悪徳金融会社『暁ローン』の放火事件

    作者:相原あきと

     神戸の裏社会で最近幅を利かせてきている悪徳金融会社“暁ローン”、その社長たる大河田・照幸は自身の社長室の椅子に踏ん反り返りつつ、目の前で腰を90度に折り謝る男を見下していた。
     目の前で頭を下げ続ける男が涙を流しながら訴える。
    「大河田社長! どうか、どうか今回ばかりは……お願いします、お金は必ず来月には返します! だから、どうか!」
     大河田は小指で耳を掃除しつつ椅子から立ち上がると、頭を下げる男の前にゆっくりやってくる。
    「社長さん、物事には頼み方ってものがあるんじゃないですかね? ほら、お願いする時ってそんな頭が高いところにあるのはおかしいって思いません?」
     言われハッとした男が、即座に大河田の足元に土下座する。
    「この通りです! なんとか、何とか今回だけは!」
    「うんうん、私も心苦しいんですよ、でもね、金貸しとしては戻ってこないお金を貸すわけにはいかないんですよねえ~? こりゃあ先月の契約書のとおり、御社の土地を接収するしかありませんな、いやー、心苦しい」
    「そんな!? 今後半年は融資を続けるって約束で、先月の契約書にはサインしたんじゃないか!? むちゃくちゃな!」
    「だけど、こうも言ったはずですよねぇ? あくまでも返却の目途が立つ限りは、と」
    「ぇえ……?」
    「今日はもう夜も遅い、早く帰った方が良いんじゃないかなぁ……いやね、まだまだ空気は乾燥しているし、工場が火事にでもなったら、こりゃあ確実に返済の目途が無いって事になっちゃうだろうなぁ……ああ、独り言ですがね」
     大河田の言葉に、土下座していた男が絶句する。
    「いやね、ちょうど私の秘書が御社の工場を見に行ってるんですよ? あ、電話してみましょうか?(ピポピピ……)あ、もしもし、私だけど。アマネ君、そっちはどうかな? 火事とかなってないよね?」
    「こ、この、鬼! 悪魔! 人でなし!」
     土下座していた男が大河田を毒づき急いで部屋から出ていく。
     一方、大河田の電話を秘書のアマネと呼ばれた女性は、とある工場が見下ろせるビルの上で受けていた。
    「それでは、実行に移しますね」
     ピッと大河田からの電話を切り、別の番号に電話を掛ける。
    「あ、社長から連絡あったから、遠慮なくやっちゃって? え、残っている人がいる? うーん……いいわ、どうせバベルの鎖で大事にはならないんだし、全部燃やしちゃって」
     配下たる強化一般人に指示を出し、ビルの屋上からジャンプ。
     ツーサイドアップにした金髪をなびかせ彼女、朱雀門高校のヴァンパイア、アマネはコツコツと足音を響かせ闇へと消えていったのだった。

    「みんな、軍艦島の戦いの後、HKT六六六がゴットセブンを地方に派遣して勢力を拡大しようとしているのは知っているわよね?」
     教室の集まった皆を見回してエクスブレインの鈴懸・珠希(中学生エクスブレイン・dn0064)が言う。
     今回の依頼はその中の1人、ゴッドセブンのナンバー3、本織・識音(もとおり・しきね)が、兵庫県の芦屋で勢力拡大のため事件を起こしているという。
     本織識音は、古巣である朱雀門学園から女子高生のヴァンパイアを呼び寄せ、神戸の財界の人物の秘書的な立場で潜りこみ、その人物の欲求を果たすべく悪事を行っているという。
     本織識音の狙いは、一般人の悪事に手を貸し、HKT六六六の宍戸のような一般人を探すことだろう、と珠希は言う。
    「今回の依頼は、そのヴァンパイア秘書の配下達がとある工場を放火しようとしているの、それを止めて欲しいの」
     配下の強化一般人は3人、件の工場の裏手で放火を開始するという。
     時刻は夜の22時、工場内には残業中の職人が1人残っているらしいが、配下3人を灼滅して放火自体を止められればその1人の避難は必要無いと言う。
    「皆が工場に到着するのと同じぐらいに、その3人は工場の裏手で火をつけようとしているわ、そのまま戦闘に雪崩れ込めば火が燃え出す事は無いから大丈夫」
     敵は強化一般人が3人、しかし強さは全員で当たらねばならないぐらいの相手だと言う。
     1人目は巨大な剣を持つ男で気魄能力が高く攻撃特化の戦い方。
     2人目は怪しい本を持つ女で神秘能力が高く妨害特化の戦い方。
     3人目は帯のような武器を使うお爺さんで術式能力が高く回復重視の戦い方。
     使うサイキックはそれぞれが武器サイキックに似たものと、ダンピールのサイキックに似たものを使ってくる。
     攻撃する場合は誰か1人を集中して狙ってくるので、そこも注意して欲しいと珠希は言う。
    「本織識音に勢力を拡大させるわけにはいかないわ、配下である強化一般人の灼滅、よろしくね!」


