殺戮のリバーシ

    作者:日暮ひかり

    ●scene
     沖縄国際通り。県庁前から続くこの通りには、多くの土産物屋や飲食店が立ち並び、今日も沖縄を訪れた観光客で賑わっている。通りを歩く誰もが朗らかな笑みを浮かべ、沖縄の休日を満喫している。その片隅に、場違いな殺気を発する二人組の姿があった。
     
    「人間の笑顔って気持ち悪いよね」
     糸目の青年が小柄な女に、彼女にしか聞こえない程の小声で囁きかける。
     二人組はどちらも大学生ほどに見え、恋人同士で旅行に来た一般人のようにも映った。女は青年の質問に答えず、うっそりとした笑みで通りを眺めるばかりだ。
    「あ、なにウザかった? ねーごめんってば」
     女はけろりと言って笑みを消すと、囁くような言葉を返す。
    「てかさぁうだうだゴネる系六六六人衆ってウチらから見てもショボいし、微妙ってか、二流? 好感持てるわ。あんたのその、どーしようもないゲスみ? みたいなの」
     客引きの店員達が二人に声をかけてくる。笑顔で、笑顔で、笑顔笑顔笑顔――。
    「……気持ち悪い。だからさ、虐殺するよ。できるよね……小日向都」
     スマイルイーターは囁いた。都と呼ばれた娘が頷いた直後、周囲は血の海と化した。
     数人分の首が一度にはね飛んで、頭部を失った胴体が路上に崩れ落ちながら膨大な血を垂れ流す。逃げ惑う人々を次々と斬り伏せながら、都はやはり堪えきれないといった風に笑いだした。
    「キモいとかそーゆうのはゴメンわかんねーわ。けどさァ、楽しそーにしてるヤツぶっ殺すの超ーーー好き。ウケる、まじシンプルにクズじゃね」
     あんたも、あたしも。
     黒曜石の角を生やした娘は殺人鬼に問いかける。都の腕が人間を紙のようにちぎり捨てるさまを、男はただ眺めるばかりだ。
    「ウチらって似てない? 自分より強くて悪いヤツについてく、これ常識っしょ」
     
    ●warning
     軍艦島の戦いから、早くも一月が経過しようとしている。勢力拡大を目論むHKT六六六の動きは依然として活発で、全国各地でゴッドセブンによる事件が相次いでいる状態であった。
     鷹神・豊(エクスブレイン・dn0052)は資料の表紙を睨みつけ、教卓に放り投げた。哀川・龍(降り龍・dn0196)がそれを手繰り寄せ、ページを捲る。
    「……うわ。こいつかあ……なんだっけ、ナンバー2?」
    「ナンバー2はもっともいけないナースだ。正解はナンバー5、スマイルイーター。所属はKSD六六六。特徴は大学生くらいの男子、糸目の美形。予習が足りん」
    「…………すいません…………」
     スマイルイーターは沖縄国際通りを活動拠点としている。現地ダークネスを支配下に置き、沖縄の支配および、楽しそうな笑顔をする一般人の虐殺を企てている。今回は『小日向・都』という名の女羅刹と行動を共にしているようだ。
    「既に聞き及んでいるだろうが、奴は『沖縄の各地に爆弾を仕掛けており、自分が灼滅されたら大きな被害が出る』等とほざいて、君達との交戦を回避しようとするようだな。見苦しいがまあ無視しておけ。爆弾とやらが見つかった時の奴の吠え面が楽しみだな」
    「……あ、うん。脅されてるって発想ないんだな……でもそれマジだったらやばいし、スマイルイーターへの攻撃はしないほうが無難か。やだな。配下の羅刹だけでも倒せるといいんだけど……」
    「可能だ。このクズは己の保身のため、小日向が君達と戦うようけしかける。一般人への被害を阻止しつつ、小日向を灼滅する。それが此度の最善手だ」
     
