炎色のアフェーラ

    作者:篁みゆ

    ●恐ろしい衝動
    「帆南ちゃん、ご飯ここにおいておくから、少しでもいいから食べてね?」
     女性が、戸惑いを含んだ声で子供部屋の扉の向こうに話しかける。
    「それと……先生から電話があったわ。せめて卒業式には来て欲しいって。卒業式……私は家で待っているし」
     声をかけ続けるも部屋の中からは返事ない。女性は悲しそうな顔をして階下へと戻っていった。
    「……め。……だめ」
     絞り出すような小さな声。荒れた部屋のベッドの上で布団にくるまった帆南は、自分に言い聞かせるように呟いた。
    (「怖い……でも、咲絵さんに心配かけたくない。学校には……卒業式にも出たいけど、でも……」)
     自分の中に湧き上がる、獣のような衝動に怯えて部屋にこもって数日。義理の母である咲絵は、帆南がまだ再婚に反対していると思って悲しんでいるかもしれない。けれどもそうじゃないと素直に伝える前に、その衝動が帆南を襲った。
     帆南ができたのは、父親と咲絵に衝動をぶつけてしまわぬよう、部屋に閉じこもっていることだけだった。
     

    「やあ、いらっしゃい」
     教室に足を踏み入れると、物腰柔らかに神童・瀞真(大学生エクスブレイン・dn0069)が声をかけてきた。座ってくれと声をかけると、瀞真は和綴じのノートを繰る。
    「一般人が闇堕ちしてイフリートになる事件があるよ」
     通常ならば闇堕ちしたダークネスからはすぐさま人間の意識は掻き消える。しかし今回のケースは元の人間としての意識を残したままで、ダークネスの力を持ちながらダークネスには成りきっていないのだ。
    「彼女が灼滅者の素質を持つようであれば、闇堕ちから救い出して欲しいんだ。ただ、完全なダークネスになってしまうようならば、その前に灼滅をお願いしたい」
     彼女が灼滅者の素質を持っているならば、手遅れになる前にKOすることで闇堕ちから救い出すことができる。また、心に響く説得をすれば、その力を減じることもできるかもしれない。
    「彼女の名は永森・帆南(ながもり・ほなみ)。卒業式を控えた小学6年生の女の子だよ。彼女は自分の中の獣の衝動と必死で戦っている」
     帆南の家は住宅地にある2階建ての一軒家で、父と、年明けに後妻に入った咲絵という女性と三人で暮らしている。
     帆南は父親や咲絵に衝動をぶつけたくないと部屋にこもって気を張っている。それでも漏れてしまう衝動は、自分の部屋を荒らすことで何とかしているようだ。
    「咲絵さんは帆南くんを本当の娘のように思って接しようとしている。帆南くんもぎこちなくはあるけれど、咲絵さんのことを憎くは思っていない。けれど獣の衝動が現れる数日前、『こんなに若いお母さんなんて恥ずかしいから、卒業式に来てほしくない』とつい口にしてしまったようだね」
     そのことを謝ろうにも、抑えている衝動が爆発して傷つけてしまうかもしれないと思うと、帆南は部屋の外に出られないでいる。
    「説得をするなら、咲絵さんに危害を加えないほうがいいだろうね。帆南くんは複雑な年頃なだけで、本当は優しい子だから、咲絵さんと仲直りして卒業式に出たいと思っているだろう」
     玄関から入って右手の階段を登って二階に上がった突き当りが帆南の部屋だ。一階には咲絵がいるので、なんとか口実を作ってあがりこみ、帆南と接触する必要があるだろう。帆南の部屋のドアには鍵はないが、内側に家具をおいて開かないようにしてある。
    「彼女はひとり、恐怖と戦っている。出来ることならば、彼女を解放してあげてほしい」
     頼んだよ、瀞真は告げてノートを閉じた。


    参加者
    アリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)
    迅・正流(斬影騎士・d02428)
    マリーゴールド・スクラロース(中学生ファイアブラッド・d04680)
    クラウィス・カルブンクルス(片翼無くした空飛べぬ黒蝶・d04879)
    南条・忍(パープルフリンジ・d06321)
    漣・静佳(黒水晶・d10904)
    備傘・鎗輔(極楽本屋・d12663)
    楠木・朱音(勲の詠手・d15137)

