薔薇と干し首

    作者:来野

     兵庫県神戸市の一角に造りは古いが堅牢なビルが建っている。柿畠紋朗ビルヂング。バイオケミカル系企業の本社ビルだ。
     その最上階、社長室。マホガニーの両袖机に皺深い首が乗せられている。
    「ひょっひょっひょ」
     首が笑う。違う。きちんと体があるのだ。齢87歳のこの男、机につくと首から上しか見えない。そのくらい小さい。作務衣の上着を脱いで干からびた胸板をさらし、乾布摩擦に励んでいる。
    「のぅ、華岡」
    「何か」
     答えた女性秘書は高校生。黒髪を象牙のコーム一つで緩くまとめ、薄墨を刷いたかのような襟足を覗かせている。
    「そうツンとするな」
    「しておりません」
     愛想もなければ嘘もない。ヴァンパイアなのだ。お高く見えて当然である。
    「そうかのぅ。爺ちゃん寂しいぞい」
     しょぼくれて見せた老人は、ちら、と視線を上げる。書類を一枚差し出した。
    「だから我ままを言おうかの。この二名を拉致して工場へ運んでおくれ」
    「これは。当社の人間ではありませんか」
    「そうじゃ」
    「拉致、ですか。処分ではなく」
    「死肉はすぐに傷むからのぅ。生体が良いが万が一の場合は、まぁ、やむをえん」
    「かしこまりました」
    「場所とタイミングをまちがえんようにな」
     秘書は書類を見直して眉根を小さく動かす。
    「御意のままに」
    「華岡」
    「何でしょう」
    「ツンとしろ」
    「……」
     この干し首め。
     秘書は切れ上がった目尻で老爺を見る。一呼吸の後に薄く微笑んで見せた。
     ひょっひょっひょ。
     不気味な笑いが部屋へと満ちる。
     
     窓の外を見ていた石切・峻(高校生エクスブレイン・dn0153)が、教室内へと視線を転じた。春めく空は青さも淡い。桜のつぼみが綻びようとしている。
    「集まってくれたか。ありがとう。HKT六六六の新たな動きを伝えたい。ゴッドセブンのナンバー3、本織・識音(もとおり・しきね)がASY六六六という組織を設立し、兵庫県の芦屋で勢力を拡大しようとしている」
     識音はまず古巣の朱雀門高校から女子高校生のヴァンパイアを動員して組織に組み込んだ。そして神戸の財界人の元へヴァンパイアたちを秘書として送り込み、彼ら人間の欲求を満たす形で悪事を行おうとしている。
    「そこで君たちにお願いしたいのはある拉致事件の阻止だ。被害者は神戸市内の企業に勤める社員二名で、いずれも二十代の男性。彼らには引き抜きの話が持ち込まれている」
     企業の説明として配布されたパンフレットには柿畠紋朗商店という古臭い社名が印刷されている。元はといえば小さな種苗園だった。しかし、現在扱っているものは独自の技術で開発した肥料や薬品である。
    「彼らは生きたまま自社工場に運ばれるようだ。しかも、失敗するくらいならば死体でも良いことになっている」
     技術流出を封じると共になんらかの形で利用するつもりだろう。
    「決行場所は引抜きをかけたコンサルティング企業の駐車場。秘書であるヴァンパイアは彼ら二名をそこに呼び出し、配下の強化一般人五名を差し向けて拉致させる」
     時間帯は夜半。会社は既に終業しており、駐車場への人の立ち入りもない。
    「君たちが到着する時、呼び出された二名は駐車場へと踏み込もうとしている。どこで接触し、どう介入するかは皆の作戦に頼りたい。強化一般人たちは駐車場内で被害者を待ち受け、サイキックで眠らせて拉致する予定だ。妨害に気付いたら、その時点で殺害してでも奪われまいとするだろう」
     峻は敵能力の一覧を書面で配り、先を続ける。
    「ASY六六六の狙いはミスター宍戸のような才能を持つ一般人を探し出すことで、その一環として手を貸しているらしいのだが」
     人間の屑と言われたミスター宍戸。峻の顔付きは複雑だった。
    「あんなのが何人も出てきたら大変だ。どうか企みを阻止して欲しい。お願いします」


