●百合の花が咲いた時
透き通るような青空が広がる空の下、青々と生い茂る木々が瞳を休ませてくれる場所にある露天風呂。
湯けむりの向こう側、影と影が重なりあう。
小さな音は湯の流れによってかき消されてしまうけれど、時々、悩ましげな女の吐息が微かに響いていた。
吐息の頻度が増える度、影の動きも激しくなる。
やがて影は硬直し、露天風呂の縁へと身を預けた。
「……ふふ、良かったよー。話通りだねー……うん、良い感じかも」
「それは僥倖。お役に立てて何よりですわ」
影が会話を交わした時、風が吹く。
湯気が晴れ、見えてきたのは二人の女。
片方は白い肌と赤い瞳、鋭い犬歯と小柄な体が特徴的な女性……ダークネス・ヴァンパイア。
片方は蝙蝠のような翼、蛇のような尻尾と瑞々しい肉体が特徴的な女性……ダークネス・淫魔。
両者の目的は……。
●夕暮れ時の教室にて
灼滅者たちを出迎えた倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は、どことなく表情のない笑顔のまま口を開いた。
「軍艦島の戦いの後、HKT六六六に動きがあったようです。なんでも、彼らは有力なダークネスであるゴッドセブンを地方に派遣して勢力を拡大しようとしているとか」
そして、ゴッドセブンのナンバー2、もっともいけないナースは愛媛の道後温泉で勢力を拡大しようとしている様子。
「もっともいけないナースは、配下のいけないナースたちに命じて、周辺のダークネスたちにサービスをしているらしいです。サービスされたダークネスは元気になってパワーアップしてしまうと同時に、もっともいけないナースと友好関係になってしまうとか」
故に、この企みを阻止する必要があるだろう。
続いて……と繋げながら、葉月は地図を取り出していく。
道後温泉の一つを指し示す。
「皆さんが赴く日のお昼ごろ、いけないナースの一人ミーナがこの温泉の露天風呂を貸しきって、女ヴァンパイアにサービスを行おうとしています。接触タイミングは、露天風呂でサービスを行おうと一緒に浸かっている時かと思われます」
接触したならば、相手の状態に関わらず戦いを挑めば良い。というのも。
「いけないナースたちはお客様に安全にお帰り頂く事を再優先しているらしく、自分が足止めしてヴァンパイアを逃走させようとしてくるでしょう。実力的に、今回の場合は二体のダークネスと戦うのは厳しいので、無理に戦わずにヴァンパイアは逃走させてしまうのが良いかもしれません」
また、ヴァンパイアを逃した後は自分も逃走を図る可能性がある。故に、露天風呂での戦いが推奨される、という流れとなる。
「続いて、戦闘能力などについて説明しますね」
ミーナ。淫魔・いけないナース。蝙蝠のような翼と蛇のような尻尾、瑞々しい肉体が特徴的な女性型。性格は落ち着いていて大人っぽい。
八人ならば倒せる程度の力量で、妨害・強化特化型。
技は、抱擁に指先技を交えながらの誘惑、押し倒し精力を奪う、自らを高ぶらせながらの微笑みによって複数人に衝撃を与える……の三種。
一方、戦う事になるかもしれないヴァンパイアの力量は、同じく八人ならば倒せる程度で、攻撃特化型。
技はヴァンパイアミストの他、吸血、毒持つ蝙蝠を放ち複数人を襲わせる……といったものとなっている。
「以上で説明を終了します」
地図などを手渡し、続けていく。
「今すぐに何かが起きる……そういうわけではない案件です。ですがダークネス、及びHKT六六六の強化は将来的に悪い方向へと転がっていく……そう思います」
ですからと、締めくくりに移行した。
「どうか、全力での戦いを。何よりも無事に帰ってきてくださいね? 約束ですよ?」
参加者 | |
---|---|
シオン・ハークレー(光芒・d01975) |
三日尻・ローランド(妖精の姿の可憐なる野獣・d04391) |
皇樹・桜夜(夜光の死神・d06155) |
皇樹・桜(桜光の剣聖・d06215) |
雨松・娘子(逢魔が時の詩・d13768) |
