きみのいる場所

    作者:零夢

    「フー……ッ、フー……ッ、フー……ッ」
     真っ赤に染まった手。
     整わない息。
     少年は、夕闇の中で肩を震わせる。
     僕は、どこでずれたのだろう。
     昨日の夜は平気だった。
     一昨日と、何も変わらなかった。
     なのに、今日の朝は。
    『いってらっしゃい』
     そう送り出してくれた兄の笑顔に、奇妙な感覚を覚えた。
    (――壊したい――)
     理由のわからぬ破壊衝動――否、人を壊せばどうなるか、人を壊せば死んでしまう。
     だから正しくは、殺人衝動。
     理性の崩れる音がする。
     そっちはだめだと、心が止める。
     けれど、膨れ上がった内なる闇は次第に鮮明な輪郭を持ち、頭の中を支配していく。
     そして僕は、登校するふりをして、そのまま山へと駆け出した。
     きっと、そこなら誰も来ないだろうと。
     人がいなければ人は殺せない。
     そう、思ったのに。
     足元に転がるのは見知らぬ男の死体。
     その軽装備から、男の目的がただの散歩だったのか、はたまた野草探索だったのかはわからない。
     ただ、少年はぼんやりと視線を落とし、淡々と考える。
     大切な者を守るため、関係のない人を巻き込んだ。
     そう、だから僕はもう帰れない。
     きみのいる日常へ――。
    「そいつの名前は、堵杜・槙(ともり・まき)。十七歳の、高校二年生だ。早くに両親をなくし、年の離れた兄と二人で暮らしていた」
     集まった灼滅者に、神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)が説明を始める。
     いつになく真剣な面持ちの彼に、教室もしんと静まり返っている。
     そして、小さく息を吸い込むとヤマトは言った。
    「そしてヤツは今、山野で一人、殺されるのを待っている――」
     殺人鬼が殺されるのを待っている。
     幾人かが、その奇妙な言葉に首をかしげた。
     その仕草に、ヤマトが答える。
    「槙にはまだ、人間としての意識があるんだ」
     それが、己の死を望んでいるのだという。
     いつか闇に囚われてしまう自分から、大切な者を守るために。
     普通、闇堕ちしてしまうと人間としての意識は掻き消えるのだが、彼は堕ちて尚、ダークネスの力を持ちつつも、ダークネスになりきってはいない。
     だから人を殺すことを躊躇うし、大切な者を守りたいとも思っている。
     けれど、衝動が抑えきれなくなる日が来ることも、心のどこかで知っていた。
     そして自ら逃げ出した山の中で、気づけば見知らぬ他人を手がけていた――。
    「本当は、誰かを殺す前に止めてやれたらよかったのかもしれないけどな」
     起きてしまった歴史は変わらない。
     それでも、いま彼が生きている以上、そこにはまだ、未来への選択が残されている。
     灼滅か、救出か。
     仮に救出できたとしても、槙はこれから殺人鬼として生きていかなければならない。
     人殺しの衝動が、消えるわけではないのだ。
    「それを背負わせて生かす方がいいのか、望み通りに大切な者のために槙自身ごと闇を葬るのがいいのか――」
     それはお前達が決めてくれ。
     ヤマトは静かにそう言った。
    「槙がいるのはここだ」
     ヤマトは地図を広げると、緑色をしたとある山林地帯を指差した。
     住宅街から近からず遠からず。
    「隠れているわけじゃないから、山道を歩んでいけば簡単に見つかるはずだぜ」
     そう言って重ねられた山の拡大地図には、中腹辺りに開けた場所が載っている。
     そこならば、多少は戦いやすいかもしれない。
    「だが、いくら人間の意識があるからといっても、闇堕ちしている。しかも必死に殺人衝動を抑えてるんだ、人の姿を見つけたら理性がブッ飛んで襲いかかってくるかもしれねぇ」
     そうなると、こちらが言葉をかけたとしても届くかどうかはわからない。
     少なくとも、ちょっとやそっとの説得は彼の心に響かないと思っていい。
     その時は闇に身を任せた彼に、全力で戦いを挑むことになるだろう。
     けれどもし。
    「もし、ヤツの心を揺さぶる言葉をかけられれば、どこかに隙が出来るはずだ」
     相手の戦闘力が下がればそれだけ戦闘を有利に進められるだろう。
    「槙が使うのはたった一本のカッター。だが甘く見るなよ、相手の能力はどこをとってもお前達一人一人よりも圧倒的に強い」
     だから、皆で戦うんだ。
     言って、ヤマトは締めくくる。
     そしてせめて、一人一人の想いは槙以上に強くあれ。


