●貴方の色はどんな色?
青い空、白い雲。流れる川は透明色、広がり始めた春は明るい緑。
膨らみ始めた薄桃色の蕾を見つめ、少女は一人思い抱く。
――私の色は、どんな色?
多田美月、中学一年生。
父親はサラリーマン、母親は専業主婦。普通の家庭に生まれた彼女は普通に育ち、幸せな日々を送っていた。友人たちと楽しく過ごしてきた。
しかし、中学校に一年通い進級を控えた三学期、胸に去来してきた思いがある。
――私の色は、どんな色?
何気なく日々を過ごしてきて振り返れば、自分で培ったもので自慢できるものなんて一つもない。スポーツの得意な子、勉強の得意な子、音楽が得意な子、社交的な子……みんなみたいに、得意なことなんて一つもない。
だから探していた。
三学期になってから、スポーツに楽器に……といろいろなことを。けれどどれもしっくりと来ない。
今は遊歩道を散歩して、自分の色を探している。
――そんな遠回りしなくても、色は持てる。他人から奪ってしまえば良い。
「……」
いつしか浮かぶようになってきた言葉を、成し遂げる事のできる力を、美月は首を横に振って否定する。桜のつぼみから視線を外し、踵を返していく。
他人から奪うなんてとんでもない。自分の力で見つけなければならないのだから。
しかし……それでも、探すのに疲れ始めてきたその心に、誘惑の言葉は優しく、甘く……。
●夕暮れ時の教室にて
灼滅者たちを出迎えた倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は、いつもの微笑みを湛えたまま説明を開始した。
「多田美月さんという名の中学一年生の女の子が、闇堕ちしてシャドウになる……そんな事件が発生しようとしています」
本来、闇堕ちしたならばダークネスとしての意識を持ち、人としての意識は掻き消える。しかし、美月は闇堕ちしながらも人としての意識を保っており、ダークネスになりきっていない状態なのだ。
「もし、美月さんが灼滅者としての素養を持つならば、救いだしてきて下さい。しかし……」
完全なダークネスとなってしまったならば、灼滅を。
一度言葉を区切り、地図を広げていく。
街中の遊歩道を指し示し、説明を再開した。
「皆さんが赴く当日の午前六時半頃、美月さんはこの遊歩道を歩いています。というのも……」
多田美月、中学一年生女子。
サラリーマンの父親、専業主婦の母親を持ち、普通に育てられてきた女の子。人並みに元気で、人並みに明るく陽気。心を許せる友人もいて、幸せな日々を送っていた。
しかし、中学校で一年を過ごし進級を控えた三学期、胸に去来してきた思いがある。
自分の色は、どんな色なのだろうと。
「どんなことでもひと通りはこなせるけれど、特別にできることはない。熱中することもなかった……そんな経験から生まれてきた思いのようで……」
色を探すため、美月はスポーツに楽器に……と、様々な事を試してみた。けれど、どれもいまいちしっくり来ない。
そんな、色が見つからない焦りが……あるいは、闇を呼び起こしたのかもしれない。
「当日もまたその色を探す手段として、朝の散歩をしている……というわけですね」
故に、まずは散歩している美月に接触する事となるだろう。
その後は説得を行い、その成否に関わらず戦いとなる……と言った流れになるだろう。
敵戦力となるのはシャドウと化した美月のみ。
シャドウの力量は、灼滅者八人ならば十分に倒すことができる程度。
妨害能力に秀でており、複数人を惑わせる虹色シャボン、複数人を凍てつかせるホワイトスノー、複数人の加護を砕くブラックアウト……の三つの力を用いてくる。
「以上で説明を終了します」
地図などを手渡し、続けていく。
「本来の美月さんは、明るく元気で陽気な方。ただ、少し焦っているだけ……そう思います」
ですからと、締めくくりに移行した。
「どうか、全力での救済を。何よりも無事に帰ってきてくださいね? 約束ですよ?」
参加者 | |
---|---|
華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389) |
天城・桜子(淡墨桜・d01394) |
龍餓崎・沙耶(告死無葬・d01745) |
アルカンシェル・デッドエンド(ドレッドレッド・d05957) |
竜胆・山吹(緋牡丹・d08810) |
影龍・死愚魔(ツギハギマインド・d25262) |
荒覇・竜鬼(鏖龍・d29121) |
人首・ククル(塵壊・d32171) |
●迷いし少女の探しもの
