黒と血のシュティレ

    作者:篁みゆ

    ●悲鳴、そして静寂
    「ねぇ、あの人かっこいいよね。誰かの彼氏かな?」
    「彼女の試着待ちとかじゃない?」
     札幌市営地下鉄円山公園駅近くのブティックの壁際に佇んでいるのは、黒いスプリングコートに身を包んだ男。長い黒髪を首の後で一つにくくり、腕を組んで壁に寄りかかっている。レディース物を中心に扱っているこの店では浮いた存在であるからして、客の視線を集めている。
    「新しくて斬新なゲームとはよく言ったものだ……やることは変わらん」
     小さく呟かれた言葉は店内の雑踏にかき消された。
    「あの、すみません。どなたかお連れの方をお待ちですか?」
    「もし違うなら、私たちとぉ……」
     二人の女性が彼に声をかけた。しかしその言葉の途中で彼の告げた返事は――白刃。勢い良く吹き出した二人分の血液が、店内の商品を赤に染め上げていく。
    「きゃぁぁぁぁっ!」
     かろうじて悲鳴を上げられた者が何人いただろうか。すばやく動く男が次々と客と店員を斬り捨てていく。
    「……」
     男は正面のブラインドを下ろした。血の匂いの充満した静寂な空間で、低くつぶやく。
    「来るか? 灼滅者ども」
     

    「ん、よく来てくれたね」
     灼滅者たちが教室へ入ると、神童・瀞真(大学生エクスブレイン・dn0069)はすでに教卓に和綴じのノートを広げていた。
    「千布里・采(夜藍空・d00110))君が、行方不明だった六六六人衆、斬新京一郎の足取りを掴んだようだよ。斬新京一郎本人を確認したわけではないが、札幌市内で、斬新京一郎の手引と思われる事件が発生し始めたらしい」
     六六六人衆は、付近の一般人を虐殺した上で、灼滅者が来るのを待って灼滅者と戦い、闇落ちさせる事を狙っているらしい。六六六人衆が行っていた闇堕ちゲームを、斬新京一郎が利用して何かを企んでいるのかもしれない。
    「殺人現場で待ち受ける六六六人衆を灼滅し、殺された人の仇を取って欲しいんだ」
     瀞真は真摯な表情で灼滅者達を見つめ、続ける。
    「敵となる六六六人衆は黒鵺・零(くろぬえ・れい)。序列は四七七位の六六六人衆だよ。覚えている人も居るかもしれないね。以前、駅で闇堕ちゲームを仕掛けてきた相手だよ」
     黒い衣服、長い黒髪の男性だ。日本刀を武器に戦うスタイルは変わらないらしい。
    「彼が待ち受けているのは札幌市営地下鉄円山公園駅近くのブティックだよ。残念だけれど、店員やお客さんは全て殺されてしまっている。その状態で彼は待っている」
     店には客の出入りする正面入り口と、従業員専用の裏口がある。もちろん零はどちらから灼滅者がやってきてもいいように気を張っているが、午後四時に電話が鳴った時に小さな隙ができる。相手も手練れだから小さな隙ではあるけれど、隙は隙だ。
    「裏口の鍵は開いているよ。正面と裏口、二つの入口があるからうまく使えるといいかもしれないね」
     そう言って瀞真は息をついた。
    「今回は店の中の一般人は全て殺されている。救うことが出来ない。目的は零の灼滅だ。戦闘に勝利して撤退させても一応成功と言えるけれど、可能な限り灼滅を目指してほしい」
     それとね、瀞真は一度ノートに視線を落としてから、再び顔を上げた。
    「今回の事件では何らかの方法で六六六人衆の力が弱められているみたいなんだ。それが誰のための何の策略家はわからないんだけれど……この機会に零を灼滅出来るならしておきたい」
     頼んだよ、と瀞真は微笑んだ。


    参加者
    アプリコーゼ・トルテ(三下わんこ純情派・d00684)
    立見・尚竹(非理法権天・d02550)
    波織・志歩乃(彷徨いナヴィガトリア・d05812)
    雨積・舞依(淋しい水でできている・d06186)
    チェーロ・リベルタ(忘れた唄は星になり・d18812)
    黒鐵・徹(オールライト・d19056)
    レオン・ヴァーミリオン(暁を望む者・d24267)
    椎名・涼介(煉獄の刀・d32045)

