はじめての灼滅者講座3:仲間と勝利を掴み取れ!

    作者:七海真砂

    ●『予兆』
    「ここは嫌いじゃないけど、『八犬士』も半分しかいないし、ねえ?」
    「そなたの都合なぞ知らん。だがグローバルジャスティス様の為、このような場所でずっとこうしている訳にはいかん……!」
    「それこそ私にはどうでもいい。が、ここでは奴隷を増やす事もままならぬ」
    「じゃあ決まり。いいでしょー? 利害は一致しているもの、手を組みましょうよ」
    「……余の理想国の領域を乱す事は、何人たりとも許さぬ」
    「はいはい。あなたの所じゃ何もしないわ。あなたの所では、ね」
    「異論はない。……さて、誰に首輪を嵌めるべきか……」
    「ゲルマンパワーの総力を挙げて! グローバルジャスティス様に栄光あれ!」

    ●放課後の教室にて
    「皆さん、お集まりくださって、ありがとうございます」
     五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は集まった灼滅者達にお辞儀をすると、『ソウルボード』に向かって欲しいのだと告げた。
    「人間の精神世界にしてダークネス『シャドウ』の住処でもある、あのソウルボードか?」
    「はい。シャドウを宿敵とするシャドウハンターの皆さんには縁の深い場所ですが、他の方には、あまり馴染みの無い場所かもしれないですね」
     首を傾げる白鷺・鴉(高校生七不思議使い・dn0227)に、姫子は頷き返してそう続ける。実際、鴉はソウルボードの存在こそ知っているが、実際に入った事は一度も無いという。
    「そのソウルボードに関連した異変が起こっているのです。武蔵坂学園は『プレスター・ジョンの国』という謎の多いソウルボードを日頃から調査しているのですが……」
     プレスター・ジョンの国。その入口は、武蔵坂学園で教師をしている『大津・優貴』先生の胸元にある。先生の胸には、一部の灼滅者だけが見える不気味な『痣』があり、これが見える人だけが痣に触って優貴先生のソウルボードからプレスター・ジョンの国に行ける……のだが。

    「実は、優貴先生が突然倒れてしまったのです。優貴先生が昏倒してしまう事は、今までも時折あったのですが……今回は、いつもとは違い、とても大きな異変を伴っています。一部の人だけにしか見えない胸元の不気味な痣が、誰にでも見える状態になっているのです」
     灼滅者ではない姫子も痣を見たという。先生達にも同じように見えているようだ。
     もちろん、普段その痣が見えない灼滅者の目にもハッキリと痣が見えている。
     当の本人である優貴先生は、意識を失ったまま、ずっと苦しげに呻いているという。
    「なるほど、優貴先生に起こった異変の原因を突き止め、先生を救い出して欲しい……そういう事か。では予知で得られた情報を教えて欲しい」
     鴉は頷くと、姫子の発言を促す。
     エクスブレインと呼ばれる予知能力者の1人である姫子なら、その力で事件に関する情報を得ているはずだ……が、姫子は申し訳無さそうに首を振った。
    「優貴先生の状況について、私達エクスブレインは何の予知を得る事もできませんでした。何か大きな力で、予知が遮られてしまっている感じがするのです……」
    「なんだと……!?」
     鴉は思わず立ち上がる。エクスブレインに予知できないとは、二重の意味で事件だ。
    「予知できない原因は、ハッキリとはわかりません。ただブレイズゲートの内部が予知できない感覚と似ていますので、同じような理由なのでは……というのが私達の推測です。推測でしかありませんが……」
     誤解を与えないように、と思っての事なのか、おそるおそる姫子は口にする。
     ブレイズゲート内部では、様々な異常現象が発生すると言われている。建造物の迷宮化、それに内部にいるダークネスの分裂弱体化や強大化……優貴先生から繋がるプレスター・ジョンの国でも、そうした異常現象が加速しているのだろうか?
    「なるほど。しかし先生をこのままにはしておけないな。……俺達も、苦しんでいた所を助けて貰ったばかりの身だ。同じように苦しんでいる先生を救うことで、助けて貰った恩返しをしようじゃないか」
     直接恩を返すばかりが恩返しじゃないだろうさ、と鴉は笑う。それにこの学校に来てから、皆には世話になってばかりだ。力になれるのであれば、ぜひ力になろうと鴉は言う。
     それは新入生に限らない。優貴先生から直接授業を受けた生徒は大勢いるのだ。
     先生だって、同じ武蔵坂学園の仲間。このままにしておくなんて、できるはずがない。

     そんな灼滅者達を見て、姫子は、できるかぎりの助言をしようとする。
    「内部がブレイズゲートと同様なのだとしたら、ブレイズゲートを同じ方法で調査するのが良いかもしれません。迷宮内で行動しやすく、万が一の場合にも撤退しやすい『4人1組』でチームを組むのが、ブレイズゲートでの基本的な方針になっています」
    「なるほど。少人数のチームで仲間と協力しながら任務に当たるのか。それは良さそうだ。単独行動は危険だが、大人数すぎて身動きが取れなくなっても良くないからな」
     納得した様子で鴉は頷く。といっても、急に4人でチームを作るように言われても困るかもしれない。そういう人の為に、姫子がくじを準備するそうだ。
    「チーム決めで悩む時間が勿体無いですからね」
    「確かにそうだな。では俺もくじを引かせて貰おう」
     そう言って、鴉はくじ引きの列に並ぶ。
    「あ、お友達やクラブの仲間、クラスメイトなどの知り合いでチームを作っても大丈夫です。ただリストを作りたいので、そういう場合も誰とチームを組んだかは教えてください」
     このような状況だからこそ、それは大事な情報になるだろう。
    「プレスター・ジョンの国を訪れた経験がある人も多いと思いますが、その知識がどれだけ役立つかは不明です。完全に違う場所になっているとも考え難いので、基本的な構造や遭遇する主な敵は、今までと一緒だとは思うのですが……。後は、現地で直接確かめて頂くしかありません。どうか皆さんの力をあわせて、優貴先生を助けてください。皆さん、よろしくお願いします」
     すがるように頼む姫子に、任せておいて欲しいと胸を張って、灼滅者達はチームを組むとプレスター・ジョンの国へ向かおうとする。

     その時。
    「……今のは……」
    「? どうかしましたか……?」
     灼滅者達は、不意に謎めいた予兆を見る。ただ一人だけ意味を理解できない姫子が、不思議そうに、そんな皆を見ていた。


    ■リプレイ

     おいで、おいでよ、と呼ぶ歌が聞こえる。
     美しい歌が、こっちにおいでと呼んでいる。何もかも、すべて曝け出して、欲望のまま共にいきましょうと。
    (「あの子達は、いつも、これと戦っているのね」)
     これが何なのかを正しく理解できていることが、大津・優貴の幸運だった。この不安定さに晒されながらも戦い、抗う教え子達の姿を、優貴はずっと見ていた。
     だから優貴はこの場所に逃げ込んだ。敵の目から逃れられて、なおかつ、あの子達なら必ず来てくれるであろう、この場所に。
    (「大丈夫。私にも耐えられる。大丈夫よ、あの子達が必ず来てくれる……」)
     信じているから優貴は待つ。あの子達が来た時、恥ずかしいところを見せる訳にはいかないと、『闇』を毅然と払いのけながら。
    (「私は、みんなの先生なんだから……!」)
     歌声が苛立つ。声量が増す。闇へ傾きそうになるのを優貴は気丈に耐えた。たくさんの温かいものが、絶対に自分を守ってくれると信じていたから。

    ●ソウルボードの奥へ
    「やはり諸君も見ていたか」
     チーム分けをして4人ずつに分かれていく灼滅者達の話題は『予兆』のことで持ちきりだった。鳳蔵院・景瞬(破壊僧・d13056)は、あれこそがバベルの鎖が時に見せる、謎めいた予兆の光景なのだと新入生達に語る。
    「予兆によると、ダークネスが結託して何かを起こそうとしている、というのがわかるな。先生の異常もそれが原因かもしれない」
    「あれは『大淫魔スキュラ』『ご当地幹部ゲルマンシャーク』『絞首卿ボスコウ』でしょうか」
     予兆で耳にしたいくつかの単語から、そう静闇・炉亞(刻散世壊・d13842)が挙げた名に、間違いないだろうと先輩達が頷く。
     八犬士といえば、彼らを配下にしていた『大淫魔スキュラ』が思い浮かぶ。
     奴隷や首輪といえば、相手に首輪を嵌めて支配下においてしまう能力を持つ、男爵級ヴァンパイア『絞首卿ボスコウ』の印象が強い。
     また、ご当地怪人の大首領グローバルジャスティスを称え、なおかつゲルマンパワーを駆使する存在といえば、ご当地怪人の中でも強大な力を持つ幹部の1人である、『ご当地幹部ゲルマンシャーク』に違いないだろう。

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    【マスターからの解説】
     ちなみに3体のダークネスについては、それぞれ次のページが詳しいです。

    ●スキュラと八犬士
     http://tw4.jp/html/world/story/st_scylla.html

    ●ご当地幹部ゲルマンシャーク
     http://tw4.jp/html/world/story/st130607.html

    ●解き放たれた奴隷達(絞首卿ボスコウ )
     http://tw4.jp/html/world/story/st_doreivam.html

     他にも、過去の事件一覧や倒した敵などを知りたい時は、次のページが便利です。
     http://tw4.jp/html/world/4-1race-banner.html
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     いずれも、かつて灼滅者によって倒され、灼滅されているダークネス達だ。しかし先輩達は、なぜか彼らの復活を疑っていないらしい。
     それは、そこが『プレスター・ジョンの国』という特殊な場所だからだ。
    「プレスター・ジョンの国っていうのは、今までに倒した敵が出てくる場所ってことでいいのかな?」
    「大雑把に言うとそんな感じなのね。プレスター・ジョンの国は、エッちゃん達に負けたダークネス達の吹き溜まり的な場所なのよー!」
     首を傾げている佐伯・マコト(プラモのマコちゃん・d07541)に、江戸川・越子(自称小江戸の平凡な一般市民・d06524)はうんうん頷き、身も蓋もない説明を付け足す。
    「ただし、そこにいるのは『倒したダークネスそのもの』ではない。我々の灼滅したダークネス達の残留思念に、慈愛のコルネリウスというシャドウが力を与え、このプレスター・ジョンの国に送り込んでいるのだ」
     力を与えられた残留思念は生前同然の外見や戦闘力を持つが、あくまでも残留思念にすぎないと神庭・律(人神覇者・d18205)は語る。本人では無いと、そう語る律の声には少しだけ複雑そうな感傷が滲んだ。
    「倒された本人は、灼滅されて、とっくに消滅して、いて。いるのは、残留思念?」
     なんだかややこしいね、と雨冠・六(殺人忘却鬼・d04660)が呟く。
    「で、ブレイズゲートに出てくるダークネスは『分裂存在』言うて、本来持っとった能力より弱体化されとるんやって。ここにいる残留思念も、そこは一緒や」
     葛葉・蝶子(葛花のお蝶・d25787)が更に説明を加える。
     分裂しているからウジャウジャ現れるけれど、そのぶん1体1体は弱い。かつては数十人、あるいはそれ以上の人数で戦って倒した敵であっても、4人チームで仕留められるくらい弱体化していたりするのだ。
    「ここに限らず、ブレイズゲートはエクスブレインの予知がほとんどきかないの。それもあって、撤退しやすい4人以下での侵入が推奨されているわ。1人で行ってもいいけど、他の灼滅者と協力した方が戦いやすいから、チームメンバーを探して出かけるのよ」
     結城・むつみ(確かな幸せを悟る娘・d21220)は、普段自分と同じくらいの技量の人に声を掛けたり、メディックをしてくれる人を誘うなど、いろいろな形で他の灼滅者に声をかけて、ブレイズゲートに向かっていると経験談を語る。だから今回もそうなんだ、と新入生達は納得した様子で頷いた。
    「今回みたいに、くじ引きでチームを作ることもできるんだ。知り合いと行くのも頼もしいけど、偶然一緒になった人と行くってのも楽しいもんだよな♪」
     と笑っている九湖・奏(たぬたん戦士・d00804)は、くじ引きで決まったばかりのチームメイトとの出会いを、さっそく満喫している様子だ。

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    【マスターからの解説】
     ここでブレイズゲートの行き方を、おさらいしてみましょう。
     このページの上にあるアイコン、一番右のゲーム解説から4つ左にあるアイコンを押すと、そこがブレイズゲートです。ここに行ったら『仲間を探す』を選んでみましょう。
     色々な条件を設定して、チームメイトを探すことができます。
     特に思いつかなければ、何も入力せずに探しても大丈夫。すると『ランダムメンバー』を選ぶことができます。
     今回、くじ引きをした皆さんは、自分以外の3人のメンバーを『ランダムメンバー』で選んでみたのと同じような状況ですね。

     ここでは、自分のちょっとした設定も変更できます。特に何もしなくても大丈夫ですが、ゲームに慣れてこだわりたい設定ができたら、調整してみてもいいかもしれませんね。
     それから先輩達からのアドバイスを、こちらでいくつか紹介します。
     まずは奏さんから。
    「ブレイズゲートは3人まで仲間を連れて行って、見つけた殲術道具とメッセージを送ることが出来るんだ。でも受け取る側が『連れ出しメール』を『貰う』設定にしておかないと、それらを受け取れないから注意してな!」
     ブレイズゲート探索時は、一緒に行ってくれた人へお礼のメッセージや殲術道具を送ることができます。誰かが送ってくれると、あなたが登録しているメールアドレスに直接お知らせが届くのですが、これを貰わない設定に変えることもできます。
     でも、せっかく誰かがあなたにお礼をくれたのに、見れないと残念ですから、連れ出しメールの設定を変更する時は、特に慎重になった方が良さそうですね。

     それから、いろいろ教えてくれたのがチーム『ワグ』の皆さん。
     ブレイズゲートでは、あらかじめ決めておいた作戦通りに、自動的に戦闘してくれる『AI戦闘』というものがあります。ガンガンいこうぜとか、いのちだいじにとか言ったりするアレです。オート戦闘とか言うこともありますね。サイキックハーツでは、
    「自分のステータス画面の『設定』から行ける『戦法』から、設定ができるぞ」
     ……のように、自分のステータス画面で設定できます。また、
    「ステータス画面の『設定』の『カットイン』で、行動時のセリフやピンナップの設定ができる」
     のように、美術室で作成したイラストを活用することもできます。
     ちなみにセリフはイラストを持っていない人でも設定できるので、イラストがなくても自分らしいセリフを考えて設定しておくと、ブレイズゲートや戦争、ライブハウスへ行った時に楽しいですよ!
    「ブレイズゲートでは感情活性化も有効ですね」
     ステータス画面では、他のキャラクターのことをどう思っているのかを、システム的に設定しておく事ができます。この感情を活性化しているキャラクターとは、戦闘中にコンビネーションという、ちょっぴり有利でカッコいい攻撃の仕方ができることがあります。
     コンビネーションの詳細は、ゲーム解説の『戦いの手引き』で読めるので、そちらを見てみてくださいね。