冷涼な風が、澄みきった空気が、太陽に暖められ始めていく朝六時頃。流れる川の音と蕾の開き始めた木々が心を安らげてくれる遊歩道に、一人の少女が足を踏み入れた。
落ち着いた調子で木々を、川を眺めながら歩いて行く少女の背中を見つめながら、龍餓崎・沙耶(告死無葬・d01745)は入口部分に設置する。
塗装工事にて迂回、と記された看板を。
「……後は、彼女次第ですね」
沙耶は静かな息を吐いた後、少女を追いかけ始めていく……。
少女の名は、多田美月。
中学一年生、自分の色を探しもがいている少女。
救うため、竜胆・山吹(緋牡丹・d08810)はジョギングをするふりをして追いかけた。
道を開けてくれた美月の横を抜け、十メートルほど先へ到達するとともに速度を緩めていく。
息を整えるふりをしながら立ち止まり、美月が近づくと共にさりげない調子で振り向いた。
「おはよう」
「え、あ……お、おはようございます!」
戸惑う様子を見せながらも、挨拶と笑顔を返してくれた美月。
笑顔の中にどこか曇っている節を見つけたから、山吹は問いかけていく。
「どうしたの? なにか悩みがあるのかな?」
「え……」
「良かったら話して見たらどうかしら? 知らない人のほうが、色々と話せることもあるものよ」
「……」
悩む様子を見せた後、美月は頷いた。
色を探していると。みんなにはあって自分にはない。だから、自分の色を探していると、打ち明けた。
受け止める素振りを見せた上で、山吹は返していく。
「色? 目標と言うか進むべき道を決められないのね」
返答は、肯定。
故に、山吹はこう答えた。
「貴方は見た所中学生かしら? 私は製菓職人になろうと思うけど、決まったのは高三。貴方くらいの頃は色々やってみて道を捜していたわ。進路を悩むのは今しかできない特権のようなものよ。すぐに見つかる人もいれば、なかなか見つからない人もいるわ。人には人の貴方には貴方のペースで見つければいいのよ」
「……でも」
美月は語る。
もう、色を見つけた人達がいる。より濃くするために、よりよい色にするために、頑張り始めた人達がいる。
けど、自分は……と。
「……」
言葉を終わらせた後、訪れたのは沈黙。
破るように、たまたま聞いていたというふうを装い荒覇・竜鬼(鏖龍・d29121)が声をかけた。
「そうですか……それはさぞ辛い事でしょう」
「え……」
「失礼。何やら深刻そうだったので、つい」
謝罪の意を示した上で、続けていく。
「貴方にはまだ時間があります。慌てず焦らず往くことが肝要かと」
「探せるということはつまり、まだ何色にでも染まる余地があるということ」
竜鬼の言葉に繋げるように、人首・ククル(塵壊・d32171)が歩み寄りながら話しかけた。
「私のような若輩者が言うのもなんですが、貴女がこれから辿る道程は、まだまだ長いのです。焦らなくて、良いのですよ」
きっと、彼女が苦しんでいるのはアイデンティティの確立。きっと、そういう年頃。
「慌てて絵の具を混ぜてみても、綺麗な色になるとは限りません。じっくりと考えながら、貴女だけの色を作り出してみませんか? それに……」
言葉を区切り、瞳を閉ざす。
笑みを浮かべると共に瞳を開き、尋ねるように伝えていく。
「もし、人の色がわかるとするならば……もしかしたらそれこそが、最も尊いことなのかも、しれませんよ?」
ククルが言葉を受け、美月ははっと瞳を見開いた。
しばしの時を経た後、俯き思考を始めていく。
正しき方向へ導く事のできるよう、天城・桜子(淡墨桜・d01394)が歩み寄った。
「……私の色って、なんだろ……って」
「……え?」
向けられた視線を受け止めながら、伝えていく。
灼滅者として、家族もない自分。
「わかんないけど、まあ……今はみんながいて、やるべき事あるから、いっかな・抱え込んだら、ダメよ? 悩みは口にして、打ち明けて……少しは気も紛れるわ」
「奇遇だね」
美月か、桜子か。
どちらに語りかけていると取れる調子で、影龍・死愚魔(ツギハギマインド・d25262)は歩み寄りながら口を開いた。
「俺も何がやりたいのか分からなくてね。まぁ焦る気持ちは分かるよ。俺もそうだしね」
雰囲気は気だるく、表情も乏しく。
ただ、言葉だけは伝えるためにしっかりと。
「でも、最近はそう焦る必要はないかなって思うようになったんだよね。本当にやりたい事なら、放っておいても見つかる。そういう縁っていうのがあると思うんだ」
人を取り巻く、様々な縁。
きっと、色も……。
「だからまぁ、今は焦らずにね」
