春告げ兎は気まぐれに

    「もうじき4月だね」
    「春は弥生の……だっけ?」
    「それは3月。4月は卯月。うさぎのつき」
    「うさぎづき、かあ。何でだろうね?」
    「さあ? 兎が冬眠から覚めるから、とか?」
    「兎って冬眠するっけ?」
    「……うーん?」
    「あ、分かった!」
    「ん?」
    「兎ってぴょんぴょん飛んでくるじゃん? 春の風も飛んでくるからだよ! だから兎が春を連れてくるんだ!」
    「ええ……?」
    「でもそしたらさ、春を連れてくる兎がどっかで遊んでたりしたら春は来ないよね」
    「う、うーん……そうだね。春、来なくなるね」
    「ちゃんと来てくれるかなあ」
    「どっかで寄り道してるかもねえ」
     
    「春告げ兎って知ってる?」
     楽しそうに仁左衛門の上から身を乗り出し、天野川・カノン(中学生エクスブレイン・dn0180)が集まった灼滅者たちを見回した。
    「いや、聞いたことがない」
    「私も!」
    「ちょっと待て」
     悪戯っぽく笑うカノンに灼滅者たちは顔をしかめる。しかし彼女は資料を取り出して見せ、
    「噂が具現化した存在でね、春を連れてくる兎なの。『春告げ兎が春を連れてこなければ春はずっと来ない』とか、『春告げ兎が暴れるから春の嵐が吹く』とか、そういうちょっとした噂」
     聞いた限りでは何やらほのぼのとした都市伝説のようだ。
     だが、エクスブレインが灼滅者に依頼するということは、ただならぬ存在ということだろうか。
     カノンの傍で資料を見ていた白嶺・遥凪(ホワイトリッジ・dn0107)は、眉を顰めて問う。
    「数が……ちょっと、多いな」
    「そうなんだよね。数が多いの」
    「これを集めるのか……」
     要領を得ない会話に視線が集まる。
    「春告げ兎が、とある草原で寄り道しちゃってるみたい。そんなに強くはないんだけどたくさんいて、不用意に近付いたら怪我をさせるかもしれない。だから、被害が出る前にどうにかしてほしいのね」
    「どうにかって……どうするんだ?」
    「風に送る……簡単に言えば、倒す?」
     こくりと首を傾げる。
     春告げ兎は、一見すると普通の兎と変わらない。普通に触る事もできるし、撫でたりもできる。だが、機嫌を損ねれば噛んだり引っかいたり激しい嵐を起こし攻撃してくる。
     また、全ての個体を一カ所に集めると触れるだけで消えてしまうほどに脆く儚い存在となるが、1羽でも揃わないとどれだけ倒してもすぐに復活し散り散りに逃げてしまう。
     つまり、機嫌を損ねないように注意して1カ所に集めてから対処する必要があるのだ。
    「1個体の能力は高くないから、誰かが囮になって集中攻撃を受けながら集めるなんて方法を取らなければそう痛手ではないだろう。できるなら穏便に済ませたいものだな」
     言いながら遥凪が差し出してきたのは、その春告げ兎の外見の資料だった。
     淡い桜色の毛並みをした、ふわふわもふもふの兎。
    「注意の引き方はみんなに任せるね。好奇心旺盛だから、面白そうなことをすればすぐに集まってくると思うよ。全部集まると綺麗な春の空色の毛並みに変わるから、その時に送ってあげてね」
     ついうっかりその資料を覗き込む灼滅者たちに、カノンはくすっと笑いながら言った。
    「暖かくなってきたし、そろそろ春って感じだね。草原で兎と追いかけっこ、きっと楽しいと思うよ」
     言って、仁左衛門の上でいってらっしゃい、と手を振って灼滅者たちを送り出した。


    参加者
    帆波・優陽(深き森に差す一条の木漏れ日・d01872)
    篠村・希沙(暁降・d03465)
    希・璃依(桜恋う星灯り・d05890)
    居木・久良(ロケットハート・d18214)
    響塚・落葉(祭囃子・d26561)
    伏木・華流(努力マニア・d28213)
    クレンド・シュヴァリエ(サクリファイスシールド・d32295)
    軽田・命(ノーカルタノーライフ・d33085)