     それから最後に。
    「サイキックはちゃんと活性化したか?」
     これを皆さんに語りかけたのは敷島・雷歌(炎熱の護剣・d04073)さんです。
     そう、サイキックは活性化しないと使えません。自分のステータス画面の『サイキック』から、活性化するアビリティを設定できるので、一度確認してみてくださいね。
     実は、サイキックの活性化を忘れている新入生さんが結構います。要注意ですよ!
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     準備が完了したチームから順に優貴先生のソウルボードに入っていく。優貴先生は相変わらず苦しげに呻いていて……そんな優貴先生を見つめながら、一部の生徒達が何やら騒がしい。正確には、彼らが見つめているのは例の『痣』が浮かんでいる、先生の胸元というか胸である。
    「あなた達……?」
     優貴先生の体に毛布を掛けて振り返った野々村・志乃(ドリルなら二本ここにある・d15081)からやんわりと睨まれ、周囲の男子生徒達が一斉に視線を逸らした。
    「ほんと、男子って最低」
     もっとハッキリ言い放った高遠・アユミ(高校生人狼・d09875)の言葉もあってか「おっぱいに」「胸を」「胸が」「おっぱい」等々、あちらこちらから上がっていた発言も聞こえなくなる。あやしい動きをしていた手も、そっと下ろされたようだ。
    「見ちゃだめです! 白鷺さんも! 女の人のお肌をじろじろ見ちゃだーめーでーすー!」
    「う、うむ。見ていない、見ていないぞ。俺は見ないし触りもしないので、手でも繋いで一緒に連れて行ってくれ」
     花遊・泉歌(花歌・d29449)の言葉に頷き、白鷺・鴉(高校生七不思議使い・dn0227)は優貴先生に背を向けたまま、くじで決まったチームメイト達へ手を伸ばす。ソウルアクセスの要領ならば、確かにチームメイトの誰かが痣に触れば問題ないはずだ。
     ……もちろん、触るのは『痣』であって、決して断じて胸ではない。胸ではないので男子生徒が触ったって何も問題はない。ないのだが!
    「少しでも効果があるといいけど……」
     辺りに吹く爽やかな風は椿森・郁(カメリア・d00466)が起こしたものだ。魂鎮めの風や防護符で、優貴が楽になってくれると良いのだが……。
    (「見た目に大きな変化は無さそう、かな……。やっぱり、少しでも早く、根本的な原因を解決しなくちゃいけないみたいだね」)
     優貴先生の様子に、唇を噛む郁。その間にもチームが決まった者から順に、続々と灼滅者達は優貴先生のソウルボードへと入っていく。
    「何かあれば、すぐに知らせる」
     姫子と一緒に残る事にした仄崎・玖礼(鈍色の灰煙・d04296)に優貴先生の体は任せて、志乃達も痣の向こう側へと滑り込んだ。
    「ここが先生のソウルボード……迷路とは違うんですね」
     精神だけになってソウルボードに入った東雲・ありす(小学生魔法使い・d33107)は辺りを見回し意外そうな顔をする。ごく普通の空にコンクリートの地面、葉っぱが落ちた後の冬の木……。
    「というかここ、井の頭公園の入口だね」
     不破・九朗(ムーンチャイルド・d31314)も意外そうな顔をするが、優貴先生のソウルボードならおかしな光景では無いだろう。ソウルボードは、その人の精神世界。いつも見慣れている風景が、優貴先生のソウルボードの中にも広がっているのだろう。
     九朗は敵を警戒するが、ひとまず至近にダークネスはいないようだ。
    「……なんか俺ら、人数かなり減ってんな?」
    「確かに。これ突入時の4分の1もいないな」
     ふと狼幻・隼人(紅超特急・d11438)がこぼした疑問に、すぐ隣の二階堂・空(大学生シャドウハンター・d05690)が頷く。
     たとえば彼らのチーム『D HOUND:猟犬』は全員揃っているが、同じクラブの仲間である『D HOUND:迷い猫』の面々は見当たらない。他の灼滅者も同様で、同じチームのメンバーがはぐれるような事は起こっていないが、別チームの顔見知りや友人には姿の見えない者が沢山いる、という状態だった。
    「チームごとに出た場所がバラバラってことかな?」
    「そうみたいだね。あ、ハンドフォンは繋がったよ。もしもし?」
     うーん、と考え込む伊丹・弥生(ワイルドカード・d00710)に頷き返したのは草那岐・勇介(舞台風・d02601)。いくつかのチームに連絡を取ってみるが、他も同じような状況で、いくつかのチームごと全然違う場所に出てしまっているらしい。また、一部のチームはプレスター・ジョンの国にいるという。
    「普段は自動的に入国するはずだから、むしろこちらがイレギュラーか……?」
     あえてソウルアクセスで優貴先生のソウルボードを訪れたシグマ・コード(フォーマットメモリー・d18226)がプレスター・ジョンの国へ向かわないのは当然だろうが、他の面々は何故なのか。何か理由があるのか、あるのなら何故か……。
    「『John-Phone』が落ちていないのも当然ね。ここはウエイストランドどころか、プレスター・ジョンの国ですらないのだから」
     ルウ・イエリヴァル(音探し・d25942)は万が一に備えて、周囲の気付いた点をメモしておく。
    「でもこれ、手分けして優貴先生を探すのには、むしろ好都合かもしれないねぇ」
    「うんっ。チームロリコロ頑張っていこー!」
     とにかく今は優貴先生を助けるのが最優先だ。そういう意味では全然別の場所からスタートする事自体は悪くないはずだ、僕らもチームごとに手がかりを探してみようと、笠井・匡(白豹・d01472)が呼びかける。
     周囲に敵がいないのも、先生を探すには好都合。東堂・八千華(チアフルバニー・d17397)は気合を入れて、割り込みヴォイスで優貴先生に呼びかけ始めた。