    参加者
    九条・茨(白銀の棘・d00435)
    杜羽子・殊(嘘つき造花・d03083)
    冴泉・花夜子(月華十五代目当主・d03950)
    月雲・螢(線香花火の女王・d06312)
    八咫・宗次郎(絢爛舞踏・d14456)
    ペーニャ・パールヴァティー(星海氷華・d22587)
    比良坂・柩(がしゃどくろ・d27049)
    アルスメリア・シアリング(討滅の熾焔・d30117)

    ■リプレイ


    「必要ないかもしれないけど……念には念をね」
     殺界形成を使いつつ月雲・螢(線香花火の女王・d06312)が呟き、そばでコクリと頷いた杜羽子・殊(嘘つき造花・d03083)もサウンドシャッターを発動させる。
     件の工場に着いた灼滅者達が裏手に回ると、火を付けようとしている3人組が見えた。
    「こんな無理矢理なやり方って酷い! 絶対に工場は燃やさせない!」
     我慢ならずと冴泉・花夜子(月華十五代目当主・d03950)が先陣をきり駆け出し、「気持ちは、皆同じだよ」とアルスメリア・シアリング(討滅の熾焔・d30117)が白地に赤ラインのコートを翻しながら続く。
     3人組も異変に気がつき、壮年の男と老人が花夜子とアルスメリアの足止めに動く。だが、八咫・宗次郎(絢爛舞踏・d14456)がその間を抜け火付け役の女に接敵、女は咄嗟に転がり宗次郎の間合いから逃れるも――キンッ!
     影から飛び出した比良坂・柩(がしゃどくろ・d27049)の剣に、ライターと何か液体の入った瓶を破壊される。
     火付けが失敗に終わり壮年の男と老人が女の元へ駆け寄り、灼滅者達もまた3人組と距離を取る。
    「何なのよ!?」
    「落ち着け」
    「小童ども、わしらの邪魔をしようと言うのか?」
     老人の問いに一歩前に出ながら九条・茨(白銀の棘・d00435)が。
    「地獄の沙汰も金次第……とはいえ、流石に慈悲なき事案過ぎるだろう? 悪いけどその企み、阻止させて貰うよ」
    「ふむ……そこのお嬢ちゃんも同じかのぅ?」
     7人は同じ雰囲気だったが、1人だけ微妙に違う少女に問う。
    「放火失敗で腹筋崩壊!」
     ほっかむり(放火無理というツッコミ待ちだ!)したペーニャ・パールヴァティー(星海氷華・d22587)が真顔で答える。
    「………………」
    「ッ……ごほん」
    「………………」
     今、誰か反応した気がしたがきっと気のせいだろう。老人も無視してハラリと金属帯を手に持ち、男が大剣と、女が本を手にする。同時、殊がナイフを持った手を額にあて祈るように目を閉じ。
    「わたしの生きる、証明を」
     言葉と共に殲術道具を解放し戦闘態勢へと入る殊。
    「わしらの邪魔をして生きていられると思っておるのか?」
     笑う老人に殊が何か言おうとした時、その肩をポンと押さえて螢が並び立つ。
    「それはこちらのセリフです。忌わしき血よ、枯れ果てなさい……ッ」
     冷たく、しかしはっきりと断言した螢の言葉が終わると共に、戦闘が開始されたのだった。