    ■リプレイ

    ●大丈夫、今行くよ
     閑静な住宅街。遠くで聞こえる子供の声は、庭で遊んでいる幼児のものか。帆南の家にも広いとはいえないが庭がある。
    (「難しい年頃か。私にも多少覚えがあるわね」)
     玄関から死角になる位置に立ったアリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)は箒片手に自らの過去を思い返した。魔術の勉強をしてなんになるんだ、そんな風に頭ごなしに否定されたこともある。
    (「過ぎてみれば、誰もが一度は通り抜ける期間なんだろうけれど」)
     それでもその期間にいる間は、今のアリスのように穏やかに考えることは出来ないものだ。
    「にゃー」
     アリスの足元で小さく鳴き声を上げたのは、白いシャム猫に変身した備傘・鎗輔(極楽本屋・d12663)だ。ポニーテールのような尻尾をゆらり揺らす。
    (「なんていうかさ、夫婦の問題に子供は関係ないなんていう人、いるけどさ。もう少し、考えてあげてほしいな」)
     新しい家族を迎えることになる子どもだって、他人ごとじゃないのだから……鎗輔は2階を見上げ、思う。
     ピンポーン。インターフォンの音と、しばらくして応対に出る女性の声が、アリスと鎗輔にも聞こえた。
    「副担任の迅と申します。帆南嬢のお見舞いに来ました。お加減は如何でしょうか?」
    「先生ですか? わざわざ申し訳ありません。少々お待ちください」
     パタパタパタと室内から足音が聞こえる。迅・正流(斬影騎士・d02428)の口上に応えた女性、咲絵が玄関へと小走りで来たのだろう。程なく扉が開いた。
    「お待たせいたしました……まぁ……」
     副担任ひとりかとおもいきや扉を開けてみれば大所帯で、咲絵は驚いたように一瞬固まってしまった。彼女の警戒を解くように、フォローするようにクラウィス・カルブンクルス(片翼無くした空飛べぬ黒蝶・d04879)が口を開く。
    「英語指導員のクラウィス・カルブンクルスと申します。彼らの引率として永森さんのお見舞いに参りました」
    「急に、大勢で、お邪魔、して、御免、なさい。司書の、漣、です」
     担任と副担任から話を聞いて、よく本を借りに来ておしゃべりしてくれねる帆南が心配で来てしまったと漣・静佳(黒水晶・d10904)も告げた。
    「唐突に押しかけ、申し訳ありません。自分達は帆南ちゃんの卒業生の友人です。帆南ちゃんが心配で……お見舞いに参りました」
     一歩前に出た楠木・朱音(勲の詠手・d15137)と正流、クラウィスの使用しているプラチナチケットのおかげか、咲絵は安心したように微笑んで。
    「卒業しても仲良くしてくれているお友達がこんなにいるのね。こんなところじゃなんですから、とりあえず皆さん中へどうぞ」
    「お邪魔します」
     南条・忍(パープルフリンジ・d06321)とマリーゴールド・スクラロース(中学生ファイアブラッド・d04680)が明るく言って玄関から上がる。
    「にゃ~」
    「……」
     先に生徒役の仲間たちを玄関へ入れた静佳は、ちらりと姿を見せた猫の鎗輔に小さく頷いて、後ろ手に扉を閉めた。

    ●君を助けるために
    「帆南嬢の様子を聞かせてもらえますか?」
     お茶を入れに立とうとした咲絵をお構いなく、と留めて正流が口を開いた。咲絵は少し逡巡した様子を見せたが、目を伏せて言葉を紡ぐ。
    「部屋に閉じこもったままなんです。……お恥ずかしながら、私は年明けにこの家に入った義理の母でして……その、母親らしいことは何も、してあげられなくて……帆南ちゃんの心を開かせることも……」
     無力な自分をずっと責め続けていたのだろうか。すぐにエプロンの裾で拭き取られたが、咲絵の瞳には涙が溜まっていた。
    「大丈夫です。ここはボクたちに任せてくださいっ! きっと、友達同士でしは話せないこともあると思うんですっ」
    「一旦、お母さんを交えないでお話してもいいですか?」
     忍とマリーゴールドの言葉に、咲絵は頷く。
    「そうね、私じゃわからないこともきっとお友達なら……」
    「彼らのことは私たちが見ていますので安心してください。大変でしたね」
     優しく告げたクラウィスの言葉に咲絵も小さく笑顔を見せた。
    「俺たち今でも休みの日によく遊ぶんです。帆南ちゃんの家庭の事情も少し聞いていて」
     本当に大丈夫だろうか――テレパスで咲絵の表層思考を読み取った朱音が先回りして告げると、咲絵は「じゃあ、お任せします」と頷いてみせた。
    「帆南ちゃんの部屋は2階の突き当たりです。あの、私は……」
    「大丈、夫、です。必ず、部屋から、出しま、す」
    「だから帆南どのの喜ぶ料理でも作ってあげてください」
     静佳と忍の声がしっかりしていたからだろう、咲絵は不安を振り払うように頷いて、お願いしますと頭を下げた。