「……」
結論は、やはり焦らぬこと。
伝えられた美月は、再び考えこみ……。
おそらく、概ねの方向性は示せたはず。
後はあるべき場所へ引っ張り上げるだけだから……と、アルカンシェル・デッドエンド(ドレッドレッド・d05957)が別の方角から切り込んだ。
「知っておるかの。某有名フライドチキンのお店を創業した爺様も当時は齢六十を越えておったようじゃぞ。そう考えると、自分の色を決めるのはまだ早すぎじゃろ?」
環境が違ったとはいえ、それでも、六十年という歳月は長い。
今焦らずとも、いずれ見つかる。
見つけた者が、確かにいる。
「得意なことしかしてはいかんと誰が決めた。好きな事もなくとも、その時まだ白という色になるだけじゃ。なにもないが、綺麗じゃろ?」
「色……そんなもの、生きていれば自然に何色かに染まっているものですよ?」
それとはまた別の言葉を伝えるため、華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)が語りかけていく。
「むしろこの色になりたいと決めてから、それに似合うことを考えてはどうでしょう?」
色を探すのではなく、自分で染める。
葉を黄色に、赤に染め、再び緑陽を輝かせるための力を蓄えていくように。
日を浴びた雨粒が、空に虹色を差し込ませていくように。
「……」
美月は小さく頷くと共に、顔を上げた。
灼滅者たちへと向き直り、口を開いた。
「確かに……少し、焦っていたのかもしれません。まだ、私には時間がある……皆さんの言葉を聞いて、そう思いました。未だに自分の色も、染まりたい色も分からない私ですが……それでも……」
言葉半ばにて、体が闇に包まれた。
シャドウに変貌していくのだと、灼滅者たちは武装し身構える。
美月を救うための戦いを始めるため、着々と準備を進めていく……。
●黒白の色彩
灼滅者たちが見守る中、シャドウへと変貌した美月。
細められた瞳から放たれる鋭き視線を受け止めながら、竜鬼は警告を意味する図柄の描かれた交通標識を掲げていく。
上手く行くだろうか? とシャドウを見守る中、前衛陣が昏き闇に包まれ――。
「今です!」
かかったと、一打目のブレイクを……最も危険の少ない攻撃を誘発することができたと仲間たちに呼びかけた。
導かれるように前衛陣が闇を突き破り攻撃を仕掛けていく中、黒スーツに白手袋姿のククルが改めて交通標識を掲げていく。
「さあ、早々に退治してしまいましょう」
「鮮烈な紅の舞、お見せしますよ!」
浄化の加護を受け取りながら、紅緋はいち早くシャドウの懐へと入り込んだ。
肥大化した拳を脇腹へと差し込んだ直後、左の拳を胸へ、元に戻した右の拳を足へ、左を頭へ、右を肩へ……と連打し、一歩、二歩とシャドウを後退らせていく。
顎にアッパーを叩き込んだ後、バク転を刻みながら退避。
姿勢を正すとともに、シャドウを手招きしていく。
「さあ、ここからは拳で語り合いましょう!」
呼応するかのように、シャドウは視界を埋め尽くさん程の白で、冷気で世界を染めた。
体が凍てついていくのを感じながら、紅緋は口の端を持ち上げていく。
「あは、十分色を持ってるじゃないですか! ちなみに、うちの先輩達はそれぞれ白と黒なんですよ。この場に呼びたいくらいですね!」
告げながら再び距離を詰め、影を宿らせた拳を鳩尾へと打ち込んだ。
さなか、沙耶が刀の切っ先をシャドウへと突きつける。
虚空に浮かべていた魔力の矢を降り注がせていく。
シャドウを掠めた矢が地面へと突き刺さり小さな礫を巻き上げていく中へ、アルカンシェルは飛び込んだ。
前転を交えて背後を摂り、体をひねる。
背中に、縛霊手による裏拳を打ち込んでいく。
「相変わらず人の不安につけ込むとは趣味の悪いダークネスじゃな」
「自由な動きは、させないよ」
よろめきかけたシャドウの体を、死愚魔の放つ骸骨のような影が抱き拘束した。
もがきながら、シャドウは闇を放つ。
前衛陣を闇で包んでいく。
灼滅者たちは臆さない。
闇を破り、光を救い出すのだと、さらなる攻撃を仕掛けていく。
黒き闇が視界を染め、虹色のシャボン玉が心を奪う。
重ねられていく白き冷気に耐えながら、沙耶は一人思い抱く。
色……そのようなことを悩む時期もある。でも、自分の色を探し出せる人など、ほんの一握りの人間だけ。
悩んで迷うことも必要なことだとは思うけど。
「……」
けれど、それは一般人にも当てはまる理。例え灼滅者になったとしても、残された道は昏い。
それでも進むのなら……!