     最初に走り込んで来たのは大剣の男だった。
     迎え撃つように動いたのは宗次郎、男から視線を外さず地を蹴り。
    「こうして後から後から悪党が湧いて出てくるのは、このクソみたいなダークネス統治の世界の唯一の利点ですね」
    「何が悪か、このような事を指示する人間の方がよほど悪であろう」
     男が大剣を振るう、だがそこに宗次郎の姿は無い。
     伸身宙返りしつつ上空へ回避し男の背後に着地。
    「関係ありませんよ。大事なのは、正義は悪を滅することでしか名乗れない、という点です」
     男に言葉だけを返し、右手に鬼を宿らせ一直線に本を持つ女へと鬼の手を突き出す宗次郎。
     自分に来るとは思っておらずまともに拳をくらう女。さらに体勢が崩れた所に行動を制約する魔法弾が直撃、花夜子だった。
     花夜子は指輪を向けたポーズのまま。
    「ぎったんぎったんにお仕置きしてやるんだから、覚悟しなさい!」
     3人組に向けて啖呵をきる。
    「わしら3人に勝てると思っておるのか?」
     帯を操りながら老人が笑う。
    「何が可笑しいの?」
     本を持つ女を鬼神変で攻め立てつつ柩が老人を見ながら。
    「だいたい、群れないと火もつけられないなんてキミ達は随分と小心なんだね」
    「ほう」
    「地方を元気に! なんて言うからもっと面白いことをしてくれるんじゃないかって期待してたんだけど、これじゃ少し拍子抜けかな」
     隙をつき一撃加えた所で距離を取る柩。
    「面白い事になるかどうかは未だわからぬよ、じゃが1つ今の時点でもわかる事がある」
    「へぇ、何?」
    「わからぬか? さっきお主が言った事じゃろう、8人も頭数を揃えねば喧嘩を売れぬなど、大口を叩くわりにお主らは小心な集まりのようじゃ」
    「臆病と言われれば否定はできないかもな……でも」
     老人に返すは茨、その言葉には苛立ちは無くどこか飄々とした余裕が感じられ、事実、茨が向かうは本の女だ。
    「ごめんね。キミらに恨みはないけど、見過ごすとまた罪なき人が死んでいく事になるから」
     言うと同時にスターゲイザーで蹴り飛ばす。
    「チッ、やられっぱなしでなるものか!」
     大剣を持つ男が真一文字に大剣を横薙ぎにすると、轟と灼滅者達に向かって衝撃波が放たれる。即座に動くはビハインドのユイとワルギリアスだ。螢は信頼するようにゆいを一瞥し、茨はポンとワルギリアスの肩を叩き「ナイスだ、お前がいれば前線は安心だな」と添え、大剣の男へ言う。
    「悪いけど、キミらの攻撃は通さないよ?」
    「それは甘い考えじゃよ」
     今度は老人が全方位に帯を伸ばして無差別に攻撃を開始、さすがの前衛たちも捌ききれずに赤い血がしぶき、さらに傷ついた灼滅者達の精神を、本女が放った原罪の呪詛が疲弊させる。
     一気に範囲攻撃を連続で叩き込まれる灼滅者だが、その中から螢の死森の薔薇が、ゆいのアイアンメイデンが、殊のレイザースラストが放たれ反撃が開始される。
    「アルスメリアさん質問です、土地を手に入れられない大河田の明日は『とっち』だ!?」
    「え?」
     ペーニャがアルスメリアをラビリンスアーマーで強化させながら聞き、そのまま完了と同時に。
    「『あっち(暁)』だ! さ、行ってらっしゃい!」
    「ええ、ありがと」
     感謝しつつ腰に下げた太刀をスラリと抜くと3人組を見据えて浪々と叫ぶアルスメリア。
    「来たれ我が炎! 顕現せよ熾焔!」
     鍔本から刀身にそって炎が巻き昇り。
    「朝霧十三刀“紅蓮翔鳳”の刃―――喰らうが良い!」