    参加者
    ジャック・アルバートン(ロードランナー・d00663)
    虚神・祢音(斬鎌舞踏・d00846)
    土御門・璃理(真剣狩る☆土星♪・d01097)
    東雲・軍(まっさらな空・d01182)
    西・辰彦(ナラカ・d01544)
    六六・六(不思議の国のアリス症候群・d01883)
    藤枝・丹(六連の星・d02142)
    浅凪・菜月(ほのかな光を描く風の歌・d03403)

    ■リプレイ

    ●森の中のまよい子探し
     山の中の一本の獣道を辿るように、灼滅者達は上を目指して歩を進めていた。
     勾配の緩やかな山だが、足元や視界を遮る木々は厄介だ。
    「こんな中でいきなり襲われては危険ですね。気をつけましょう」
     虚神・祢音(斬鎌舞踏・d00846)が言えば、
    「目標は彼の闇堕ちをぶっ壊せ!! だからね!」
     初めから状況が不利なのは困るというように土御門・璃理(真剣狩る☆土星♪・d01097)が同意した。
     視界は悪い、足元も悪い、そんな状態で奇襲をうけては、出来ることも出来なくなってしまう。
     出来ることを、出来るうちに――手を伸ばし、助けたい想いは、ここにいる誰もの共通項だ。
    「私たちと同じようになれるなら、たとえ罪と向き合うことになっても助けてあげたいよ……」
     浅凪・菜月(ほのかな光を描く風の歌・d03403)が小さく呟く。
     罪の重さはつらいだろう。
     けれど、灼滅者として生きることがその重さを背負う強さになれるかもしれないから――
    (「……生きて欲しいと思う」)
     決して、楽な道ではないと分かっていても。
     自身の遠い記憶に思い馳せるように、東雲・軍(まっさらな空・d01182)も願う。
     そこに、
    「……そろそろ、か」
     ジャック・アルバートン(ロードランナー・d00663)が低く言って足を止めると、皆もそれに倣う。
     まだ距離はあるが十数メートル先、道が少し広くなっているそこには、一人の男子学生がいた。
     身につけた学生服には、乾いた血痕と思しきものが散っている。
     何をするでもなく、ただぼうっと道の脇の岩に腰掛け、まだこちらには気づいていない。
     たとえ倒すべき相手とはいえ、目的は救出だ。
     いきなり襲い掛かり不信感を与えてはいけないが、かといって、先手を取られるのも好ましくない。
     灼滅者達は頷きあうと、ゆっくりと彼に近づいてゆく。
     静かに、気配を殺して忍び寄った――はずだった。
    「……だれ?」
     ゆっくりと、彼がこちらを見る。
     光を失った虚ろな目――けれど、何かを求めるような目。
     彼が気づいたうえは、隠れていても始まらない。
     一人、二人と姿を見せ、けれど、万一のために彼との距離をとることだけは忘れない。
    「きみが、堵杜……くん?」
     くにゃり、と首をかしげて六六・六(不思議の国のアリス症候群・d01883)が訊く。
     けれど彼は答えるでもなく、ふ、と小さく笑みを浮かべて見せただけだった。
    「あんた達は? 何しに来たの?」
     そして彼――堵杜槙は立ち上がり、きちきちきち、と右手に握ったカッターの刃を伸ばす。
     意識的なのか無意識なのかはわからない。
     けれど、それが抑えきれない程度に、彼は闇に近づいている。
    「先ほど僕らに気がついたことといい、キミはなかなか素晴らしいな――」
     にやり、と楽しそうに口の端を上げた西・辰彦(ナラカ・d01544)。
    「素晴らしい? この僕が?」
     槙が吐き捨てるように言う。
    「僕なんてろくなことが出来ない。そのくせこんなモノ握って手放せやしない。僕は、僕は――」
    「あんたは殺人狂にはならないっすよ!!」
     血のこびりついたカッターを、きつく握り締める槙に向かって藤枝・丹(六連の星・d02142)が叫ぶ。
     その言葉に、はっとしたように槙が目を見開いた。
    「さつ……、そう、だ……僕は、人を……――うあああぁぁぁッ!!」
     狂ったように吼え上げた槙は、灼滅者へと飛びかかってきた。