「……」
それでも良いのだろうと刀を閃かせ、白き冷気を切り開く。
勢いのまま跳躍し、大上段から振り下ろした。
刃は肩へと食いこんで、シャドウをよろめかせる事に成功。
直後、山吹の剣が虚空を切り裂いた。
「もうすぐ、もうすぐ倒せるはず……だから、それまで……!」
「油断せずに、支えましょうか」
冷気によって冷えた体を温めるため、ククルは再び交通標識を掲げていく。
後衛陣が暖かな波動を浴びる中、前衛陣が虹色のシャボン玉に包まれた。
即座に、桜子は突き破る。
「むしろ自慢していいんじゃない?」
螺旋を描く槍撃で、シャドウの左肩を貫いていく。
「私に出来る事なんて大したものないわ。貴方以上に何もない」
引き戻し、代わりに放つは鋭き帯。
「一通り出来るなら上等よ。3学期だけで諦めないでよね、まだまだ先は長い人生なんだから」
脇腹の辺りを切り裂けば、シャドウは動きを止めていく。
美月がもがいているのか、苦しげなうめき声を漏らしていく。
「散歩しながら色探ししてるのが、アンタの本心でしょうが! 諦めてないで、ちったぁ他人の手を借りるとかしなさい!」
桜子の叱咤に導かれるかのように、アルカンシェルが側面へと走りよる。
炎を走らせた右足で、背中を蹴りつけていく。
「さあ、終わらせるのじゃ」
「……」
よろめきつんのめるシャドウを、竜鬼の槍が貫いた。
引き抜き、倒れゆく体を抱きとめれば、安らかな寝息が聞こえてくる。
救うことができたのだと、灼滅者たちは次の行動へと移っていく。
各々の治療と、美月の介抱。そして……。
●少女は探し続けるために
灼滅者たちが見守る中、遊歩道脇に設置されていたベンチにて目覚めた美月。
起き上がるなり口にしたのは感謝の言葉。
「ありがとうございます。少しだけ、わかった気がします。焦らなくてもいいんだってこと、いつかは見つかるんだってこと。……今、私が持っている何物でもない色も、色であることには違いないんだってことも」
浮かんでいく笑顔を受け止め、紅緋もにっこり笑顔で言葉を返した。
「世界にはあらゆる色があります。美月さんの色もきっとそこにありますよ」
「はい!」
迷いのない、元気な返事。
もう、美月が迷う事はないだろう。
だから、山吹は打ち明ける。
「私達は武蔵坂学園の生徒。そこは貴方の様に特別な能力を持った仲間が多いわ」
己の立場を、灼滅者の事を、ダークネスの事を、世界の事を。
「貴方と同じ能力を持った人もいるわ。人助けに役立ててみない?」
「一緒に来るなら、そう言ってくれればいいわ。力になるから」
桜子も誘いの言葉を投げかけながら、まっすぐに手を伸ばしていく。
迷いなく、桜子は頷き手を取った。
「この不思議な力、役立てる事ができるなら……今はそれが、私のやりたいことです!」
力強く立ち上がり、灼滅者たちを見据えていく美月。
受け止め、死愚魔は労った。
「この学園で、自分の色を見つけられる事を祈っているよ」
「はい!」
こうして、またひとり灼滅者としての道を歩み始めた。
誰かが語った通り、それは決して平坦な道ではなく、時に闇へ向かうこともあるかもしれない。
けれど、仲間とともにあるのならば乗り越えていける。きっと、たどり着けるはず。
光ある未来へ、自分だけの色を宿した未来の自分へ!
少女は色を探していく。昔も、今も。
自分だけの色を見つけるため。未だ知らない色を見つけるために……!
作者:飛翔優 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年3月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 0
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