    「ここがプレスター・ジョンの国、でいいのかな?」
    「そうそう。多分この辺に……あった!」
     椎宮・樹(高校生神薙使い・d21851)の疑問に頷き返すと、葛葉・蝶子(葛花のお蝶・d25787)は砂塵から『John-Phone』と書かれた一台のスマートフォンを拾い上げた。
     プレスター・ジョンの国に着いた灼滅者達は、先輩達の助言を受けて、まずは自分達のチームが使う『John-Phone』を探す。
    「いつもの『John-Phone』と、特に違う所は無いみたいですね」
     何か変化が無いかチェックしてみる羽柴・陽桜(はなこいうた・d01490)だが、気になる点は見つからない。
    「このブレイズゲートは、王の名前が『プレスター・ジョン』だから、プレスター・ジョンの国と呼ばれています。ボク達がさっき拾った『John-Phone』は、ここにいるプレスター・ジョンに会う為に必要なんですよ」
     黒曜・伶(趣味に生きる・d00367)の説明に、先輩達が真っ先にスマホを探した理由がようやくわかったという顔をする新入生達。プレスター・ジョンと何か話すにも、戦って倒す為にも、『John-Phone』は必要不可欠なのだ。
    「先へ進もうぜ!」
     『John-Phone』を確保したところで、母里・康虎(大学生ファイアブラッド・d09639)は皆に呼びかけると、どのような些細な変化も見落とさないよう、慎重に周囲の様子をチェックしつつ、バネのようにしなる椰子の木を利用して空中の浮島へと飛んでいく。
     その先にいたのは、武蔵坂学園が灼滅してきたダークネスの残留思念達だ。
    「平野君! 平野歯車君だあ!」
     突如として現れた摩天楼。ビルの群れの1つ、その屋上にいる六六六人衆、平野・歯車を見つけて絡々・解(白紙の上・d18761)は駆け寄った。
    「えへへ。ファンでした。名刺交換してください」
    「頂戴いたします。名刺交換なんて何か月、何年振りでしょう……なるほど、探偵さんでしたか」
     角度、名刺を差し出すタイミング、目線……すべてにおいて完璧な名刺交換を繰り出しつつも、どこか黄昏た――ぶっちゃけ暇そうな――様子で、歯車は受け取った名刺を見つめている。
    「ゲルマンシャーク君もファンなので会ってみたいんだけど、居場所知ってます?」
    「いえ、知りません。他の『私』なら見ているかもしれませんが……」
     ここにいる歯車は、あくまでも分裂弱体化した内の1体にすぎない。それ故の発言だろう。
    「おひとつ取材いいですか? 最近こちらの国で何か話題になっている事ってあります?」
     神坂・鈴音(魔弾の射手は追い風を受ける・d01042)がメモを片手に尋ねるが、歯車の返答は溜息ひとつ。
    「いえ。暇なものですよ」
     律義に答えてくれる歯車。本当によっぽど暇なのだろう。撫桐・娑婆蔵(鷹の目・d10859)が、最近この辺りのシマを騒がしている新入り共がいるらしいと噂で聞いて来たのだと伝えるが、それでも歯車の答えは変わらない。嘘をついているというより、本当に何も知らない様子だ。
     プレスター・ジョンの国は広い。この辺りには異変が及んでいないのか……。
    「双海・流一郎にも聞きに行ってみようか」
     石見・鈴莉(偽陽の炎・d18988)が心当たりを提案し、4人は歯車に礼を告げて立ち去る。
     その頃、ミシェル・ルィエ(もふりーと・d20407)達はイフリート『シロガネ』の残留思念を訪れていたが、お土産のクロキバ人形を受け取った彼女も、小首を傾げて首を振る。
    「シロガネ、ボスコウ、しらない」
     その素振りはボスコウ自体を知らない、と言っているように見えた。
    「ああ、どこにいるのかしら? 私の王子様――」
     シルヴァーナ・バルタン(宇宙忍者・d30248)が捜していた六六六人衆『チェネレントラ・フラーヴィ』は、突然広がった埠頭の一角にあった。
     大鋏を抱えて歩いていくチェネレントラと、シルヴァーナは一度手合わせしてみたいと考えていたのだが、戦いを仕掛けるよりも早く、チェネレントラはフラフラどこかへ行ってしまう。彼女の言う『王子様』を探しているのだろう。永遠に。
    「久しぶりだな、羅弦」
     字宮・望(穿つ黒の血潮・d02787)は仲間達とアンブレイカブル・羅弦の元を訪れていた。同じアンブレイカブルのオールド・グレイと並び立つ彼に、久しぶりと呼びかけるのが正しいのか、それともここで幾度も会ったことを呼びかけるのが適切なのか、望自身も決めかねながら。
    「ここの理想王プレスター・ジョンについて、羅弦から話を聞きたくてな」
    「この俺に、戦いではなく話がしたいと言うのか」
     羅弦は少し愉快そうに笑って、相手の事を知りたければ、ただ拳を交えれば良いと語る。
     拳を交わすからこそ理解できるものがあると、羅弦も、そして望も、知っているはずだ。
    「羅弦……ああ、戦い損ねちゃったか。残念だな」
     そして姿を消していく羅弦。機会があれば一度手合わせしてみたいと思っていた龍田・薫(風の祝子・d08400)は残念そうだ。
    「……皆はお前の螺旋が示した先に居る。今でも感謝の念は尽きないな」
     さらば、そしていずれまた。別れを告げて、望は羅弦の消えた断崖の上を去る。
    「いた。オロバスだ」
     正義の味方部の仲間達と先を目指していた白金・ジュン(魔法少女少年・d11361)は、膨大な書物に囲まれた、礼の犬士『オロバス』の姿を見つけていた。
     スキュラが復活しているなら、八犬士と合流しようとするはず。だからオロバスを倒してスキュラとの連携を防ごうと、そうジュン達は考えたのだ。
    「何を企んでるっすか? 聞かせて貰うっすよ!」
     鋼鉄拳を放ちながら白波瀬・雅(光の戦士ピュアライト・d11197)は犬士の霊玉や、同じ八犬士であるシン・ライリーについて尋ねるが、オロバスからの返答は無い。ただ雅がスキュラにとって良くない存在であることは理解したのだろう。魔力を収束させて一気に破裂させながら反撃してくる。
    「答えてくれないなら仕方ないさね」
     ゼアラム・ヴィレンツィーナ(埼玉漢のヒーロー・d06559)はご当地ダイナミックでオロバスを一気に床へ叩きつける。その間に後方からエリザベス・バーロウ(ラヴクラフティアン・d07944)が影でオロバスを飲み込み、敵のトラウマを発現させる。
    「くっ……!」
     オロバスの脳裏にはどのようなトラウマが浮かんでいるのだろう。小さく呻くオロバスを更に追いつめていくジュン達は、瞬く間にオロバスを撃破した。
    「まず1体。分裂弱体化してるダークネスは、数が多いのが厄介ね」
     他のオロバスがスキュラと合流するのを防ぐために、オロバスを1体でも多く倒さなければと口にするエリザベスに頷き、4人は他のオロバスを探して更に進む。
     ここには他にも、孝の犬士『白露のお絹』や忠の犬士『緋影丸』がいるが、いずれも発見された固体は灼滅者達によって次々と撃破されていく。スキュラと合流した固体がいるのかどうかはわからないが、少なくとも、分裂体が全員スキュラの元にいるといった事は無さそうだ。
     かつてゲルマンシャークの配下だったご当地怪人『レディ・マリリン』も、同様の状況にあるようだった。
    「嗚呼、クリスマス爆破男よ……君はなんでダークネスなんだい……?」
     奥を目指す灼滅者達は、いつしか新宿の街並みのような区画に出ていた。そこに現れたダークネスは、まるでサンタクロースのような格好をしたダークネス。その『クリスマス爆破男』と対峙したのは、素顔を隠した一団、RB団である。
     リア充を爆破する者同士が出会い、激しい魂の叫びと共に熱い戦いを繰り広げる。クリスマス爆破男は彼らに任せて先へ進むと、
    「外道丸!」
     新宿駅のような場所に佇む羅刹の男を見つけ、備傘・鎗輔(極楽本屋・d12663)は迷わず駆け寄った。
    「久しぶり。お茶を飲みに来たよ。あのとき『あの世に来たら、俺んとこに遊びに来い。茶ぐらいご馳走してやる』って言ったよね」
    「……誰かと思えば。面白い客じゃねえか」
     鎗輔と、更にその後ろにいる朝倉・くしな(初代鬼っ娘魔法少女プアオーガ・d10889)の顔を見て、外道丸が面白そうに笑う。自分が死んだとき、その直前に戦った2人のことを外道丸は覚えているようだ。
    「ご馳走してやりてぇところだが、茶……茶なあ……」
     辺りを見回す。荒廃した新宿駅には、残念ながら入れそうな喫茶店も、茶葉を手に入れられそうな店も無さそうだ。
    「かわりにコイツで歓迎してやるぜ」
    「ちょっと待ってくださいっ!?」
     外道丸は刺青の刻まれた腕を構え、すぐさま叩きつけてくる。戦うつもりで来た訳じゃないんですよ! とくしなは慌ててそれを避ける。
    「外道丸さん、スキュラとゲルマンシャークとボスコウが何かを企んでいます。今度こそ一緒に戦えませんか?」
     くしなは、外道丸が話の通じるダークネスだと思っている。彼となら交渉の余地があるだろうと思ったからこそ、ここまで来たのだ。
    「ああ……あれか」
    「何か知ってるんですか?」
    「一緒に来いと呼ばれた。新宿を滅ぼそうとした奴とつるむ気はねぇけどな」
     驚いたものの、外道丸の発言にすぐ納得がいく。スキュラはかつて新宿の人々を皆殺しにしようとし、阻止に動いた灼滅者達によって灼滅されている。『新宿防衛戦』での出来事だ。
     新宿歌舞伎町で用心棒をしていた外道丸にとって、その新宿を滅ぼそうとしていたスキュラは、手を組む気になれない相手なのだろう。
    「ここから出て行った奴もいるようだが、俺には関係の無い話だ」
     そして外道丸の刺青が形を変え、八岐大蛇の姿となって一気に襲い掛かる。どうやら外道丸の側は戦いを控えるつもりは無いらしい。どの外道丸に話しかけても、反応は全員同じだろう。残念ながら手を組むのは難しそうだ。
    「紫堂……」
     会いに来た相手と望まない戦いに突入しているのは、桃野・実(水蓮鬼・d03786)も同じだった。
    (「首輪つけられたり、色気にやられたり、グローバルジャスティス様万歳! とか言い出してないのは安心したけどさ……」)
     紫堂・恭也は己の正義を貫き、武蔵坂学園とは異なる戦い方を選んだ灼滅者だ。彼の道は最後まで交わる事なく、恭也は闇堕ちした末に灼滅され、今はその残留思念がここにいる。
    「『恭也』と、どんな関係だったのかは知らないが」
     ダークネス化した恭也はウロボロスブレイドをしなやかに伸ばし、蛇が鋭く牙を突き立てるかのように実を切り裂く。
    「貴様らとも、あの連中とも手を組むつもりは無い」
     ここにいるのはダークネスと化した恭也の残留思念であり、人間だった頃の恭也は、もうどこにもいない。
    「実琴。回復を頼む」
     律は霊犬にそう告げると、自らは胸の奥にある感傷ごと1つの弾丸を作り出し、デッドブラスターを撃ち込んだ。痛みを切り離せるわけではないが、ただまっすぐに恭也を貫く。貫いて、先へ進まなければいけないのだ。
    「くそっ、何も……何も思い出せぬ……!」
    「……知識は、戻りませんか」
     恨みと辛みを吐き出す、ソロモンの悪魔『アモン』の姿は、片倉・純也(ソウク・d16862)の目には普段通りに映った。自分をデモノイド化させようとした折に持っていた知識も記憶も、今のアモンは持ちえていない。
     アモンもまた、ボスコウ達の支配下に置かれてはいないらしい。だがそれについての警告を発する間もなく、襲い掛かってくるアモンとの戦闘に突入する純也達。
    「三度ぶりだな、ユーリウス」
     新沢・冬舞(夢綴・d12822)達は、ノーライフキング『ユーリウス・ゲルツァー』と遭遇していた。残留思念の残滓となっても、なおユーリウスは灼滅者を倒そうと襲い掛かってくる。師走崎・徒(春先ランナー・d25006)は素早く天魔光臨陣を敷き、その援護を受けながら黒澤・零(内に秘めたる炎・d24233)はレーヴァテインをユーリウスに叩きつけた。
    「なんでアンタだけ、残留思念の残滓になっても、ここまで戦える力を持ってるんすか?」
     ガトリングガンを連射しながら獅子鳳・天摩(謎のゴーグルさん・d25098)は疑問をぶつける。
     慈愛のコルネリウスから力を与えられた残留思念の中には、このプレスター・ジョンの国へ来る前にエクスブレインの予知で存在を感知され、灼滅者達によって再度倒されている者もいる。が、そうした残留思念は皆、ここでは戦える程の力を有していないものばかりのように見える。
     唯1人ユーリウスだけ、こうして灼滅者と戦い、隙あらば殺そうとしてくるのだ。
     彼らとユーリウスの違いは一体何なのか。どこにあるのか。しかし天摩の問いに答えは無い。敵に答えるつもりなど無いのか、あるいはユーリウス自身も知らないのか……。
     答えは誰にも分からないまま、分裂弱体化し、無数にいるユーリウスの1体を冬舞達は倒す。
    「ちょうどお茶がしたい気分だったから嬉しいな」
     そして、今このプレスター・ジョンの国で『異変』に遭遇している者がいるとしたら、それは神鳳・勇弥(闇夜の熾火・d02311)達、ということになるだろう。
     街の一角で嬉しそうに笑っている女。それは、かつて灼滅された六六六人衆『立花・ゆゆ子』の残留思念だ。
     ゆゆ子と勇弥の何気ない雑談を壱越・双調(倭建命・d14063)は後ろから見守る。ゆゆ子の姿はこれまでプレスター・ジョンの国では目撃されていなかったが、彼女もやはり、ここへ来ていたらしい。
    「でもごめんね」
     ゆゆ子はタンブラー片手に、もう反対の手でどこからともなく例のアイスピックを握ると、凄まじい速さで勇弥の頚動脈を裂こうとしてくる。
    「私やっぱり六六六人衆の本能には勝てないみたい」
     三國・健(真のヒーローの道目指す探求者・d04736)はすぐさまソニックビートでゆゆ子の動きを牽制し、御納方・靱(茅野ノ雨・d23297)がクルセイドスラッシュで守りを固めながら前に出る。
     ゆゆ子も分裂弱体化しているのだろう。かつて戦った時のような強さは感じられない。勇弥は炎に包まれながら倒れていく彼女を、そっと見送った。
    「……城に着いたか」
     ガラスの階段を登りながら、夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486)は呟いた。浮遊大陸の中央に浮かぶ、絢爛豪華な城へと繋がる階段。この先にいるのは、理想王プレスター・ジョンと、彼に仕える兵士達。
     彼女が『ここにいない』ことを確かめたかったダークネスには、ここまで遂に会う事は無かった。
     それが直接『ここにいない』という証明になるとは限らない。他の灼滅者も含め、誰一人として彼に偶然出会わなかっただけなのかもしれない。
     願いは叶ったのか、叶わないのか。それでも少しだけ治胡は安堵する。
     三雨・リャーナ(森は生きている・d14909)や崇田・悠里(旧日本海軍系ご当地ヒーロー・d18094)が探していた京ナースちゃんも、誰も見た者はいなかった。
    「ベレーザ・レイドも、来ていないのかしら……」
     『軍艦島攻略戦』で灼滅したばかりのソロモンの悪魔『ベレーザ・レイド』の姿を探していた漣・静佳(黒水晶・d10904)も、彼女を見つけることなく城まで来ていた。何か理由があるのか、たまたまなのか。静佳は思わず考え込んでしまう。
    「スキュラ、ゲルマンシャーク、ボスコウ。……あるいはコルベインも、と思いましたが」
     羽場・武之介(滲んだ青・d03582)が危惧していたノーライフキング『蒼の王コルベイン』も、姿は見当たらなかった。強力なダークネスの残留思念すら送り込まれてくる中、コルベインの姿が無いことに理由はあるのだろうか。
    「John-Phoneをお持ちの方でしたか。ならば王がお会いするのは理想的必然。どうぞ、こちらへ!」」
     ともあれ城に辿り着いた灼滅者達が『John-Phone』を見せると、城門にいた兵士は皆を城の中へと案内する。導かれた謁見の間にファンファーレが響き渡ると、まばゆい光と共に、プレスター・ジョンが現れた。
    「よう、理想王さんよ。景気はどうだぃ? 何か変わったことがあったみてぇだが」
     片手をあげて、早速話しかけたのは型破・命(金剛不壊の華・d28675)。その言葉にプレスター・ジョンは「ふむ」と考え込んだ。
    「興味深い。汝らは余と、既に謁見した経験があると申すのだな。それも今は、常とは異なる状況に在ると」
     ここにいるプレスター・ジョンも分裂体の1つに過ぎない。彼にとって灼滅者との謁見は初めてであっても、灼滅者に取っては違う。その差異が彼には興味深いようだ。
    「そうだ。大淫魔スキュラ、ご当地幹部ゲルマンシャーク、絞首卿ボスコウを見かけなかったか?」
    「……あやつらか。名は知らぬが迷惑な事だ」
     月見里・月夜(三ロうわぁ豆腐が襲ってくる・d00271)の問いには思い当たる事があるらしく、不愉快そうに眉を寄せ、吐き捨てるように呟いた。
    「迷惑? 何があった?」
    「余の国を否定した挙句、幾許かの住民を奪って何処かへ去りおった。国の入口で喚いた程度では、連れ去れた住民の数も高が知れるだろうが……コルネリウスの『慈愛』の見境の無さも呆れたものよ」
     この口ぶりだと、スキュラ達の目的や行方を彼は知らないだろう。シャーティ・アインソール(セクシーリトルガール・d28991)は、かわりに優貴先生のことを尋ねてみる事にした。
    「プレスター・ジョン様、優貴先生とこの国を繋げた理由は何でございますの? 数ある武蔵坂の関係者の中から、優貴先生にこだわる理由を教えて頂けますでしょうか?」
    「? 何の話だ」
     相変わらず眉を寄せたままのプレスター・ジョンだが、それは不快というより意味が分からないといった様子に見えた。あっ、と気付いた先輩達が、優貴先生とその胸の『痣』について説明すると、
    「成程。それは余が関与したものではない。人間の精神世界たるソウルボードは、その奥底で全て繋がっている、という説がある。その女教師のソウルボードに余の国が直結してしまったのは、恐らく単なる偶然であろうな。コルネリウスの許しにより余の国が強まった、その余波を受けたのであろう」
     プレスター・ジョンは少し思案すると、そう丁寧に説明してくれる。彼の側からすると『たまたま』としか言いようがなく、理由なんて物も存在しない。それがプレスター・ジョンの返事だ。
    「でも、その優貴先生が苦しんでいるんです。おそらくソウルボードに原因があると僕らは考えています。理想王、優貴先生を救うための手段を、何かご存知ありませんか?」
     いつになく苦しむ優貴先生を救う方法を、彼ならば知っているのではないか。藁にすがるように頼む来須・桐人(十字架の焔・d04616)の声に、プレスター・ジョンは再び口を開く。
    「それも原因は余の国ではあるまい。汝らの話が本当なら、この国を去った奴らが向かった先は、その女教師のソウルボードであろう。そしてソウルボードは脆い」
    「あっ……」
     シャドウハンターである霞代・弥由姫(忌下憬月・d13152)は、プレスター・ジョンの言葉が何を意味するのか即座に悟った。
     ソウルボードを渡るダークネス『シャドウ』は、人間のソウルボード戯れに荒廃させ、蹂躙する。そして被害にあった人間は容易に衰弱し、やがては死に至る――ソウルボードはいくらでも壊れてしまうものなのだ。弥由姫も、それをよく知っている。
     スキュラもゲルマンシャークもボスコウも、シャドウではない。しかしプレスター・ジョンの国を通じてソウルボードに入り込める、この特異な状況下で……彼らが優貴先生のソウルボードに配慮するとは、到底思えなかった。
    「ではスキュラ達を倒せば……!?」
    「害為す者が無ければ、その女教師の状態は安定するであろう。害意の無い者が立ち入る分にはソウルボードへの影響は無い。汝らが、その女教師のソウルボードに入るだけならば、何一つ悪影響は及ぶまい」
     灼滅者達が優貴先生を救うためにソウルボードへ入るのは何の問題も無い、とプレスター・ジョンは保証してくれる。もちろん所詮ダークネスの言うこと、頭から信じるべきではないかもしれないが、
    「……余としては、その痣とやら今後、金輪際放置してくれる方が良いのだが」
     面白く無さそうにプレスター・ジョンが言う。彼からしてみれば、こうわんさかと灼滅者がやってきて、彼の国の住民を倒しまくっているのだから、迷惑極まりないという心境だろう。灼滅者達が来なくなるのであれば、その方が嬉しいに違いない。
     もっとも、日頃から優貴先生が時々意識を失っているのは『このプレスター・ジョンの国の力の余波を受けて倒れているから』だと知っている先輩達からすると、そうする訳にもいかないのだが。
    「……ねえ理想王。ここにはダークネスがたくさんいるんですのね」
     ふと、そんなプレスター・ジョンに向かって、鎹・りね(中学生シャドウハンター・d28733)が口を開く。
    「……ボクの中のダークネスと一緒に生きる。そんなねがいを叶えられる場所……理想王は知らないです?」
    「ほう」
     プレスター・ジョンはその問いを聞き、とても興味深そうにりねを見た。りねの内にいるダークネスが何なのかを探るかのようにじっと見つめ、そして答える。
    「実に面白い……。だが闇の傍らに在るには、全き光であらねばならない」
     その言葉に、謁見の間にいた灼滅者達は、思いがけず息を飲んだ。
     まるでダークネスと一緒に生きることができると、そう言っているようではないか。
    「全き光で在り続けることは、人非ざる存在になること。想像を絶するほど大きな苦痛を永劫に伴うだろう。汝に、その覚悟があるのか?」
    「まったきひかり、に、なる覚悟……」
     りねは、幸せだったあの頃を思い返して、ぎゅっと胸を押さえながらプレスター・ジョンの言葉を噛み締める。
     それが具体的に何を意味するかはわからない、けれど――。
    「なかなか面白いものを見た。礼に1つ教えてやろう。余の国とソウルボードが直結しているのであれば、その女教師は余の国の力の余波も受けるに違いない。今此処で余を倒せば、一時的に余の国の力は弱まり、女の症状を和らげることができるだろう」
     やってみるがよい、とプレスター・ジョンが促すのと同時に、彼の国の住人となったダークネス達が現れ襲い掛かってくる。
    「では有難く、そうさせて貰うわね」
     刑ヶ原・殺姫(ラジカルキラー・d10451)はすぐさまヴェノムゲイルを放つ。今回の直接の原因はスキュラ達だとしても、この王様だって優貴先生に良い影響を与えているわけではないのだ。話が済んだらいつものように、また倒すつもりでいた殺姫の反応は素早かった。
    「結局こうなるの!? もうこんな物騒なオフ会は嫌だおうちかえるー!」
     本間・一誠(禍津の牙・d28821)は敵の出鼻をくじいて何とかしようと弾丸をばら撒くが、敵は構わず距離を詰めてくる。海弥・障風(障り毒祟り風・d29656)はその中の1体をレッドストライクで殴り倒した。
     障風としては歓喜のデスギガスやタロットについても尋ねてみたかったのだが、もはやプレスター・ジョンは何かを語るつもりは無いらしい。
    「3人の意味深なボスの前に……消えてもらうよ!!」
     そうであれば、後は一刻も早く決着をつけるだけ。そう南野・まひる(猫と猫と猫と猫と猫と猫と猫と・d33257)が放った矢の援護を受け、更に努力・星希(中学生デモノイドヒューマン・d33649)は螺穿槍を繰り出しながら力を高めると、今度はスターゲイザーを叩き込んだ。
    「アタシ達、先生を助けなくちゃいけないものね」
     うんうんと頷いて、田所・一平(赤鬼・d00748)もフォースブレイクを繰り出す。プレスター・ジョンが反対に放ってきた光線はウイングキャットの燐火が受け止め、その間に拳を握った斉藤・歩(雷の輝光士と火猫・d08996)が間合いを詰めた。
    「見事。だが、余は『理想王』。この理想国の現身なり。理想集いし時、再び相見えようぞ……」
     その一撃にプレスター・ジョンの姿が無数のトランプのようにバラバラと飛び散り、そして消えた。灼滅者達はそれを見届けると、すぐさま来た道を引き返すべく走り出した。

