湯煙桜花紀行

    作者:犬彦

    ●溶岩獣と温泉
     大分県は別府、とある温泉街。
     現在、その街の一部がブレイズゲート化しており、ダークネスが居付いてしまったという。其処に現れるのは溶岩の体を持つイフリート。変化の影響の所為か、近隣住民は溶岩イフリートを見ても誰も不思議に思わず、一緒に温泉に入ることすらあるらしい。
     一見すれば、それはほのぼのとした光景かもしれない。
     しかし、現実ではありえない事象は、いつしか世界を壊す要因となる。
     
    ●さくら、さくら
     新たな季節が巡り、淡い風が木々を揺らす。
     春の訪れを象徴するのは桜の花。可憐に咲き揺れる桜は周囲の景色をめいっぱいのあたたかな彩に染めていた。やわらかな風に桜の花弁が舞い、澄んだ青空に飛んでゆく。
     そして、花がひらりと舞い落ちた先は湯気たつ温泉。
     だが――その花弁はすぐに融けるようにして消えた。そうなった原因はこの温泉に浸かっている溶岩イフリートの熱だ。
     朦々と立ち込める蒸気。熱さで周囲の景色も歪んで見える。
     イフリート自体はとても心地良さそうではあるが、沸騰する温泉はいつしかすべて蒸発して干上がってしまうだろう。このままでは桜どころではなく、近辺までも熱で台無しになってしまう。
     それだけではなく、溶岩イフリートは湯がなくなる所構わず激しく暴れ出すという。そうなれば周囲にどれだけの被害が出るか計り知れない。
     残された猶予はあとわずか。
     君達はイフリートが起こす事件解決――あるいはその後に待っている桜の温泉の時間――を目指し、別府温泉街のブレイズゲートに向かうことを決意した。


    参加者
    水月・鏡花(鏡写しの双月・d00750)
    香祭・悠花(ファルセット・d01386)
    姫条・セカイ(黎明の響き・d03014)
    曹・華琳(武蔵坂の永遠の十七歳・d03934)
    黒岩・りんご(凛と咲く姫神・d13538)
    天瀬・ゆいな(元気処方箋・d17232)
    日輪・瑠璃(汝は人狼なりや・d27489)
    照崎・瑞葉(死損ないのディベルティメント・d29367)

    ■リプレイ

    ●桜の園
     春もうららか、昨年儚く散った桜も再び満開を迎え春眠暁を覚えず。
     三千世界の鴉が憎くなる今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。――私は今、 温泉に来ています。冒頭から連なるナレーションを終えた後、照崎・瑞葉(死損ないのディベルティメント・d29367)はテンションを極限まで上げた。
    「さっくらー!! おんせーん!! ひゃっふー!」
     今回、倒すべき対象は桜の季節に迷い込んだイフリート。
     花弁がひらひらと舞う温泉にて、姫条・セカイ(黎明の響き・d03014)は凛と告げる。
    「温泉に浸かりたい気持ちは分かりますが、退治させていただきます」
    「温泉&花園水着のお時間ですよー!」
     香祭・悠花(ファルセット・d01386)もセカイに続き、水着姿をアピールする形でポーズを決めた。青のストラップレスビキニに巫女服をアレンジした白と紅のビキニで胸を寄せ合う二人の姿は実に眩しい。
     惜しむらくは、相対する敵がそれを理解できない類だったということだ。
     曹・華琳(武蔵坂の永遠の十七歳・d03934)はやれやれと肩を落とし、唸り声をあげるイフリートを見遣った。
    「温泉占拠か。これは戦わないといけない案件のようだね」
     華琳はこの水着が動きやすいからという理由でスポーティーなセパレート水着に身を包み、その上にチアリーダーのウェアを羽織っている。
    「温泉でのお楽しみタイムのためにも、さくっと終わらせちゃいましょう♪」
     気合を込めた黒岩・りんご(凛と咲く姫神・d13538)は赤いビキニにパレオを巻いている。だが、実はそれはパレオに見せかけたダイダロスベルトだ。
     戦いの準備は万端。
     そんな中、水着で戦闘に入ることにやや不安を覚えるのは水月・鏡花(鏡写しの双月・d00750)だ。服が濡れるかもしれないからそれ自体は構わないのだが、この面子だと他の心配の方が大いにあったからだ。
    「ともあれ、ささっと片付けてゆっくり温泉で休みましょ」
    「それにしても、これだけ暑いと水着でも熱が篭っちゃいますよねー……」
     天瀬・ゆいな(元気処方箋・d17232)は溶岩イフリートが発する熱に当てられ、水着の隙間に指入れてぱたぱたと扇いでいる。これもこの場に集った仲間全員が女性だからこそ出来ることだ。
     つまり、戦いを無事に終えれば魅惑のひとときが待っている。
     日輪・瑠璃(汝は人狼なりや・d27489)はぐっと掌を握り、目の前の敵をしっかりと見つめる。相手がいつかこの温泉を壊して不幸をもたらしてしまうのならば、此処で倒さなければならない。
    「素晴らしい景観を台無しにしている罪は大きいですね……ご退場願いましょう!」
     そして、指先を突き付けた瑠璃は強く宣言する。
     それと同時に溶岩獣が咆哮をあげ、温泉での戦いは幕開けた。