    ●見つけたきみは、ぼろぼろで
    「さぁ、死神の時間だ!」
     カードの解放と同時に祢音の手に握られたのは巨大な鎌。
     襲い来る槙のカッターを薙ぐように払っていく。
     素早く距離を詰めてくる槙に対し、祢音は後ろへ下がり気味になる。
     けれど、押されているわけではない。それは誘うように、導くように。
     槙がカッターを大きく振りかぶった瞬間、祢音がひらりとコートを翻し、身をかわす。
    「――……ッ!!」
     力の行き場を失った槙は山道を転げる。
     けれどすぐに体勢を立て直すと、その先にいたのは六。
    「にゃーお」
     視線が合うなり、一声鳴いて能力の封印を解けば、サイケデリックなチェシャ猫カラーのエプロンドレスの裾がふんわりと舞う。
    「さぁ、はじまるよ? オレとお前の不思議な時間だよ?」
     鋼糸を指に纏わせた六が、怪しげに笑んで槙を誘う。
    「お前の迷い込んだ世界はどこかな?」
    「僕が迷ったのは……僕は、迷ってなんか――!」 
    「ふうん?」
    「迷って、ないんだ!!」
     叫ぶと同時に二人が、ざぱっ、と茂みから飛び出す。
     もう、木々も蔦もない。突き抜けた先には開けた空。
     一瞬槙が戸惑った隙に、六は跳ねるようにして距離をとり、仲間と合流する。
    「とーちゃく……、かな?」
     その一言で、槙は見事に誘導されたことに気づく。けれど、動きやすいのはお互い様。
    「さァて、僕らはそう簡単には壊れない。存分に君の『芸』を見せて呉れ!」
     辰彦の言葉を引き金に、槙は地を蹴り、走り出す。
    「ホント、なんなんだよ、あんた達……死にたいの? それとも、殺してくれる?」
    「はっ、何言ってんすか! 俺は殺さないし、殺されてもやらないっすよ!」
     丹の拳が槙を迎え撃つ。
     けれど彼はまだまだ余裕の表情で、刃を振るう。
    「諦めちゃダメだよ! 私は君と同じ殺人鬼だけど、諦めたりなんか絶対しない!!」
     待っててくれる人がいる、だから強く在れる。
     呼びかける瑠璃の胸に浮かび上がるマークが、彼女の力を高めていく。
    「諦めてなんかない! 諦めないために、守るために僕は……!!」
     それは槙の苦しげな叫び。
     不安定な精神はどこまでも揺れる。
     自分の命は諦めた。けれど、大切な人の日常は諦めない――
     そんな彼の想いを汲み取るように、菜月は問う。
    「あなたにもいるんだよね? 大切な、守りたい人が!」
     菜月が踊るように彼を攻めるが、それでも彼は止まらない。
     まるで、嫌なことから目を背けるように。
     あえて問題を無視するように。
     そして、彼と正面から向き合うべく、ジャックが刀を構える。
    「大切な者を巻き込みたくない、尤もな話だ。なればこそ、堵杜よ。兄君を一人にして良いのか」
     『兄』の言葉に槙がぴくりと反応する。
     けれど言葉は無い。ただ、ぶつかる刃が鳴り響く。
    「大事なのだろう、ずっと二人で暮らしてきた家族だ。彼も同じ事を思っていない筈がない」
     悲しむぞ、いきなりいなくなっては――。
     諭すようなジャックの言葉に、槙の顔が歪んだ。
    「わかってる! 兄さんが悲しむかもって事くらい!」
    「じゃあ、逃げんな!」
     言葉と同時に向けられた軍のチェーンソーが真っ直ぐに槙に向かい、彼を切り裂く。
    「あんたを待ってる人を傷つけたくないと思うなら、向き合え!」
    「うるさいッ!」
     怒鳴った槙の渾身の一振りが軍を捉える――けれどまだ、致命傷ではない。
    「こんな……こんなんで、どうやって兄さんと会えばいいって言うんだよ……!」
     槙が呪うのは己が力。
     けれどそんな力をにこやかに肯定する者がいた。
    「君の『芸』は素晴しい。上手に誰かを殺せる、いいじゃないか! 誇るべきだよ。どんな『芸』にも何某かの使い道はある」
     辰彦の深く黒い殺気の影が槙を包むが、怯むことなく槙は辰彦を睨めつける。
    「芸? 使い道? 人殺しが?」
     その問いに、迷ったように辰彦は「あー……」と考えるが、すぐにさっぱり開き直った。
    「まあ、やっちまったモンは仕方がない!」
     そして、口を開きかけた槙が何かを言い返す前に言葉を繋ぐ。
    「悔いても君が死んでも生き返る訳でもねえしな。それに君、一度はその衝動を抑えてる」
     卓越した技術、それは誇るものでこそあれ、卑下するものではない。
     起きたことは変わらない。
     目覚めた力も消せやしない。
     だから、前を向け。
    「……っるさい……っ」
     飛びかかるように振り下ろされた槙の刃が、辰彦を裂く。
     けれど。
    「……大したもんサね、君は」
     ただ小さく、褒めるともなく慰めるともなく、辰彦は言ったのだった。