    ■リプレイ


     まだ少し冬の寒さを残した風が広い草原を撫でていく。
     それはじきに本格的な春が訪れる気配を含んだ、清明とした風。
    「春の匂いっていいよね」
     笑みを浮かべる居木・久良(ロケットハート・d18214)の心中は、しかし言葉とは裏腹に。
    「(春か、前はちょっと苦手だったな。雪が溶けちゃったり、景色が少し寂しげだったり)」
     少しだけ物哀しげな表情を浮かべるのに気付き白嶺・遥凪(ホワイトリッジ・dn0107)が視線だけで問うと、今は好きなんだけどね、と苦笑。
    「故郷の雪解けの匂いも、東京の桜とかも。どこかわくわくする感じもね」
    「途中で寄り道したくなっちゃう気持ちはわかるけど、春の訪れを楽しみにしてる方も多いしね」

     くすりと笑う帆波・優陽(深き森に差す一条の木漏れ日・d01872)のその言葉を浚うようにひとつ風が吹き桜色が舞う。
     え、と灼滅者たちが見れば、紙風船のようにふわりと丸い何かが視界をよぎった。それはくるりと身を丸めた兎の姿で。
     気付けばあちこちに桜色の兎が現れ、あるものは草を食み、あるものは風に乗り気の向くままに移ろっている。
     手近な兎にそおっと手を伸ばしてみればその感触は柔らかく滑らかで、少し長めの毛足は力を入れなくても沈み込むほどにふわふわでもふもふ。
     伏木・華流(努力マニア・d28213)は見渡す限りのピンクの兎に顔がほころびかけるも、ぱしぱしと頬を叩いて集中する。
     撫でたり触ったりするのはあくまで、都市伝説だから。そう、仕方ないのだ。
     その感触を楽しみながら、軽田・命(ノーカルタノーライフ・d33085)もこれは作戦だからと誰かに釈明していた。もちろん誰も訊いていないし聞いていない。
     彼女は動物が好きというほどではないが、そこはやっぱり女の子。もふもふしたかわいいものにはときめいてしまう。
    「春を告げる兎か、こんなロマンチックな都市伝説ばかりなら良いのにな」
     クレンド・シュヴァリエ(サクリファイスシールド・d32295)の言葉に、サーヴァントであり妹であるプリューヌがかわいらしい動物人形をきゅっと抱いて彼の傍に寄り添う。
     依頼に真摯に向き合う兄が、内心は兎をモフモフ出来るチャンスだとウキウキしているのに気付いているようだ。
    「皆の役にも立てて兎さんとも触れ合えるなんて凄く素敵な事よね」
     気ままにふるまう兎――春告げ兎たちを見て顔をほころばせる優陽に、篠村・希沙(暁降・d03465)はペリドットの瞳に桜色を映してこくこくと頷く。
     若草の薫り立つ草原に散る、桜色の春告げ兎。
     さあ、追いかけっこの始まりだ。


