届かない気持ちの向かう先

    作者:海乃もずく

    ●春は恋の季節
     卒業式も差し迫った3月の校舎裏。
    「と、トシヤ先輩のことが……好き、ですっ」
     あらん限りの勇気で、女生徒は告白をする。
    「俺も、前から、アイリ君のことは気になっていて……」
     顔を真っ赤にした男子生徒。
     見つめ合う視線。重なる手。縮まる距離。
     ――そんな彼らを、数歩離れた場所から、門永・乃々葉は見守っていた。
    (「よかったね、アイリ。ずっと好きだったんだもんね」)
     乃々葉がここにいるのは……1人で行くのは不安だからと、アイリに頼まれたから。
     でも。
     ……本当は、乃々葉だって、先輩のことが好きだった。
     トシヤ先輩がアイリを見ていたのは、夏頃から気づいてた。それでも、乃々葉は諦め切れなかった。
    (「私だって、好きだったのに」)
     互い想いが通じ、嬉しそうな2人の姿を見ていると、乃々葉の心がきりきりと痛む。痛くて、息ができないくらい苦しくて、苦しくて、苦しくて……。
     ……そうして、乃々葉の心は闇へと呑み込まれる。
    「ト・シ・ヤ先輩♪」
     ぐいっと2人の間に割って入った乃々葉は、強制力をはらむ視線を先輩に向ける。
    「私だって、ずっと先輩が好きでした。アイリなんかやめて、一生、私のとりこになって?」
     既に淫魔へと変貌した乃々葉の微笑みに、逆らえる術はなく――。
     
    ●春は失恋の季節
     天野川・カノン(中学生エクスブレイン・dn0180)はベッドの上から、灼滅者たちへ手を振った。
    「あのね、一般人の女の子が、闇堕ちしてダークネスになる事件が起きようとしているんだよ」
     とはいえ、彼女はまだダークネスになりきっていない。闇堕ちしたばかりなので、かろうじて元の人間としての意識を遺している。うまくいけば闇堕ちから救い出せるだろう。
    「門永・乃々葉(かどなが・ののは)ちゃんっていうんだけど、友達に頼まれて、告白の場所に同行していたの。友達の告白はうまくいくんだけど……」
     ……実は乃々葉も同じ人が好きで、でも、そのことはずっと内緒にしていたという。
    「友達の恋が実ったその瞬間、乃々葉ちゃんは失恋確定。彼女は自分の気持ちに耐えきれずに、ダークネスになってしまう」
     この子を助けてあげてほしい、とカノンは灼滅者達を見上げた。

    「みんなが介入できるのは、告白がうまくいった直後だよ」
     場所は校舎の裏手。放課後なので、多少は大きな音を立てても問題はない。ただ、周囲に人気はないが、いつ誰が通りかかってもおかしくはない。
     また、その場にいる乃々葉の友人と先輩、2人への対応も必要になる。
    「乃々葉ちゃんを救うには、一度戦闘をして倒さないとだよ。乃々葉ちゃんの人としての心に呼びかけることで、彼女の力を弱めることができるの」
     呼びかけ方は任せる、とカノンは言う。
    「乃々葉ちゃんの人間の部分は、こんな方法で先輩を振り向かせても意味はないって理解してるみたい。友達との友情を大切にしたい気持ちも、ちゃんと持っている」
     けれど、それよりも失恋のショックが、乃々葉の心を引き裂き、淫魔に堕ちかけている。そんな乃々葉にどう声をかけるべきか。心からの言葉なら、きっと彼女の心に届くだろう。
    「戦闘になれば、乃々葉ちゃんは鋼糸相当のサイキックを使うよ。なりかけのダークネスといっても、なかなか強力だから、気をつけて」
     もしもダークネスになってしまったら灼滅……でも、そうなってはほしくない。思いを振り切るように、カノンはぶんぶんと首を振る。
    「1年越しの恋が破れて、しかも友達の想いは実って、しかもその告白の場に居合わせて……ほんと、トリプルショックだよね。何とか、この子を助けてあげて」


    参加者
    篠原・朱梨(夜茨・d01868)
    夕凪・千歳(あの日の燠火・d02512)
    セシル・レイナード(レッキングガール・d24556)
    ヴァーリ・マニャーキン(本人は崇田愛莉と自称・d27995)
    四辻・乃々葉(よくいる残念な子・d28154)
    緋室・赤音(レッドアーマーガール・d29043)
    川崎・榛名(勝手は榛名が許しません・d31309)
    白石・明日香(猛る閃刃・d31470)

