ガーネットの崩壊

    作者:佐伯都

     厳しい風雪に閉ざされた北の地にもついに春の陽気が訪れ、行き交う人々の足も軽く思える、札幌市中心部に位置する大通公園。その地下には唯一、札幌市営地下鉄の三路線全線が乗り入れる大通駅がある。
     百貨店や大手企業のビル、銀行やシティホテルがひしめくその一帯で何か事件が起これば、大惨事になることはたやすく想像できた。
    「おかしいわね。四月にもなれば普通、桃か桜くらいは咲いているものじゃないの?」
     そこかしこに見える花壇にまだ花はひとつもなく、大きな噴水からも水はあがっていない。彼女はどうやら北海道の花の時期を知らないようだった。
    「まあ、いいとしましょう」
     だって地面にはどんな薔薇よりも大輪の、真っ赤な花がこんなにいっぱい。
     序列四八〇位、ヴェロニカ・グラナートの周辺、まだ土しか入っていない花壇や草が足りないように見える芝生には累々と屍体が横たわる。その数、五十は下らないだろう。
    「特に代わり映えはしないけど……新しいゲームのお誘い、灼滅者は応じてくれるかしら」
     不自然な静寂に包まれた公園、彼女のほかに生きた人間は一人もいない。水のかわりに鮮血が満ちる噴水。そこは、文字通りの虐殺現場だった。
     
    ●ガーネットの崩壊
    「千布里・采(夜藍空・d00110))が斬新京一郎の足取りを掴み、手引きしたと思われる事件が札幌市内で相次いでいるという報告は、もう聞いていると思う」
     そう言いながらチョークを手に取り、成宮・樹(高校生エクスブレイン・dn0159)は背にしていた黒板へ大きな四角形を描いた。その上下に小さな長方形をいくつか、そして中央に大きな円。
    「恐らくはこれまで六六六人衆がやっていた闇堕ちゲームを、斬新京一郎が利用していると考えられるけど……序列四八〇位、ヴェロニカ・グラナートが札幌に現れる」
     場所は札幌市の繁華街中心部、真っ昼間の大通公園。東西に長く延びる緑地の両端には百貨店や銀行、企業ビルなどがずらりと並び、当然人通りもかなりの数にのぼる。
    「ヴェロニカはその付近の一般人を虐殺したうえで、灼滅者が来るのを待っている」
     地下鉄南北線の直上。通称『駅前通』と呼ばれる、JR札幌駅南口から出ている通りを南へしばらく進むと、そこが大通公園だ。天気の良い日は買い物客や観光客でにぎわう、広々した芝生と大きな噴水が特徴的な大通公園3丁目広場。そこが惨劇の舞台となる。
    「灼滅者を闇堕ちさせようとしてくる所は、相変わらず。以前のケースと違っているのは、救える人間は誰一人残っていない事」
     そのまんま言葉通りに皆殺しってわけだ、と樹はおそろしく低い声で呟いた。
    「その代わり、避難誘導とか一般人保護とかは何も考えなくていい。ヴェロニカを倒す事だけ考えればいい」
     大通公園3丁目広場そのものは、大きな遮蔽物は何もない。中央にまだ水の入っていない大きな噴水があるが、灼滅者にとっては何ら障害になりえない物だ。
     広場の南北には街路樹が植わっているものの、こちらも障害にはならない。並木沿いにはベンチ、まだ土しか入っていない花壇。それから遺体が累々と横たわる、広い芝生。
    「ヴェロニカはこの噴水の近くで灼滅者が来るのを待っている」
     北側、テレビ塔のある方向に×印をつけて樹はチョークを置いた。
     ヴェロニカはいつものように魔導書、赤い宝石を繋げたような外観のリングスラッシャーを所持しており、黒死斬、ティアーズリッパー、カオスペイン、リングスラッシャー射出、シールドリングのサイキックを駆使してくるだろう。
     遮蔽物のないほぼ素通しの戦場ゆえどこかに追い詰めたりはできないが、それは相手も同じこと。数の有利を活かし、逃走させぬよう立ち回れば灼滅の目はかならず出るはずだ。
    「一応撤退させても最低限の目的は達成できるけど、この機会を逃す手はない」
     何らかの方法でヴェロニカの力は以前より弱められているようだが、それが誰の、かつ何のためかは一切が不明だ。
     そして都合三回、ヴェロニカに武蔵坂は煮え湯を飲まされている。
    「ようやく、状況が揃った」
     これまで犠牲になった人々の無念。それを晴らす時が来たのだ。