    ●ゲルマン天文台通り
     優貴先生のソウルボードに移動した灼滅者の中の一部は、少々戸惑う光景に直面していた。
    「……ここ、天文台通り……だよね……?」
     彼らの記憶が確かなら、ここは東京都道123号境調布線――天文台通りキャンパスのすぐ傍にある、いわゆる天文台通りのはず……なのだが。
     天文台通りは赤と黒と黄色で飾り立てられ、あちこちに鷲の紋章とかが掲げられ、そしてソーセージを焼く美味しそうな匂いがこれでもか! と漂っていた。
    「お腹が空いてきましたね……浜松の餃子が食べたいです。物凄く食べたいです」
    「坊主、そんなに腹が減っているのか。可哀相に」
     そんな天文台通りを、大きな溜息をつきながらチームメイト達と歩いていた雨月・ケイ(雨と月の記憶・d01149)を見て近寄ってきたのは、餃子の頭を持つご当地怪人『浜松が勝つ!』だった。
     餃子の話をしていれば、向こうの方からやってくるのではないか――という作戦は、見事成功したようだ。
    「ホラ、これを食え。ザワークラウトをたっぷり混ぜ込んだ『ゲルマン浜松ぎょうざ』だ。美味いぞ」
     今はゲルマン怪人を名乗っているらしい。これはもう間違いなくゲルマンシャークの部下だろう。
    「すごい! グローバルジャスティス様に栄光あれ!」
     とりあえず叫んでみたのは鬼海・碧斗(雪魄・d07715)。あからさまに棒読みではあるが、その反応にゲルマンぎょうざ怪人は満更でもなさそうな様子だ。
    「グローバルジャスティス様も素晴らしいですが、ゲルマンシャーク様も素晴らしいですね。そういえば最近、ゲルマンシャーク様が現れたと聞きました。どこにいらっしゃるか、ご存知ですか?」
     ぜひお会いしたいのですが、とルエニ・コトハ(スターダストマジシャン・d21182)が丁寧に言葉を尽くすと、殊勝な心がけだと頷いた怪人は「あちらのゲルマン神輿の上に乗っていらっしゃるぞ!」とあっさり教えてくれる。
    「神輿……」
     微妙な単語が飛び出してきたが、ともあれ狙い通りにゲルマンシャークの所在が知れたことに、マリーアンヌ・フィロッゾ(月光・d17163)と火之迦具・真澄(火群之血・d04303)は、そっと視線を交わしてほくそ笑む。
    「グレート定礎、様にも会ったけど、ゲルマンシャーク様はグレート定礎様を探しているのかな?」
     ぎこちなく様付けでグレート定礎の事を呼びつつ、投げかける糸木乃・仙(蜃景・d22759)だが、ぎょうざ怪人は怪訝そうに首を傾げる。
    「グレート定礎様……はて? ゲルマンシャーク様はゲルマン化を進めよ、とは申されていたが……」
     どうやら特にそうした命令は受けていないらしい。
     ゲルマンぎょうざ怪人はゲルマン餃子の布教に成功して機嫌が良いのか、親切にもゲルマンシャークの元まで案内してくれるという。有難く道案内して貰うと、すぐにドイツ風の神輿に乗ったゲルマンシャークが見えてきた。残留思念だからか状況が違うからなのか、巨大化はしていないようだ。
    「む?」
     ゲルマンシャークも灼滅者達の接近に気付く。途端にゲルマンシャークの顔色が変わった(厳密には顔色とか分からない顔をしているので、そんな気がしただけだが)。
    「灼滅者……武蔵坂学園か!」
     ソウルボードに普通の人間がいるはずもなく、そして灼滅者なら自分を殺した武蔵坂学園だろうと連想するのは至極当然の思考だろう。
    「そんなあなたは、スナイパー総攻めトラウマ漬けにされて、光となったゲルマンシャークではありませんか!」
    「ええいうるさい!」
     生前のゲルマンシャークの末路について語る立花・銀二(黒沈む白・d08733)の言葉を一蹴するゲルマンシャーク。
    「僕達がもう一度インドーをわたしてやります! ドイツ怪人なのにインドー! 悔しいでしょう!」
    「黙らんか!」
     ゲルマンシャークは顔のプロペラを高速回転させると、発生させた竜巻を銀二に思いっきり叩きつけた。多分、悔しかったんだろう。
    「先輩、すぐ回復するね」
     桜火・カズヤ(キャンディドギィ・d13597)が集気法で集めたオーラが、すぐさま癒しの力となって銀二の傷を回復していく。その間に齋藤・灯花(麒麟児・d16152)はブレイドサイクロンで周囲のゲルマンぎょうざ怪人ごとゲルマンシャークを攻撃していく。
     片桐・公平(二丁流殺人鬼・d12525)はガンナイフを構えると、更に援護射撃を放つ。
    「あなた方が崇拝するグローバルジャスティス。何者か興味がありますね。教えていただけませんか」
    「偉大なお方である。……敵にグローバルジャスティス様の情報をホイホイ渡すはずがあるまい!」
     ゲルマンシャークの杖からパンツァーファウストが放たれ、灼滅者達の前衛で爆ぜる。牧野・春(万里を震わす者・d22965)は情報を賭けて戦わないかと申し出るが、ゲルマンシャークは詳細を聞く前に拒絶した。
    「取引は、相手が誠意を持って応じるという信頼があるからこそ成立するものだ。我らの間に、そのような関係が一度でも築かれた事があったか?」
     なるほど、確かにその通り。
    「じゃ、もう1回倒させてもらうにゃー!」
     遠間・雪(ルールブレイカー・d02078)は交通標識を赤色に変えると、思いっきりゲルマンシャークをぶん殴った。江藤・鈴菜(新米デモノイドヒューマン・d29788)と霊犬『雪風』がすぐさま前へ進み出て、防衛線を敷き、更に啄身・言葉(織月・d01254)がヴァンパイアミストで仲間の力を高める。
    「ゲルマンパワーを高めるための神聖な儀式を邪魔すると言うのか……お前達! グローバルジャスティス様に仇為す灼滅者を片付けるのだ!」
    「はっ!」
    「了解しましたゲルマンシャーク様! あ、下ろしますねコレ」
     怪人達はゲルマンシャークを乗せた神輿を置くと、さっそく灼滅者達に襲い掛かった。次々と繰り出されるキックやビームに、回復は任されたと戯・久遠(悠遠の求道者・d12214)はワイドガードを展開する。
    (「ゲルマンシャークが1体しかいない……?」)
     山ほどいるロシアンぎょうざ怪人と違って、ゲルマンシャークは1人しかいないことを加賀・琴(凶薙・d25034)は不思議がる。ブレイズゲートで分裂弱体化されたなら、もっとたくさんのゲルマンシャークがいるはずなのに。
     それどころか、ゲルマンシャークはまるで生きていた頃と大差ない力を有している程にすら思える。
    (「まさか。分割存在じゃないのか?」)
     もしそうなのだとしたら、納得がいく。
     川原・咲夜(吊されるべき占い師・d04950)がざっと見たところ、配下はプレスター・ジョンの国にいる『浜松が勝つ!』ばかりのようだが、これもなぜ、ブレイズゲートであるはずのプレスター・ジョンの国から、ぎょうざ怪人達が出て来れたのか疑問だ。一度ブレイズゲートに囚われてしまったら、もうそのダークネスは外に出られないはずなのに……?
    「理由はわからねぇが、とにかく倒すしかないな」
     ゲルマンシャークとの間合いを詰めて、サイラス・バートレット(ブルータル・d22214)はスターゲイザーを叩き込んだ。彼と入れ替わるように進み出て、稲荷坂・里月(迷子の殺人鬼・d13837)はティアーズリッパーでゲルマンシャークを切り裂く。
    「……そちらに覚えはないかも知れませんが」
     咲夜にとって、ゲルマンシャークは宿敵以上に宿敵と呼べそうな相手であった。かつてグリュック王国で強制的にゲルマンパワー注がれて闇堕ちしてしまったことを咲夜は決して忘れていない。
    「いえ所詮、ヒーローショーの舞台袖に消えた敗戦国さん相手です。今更どうこうしようとは思ってません。……ただ、八つ当たりに付き合って消えろナチ鮫野郎!」
     元上司への複雑な感情を詰め込んで、咲夜は妖冷弾を叩きつけた。
    「ゲルマンシャーク……お前の好きにはさせない!」
     因縁があるという点では、不知火・レイ(星に誓いを・d01554)もまたそうだった。かつて朱雀門高校のデモノイドロードとして、ゲルマンシャークの元で活動していたレイにとって、その過去こそが許せない出来事。自分で自分が許せないからこそ、ゲルマンシャークの更なる悪事は止めてみせると、DMWセイバーでゲルマンシャークの腕を切り裂いた。
    「レイさん、背中は任せて」
     敵の死角を潰すように布陣し、桃宮・白馬(雄猫魔獣剣士・d01391)はDESアシッドを飛ばす。赤衣・緋世子(大学生ストリートファイター・d02849)は彼らを援護するようにディフェンダーにつくと、夜霧隠れを辺りに展開する。
    「回復は心配すんな! 存分に暴れてこいよ!」
     そんな彼らの後ろから、紅月・チアキ(朱雀は煉獄の空へ・d01147)は清めの風を吹かせて、先ほどの爆発で負った傷を癒していった。
    「じゃあボクらはぎょうざ怪人の方を引き受けようかな」
     押出・ハリマ(気は優しくて力持ち・d31336)は除霊結界を展開し、周囲のロシアンぎょうざ怪人達を一気にまとめて攻撃していく。
     敵の数が多いなら、複数の敵を同時にまとめて攻撃できるサイキックを使うと便利になる。敵の数が減ったら特定の敵だけを攻撃するサイキックを使うように変えていくなど、うまく使い分けるのが良いと思う、とハリマ達は周囲の新入生達にアドバイスするのも忘れない。
    「お互いのポジションを生かして協力するのもチーム戦のコツだな」
     一・威司(鉛時雨・d08891)達のチームは、今まさに怪人達との戦いで、それを実践しようとしていた。アツアツの餃子をひっくり返すような動きで武器を繰り出してくる怪人に対し、威司はがっちり守りを固めて身構え、それを受け止めた。
    「前衛か中衛の仲間がいれば、近射程のサイキックは後衛まで届きません。特にディフェンダーの方と組めば、攻撃を受ける危険性が減るので、安心して戦えますよ」
     スナイパーの位置についた荒谷・耀(神薙ぐ翼の巫女・d31795)は、よく狙ってレイザースラストを放ちながら、そう解説する。ディフェンダーは守りを固めた上で、更に仲間をかばってくれる事もある。不安な時は後衛で戦い、先輩に援護して貰うのも作戦の選択肢になるだろうと語る耀に、多くの新入生達が「なるほど」と感心した様子で頷いた。
    「あとは見切られないように気を付けて、命中しやすそうなサイキックを選んで……」
     シルヴァン・メルレ(トワイライトは斯くして遊ぶ・d32216)はリングスラッシャーを射出し、敵へぶつけていく。
    (「『コード』についての情報を何か得たいところだが」)
     西原・榮太郎(霧海の魚・d11375)はクルセイドスラッシュを放ちながら思案するが、ゲルマンシャークはおそらく対話は拒否するだろう。機があれば……とは思うものの、ゲルマンシャークはガンガン灼滅者達を攻撃していて、会話になりそうな感じはあまりしない。
    「クリスマス気分をタップリ味わせてあげマス!」
     エアライドで建物の上からくるくる回転しつつ落ちてきたサンディ・グローブス(みならいサンタクロース・d11661)は、荒ぶるサンタのポーズを取りながらゲルマンシャークと向き合う。そんなサンディがフォースブレイクを叩き込む間に、椛・深夜(月星虹・d19624)は九字を唱える。
    「くっ……賠償金……敗戦……なんというデジャブ……!」
    「再びトラウマを味わっているようだな……!」
     その様子に笑みを覗かせる卦山・達郎(一匹龍は二度甦る・d19114)。面白いやつだなー、とリュータ・ラットリー(おひさまわんこ・d22196)もどこか感心した様子で見つめている。と、
    「なんてこと! ゲルマンシャーク様、いまお助けしますわ。行くわよワタクシ達!」
     そこに現れたのは、北海道阿寒湖のご当地怪人である『レディ・マリリン』の軍団だった。何人もいることから、どうやら分裂弱体化したレディ・マリリンの一部が、プレスター・ジョンの国を抜け出したようだが……。
    「プレスター・ジョンの国はブレイズゲートのはず……なんで出られたっす?」
     ぎょうざ怪人といいマリリンといい、何がどうなっているのだろう。華渓院・実誉(赤城の元気巫女・d04876)達は訳が分からずに難しい顔をする。
    「フフフ、ゲルマンシャーク様への愛が奇跡を起こしたのよ」
    「ホーッホッホッホ! ワタクシ達のゲルマンシャーク様への愛を、甘く見ないで頂戴!」
    「ワタクシ達とゲルマンシャーク様の邪魔はさせないわ!」
     レディ・マリリンはうっとりと、あるいは高笑いをし、灼滅者達へ襲い掛かってくる。
     彼女達の言動だけでは、何故プレスター・ジョンの国から出て来れたのかは分からない。ただ、おそらくゲルマンシャークの復活という特異な状況と、何らかの関係があるのだろう。
     もしレディ・マリリンが自分の力だけで出てこれるのだとしたら、これまで出て来なかった理由が謎だ。もっと以前から、プレスター・ジョンの国の外まで出て来ていたに違いない。
    「うーふふー、血達磨サービスの押し売りですよー?」
     そうであれば、ゲルマンシャークごと倒してしまえば事態は解決だ。紅咲・灯火(血華繚乱・d25092)は今なら出血流血大サービスだと結界糸を繰り出す。更に針ヶ丘・ヒロ(ブルービート・d17658)がDESアシッドでマリリンの僅かな衣服を素肌ごと腐食させた。
    「くううっ!」
    「ゲル、マン、シャーク……様」
    「ああっ! ワタクシが早速やられましたわ!?」
     分裂弱体化しているだけあって、数はそこそこいるものの、決して強い相手ではない。マリリン達は次々とマリモ爆弾を放ってくるが、
    「ケタケタさん、止めるっすよ!」
     予め守りを固めていた日与森・モカ(ツギハギさん・d29085)は霊犬と共に、それらの攻撃をどんどん受け止める。盾に盾を重ね、不利な効果への耐性も高めていたモカ達に、マリモ爆弾は大した被害にはならなかったようだ。
    「そんな! 天然記念物マリモの力が及ばないだなんてっ!?」
    「分裂弱体化サマサマって感じだね」
     すぐにベルベット・キス(偽竜の騎士・d30210)はモカ達の傷を癒し、妖の槍をくるくる回して身構える。敵とはいえ、お姉さんを攻撃するのは少々胸が痛まないこともないが、それでも敵は敵。ベルベットは殲術執刀法で、あっという間にマリリンの急所を切り裂いた。
    「一気にまとめていくぜ」
     傷ついたマリリン達の周囲の熱が一気に失われていく。佐見島・允(フライター・d22179)のフリージングデスだ。
    「さ、寒い!」
    「寒いわっ、マリモは寒さに弱いのよっ!?」
     次々と体を凍りつかせ、倒れていくマリリン達。辛うじて残ったマリリン達も、続く攻撃に次々と撃破されていく。
    「マリリン。汝らは最期まで、我が忠実な部下であった……」
     ぎょうざ怪人も、マリリンも全ていなくなり、最後に残ったのはゲルマンシャークだけだ。
    「ゲルマンシャーク…… 何度も好き勝手は許さない!」
     神音・葎(月黄泉の姫君・d16902)はゲルマンシャークに向き直ると縛霊撃を叩き込む。
     しかしゼーレ機関を起動させ、トラウマを払拭したゲルマンシャークは、再度パンツァーファウストを発射。灼滅者達の中に大爆発を叩き込んだ。
    「……む!?」
     しかし爆発の向こうから飛び出してきた4人組を見て、ゲルマンシャークも流石に動きが止まった。
     それは忍装束に身を包んだエイジ・エルヴァリス(邪魔する者は愚か者・d10654)、楠・神名(冒険行こうぜ・d32211)、サミル・ローレック(天の毒・d33612)、そして久我・成海(中学生ストリートファイター・d29542)の4人組。だが彼らが着ているのは、ただの忍装束ではない。
    「そのカラーリング……貴様ら、ゲルマン忍者であるか!」
    「えっ、ゲルマン忍者、通じちゃうんだ……」
     ゲルマンシャークの反応に思わず呟いてしまう成海。ちなみに彼らの服装は、上から順に黒・赤・金の3色で構成された、忍んでる感ゼロの忍装束だ。
    「ゲルマンっていうか、昔のアニメとかにいそうな感じかな?」
     ま、とにかく、と忍者っぽい感じに身構えたサミルは抗雷撃を放つ。神名ははどこかワクワクした顔で忍者っぽくいくぜ! とバニシングフレアを放つ。
    「ちぇえい! 忍法サイキック斬り!」
     そこに続けざまに飛び込んだエイジがゲルマンシャークを切り裂き、成海は久我流の空手の構えから、まっすぐに鋼鉄拳を打ち込んだ。
    「もらった!」
     ゲルマンシャークの注意が完全に彼らの方を向いている隙を突き、桜井・優日(月夜を想う・d31811)は神薙刃を放った。すかさず那賀・津比呂(ダブルライアー・d02278)が鬼神変でゲルマンシャークの顔の先端をぶん殴る。
    「もう一撃……いきます」
     更に幻狼銀爪撃で続くのは宮下・風音(灯火を抱く狼・d27858)。彼らに一貫していたのは、とにかく威力よりも敵に攻撃を当てる事を最優先にしていたことが。くじ引きでたまたま一緒のチームになった彼らの方針が、偶然にも一致していたのは、なんとも奇妙な縁だろう。
    「パンツァーファウストか」
     そんな灼滅者達を、まとめて薙ぎ払おうとするゲルマンシャークの攻撃を、藤村・悠人(黒の乗り手・d20605)とライドキャリバーのラルウァが受け止める。悠人達が傷を癒す間に、残りの3人が再び攻撃に出る。
    「また会ったなゲルマンシャーク」
    「! 貴様は……ゴゴゴゴゴ……!」
     北条・葉月(独鮫将を屠りし者・d19495)達を見て、ゲルマンシャークの顔に明らかな怒りが灯った。そう、あの日ゲルマンシャークを灼滅する最後の一撃を繰り出した灼滅者こそ、今ここにいる葉月だったのだから。
     その怒りは自らのプロペラにぶつけられた。先程以上に高速回転するプロペラは、一層激しい竜巻を伴って葉月へと叩きつけられていく。だが、それを間一髪、万事・錠(ハートロッカー・d01615)が庇った。
    「コイツ等には傷一つ付けさせねぇよ」
    「今度は、こちらの番です」
     すぐさま興守・理利(伽陀の残照・d23317)は激しく渦巻く風の刃を生み出してゲルマンシャークに投げつける。一・葉(デッドロック・d02409)はダブルジャンプで跳躍しながらゲルマンシャークの至近に飛び込むと、バベルブレイカーでその体を貫く。
    「どうだ? あの時よりも腕を磨いてるんだぜ」
     死んだ瞬間に全てが終わり、時が止まってしまったゲルマンシャークとは違い、灼滅者達はあれからも多くの戦いを重ねてきた。
     約1年。灼滅者にとってもゲルマンシャークにとっても、大きな大きな時のはずだ。
    「何度だって、俺達がてめぇの野望を打ち砕いてやる!」
     葉月が『今』の渾身の力を込めたフォースブレイクを叩き込む。その衝撃にゲルマンシャークは雄たけびを上げた。
    「このゲルマンシャークが、2度も負けるだと……! いや、そのような敗北を繰り返すなど、決して、決して許されん!」
     攻撃を耐えきったゲルマンシャークは、再びゼーレ機関を燃え上がらせて傷を癒す。しかし、そこを赤星・緋色(朱に交わる赤・d05996)達が包囲した。
    「みんな、いくよ!」
     緋色のグラインドファイアがゲルマンシャークの足元のバランスを切り崩し、セント・ゲオルギウス(変幻自在・d32461)の殲術執刀法がゲルマンシャークの胸元を貫けば、反対側からはジオッセル・ジジ(ジジ神様・d16810)のスターゲイザーが叩き込まれた。
    「もう一発、いきますよ!」
     更に跳び上がった天月・静音(翼紡ぎの詩謳い・d24563)のスターゲイザーがゲルマンシャークの頬に叩き込まれる。立て続けの攻撃に、ゲルマンシャークの体がフラフラと揺れる。そこに、戒道・蔵乃祐(グリーディロアー・d06549)が距離を詰めた。
    「優貴先生を助けるため、灼滅させてもらうよ」
     半獣化した蔵乃祐の銀爪がゲルマンシャークの背を引き裂き、天咲・初季(火竜の娘・d03543)の放つマジックミサイルが次々と突き刺さる。
    「とびっきりのやつを、お見舞いするよ!」
     綾辻・綾乃(キルミースパイダーベイベー・d04769)から吹き上がった炎が、構えた魔血糸に宿る。逆巻く炎はゲルマンシャークの体を包み、一気に激しく燃え上がる。
    「ゲルマンダイナミックじゃなくて悪いね」
     烏丸・晃(負け犬・d02878)は、燃えるゲルマンシャークの体を持ち上げ、思いっきり地面に叩きつけた。
    「くっ……グローバルジャスティス様のお役に立つ機会を、このような形で失ってしまうとは!」
     その瞬間、ゲルマンシャークは悟ったのだろう。自分はまた死ぬのだ、と。
    「ああ、申し訳ありませぬグローバルジャスティス様っ!」
     再び死を迎えるその瞬間まで、深い深い忠誠を叫びながら、ゲルマンシャークは2度灼滅された。

