桜と団子とサクラの跡

    作者:江戸川壱号

    「ね、これは何に見える?」
     集った灼滅者達を前に、須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)はマグネットで一枚の紙を黒板に貼り付けた。
     紙にはスタンプで押したらしい黒いマークがひとつ。
     楕円の上部を鋭い三角で削ったそれは、簡易に描かれた桜の花びらのようにも見える。
     時期的にも桜を連想する者が多かったが、まりんはニンマリと笑ってその意見を否定すると、隣にもう一枚の紙を貼り付けてみせた。
    「正解は、コレ!」
     紙に描かれていたのは、灼滅者達もよく知るバスターピッグの姿である。
    「ブタの足跡って、桜の花びらに似てるよね」
     どうやら今回のターゲットはバスターピッグらしいが、足跡の前フリは一体なんだったのだろうかと思えば、すぐに答えはもたらされた。
    「というわけで今回みんなに頼みたいのは、桜咲く山に出るバスターピッグの退治なんだ」
     バスターピッグは全部で十二体。
     一団は山奥から降りてくるところらしく、このまま放置すると山の中腹にある茶屋に突撃し、店を営む老夫婦がその犠牲となってしまう。
    「強さはそれほどでもないから、皆なら問題なく退治できる思うよ。この辺で待ち受けていれば遭遇できるし、茶屋にも影響でないんじゃないかな」
     そう言って地図を黒板に貼り付けると、まりんは茶屋よりやや山頂よりの位置に丸をつけた。
     それから灼滅者達の方へと向き直ると、胸の前で両手を打合せてうっとりと告げる。
    「それでね、ここの茶屋から見る桜がとっても綺麗なんだって! 皆にはちょっと物足りない依頼になっちゃうから、お花見のついでと思って、どうかな?」
     茶屋では、手作りの桜餅や花見団子などが食べられるという。
     早めにバスターピッグを退治したら、茶屋で美味しいお菓子をいただきつつ、仲間と共に満開の桜をゆっくりと堪能してはどうだろうか。
    「でもちゃんとバスターピッグは退治してね!」
     最後にしっかりと釘をさした上で、まりんはそう提案してきた。


    参加者
    殿宮・千早(陰翳礼讃・d00895)
    シェリー・ゲーンズボロ(白銀悠彩・d02452)
    焔月・勇真(フレイムエッジ・d04172)
    高瀬・薙(星屑は金平糖・d04403)
    琶咲・輝乃(星の輝きを歌い過去を想う者・d24803)
    空本・朔和(おひさまスタンピード・d25344)
    吉武・治衛(陽光は秋霖に降り注ぐ・d27741)
    播磨・珠(そろばんマスター・d31328)

    ■リプレイ


    「さーて、茶屋にも桜にも被害が出ないように、ちゃっちゃと倒して桜を楽しむと行くか!」
     僅かに砂埃をあげて山を駆け下りてくるバスターピッグの群を迎え撃つ灼滅者達の心情は、エイティエイトと共に突撃していく焔月・勇真(フレイムエッジ・d04172)の掛け声と概ね同じであった。
    「Alea jacta est」
     解除コードを口にするなり、シェリー・ゲーンズボロ(白銀悠彩・d02452)が背から燃え上がった炎の翼で仲間に破魔の力を与えていったのもその為だろう。
     勇真と琶咲・輝乃(星の輝きを歌い過去を想う者・d24803)のESPによって人払いや戦闘音の遮断も済んでいる今、あとはここで敵を殲滅するだけだ。
     数は多めの十二とはいえ、はぐれ眷属にしても個々の力は弱めのようで、吉武・治衛(陽光は秋霖に降り注ぐ・d27741)の展開した結界に捕らわれたバスターピッグ達は次々と討ち取られていった。
    「いくよ、すわん!」
     空本・朔和(おひさまスタンピード・d25344)も、相棒のぶらっくすわんと共に小さな拳を精一杯狙い澄まして撃ち込み、見事に一頭を落とす。
     ぶらっくすわんの攻撃はまるで黒いスワンボートかおまるが体当たりしているようで、朔和の可愛らしい外見と相まって大変に微笑ましかったが、おまるは禁句なので要注意だ。
    「無粋なのは姿だけで充分だ」
     風流を解すこともなく愚直に突き進むバスターピッグを殿宮・千早(陰翳礼讃・d00895)が拳の連打で止めれば、蘇芳色の着流しをなびかせた輝乃がリズミカルにサイキックを繰り出し次の一頭を屠り、相楽・藍之介(高校生神薙使い・dn0004)もまた横を擦り抜けようとする一頭を縛霊手で叩く。 
     各個撃破の作戦ではあったが三撃以上を必要とする敵は殆どおらず、最後列に位置取った播磨・珠(そろばんマスター・d31328)が目を光らせていたこともあり、バスターピッグは逃げることもできずに数を減らし……。
    「十二、っと」
     撃ち漏らしのないよう倒した敵を数えていた高瀬・薙(星屑は金平糖・d04403)が、炎の花に焼かれ倒れたバスターピッグを確認し十二を数えたところで戦闘は終了となった。
     味方がかすり傷程度しか負わなかった為、霊犬のシフォンには出番がなかったほどにあっさりと山の平穏は守られ、春を踏み荒らすサクラ型の足跡は、茶屋の随分と手前で途絶えることになった。


