縁溜まり

    作者:ねこあじ


     山林に囲まれた寺院の階段、石で組まれたそれは駆けあがる狼の爪を鳴らす。
     灰色の毛並みよりも濃い色の瞳を持つ狼は、長い階段途中にある足休めの場で一旦止まると、駆けあがってきた段を見下ろすように振り返った。
     駆けた跡に糸が出現し、蠢く。初め一本だった糸は徐々にその数を増やしていった。
     それは白であり、赤であり、青でもあり、様々な色。階段を彩る糸は澱みのように。
     糸が階段を覆う頃、それを引く老婆が現れた。既に狼は立ち去っている。石の手摺りに掛かった糸をピンと張る老婆。
     一本、一本、長い長い糸は解けることなく、老婆の長い白髪も、老婆を繋ぐ地面の鎖も、糸溜まりに入りまじっていく。
     オオオォォ――……。
     何処からか。スサノオの遠吠えは夜の静寂を引き裂いた。


     切りたくとも切れぬ仲、容易く断ち切れる仲、人と人を繋ぐ縁は様々なものがある。
    「色々あるからこそ、縁の色もたくさんあるのかもしれないわね。ほら、運命の赤い糸っていう言葉があるじゃない」
     と、水晶を手に持つ遥神・鳴歌(中学生エクスブレイン・dn0221)は、教室に集まる灼滅者たちへ言った。
     改めて説明を始める鳴歌。
    「スサノオが古の畏れを生み出したの。場所はとある縁切り寺、山門を抜けた先の階段よ」
     彼女は地図を指しながら言う。
     長い階段はいくつかの踊り場が点在していた。階段の始まりから数えて二つめの踊り場、その先にある階段に古の畏れ――老婆が在るという。
    「この老婆は訪れた人の命を刈り取ろうとするの。命が失われれば縁も切れる、縁を断つには老婆に相手か自分自身の首を差し出せば良い……そんな逸話が、昔にあったみたいね」
     老婆の存在は縁を切るどころか命が断たれる。速やかな灼滅を、と鳴歌は言い添えた。
     老婆の動きは『糸』を駆使したものだ。
    「見た目に騙されないでほしいの。この古の畏れは、老婆とは思えない動きをするから」
     それはまるで妖怪のような、奇怪なものだ。
     攻撃を得意とし、糸を操って鋼糸とウロボロスブレイドに似たサイキックを扱う。
    「階段の左右は見通しの悪い林なの。現場は暗いから、少しの傾斜でも気をつけて。
     足元も糸がたくさんだから、うん、転ばないようにやっぱり気をつけてね」
     鳴歌は水晶を撫でながら灼滅者たちを見つめる。
    「戦いの方も、油断しなければきっと大丈夫。みなさん、無事に帰ってきてね」


    参加者
    天祢・皐(大学生ダンピール・d00808)
    シオン・ハークレー(光芒・d01975)
    八咫・宗次郎(絢爛舞踏・d14456)
    龍造・戒理(哭翔龍・d17171)
    西園寺・めりる(お花の道化師・d24319)
    ラススヴィ・ビェールィ(皓い暁・d25877)
    不破・九朗(ムーンチャイルド・d31314)
    狼塚・志野(飢えた知性・d33116)