     2階の突き当り、静かに佇む扉は帆南の意志。いわば彼女が創りだした父親と咲絵を護るためのもの。
    「永森様、貴女を助けに来ました」
     クラウィスが名乗り、自分達は仲間だと告げると、室内で小さな音が上がった。
    「永森、今はまだ話さなくて良いから、聞いてくれ」
     扉に寄り添うようにして、朱音が言葉をかける。
    「君が抱えている衝動はその通り、破壊の獣になる兆候だ。だがその衝動に耐えられる君は、外に居る人達や俺達の様に、それを御せる可能性を秘めている」
    「信じられないかもだけど、窓の外を見て」
     忍が言葉をかけた後、皆でじっと耳を澄ませた。するとカタ……ズル……と室内から音が聞こえた。人の移動する気配がする。
    「きゃっ!?」
     カーテンの隙間から顔を出した少女が驚いた声が窓の外にも聞こえた。窓の外には箒に乗って浮かんでいるアリスと、その箒の先っぽに乗っている鎗輔がいた。帆南に気づいて、鎗輔は前足を振って挨拶をする。アリスは小さく窓を叩いた。
    「こんにちは、帆南さん。あなたを救いに来たわ。その破壊衝動、私たちなら受け止めて叩き潰すことが出来る」
    「帆南さん、少しは信じてくれたかな?」
    「あなたたちは……何?」
     声掛けに返ってきた問いかけ。マリーゴールドは自分の名を名乗り、そして。
    「あなたの先輩、かな?」
     そう告げたのは、彼女を助けてみせると心に決めているから。
    「私は、……閉じこもって、しまえなかった、わ。だから、貴女は頑張った、わ」
     長くずっと話すのが苦手な静佳が咲絵の前でも、今こうして帆南にも頑張って話しかけているのはひとえに救いたいからだ。
    「お願い、出てきて? 貴女の心を手助けに、来たの」
     静佳の言葉の後、しばしの沈黙。ガタ、ガダタ……大きなものを動かす音がして、ゆっくりと扉が開いた。
    「私、どうしたら、良いの……?」
     衝動に耐えるかのごとく自身の体を抱きしめるようにしながら姿を現した帆南の顔は、涙に濡れていた。
    「その獣の衝動は制御できます。我々に任せてください」
     正流が傷つけた指先から迸るのは炎。帆南は惹かれるようにその炎を見つめている。
    「少々荒っぽい手段が要るんだが……」
    「此処では、貴女の、大切な物を、傷つけてしまうわ。窓から、降りて、外に、行きましょう」
     朱音の躊躇う様子に静佳が場所の移動を提案する。帆南がゆっくり頷いたので、静佳は彼女の手をとって窓へと向かった。