     冬を抜けたばかりの山の色彩はまだ薄く、葉の緑も木々の茶も落ち着いた色を見せていたが、茶屋のある広場周辺だけは別世界のように色鮮やかに春を纏っていた。
     広場を囲むように植えられた桜は枝振りも見事で、大きく張り出したそれが桜の天蓋を広場に作り出している。
     枝の届かぬ中央からは青空を覗くことができ、枝と花の隙間から降り注ぐ日差しは和らいで薄い桜色に染まっているようにも見えた。
     山の中では若者が訪れることも滅多にないのか、茶屋の老夫婦は灼滅者達の来訪をとても喜んでくれ、座る場所が足りないからと予備の木のベンチに緋毛氈を敷き、ゴザを出して花見のしやすい場所に敷いてくれたりと、至れり尽くせりである。
    「おだんごおいしいねぇ!」
     朔和は満面の笑みで美味しそうにもぐもぐと草団子を頬張っていた。
     体は小さくともよく食べる朔和には草団子だけではとても足りないので、木のテーブルの上には三食団子もスタンバイ済みである。
     戦闘が終わった後にはお腹が空きすぎて気分と共にしょんもりとなっていたアホ毛も、今はぴょんと元気よくクマ耳パーカーのフードから飛び出ていて、心なしか隣で見守るぶらっくすわんも嬉しそうだ。
     美味しい物を食べて本人も元気いっぱいになったようだが、勢いよくかぶりついたせいかまるい頬にはあんこがぺとりとついていて、茶屋の老婆がくすくすと笑いながらおしぼりで拭ってくれる。
     それに礼を言ってから、朔和は身を乗り出して老婆に問いかけた。
    「ねえねえ、おばあちゃん。このおだんごお土産にできる?」
     団子が好きな姉と師匠にあげたら喜ぶだろうからと言えば、老婆はとても嬉しそうに微笑んで同じ二種類を包んでくれる。
     その隣でゆっくりと噛みしめるように草団子を食べているのは、傷のある頬を紅潮させきらきらと目を輝かせている紅輝だ。
     食べる速度はゆっくりだが、並べられた菓子は朔和よりも多い全種類。
     草団子の歯ごたえと風味をじっくり味わいながらも、目はちゃんと舞う花びらを追っている。
     舌と目と、双方の感動を素直に表す紅輝も姉想いの朔和も孫のようなのか、老婆はにこにこと何くれとなく二人の世話を焼いてくれた。
     そんな老婆に合間を縫って積極的に話かけているのは、朔和の向かいに座った薙と隣のテーブルについていた珠だ。
     薙は桜餅、珠は三色団子をほうじ茶と共にいただきながら、茶屋についてやここの桜についての話を聞いていく。
     茶屋は店主で三代目だそうで、桜の咲き方は年によるけれど愛着があるせいか店主夫婦はここの桜が一番美しく見えると楽しそうに語ってくれた。
     話は弾み、気が付けば薙が追加で頼んだ三色団子もすっかり腹の中。それでも美味しいお菓子は別腹で、朔和がお土産を頼んだのをみて薙も菓子を包んでもらうことにする。
     広場を取り囲む桜並木の中は花びらが降り注ぐ幻想的な空間だった。
     茶屋からは見えない陰を探して木の幹に背を預けた薙は、改めてシフォンと共にお茶会を再開する。
     舞い散る花びらの中、苦くとも深い味わいの抹茶を片手に相棒と分け合って食べるわらび餅と草団子は、また格別の味わいだった。