    ●炎の猛威
     灼滅者を敵と見做したイフリートが炎を巻き起こし、湯が激しく飛び散る。
     咄嗟にセカイが仲間を庇う形で前に踏み出し、焔の一撃を受け止めた。その隙を突いた悠花は情熱的な舞で相手を翻弄しようと狙う。
    「このダンス見切……って熱湯あっつ!?」
     だが、運悪く散った熱湯が悠花を襲う。ダメージはない。しかしとても熱い。よくも、と敵を睨み付けた悠花は涙目だ。霊犬のコセイも熱い湯を被ってしまったらしく、「わふっ」という鳴き声が漏れた。
     其処へ華琳による癒しの旋律が響き、仲間の傷を癒す。
    「さて、本気を出させて貰うよ」
     敵の力量がかなりのものだと感じた華琳はウェアに手を掛け、勢いよくそれを脱ぎ捨てた。戦闘モードに入るが如く、気合を入れた華琳は溶岩獣を見据える。
     続いたりんごも狙いを定め、魔帯を変形させた。
    「皆さん、ポロリには気をつけましょうね? 一部の方は大丈夫そうですが」
     くすりと笑ったりんごは仲間達に呼びかけ、敵へと鋭い斬撃を見舞ってゆく。
     更に鏡花が高純度に詠唱圧縮した魔法の矢をイフリートに向け、溶岩の体を穿とうと狙った。だが、矢は一瞬で振り払われてしまう。
    「やるわね。氷漬けにでもしてあげたら少しは暑苦しいのが収まるかしら?」
     敵が発する熱気に眉をひそめ、鏡花は次の攻撃に備えた。
     鏡花の言葉を聞き、瑠璃は思い立つ。熱くて暑いのならば、いっそのこと空間ごと冷やしてしまえばいい。
    「氷の魔法、行きますよ!」
     瑠璃が解き放った魔力は周囲の温度を一気に下げた。
     しかし、それも一瞬のこと。すぐに戻った熱気は身をじりじりと焼くかのようで、仲間達の素肌に汗が滴る。
    「イフリートめっさ邪魔!! ささっと片づけて温泉だー!」
     瑞葉は熱さに耐え兼ね、高いテンションのままひといきに踏み込んだ。振るわれた標識は赤い衝撃となり、溶岩獣を深く抉る。
     コセイが斬魔刀で斬り込み、悠花やりんごも更なる一撃を見舞った。
     それからも次々と敵に向かう仲間達の攻撃は頼もしい。だが、イフリートからの一撃もかなり激しいものだ。
     ゆいなは飛び散る湯の熱さにびくっと震え、怒りを胸に抱く。
     江戸っ子だってこんな熱い風呂には入れまい。温泉卵だって固ゆでに仕上がってしまうほどのものだろう。
    「よし、このイフリートさんはアルティメット江戸っ子じーさんと名付けましょう」
     きりっと表情を引き締めたゆいなは敵意を込め、溶岩獣をじっと見据えた。そして、ゆいなは清めの風を吹かせることで仲間達を襲う炎を解除していく。
     誰一人倒れないようにするのがメディックとしての役目。
     ゆいなからの癒しにセカイが礼を告げ、一先ずの回復は彼女に任せてもいいだろうと判断する。そして、攻勢に移ったセカイは武器に破邪の白光を纏わせた。
    「容赦はしません、覚悟してください」
     真っ直ぐに告げる言葉と共に振り下ろされた刃は溶岩イフリートを斬り裂き、大きな衝撃を与える。だが、未だ敵は十分な力を残している。
     仲間達は相手が強敵だと改めて感じながら、決意を宿した。
     すべては皆と過ごすこの後の時間のため――此処で負けてなどいられない。