    ●きみを愛するひと、きみが愛するひと
    「だいじょうぶだよ、槙さんには私たちと一緒に、その力で人を助けられる道があるから!」
     菜月のおこした優しい風が軍と辰彦の傷を癒していく。
    「……助ける?」
     槙は胡散臭そうに眉をひそめるが、菜月はどこまでも真摯に向き合う。
    「そうだよ。槙さんは独りなんかじゃない、私たちと同じだよ」
     その言葉に、槙はふっ、と表情を緩めると、それでも虚ろな瞳はそのままに首を横に振った。
    「……僕が欲しいのは仲間じゃない。僕が、欲しいのは――」
     その続きは、聞き取れない。
     槙は灼滅者たちへと突進する。
    「思い悩んでるんだね? 自分の、死をねがってる……的な? でもさ、お前が居なくなったらかなしむひとが居る、とかさ……思うんだよね?」
     迫り来る槙の身を、六が凍てつかせる。
     僅かに動きが鈍るが、それでも彼は自身を庇うことすらせず、刃を握り突き進む。
    「オレはね、想うんだよ……そいつの事」
    「知らない……そんなの、もう、知らないよ!」
     その目に浮かぶは苦痛の色。
    「なんなんだよ一体ッ!!」
     吐き捨てるように言った槙に、瑠璃が叫ぶ。
    「私達殺人鬼の呪われた力でも、大切な人々を守ることができる、救う事ができる、未来を切り開くことができるんだ!!」
     それは、精一杯の想いを込めて。
     その胸に浮かぶのは、自分の大切な人たち。
    「私はそれを成すために諦めないよ、絶対に」
     バスターライフルを腰だめに構え、ターゲットロック。
     瑠璃はその悲しげな瞳に槙を映すと、引き金を引いた。
    「絶対に君を救う……逝くよ、救済☆バスタァァァァァァビィィィッム!!」
    「カ、ハ……ッ!」
     槙はよろめき、それでも虚ろな闇を宿した瞳は、強く灼滅者を見据える。
    「おののけ槙の中なるダークネス、私は貴様らの天敵だ――私の咎よ、闇を切り裂け!」
     振り下ろされる祢音のデスサイズ。
     反射的に槙は腕を構えるが、完全に防ぐことは出来ない。
    「人を殺した咎人ならば、ソレを背負って生きていくのが道理だ」
     犯した罪は消えない。
     大切なのは、忘れないこと。
    「俺は、俺の生きる意味を見付けたいと思ってる。あんたには守りたいものがあるんだよな」
     軍がそう語りかければ、槙はとぼけるように応じた。
    「ないよ、そんなの……関係ないよ、あんたになんて」
     槙は弱々しく首を振ると、刃を握り軍へ走りこむ。
     聞きたくない音を止めるために。
     それでも軍は呼ぶ。
     光の世界に、戻れるように。
    「それは、あんたの生きる意味じゃねぇのかな」
     還る場所があるのなら、家族とともにある幸せがあるのなら。
     とうに家族を失くした自分には叶わない。
     だからこそ、彼には在るべき場所を見失って欲しくない。
    「辛くても、あんたなら乗り越えられるって俺は信じたい……いや、信じる!」
     同じように、俺も俺自身を信じたいから。
     槙のカッターは軍を掠め、軍の拳は槙を撃つ。
    「お前はまだ引き返せる領域にある、その力を持っている。罪を背負い衝動を抱えながら、辛くともまだ生きていけると保証する」
     だから強く望め!
     己の望む未来を!
     強く吠えるように、ジャックは槙に峰を打ち込んでいく。
    「でも、……そんな、僕は――っ」
    「意思があるなら、俺はそれを繋いでみせよう! 答えろ、堵杜!」
     兄と暮らす日常、再び手に掴みたくはないのか!!
    「僕は、僕は、僕は――!!!」 
     くしゃりと崩れる表情。
     それを隠すように振るわれる刃。
     頬を伝う雫。
     口を衝く言葉。
     本心がどこかなんて、そんなこと。
    「我慢は体に良くないぞ? 溜まったモンは、発散させなきゃ」
     辰彦はひたすらに振り回されるカッターの間をくぐり、抉るように貫手を繰り出す。
     聞こえるのは刃が空を切る音、そして、あるやなしやの槙の嗚咽。
    「僕は、ほんとうは……っ……――おねがいだから、ころしてよ……!」
     心を呑み込み、紡がれる言葉。
     けれど菜月が否定する。
    「だめ……このまま死なせてあげるわけにはいかないっ!」
     大切な人が、あなたを待っているから。
    「もういやだから……ねぇ、たのむから――!」
     それは、縋るように。
     けれど、どこまでも正確に彼のカッターは丹を襲う。
    「――……ッ、殺せって? 自分が殺したくないから俺達を殺人者にするの?」
     傷つき、それでも丹は鋭く言い放つ。
     そして、戸惑うように歪む槙の顔。
    「……お断りっすよ。あんたが死んだって悲しむ人が増えるだけで何の解決にもならないんだ」
     槙にとって、自身の死は暗闇で唯一見つけた光なのかもしれない。
     それは、残った理性で必死に握ってる最後の拠り所。
     どうしたらその手を開いてくれるか分からない。
     けれど、何度だって君を呼ぼう、手をのばそう。
    「……その力を御す方法はちゃんとあります。必ず助けてみせる。だから、信じて……!」
     丹の拳が槙の腹に入る。
    「ッ……――」
     小さく息をのみ。
     大きく目を見開いて。
     槙は、地面に崩れ落ちた。