     茶屋の店先にある朱色の傘の下、適度な距離を開けて座るのは、千早と百舌鳥。
     戦闘を終えた皆に労いを送った後はひっそりと椅子の端に座っていた百舌鳥は、朱色の傘に降り注ぐ薄紅と暖かな笑顔の老夫婦を見て、守られた平穏を噛みしめる。
     そして同時に、桜餅の優しい甘さと、それを引き締める微かな塩味を。
     全種類制覇したい思いと財布の中身を天秤にかけつつも、この場所は心地良く。
     気付けばいつの間にやら百舌鳥の瞼はとろりと閉じられていた。
     その横に、姿勢よく座しているのは千早である。
     和の物や伝統に造詣深いからだろうか。無理なく伸びた姿勢で桜餅を切り口へと運ぶ所作は淀みなく流れるようで、抹茶の入った茶碗を手にして静かに花を愛でる姿もまた実に自然で様になっていた。
     ひらりとひらりと花びらが降る中で、上品な優しい甘さの菓子に舌鼓をうつ。
     微かな風に舞う花と共に流れるゆったりとした時間の、なんと贅沢なことか。
     見事な桜の天蓋に目を細めた千早の心に浮かぶのは、先人達の詠んだ幾つもの桜の歌。
    「春の心はのどけからまし、か……」
     この光景を見ればそう詠われたのも納得がいく。
     長きに渡って心騒がせるほどに人を魅了し続けた桜は、きっとこれからも人の様々な想いをかきたて、受け止めて咲き、そして愛されていくのだろう。

     七狼にエスコートされ、シェリーは店から少し離れた木のベンチに座った。
     茶屋が初めてのシェリーは、抹茶は苦いから甘いものと一緒にいただくといい、という七狼のアドバイスに従って抹茶と桜餅を頼むことにする。
    「いただきます」
     七狼が頼んだ抹茶と三色団子が揃えば二人の声も揃って響き、深い味わいのお茶と柔らかな甘さの菓子をゆっくり味わった。
     そうして舞い散る桜を眺めながら二人が想うのは、隣に居る大切な人のこと。
     二人の暖かな想いに誘われてか、ひらりと手元に落ちてきた形の良い一輪の花びらを、七郎はそっとシェリーの銀の髪に飾る。
    「わたしに似合うかな?」
    「……とても良く似合う」
     礼と共に、シェリーが花びらを持ち帰って栞にしてもいいかと問えば、七狼から返るのは嬉しそうな肯定。
    「何気ない一時を大切に想ってくれて有難う」
     美しい景色と初めての味の美味しさ。
     決して忘れないだろうこの思い出は、なにより互いの隣で味わえたからこそ。
     来年もこうして二人で花見をして、愛しい季節を重ねていこう。
     誓い合う二人の表情は自然と綻んで、舞い散る桜の中でも一際鮮やかな花となって咲いた。

     想希と悟もまた、咲き誇る桜の下で寄り添い、互いの未来を誓う。
     桜と同じ優しい色の桜餅。それより優しい色の大切な人をカメラに収めた悟が得意気に笑って差し出したのは、降る花びらをほうじ茶に浮かべたもの。
    「春キャッチ茶やで!」
     風流なそれを二人で味わえば、春の中に溶け込んだよう。
     花びらを吹いて奏でる笛の音の中、味わった菓子はただ美味しいだけでなく二人に強い決意をもたらしていた。
     時を重ね深めた味と寛ぐ空気、支え合い寄り添う夫婦に目指すものの一端を垣間見て、指を絡めて誓い合う。
    「末永く愛し合って下さいね」
    「勿論や。ずっとずっと愛したるで」
     いつかこの店のように、互いに引き立て合い、時を重ねていけたらいいと――。