    ■リプレイ


     いまだ夜は肌寒い。だが時折山林を抜ける風は山桜の香りをのせ、灼滅者達に春を届けてくれていた。
     八人が山門の前に辿り着くと、いつ誰が駆け込んできても良いようにと入り口は開け放たれている。
    「こういうのに巻き込まれる人は、いない方がいいよね」
     殺界形成を展開させながら不破・九朗(ムーンチャイルド・d31314)が手の光源で先を照らした。続く階段を見上げて呟く。
    「しっかし、石段かぁ……インドア派にはちょっと、辛いね?」
     箒で飛ぼうかな、と一瞬考えなくもない九朗だったが準備運動も兼ねて素直に登ることにした。
    「このうえで暮らすお坊さんは大変そうです」
     依頼で寺へ向かう機会が多い西園寺・めりる(お花の道化師・d24319)の言葉。今は寝静まる夜中だから不審な音でもたたない限り降りてくることもないだろうが、最初に犠牲者がでるとすればそれは住職だったかもしれない。
     寺へ向かう一段、一段。進むごとに『縁』を意識してしまうのは何故か。
    「縁切りか。しかし、死んだぐらいでは切れない縁もあるんだがな……」
     そう言った龍造・戒理(哭翔龍・d17171)は、ふと傍らの蓮華を見やった。
     光源に照らされた蓮華のヴェールがふわりと揺れる。
     一つ目の踊り場を過ぎ、二つ目が迫る。ちょうど曲がる造りになっていて、先の階段は木々に隠れて見えない。
    「縁って大切なものなんだと思ってたけど、切りたいって人もいるんだね」
     シオン・ハークレー(光芒・d01975)は階段途中で振り返り、闇の中の山門を見下ろした。
    「でもそのために命を奪うなんて許せないの」
     彼の言葉に頷くのは狼塚・志野(飢えた知性・d33116)だ。
    「良い縁であれ悪い縁であれ、命まで刈り取ることはないよね」
     何かを掴みたいのか、ぐっと拳を作る志野。
    「良い縁も悪い縁になってしまうこともあるだろうし、逆に良い縁が悪い縁になってしまうことだってあると思うからさ」
     先のことなど分からない。だが先を作るのも断つのも『今』だ。
     二つ目の踊り場に着いた天祢・皐(大学生ダンピール・d00808)が身に付けていた光源を上向きにした。
    「なんにせよ、被害が出る前に私達が一般人と古の畏れとの縁を切っておきましょうか」
     だらりと伸びた糸の数々。それらを一瞥し、古の畏れを見る。
     シオンがサウンドシャッターを展開するなか、光量の範囲を広く、強めにした光源をラススヴィ・ビェールィ(皓い暁・d25877)が階段を照らす位置に置いた。
    「そうだな。まずはこの畏れを鎮め、ここで縁を断とう」
     古の畏れを生み出したスサノオのことは気になるが、畏れ自身が生むであろう縁は断つべき。
     階段では糸を指に、手に、腕に巻きつけた老婆が佇んでいる。現れた八人を見下ろし、かくりと首を傾けた。
    「ふーん……此奴が噂に聞いていた古の畏れとかいう中古品だな。盗める技術なんかはなさそうだが、楽しませてはくれそうだな」
     バベルの鎖を瞳に集中させた八咫・宗次郎(絢爛舞踏・d14456)が呟くのと同時に老婆が手を振った。
     指一本を繰り、一本の糸が円を描く。そのまま八人の首を狙うように横一閃――灼滅者達は散開した。


     ただの人間であったならば首が飛んでいただろう。
     木立に何人かが逃れ、老婆は百八十度違う方向へ首を傾けた。囲うように灼滅者達が姿を現す。
    「――Vi Veri Vniversum Vivus Vici」
     スレイヤーカードを解放し、黒のコートを羽織った九朗が裾を翻して炎の翼を顕現させた。
     不死鳥の加護が後衛へと与えられる。
     身を屈めた状態から一気に駆け上がった皐は無防備ともとれる老婆に接敵する。老婆から見た皐もまた無防備に。
     皐はくっと何かを掴み――次の瞬間、オーラが緋色の剣となり斬撃を放った。
    「ァ、アアァァ!!」
     綺麗に入った初撃に、畏れの動きが変化する。畏れへの攻撃と一緒に断ち切られた糸は一拍の間を置いてすぐに修復された。
     たかが一拍。されど一拍。
     シオンの射出したベルトが勢いよく階段を滑り老婆を貫こうとするのだが、糸の塊に軌道を逸らされ狙い通りとはいかず浅い。
    「な、なわとびみたいになってるの……!」
     蠢く糸をぴょんぴょんと飛んで避けつつシオンはダイダロスベルトを引き上げる。
    「奇襲を仕掛けてくるわけでもないようだが」
     糸の動きは気になる。一応注意を、と老婆までの距離を縮めた戒理は縛霊手を振りかぶった。
     足元を気にしているような動きをみせていた蓮華は、一瞬止まったのちハッとした様子を見せる。そして滑らかに動き始めた。畏れを殴りつけ霊力を編む戒理へ加勢するように、霊撃を放つ。
     霊力に縛られながらも老婆は糸を繰った。めりるの足元に溜まる糸が蠢く。たった一本、老婆に繋がっているだけだというのに周囲の糸を巻き込み彼女を斬り裂こうとする。
    「残念でしたー」
     足元に注意し、さらに回避を高めた装備の灼滅者達。めりるもまた華麗に避け、階段を駆け上がった。
    「光を浴びてみるですよ」
     破邪の白光が敵を斬る。同じく切られた糸が舞い上がり、虚空で散った。一拍、その間に二撃目を浴びせる。
     片腕を半獣化させ、めりるの対角――上段から畏れに飛びかかる志野。
     銀爪で老婆の背を引き裂き、着地は斜面に身を任せて踊り場まで。
     糸溜まりのおかげで段差による痛みはないものの、逆に段差の間隔は読み辛くなっている。
    「うっかり足を踏み外してしまうかも、気をつけてね!」
     志野は皆に呼びかけた。
     手摺りに糸が厚く巻きついている。やや安定したそこを足場にして両側から接敵するのは宗次郎とラススヴィ。
    「足場の悪い所での戦闘は身に付く物が多いですね――、一手教えを乞うぜ古の畏れ」
     先に仕掛けるは宗次郎。片腕を鬼のそれへと変化させた彼は、目前の糸ごと敵を拳で撃ち抜く。
     宗次郎の攻撃を受け仰け反った畏れの真上に、無敵斬艦刀を手にしたラススヴィが降ってくる。降下の勢いにのった超弩級の一撃。
     二人の気魄攻撃に、老婆の持つ糸が全部断ち切られる。三者を囲む糸溜りが風圧に押されたかのようにも見えた瞬間。
     ラススヴィも宗次郎も、瞬時に場を飛び退いた。二人の後を追うように糸が張られていく。
    「シャ、シャ、シャ」
     不気味な老婆の笑い声。
     階段と手摺りと老婆の指、鋭くピンと張られた糸が蜘蛛の巣のように構築された。
    「易々と、近付かせてくれそうにもない」
     呟き、斬艦刀を払って糸を散らせたラススヴィの目に映るのは、網目状となった糸に降り立つ老婆。鎖の姿がよりあらわとなる。
    「……シャ、シャ。サテ、お前達ノ縁、切ッてやろうカねェ」