    ●差し伸べられた、ぬくもりを
     ゆっくりと瞼を上げた槙の視界にまず飛び込んできたのは、オリーブグリーンの髪を持つ少女だった。
    「大丈夫?」
     菜月の気遣うような声と同時に、槙は咄嗟に跳ね起きる。
    「おや、随分元気だね?」
     にこやかな辰彦の言葉にはしかしながら、
    「――ッ!!」
     すぐに、体中に負った傷の痛みに顔をしかめた。
    「……っ痛ぇ」
    「無理はしないで。ゆっくり休んでて平気だよ」
    「大分激しく戦いましたしね」
     菜月がやわらかく笑み、祢音も頷くと、槙は俯き、小さく呟いた。
    「……ありがとう」
     噛み締めるようにしばらく下を向いていたかと思うと、やがて顔を上げ、灼滅者一人一人を見回す。
     その目に浮かぶのは、もう虚ろな闇なんかじゃない。
    「……本当に、ごめんなさい」
     必死に紡いだその言葉。
     振り絞ったその勇気を、咎める者はいない。
    「んー……いいんじゃ、ないかな?」
     六が言えば、
    「無事に目覚めてよかったねっ!」
     瑠璃も笑顔を向ける。
    「あ、うん……」
     複雑そうな面持ちで頷く槙。
     再び、目が覚めた。
     つまり、自分は死ねなかったのだ……。
     そんな不安を読んだように、丹は槙に誘いをかけた。
    「槙さん、あんたも俺たちの学園に来ないっすか? その力を、使いこなすために」
    「僕の、力……」
     槙は己の手を見つめ呟く。
    「そうだ、お前も来い、堵杜」
     差し伸べられるジャックの手。
     槙は少しだけ迷い、そして、そこに自分の手を重ねた。
    「よし! 決まりだな!」
     よろしく、と軍が笑いかけると、槙も控えめな笑みを見せた。
     そして少年は立ち上がる。
     己の場所へ、踏み出すために。

    作者:零夢 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年9月17日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 14/感動した 6/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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