    ●大切な人を守る力を
     展開されたサウンドシャッターと殺界形成。庭に面した窓にはカーテンが引かれているのを確認し、一同は帆南と向き合う。
    「先ずはその衝動……心の闇を受け入れるのです。そしてお父さんや咲江さんの笑顔を思い浮かべてください。それが闇を乗り越える力になります!」 
     家族の絆を守ってみせる、心に誓った正流が帆南との距離を詰める。
    「斬影騎士・鎧鴉! 見……斬!」
     名乗りとともに打ち出された一撃。帆南の口の端から獣のような唸り声が漏れる。
    「なんてかさ、大人って勝手だよね。いつも事後説明だし、話せば解るって思ってる。軽んじて見られてるよね、子供ってさ」
     獣の衝動に乗っ取られようとしている帆南に、鎗輔は語りかける。
    「だからさ、もう少し、見返そうと思わない? 自分のままで、さ」
     ただし少し怖いけどね、付け加えた鎗輔は帆南の身体を持ち上げて垂直落下させる。その衝撃から獣のような俊敏さで体勢を戻した彼女の意識はきっと、奥のほうで戦っているのだろう。霊犬のわんこすけが体勢を戻した帆南へ迫った。
    「家庭の事情も複雑そうだけれど、それでも新しいお母さんを傷つけまいと必死なのは、素直に立派だと思うわ」
     アリスが声をかけるのは、本物の帆南にだ。
    「その思いを守るために、私達が手を貸しましょう。ちょっと痛い思いをするけど、それは我慢してちょうだいね」
     放たれた魔法の矢が、深く深く帆南の身体に食い込んでいく。
    「私にも、覚えが、あるの」
     静佳が放つ石化の呪いが帆南を蝕む。
    「でも、その獣の声に、耳を傾けてはいけない、の。貴女の大切な人、お母さんが、守りたいもの、それを忘れない、で」
     同時に優しい言葉が帆南を包む。
    「私は永森様よりももっと酷いことをしました。それでも今、ここにいます」
     クラウィスの槍から放たれた氷柱が、帆南目指して飛んで行く。
    「伝えたい事は早いうちに言葉にしなければ、機会を逃してお互いすれ違って悲しいままになってしまうこともあります」
     これはクラウィス自身の体験から出た言葉。闇堕ちに双子の弟を巻き込んだことを自分のせいだと言い出せずにいる。今更伝えてどう思われるのかという不安もある。これらが常に心の奥の蟠りであるからして、帆南にはそうなってほしくないと強く思っている。
    「女の子に傷をつけるようなことはしたくないが……ちーと辛いが……頑張ってくれよ!」
     朱音の手にした『白鋼棍光刃十字槍』が帆南の脇腹を抉る。苦しそうに顔を歪めた彼女が、炎を宿した爪で朱音を斬り裂く。
    「頑張ればお母さんとまたお話も出来るし卒業式にだっていけるよ。だから、一緒に頑張ろう!」
     マリーゴールドが指輪から放った魔法弾が帆南の眉間に埋まる。その間にナノナノの菜々花は朱音の傷を癒やした。
    「卒業式、出るんでしょっ!? 帆南どのには、立派なお母さんだっているんだからっ!」
     忍の力が帆南から熱量を奪っていく。グルルルとこぼれる獣の唸りは灼滅者達によって付けられた傷に苦しんでいるのか、内側で戦っている帆南に苦しめられているのか――否、両方か!
     死角に入り込んだ正流の鋭い一撃、鎗輔の『断裁靴』から放たれる一撃と、タイミングを合わせるように放たれるわんこすけの一撃。アリスの『バトルオーラ『銀沙』』は光り輝いて帆南の身体を打ち付ける。
    「ね、元に戻れる、わ」
     静佳の放った裁きの光条が帆南を斬り裂く。耳をつんざくような悲鳴は、獣との声と少女の声が交じり合っていて。糸が切れたように崩れ落ちる帆南の身体を、寸での所でクラウィスが受け止める。走り寄った朱音が、帆南の部屋から失敬した毛布をボロボロの彼女の身体にかけた。

    ●門出は家族とともに
    「お疲れさん。そして……おかえりと、ようこそ、かな」
     意識を取り戻した帆南に、朱音が安心させるように微笑んでみせる。
    「よく、耐えましたね」
    「もう、お父さんや咲絵さんを傷つけないで済む?」
     抱きとめたままの帆南の頭を、クラウィスは優しくなでて労った。彼女の問には頷いてみせる。
    「どう、落ち着いた? 中学は武蔵坂学園に来るといいわ。似たような人が大勢いるから」
    「そうそう、春から本当に私たちの後輩さんにならないかな?」
     アリスとマリーゴールドが順に声をかけると、帆南は不思議そうに首を傾げる。学園のことを伝えると、彼女の表情が明るくなった。
    「帆南どの、キミが独りじゃないっていうのは本当だよっ。武蔵坂学園に行ったら、年の近いお友達だっているんだからっ」
    「うん。行ってみたいな」
     忍に言われて、帆南は微笑んでみせた。
    「さ、色々、いいたいことがたまってるでしょ? ついでに、沢山、文句も言ってあげなよ。咲絵さんじゃなく、お母さんって呼んでね」
     差し出された鎗輔の手を借りて、帆南は立ち上がる。
    「で、仲直りして卒業式にでなよ。あ、お父さんもね。それが家族のスタートじゃない? たぶん、だけどね」
    「『お母さん』……呼べるかな」
    「大丈夫ですよ。さぁ、咲絵さん……いや、お母さんに『ただいま』と『ごめんなさい』を言いに行きましょう」
     学園の説明もします、正流は優しく微笑みかけた。
    「卒業式、良い思い出に、なるわ」
    「……うんっ!」
     微笑みをたたえた静佳の言葉に元気よく頷いた帆南は、怯えた顔より笑顔が似合う――灼滅者達皆がそう感じていた。

    作者:篁みゆ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年3月31日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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