    「こんな広い草原は駆けねばもったいないのじゃよー!」
     楽しそうに声を上げ、ぱあっと顔いっぱいに笑みを輝かせ草原を駆け回る響塚・落葉(祭囃子・d26561)。
     春告げ兎はそんな彼女にびっくりし、転がる勢いでESPを使い兎の姿に変身したのを見ると、興味深そうに少しだけ距離を取って遠巻きに彼女を囲み、しかしそれだけだと気付けば興味を失い各々の行動に戻る。
     本物の兎ほど警戒心を持たず臆病ではない。が、奔放な性格のようで興味を持って集まってきても興味を失えばすぐに散ってしまう。
     なるほど、これではきちんと注意を引いて集めなければきりがない。
     そこで希・璃依(桜恋う星灯り・d05890)が自身のライドキャリバー・ふりるに藁ボールを括りつけ、静音モードで走行させ誘導させると、春告げ兎たちは文字通り地に足がつかないまま楽しそうに追いかける。
     男気溢れるヤンキー風容貌のライドキャリバーがそっと止まってぽんと藁ボールが躍れば身軽に飛びついて、我先にと取り合い或いは譲り合ってじゃれついた。
     藁ボールが桜ボールになるそんな様子を、命は目を輝かせてつい見つめてしまった。
     だってもふもふがもふもふでもふもふきゃっきゃしてるんですもの、そりゃあじっと見ちゃいますよ。
     兎たちの予想以上の反応に藁ボールを夜なべして頑張って編んだ井瀬・奈那(微睡に溺れる・d21889)も破顔し、兎用のお菓子を広げる。
     璃依が袋をがさがさとやれば何かしらと近寄ってくる兎たちに、おやつをやりつつリラックスを導き警戒心を解く触れ方「Tタッチ」を実践すると、気持ちよさそうにしていた兎はころりと寝転がり。
     リンゴのドライフルーツを差し出せば鼻先をひくつかせ、少しずつかしかしと齧りつく。
     春告げ兎に囲まれながら奈那も習って撫でてやるとうっとりとしだし、その様子に璃依は目を丸くした。
    「おぉ……アタシより上手い……兎がとろんってしてる……!」
    「ふふ、可愛い……!」
     今日はナナを指先マジシャンと名づけよう、と言うと笑い合い。
     自分も撫でろと集まってくる兎たちはもふもふ押し合い、璃依がもふもふパラダイスだー、なんて和み過ぎて目的を忘れそうになりナナに指摘されてはっとしたりしつつ、警戒心を解いた兎たちを優しく抱いて合流地点へ。
     一方ESPで自身も兎に変身した華流は、仲間たちが餌やおもちゃでのアピールを始めたのを確かめて、目立つようにぴょんぴょん飛んで近づいていき、周囲の兎たちが見守る中楽しんでいるフリを見せつける。
     何だか楽しそうな彼女、というか彼女が楽しそうにする何かに興味を持った春告げ兎たちは、ほんの少しの間じっと眺める。
     兎の扱いには一家言ある璃依やクレンドにもふもふ撫でられたりされている彼女に兎たちも近付いてきて、仲間だと思ったのか鼻先を近付けてすりすり。
     警戒心を解いて捕獲しやすくする狙いは見事に成功し、彼女が少し離れると群がついてきた。
    「(目立つ目印などあればいいが……)」
     思って見渡すけれど、広々とした草原には低木すらない。幸い、春告げ兎を集める地点の目印には遥凪が立ち、深緑の中に立ち尽くす黒髪の少女の姿は充分に目立った。
     が、華流が隠れて人間の姿に戻ることができそうな場所は見当たらない。
     仕方なくそのまま別の群れに移動し誘導を繰り返すうちに、彼女の周囲は一面桜色に染まる。
    「すごい……」
     兎を引きつれているのかそれとも兎に埋もれているのか分からない華流を呆然と見やり、命もぐっと拳を握り気合を入れる。
     様々な兎用のおもちゃを、小物をコピーするビスケットのESPで複製して与えながら気を惹こうとすると、
    「わああああ!?」
     興味津々の兎たちが一斉に飛びつき、あっという間にもふまみれになってしまった。
     それぞれに好みがあるだろうと考えて数種類用意したのがあだとなり、兎たちはあっちがいいこっちは何だともふもふ押し合いながら取り合い、かと言って剣呑ではなくじゃれあっているようなもので。
     恐る恐るなでなでしてみると春告げ兎は目を細めて気持ちよさそうに寝転がり、もっと撫でろと言わんばかり。
    「……ふふ」
     つい笑みがこぼれた。
     一方で、笑みではなく溜息がこぼれたのは遥凪だった。
     仲間たちが春告げ兎たちを集めてくるのはいい。いいのだが……
    「……どうするんだこれ」
     まだ連れてこられていない兎の位置を確かめ伝える役を任された彼女の視線の先にある合流地点では、大量の桜色の兎が押し合い圧し合いもふもふもふもふ。さすがにちょっと怖い。
     春告げ兎は、灼滅者たちが想定するほど警戒心はなく、想定した以上に好奇心旺盛だった。友好的に接する彼らに好意を持ち、誘導と知らずについてくる。
     その結果が御覧の有様である。
     そして兎姿の落葉が兎たちを連れて合流地点の周りを駆け巡り、草原を撫でる風に躍りその後をまた兎たちが追いかける。
     少し離れたところからその様子を見た優陽は苦笑し、持参した魔法瓶からアップルティーを注いで一息。すると香りに釣られた兎が数羽寄ってきて、カットした林檎をあげてみると仲良く分け合い齧り出した。
     固めのゴムボールを藁で包んだものに紐を巻きつけ動かせるように細工したおもちゃで遊んで見せると、兎たちは今度はそちらに興味を示す。
     しばらく遊んでやると警戒する様子もなく、優しく抱き寄せ撫でて毛並みを堪能する。柔らかい毛並みに指を通すと、滑らかなシルクに似た手触り。
    「本当、ふわふわでもふもふね」
     優しい感触に笑みをこぼし、身体を冷やさないようにタオルに包んでやり兎まみれの彼女の元へとまた兎を運んでやり、熱心に兎たちにブラッシングをしているクレンドの傍にそっと放す。
     彼は最初に兎変身で春告げ兎たちを誘導してから、見張り役と引き止め役を兼ねてプリューヌと合流地点で兎たちの面倒を見ていた。
     撫でてやれば心地よさそうにする兎ばかりで、ブラッシングもほとんど嫌がらない。非常にやりやすい。
     プリューヌもミニ動物人形で兎たちの気を惹き、もふもふに囲まれている姿はどこか楽しそうに見える。
     が、しかし。
    「ん……?」
     ブラッシングしようと手を伸ばすと、ぶー! と声を上げる1羽。動物人形を手にプリューヌも少し不安げだ。
    「大丈夫。怖くないよ、安心して」
     優しく語りかけ、相手の目線よりも上から手を差し出して、頭からお尻にかけて撫でる。春告げ兎はふるりと震え緊張していたが、しばらく撫でられていると警戒を解いたのかぺたり座り込んだ。
     そおっとブラッシングをしてももう不満の声を上げず、丁寧な所作にむしろ機嫌良さそうにぷぅぷぅ鳴く。
    「ブラッシングさせてくれてありがとうね」
     言って撫でてやると、ぷぅ♪ とひとつ上機嫌な声で応えた。
     と。桜色の兎の中に白い霊犬が混じる。
     監視役としてサポートしている逢守・郎(黒銀狼・d27783)のサーヴァント・黒舞は、兎を怯えさせないよう気配を消し主の目となり草原を巡っていた。
     灼滅者たちの目の届かない位置にいる兎の位置を知らせていたのだが、春告げ兎は普通の兎ではない。
     霊犬の存在を感知したと気付き郎は黒舞を引き上げさせようとするも遅い。
     ぷぅぷぅと鳴きながら数十羽の春告げ兎がじゃれつこうと黒舞を追いかけはじめ、ある種の身の危険を感じたか逃げるように離れると追いかけっこだと思ったらしく、より多くの兎たちが霊犬を追い始めた。
    「大丈夫……なのか?」
     不安げな視線が向けられる中、霊犬の姿は桜色の波に呑まれて消え……はしなかったが、もみくちゃにされていた。
     もふもふじゃれつく兎たちの耳が、ふと旋律を捉える。
     柔らかく優しく、どこかせつない音色はハーモニカ。久良の奏でるメロディに春告げ兎は興味を示し、ゆっくりと彼の傍に集まっていく。
     目線を下げた低い姿勢で、優しく見ながら持ってきた綿毛や摘んだ草花を目の前で揺すったりしながら気を惹こうとすると、春告げ兎たちはふわふわとじゃれ合い彼の示したおもちゃと戯れて。
     そんな兎たちと触れ合う久良は本当に楽しそうで、そんな様子だから兎たちも警戒することなく心を許す。
    「はしゃいだり穏やかだったり、まるで春の風みたいだね」
     笑って優しく抱きかかえるとほんのり香る春の陽射しの匂い。
     優しく撫でたりしながら合流地点へ兎たちを連れていくと、さわと風が草原を渡っていく。
     風に揺れる髪を押さえ携帯電話で位置を知らせてもらいながら、希沙は兎用のクッキーやグラノーラで気を惹く作戦。
     ……だったのだが、あまりにも春告げ兎が集まりすぎて、彼女の周囲はもふだまりとなってしまっていた。
     怯えさせないように注意しながらそっと抱き上げて捕獲を試みると、さして抵抗されずされるがまま。
    「春色兎さんめっちゃもふもふ……!」
     ふんわりしてて抱き心地ばっちり。
     ぬくい……ときゅんしてしばらくその感触を楽しむ。
     そのまま兎たちを連れていき、仲間たちと一緒に集まった兎たちを逃がさないように注意しながら、おやつに齧り木、藁のボール、穴あきハウスやふんわりクッションを設置して楽園を演出してみせ。
    「ほらほらおいでー、いっぱい遊ぼ」
     声を掛けると、兎たちは楽しげに彼女の用意した楽園でくつろぐ。
     桜色の兎がハウスでのんびりしたりクッションでもふもふしたりするのを眺め、逃げ出さぬよう注意して撫でたりブラッシングしたり、ここぞとばかりにもふもふ。
     動物変身は自分がするとなればどうにも気恥ずかしいけど、仲間の皆様が可愛くてついほんわり頬が緩む。
     そしてふわもふしたものも大好き。
     ここは自分にとっても楽園です。と微笑み口にする。
     だが、春はいずれ訪れ、去るもの。