    参加者
    風宮・壱(ブザービーター・d00909)
    巨勢・冬崖(蠁蛆・d01647)
    北斎院・既濁(彷徨い人・d04036)
    檮木・櫂(緋蝶・d10945)
    南谷・春陽(インシグニスブルー・d17714)
    深海・水花(鮮血の使徒・d20595)
    小堀・和茶(ハミングバード・d27017)

    ■リプレイ

    ●ご用があっても通しゃせぬ
     ヘッドライトが行きかうたびに、車道のアスファルトが濡れたかのように光る。タイヤの音もどこか雨音に似ているが、今夜は晴れ。歩道には桜の花が降り始めていた。
    「あ……」
     南谷・春陽(インシグニスブルー・d17714)の口許で、花びらが一つ動きを止めた。きれいにグロスを引いている。それに留まったのだった。
     檮木・櫂(緋蝶・d10945)が指先を伸べ、そっとつまみ取る。彼女もまたメイクをきめて、長い髪をすっきりとまとめている。互いの眼鏡が常夜灯の明かりを受け、その奥の瞳を小さく輝かせた。
     しかし、傍に佇む風宮・壱(ブザービーター・d00909)は、どことなく顔色が冴えない。
    (「生体の方が良いとか、特別な肥料や薬品の工場とか……」)
     この事件の大元を思い起こす。野菜だって植物、今、立っている足の下だって抉れば地面だ。そこに使われているものは……
    「あ、俺すげえ嫌な想像しちゃった」
     思わず口を抑えると、他の二人がスーツの背をそっとさする。
    「ちゃんと2人とも守りきろうね」
     眼鏡を押し上げて頷き合ったちょうどその時、左右から靴音が聞こえて来た。
     彼らが守るべき社員たちだ。潜伏中のメンバーが、路上駐車の車の陰で息をひそめる。
     二人はそれぞれ別方向からやって来て、駐車場の前で互いの姿を認めると明らかな当惑の色と愛想笑いを浮かべる。
     探り合う空気が漂い始めたところに、三人は歩み寄った。春陽が浮かべた笑顔は、その名の温もり以上に強い魅惑の彩りに満ちる。
    「こんばんは」
     会社員たちは吸い寄せられるように彼女を見た。
    「お」
     見つめることに熱心で、探り合いの空気を忘れる。
    「な、何でしょう?」
     返答に落ち着きがない。そこで櫂が進み出た。駐車場の入り口を指し示し、その手を自らの胸へと向ける。
    「お呼び立てして大変恐縮ですが、予定の変更をお願いに上がりました」
    「ええ?」
     呼び出し電話の声も若かったからだろう。プラチナチケットが良く効いた。
    「まさか、交渉決裂……ではありませんよね」
     立場の揺らいでいる男たちは、内心の不安を隠せない。春陽はやんわりと首を横に振る。
    「いいえ。後日改めてご連絡を差し上げます」
     ので――
    (「お願いだから帰ってよぉ! もーっ、オトナの女性とか私、無理だしっ!」)
     いっぱいいっぱいの胸の内を、スーツと眼鏡の奥にぐっと押さえ込む。そうこうしている間にも時計の針は進む。夜陰に話し声は目立つし、確認に来られては彼らが危ない。
     ところが、事情も知らない連中は、顔を見合わせてからこう言った。
    「では、名刺を頂けませんか」
    「そう。あなたたちの名刺を」
     物陰で事態を見守っていた巨勢・冬崖(蠁蛆・d01647)が、櫂の姿に見惚れていた目を眇める。何か変な下心を見せていないか、彼らは。
     足許にうずくまっている小さな三毛猫が、空気を和ませるようにそっと尾を振った。猫変身で暗がりに紛れた小堀・和茶(ハミングバード・d27017)だった。その姿に穏やかな表情を向けた深海・水花(鮮血の使徒・d20595)は、わずかに顔を傾けて前方へと注意を向ける。大丈夫なのか。
     北斎院・既濁(彷徨い人・d04036)も可能な限り身を乗り出して駐車場の中を窺おうとするが、潜伏しながらでは限界があった。視線を巡らせて協力を求める。エリスフィール・クロイツェル(蒼刃遣い・d17852)が軽く手を上げた。彼女にはDSKノーズという手段がある。そして。
    (「近付いている?」)
     届いた感覚に、くっと息を飲んだ。周囲の仲間へと緊張が伝染する。一呼吸置いて、冬崖が研ぎ澄ました殺気を放つ。
     壱が顔を跳ね上げた。毛羽立つ大気は、敵、接近中のメッセージだ。もう、やるしかない。
    「担当者がおりませんので、また後日連絡いたします。今日のところは申し訳ありません」
     確固とした声で告げ、その身から王者の風を吹きそよがせる。足元の花びらが渦を描いて舞った。
    「な、なんだ?……はぁ、はい」
     怯えかけた会社員たちは、不意に目つきを虚ろに変える。ここまで瞬き四つ。
     やがて、カツリという硬い音が聞こえた。
     駐車場の中から近付いてくるヒールの音だった。

