分後には諦め、旅館にとどまる。
     灼滅者は無事に旅館を脱出。
     シェレスティナと結乃も倒れた識珂とリーファを担ぎつつ、外に出た。
     幸い、担いでいる二人には重い怪我はないようだった。
     シェレスティナと結乃はいう。
    「淫魔の動きや目的は今一つはっきりしないけど、将来、何があるかわからないからね、淫魔の一人を倒せてよかった」
    「そうね。アタシもよかったって思う。みんなが大怪我せずにすんだしね」
     いけないナースの一人を倒し、DOGの陰謀を一つ潰すことができた。しかも重傷者も出すことなく。
     シェレスティナと結乃の言葉に他の者も頷き、そして学園への道を歩いていく。
     灼滅者を月が照らしていた。


    作者:雪神あゆた 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年3月29日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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