豊穣・有紗(神凪・d19038) |
カノン・アシュメダイ(アメジストの竜胆・d22043) |
翌檜・夜姫(羅漢柏のミコ・d29432) |
●百合の花を咲かせぬ為
人々が癒やしを暖を求め、心ゆくまで温泉を堪能していく愛媛県の道後温泉。その一角にある温泉宿の中を、灼滅者たちは歩いていた。
いけないナース、ミーナが一人のヴァンパイアのために貸しきったという露天風呂へと向かう中、シオン・ハークレー(光芒・d01975)は小さな息を吐いて行く。
「なんだか闇討ちみたいで気がひけるけど、相手はダークネスだもんね。そんなこと言ってられないよね」
露天風呂にてヴァンパイアにサービスを行おうとしている瞬間を狙い、襲撃を仕掛ける算段な灼滅者たち。
真の意味でためらう者は、一人もいない。総員、ミーナを灼滅するためにここに来た。
よどみない足取りで露天風呂へと繋がる階段を降りる中、三日尻・ローランド(妖精の姿の可憐なる野獣・d04391)はひとりごちていく。
「温泉でナースくんのサービスなんてとても胸がときめくよ! ボクもえくすかりばーにナースでさーびすしたいねえ!」
えくすかりばー。
ローランドが愛する、ナノナノの名。
「おもてなしを貫くナースくんの姿勢に共感する部分もあるけれど、目的を考えるとねえ、今ここで倒せたらいいよねえ」
言葉は半ばにて討伐のものへと切り替わり、変わらぬ笑みを湛えたまま口を閉ざした。
意気揚々と更衣室に繋がる扉を開く中、翌檜・夜姫(羅漢柏のミコ・d29432)が小首を傾げていく。
「そんなにマッサージって気持ちいいのかな……?」
返答する者はいない。
既に、ミーナとヴァンパイアは露天風呂へ繋がる引き戸の向こう。悟られる訳にはいかないのだから……。
……今は、準備のために体を洗っている段階だろうか?
曇っているガラスの向こう側に映るシルエットを眺めながら、ローランドは呼び出したえくすかりばーに小さな声音で語りかけていく。
「全裸は大歓迎だけれど、ダークネス以外でお願いしたいねえ」
えくすかりばーが冷たい視線を向けていく。
さなかにも引き戸の向こう側では着々と準備が整っていく。
シルエットが露天風呂へと向かった時、灼滅者たちは一斉に動き出した。
●昂ぶる体、高鳴る鼓動
「誰? ここは貸し切りにしていたはずよ?」
「逢魔が時、此方は魔が唄う刻、さぁ演舞の幕開けに!」
引き戸を開くと共に蝙蝠のような翼と蛇のようなしっぽを持つ瑞々しい肉体を持つ女性……いけないナースのミーナが放ってきた質問を無視し、雨松・娘子(逢魔が時の詩・d13768)はギターをかき鳴らした。
豊穣・有紗(神凪・d19038)は反射的にと言った様子で胸元を隠していく白い肌と赤い瞳、鋭い犬歯と小柄な体が特徴的な女性……ヴァンパイアを一瞥した後、霊犬の夜叉丸を呼び出していく。
「皆を守ってね! 私は……」
治療に専念すると、仲間たちから一歩離れた位置で身構えた。
仲間たちが次々とミーナに襲いかかっていく中、ヴァンパイアが口を開く。
「何、これ、襲撃?」
「お逃げ下さい。ここは、私が食い止めます」
身を守る者など蝙蝠の翼くらいしかない状態で斬撃に、氷に打撃に対処しながら、ミーナはヴァンパイアを守れるような位置へと移動した。
ヴァンパイアは頷き、踵を返す。
「わかったわ、ありがとう。あなたの事は、覚えておく」
逃げていくヴァンパイアを、有紗は見送った。
再び視線を移した時、ミーナは自らの豊かな双峰に右手を沈め始めていく。
「ふふ、何で邪魔しに来たのかは知らないけど……目的を果たせなかった分、楽しませて貰うわよ」
湿ったと息を紡ぎながらの微笑みが、前衛陣に少なからぬ衝撃を与えていく。
癒やすため、有紗は風を招く。
「先ずは全体的に……夜叉丸、ブレイク!」
風と言葉を受けながら、夜叉丸は斬魔刀を閃かせた。
蝙蝠の翼に阻まれていく光景を見据えながら、ローランドは盾領域を広げていく。
「ふふ、君は逃さないよ! えくすかりばー、頑張ろうね!」