    ■リプレイ

    ●隙を狙って
     ざわざわと店前の道路を通り抜ける人の声や足音、走り抜ける車の疾走音。ブラインドの降りたブティックの中がどうなっているか、気にかけようとする者はいないようだ。入口の扉付近で待機する4人の灼滅者の男女のみが、その様子と時間を気にしている。
    (「六六六人衆と斬新コーポレーションが手を組んだという事か? ならば面倒な事になる前に叩く!」)
     立見・尚竹(非理法権天・d02550)の静かな黒い瞳に宿る炎。
    (「出てしまった犠牲者の為にも黒鵺はここで灼滅してみせる」)
     強い意志が、突入の時を待つ彼を奮い立たせた。
    (「ま、不謹慎な話ではあるんだろうけどさ、この手の連中とやりあえるのは愉しくもあるんだよねぇ」)
     それが殺人鬼の性か。尚竹とは違う意味でレオン・ヴァーミリオン(暁を望む者・d24267)も扉を破る時を待っている。その隣でじっと足元を見つめているのは波織・志歩乃(彷徨いナヴィガトリア・d05812)だ。
    (「助けれないのは、すっごく悔しいし、悲しいしー……。それでも、なしてか弱ってる今がチャンスなら勝たなくちゃー……!」)
     気合を入れるように帽子をかぶり直す志歩乃。向かいに立つアプリコーゼ・トルテ(三下わんこ純情派・d00684)が声を上げた。
    「あと3分っす」
     その報告に三人は頷き、『合図』がいつ鳴ってもいいように気を張る。
     突入は午後4時。電話の合図にて。

     そっと裏口のドアノブをひねり、鍵がかかっていないことを確かめたチェーロ・リベルタ(忘れた唄は星になり・d18812)が仲間達に頷いてみせる。店内に多くの業を確認した黒鐵・徹(オールライト・d19056)は、小さな声で間違いありません、と零の存在を示した。
    (「斬新の狙いはなんだ? 黒鵺を倒せば分かるのか……?」)
     少しでも知ることができれば――椎名・涼介(煉獄の刀・d32045)は無意識に拳を握りしめている。必ず倒してみせる、その強い思いも握りこんで。
    「あと1分よ」
     無表情のまま雨積・舞依(淋しい水でできている・d06186)が時を告げる。まるで身体中を耳にするようにして、四人はまもなく聞こえてくるだろう音を待ち受けていた。
     ――……トゥルルルー!
     扉越しに聞こえてきたのは、開戦の合図だ。