    ■リプレイ

    ●3人を待ちながら
     校舎裏の物陰。篠原・朱梨(夜茨・d01868)の足もとへ、もふもふの猫が身を寄せる。猫の背には小ぶりの翼。
    「宜しくね、紫乃、がんばろー!」
     えいえいおー、と拳と肉球をつき合わせる朱梨と紫乃。一緒に戦うのは今回が初めて。
     夕凪・千歳(あの日の燠火・d02512)の肩口でも、毛足の長い三毛猫が小さな羽根を上下させていた。
    「きっと、いい子でいよう、いい友達でいようとしていた気持ちが、爆発してしまったんだろうね」
     千歳の言葉を耳にした緋室・赤音(レッドアーマーガール・d29043)が、振り返る。
    「誰かを好きな奴がいて、報われない奴が居て。ままならないものだな」
     友達も大切で、好きな人も大切で。どっちも大切なのに、うまく伝えられなくて。
    「好きな人に自分を見てもらえない、か……」
     ヴァーリ・マニャーキン(本人は崇田愛莉と自称・d27995)の中で、自分を家族としてしか見てない、従兄の姿がよぎる。
    (「あー、うん。其の辛さは私もまあ、判らんでもないかな」)
     とはいえヴァーリ自身、自分の感情が恋愛かどうか、判然としないのだが。
    「……ただ助けたいな、うん」
     しばらく考えてから、ヴァーリはそれだけを口にした。
     ヴァーリの足下には、翼のついた三毛猫がいる。名前をカイリ。
     3匹のウイングキャットを先刻からちらちらと眺めながら、白石・明日香(猛る閃刃・d31470)はこれからの手順を確認していた。
    (「まず、他の二人を安全な場所に逃がす。本格的な説得と戦闘は、それからだ」)
    「同じ名前だと、やっぱり親近感が湧くよね!」
     四辻・乃々葉(よくいる残念な子・d28154)は、これから助ける少女と同じ名前。
    「乃々葉ちゃんには幸せになってもらいたいから、わたしの想いをぶつけるよ。わたし自身は素敵な恋をしたことないから、大きなことは言えないんだけどね」
    「悲しい事が重なりすぎて……、心が壊れてしまいそうなほど苦しいのは分かります……」
     これからのことを考えると、川崎・榛名(勝手は榛名が許しません・d31309)の心は痛む。失恋からの闇墜ち。本人にとってはつらい体験だろう。
     それでも、それがすべきことであれば、榛名には必ず最後までやり抜く。
    「……誰も幸せになれない結末なんて、榛名は認めません。絶対に闇から乃々葉さんを開放してみせます」
     榛名たちの会話を聞くともなしに聞きながら、セシル・レイナード(レッキングガール・d24556)はずっと乃々葉にかける言葉を考えていた。
     彼女の気持ちは何となくわかる――なぜなら、セシル自身も、似たような経験の持ち主だから。