    参加者
    千布里・采(夜藍空・d00110)
    科戸・日方(大学生自転車乗り・d00353)
    田所・一平(赤鬼・d00748)
    柴・観月(夜宵の魔術師・d12748)
    海川・凛音(小さな鍵・d14050)
    氷室・侑紀(ファシキュリン・d23485)
    緋室・赤音(レッドアーマーガール・d29043)
    二荒・六口(ノクス・d30015)

    ■リプレイ

    ●序
     高く青く澄んだ空に血の赤は、目に痛すぎる。科戸・日方(大学生自転車乗り・d00353)は忌々しげな表情を今更隠しもしなかった。
    「何で殺した。何で生きた人間がいない所で待ってんだ」
     衣装のあちこちを血糊で黒く変色させたヴェロニカがにこりと笑顔を浮かべる。むせ返りそうなほどの血の臭いの中心で、その六六六人衆は灼滅者を待っていた。
    「いつも、俺らを堕とすために誰かを守らせようとしてたクセに」
     布陣を整えに走る海川・凛音(小さな鍵・d14050)や緋室・赤音(レッドアーマーガール・d29043)、そして中衛の氷室・侑紀(ファシキュリン・d23485)からヴェロニカの視線を奪うように、日方はことさら尖った声をあげる。
    「久しぶりだな、デチューンされた気分はどうだ?」
    「お前ほどのヤツが誰かの言いなりになってる理由ってなんだ? 場所も指定されて、わざわざ一般人も全部殺して、そりゃお前、どっかの軍門に下ったみてぇじゃねぇか」
     矢継ぎ早の赤音と田所・一平(赤鬼・d00748)の声にも、ヴェロニカはただ小さく首をかしげて笑っているだけ。柴・観月(夜宵の魔術師・d12748)と二荒・六口(ノクス・d30015)が最後列を固める様子にも意を介さない。
    「私から見れば、『質問には必ず相手が真面目に答えるもの』と思っているほうが、よほど理解できかねるけど」
     正鵠を射ていようがいまいがまともに答える気はないしその義理もない、ということだろう。
     考えてみれば用心深く狡猾なことで知られる六六六人衆、しかも序列四〇〇番台という相手に何の下準備もなくまともな返事を期待するほうがおかしいのか、と千布里・采(夜藍空・d00110)は思った。
     まともに答えさせようと思うなら、少なくとも弱みを握るなりして精神的に追い詰め物理的にも追い込み、今死ぬかそれとも吐くか、の選択を迫るくらいの用意は必要だろう――それが灼滅者に実現できる方策なのかどうかはさておき。
     また、何かの目的で采は子供の遺体を探そうとしていたが、完全に灼滅者を迎え撃つ体勢のヴェロニカを前にしてそれほどの余裕はない。
    「なんでもいい、テメーのすべてを台無しにしてやる!」
     ひとこえ吼えた赤音の初撃をヴェロニカは余裕をもって避けた。
    「おしゃべりにかまけている暇があるなら」
     美貌の六六六人衆に凄絶な笑みが宿る。
    「少しは私を楽しませたらどうなの」
    「ま、かましまへんけどな……ほんまに、なんでこないなゲームやってはるん?」
     両刃剣を地面へ軽く突き立てて、半分呆れたように采は言った。柄に両手を置いたその足元から、闇色の牙や骨が躍りあがるようにして影業が沸きたつ。