     茶菓子だけでなくタッパーが並んでいるゴザに座るのは【月訪狐屋】の三人である。
    「お稲荷さんを沢山作って来ましたよ。遠慮なく食べてくださいね」
     茶屋の店主が持ち込みを快く了承してくれたので、清美はクラブ名にちなんで作ってきた稲荷寿司を登と夕月に差し出した。
    「うん、美味しいよ。ありがとう!」
     手作り稲荷寿司を食べながら、仲間と一緒に綺麗な桜を眺める。
     それはとても楽しく贅沢な時間に感じられた。
    「桜、綺麗ですね。これを見ると、春が来たという気になります」
     しみじみ清美が呟く頃には稲荷寿司は空になり、いよいよ茶屋の菓子に手をつける。
     食事中は行儀良く聞き役に徹していた夕月も、お茶の合間には楽しそうに会話に入った。
    「うん、美味しい」
    「美味しいですね。後で作り方を聞いてみましょうか……」
     同じ三色団子を食べた清美と感想を言い合ったり、登から草団子の感想を聞いたり。 
     どれも美味しそうで、追加で買ってきたものを三人で分け合って食べたりもした。
    「こうやってのんびりするのも、たまにはいいねえ」
     楽しいけれど穏やかに過ぎる時間。
     にこりと笑顔で向けられた登の言葉に、夕月も清美も頷いて微笑み合った。

     輝乃を始めとした【糸括】の面々は、枝振りの良い桜の下にゴザを敷いて花見を楽しんでいた。
     皆で作る輪の中央には、山のように菓子が積まれている。
     戦闘の後でお腹が空いていた輝乃は全種類を二個ずつ、甘い物が好きな脇差も全種類、そして杏子は桜餅をピラミッド型に組めるほど大量に頼んだからだ。
     様子を見て注文を控えめにした心桜と、皆から少しずつ分けてもらおうと決めて飲み物だけにしたミカエラの英断がなければ、更に凄いことになっていただろう。
     戦いを終えた輝乃に皆は次々「お疲れ様」と言葉をかけ、奢りだと言って飲み物を差し出していき、気が付けば輝乃の前には抹茶とほうじ茶とオレンジジュースが。
    「ありがとう。一緒に全種類楽しんで食べようか」
     なにしろお菓子も時間もたくさんある。
     糸括の面々は皆で少しずつ分けたり、もらったり、奪ったりしながら、賑やかにそれらを味わった。
    「ミカエラ、三色団子一本食べる?」
    「わらび餅を一切れどうぞ」
     ミカエラは宣言通り、皆から少しずつもらって全種制覇。
     桜の山だという杏子の桜餅の山に脇差が悪戯で草団子を積み上げたりといったこともあったが、これは杏子の素直さによって悪戯にならなかったようだ。
    「ここは、これから桜の咲く場所なの!」
    「お餅にもきっと桜が咲くのじゃ」
     心桜と一緒にはしゃいだ杏子は、山を少しずつ崩して皆に桜餅を配ってくれたりもした。
     そんな脇差も、明莉から桜餅の葉をくれと謎の要求を受けたり、三色団子を狙った腹ぺこ組の心桜とミカエラに仕方なく皿を差し出すなど、すっかり定番となりつつあるツンデレっぷりを見せ。
    「あんこでいいならあげてもいいぞー……あ、いや、頂いていただけますか?」
     苦手なのか、草団子についてきたあんこを押しつけ……もとい譲る明莉の行動も、甘い物好きの腹ぺこ組には喜ばれたようである。
     勿論食べるばかりでなく、花だって見ていたけれど。
    「花びら豚さん退治、お疲れさまーっ♪」
     舞い落ちた花弁を集めて両手いっぱいに抱えたミカエラが、輝乃の後ろに回り込み頭上高く振りまいた心のこもった花吹雪と。
    「わ、花吹雪。本当に綺麗だね」
     右半分を覆う桜柄の面でも隠しきれぬ輝乃の笑みには、この満開の桜も敵わないかもしれない。