    ●一途な気持ち
     一つの恋が実り、一つの恋が終わる。
     それを否定したくて、門永・乃々葉の心は闇へと傾く。
     友を裏切り、好きな人の心を奪うため、淫魔の力を身に宿して――。
    「――その略奪愛、待った!」
     不意に割り込んだのは、目に鮮やかな赤に身をまとう赤音。
    (「ノノハを元に戻したからといって、すべてが解決するわけじゃない。だけど、ダークネスの悲劇で塗りつぶしていいものじゃないことだけはわかるぜ!」)
    「あなた達、何?」
     赤音に続き、明日香も彼らの間に割って入る。
    「友達の思いを踏みにじるような真似、やめたほうがいいぜ」
     さらに背後から風が吹く。ヴァーリは爽やかな風を生み出し、乃々葉以外の2人を眠りに誘う。
    「なあ、乃々葉先輩、こう言う方法で偽りの愛情を手に入れて……其れで本当に貴方は嬉しいのか? 私なら嫌だぞ?」
     ヴァーリの指摘に、乃々葉の瞳が大きく見開かれた。
     その間に、セシルは殺気を放って人を遠ざけ、千歳は、眠りに落ちたアイリとトシヤの2人を怪力無双で抱え上げる。
    「さっきまで、僕たちがいたところでいいね?」
    「うん。行こう、夕凪さん」
     灼滅者の乃々葉が護衛役につき、千歳は速やかに移動を開始する。
    (「わたしと同じ名前の女の子が苦しんでるのはほっておけないよ。乃々葉ちゃんのためにも、わたしにできることを」)
     首元のマフラーを口元に上げて、乃々葉はもう1人の乃々葉のほうへと、心配そうな視線を向けた。
     朱梨が一歩、前に踏み出す。
    「乃々葉ちゃん、想いも伝えず、間違ったやり方で好きな人の心を手に入れて、大事なふたりの気持ちも、自分の気持ちも報われないまま……そんな形で恋を終わらせてもいいの?」
     朱梨に問いかけられた乃々葉は目を瞬かせ、……そして、歪んだ笑みの形に唇をつり上げた。
    「……ってないよ」
    「え?」
    「終わってなんかない。今から私の恋は実るの。だから……邪魔しないで!!」
     乃々葉の五指から、毒々しい赤に染まった糸が放たれる。
    「これから私は、先輩と思いが通じるの。どこが間違ったやり方だっていうの!? どこも、何も、全然、間違ってなんか、ないっ!」
    「それでは、乃々葉さんも含め誰も幸せになれません!」
     八方へと展開する糸を、榛名は日本刀で両断する。
    「そんな結末、榛名は絶対に認めません!」
     サイキックの気流が吹き荒れ、でたらめな方向に動く赤い糸が灼滅者達に襲いかかる。セシルは茨に変じた両腕で殴りかかりながら、乃々葉へと声をかける。
    「よお、ちょいと面白い話をしてやろうか?」
     左目にバラを咲かせたセシルは、何でもない話をするように、さりげなく言葉を続ける。
    「オレも初恋が実らなかったんだ。しかもこの間、ソイツに彼女ができてさ。ちなみにその彼女ってのもオレの知ってる顔でよ」
     だからまあ、お前さんの気持ちにゃなんとなく通じるもんがある……とセシル。
    「でもな、無理やり言うこと聞かせて振り向かせたって、きっと何にも得られねーぜ」
    「なぜ?」
    「お前が無理やり従わせた時点で、好きだったソイツはソイツじゃない、別の何かになっちまうからだ」
     はっと、乃々葉が息を呑む音がした。続けて、千歳が口を開く。
    「乃々葉ちゃん。普通とは違う、自分のものではない力を使って振り向かせても、トシヤ先輩は、乃々葉ちゃんのものにはならないんだよ」
     千歳は強い瞳で乃々葉を見つめる。にらみ返そうとした乃々葉の瞳に、次の瞬間、じわりと涙が浮かんだ。
    「君は気付いてるはずだよ。……こんなことをしたら一番辛くなるのは、自分自身だって事を」
     千歳から目をそらした乃々葉の瞳に、みるみるうちに涙が盛り上がった。

    ●失恋を越えるために
     明日香は波状に迫る攻撃をかいくぐり、相手の急所を正確に狙って、大鎌を振りおろす。
    「お前自身の気持ちを友に打ち明けて、正々堂々勝負すればよかったんじゃないのか?」
    「なっ!? そんなこと、できるわけ……っ!」
     反射的な反論と共に、乃々葉は闇雲に赤い糸を振り回す。仲間の負傷を癒やしながら、ヴァーリは顔をあげる。
    「そんなこと、できなかっただろうな。乃々葉先輩は、其れだけ友達の事が大切だったって事だろう? 本当は自分も好きなのに、其の思いを押し殺して迄、今まで応援してきたんだからな」
     話しながら、ヴァーリは声に一層の力を込める。
    「なあ、そんな友達を泣かせて、其れで手に入れるのが偽者の想いなんて……割りに合わないじゃないか!」
    「だっ……だって、だって! もう、無理、限界、耐えられない!!」
     激しく乃々葉は泣き始める。嗚咽混じりの叫び声が続く。
    「2人を見ていると息が詰まって、頭ががんがんして、もうこんな恋は嫌だもん、ひっ、く……う……もう嫌だぁぁぁ……!」
     めちゃくちゃな方向に鋼糸が飛ぶ。ウイングキャットたちも無傷では済まない。身を挺して攻撃を受けた紫乃を、棗の尻尾のリングが癒やす。カイリは魔法で援護をする。
    「――でも、彼を見てドキドキしたり、彼のことしか考えられなくなったり、楽しくなかった?」
     乃々葉の中にするりと入るのは、もう1人の乃々葉の言葉。
    「今は苦しさや辛い気持ちでいっぱいかもしれないけど、恋する気持ちはきっと素敵なものだよ」
     ね? と微笑む笑う乃々葉を、涙でぐしゃぐしゃな顔になった乃々葉が見返す。
    「本当に好きなら、受け入れろ!」
     セシルの、茨の腕を振り上げられる。
    「失恋した事実も、ソイツの彼女が自分の友達だってことも! オレはそうした!」
     茨の連撃で、乃々葉の体が吹っ飛ぶ。勢いのまま、背を激しく壁にたたきつけられる。
     ……その時、心の中にずっと溜め込んでいた何かが、乃々葉の中で勢いよく決壊した。
    「ひっ……うっ……うあああああん!!」
     幼い子供のような大号泣。
    「だって、ずっと、本気で好きだった、本当に大好きだったもの……!」
     激しく泣く乃々葉の呼応するように、赤い糸の動きも激しくなる。
    「……そう、そういうモヤモヤした気持ち、全部僕達にぶつけて。そして、もっと自分のその気持ちを、大切にしてあげて」
     千歳は乃々葉の正面に立ち、積極的に攻撃を受ける。見た目の激しさに反して、攻撃の勢い自体は弱まってきている。
     朱梨は妖の槍を強く握りしめ、乃々葉に向けて螺旋に繰り出す。
    「恋をうしなうのは辛いこと。だけれどその結末は、嘘のない想いで迎えなきゃ。どうか、自分を強く持って!」
     ボロボロに泣きながらも、乃々葉は手のひらを天に掲げる。指先で赤い糸がバラバラに踊る。
     榛名は強く地を蹴り、乃々葉の懐へと踏み込んだ。
    「去りなさい、乃々葉さんの中のダークネス! これ以上の勝手は榛名が……、絶対に許しませんっ!!」
    「戻って来るんだ! 報われなくても、思いを伝えればきっと前に進めるはずだから!」
     赤音のダイダロスベルトが宙を滑空し、乃々葉に向けて射出される。同時に命中した榛名の拳が胸部を撃ち抜く。
     乃々葉の全身から力が抜け、くたりと榛名へと向かって倒れ込んできた。