     黒舞からの情報を得た郎や遥凪の報告では、もうほとんどの春告げ兎が集められていた。
     なでなでしたりブラッシングしたりもふもふしたりして、まだ残っている兎は落葉が走り回って誘導する。
    「ごーるじゃーっ!」
     声を上げて人間の姿に戻り、勢いよく大の字になって草原に寝転がった。
     一緒になって駆け回っていた春告げ兎たちは、勢いを落とさずそのままぽーんと飛びついて、鮮やかな紅葉色した少女はあっという間に桜色の兎まみれに。
    「にょわわわわ……!?」
     びっくりしながらももふもふで楽しげに、何匹か抱き上げたり、撫でてあげて。
     一緒に駆け回っていたおかげか春告げ兎は一切の抵抗も警戒も見せず、されるがままにもふもふ。
    「まったく愛い奴らよのう……うむ、お主ら、我の家に来ぬか? 我が面倒を見てやるぞ……?」
     頬を撫でてやりながら語り掛けるが、淡い桜色の毛並みが春の空色に変わっていくのを見て、少しだけ残念そうな色を含んで苦笑する。
    「……というわけにも行かぬか」
     彼女の抱える兎だけでなく、風が渡るように他の春告げ兎たちも空色に染まっていた。
     桜が咲けば本格的な春の訪れ。そして桜を優しく撫でる風は空へと渡る。
     だから春告げ兎は桜色して現れ、空色に変わり春を届ける。
    「兎さんと和む時間は楽しいですがそろそろ時間みたいですね……」
     奈那の言葉に灼滅者たちは『春告げ兎』の都市伝説の灼滅という、本来の役目を思い出した。
     この兎たちはただの兎ではない。都市伝説である以上、放っておいてはいつか災いを招いてしまう。