    ●急
     六口もまた何らかの目的でその場に横たわる遺体の数を数るつもりでいたが、ヴェロニカの声音に剣呑なものを感じ断念した。弱体化していることは聞かされていたが、だからと言って戦闘中によそ見をさせてくれる相手とも思えない。
    「どうやら三度逃げおおせたらしいな。覚悟しろ」
     冷たい雨が降った秋の日、学園内でも高い能力を持つあの知人を闇の底へ突き落とした相手。六口のヴェロニカに対する認識はそのようなものだったからだ。
     リロードのきく観月のビハインドと采の霊犬を最前列に配し、その後ろに凛音と赤音。さすがに四枚もの盾を破ることは今のヴェロニカには難しいはず、と侑紀は考えた。
     手元で捻りを加えた一平の刺突。まだ芝生が生えそろう前の地面を削った一撃を、ヴェロニカは避けられなかった。
     どす黒く染まったベルベットの服地を貫く槍をくふくふ、笑みを強めて眺める。
     赤い唇の端がつりあがる、うつくしく邪悪な、邪悪な笑顔。
    「いい目。堕ちればいいのに」
     無駄口を叩くつもりはないとばかりに、一平はそのまま槍を大振りに薙いだ。鮮血の帯をひいてヴェロニカは噴水の縁へ降り立ち、血を吸って重くなったスカートを持ち上げる。
    「さあ今日のダンスのお相手は誰?」
    「ふざけるな! ほかの誰かじゃなくあたしと踊れ!!」
     タイル貼りのそこを蹴り、赤音は縛霊手で殴りかかる。もしレイザースラストで精度を上げられればという思いが脳裏をかすめるが、今それを考えたところで意味はない。
     赤音はヴェロニカに改めて気付かされたことがひとつだけある。
     赤色はたしかに自分の好むところだが血の赤を厭わない者は、嫌いだ。大嫌いだ。だからここで倒す。ただひたすらにその一念で、赤音はヴェロニカを攻めたてた。
     頑是無い子供をあしらうように赤音を笑うヴェロニカの頭上から、凄まじい金属音と一緒に細身の身体が落ちてくる。
    「お前については色々と気になることはあるが」
     白衣の裾をたなびかせた侑紀の、やや医療鋸じみたチェーンソー剣。首元に巻き付いた白蛇へ赤い飛沫が散る。
     自重を乗せ肩口へ刃を埋め込むように鋸を押しつけながら、侑紀はひんやり低い声で呟いた。
    「今は後回しだ」
     やや足運びが重いように見えるヴェロニカのブーツが、がくりと血糊で滑る。そこへ日方が足元を狙い、凛音が蹴りでたたみかけた。
     がつり、と満足できる手応えがかえり日方はさらにもう一撃、と解体ナイフを振りかぶる。しかしやはり弱体化はしても四〇〇番台の実力は伊達ではなく、ヴェロニカは笑みを貼り付けたまま一度高く跳躍して噴水の向こう側へ逃れた。
     そして振り向きざま、前衛へ向けて襲いかかる禁呪の暴風。あらかじめ相性を考慮して防具を選んできた赤音と凛音は目立った大きな消耗もなく耐えたが、観月のビハインドと采の霊犬はそうもいかない。
     死ぬまで守れという観月の命令を愚直なまでに貫き通す、白いワンピース姿の少女。迷っているのではなく、このままで問題ないかと確認するように肩越しに振り返ってきたビハインドに、観月は無言のまま杖先をヴェロニカへ向けた。
    「わかってるならいいよ、……任せた」