    ●反撃の花
     咆哮が響き渡り、遠慮の欠片もない炎が解き放たれた。
     イフリートは温泉を楽しむ時間を邪魔されたことに怒り狂い、灼滅者達を排除せんとして猛威を振るう。だが、此方とて怯むわけにはいかなかった。
    「Die Durchstechen Eis Keil!」
     ――貫け、氷楔。
     鏡花は炎と対極である氷の弾を撃ち放ち、少しずつイフリートの力を削る。
     それでも敵は痛みを振り払い、更なる攻撃に移ろうと狙っているようだった。押されかけていると感じた華琳は幾度目かの戦艦斬りを放ち、皆の様子を見遣る。
     皆は温泉への思いは万全だが、肝心の戦闘では押し負けている。もう少し戦略を詰めれば良かったかもしれないと感じたが、今となってはただ戦い続けるのみ。
     戦いは巡り、炎が舞い飛ぶ。
     仲間を庇ったコセイが倒れ、悠花は唇を噛み締めた。
    「負けないよ。次は足技で勝負!」
     ダンスを踊るようにして跳躍し、蹴りの乱舞を見舞った悠花はコセイの仇とばかりに全力を込める。セカイも守護役として癒しに回り、天使の歌声で悠花を援護した。
    「――♪」
     歌と舞が重なる様はまるでデュオを組んでいるかの如く。セカイ達が舞い謡う様はほんの少しではあるがイフリートを怯ませた。
     其処に好機を見出し、瑠璃は指輪を敵に差し向ける。
    「封じます!」
     制約の弾丸で敵の動きを止めようと狙い、瑠璃は仲間達に呼び掛けた。だが、弾丸は効果を成さずに衝撃だけに留まる。
     ゆいなは悔しさを覚え、癒しを更に厚くしようと心に決めた。
     勝利への道はきっとすぐ近くにあるはずだ。何より、この先には一番の楽しみが待っている。だから――。
    「しっかり灼滅してみんなで楽しく温泉ですっ!」
     気合を込めた言葉を皆に向け、ゆいなは懸命に癒しの矢を放ち続けた。
     りんごが神薙の刃を向け、セカイは敵から齎される痛みに耐える。瑞葉も敵の動きを少しでも封じるためにソニックビートを響かせた。
     鏡花は迸る魔力を指先に集わせ、敵へと照準を定める。
    「Herausschiessen Blitz des Urteils!」
     撃ち抜け蒼雷、と打ち放たれた一閃は見事にイフリートを貫いた。だが、その痛みに激昂した敵が悠花とセカイに炎の奔流を向けようとする。
    「来るよ。気を付けて」
     即座に仲間に注意を呼びかけた華琳だったが、二人は身構えることしか出来ない。
     少しでも敵の攻撃を邪魔するべく華琳は戦艦斬りで打って出たが、炎を完全に止めることは叶わなかった。
    「ここまで、ですか……」
    「ごめん。みんな……後はお願いするね」
     そして、これまで仲間を守り続けていたセカイと悠花はその場に膝をつく。
     瑠璃は辛さをぐっと堪え、真剣な瞳をイフリートに向けた。今度は外さず、確実に敵の動きを止めたい。そう願った瑠璃はもう一度、制約の力を向けた。
     次の瞬間、溶岩獣が痺れに襲われる。
    「皆さん、今です! 遠慮なくやっちゃってください!」
    「反撃する暇なんてあげないよ!」
     瑠璃の声に反応した瑞葉はすぐさま標識を掲げ、更なる痺れを与える為の一撃を振り下ろした。狙い通り、イフリートは苦しげに呻く。
     これはチャンスだと感じたゆいなは自らの腕を鬼神化させ、攻撃に転じた。
    「行きますよっ!」
    「これで最期です。終わらせてしまいましょう……!」
     ゆいなが一撃を与えた直後、りんごが駆ける。日本刀を手にしたりんごは一気に敵の懐へと潜り込み、居合の一閃を見舞った。
     一瞬後。溶岩獣の断末魔が響き渡り、そして――戦いは無事に終幕を迎えた。 