     希沙がそっと触れれば空色の兎は柔らかな風になり、彼女の頬を撫でた。
    「……ありがとね、おやすみ」
     灼滅者たちの手によって春告げ兎は姿を消し、代わりに春の薫りを含んだ風が優しく吹いていく。
     その様を郎は草原で黒舞を腹に乗せ横たわり見送る。
    「わ。風ー。ナナー、春、運ばれてきたのかなぁ。ふふ」
     風に撫でられる髪をかき璃依が笑うと、奈那もくすりと笑った。
    「来年、また会おうね」
     と久良が手を振りながら笑顔で呟き、プリューヌのほつれた髪に手を差し入れ整えてやりながら、クレンドは空に向かって微笑む。
    「素敵な季節が来るよって、皆に伝えてあげてね」
     その言葉に応えるかのように吹く風に彼の髪がふわと揺れた。
     草原と陽射しが混じった薫りを受け、落葉の視線も空を向く。
    「さらばじゃ、また一年後、会えれば良いのう」
    「今度はきちんと皆に春を届けてあげてね」
     でも貴方達と会う事が出来て本当によかった。とても穏やかで楽しい時間をありがとう、いってらっしゃい。
     口に出さず優陽は感謝を告げ、命が大きく手を振る。
    「また来年、会いましょうね!」
     その言葉をさらっていくように、ほんの少しだけ強い風が灼滅者たちを撫でていった。
     後に残るは風が草を撫でるささやかな音。
    「まだ手に春の匂いが残ってる気がする」
     春告げ兎に触れた手をそっと撫で、久良がいつものカラッとした笑顔で言うと。
    「あっ」
     不意に華流が声を上げ、何事かと一斉に視線が集まった。
    「そういえば、私、兎に触っていない……触りそこねた……」
     必死に走り回って誘導することに熱中しすぎて、もこもこの兎に触りそこねた。
     撫でたかった……とがっくりうなだれる彼女に仲間たちが笑う。
    「冬の風は寒くて痛いから、暖かい春の風は好きだな」
     ふと口にした遥凪の溜息に命は頷く。
     彼女のご当地群馬は、『赤城颪』などと呼ばれる強風が冬になると吹くのだ。遥凪の地元も冬になると肌を刺すような冷たい強風が吹く。
    「兎さん、春のぬくさなんやなあ……」
     春告げ兎のぬくもりを思い出して言う希沙に幾人かが納得した。あのぬくもりは、暖かな春のそれだ。
     やわり撫でる風に目を細め、優しい表情で久良は言う。
    「ちょっと寂しいけど、いつもこうだといいんだけどね」
     灼滅者たちには次の戦いが待っている。
     けれど、今だけはこの時を慈しんでも許されるだろう。
     優しく穏やかに新しい季節を告げるこのひとときを。

    作者:鈴木リョウジ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年4月3日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 5
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