    ●転
     前回対峙した記憶が観月の脳裏に蘇る。
     救出至難と言われていた三名を、身を挺した行動で一名だけだが救うことができた。確かに二名の犠牲が出てしまったことは間違いないが、それでもどう足掻こうが救出できる可能性のなかった今日よりかは、いくらかましだと思える。
     観月からしたたか痛打を叩き込まれたことを思い出したのか、一平や日方と協力して攻めこんでくる凛音をいなすヴェロニカが華やいだ声をあげた。
    「つまらなそうな顔」
    「まぁ二回目、いつぞやぶり、ですか」
     くるりくるり、長杖をバトンのように器用に回した観月は不機嫌そうな表情を隠しもしない。
    「前に会った時は綺麗になりそうだと思ったのに」
    「そないな話より、ゲームを楽しみましょ」
     斬魔刀でヴェロニカの強化を霊犬に解除させ、采は次のダークネスの出方を探る。後方から六口による回復が前衛の傷を癒やしていって、大きな丸い噴水越しに一度仕切り直す形になる。
    「なかなか今日は楽しめそうで、嬉しい」
    「今日あなたには、多くの人を殺してきた、その償いをさせます」
     銀瞳へ静かな覚悟をたたえた凛音を、ヴェロニカは何かおもしろい玩具でも見るかのように眺めやる。
    「そう」
     唇へ頬へ点々と散った己の血を指先で拭い、そして舐めあげるヴェロニカにうすら寒いものを覚え、凛音は無意識に身構えた。そのまま血を凝らせたような真紅の宝環がすらりと細い指先に浮かび、そして。
    「言うだけなら子供でもできるのよね」
     正面から襲いかかってきた衝撃を、凛音はかろうじて頭上に掲げたチェーンソー剣で耐えた。せめぎあうリングスラッシャーと、高速回転するチェンーソー部分から物凄い金属音がする。
     弱体化しているとは聞いていたが、何か、いまいち攻めきれていない微妙なもどかしさがある。
     灼滅を目指すという共通認識はもちろんあったが、ヴェロニカの口なり散乱する遺体からなり、どうにか斬新社長の関与を決定づける情報を引き出そうとしている者も多いためか、あともう一押し、が足りない。
     後衛からの援護でどうにか間合いを取り直した凛音を守ろうと、ぼろぼろの楽譜を抱えたビハインドが腕を広げる。
    「……前に!」
     思わず鋭くなった采の声と、ヴェロニカの笑い声。
     刹那、真紅の宝環が青く白い少女の姿をしたサーヴァントを袈裟懸けに両断した。吹雪のように粉々になった楽譜の小片を散らして消滅する己がビハインドに、観月の胸の内がほんの少しだけ痛む。
     多くの場合、唯一灼滅者がアドバンテージを握れる『人数の有利』。
     これまでの闇堕ちゲームでは一般人の退避や護衛のため、その貴重な手数を割かなければならなかった。今回その不利は存在せず、謎の弱体化も含め状況は間違いなくこちらへ傾いていたはず、しかし……。
     決してヴェロニカを侮っていたわけではないはずだが、目の前の灼滅を達成するその前に、いつしか二匹目の兎を追っていた状況と言えた。

    ●破
     続けざまに霊犬が力尽き、六口による回復も間違いなく届いているものの、残る凛音と赤音だけでは流石に心許ない。
     さすがに采が前に出ようとした瞬間、もっともヴェロニカとの因縁が深い日方が食い下がった。
    「アンタが何で堕ちたのか、とか。こんな事する理由とか。考えた」
     しかし日方は堕ちたものの、ダークネスの気持ちなどわからなかった。どこまでいっても、日方は人間であり人間であり続ける事を選んだからだ。
    「それで?」
     うっすら微笑みながら日方に先を促すヴェロニカの隙を突こうと、一平が地獄投げを仕掛けに行く。弱体化のせいかヴェロニカの動きやサイキックには往時の苛烈さはなかったものの、それでも紙一重のところで回避した。
    「俺はお前を理解できそうにない。だから最初からずっと、答えは決まってたんだ――ヴェロニカ、テメェを倒す。今日こそ!」
     至近距離からの紅蓮斬がヴェロニカの胴へ横薙ぎに入り、続けて侑紀の殲術執刀法がヴェロニカの判断を狂わせる。足をもつれさせたもののぎらりと、まだまだ戦意を失っていない緑の瞳が輝いた。
    「残念だけど、まだ死ぬ気はないの。……そうね、そこのあなた、一緒に来る気はない?」
    「お断りします。あなたがなぜこんな事をするのか、私には一切わかりませんし、わかるつもりもありませんから」 
     ヴェロニカが逃げるつもりであうと悟り、荒い息をなだめすかしながら気丈に凛音が返答する。美貌のダークネスは心底残念そうに肩をすくめた。
     待て、と赤音が鋭い声をあげるがそれで制止されるようでは六六六人衆たりえないだろう。六口が見る限りヴェロニカはまだ十分余裕を残しているように見えたが、それでも撤退を選ぼうとする程度には削っていたということだ。
    「次こそは誰か堕ちればいいわね」
     ヴェロニカぁ! と日方の口惜しげな声が蒼穹に吸い込まれる。
     何とも、煮え切らぬ結末に采は唇を噛んだ。撤退でも一応は目的を達成したとは言えるが、灼滅する心づもりでいただけに悔しかった。
     最後列にいた六口は急いでこの戦闘を見ている者がいないか確認するが、見える範囲にそれらしき人影はない。遺体が消失する直前、何かを忍ばせたり結わえていたメンバーもいたが、果たして。
     殺気が消えたせいか並木の梢へ鳥が戻ってくる。
     道路へ白くぶちまけられたままのポップコーンをついばむ鳩をながめやり、六口はようやく両手をおろした。

    作者:佐伯都 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年4月27日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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