    「ささっ、こちらへどうぞ。ゆっくりと疲れを取ってくださいね」
     広場の中央付近に用意されたゴザでは【望湖楼下】の皆が治衛を迎え、労ってくれた。
     女性陣の可愛い笑顔の為と勇希が選んだ場所は、木漏れ日と桜の調和が見事で確かにとても美しい。
     微かな風に吹かれ舞い散る桜の中、美味しいお菓子とお茶をいただいていると戦いの疲れも吹き飛んでいく。
     一見は淡々と食べているように見える振子も、髪に舞い落ちた花びらに気付かぬほど、初めて食べるわらび餅に夢中だったようだ。
    「可愛らしい髪飾りのようですわね」
     一口ずつ丁寧に優雅な所作で桜餅を口へ運んでいた白雪が、くすりと微笑んで照れる振子の髪からそっとそれを取ってやる。
     白雪も育ち故にこういう店に馴染みがなく興味津々だったので、振子の気持ちも分かったのかもしれない。
    「桜餅、すっごく美味しい……ね」
     治衛と分け合った桜餅を食べて、はにかむように微笑むのは妹の智秋だ。
     昔は体が弱くあまり外に出られなかった智秋にとって、兄や友人達と出掛けられるだけでも嬉しいのだろう。
    「お裾分けです。こちらも美味しいですよ」
    「神坂さんも、ありがと……って、それは……」
     にこりと微笑んで勇希が差し出した食べかけの三食団子に、真っ赤になって狼狽えている姿もどこか嬉しそうで来て良かったと治衛は思う。
    『舞い散る花びらを空中でキャッチできたら、願いが叶う』
     そんな話もあるらしいと語る智秋の願いは『みんなで楽しくいられますように』というもので。
    「あはは……それは、がんばらないといけないね」
     兄として、部長として。
     何より、守ることを己に課した者として。
     周囲を見れば大切な妹と友人。そして共に戦った仲間と、来訪を喜んでくれた茶屋夫婦。
     一本とて傷つけずに済んだ美しい桜。
     守れたものと、これからも守りたい笑顔。
     それらの為に治衛は高く跳躍して手を伸ばし――掌に幸せの一片をしっかりと掴んだ。


    「ひい、ふう、みい……桜の木も沢山あるわね」
     茶屋のすぐ前に置かれたテーブルで算盤をはじきながら桜の木を数えているのは、そろばんマスターを自認する珠である。
     ちなみに全員分の会計を愛用の算盤で素早く計算してみせたのも珠だ。
     来訪をとても喜んではくれたが、何しろ一度に多くの客を捌くことには慣れていない小さな茶屋のこと。注文と計算に少し手間取っているのを助けたのである。
     懐かしい算盤を使っていることも合わせて老婆はとても感心して喜んでくれ、ほうじ茶をサービスしてくれた。
    「綺麗な桜ね。こうやってのんびり楽しめるなんて何か贅沢」
     そのお茶を飲みながら、咲き誇る桜を眺める。
     茶屋の店主によれば、常連以外で人が来ることはあまりないのだとか。
    「なにしろ今は、僕達の貸切状態だからねぇ。うん、すごく贅沢だ」
     空を覆わんばかりの桜を眺め、しみじみと呟いた藍之介が口に放り込むのは実に三つめの桜餅。
     控えめで上品な甘さのそれは、いくらでも食べれそうだというのがその理由だ。
    「やること終わらせた後だと、なおさら美味しく感じるよな」
     最初に草団子を頼んだものの、桜餅を幾つも食べる藍之介や美味しそうに三色団子を頬張る珠を見て興味を惹かれたのか、結局は追加で頼んでしまった勇真も、頷きながら美味しいお菓子を味わう。
     しかも眺めは最高で、心なしか空気も美味しく感じられた。
     菓子を腹に収めた勇真は木のベンチからひょいとおりると、相棒のエイティエイトを一撫でした後で大きくのびをして深呼吸する。
     舞い散る桜は、春の訪れと過ぎた冬を思わせる。
     それは同時に、中学を卒業しこの春から高校生となる自身の境遇を連想させた。
    「相楽先輩は高校生活ってどうだった?」
     桜を見上げたまま問を投げたのは、藍之介もまた大学という新しい場へ身を移したからだろう。
    「楽しかったねぇ。焔月君はどうだったんだい?」
    「俺? そうだなー……中学は楽しかったな!」
     少し考えてからにっかりと笑って答えれば、ならきっと高校も楽しめるだろうと藍之介は言った。
    「高校っても、武蔵坂学園のままなんだし、そんなに心配する事ないのかな」
    「そうだねぇ。今まで大変なこともたくさん起きたけど、中学も高校も関係なく武蔵坂学園の皆で乗り越えてきたんだ。きっとそれは、これからも変わらないさ」
     季節は次々と移りゆき、同じ時は二度と来ない。
     けれどそれは何かがなくなることではなく、珠が学園の灼滅者に救われ今はこうして学園の皆と花見をしているように、新たな繋がりが生まれることでもあるだろう。
     春に訪れる出会いと別れは、咲き誇り舞い散る桜の花びらのように、散っても心の中に降り積もって、たったひとつの美しい景色を描いていくに違いない。

    作者:江戸川壱号 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年4月7日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 7
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