     都はスマイルイーターと共に国際通りのアーケード街を歩き、偶然二人に声をかけてきた客引きと、偶然店の付近にいた一般人をゲーム感覚で殺そうとしている。
     都たちに声をかける客引きは二人。
     琉球ガラス屋の若い男性店員は、カップルにペアグラスを売ろうとしている。
     沖縄料理店の気のいいおばさんは、お腹をすかせていそうな客を探している。
     灼滅者たちが先んじて客引きに捕まり、都たちに話しかけないようにしておけば、事件発生が遅れ敵に隙が生まれる。その後、歩いている都に奇襲をかけ、戦闘に持ちこむ事ができるだろう。奇襲タイミングは任意だが、遅すぎると他の客引きが声をかけてしまう。
     都は、神薙使いとウロボロスブレイドのサイキックで力任せに攻撃してくる。戦闘力は高いということはないが、油断はできない。
     敵に異変を察知されてしまうため、戦闘開始前に一般人を避難させておく事はできない。避難誘導と戦闘を並行して行うことになる。
    「やばいな……おれ一度客引きにつかまったらうまく逃げてこられる自信ない」
    「……だろうな。その辺りは、あまりに無計画だと作戦に支障が出る可能性が捨てきれん」
    「まじか。すごいな観光地こわすぎだろ……」
    「だが、地元の方々のそういった地道な努力が国際通りの活気を生み出しているのだ。ダークネスの気紛れでそれを台無しにさせて良いのか?」
    「うん……『みんなの笑顔を守るために頑張ろう!』とかさ、たぶんそういう事だと思うんだけど。いまいち恥ずかしくて言えないよな。豊さんも、おれも」
    「ぐ……」
    「まあいいじゃん、そんな感じでがんばろ。一般人を守るの第一で、了解」
     龍はまた資料のページを捲った。
     気持ち悪い、か。誰に話しかけるでもなく、彼は独りごちる。
    「……もしそんな勝手な理由で人を殺せたってさ、全然。全然、心は晴れないのにな」


    参加者
    裏方・クロエ(トリックスマイラー・d02109)
    楯守・盾衛(シールドスパイカ・d03757)
    鏑木・カンナ(疾駆者・d04682)
    或田・仲次郎(好物はササニシキ・d06741)
    関島・峻(ヴリヒスモス・d08229)
    雪乃城・菖蒲(紡ぎの唄・d11444)
    神西・煌希(戴天の煌・d16768)
    入須・このは(船頭少女・d31187)

    ■リプレイ

    ●1
     国際通りには今日も笑顔があふれ、活気に満ちている。中年男性がスマホを弄る若者にぶつかる、そんな光景も平和だ。一瞬むっとした男は、関島・峻(ヴリヒスモス・d08229)と目が合うと逃げていった。彼は謝ろうとしただけなのだが。
     誰も彼が灼滅者だとは気づかない。それすらも、日常だった。
     アバサー汁の看板の前で立ち止まる雪乃城・菖蒲(紡ぎの唄・d11444)を、入須・このは(船頭少女・d31187)は不思議そうに眺める。過去の記憶を失った菖蒲にとっては、昨年の修学旅行の思い出も未だ鮮烈なのだろう。今回の一件には、些か複雑な感情もあるのかもしれない。
     ――とりあえず、身勝手な思想は断ち切っておきましょう。
     菖蒲は前に向き直り、人混みに紛れていく。派手やかな女と細身の優男が、素知らぬ顔で目の前を通り過ぎていく。囮の鏑木・カンナ(疾駆者・d04682)と或田・仲次郎(好物はササニシキ・d06741)だ。
    「カップル装うつっても恋人居た事ないしなー」
    「そうなんですかー? 意外ですねーうふふ」
     カンナがややぎこちない一方、大切な恋人のいる仲次郎は完璧な演技に自信があった。整った顔に穏やかな笑みを浮かべ、仲次郎は店頭に並ぶ琉球ガラスに視線を向ける。
    「ほらー鏑木君、綺麗ですよー」
    「どれどれ? あら、これいい色じゃない、三色グラデ!」
    「あ、それペアグラスなんすよ~! 旅行の想い出に一つどうっすか?」
    「そうね……他の色とかもあるの?」
     男友達よりは近い距離感で――グラスを覗く仲次郎に、カンナも思い切ってぐっと身を寄せる。内心冷や汗ものだが、若い店員も二人がカップルと信じて疑っていない。カンナが説明を引き延ばしている間に、仲次郎は仲間にメールを一斉送信する。
    「ちョッとォー合図早すぎィ!」
    「今のは仲次郎みてえだなぁ。奇襲の合図は峻からでイイ筈だぜえ」
     携帯を覗きこむ楯守・盾衛(シールドスパイカ・d03757)と神西・煌希(戴天の煌・d16768)の傍らを、裏方・クロエ(トリックスマイラー・d02109)と哀川・龍(降り龍・dn0196)が通り過ぎる。恥ずかしそうな龍を、二人は良い笑顔で見送っておいた。
    「トンファンセーファンタコライスーコーレーグースが飲みたいなー」
    「飲み物だっけ……」
    「ゴーヤーミミガーチャンプルー沖縄料理が食べたいなー! お腹が空いた、お腹がす……ほらロンさんも『お腹が空いた歌』大きな声で歌いましょー」
    「と、とんふぁん……何、セロハンテープ?」
     おいおい何の罰ゲームなんだ。峻は他人のふりをしたくなる。しかしクロエの狙い通り、空腹アピールの囮効果は抜群であった。おばさんがにこにこ声をかけてくる。
    「はいお嬢ちゃん寄ってきな! ゴーヤチャンプルー特盛りあるよっ!」
    「わっふーなのです。ソーキそばありますですか?」
     元気なおばさんにクロエも全力笑顔で応答する。その時、糸目の男が雑踏の中に見えた。傍らには都の姿もある。囮と敵の距離が縮まる。緊張が高まる。
     ダークネス達が、事件発生地点を――素通りした。