    ●奴隷化商店街
     予兆から推測された3体のダークネスのうち、絞首卿ボスコウを標的に見据えた灼滅者達は、迅速に行動を開始していた。つまり、
    「ねェ、あたし達ボスコウのとこ行きたいから道教えて」
     と抗雷撃を叩き込む九条・雷(アキレス・d01046)だったり、
    「奴隷という立場に置かれたままでいるよりはマシだと愚考いたしますのよ」
     と後方から距離を詰めて一気にスターゲイザーを叩き込むグローリア・トゥインクル(学生メイド・d28139)だったり、
    「答えないなら殺る」
     と螺穿槍を突っ込む御神・白焔(死ヲ語ル双ツ月・d03806)だったりと、完全に実力行使によるものだった。
     彼らの標的は、すべて『首輪を嵌めたダークネス』。それが奴隷級ヴァンパイアのエリーゼやエリザベトである事に、プレスター・ジョンの国へ通い慣れている灼滅者達は気付く。
     今もなお首輪を嵌めたままの彼女達は、すぐにボスコウの支配下に置かれてしまったのだろう。どうやら相当な数がプレスター・ジョンの国の外へ引きずり出されているようだ。
     ただ、ボスコウから奴隷への命令は絶対だとはいえ、一度ブレイズゲートに囚われると外部に出られなくなるはずのダークネスが、プレスター・ジョンの国の外へ出てきているのは気になる点ではある。
     もっとも、目の前に敵がいる状況で、それを詳しく考えている時間は無さそうだ。
    「どうする? 教えてくれる?」
    「私にこれほどの苦痛と屈辱を与えたお前達に、誰が教えるものですか……ウフフ、アハハ……」
     止まない苦痛に苛まれ続けているエリザベトは、一様に灼滅者達の脅迫を拒絶して、まるで復讐を遂げようとするかのように襲い掛かってくる。
     一方エリーゼは、
    「くっ、ぐ……ぎぎぎっ……!」
     首輪を押さえて忌々しげに呻き、歯ぎしりするばかり。返答が無いのは同じだ。
    「話してくれたら灼滅しませんよ?」
     エリザベトとは違う反応に、見込みがあるかもしれないと、甘い餌をぶら下げてみる色射・緋頼(兵器として育てられた少女・d01617)だが、それでも彼女らの反応は変わらない。いや、ますます忌々しさを深め、歯ぎしりの音を強めているようにすら見える。
    「これは、話したくないというより、話せないというかんじでしょうか?」
     綾町・鈴乃(無垢な純白・d15953)の言葉におそらく、と七六名・鞠音(戦闘妖精・d10504)も頷く。
     元は1人だったとはいえ、全員が全員、それもボスコウ相手に忠誠を誓っているとも思えなかった。彼女達が揃って同じように口をつぐむとは考えにくい。ボスコウがそのように命令しているのだろう。
    「相手が答えないのなら、動きを道標とするのが良いで御座ろう」
     鳴神・嵐(我は刃であり牙・d27442)の言葉に方針を転換する。姿を隠して奴隷級ヴァンパイア達の動きを探ろうとするが、
    「隠れようとしても無駄よ! アハハ今度こそ! 今度こそ復讐を遂げてやるわ……!」
     目を血走らせて額を押さえながら、発見した灼滅者に襲い掛かろうとする大勢のエリザベトが、灼滅者達の行動の邪魔をする。
    「見つかっちゃいましたね」
     やむなく水無月・詩乃(無間の拳聖・d25132)は武器を構えた。遠藤・彩花(純情可憐な風紀委員・d00221)がすぐさまシールドを前衛に広げて、仲間の耐性を高めていく。
    「さっさと蹴っ飛ばしてボスコウを探して、そして先生を助けるの!」
     グラインドファイアを繰り出す今井・紅葉(蜜色金糸雀・d01605)の言葉に、頷き返す仲間達。ジョルジュ・ジョナ(高校生ストリートファイター・d29453)は炎に包まれたヴァンパイアに閃光百裂拳を叩き込み、打ち倒すとすぐ先へ進む。
    「この辺りは物影が多いから、助かりますね」
     住宅街の一角に出た綿津海・珊瑚(両声類・d11579)達は地形に助けられながら、どこかへ移動していく奴隷級ヴァンパイア達を追跡する。どうやら、大まかに、エリザベトが灼滅者と戦う間にエリーゼが撤退し、どこかへ引き上げる……という動きを取っているようだ。
     やがて、彼らが出たのは、吉祥寺駅前の商店街。そのメインストリートの1つに、探し求める男の姿はあった。
    「武蔵坂学園の灼滅者か」
     ボスコウもまた、こちらに気付いたようだ。灼滅者を見るとボスコウは不愉快そうに顔を歪めた。夏の終わりの戦いの結末は、残留思念と化してもなお、ボスコウの脳裏に深く刻まれているのだろう。
    「私を殺した罪、その身で贖え」
     途端に見えざる力が灼滅者達の首を締め上げる。その強烈な力は、まったくの衰えを感じさせない。
    「分裂弱体化していないのか……!?」
     辺りに見えるボスコウの姿が他に無いことも、そう彼らに疑わせる材料になった。
     ハンドフォンを使える者がいれば、ゲルマンシャークも分裂体ではないという情報を得られていただろう。だが、ここに居合わせた灼滅者に、ハンドフォンを扱える者はいない。
    「近くのチームを呼んでくる!」
     分裂弱体化していないボスコウを、この人数で倒すのは無理だ。すぐさま長沼・兼弘(キャプテンジンギス・d04811)達が伝令に走る中、幸田・スーパー布団子(スーパーふとんこちゃん・d32316)はラビリンスアーマーで仲間の守りを固めに入る。
    「お前の相手は俺達がしよう」
     他のチームが来るまでボスコウを足止めし、奴隷級ヴァンパイア達をも食い止める。骨の折れる戦いになりそうだが、やるしかあるまいと宗方・龍一朗(鬼祓い・d09956)は、ボスコウの命令で襲い掛かってくるエリザベトのレイピアを受け止める。
    「奴隷たちを減らさなければ、やってられませんわね!」
     黒嬢・白雛(白閃鳳凰ハクオウ・d26809)のレーヴァテインに、エリザベトの1体がすぐさま燃え尽きて跡形もなく消え去る。奴隷級ヴァンパイアの方は分裂弱体化している為、数は多くても倒すのは容易なことが不幸中の幸いだろう。
    「弱体化していないとは意外でしたネ。しかしその首輪、やはり興味深いデス」
     真っ先に救援に駆け付けたのは、霧渡・ラルフ(愛染奇劇・d09884)達だった。ラルフはエリザベト達をじっくり観察しながら、龍一朗達を回復して支援する。
    「何をしている。さっさとどれか倒せ」
    「はい、ボスコウ様!」
     回復の様子が視界に入ったのか、命令を下すボスコウ。エリザベト達とエリーゼ達が声を揃えて従う様子に、上條・雅(天華爛舞・d11260)はもしや、と呟いた。
    「倒す……もしかして灼滅者を従えたい、んですかね。ボスコウさん」
    「…………そういえば『予兆』で奴隷を増やしたがってましたね」
     そんな馬鹿な、と言おうとして「もしかして」と三倉・咲紀(春疾風・d15495)は思い直す。彼は以前首輪をラブリンスターに嵌めようとしていた。奴隷化はヴァンパイア限定ではないのだ。
    「奴隷化能力は、ここでもバッチリ有効みたいですしね」
     千凪・智香(名もない祈り・d22159)は気を引き締めて身構えると、楓の葉のように揺れる影業を伸ばして、迫るエリザベトに反撃する。
    「んじゃヒール重視で行くべ」
     白梅・南子(咲き乱れし双牙・d27443)は回復を兼ねてワイドガードで守りを固める。ミラ・ベラトリックス(ステラノヴァ・d18332)も頷くと、夜霧を辺りに展開していく。
    「お二人とも、助かります」
     アルルーナ・テンタクル(小学生七不思議使い・d33299)は彼女達の援護を受けると、レッドストライクでエリザベトを殴り倒した。すかさず同じエリザベトを藤江・静来(氷涙・d30125)とウイングキャットのルーも攻撃し、みるみる追い込んで撃破する。
    「私達のチームは、手薄そうな向こうへ回りましょう」
    「じゃあ先頭は私が行くわね」
     全体の状況を確認した奥村・志乃(中学生魔法使い・d29556)の提案に頷き、夢弓・遥香(裏腹白濁・d23338)は駆け出した。路地を抜けて反対側へ素早く出ると、遥香はいつでもチームメイトを庇えるように位置取って、すぐさま攻撃に移る。
    「結界を構築するわね」
    「じゃあ私は氷をばら撒くわ」
     月影・葉月(敏感触覚・d18627)は敵の動きを制限できればと、除霊結界を構築しながら敵を攻撃していく。そこへ放たれたのは三条通・ミナ(放浪する幕間役者・d28709)のフリージングデス。みるみる敵のいる一角の温度が下がり、敵が凍りついていく。
    「こんな物が何だっていうの? 一度死んだ身には大した事なんて無いわ!」
     痺れも氷も意に介さず、襲い掛かってくるエリザベト。志乃は背中に背負っていたクルセイドソードを抜いて彼女を迎撃する。
    「あんな首輪を嵌められるだなんて冗談じゃないよ!」
     想像するだけでゾッとしないと、佐山・紗綺(高校生デモノイドヒューマン・d16946)は奴隷級ヴァンパイア達をパッショネイトダンスで一気に攻撃していく。
    「そうですね……あれだけは、気を付けなければ……」
     フローラ・シェフィールド(哀愁ユーロのフローラ・d30942)は頷いて、ビハインドのネミーラと共に傷付いたエリーゼにとどめを刺していく。籠野・美鳥(高校生サウンドソルジャー・d15053)は更に一歩出ると、バニシングフレアで更なる敵を焼き尽くしていく。
    「のり子! 隙を作れ!」
     磯野部・真紀奈(高校生ご当地ヒーロー・d25217)の声に頷き、ビハインドが顔を晒す。何かよほどのトラウマがあるのか、エリザベトもエリーゼもそれを見て悲痛な叫びを発した。真紀奈はオーラキャノンを放ち、確実に狙い打ちながら彼女達を倒していく。
    「分裂弱体化し、無能さにここまで磨きがかかるとは嘆かわしい。私の奴隷になど値しないが、よもやこのような奴隷しか持てぬ身まで堕ちるとは――」
     エリザベトやエリーゼ達と灼滅者が戦う間、ボスコウは心底不愉快そうな表情で嘆きを発していた。彼女達を突破してボスコウの元まで辿り着いた小早川・里桜(花紅龍禄・d17247)は、彼に1つ問い質した。
    「……奴隷級ヴァンパイア、アルフレッド。この名前に聞き覚えはないか」
    「そのような名の奴隷がいた事もあったかもしれん。だが、それがどうしたというのだ」
     ボスコウの言葉に、里桜は拳を握った。
     大抵の人が、道端に落ちている小石の名前なんて気に掛けた事も無いだろう。おそらくボスコウにとって、大半の奴隷はそうした小石と同じ、これっぽっちも気に掛けた事が無い存在に違いない。
     でも、里桜は知っている。この手で灼滅した彼が、どれほどボスコウに忠義深かったのかを。
    (「自分を慕っていた者の名も覚えぬ、下衆と再認識しただけでも充分だ」)
     ボスコウが覚えていないのなら、それでも構わない。ただ、それを里桜は決して許せそうには無かった。
     すぐさま握った拳を異形巨大化させ、ボスコウへと叩き込む。すぐさま東堂・昶(赤黒猟狗・d17770)がそれに続き、ライドキャリバーの朧火が反対側へ回りこみながら突撃を仕掛ける。
    「なあなあ、なんでいきなり暴れ出したんだよ? そんなにここから出たいのか?」
    「お前達は檻の中に閉じ込められる事を是と考えるのか?」
     それこそ信じがたいといった表情でボスコウは両手に魔力を集めた。仮にも男爵の爵位を持ち、ここまで自分勝手に力を振るい続けてきたボスコウだ。虜囚の身と化すことを喜ぶはずも無いだろう。
    「それで迷惑してる人もいるんだけど!」
    「人間の都合など知ったことか」
     フォースブレイクを叩き込む竜胆・幸斗(凍牙・d27866)だが、ボスコウの返答は非常に明快だった。ダークネスが、人間ごときの都合などに配慮するはずも無い。
     ボスコウの手元でゆらり浮いた奴隷の首輪が、高速で回転しながら灼滅者達の下へ迫る。
    「喜べ。私の奴隷として仕える許可を与える」
     首輪が次々と灼滅者達の首元を切り裂く。隙あらば首輪は灼滅者達の首に巻きついて、皆を奴隷化しようとすることだろう。
    「こんなもの……冗談じゃありません……!」
     室崎・のぞみ(世間知らずな神薙使い・d03790)は首輪を叩き落とし、すぐに清めの風で皆を癒す。このような首輪を何度も投げつけられてはたまらないと、泉・星流(箒好き魔法使い・d03734)は相手の行動を封じることに主眼を置いて制約の弾丸を放った。
    「ねぇ、アンタはコルネリウスにここに送り込まれたの? それとも別の人!?」
     気になっていた疑問をぶつける泉・火華流(自意識過剰高機動装甲美少女・d03827)だったが、ボスコウは冷ややかに火華流を見下して言い捨てた。
    「爵位級たる私に、なんたる不遜な物言いか。身の程を知れ」
     次の瞬間、見えない何かに火華流の首が締め上げられる。ギリギリと締め付けられる感覚に火華流は思わず呻く。
    「身の程ですか、生憎あなたのような生まれではありませんので」
     エッダ・アウローラ(オースターハーゼ・d31417)は武器、いや愛機を振り上げ、オルタナティブクラッシュを叩き込んだ。楽器をこのように扱うのは少し気が進まないが、ボスコウを倒すためなら仕方ない。
     野蛮な、とこぼしたボスコウを東里・シュウ(フィックルロンド・d18180)が更に切り裂く。2人の動きに合わせて、更に北南・朋恵(ヴィオレスイート・d19917)とナノナノのクリスロッテが導眠符としゃぼん玉を飛ばした。
    「音楽の良さなんて欠片も理解できそうに無い人に、身分とか気品とか語って欲しくないなあ」
     そんなものが無くても音楽は楽しめるけど、音楽を理解できないような人に、そんな風に語る資格なんてないでしょ、と支倉・いずみ(恋焦がれる鶯・d26820)はボスコウを睨む。たまたま音楽好き同士が集まった事もあり、チームの仲間達も違いないと頷いている。
    「育ちの悪さも極まると、哀れなものだな」
     それはボスコウには滑稽な物としか映らなかったようだ。私の元で生まれていれば、貴き者へ仕える素晴らしさを教育してやったものを、と口にしながら再び、ボスコウは手元に首輪を浮かべる。
    「そんな首輪で、この番犬を飼い慣らせると思うなよ!」
     守咲・神楽(地獄の番犬・d09482)は乱舞する首輪をかいくぐり、ボスコウの腹にレーヴァテインを叩き込んだ。ぐっと低く呻いて、ボスコウが息を詰まらせるのがわかる。
    「それを付けた時のことなんて、考えたくもないわ」
     ウロボロスシールドで守りを固めた芦夜・碧(無銘の霧・d04624)も、ゾワゾワっとする悪寒をこらえながらティアーズリッパーを放ち、ボスコウが纏う優美な衣ごと彼を切り裂く。
     攻撃は最大の防御とは言うが、もしそうなら。後衛にいるみんなの元までこの首輪が行かないようにする為にもと、碧はすぐさま刃を構え直して次の攻撃へ移る。
     そこへ届いてくるのは加藤・魅代(セイレーンの歌声・d24004)の歌声。仲間の傷をそっと癒していくその声で、回復は十分だと見た高嶺・由布(柚冨峯・d04486)は、前に立つ2人のため弾丸をばら撒いて援護する。
    「小賢しい真似を……チッ」
    「そっ首、落としてあげる」
     足を取られたボスコウに、ルビードール・ノアテレイン(さまようルビー・d11011)は不快感を露にしながらチェーンソー剣を振り下ろした。それはボスコウの首を落とすとまではいかなかったが、彼に与えられていた様々な不利な効果を一気に膨れ上がらせる。
    「この餓鬼……!」
    「子供でも、許せないことはありますの」
     そのやり方、大っきらいですと、ルビードールは真っ直ぐにボスコウを見据える。首を支配するボスコウの首を反対に狙い、このような態度を取るルビードールの姿が、またボスコウには快くないのだろう。ルビードールの首元を狙った一撃を、すかさず割って入った月舘・架乃(ストレンジファントム・d03961)が受け止める。
    「敗者は諦めてとっとと寝ろ!」
     そのまま反対に架乃はデッドブラスターを撃つ。その弾丸の軌道を追うように、無敵斬艦刀を振り上げながらギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)が距離を詰めた。
    「武蔵坂学園を襲ってくれた礼をたっぷりするっす」
     このソウルボードの光景と同じ武蔵野の街を、人々を傷付けながら、ボスコウ達が武蔵坂学園を襲撃してきた事は決して忘れられない。
     ギィは、ただ両腕に力をこめた。持ち得るすべての力を注ぎ込んで、超弩級の一撃をボスコウへ叩き込む!
    「ッ、灼滅者め……!」
     何かが砕けるような音と共に、辺りに鮮血が舞う。私のこの貴い血を、と憎悪に染まった目で睨みつけてくるボスコウに、風守・陽向(高校生デモノイドヒューマン・d17530)は追い討ちをかけるかのように閃光百裂拳を打ち込む。
     セレーネ・フローライト(百鬼夜行の元主・d28654)の白炎蜃気楼が辺りに広がり、巴・詩乃(姉妹なる月・d09452)の放つガトリングガンからの弾丸が、次々とボスコウの体に突き刺さっては穴を穿つ。
    「この私が、また敗北するというのか!?」
     ボスコウの血が溢れた街角で、膝をついた彼に向かって、ダーヅ・ヘイター(存在自体がアウト・d20338)はここぞとばかりに挑発的な態度を取った。
    「Hey、guy。……朱雀門ニダマサレMsコルネリウスニ利用サレテNDK? NDK?」
    「騙され……?」
     ボスコウが驚愕に目を見開く。おそらくNDKはボスコウにとって未知の単語だろうが、そもそも前半が衝撃的すぎて耳に入ってもいないに違いない。
     そこに神代・真琴(虚ろな聖杯・d01108)がトラウナックルを放つ。ボスコウは、誰もいない虚空を見ながら「ヒッ」と小さく息を呑んだ。
    「なんだか別人みたいだね」
     さっきまでのサディストぶりが嘘みたいだと呟きながら、待鳥・謳琉(昼隠居・d33574)は緋牡丹灯籠を飛ばす。傍らに浮いたウイングキャットのノクスから放たれた魔力も、ボスコウに炸裂すると、その動きを戒めにかかる。
     有城・雄哉(高校生ストリートファイター・d31751)はあともう一息に違いないと踏むと、閃光百裂拳で一気に畳み掛けた。
    「急所は摘出させて貰うよ」
     殲術執刀法で久保・孝行(トライアライド・d32517)がボスコウを貫いたその瞬間、確かな手ごたえを孝行は感じていた。
    「おのれ、灼滅者……!」
     灼滅者達を睨みつけながら、再び倒されたボスコウは姿を消していく。ボスコウの残留思念はすぐにかき消え、霧散していった。
    「遺留品のような物は、何も残りませんでしたか……」
     すぐに辺りを確認する小泉・奏(ワイルドハント・d33462)だったが、特にこれといった物は見つからない。あれだけ流れていた血もすべて、どこかへ消えてしまっていた。ボスコウが持っていた首輪も、今はもう、どこにも無かった。
     大勢いたエリーゼやエリザベトも、既にすべて倒されている。静かな、ひっそりとした商店街の光景を、灼滅者達は見事に取り戻したのだ。
    (「それにしても……」)
     先程までボスコウがいた場所を見ながら、枸橘・水織(見習い魔法使い・d18615)は思う。
     これだけの出来事、本当に関与したのはコルネリウスだけなのだろうか?
     水織はずっと、更にもっと別の関与を疑っていたのだが、ボスコウにそれを問い質す機会は失われてしまった。もっとも灼滅者を見下しているボスコウのこと、何か知っていたとしても灼滅者に教えはしなかっただろう。彼が灼滅者の利になるような真似をするとは思えなかった。