     老婆が身を翻せば糸が加速した。数本が絡まることなく巧みに捌かれ、宗次郎に迫る。
     生み出した風で糸の勢いをいくつか削ぎ落としながら宗次郎が跳躍した。斬撃に糸は赤に染まり、降下軌道の邪魔をする。
    「いいぜ、楽しくなってきた。遊んでやるよ。ご老体」
     落下中、再度跳んだ宗次郎が手摺りの上に着地した。
    「全ての縁を出して滅んで逝け」
     風の刃が畏れを斬り裂く。
    「もこもこ、よろしくです!」
     めりるのナノナノ、もこもこがふわふわハートを飛ばし、宗次郎を癒した。
     高純度に詠唱圧縮された魔法の矢を生み出すめりる。術式のそれは老婆の糸を断ち切れないことがすでに分かっている。
     めりると、畏れの死角――九朗の魔法に気付いたラススヴィが動いた。鋭い銀爪で老婆そして周囲の糸を引き裂き、道を拓く。
     先を老婆に向け、滞空させていた矢を九朗が放った。
    「射よ、其の光にて敵を討て!」
    「魔法使いをなめちゃダメです!」
     連携を重ねた数射は畏れを射抜く。
    「ア、アァァ!! 忌々シい、縁よ! さッさト、切ッてしまエ」
    「そんな簡単に縁を切るなんていったらダメでしょう! 後で後悔したって遅いんだよ!」
     解体ナイフを握りこんだ志野が身を屈めて畏れの懐に入り、敵の胴を斬り刻んだ。
    「切った縁は、おんなじものには絶対に戻らないんだから!」
     思い出すのは生まれ住んだ場所。そこを飛び出した自分。
     そんな志野に向かって、老婆がニィと笑う。
    「切ッて晴レ晴レする者モいるノだヨ――お前、切らレた側かい?」
    「そこまでですよ」
     光源故に明瞭な皐の影から犬が飛び出し、畏れの肩に爪を、首に牙をたて組み伏せた。
    「命が失われても切れない縁もあるものです。古の畏れに切れる縁などたかが知れていますね」
     ひゅ、と糸が孤を描き、皐の影が払われた。そのまま皐達前衛の攻撃を抑制する糸が張られていく。
     滑り降りるように後退する皐と志野だったが、偶然糸の塊を踏んだ志野が足を滑らせた。
    「っ!」
     逆さまに落下しそうなところでぐいっと引っぱられる。彼の態勢を立て直したのは人狼形態の腕、ラススヴィだった。
     斬線上に割り込んだ戒理が駆けて老婆の腕を蹴り上げた。糸を伝う赤い珠は戒理のものだ。
     畏れの攻撃がぶれると同時、上段まで駆け上がったシオンが妖の槍を回転させ冷気を生み出す。
    「援護するね!」
     彼我の距離を取る戒理とすれ違うように、冷気のつららが敵に向かっていった。