    ●黒を切り裂く
     ガシャンッ!
     表口のガラス製の扉を叩き割るようにしながら開けて、レオンが店内へとなだれ込む。電話の音に一瞬反応した零が、続いて響いた騒音に反応するまでの僅かな隙。一気に距離を詰めて盾をぶつける。
    「望みどおり来てやったっす! ここで終わらせてもらうっすよ!」
     わざと大きな声を上げたアプリコーゼの放った魔法の矢が、零の左腕に突き刺さる。
    「いくよー」
     志歩乃が符を繰り、投げる。尚竹は逃走経路を塞ぐように位置取りをしつつ、念の為に殺界形成を発動させた。これ以上被害を出す気は毛頭ない。
    「くく……灼滅者か」
     漏らした笑みが空中に溶けるよりも早く、零の姿が消えた。否、素早く動いただけだと知れたのは、死角からレオンが斬り裂かれた後。だが次の瞬間、零はレオンの傍から飛び退いた。そんな彼を追うのは小さな影。徹の一撃を避けた零を、今度は舞依のどす黒い殺気が捉えた。
    「こんな下等な呼び出し方しなくとも来てあげるわよ。あなたを倒す為にね」
    「吠えるだけなら犬でもできる」
     冷笑を浮かべた零は、黙したまま接近してきたチェーロの攻撃をするりとかわした。だが攻撃をかわされた動揺よりも、戦場全体を見渡すというチェーロの強い意志が打ち克った。零を裏口から逃亡させないよう、包囲の薄い箇所へと位置取る。
    「俺は、君を倒さないと気が済まない……ね。君は何が狙い?」
     涼介が赤色標識を手に零との距離を詰める。思い切り振り下ろした標識にやや手応えがあった。衝撃を逃すように後方に飛んだ零が、不思議そうに口を開く。
    「灼滅者達を闇堕ちさせること……それ以外に何があると思う?」
    「ねぇキミさ、なんでわざわざ弱くなったんだ? 弱くなってもオレ達に勝てると思ってるってことだよな?」
     世間話を投げかけながら、レオンが零の死角を狙う。答えは元々期待していない。零の足を軽く斬り裂いて、飛び退く。
    「お望み通り来てやったぞ。俺達灼滅者がな! さて、どうする?」
     尚竹の『雷上動』から放たれる強烈な一撃と、魔法少女の服装でミニスカートの裾を揺らしながらアプリコーゼが放った魔法の矢が、息つく間を与えぬように零を襲う。
    (「回復優先、みんなを守るの最優先ー……!」)
     その間に、志歩乃は守りの符をレオンに投げて、彼の傷を癒やした。チラリと向けられた零の視線と自分の視線が絡んだような気がして、志歩乃の背筋にゾクリと悪寒が走る。
    「癒やしが勝つか、攻撃が勝つか……」
     小さく呟いた零が大きく踏み込んで刀を振り下ろす。素早く重い一撃が、レオンの身体を揺らした。零の踏んだ乾きかけた血だまりから、鉄さびの匂いがぷんと広がっていく。
    「こんな事して、何が楽しいんですか。見た目は格好良くても許せません」
     零が振り返る前に、徹は砲台へと変えた己の腕から死の光線を撃ち出した。じっと零を見つめ、唇を噛みしめる。
    (「助けられないのが悔しくても、斬られて痛くても泣きません」)
     店内には多数の遺体と血だまり。どうあっても助けられなかった彼ら。灼滅者が万能のヒーローじゃないと思い知らされる。それでも。
    (「弱音だって吐かない、僕は灼滅者なんだから!」)
    「……」
     万が一にでも一般人が音に惹かれて来ないよう、舞依はサウンドシャッターを展開させる。無表情の張り付いた顔には出ないが、零を射抜くように見つめるその瞳には、強い思いが籠められている。
    (「ここにいた人たちも、誰かの大切な人だったのよ」)
     舞依の心の中に引っかかっているのは、両親をダークネスに殺されたという事実。大切な人が奪われる――自分の大切な人でなくても――それに抱く抵抗は大きい。すでに犠牲の出ている今回、舞依の心の中には怒りと憎しみと悲しみが渦巻いているのだ。
    「これ以上、好きにはさせない……です」
     小さく言葉を紡いだチェーロのベルトが、レオンを包み込む。これ以上被害を増やさないように、仲間が傷つかないように、祈りながら動く。感情を表現することは苦手だが、心の中には優しさを持っているチェーロ。彼女が『守る』事を強く意識するのは、六六六人衆相手に仲間を守りきれなかった、闇堕ちを許してしまった過去や、義姉を護れなかった幼少期の強い思い出からだ。もう、同じ思いはしたくない。誰一人、失いたくはない。
    「人を沢山殺しておいて逃げられると思ったら大間違いだ。ここで終わらせる」
     涼介の強固な思いを現すかのように、彼が放った影が零の身体に絡みついてその動きを封じる。
     それでも零はまだ、表情を変えない。