    ●スキュラの誘い
     ゲルマンシャークのいる場所がゲルマン風で、ボスコウのいる場所に首輪を嵌めたダークネスがいるのなら、そのどちらも見かけない場所に大淫魔スキュラはいるのではないか?
     そう推測した灼滅者達は、一見すると何の異変も起こっていないように思える武蔵野の街を移動していた。
     なだらかな坂道、あちらこちらに点在するカフェ。けれど自分達以外の人影は見られないソウルボードの空間内を駆けて――狼川・貢(ボーンズデッド・d23454)は、見つけた。
     人間の少女のような姿を取っているが、間違いない。大淫魔スキュラだ。
     『予兆』の通りであれば、八犬士達を連れていそうなものだが、見たところスキュラ以外の姿はない。
    「そこにいるのは誰かしら?」
     こちらの気配に気付いたのだろう。足を止めたスキュラが貢達の方へ呼びかけてくる。身を隠しても意味は無いだろうと、貢達は姿を現した。
    「あら……来ていたの、あなた達」
     スキュラがすっと目を細める。かつて自分を灼滅した、武蔵坂学園の灼滅者だと気付いたからだろう。
    「いやねえ。あなた達と関わるとロクな事が無いのよ」
     また殺されるのはご免だわ、と呟いて、スキュラは掌を伸ばして指先を立てた。彼女の持つ魔力がそこに集まり、小さな珠を形取る。
    「おいで。カンナビス」
     フッと珠を1つ吹き消すと、スキュラの周囲に次々と人影が現れる。それは全部スキュラ配下の八犬士、智の犬士『カンナビス』の姿をしていた。
    「オヤ、何ノ用かト思エバ。武蔵坂学園じゃないカ」
    (「やっぱり来ていたんですねカンナビス――!」)
     志羽・鈿女(ヒーローオブプリマドンナ・d31109)はカンナビス達を睨みつける。
     『予兆』で、スキュラは犬士が半分いると言っていた。半分、つまり4体。プレスター・ジョンの国で目撃されているオロバス、白露のお絹、緋影丸だけでは足りない。他に灼滅されている犬士といえば、このカンナビスだけ。だからカンナビスもいるに違いないと、そう予測していたのは正しかったようだ。
    「そうなのよ。邪魔しに来たみたい。あなたが一番、最近の武蔵坂学園を知っているでしょう? だからカンナビス、ここは任せていいかしら」
    「承知シタ。スキュラは早く、アレを探しニ行くとイイ」
     スキュラの言葉に納得した様子でカンナビスが頷くと、スキュラはすぐさま駆け足で、カンナビス達の向こうへ去ろうとする。
    「ありがとう。よろしくね」
    「待て!」
     スキュラ狙いの灼滅者達が彼女を追おうとするが、それはカンナビスが許さない。阻むように立ちはだかるカンナビス達の元へ、炎獣・夕日(炎の刀と獣・d32282)達のチーム『炎狐狼忍』が飛び込んだ。
    「『此処は任せて先に行け』という王道の台詞を、一度使ってみたかったのだよ」
     そう振り返って笑いかけると、得戸村・玲於奈(小学生七不思議使い・d33308)は七不思議を紡いでいく。
    「ありがとう……行きましょう!」
     彼らに礼を告げて、神宮・絵里琉(サウダージ・d27701)達は駆け出した。皆が作ってくれた隙間を縫って、灼滅者達を撒こうとするスキュラを全力で追いかけていく。
    「待テ!」
    「カンナビス。あなたの相手は私たちよ」
     食い止めようとするカンナビスに、日暮・刹那(ヴァギナデンタータ・d26098)はコールドファイアを放った。ぐっと拳を地を蹴り、柊・玲奈(カミサマを喪した少女・d30607)も踵を叩き込む。
    「……で、コルネリウスにリサイクルされた感想聞きたいんだけど、どんな感じかな?」
    「フフフ、面白イ場所じゃないカ。まさかスキュラ達と再会できル日が来るトハ思わなカッたヨ」
     カンナビス的に印象は悪くないらしい。ただ、
    「この分裂弱体化とヤラは厄介ダナ。スキュラのようニ、囚われる前ニ逃げ出すコトができれバよかったノだガ」
     同時に悩みもあるらしく、良いとも悪いとも言い切れない心境のようだ。
     なんにせよ、ここにいるカンナビスは全て倒しきらなければならない。スキュラの戦力を削ぐという意味でも、このままにはしておけないだろう。
     この場に残った灼滅者達は、チームごとに分かれてそれぞれ、1体ずつ別々のカンナビスと対峙していく。分割存在と化した彼らの力は、かつてと比べて大幅に弱まっている。1チーム、4人だけであっても、かなり優勢に戦いは推移していった。
    「スキュラ。あなたはここで倒します」
     一方、スキュラの追跡に向かった灼滅者達は、その背中までの距離を徐々に詰めていた。天城・翡桜(碧色奇術・d15645)はスキュラの進路を塞ぐように回りこむ。
    「邪魔よ、退きなさい」
    「退きません!」
     守りを固めながら、スキュラを食い止めるように立ちはだかる翡桜。鏡月・椋弥(雛籠女・d22201)はしっかり狙いを定め、妖冷弾を撃った。氷がスキュラを急速に覆っていくが、スキュラは構わずに跳んで、灼滅者達の包囲を抜ける。
    「喰らいなさい」
     振り返ったスキュラの指先に珠が宿る。8つの珠に吐息を吹きかければ、それは翡桜達の元まで飛び、一気に爆ぜて燃え盛る。
    「くうっ!」
     その威力は凄まじい物だ。すぐに日輪・水那(汝は人狼なりや・d27910)は白炎蜃気楼を放出し、皆を回復しようとするが追いつかない。
     カンナビスとは違い、スキュラは1人だけしかいない。彼女はまったく分裂していないのだろう。
     分裂していないのなら、弱体化もしていないはずだ。残留思念とはいえ、かつてとほぼ変わらない力を有しているのなら……カンナビス達に足止めを食らってしまったのは、かなり痛い。
    「いただきまぁす」
     傷を負ったスキュラは灼滅者達から精気を奪う。回復が追いつかないそこへ、一気に立っていられなくなるほどの衝撃と共に精気を奪われるのは、更に灼滅者達を追い込み、スキュラを優位に立たせる。
    「うふふ、そう何度もやられてらんないのよ」
     何度目かの霊玉による爆風で彼らを吹き飛ばして、スキュラは再度駆け出していく。あっちには、井の頭公園……井の頭キャンパスがある。周辺にいるチームへ、スキュラが向かったことを知らせるべく、ティルメア・エスパーダ(カラドリウスの雛・d16209)は手を耳元に当てて、電話を掛けた。