    ●2
     安堵している暇はない。峻は皆にメールを一斉送信すると、完全に背を向けている都に向かって走った。力の封印が解かれ、深紅の剣が静かに顕現する。狙うは急所のみ。その切っ先で都の踵を、深々と、突く。
    「……は?」
     パンプスが赤く染まる。状況を理解していない都が、虚を突かれた顔で振り返る。隣の男も怠そうに振り返った、その瞬間。
    「ゲラーーーッハッハッハッハッ! ブヒョッブヒャブッヘヒヒヘェ!! ブッフフブホッヒャハ」
     スイッチを入れ間違えたような笑い声が轟いた。ああ、またかと峻は冷静に受け流す。
    「ヒャッハァーーー!!!」
     身の丈程もある逆十字を握った盾衛が見えた。あからさまに顔を歪めたスマイルイーターの一寸先を、巨大な刀が通過していく。
     十字架全体を刀身とする背理剣が、変則的な軌道を描いて襲いかかる。都も避け方が解らず脚への追撃を許した。
    「……ふゥ。ゲスい野郎のパシリが相手トカ正直アレだケド、精々楽しく笑ッて殺ッてみよウか」
    「笑えないな。だが、思い残す事が無い様に全力で殴りあってやるよ」
     爽やかな笑顔を見せる盾衛と、対照的に無表情な峻を見て、都は手を叩いて大笑いしだした。
    「うわ、何キモ! てかお前ら目つき悪すぎ? マジウケんだけど……」
     都はスマイルイーターに同意を求めようとしたが、状況を一瞬で理解した男は素早く自衛に移った。襲撃直後の動きを警戒した仲間の灼滅者が周辺を囲んでいる事に気づいたのだ。
     解ってるよね。男は細い目で、そう語る。遅れて悲鳴が上がるのに合わせ、クロエは隠した発煙筒を使った。
    「火事だー!!! おばちゃん火事ですよ!!」
    「えぇ!? ウチかい!?」
    「死にたくなければ安全な方向に逃げてくださいねー」
     遠くにいた人々も、煙に気づきざわつき始める。続けて仲次郎がパニックテレパスを使った。
    「火事なの!!?」
    「え、アトラクションって警察っぽい人が……」
    「ああ怪談のやつ?」
    「イケメンがライブのリハだから出てけって」
    「通り魔よ、私見た!!」
    「取り押さえてる人達がいるから!」
    「安全な方ってどこだよー!?」
    「みなさ~ん、こっちに来て下さい~!」
     現場は大混乱に陥ったが、騒ぎの原因がうやむやになれば心の傷は浅くすむ。若者を扇動し、老人の手を取り、子供は背負って。沢山の仲間が、人々の笑顔を守る為に力を貸してくれた。
    「【『ガイア』の力で、止めてみせる!】」
     このはが殺界形成を発動した。これで戻ってくることもないだろう。都も漸く察したようだ。
    「あー。あれな、こいつらが武蔵坂な。超理解」
     スマイルイーターはひどく不愉快そうに頷いた。
    「殺しといてくれる? 気持ち悪いから。友達でしょ」
    「…………」
     都が返事を返す前に、煌希が会話を遮った。
    「ストリートファイターの端くれとして殴り合いは大いに興味あんなあ。俺らがお前の相手になんぜえ!」
     試しに殴ってみろ、と言わんばかりに、彼は大らかな笑みを浮かべ都の前に佇んでいる。
    「お手並み拝見、ってなあ」
    「え、お前羅刹ナメちゃった系? パネェな。OKやるわ、やってやんよガチで」
     都は拳を握ると、変形した腕で煌希の鳩尾を殴りつけた。無防備に見えた煌希が漆黒の氣でガードし、見事に踏み止まるのを見て、都は嬉しそうに笑う。煌希の霊犬ニュイ・ブランシュが素早くその腕を斬り返し、宿った力を砕いた。
    「やるじゃねえか。それじゃ、俺の手番と行くぜえ!」
     一瞬蹴りの構えを見せた煌希だが、放たれたのはアッパーだ。その僅かな隙を見切り、都は上体を後ろにそらす。そうでなくては、とばかりに煌希も愉しげな笑みを浮かべた。
     ひどく不愉快そうなスマイルイーターへわざわざ見せつけるように、盾衛は壊れた哄笑を繰り返す。
    「グッフハハホッハァ、オラ来いよ辛気臭ェツラしてねェで笑ッて来いヤッはァ!」
     刃のぶつかる音が響くたび。
    「楽しそうですねー私も早く仲間に入りたいですーうふふ」
     仲次郎もまた、笑う。
     ――気持ち悪い。
     一際低く洩らされた声に、このはは寒気を感じ後ずさる。
     笑いながら殴り合う都と仲間たち。スマイルイーターでなくてもそう感じかねない程、その様子は狂気じみていた。戦い慣れていないこのはには、今日の戦場がとりわけ恐ろしく映る。今までの敵とは何か違う。
     射出された殺戮帯が都の脇腹をかすめる。刹那、都は眼球だけでこのはを眺め見て、にたりと嗤った。
    「お前は来ねェの?」
     このはの腹の底で何かがぞわり、と蠢いた。菖蒲は場の異様な空気に流されず、ただのんびりと息を吐くのみだ。
    「全く……我慢を知らない方々ですねぇ~堪え性がない子は、痛い目見ますよ♪」
     その微笑の裏で、彼女は何か全く別の計算をしているようだった。呪文を詠唱しながら、菖蒲は断罪輪に魔力を集める。
    「七天を走る祓いの光、癒しと破壊を分け与えよ……」
     天魔の法陣が煌希の傷を癒し、敵の強化を打ち砕く力を前衛全体に与える。都はもう一般人など眼中になかった。避難が完了するまで、五人とサーヴァントで都を抑えなければならない。一行の妙な態度は、敵の注意をひくためのものだ。
     概ね、そうだ。
     一般人達のざわめきが遠くなっていく。取り残されたような思いで、このはは唇を噛む。
    「なんで、そない簡単に、人を殺せるん……? うちには、わからんよ。全然わからん……」