呼びかけを聞いているのかいないのか。
えくすかりばーは盾領域に抱かれながら、激しき竜巻を発生させた。
ミーナを揺さぶる竜巻の中心めがけ、皇樹・桜夜(夜光の死神・d06155)はキックを放っていく。
蝙蝠の羽根に阻まれるも後退らせる事に成功し、飛び越えた時、影に隠れる形で飛んできた皇樹・桜(桜光の剣聖・d06215)の氷が羽根の一部を凍てつかせた。
「……」
ミーナが瞳を細める中、夜桜は着地と共に振り返り――。
「さあ、狩りの時間だ」
――桜と声を重ね、宣告する。
……逃さぬという思いは皆一緒。
シオンはミーナの背後に回りこみ、逃げ道を塞いでいく。
その上で、氷塊を生み出し、槍を回転させながら撃ちだした。
誤る事なく背中に当たり氷の面積が広がっていく姿を見て、静かな声を響かせた。
「この調子で攻めていこう」
「……」
一方、ミーナは静かに微笑んだ。
仕掛ける機会を伺っていた桜夜との距離を音もなく、前触れもなく詰めた後、まっすぐに手を伸ばし――。
「させん!」
――カノン・アシュメダイ(アメジストの竜胆・d22043)の放つ帯に阻まれ、後退した。
帯はそのまま桜夜を優しく包み、護るための力となる。
攻守ともに順調な滑り出し。
一方、ミーナは不利な状況へと陥れど、その微笑みを崩すことはなく……。
ミーナに抱きとめられた後、夜叉丸の動きがわずかに乱れた。
偽りの感情を植え付けられたのだろうと、カノンは風に言葉を乗せていく。
正常な動きへと戻っていく夜叉丸を眺めながら、静かな想いを巡らせた。
ダークネスが徒党を組むのは面倒。だから、こうして叩きに来た。
退路も塞ぎ、後は灼滅するだけ。
だからミーナの動きに呼応して、夜姫に向かって帯を放つ。
伸ばされた両腕を、強固な帯で弾いていく。
「ありがとうございますっ」
帯の加護を受け取りながら、夜姫はカラクリ仕掛けの縛霊手を嵌めている右腕を握りしめた。
下がる暇など与えぬと殴りかかり、蝙蝠の翼に阻まれるも、さらなる力を体重を乗せていく。
至近距離でにらみ合いながら、落ち着いた口調で尋ねていく。
「君がご奉仕したのは、今のヴァンパイアで何人目なの?」
「さあ、どうだったかしら? もっとも、今回は君たちに邪魔されてしまったのだけど」
いたずらっぽく微笑みながら、答えを返してくるミーナ。
受け止めながら、夜姫はさらなる質問を投げかけた。
「他にどんな人にご奉仕したの?」
「そうね、例えば……」
返答の代わりに、ミーナが手を伸ばしてきた。
即座に夜姫は身を引いて、白い焔を纏う薙刀を引き抜いていく。
刃の先端に、氷を生み出し放っていく。
ミーナは蝙蝠の翼で受け止めながら、くすくすと微笑んだ。
「貴方みたいな、と言おうと思ったのだけど……」
瞳を軽く伏せた後、横を向く。
歌いながら踊るさなかにキックを放とうとしていた娘子に手を伸ばし、引き寄せた。
「他には、貴方みたいな子も」
「っ!」
抱きしめられ、娘子は身をすくませる。
ギターを強く握りしめ、大きな声を張り上げた。
「今宵の聴衆はなぁす様! 温泉営業なんのその! このにゃんこ! 一生懸命唄いますれば!」
勢いのままに跳ね除けて、ミーナから距離を取っていく。
偽りの感情に暴れる鼓動を押さえ込みながらギターを掻き鳴らし、ミーナを揺さぶり始めていく。
戦闘だろうと歌って踊る。
偽りだろうと、あるいはそれこそが闘争……ライブだろうと、鼓動すらもビートを刻む楽器とみなして激しきメロディを刻んでいく。
その身を、心を癒やすため、有紗は娘子に光を与えた。
「夜叉丸、もう大丈夫だよね?」
コクリと頷いた夜叉丸は、娘子の前に立ち威嚇するように咆哮した。
ミーナは肩をすくめ、娘子との距離を取っていく。ボロボロになっていく翼を撫でながら、微笑みを崩さず灼滅者たちを見据えていく……。
杖を掲げ、虚空に浮かべた魔力の矢。
放つと共に、シオンは駆ける。
新たな魔力を杖の先端に込めながら。
魔力の矢が集う場所、ミーナの下へ!