    ●紙一重の向こう側
     エリスフィールが車の陰を飛び出し、敵の方角を指し示す。強化一般人の姿が視界に入ったのは、瞬き一つ後のことだ。
     壱はすかさずESPの効果を切り、二人の社員を庇いながら退避を促す。
    「こちらへ」
     ウイングキャットのきなこが重たげな羽音を響かせて背後を守る。
     駐車場から最初に出てきたのは、ショートカットの小柄な女だった。身にまとったスーツの色は灰色。
    「……! 何をしている」
     片手を差し伸べて踏み出そうとするところへ、風を切る鋭い音が飛んだ。水花の放ったダイダロスベルトだった。
    「っう」
     足許を牽制されて真後ろへと退いた女は、背後を向く。
    「妨害を確、に……っ」
     だが、言い終えることは出来ない。櫂の足許から伸びた影が胴を斜めに斬り裂く。飛び散る血飛沫の向こうに、駆けつける強化一般人たちの姿が見えた。
     傷口を押さえた女の脇を、春陽と冬崖がすり抜けようと走る。
    「待ちなさい!」
     女の膝が上がった。逆の脚を軸に反動の乗った蹴りを放ってくる。
    「構わない。通れ」
     その一撃は冬崖が引き受ける。その隙に、春陽は敷地内へと転がり込んだ。グレイのスーツを身に着けた女が三人、彼女の前を塞ぐ。更にその後方から声が聞こえた。
    「追いなさい。殺害を許可します」
     自ら負傷を癒す最初の一人と後ろに引いた黒いスーツの女がその場に残り、三人の女が外へと駆け出す。
     出鼻を挫くようにエリスフィールが割り込んだ。片腕に銀月の輝きを帯びた神霊甲を纏っている。縛霊手・銀霊甲メセケテトだ。銘は太陽神の夜の船。
    「あの人達に手は出させない。悪いがここで……足止めだ」
     張り巡らされる除霊結界を避けようとして、三人が分散する。二人は駆けたが一人が足を取られて出遅れた。
     既濁がウロボロスブレイド・Ferro sferaを振るう。重たげな一撃がヴンッと夜気を裂き、強化一般人の足許へと鉄球が襲い掛かった。手応えあり。狂気と正気が疼く。
    「怪しいもの抱えてるじゃん」
     カマをかけてみると、足首を押さえて倒れ込んだ一人が赤い瞳を上げた。
    「見る?」
     傷口から離した手を突き出して、パッと開く。何もない。が、大気が真っ黒く鉤型に裂けた。気の狂うような衝撃がツギハギの精神の継ぎ目に忍び込んでくる。害意に殺意。既濁は大きく身を傾けたが、ガードレールをつかんで苦痛に耐えた。
     こんな者たちを人に近付けたら、躊躇いもなく命を奪うだろう。少しばかり力を与えられただけで、人とはこうも変わるのか。
     一人、攻撃を免れた女が駆ける。会社員二人を脇道に押し込んだ壱が、肩越しに振り返った。きなこは頑張って既濁の許へと飛んでいる。
    「とにかく走って!」
     道への入り口を塞いで灼熱色のグローブ・Brave Heatを構え、ガードを絞り込む。背後を守った彼の身に、護りの帯がふわりと飛んできた。
     猫変身を解いた和茶の放つラビリンスアーマーだった。彼女の緑の瞳が大きく見開かれている。
    「難しい事はよくわからないけど」
     何かきっと大変なことが起こっているのだ。
    「大変な事はダメだよ、頑張って止めないと……!」
    「邪魔立てしないで」
     和茶の声を打ち消すように、敵の女が地を蹴った。壱へと向かう。
    「退きなさい!」
    「退かないよ!」
     勢いの乗った飛び蹴りは、ヒールの細さが嘘のようだった。全身で受け止めた足が地を擦る。靴底の焼ける匂いが立ったのは、軽く二歩も後ろの話だ。だが、守りが固く倒れない。
    「く……っ!」
     着地した女は、口惜しげに唇を噛む。あと一歩のところで阻まれるとは。固く拳を握って持ち上げた。だが、その動きは既に既濁によって知られている。エリスフィールが、ビハインドへと声を投げた。
    「シルヴァリア、そちらは任せる!」
     素早く身を転じるオペラマスクの横顔。守備が加わるのを見て、水花が片手を掲げる。生じる光は味方であれば救いだが、
    「あなた方は指示に従っているだけなのでしょうが、主を諌める事無く、実行に移すのであればそれも罪です」
     敵に放てば裁きへと変わる。
    「神の名の下に、断罪します……!」
     ジャッジメントレイの輝条が強化一般人の胸を真っ直ぐに貫いた。
    「ッ、アアッ!!」
     まず、一人。縦に長く伸びた布陣は会社員たちを背に回し、駐車場へと敵を押し始める。戦局は守りから攻めへと変わろうとしていた。