    ●3
     奇襲班が都と殴り合っている間、囮班は懸命に誘導を続けた。駆けつけた面々の中にも、一連の件に憤慨している者は多い。それだけに熱が入っている。
     予定より早く合流できそうだ。店内を確認して回っていたカンナは、唯一現場に留まっていた女性に気付いた。
     混乱の中で子供とはぐれた母親だった。この一家も、春休みの家族旅行を楽しみに来ていた筈なのに――カンナは改めてやるせなさを覚える。友人達と賑やかに笑いあった、あの海の青さが思い起こされた。修学旅行の記憶を嫌な思い出で上書きしたくない。
     王者の風を受けた女性は、怯えたようにカンナを見あげた。
    「大丈夫よ、お子さんは後で連れてくわ。なるべく遠い所へ急いで逃げて!」
     カンナはにこりと笑ってみせる。その不思議な力強さに押され、女性も走り出す。戦場に目をやると、クロエのナノナノ・もっちーパンが煌希を癒していた。仮・轟天号とハヤテもいるものの、今の所互角のようだ。
     都に蹴り上げられた峻の槍が宙を舞い、地面に刺さる。防御が間に合わない。強烈な打撃を覚悟したその時、龍の護符が都の眼を塞いだ。流星の煌めきと共に、見慣れた青の三つ編みが斜め上から降ってくる。クロエだ。彼女の蹴りが都の拳を押し留めた。
    「有難うクロエ、助かった」
     峻は背後を固める仲間から投げ渡された槍をキャッチする。今日は数多くの知人や戦友が共にある。頼もしい限りだ。
    「大学でびゅーですかせきじーボク悲しいです。小春日和の原っぱで同じ弁当をつついた青春よさらば、って誤解を招きますですねこの表現」
    「悪い。前言撤回していいか」
     軽口も程々に、クロエはスマイルイーターを睨みつける。男は未だ傍観を決めこんでいた。許せない――お爺ちゃんっ子のクロエにとって、笑顔と元気は基本。大切なものだ。それを戯れに踏み躙る行為に、本気で怒りを感じている。
     仲次郎とカンナも程なく合流した。まとめて殴ってやるとばかりに、都は鞭剣を金棒の如く振り回す。刃物というより鈍器に近い扱い方だ。
    「周りを見ておくべきでしたねぇ~私の糸は、逃がしませんよ」
     殴る事に夢中な都は、足元を見ていない。張り巡らされた菖蒲の糸は雪にも似た可憐な白光を散らしながら、何より冷酷無比に都を斬り刻んだ。仮・轟天号とハヤテが重ねて突撃し、はねられた都が立看板に激突する。
     反撃の狼煙だ。一際目立つ脚の裂傷はより深くなり、折れた指は一気に石化が進む。
    「ちょ待てって、お前ら何キレてんの!? その怖いカオさぁ……あはっ、ヤバイ、ツボ! シェアしてー」
    「えーごめん、ちょっと何言ってるか全然わかんなァーい」
     追いつめられても、都の態度は全く変わらない。カンナは当てつけのように言ってのける。
    「うわヤッバーイ、頭悪そうな口調がおもむろに移っちゃったかもー」
    「イケてなくなくない? お前のセンスウチら的にもマジ、だいぶイケメてるよ?」
     無理、やっぱついてけないわと、カンナは肩を竦めながら癒しの法陣を展開する。眩い光が立ち昇り、前衛達の細かな傷や痣が癒えていく。スマイルイーターは唯戦いを眺め続ける。
    「友達甲斐のある方ですねーうふふ」
     仲次郎が煽るようなことを言う。彼が振りかざした交通標識を、都は鬼の手で殴り返した。
    「スマイルイーター、細めのイケメン、キャラ被りまくりじゃないですかーうふふ。なのでいつか灼滅しましょう、そうしましょう」
     仲次郎もまた、わざと男の方を見るとにっこりと笑いかけた。本当はお前を灼滅したかった――そう言わんばかりに、目は笑っていない。
    「プーップププクスクスプギャーー!!! ねェ都サン今どんな気持ちー?」