    「そういえば、なんで冬なんだろうね」
     優貴先生のソウルボード内に広がる武蔵野市を駆けながら、ふと弓近・麗(舞歌乙姫・d14572)が口にする。
     現実の武蔵野市は、そろそろ桜が咲いてお花見ができるというのに、優貴先生のソウルボードの中にある木はどれも枯れて葉を完全に落とし、蕾も固く芽吹く気配もない。ときどき吹きすさぶ風は、とても冷たくて、まるで春というより冬のよう。
    「冬に先生との思い出、何かあるか?」
     そう瑞月・浩志(思い出・d32546)がチームメイトの3人を見たのは、彼らが井の頭キャンパス中学1年C組……優貴先生が担任をしているクラスの、クラスメイト同士だと聞いたからだ。あともう1人が足りなかった麗達を見て、そういうチームに混ぜてもらおうと思っていた浩志が声を掛けたのは完全に偶然である。
    「うーん……?」
    「……そういえば、優貴先生の授業をはじめて受けたのは、今くらいだったかな」
     強いて言えば思い浮かぶのは、そのくらいだろうか。東雲・夜好(ホワイトエンジェル・d00152)の言う授業とは、普段の授業のことではなく、優貴先生がみんなにしている個人授業のことだ。
    「個人授業の内容も、武蔵野市の事だったわね」
     黒乃・璃羽(ただそこに在る影・d03447)も普段から見慣れている道を歩きながら頷いて……不意に閃く。
    「ここが武蔵野市なら、武蔵坂学園もあるはずよね」
    「そうか、教室!」
     武蔵野市のどこかに優貴先生がいるのなら、その居場所は他でもない武蔵坂学園に違いない。そして優貴先生が学園のどこかにいるのなら、きっと、それは教室だ。
     それなら、と麗達が駆け出したのは井の頭キャンパスへ向かう道。沢山ある教室の中で、真っ先に思い浮かんだその場所をまず確かめようと校舎へ飛び込めば、
    「妃那ちゃん」
    「弓近さん。考えたことは一緒のようですね」
     出くわしたのは、やはり同じクラスの高野・妃那(兎の小夜曲・d09435)達だ。8人は固まって階段を登り、教室へ飛び込む。1年C組、自分達のクラスへと。
     そこに、優貴先生はいた。
    「先生! よかった無事だな!?」
    「一条くん、みんな……」
     真っ先に飛び込んだ一条・丈介(燃える血潮とその心・d14900)の声に、優貴先生がホッとした顔を見せる。ソウルボードの中の優貴先生には例の『痣』も出現しておらず、いつも通りの元気そうな姿に見えた。
     7人が優貴先生を囲むのを見つつ、浩志はハンドフォンで先生発見の報を出す。連絡網を整備しようと呼びかけてくれた生徒達と番号を交換しておいたのが役立った。後は他のチームがスキュラ達を倒すまで、優貴先生を保護すればいい――そう安堵する灼滅者達だったが。
    「あらぁ、こんな所にいたのね」
     不意に廊下から聞こえてきた声に、緊張が走る。振り返ったその先に立っていたのは、金の髪を揺らして邪悪に微笑む美少女。
     スキュラだ。
    「その声……あなた、さっき歌っていたダークネスね?」
    「ええ。ソウルボードだから、歌えば持ち主には聞こえると思って。でもぜぇんぜん来てくれないんだもの」
     優貴先生のこわばった声にスキュラがニッと笑みを浮かべる。
     仕方ないから探しに来てあげたわ、と1歩踵を鳴らして近付いてくるスキュラ。優貴先生を守るように構える灼滅者達だが、この人数では敵わないだろう。スキュラの態度に余裕があるのは、向こうもそれを把握しているからこそに違いない……が、
    「……邪魔が来たわね」
     小さく溜息を吐き出しながら、廊下を振り返るスキュラ。そちらから走ってきたのは、各キャンパス内をしらみつぶしに探していた『宇宙部』の面々だ。
    「烈光さん、頼みましたよぉ」
     船勝宮・亜綾(天然おとぼけミサイル娘・d19718)の声に飛び出した烈光さんが、斬魔刀でスキュラに斬りかかる。亜綾は除霊結界でスキュラの動きを止めようとするが、スキュラは軽く飛び退いてそれを避けた。
    「ヘル君、突破して!」
     その隙間を縫って、ライドキャリバーに乗った小沢・真理(ソウルボードガール・d11301)が教室内へ飛び込む。舌打ちするスキュラに神泉・希紗(理想を胸に秘めし者・d02012)は間合いを詰めると、思いっきり鬼神変を叩き込んだ。
    (「先生を上手く逃がすのが最優先ね」)
     なら、とヴィントミューレ・シュトウルム(ジーザスシュラウド・d09689)はバスターライフルを構え、スキュラに向けて魔法光線を発射しプレッシャーをかける。
    「あーあ。こんな事なら最初から一緒に来ておけばよかった」
     冷ややかに吐き捨てて、スキュラは細くしなやかな指を伸ばす。その先に3つの霊玉が宿ると、
    「おいで」
     魔力を秘めた言葉と共に霊玉が弾け、辺りに何体ものダークネスが現れる。それは緋影丸、白露のお絹、そしてオロバスの分裂体達だ。
    「邪魔が入った。排除するのに力を貸してくれるか?」
    「勿論です伏姫様」
     お絹達が一斉に村雨を抜いて構える。オロバス達は静かに書物を開くと、収束させた魔力を希紗達の元で一気に爆破させた。体勢を立て直す間もなく、お絹達の振るう刃が雨のように次々と降り注いでいく。
     その間にスキュラは緋影丸達を連れて優貴先生に近付こうとするが、
    「先生乗って! ヘル君お願い!」
     真理はライドキャリバーに優貴先生をしがみつかせると、窓へ向かうように指示する。意を汲んだヘルツシュプルングは窓から飛び降りると、優貴先生をしっかり守りながら着地した。
     もちろん灼滅者の身体能力なら、この程度の高さを飛び降りる位どうという事は無い。丈介達も次々飛び降りて、優貴先生を守りながらグラウンド、更にその先の校門を目指す。
     教室には真理や夜好達が残って足止めを図るが、スキュラに加えて犬士達が相手では多勢に無勢。すぐにスキュラ達も飛び降りてくる。
    「ねえ、どこへ行くつもりなの?」
     それは語りかけているようで歌っているような、とても不思議な声だった。声に乗せられた膨大な魔力が、びりびりと空気を震わせる。
    「ここは、あなたのソウルボード。どこへ行っても逃げられないよ?」
     だって空間の全部が『あなた』だものね、とスキュラは猫のように目を細める。
    「別に私はシャドウじゃないし、あなたのソウルボードを壊しに来たわけじゃないのよ。壊しちゃったら、せっかくの『異能特異点』が台無しだもん。ただ、ちょっとお願いしたいことがあるだけ」
     聞き慣れない言葉を紡ぎながら語りかけてくるスキュラ。だがそれ以上に、甘く囁いて誘惑するような声に、灼滅者達は胸の奥がざわめくのを感じながら警戒を強めた。
    「聞いてくれたら、あなたの可愛い教え子達には、これ以上何もしないであげるわ、優貴センセイ」
    「真に受けちゃダメだよ先生」
     甘い囁きに、引き止めるように廿楽・燈(花謡の旋律・d08173)が呼ぶ。
     スキュラはここで、よりにもよって燈達を人質に取るつもりなのだ。優貴先生には優貴先生自身より、教え子である自分達を餌にした方が効果的だと的確に見抜いた上で、揺さぶりを掛けている。
    「ああ、行っちゃダメだせんせ――ッ」
     皆を守ろうと前に出た丈介を爆炎が包み、緋影丸達が取り囲んで食らいつく。船辻・佐奈子(大和撫子のたまご・d01347)がすぐに回復しようとするが、その佐奈子にはスキュラの魔の手が伸びた。
    「佐奈子ちゃん!」
     庇いに入った燈が精気を吸われてバランスを崩す。それを見て、優貴先生はスキュラを呼んだ。
    「わかりました。だからこの子達を傷つけないで。私は、何をすればいいの?」
    「うふふ、物分りがいいコは好きよ。とりあえず一緒に来てくれるかしら」
     満足げに笑ったスキュラが、手招くように手を伸ばす。
    「いけませんわ! 先生、あの手を取っては……!」
     きっとスキュラは優貴先生を闇堕ちさせてしまうだろう。スキュラの歌は、聞いた者を闇堕ちへ誘う歌。かつて町1つを丸ごと闇堕ちさせた歌だ。佐奈子達の胸の奥にいるダークネスが、ざわざわと反応しているのも、スキュラの膨大な魔力を秘めた歌に誘われているからこそ。
     そんな場所に優貴先生が行けば、きっともう、帰って来れない。
    「ダメだよ先生、行かないで」
     立ち上がった燈が優貴先生の手を引いて止める。
    「燈達は先生を助けに来たんだよ。先生を迎えに来たんだよ。先生がいなかったら意味ないんだよ!」
     クラスメイトみんなで無事に帰っても、そこに優貴先生がいなかったら。
     こんなに大勢で来たのに、肝心な先生が学園からいなくなったら。
     そんなの誰も嬉しくないよ、と燈は震える声で搾り出す。
    「燈達は大丈夫。先生のこと絶対に守るから、だから燈達を信じて。スキュラとなんて行かないで。燈達と、一緒に帰ろう?」
    「廿楽さん……」
     振り返った優貴先生が、燈を見つめたその瞬間。
     優貴先生の胸元に、突如としてあの『痣』が浮かび上がる。……いや、そうじゃないと、燈は直感していた。プレスター・ジョンの国と直結した特異なソウルボード、シャドウハンターの力がなくても行き来できるソウルボード。だとしたら、その力の源は何か。
    「チッ、『異能特異点』を吸われる訳には――!」
     止めろ、と叫ぶスキュラに呼応して緋影丸が駆け出す。しかしそこにカンナ・プティブラン(小学生サウンドソルジャー・d24729)が割り込んだ。墨染・暗時(ハウンドティンダロス・d27393)がデッドブラスターを放ち、すぐさま攻撃を開始する。
    「ようスキュラ様、久しぶり。邪魔はさせないぜ!」
     入間・眞一(平凡たる逸般人・d07772)の繰り出す槍の穂先に頬を裂かれ、スキュラは更に忌々しげに舌打ちする。
    「あとはオロバスにお絹――止めるわよ」
     杠・狐狗狸子(銀の刃の背に乗って・d28066)の言葉に頷き、ウイングキャットのニャーレイが猫魔法を放つ。狐狗狸子はすかさずそこを螺穿槍で切り裂いた。
    「これはなかなか手強そうだ、が!」
     できれば危ない橋は避けて通りたいが、そうも言ってはいられまい。樹雨・幽(守銭奴・d27969)は腕に寄生体を纏って手近なオロバスを1体、地面へ叩きつけた。
    「一緒にダンスはいかがデスカ? バックコーラスでも自信はありマスヨ!」
     シャルロッテ・モルゲンシュテルン(夜明けに響く鎮魂歌・d05090)の螺穿槍がお絹を抉り、その周囲に冨合・英瑠(天真爛漫応援少女・d26944)のライドキャリバー『トライアングラー』からばらまかれた無数の弾丸が、お絹とオロバス達の足捌きを阻害していく。
    「くっ。またしても伏姫様の邪魔をするか」
     お絹達は灼滅者を睨むと、その刃を前衛に向けて繰り出す。すかさず英瑠の持つ交通標識が黄色に変わると、受けた傷を癒していった。
     スキュラ達の手は届かない。燈は、ただまっすぐに手を伸ばして優貴先生の胸元の痣――『刻印』に触れた。途端にソウルボード内で何かが渦巻き、一気にどこかへ放出される。おそらくすぐに、サイキックアブソーバーに吸収されることだろう。
    「くそおぉぉぉっ……!」
    「優貴先生のラグナロク能力を利用しようとしていたのですね。スキュラ……いえ、伏姫」
     その光景を心底悔しそうに睨みつけていたスキュラを、縛野見・火和理(代変する者・d13137)は見つめていた。これでもう、彼女の野望が叶う事は無いのだろう。
    「今のは……いえ、話は後ですね」
     そこへさらに援軍として駆けつけたのは、スキュラを追っていた『武蔵坂HC』と、先生を探していた『彩雲:ロリコロ』の面々だ。
     スキュラも、そして分裂体と化した無数の八犬士達も、まだこのソウルボード内にいるのだ、当然、このままにはしておけない。
    「前に出過ぎるなよ」
    「もちろん。タイミングあわせて、一気にいっくよ~!」
     笹銀・鐐(赫月ノ銀嶺・d04707)の声に頷き、蒼井・夏奈(小学生ファイアブラッド・d06596)が号令を取る。
     この敵の数では突出しては危険だが、そればかりを気にして足を止めては元も子もない。敵からの攻撃を由津里・好弥(ギフテッド・d01879)が盾になって受け止めつつ、一丸となって敵を切り崩す。
    「昔倒せたんだから、今も倒せるはずですよねっ」
    「貴様……!」
     武野・織姫(桃色織女星・d02912)が勢いをつけて射出したリングスラッシャーの直撃を受けてお絹が倒れれば、東堂・八千華(チアフルバニー・d17397)から放たれた音波がオロバスを倒す。揚羽・王子(揚げポテ・d20691)も攻撃に回り、デッドブラスターを打ち込んだ。
    「ぐぐぐ……弱体化したこの身では、これが限界だというのか……!」
     何体ものオロバスが倒され、残ったオロバスの1体が悔しそうに歯噛みする。
    「しかし灼滅されてもなお、こうしてスキュラ様のお役に立つ機会を得たのだ」
    「ああ、その通り。最後の1体までスキュラ様の為に戦おうぞ」
    「どうせ既に朽ち果てた命。スキュラ様の為に、いくらでも捧げようではないか」
    「スキュラ様、どうかお逃げください。いつかまた別の方法が――」
     どうにも悲観的な戦力分析を進めるオロバス達だが、それはそれで彼らの結束に繋がったらしい。魔導書から迸らせた魔力を次々と叩き込みながら、スキュラを逃そうとする。
    「オロバスの言う通りですね。伏姫様の為、死力を尽くしましょう」
     更にお絹が刃を繰り出すが、
    「そういう訳にはいかない。大津先生を、これ以上苦しめる訳にはいかないんだよ!」
     拳を握った笠井・匡(白豹・d01472)が閃光百烈拳でカウンターを決める。後ろから加速した伊丹・弥生(ワイルドカード・d00710)は、グラインドファイアで一気にお絹を蹴り倒した。
    「いっちょぶちかましますか」
     鷹司・圭一(残念仙人・d29760)もロケットスマッシュでオロバスに殴り掛かる。一方、お絹の刃を受け止めたイオン・ウォーカー(リグレッタブル社蓄・d29456)は、こういう和服美女も悪くないなと小さく呟いた後、ホーミングバレットですかさず彼女を撃った。
    「オーホホホホ! スキュラなんかよりもわたくしの方が美しいのですから、わたくしに跪きないさい。今ならもれなく仲間にしてさしあげてよ!」
    「断る」
    「伏姫様の方がお美しいわ」
     そんな中、雪崩・ティシー(なリグレッタブル大悪党・d25734)の高笑いは早々に拒絶されてしまう。ティシーは無言で淡々と怪談蝋燭の炎を青へ変えると、百鬼夜行に彼らを襲わせた。
    「こちらも恩義のある教師の生死がかかっている。悪いが全力だ」
     そんな敵の中へ飛び込み、九条・九十九(リグレッタブルパイルバンカー・d30536)がバベルブレイカーでオロバスを貫く。オロバスたちは更に続々と撃破され、形勢は大きく灼滅者側の有利へ傾いた。
     しかも連絡を受けて駆け付けた灼滅者側が続々と加勢し、武蔵坂側は勢力を増す一方だ。オロバスもお絹も最後の1体まで倒され、
    「グルルルル……!」
     低く呻き声を響かせ、最後まで抵抗を続ける緋影丸だったが、それもブリジット・カンパネルラ(金の弾丸・d24187)が鬼神変で殴り掛かると、力尽き、姿を消していった。
    「逃がさないよスキュラ!」
     犬士達が時間を稼ぐ間に逃亡を試みるスキュラだったが、すかさずティルメア・エスパーダ(カラドリウスの雛・d16209)が狙い澄ましたレイザースラストを射出する。
     その攻撃のうちに、橘樹・慧(月待ち・d21175)がライドキャリバーと共に回り込み、村正・雨(雨夜の妖鬼・d23777)はスキュラの元へ向かう仲間達のため、五星結界符で防壁を築きあげた。
    「そういえば、一体どれだけ予備の犬士を準備してるのでござ……にゃん」
     狐仙・朧(ネコミミ系魔法少女コセン・d26685)は途中でちょっと咳払いしつつ語尾を直してスキュラに尋ねてみるが、灼滅者に少しでも利になりそうな情報をわざわざ渡す気は無いらしい。
    「さあね」
     短く答えながらスキュラは霊玉をばらまいて、追ってくる灼滅者達の足元で爆ぜさせる。だが、ここで止まるような灼滅者達ではない。
    「生憎だけれど、これ以上好きにさせるつもりはないわ。大人しく眠ってちょうだい」
     日輪・藍晶(汝は人狼なりや・d27496)はスキュラに追いつくと幻狼銀爪撃で引き裂く。砕牙・誠(阿剛さん家のヘタレ忍者・d12673)がかき鳴らしたソニックビートは音波と化してスキュラの元へ放たれた。
    「どーも、可愛いボクのデリバリーですよ! 可愛いボクが来たからには、貴女がどんなに可愛い方でも、その企みはここまでですよ!」
    「あっそ」
     ものすごいドヤ顔でスキュラに言い放つ蒼焔・緋凍(恋華咲くことを許されず・d29295)だが、スキュラに感銘を与える事はできなかったらしい。スキュラの纏うオーラが、まるで獲物に食いつく獣のような姿を形取り、一気に緋凍から精気を吸い取る。
     だが奪われたなら補えばいい。九鬼・宿名(両面宿儺・d01406)は祭霊光を撃って、失われた体力をいくらか回復する。その間に渡橋・縁(神芝居・d04576)が、トラウナックルを叩き込んだ。
    「っ……フフ……その名前で呼ばないでよッ」
     トラウマを刺激されたスキュラは、一体何を見ているのだろうか。髪を振り回して感情的に叫ぶスキュラは隙だらけで、すかさず奥村・志乃(中学生魔法使い・d29556)の撃ったマジックミサイルが彼女の背中に炸裂する。
    「他の犬士は呼ばなくて良いのですか? グレイスモンキー……あの戦国時代の武将であれば、ここに呼べるのではありませんか?」
     リアナ・ディミニ(アリアスレイヤー・d18549)はカマをかけるようにスキュラへ語りかける。信の犬士『グレイズモンキー』はシャドウのはず。だとしたら合流だって不可能ではないはずだが、
    「あのコに会いたかったの? ざぁんねん、ね!」
     呼べないのか、あえて呼ばないのか。どちらなのか分かるような答えを返すことなく、スキュラは霊玉を放る。リアナの元で弾けようとした爆風から、彼女を庇ったのは月雲・彩歌(幸運のめがみさま・d02980)だ。
     これ以上問いを重ねても、おそらく意味はないだろう。東海林・風蘭(機装庄女キガネ・d16178)は高速最適化させた演算能力を駆使して軌道を計算すると、リップルバスターでスキュラの急所を貫く。
    「チイィッ!」
     傷を癒そうと精気を奪おうとするスキュラだが、そうさせる前に、と狩野・翡翠(翠の一撃・d03021)はレーヴァテインを放ち、スキュラの身を炎で包んだ。
    「かのこ、まだいけるね?」
     頷く代わりにエンジンを吹かせたライドキャリバーと共に、朝川・穂純(瑞穂詠・d17898)はコンビネーションアタックを決める。キュリオム・ジーダ(自然のよさを君に・d33034)は、ここぞとばかりにジグザグスラッシュを繰り出して、スキュラの受けている氷や毒やトラウマやプレッシャーや炎などを、片っ端から増やしていく。
     そこに響く歌声は、大社・珠希(血に魅入られた木春菊・d29372)のディーヴァズメロディだ。スキュラはよろめきながらも、それでもまだ倒れない。
    「しぶといですね。ですが、そろそろ優貴先生のソウルボードから退場していただきましょう」
    「っく、っあああああっ!」
     雪乃城・菖蒲(紡ぎの唄・d11444)が全力を込めて叩き込んだ鬼神変に何度目かの悲鳴を上げて、スキュラはとうとう倒れこんだ。
    「ほんと……あなた達って、疫病神だわ」
     大嫌いよ、と零しながらスキュラの残留思念は、跡形も無く消え去った。