    「ちょっと! 少しは手加減しなさいよ!」
     遠慮なく本女を責めたてる灼滅者達に、当の女が非難の声を上げる。
     だが女の言葉に僅かもブレずに帯を自在に操り攻撃を続ける宗次郎が。
    「残念ながら、歳や性別で手加減なんて器用な真似は出来ません。俺は全て対等に扱わせて頂きます」
    「何が対等よ!」
     ギリギリで帯を回避しつつ女が吐き捨てるが、宗次郎の攻撃に合わせて花夜子もレイザースラストで本女を追撃、倍になった帯の群れに回避しきれず身体中を切り裂かれだす。
    「私……ばっかりを……!」
    「当たり前、弱い所から喰い破る!」
     ダメ押しとばかりにアルスメリアが外套状のダイダロスベルトを展開、ついに3倍の量の帯が本女を襲撃する。
    「喰らいつけ“白夜”!」
    「くっ!?」
     さすがに全てを回避できずに傷が目に見えて増えていく本女。その顔は後悔とも驚愕とも取れるものだった。というのも、3人組は戦闘になった際、見た目も役割的にも老人が最初に狙われ、その攻撃を散らすために怒りをばら撒く役として本女がいた。だが、まさか標的を調整する役の自分がいの一番に狙われるとは……誤算以外の何物でもない。
     それでも3人組の連携の取れた攻撃は灼滅者にとっても脅威ではあった。特に最初の印象か、集中攻撃を受けているペーニャは傷が深い。
    「くっ……このままでは!」
     時折預言者の瞳で回復もしているし、治癒役の回復も貰っているが個の力では敵1人に劣る灼滅者の回復より、3人組のダメージ総量の方が多く――。
     大剣を大上段に振りかぶった男が身を反らしたまま一気に跳躍しペーニャの脳天に刃を振り下ろす。
     ズガッ!
     大地に深々突き刺さる大剣、だが、そこにペーニャの姿は無い。
    「なぁんちゃって♪」
     声は上から。
     見上げればペーニャは箒に乗って上空にいた。自身の行動を放棄しポジションを飛行中へとチェンジしたのだ。もともとポジションチェンジを仲間に示唆しようとしてたペーニャならではの機転だった。
     絶好のチャンスに仕留められなかった事に大剣男が「チィッ」と大きく舌打ちする。
    「舌打ちですか? でも、騙される方が悪い。それがあなた方のモットーでしょう?」
     箒の上に立ちペーニャの周囲に氷の塊が生み出され。
    「さて、集中攻撃とはこう行うのです!」
     くるりと大剣男から本女へと視線を移し、ペーニャが手を振り下ろすと同時に円錐状のつららへと変化した氷が、本女を刺し貫く。
    「お、のれ……」
     まずは、1人。


     敵が2人になり戦況は楽になるかと思っていたが、灼滅者側も盾役のビハインド2人を消滅させられ、攻撃役の大剣男が残っている状況はかなり危うかった。狙われているペーニャが未だ倒れないでいられるのは、殊が大剣男に怒りを付与して標的を散らしている効果のおかげだ。
     敵の攻撃が終わった隙を突き、柩と茨が大剣男に接敵する。
     柩が剣を非物質化し敵の大剣をすり抜け脇腹を切り裂くも、浅い。だが即座にフォローするよう茨がその傷を狙って炎を纏った脚で蹴りつけ、ズザザーと地面に直線の足跡を残して男が滑る。
     その隙に螢は盾役の殊に小光輪の盾を飛ばす。
    「(一体目の序盤さえ乗り越えれば楽になると思っていたのだけど……)」
     ダメージを抑える盾を付与すると同時、殊の傷を癒しつつ螢は考える。やはり押し切るには攻撃が足りなかったか……と。だが、今更だ。
     フッと真横に気配を感じ視線を落とせば、横に並んだ殊と目があった。
    「わかってる。ここらが耐え時……だよね」
    「ええ、そうね」
     以心伝心のようなやり取りに螢は自身の心配を振り払う。
     タッと駆けだした殊は、不可視の盾を前面に展開しつつ大剣男に向かっていく。
     今回の黒幕だろう吸血鬼達は殊にとって宿敵だ。吸血鬼と相対する度に過去のあれやこれがフラッシュバックしそうになるが、その都度目を閉じ、感情を押し殺し、殊は奴らを狩る事に集中するのだ。
    「(わたしの役目は皆を守ること……誰も、倒させはしない)」