    ●黒をなぎ払う
     突入タイミングを調整して先手を取り、隙をついた作戦はうまく行った。それでも零が涼しい顔をしていたのは、彼の性格ゆえかそれとも力に自信があるからか。
     多勢に無勢。それでも時折こちらの攻撃をかわすのはさすがといったところか。だが以前零が灼滅者と相対した時より、確実に灼滅者の力は上がっている。その上何故か今、彼は弱体化しているというのだ。手数の多い灼滅者側がじわりじわりと彼を侵食していく作戦は優位に働き、零がこちらの攻撃を軽々と避けることが少なくなったように思えた。
     だが彼も無策であるはずはなく。弱体化しているとはいえ鋭い攻撃が、レオンに集中していた。こうなることはレオン自身も仲間達も予測していたため、彼ばかりに負担がかからないように意識して攻撃した。それでも零は執拗にレオンを狙う。
    「殺し殺され因果応報。――君の過去が、君に追い付いたぞ」
     血を流しつつも死角から斬り上げたレオンの攻撃。振り返った零が納刀した刀を、一瞬にして抜きさる。
    「それは、どうかな?」
     胸元を斬り裂かれ、レオンの身体が仰向けに倒れゆく。零の持つ血に濡れた刃が、まるでレオンを床に縫い止めようとするかのように振り下ろされる――だが。
     ガッ!
    「そうはさせるか」
     零の刃は床のみを突いた。意識を失ったレオンの身体はそこにはない。誰よりも早く動き、レオンの身体を怪力無双を使って自分の方に引っ張り寄せたのは、涼介だった。そのままレオンを裏口側、灼滅者達の向こうへと投げる。
     以前の戦いの時、零は意識を失った灼滅者にとどめを刺そうとして闇堕ちを誘発させていた。それに対する対策として、戦闘不能になった仲間は後方へと投げると決めていたのだ。
     想定外だったのだろう、一瞬、零の瞳が小さく見開かれた。零がとどめを刺す素振りを警戒していた徹が、ロッドを手に迫る。
    「僕の生まれた札幌は、もういないお義兄ちゃんと過ごした、汚されたくない大事な場所です」
     本当は仲間が沢山傷ついてしまう前に倒したかった。それがかなわなかったからといって落胆している暇も動揺している余裕もない。若干でも優位に立っているとレオンは判断した。ならば、このまま畳み掛けるのが最善。
    「だから、こんなダークネスに……大人の姿をした汚いものに、好きには、させたくない!」
     叩きつけたロッドの先端から、徹の魔力が流れ込む。零の体内に入ったそれは、奴をこれでもかというほど蹂躙してくれるはずだ。
    「これ以上の犠牲を出すのは絶対、いや。許さないって、言ったでしょ」
     舞依は盾を振りかざして殴りつける。レオンがいない今、攻撃はすべて受ける覚悟だ。
    「これ以上被害は増やさせません……」
     チェーロはベルトを繰って舞依の守りを固める。今までも、これからも、できる限りの力をもってして、仲間を支えるつもりだ。
    「これでも涼しい顔をしていられるか?」
     尚竹が彼我の距離を詰める。手にした『真打・雷光斬兼光』の刃が店内の照明にキラリと光った。上段の構えからまっすぐに振り下ろされた素早く重い一撃。零は避けようとするが、身体がついていかないようだ。
    「あっしらは負けないっすよ!」
     尚竹の攻撃に合わせるようにしてアプリコーゼが喚んだ風が、零を切り裂いてゆく。
    「――っ!」
     苦しげに息をついた零の月の如き衝撃が前衛を襲う。
    「おいで、魔法の力ー!」
     しかし即座に志歩乃が祝福の言葉の風で前衛を癒やしにかかった。
    「これでもまだ、因果応報を否定するのか?」
     手にした『焔舞ノ剣』に炎を纏わせて、涼介は零の懐に入った。間近で奴の顔を睨みつけ、問いかけて斬りつける。追うように、自らの利き腕を刃に変えた徹が迫る。巨大な刃をかわそうとした彼だったが、それは叶わない。
     するりと零の死角に入り込んだ舞依が彼を斬り上げて、軽業師のような身軽さで接敵したチェーロが放ったのは、狙い定めた一撃。ゆらり、零の上体が揺れたのをアプリコーゼは見逃さない。常以上の精度で命中した魔法の矢が、彼の足をふらつかせる。
    「もうこれ以上、倒れさせたりしないよっ」
     志歩乃が再び風を喚ぶ。
    「――かあぁぁぁぁぁっ!」
     と、零が叫んだ。裂帛の気合を入れた咆哮が、彼を蝕むものを吹き飛ばした。だが。これまで負った彼の傷は深い。己の力の過信か、弱体化している自分の力を把握できていなかったのか、灼滅者達を見くびっていたのか、どれかはわからない。確実なのは、今更少しばかり回復したとして、戦況に大きな違いはないということ。尚竹は冷静にその状況を分析した。
    「貴様の太刀と俺の太刀どちらが上か、この一太刀で決める」
     すっと鞘に納めた『真打・雷光斬兼光』。これまで取っておいた、技。零も自身の刀を鞘に納め、構えを取る。
     ぴちゃん……血だまりに血の落ちる音が、不思議と店内に響くように聞こえた。それが合図。
    「我が刃に悪を貫く雷を。居合斬り、雷光絶影!」
     零が抜くよりも早く、尚竹の抜き去った刃が黒ずくめの零を斬りつける。
    「くっ――」
     自身の血で汚れた黒い服を血溜まりに浸すように、彼の身体は床に崩れ落ちた。そして。
    「あっ……!」
     徹が思わず声を上げた。零の遺体が、血だまりに溶けるように消えてしまったからだ。
    「どういうことなんだ?」
     涼介が呟くも、その問いに答えられる者はいない。
    「帰って報告するっす」
     アプリコーゼとチェーロがレオンに肩を貸して立ち上がった。一同は店内で息絶えた人々に瞑目して、店を出る。
    「勝っても負けても、あるのは悔しさー……。今日の殺人を防げなかったこと、悔しいー……」
     志歩乃の小さな呟きが、殺界形成により人々の姿が見えなくなった店の前に響いた。

    作者:篁みゆ 重傷:レオン・ヴァーミリオン(鉛の亡霊・d24267) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年4月14日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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