    ●ひとつの結末へ
     意識が戻った乃々葉へと、赤音は優しく声をかける。
    「今までのこと覚えてるか?」
    「はい。……あ……」
     答えた瞬間、少し前の自分を思い出したのか、赤くなる乃々葉。
    「あんまり気にするな、いまのあんたが正常なんだから!」
     赤音の言葉に、こくんと乃々葉は頷く。その弾みに、一度は収まった涙がまたじわりとにじみ出す。
    「あ、あれ? おかしいな。さっきいっぱい泣いたのに……」
    「無理もないよ。気持ちの整理がつくまでは、もう少しかかるだろうし」
     千歳はぽんぽんと乃々葉の頭を撫でる。一度は気持ちが爆発したからといって、完全に収まるわけではない。……これからもしばらくは、何かにつけ思い出すだろう。
    「乃々葉ちゃん、辛い気持ちに負けずに、ずっと二人を応援してきたんだね。大切な人の幸せを願えるって、とっても強くてかっこいいことだよ」
     乃々葉の手を取って、微笑む朱梨。とうとうこらえきれず、再び泣き出した乃々葉を榛名が優しく抱きしめる。
    「我慢しなくていいのですよ。今は……、今だけは自分に正直に、思いっきり泣いていいんですよ」
    「思いっきり泣いて、また立ち上がりゃ良いんだ。恋は実らなくても、恋をしたって事実はお前自身の胸に残り続ける。そいつを糧に成長するのが、俺達人間ってもんだろ?」
     そう言ったセシルはぱんぱんと服のホコリを払い、立ち上がる。
    「これから、ファミレスにでも寄らないか? 色々話したい事あるしな」
     ちょうどその時、一時場を離れていた乃々葉と、ヴァーリが戻ってきた。
    「ただいま。避難させた二人の様子を、ヴァーリちゃんと一緒に見てきたよ」
    「うまくごまかして帰ってもらったぞ」
     乃々葉とヴァーリに頷き、明日香は皆を促す。
    「そろそろ引き上げよう。いつまでもここにいるわけにもいかない」
    「ねえ、乃々葉ちゃん、もう少しお話しよう? ……わたし達と話すだけでも、すっきりできると思うから」
    「うん。……ありがとう」
     もう1人の乃々葉に声をかけられて、乃々葉は涙をぬぐいながら立ち上がる。
     失った恋はとても悲しいけれど、今、乃々葉の前には、心から心配して、支えてくれる人達がいて。
     この人達がいてくれるなら、自分はきっと立ち直れると――。
     ――素直に、そう感じることができた。

    作者:海乃もずく 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年3月25日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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