「……」
踏み込むと共に抱くは、ミーナが成そうとしていたこと。
ただでさえ厄介なダークネス同士の繋がりは、断ち切っておきたい。よくない方へ転ぶことなどわかりきっているのだから。
だから……。
「っ!」
翼に触れるとともに魔力を爆発させ、風圧に乗って飛び退いた。
ローランドは閃光の中心へと狙いを定め、腰を落とし、手元にオーラを集めていく。
えくすかりばーに語りかけた。
「それじゃ、そろそろボクたちのラブラブコンビネーションを」
言葉半ばで、えくすかりばーはシャボン玉を発射した。
慌てる様子もなく、ローランドはシャボン玉を追いかける形でオーラを撃ちだしていく。
泡のはじける音が聞こえた直後、鈍い音が響き渡った。
閃光が晴れた後、中心にいたのは片翼を失ったミーナの姿……。
「……さすが、こういう場所に乗り込んでくるわけはあるわね。ふふ、ホント、彼女を逃がせて良かったわ。お客様に怪我をさせたとあっては、顔向けできないもの」
答えた様子は、顔色の悪い様から見て取れた。
それでもミーナは微笑みを崩さず、自らの果実に手を伸ばす。
指先を動かしながら――。
「隙あり、です」
――背後に回りこんでいた夜姫の縛霊手による拳が、込められていた霊力が、ミーナの体を縛り付けた。
指を沈めた姿勢のまま動きをとめていく様を見て、桜夜が走りだす。
桜が横に並んでいく。
語り合うこともなく、視線を交わすこともなく……同時に、動いた。
桜夜は前に跳躍し、桜は高く、高く跳ぶ。
影を浴びながら、桜夜は桜光を放つ杖を突き出した。
喉元を付き、魔力を爆発させた。
爆風を貫く勢いで、桜は落下する。
わずかに和らいでいく勢いの中で姿勢を正し、残された勢いを乗せた拳を放った。
何度も、何度も、何度も。
己が地面に到達し、ミーナの姿勢が歪むまで。
「……」
着地とともに、桜は桜夜と視線を交わす。
頷き合うこともなく、同時に最前線から飛び退いた。
入れ替わるように、娘子が軽快なリズムを刻みながら歩み寄る。
曲調をア・カペラへと変調させ、ギターを高く振り上げた。
力いっぱいに叩きつけ、ミーナを仰向けに沈ませる。
ギターを手元に引き戻し、最後のワンフレーズを爪弾いた。
「これにて終幕。ご静聴、有難う御座いました」
「……ふふっ」
変わらぬ微笑みを浮かべたまま、ミーナは返す。
「良い、演奏だったわ。それに、皆さんの舞闘も……」
言葉を途切れさせると共に泡となり、はじけて消えた。
後に残された灼滅者たちは静かな息を吐きだして……。
●温泉でのひととき
配慮を行ったためか、温泉にさしたる被害はなかった。
傷を癒やした灼滅者は、各々のスタイルで時を過ごす事となる。
夜姫が男湯へと向かう中、女性陣も皆温泉へと移動した。
晴れやかな空の下、暖かな湯で汗を流しながら、有紗は一人思い浮かべていく。
夜叉丸も一緒に? と尋ねた時、ペット用じゃない以上、宿の迷惑になるから……と断っていく姿を。
「……ふぅ」
少し残念そうな表情を浮かべながらも空を仰ぎ、心を体を癒していく……。
一方、カノンは桜と桜夜と肩を並べる形で浸かっていた。
体の心の芯まで癒される温もりにほう、と静かな息を感じた時、
二人の声が聞こえてきた。
「いつ見てもカノンさんの胸はとても大きいですね」
「本当にすごくおっきいよね♪それにすごく柔らかい♪」
言うが早いか、カノンの持つ豊かな膨らみに手を伸ばし指を沈め始めていく二人。
「んっ、もう、しょうがないんだから」
カノンはどことなく優し眼差しを向けながら、流れるままに身を任せていく。
片や感嘆しながら、片や楽しみながら、指を動かしていく二人。その光景すらも穏やかな雰囲気を構成する景色となり、温泉中を包んでいく。
心ゆくまで温泉を堪能できること。それこそが、闇を滅ぼした灼滅者たちに対する報酬なのだろう。
作者:飛翔優 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年3月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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