    ●命の根元に横たわる
    「もう、動けるよ。既濁おにーさん」
     回復を終えた和茶が彼を助け起こそうとすると、その背に黒く影が落ちてくる。
    「え……」
     さっと振り返った先に、グレイのスーツの女がいた。片脚を大きく跳ね上げる。が、そこに走る銀の爪。
    「住手」
     櫂だった。獣の腕を割り込ませ、強化一般人の向こう脛を大きく引き裂く。ほつれた黒髪が一条、頬に舞った。
    「っく、アッ!」
     地に転がった女が細い簪を抜いた。鈍いオーラを纏いつかせて掲げる。その手が大きく跳ねた。
    「ア……、?」
     硬直している。既濁の動きの方が速かった。和茶と入れ替えに女の延髄の位置を大きく切裂いて、今、手を引いたところ。浴びた鮮血に目を細め、軽く頭を振って払う。二人目の女が倒れた。
     あとは。視線を巡らせた先、グレイのスーツの女二人を前に出して、黒いスーツの女が佇んでいる。
     春陽の縛霊手が結界を構築し、黒衣の女の動きを封じようと迫る。しかし、相手は手前の女を盾にして身をかわした。味方が倒れることを意に介さないとは。片手を上げて指輪のはまった指を弾くと、黒い靄が浮いて錐の形に尖る。
     冬崖が肩で春陽を押し、襲い掛かる一撃を胸で遮った。
    「く……っ」
     巨槌・Beelzebubを地に着き頑として留まるが、血飛沫を浴びた横顔には苦痛の色が濃い。負傷の痛みのみならず、得体の知れない頭痛や胸痛が彼を苛んでいた。
     それを見ていた櫂が、
    「興奮する……」
     と呟くが、激情を抑えるためにはそんな一言も必要だった。護ってくれる彼が振り向く余裕すら失いかけているのは見れば分かる。
     駐車場の外から駆けつけた仲間の中から、壱が回復を担いに出た。それを機に、冬崖がハンマーを振るう。それは暴食を司る蝿の王。血飛沫を伴う一撃が、高速の羽音に似た響きを発して重たい。
    「……ッ、あっ、ガ!」
     避け損ねた黒いスーツの女が真後ろに倒れ込み、残ったグレイのスーツの女が庇う位置へと回り込む。壱が躊躇いがちに口を開いた。
    「攫った後、どう、す……」
     う、と口を覆う。夕食を食べられるかどうか心配だ。息を切らして降り立つきなこへと片手を振る。ご飯ならば、ちゃんとあげるってば。
     黒いスーツの女が、口の中の血を吐き捨てる。小さく笑った。
    「花がきれいだこと」
     思わせぶりな答えがいやらしい。
    「ここは良いわ。彼らを追いなさい」
     その命に頷いてグレイのスーツの女が地を蹴る。子供なら飛び越せるほどの跳躍だったが、細い足首がガクンッと引きずられた。和茶の縛霊手が結界を張り巡らせて、敵の動きを止めている。小さな体に精一杯の力を漲らせて、離脱の動きを阻んだ。そこに生じるのは、春陽のギルティクロス。長い髪を風に任せ、暗闇に力を解き放つ。
    「うっ」
     女は目を見張ったが逃れられない。赤いオーラが縦横に走り、仰け反った喉を大きく引き裂いた。絶命の顔に無念が浮かぶ。
     残るは黒いスーツの女一人。身を翻そうというところに既濁の蹴りが飛ぶ。