    ●ソウルボードの目覚め
     ソウルボード内の敵を完全に倒しきった灼滅者達は、優貴先生の無事を心から喜んでいた。
    「でも、まさか本当に特殊肉体者だとは思わなかったよ」
     優貴先生が実はラグナロクであり、『契約』を交わしたという事実は、神園・和真(カゲホウシ・d11174)などのように、もしかしたらと考えていた灼滅者達にとっても、やはり実際に目の当たりにすると驚きである。
    「みゅ。優貴先生、大変だったとねぇ」
     戦いを終え、優貴先生の無事を確認し、二重・牡丹(セーブルサイズ・d25269)もまたホッとした顔で語りかける。
    「……仕事が恋人もよかけど、早く良い相手が見つかるとよかね」
    「……はい?」
     何かを悟ったような顔で、しみじみと優貴先生に告げる牡丹。何かが噛み合っていない。
    「いいの、いいのよ先生。それ以上何も言わなくても、ちゃーんとわかってるわ」
     そんな優貴先生の手を優しく取って、姫川・クラリッサ(月夜の空を見上げて・d31256)は励ますように語りかける。
    「大丈夫、私達は優貴先生がアラサーであっても先生の味方よ。そうね、まずは出会いを探しましょ。先生はアラサーだから、生徒相手はハードルが高いと思うの。まずは結婚相談所はどうかしら!」
    「……えっと、別に優貴先生は、アラサーをこじらせて倒れていたわけではないわよ?」
     力強くプランを考えるクラリッサに、シャーロット・サウンドエッジ(音は虚空に鳴り響き・d27918)がそっと突っ込む。だがそれは不幸にも蜷川・霊子(いつも全力投球よ・d27055)の耳には聞こえなかったらしい。
    「具体的には婚活パーティっていうのもあるらしいわ! 先生見た目は良いからきっと大丈夫。それに、女って、きっと年齢じゃないのよ!」
     全力で励ましにかかる霊子。完全に何かを誤解している模様だ。ちなみに彼女達が結成したチームの名は『優貴先生がアラサーであっても励ます会』という。
    「う、うーん……」
     優貴先生の方は、せっかく教え子たちの好意だし……と断るに断れず、なんだか複雑そうな顔で苦笑いしている。
    (「……帰った後、あまりショックを受けないと良いのじゃがのう」)
     現実の優貴先生は、やっぱり今もあの状態なのだろうか、と思案しつつ錦織・仁來(空遊・d00487)は優貴先生の方を見ている。
     きれい好きで外見にこだわるタイプの優貴先生だし、櫛くらい渡してあげようかなと思いつつ、それはそれとして鏡は見せない方がいいかもしれないな、と仁來は思う。
    「プレスター・ジョンの国の勢力は、どこまで増えていくのでしょうか……」
     スキュラも、ゲルマンシャークも、ボスコウも。残留思念は、すべて倒された。しかし狼久保・惟元(月詠鬼・d27459)は、いつかプレスター・ジョンの国こそ、あらゆるダークネスの集う組織になる日だって来るかもしれないと危惧する。
     更に、彼らが現実世界に現れるようなことが起これば――あまり考えたくはない状況だと、正直なところ惟元は思う。
    「さあ、帰ったらお茶にいたしましょう!」
     いつまでもこのまま優貴先生のソウルボードにみんなでお邪魔しているわけにもいかない。そう呼びかけたマドレーヌ・メグレ(午前三時のティータイム・d25612)は、ちゃんと紅茶と焼き菓子の準備をしてから来ましたのよ、と笑う。
    「春のおひさまは、とってもやさしくて暖かいのですわ。お花見も良いですわね」
    「そういえば、武蔵野市には有名な花見の名所があるらしいな」
     東京の桜はすっかり開花が進んで、もうじき見頃を迎えるだろう。武蔵野の街を歩きながら、花見に出かけてみるのも良いかもしれない。
    「優貴先生、ぜひご一緒に」
    「あ、はいはい! 俺も行きたい!」
    「ええ、喜んで」
     だから今は、みんなで一緒に、帰りましょう――。

     灼滅者達の姿が次々と消え、彼らが時同じくして現実世界で目覚めていく中、優貴先生のソウルボードに暖かく優しい風が吹く。春の日差しが差し込んで、やわらかな緑が芽生え、一輪の桜が花開いたその時。

     おかえりなさい、とたくさんの声に出迎えられて、優貴もまた目を開けた。

    作者:七海真砂 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年4月1日
    難度:簡単
    参加:3209人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 45/感動した 3/素敵だった 13/キャラが大事にされていた 37
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