     ペーニャの影が刃となって大剣男を迎撃するが、男は傷をお構いなしに大剣の構えを解かず、次の瞬間、横一文字に大剣を振り抜きペーニャたち後列を衝撃波で薙ぎ払う。
    「私がいなくても……まー勝てますよ……だから、まーかせ、ます……」
     最後に周囲の温度を1度低くしつつペーニャが倒れる。わざと攻撃を食らう作戦は面白かったがせめて盾役か後列でやればよかったかもしれない。しかし、ここまで戦線が維持されている要因の1つは序盤にペーニャが前衛全員に盾効果を付与したからでもあり、その功績は大きい。
     バギンッ!
     戦いは続き、宗次郎が風の刃を飛ばし茨がその風刃に追走するよう大剣男に接敵、風の刃を大剣で切り裂き、しかしダメージを食らって動きが一瞬硬直した瞬間を狙って流星のごとき跳び蹴りをどてっ腹に決める。仰け反る男、その隙を見逃さずに跳躍して飛び込んでくるはアルスメリア。
     だが。
    「舐めるなっ!」
     大剣を大地に突き刺し、その反動でグンッと上体を起こした男の右腕がアルスメリアの首を掴む。
    「ぐっ……はっ……」
     思わず息が詰まるも男は攻撃の手を止めない。首を掴んだ右手に紅蓮のオーラが集まると、力任せにアルスメリアを大地へと叩きつける。
     ドッ!!!
     大地に小さく亀裂が走りアルスメリアの意識が飛ぶ。
    「これで……2人目、だ」
     男が自身の大剣を手にし息荒く吐き捨てる。
    「力を、こんな風に使うだなんて……絶対に許せない」
     その声はアルストメリアだった。
    「私は、誰かを助ける為にこの力を使いたい。それは甘いって言われるかもしれないけど……でも、だってさ」
     男が振り返る、そこには倒したはずの少女が太刀を杖代わりに立ち上がっていた。
     魂が肉体を凌駕したのだ。
    「その人だって、社員の為に、家族の為に頑張ってるんだもの。せめて、それに降りかかる悪意位は祓ってあげたい」
    「貴、様っ!?」
    「力は、そういう風に、力無い人達の為に使いたいんだ!」
     太刀から手を離し、腰から鞘を抜き大剣男の元へ。
    「悪意を打ち砕け“熾焔”!」
     炎に包まれた紅蓮翔鳳の鞘が大剣男の身体を抉る。
    「馬、鹿、な……」
     ドゥ、と男が倒れ、敵はあと1人。

    「おじいちゃんの相手なんて、本当はしたくないんだけどね」
     月光と月の炎を宿した大鎌を振るい、老人の帯を捌きながら花夜子が言う。花夜子は最近祖父を亡くしており、敵とはいえ老人と相対しているとどうしても祖父の顔が頭をよぎる。
    「年寄を労わるとは感心じゃな、じゃが、それならいっそわしに殺されてはくれぬか?」
    「あー、それは無理!」
     即答と共に花夜子の大鎌が紅蓮に輝き袈裟懸けに切りつける。
    「だっておじいさん、アタシのおじいちゃんとは全然違うから」
    「それは残念じゃ」
     辛そうに自身を癒す老人。そのタイミングを見極め、螢が剣を振るい前衛達を祝福の言葉を乗せた風でまとめて癒す。
     現状、残りが老人1人となった時点で戦況は決した。
    「搦め手で相手を圧倒するのも悪くないわね」
     ボソリと呟く、その顔は宿敵たる吸血鬼に通じるような少しだけ悪そうな顔だ。
    「あのさ、そろそろアマネに助けを求めた方が良いんじゃない?」
    「なんじゃと!?」
     回復する老人にゆっくりと近づきつつ柩が問う。
    「それとも、本織識音の居場所を教えてくれれば命を助けてあげるよ?」
    「ふん、わしが何を言おうと信じぬつもりじゃろうが!」
     老人の答えにクルリと手の中でロッドを回し、バシッと構えると柩が走りだす。
    「そう……なら、ここで会ったが運の尽きだね。大人しくボクが癒しを得るための糧となってくれたまえ」
     回避しようとするも蓄積された傷で身体が悲鳴を上げ、魔力の連打を浴びる事になる老人。
     ふらふらになる老人の目が、ゆっくりと鎌首をもたげる影を見つける。
     その影の出所は……殊。
    「気に食わないんだよね、他人の指示で人の物、平気で奪うようなこと、それに何の覚悟もないような人」
    「……何、じゃと?」
    「奪うのなら、奪われる覚悟も……できてるんだよね?」
     殊の言葉と共に影が疾駆し老人の下半身へと齧りつく。
    「奪い尽くすは、死色の紅」
     バチンッ!
     下半身が噛み砕かれドサリと落ちる老人。それでも吸血鬼の強化一般人らしく瀕死のまま「よ、くも……」
     地を這う老人の目の前に誰かが立った。足から見上げるとこちらに手をかざした宗次郎。
    「アマネや大河田を潰しておけないのは残念ですが、今は目の前の悪党を何の慈悲もなく灼滅しておきましょう」
     放たれた風の刃が、老人をズタズタに引き裂き、その息の根を止めたのだった。
     戦いは終わった。
     この工場が今後どうなるかはわからないが、できれば再建してもらいたくはある。
     人間に従う吸血鬼というのに違和感があると言う者も多いが、それは後で行動する必要があるだろう。
     事件は……まだ、始まったばかり。

    作者:相原あきと 重傷:ペーニャ・パールヴァティー(羽猫男爵と従者のぺーにゃん・d22587) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年4月2日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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