     畏れの攻撃を回避しやすい装備、畏れに確実に当たる気魄攻撃、状態異常の付与と、戦いはただの一度も老婆が優勢に立つことはなく、盤面は灼滅者の手で進められていくようなものだった。
    「風が癒してくれるです」
     回復に専念するもこもこのふわふわハート、足りない部分は補うようにめりるの剣に刻まれし祝福の言葉が風となり仲間を癒した。
    「グゥッ!」
     氷を纏いながらも攻撃しようとした畏れは、目前のシオンに向かって倒れこむ。シオンが両手を出して老婆の胴にそっと触れ――敵は笑む。螺旋を描く糸が一気に集束し、シオンの首を狙ったその時。
     皐の放った光の刃が老婆を撃ち抜いた。攻撃を仕掛けようとした糸が、あっけなく消える。
    「もう少しのようですね」
     気付いた皐が呟いた。
    「悲しい事件がおきる前に、この縁、ここで断ち切らせてもらうの」
     そしてシオンは流しこんだ魔力を一気に解放させた。
    「グ、アアアァァ!」
     老婆を中心に糸が波打つ。
     宗次郎が畏れの纏うバベルの鎖を精査する。
    「捉えた」
     ピンと張られた糸を瞬時の足場に一気に畏れの立つ上段へと跳び、大きく振りかぶった。狙い定めた死の中心点へとバベルブレイカーを叩きこむ。 
     九朗の炎を纏ったウロボロスブレイドが夜闇を走った。しなり、地に這う糸を焼き切る。
    「炎の魔術師としての本分、見せてあげるよ」
     下段から斬りあげるように、敵に鞭剣を振るえばその遠心に従い大きく炎の円が作られた。
     対角からラススヴィが迫る。
     片手横一文字に払った斬艦刀は、九朗の攻撃と同じく遠心力がかかり勢いが増した。身を一回転に任せ、柄を両手で握りこんだ上での一閃。
     焼き払われ、切られた糸の消えていく様は、まるで切られた縁が浄化されていくようでもある。
     まだ。
     縋るように老婆が一本の糸を引いた。戦うためとはいえ、縁とされる糸に縋る縁切りの畏れは何と。
    「皮肉なことだな」
     そう言ったラススヴィとすれ違い様に志野が跳ぶ。
    (「歪に結びなおしてでも、取り戻す覚悟をもたないと切ってはならないんだ」)
     きゅっと唇を結び、志野が幻狼銀爪撃で敵を穿つ。
     霊撃が走る。一拍遅れて蓮華のヴェールが煽るように、ふわりと流れた。
    「人は命だけで生きているわけではない。記憶に生きる者もいる」
     キッと鋼のような糸が音をたて、肉迫する戒理の縛霊手を止める。
     だが。
    「お前は、そこまでは断ち切れなかったようだな」
     拮抗はすぐに解かれた。
    「ヒィィァァアアア!」
     戒理の霊力に縛られた老婆が金切り声をあげ、消滅する。
     古の畏れを繋いだ鎖も、糸も、何も残らず。戦いの跡だけがこの場にあった。


    「今日も、切れることはない」
     縁切り寺を見上げ、戒理が言った。蓮華との縁は、今も在り続けている。
     スサノオの痕跡を調べてみる九朗。教室で説明された、スサノオが駆けあがったとされる場所まで行き、振り返った。
    「これを生み出したスサノオも、早めに見つかるといいんだけどね」
    「そうですね。新たな古の畏れを生み出す前に、発見される事を願いたいです」
     九朗の声に応じ、宗次郎が言った。静かで、どんな音をも響かせそうな山の空気。清涼すぎるそれは夜明けの気配をにじませている。
     先を見れば寺を詣でようと歩く二人がいた。
    「スサノオってどこにいるですかね。一度会ってみたいです」
    「こうしてひとつひとつの事件を解決してゆけば、今回のスサノオと相見えることも出来るだろう」
     淡々としたラススヴィの声に、こくっと頷くめりる。
    「がんばるです。――あっ、ラススヴィさん、ここにパンフレットがあるですよ!」
    「どんな物語があったんだろうな」
     この地に伝わる逸話や伝承を書かれたものが何かないかと思っていた矢先、めりるがひらっとパンフレットを振った。

    「人の出会い、縁とは尊いものです」
     クラスメイト、クラブの仲間とそれぞれに縁がある。皐はシオンを見た。
    「私は貴方との縁もとても素敵なものだと思っていますよ」
     階段を一歩、二歩と上がっていたシオンはぴたっと止まる。
    「え、えとね、皐さんと出会えてよかったなって、ぼくも思ってるの」
     もう一段、のぼってぺこりと礼をした。やや同じ目線。
    「これからもよろしくおねがいしますだよ」
     その時、めりるが「そろそろ、帰るですか?」と駆け下りてくる。
     それぞれ山門前に向かう灼滅者達。一人、二人と集まってくる。
    「学園での縁の糸も、これからもっとたくさん増えて、綱みたいに切っても切れない縁に。そんな縁をみんなと繋げたら、とってもうれしいことだね」
     ゆるく微笑んで言う志野の声はとても優しいものだった。
     いま一度、木々の合間にのぞく階段を見遣って、灼滅者達は帰路に着くのであった。

    作者:ねこあじ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年4月8日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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