     二人の敵を同時に煽っている盾衛に乗ったわけでもないが、峻は言いそびれた言葉を口にした。
    「奴にとってお前は使い捨ての駒だろ。愚かなシンパシーをお前だけが感じてるって哀れだな」
     深紅の細身剣と、深黒の逆十字剣が、音もなく都の体内へ吸い込まれていく。
     禍々しい二本の剣は、彼らの闇を写したような威力で都の霊魂を削いだ。都がゆっくりと膝をつく。
    「……だってよ、あはッ! ねェせきじーっちの言ってることマジ? マジ系?」
     スマイルイーターは、答えない。
    「ちょーーーウケる、ゲスすぎなんですけど!! つらたん……なんて、ですよねー」
     腹を抱えて――この女は、笑っている。
    「あいつがなんて言おーが、あたしはあいつのダチだよ。お前らもそう! 笑いながら誰かをブン殴れるヤツがこの中に何人いるか数えてやろうか!! ほら。指さしてさ。いくよ、3、2、1、」
    「違う! うちは……皆だってそんな人やない! 誰かが傷つくのが嫌で戦ってるんや!!」
     その瞬間、このはの感情が爆発した。
     無防備な都の頭部に振り下ろされる杖。暴発する魔力は、このはの怒りと、悲しみそのもののようだ。
    「ひぃ、ひィ……お前らサイコー……」
    「峻さん……最低だよ、こいつ」
    「欲望の儘振る舞っても、心が晴れないと思うのは人間として当然だ。……俺もそう思える事に少し安堵してる」
     峻は剣の切っ先を向け、都と向き合い続ける。所詮解り合えはしない、そう呟いて。
     人殺しを堂々としようとする奴らが心底羨ましくて、彼らも、羨ましいと思う自分も許せない――そう吐露した仲間や、皆の心情を憂い、龍は都への嫌悪感に顔を歪めた。
     一番愚かな共感を抱いたのは、果たして誰だったのか。
    「このは、伏せろ!」
     己の内に生まれた殺意が信じられず、このはは杖を握ったまま立ち竦んでいた。煙の中から鬼の哄笑が響く。風の流れが僅かに変わった事を察し、煌希とクロエがこのはを庇いに走る。知らぬ顔をしていたかに見えたニュイがその時、主人を襲う風の刃をすかさず受け止めた。
    「そりゃあ、殴り合いが少しも楽しくねえって言やあ嘘になっけどなあ。皆を護る役目は忘れちゃいねえよ」
     煌希はそっぽを向くニュイをがしがしと撫でながら、いつものように笑った。皆、肩の力が抜けていくようだった。そうだ、こんな屑の妄言にこれ以上付き合っていられない――叩き斬る。
     灼滅者達は猛然と追撃を放つ。
    「トラウマに溺れ沈みなさい、縛るのは肉体だけに非ず……ですよ~」
     菖蒲が九字を唱え、都の内側を更に攻める。仲次郎の氷柱を顔に受けてなお、都は笑って猛進してくる。
     何が視えているのかは知りたくもない。穢れた拳でこれ以上仲間を殴らせるものかと、カンナは殺戮帯でクロエを護る。鋼の拳と、同じ鬼の力を宿す拳で、煌希とクロエは都の凍った顔面を殴り飛ばした。思い切り、殴った。
     都がどうと仰向けに倒れ、崩壊した顔面で笑い転げる。
    「あはっ、あはははは、あぁばッ!!」
     突如、声が途切れた。既に戦える状態にない都の喉に、盾衛が背理剣を突き下ろしたのだった。
    「オラ、好きなンだろ殴り合い。コイツで仕舞いだ」
     笑えよ。
     身の凍るような低い囁き。凄絶なまでに冷たく、凶悪な笑み。ゆらりと立つ盾衛の顏は、先程までと全くの別人に見えた。都は口をぱくぱくさせながら息絶え、後には墓標のようにそびえる逆十字のみが残される。
    「はい残念でしたー。またどうぞスマイルイーター君、うふふー」
    「不快で使えないゴミを始末してくれて有難う。全員気持ち悪かったよ」
     男はにこやかに手を振る仲次郎にそう言い捨て、憐憫の一片も残さず、去っていった。