    ●春爛漫
     戦いは終わり、後は楽しい時間を過ごすだけ。
     倒れた仲間も居たが此処は温泉。怪我も癒すことが出来るのが良い所だ。悠花は痛む身体を押さえながらも、好奇心に満ちた視線を仲間に向ける。
    「今日の獲物は……鏡花さんかな!」
    「獲物ってなによ、獲物って……でもそう簡単にはやらせはしないわよ」
     対する鏡花は警戒し、すかさず後ろに下がった。だが、りんごがそうはさせない。
     背後を取った彼女は鏡花に近付き、一気にその身体に腕を回したのだ。
    「甘いです。これは花園のお約束ですよ♪」
    「ちょっ、来るなら正々堂々と一人ずつ来なさいよ……っ!?」
    「いただきまーす」
     慌てる鏡花の傍に悠花も回り込み、獲物の感触を愉しんだ。その様子をコセイは冷めた目で見つめている。
     同じく仲間の様子を眺めていたセカイは、ある決意を抱いていた。
    「もう被害担当とは言わせません!」
     意を決し、被害者から加害者へと回ろうと決意するセカイ。だが、手近な華琳に手を伸ばそうとしたセカイの顔は真っ赤だ。
    「……駄目です、やっぱりわたくしには……できません……」
     羞恥と倫理観が邪魔をして決行できず、セカイはふるふると震えた。
    「じゃあこっちから行こうかな」
     しっかりと彼女の様子を観察していた華琳は小さく笑み、腕を伸ばし返す。そうして、結局は被害担当に回ってしまうセカイだった。
     そんな中、瑞葉は瑠璃に自分の発育についての悩みを相談していた。
    「ふむふむ。でしたら、花園スキンシップを試してみます?」
     瑠璃からの提案に瑞葉は効くならやってみたいと許諾する。すると――。
    「えっ……ちょ、ちょタンマ、あは、や……わ、脇はだめ……ひゃぁあ!?」
     容赦のないくすぐり攻撃が向けられ、瑞葉は身悶える。だが、すぐに瑠璃の手から逃れた瑞葉は「やったなぁ!」と反撃に入った。
    「ひゃうぅん!?」
     思わず瑠璃もくすぐったさに声をあげ、抵抗も弱々しくへたり込む。
     楽しげな仲間を見遣り、微笑んだゆいなは適当な岩場に立ち、女神めいたポーズを取ってみた。その姿は実に自由気儘だ。
    「見てください、お肌つやつやですよ温泉タマゴ肌! ……あ、あれ?」
     しかし、少しばかりはしゃぎ過ぎたらしいゆいなはその場でばたんきゅーと倒れてしまう。のぼせたゆいなを湯船から上げたセカイは、その身体を自分に引き寄せた。
    「天瀬さん、大丈夫ですか? しばらくこのままお休みになってください」
    「ふぁ、ふかふかまくら……」
     気を失っているゆいなだったが、何故かその表情はとても幸せそうだ。
     その後もりんごと悠花を中心にスキンシップが続き、花園の温泉タイムは大変な感じになりながらも何時も通りに過ぎてゆく。
    「とりあえず、みんな楽しそうでいいなぁ。終わり良ければ全て良しってところかな」
     快い心地の中、華琳は改めて花咲く景色を瞳に映す。
     空に舞う桜は美しく、まさに春爛漫。
     いつまでもこんな時間が続けばいいと願い、仲間達は賑やかな一時を堪能した。

    作者:犬彦 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年4月14日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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