    「ッ、ク……ア」
     地に転がってそのまま真横に二転しようとするが、ガンッと落ちるのは冬崖のハンマー。逃げ遅れた体が、地面で大きくバウンドする。
    「ぅ……。呪われるが、良い!」
     女が指輪のはまった手を薙ぐと、壱の足許が硬直を始める。ビシリという音が耳に痛い。
    「……!」
     しかし、次の瞬間、エリスフィールの手が癒しの光を集め、溢れるほどに放った。
    「……こういう輩を、真なる意味で『社畜』と称するのだろうな」
     水花が、蒼銀の銃刃・Lacrimaの引鉄に指をかける。
    「技術流出や引き抜きを阻止したい、という事だけならまだ理解出来ますが」
     そして引いた。
    「ただの身勝手で命を利用したり、ましてや奪う事など許される事ではありません」
     夜の駐車場に響き渡る退魔の銃声。
    「アアッ!」
     地に倒れ伏した女は、それでもまだ男たちを追おうと足掻いた。近寄る者は蹴り払うべく膝を引き寄せ、きつい眼差しを跳ね上げる。
     その眼前で、さらりと鞘走る刀は鞘も柄も赤い。握る櫂の瞳もまた。抜く手からの一閃が降り落ちる花を断ち、黒いスーツの胸へと吸い込まれる。
    「ヒ……ッ」
     ザッという音を立てて舞う花びらは、驚くほどに赤かった。灼滅者たちの頬へと飛ぶと、点々と張り付いてこぼれようともしない。
    「イイイ、アアッ!!」
     苦悶の声が響き渡り、二度、三度、木霊して、やがて力を失い、気が付くと絶えている。地に広がりアスファルトの亀裂に吸い込まれるものは、どこに消えるというのか。
    「晩安」
     斬った者の一言が、明けぬ夜を告げた。

    ●花の刻印
     さあっと音を立てて車が行き交う。駐車場の外を横切った光が、灼滅者たちの横顔を照らした。
     命拾いをした会社員二名は、自ずから逃げることができたのだろう。姿はない。
     頬の花を払い、エリスフィールが首を傾けた。
    「そう言えば『処分ではなく拉致』と言っていたな……。人体実験でもするつもりか?」
     うっ、という呻きと、ぼて、と着地する音が聞こえる。
     祈りから横顔を上げた水花が、花降る暗闇を見つめる。その向こうへと逃げた社員二人は、どこへと行きつくのだろう。そこに安らぎはあるだろうか。
    「……犠牲を出さない為にも、主の方も早めに倒したいところですね」
     このままではイタチごっこですから。
     彼女の声に応えるかのように、桜の花びらが渦を描く。
     それは白い骨片のごとくに灼滅者たちの体に纏わりつき、どこか少し血の匂いを染み付けて、払われてもなお離れようとはしないのだった。
     

    作者:来野 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年4月4日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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