    ●せめて微笑みながら『 』ね
     邪悪は滅した。
     街も守った。ただ、どうにも胸糞悪さが残る。やっぱり観光気分にはなれないわね、とカンナが呟く傍らで、菖蒲はタブレットPC上の地図を眺めていた。スマイルイーターの逃走した方角の延長線上を辿りながら、彼女は何か考えこんでいる。
    「どこかに拠点になりそうな建物がないですかねぇ~……あ、そういえば、本名は聞かなくてよかったんですか~?」
    「いいです、耳が汚れます。それにボク雑魚の名前は覚えられない体質でした」
     クロエは拳を固く握ったままだ。次に会った時は、必ず――そう考えているのは彼女のみではない。仲次郎は男が消えた先を昏い眼で見つめ、笑う。口元だけで。
     盾衛もまだ笑っていた。
     一体何が面白いのか。はなから、別に何も可笑しくなどない。
    「スマイルイーダーヂャン聞ごエるゥー? ヒャーッヒャッヒャッゲラァバッベビビィプゥヴェッヘヘ、ヒーハァーー!!」
     そう、嫌われるなら徹底的に。どうせお互い、好きにはなれそうにない。
     笑い続けて終には枯れた盾衛の声は、そんな筈もないのに、どこまでもしつこく男を追っていくように思われた。遠吠えにも似た哄笑の中心で、峻だけが唯一人、短く瞼を伏せる。
    「……悪い男に捕まったもんだな。もしや其れすらもお前の望みだったのか、都」
     答えは無い。つまり、背負うにも値しない女だったのだ。そう考える事が、どうしても、出来なかった。

    作者:日暮ひかり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年4月13日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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