望みはせず、ただ攫う

    作者:飛翔優

    ●とある会社社長と未来のめい探偵美人秘書
     西日の差しそうな場所にあるオフィスの中、響くは男の笑い声。
    「ふーははははは、三宅君! 今の我が社の業績はどうかね!?」
    「ふふーん、順調に成長中です! これもそれも、全て目黒社長のお陰ですよ!」
    「ふーははははは、何、私の手にかかればこんなものよ! しかし……」
     目黒社長と呼ばれた男は表情を苛立たしげなものに切り替え、音を立ててタブレットPCを操作。どこかの会社のものと思しきホームページを表示し、三宅と呼んだ少女に示していく。
    「忌々しいことに、このような下等な会社が我が社と競おうとしているようだ。三宅君、ふざけたことだとは思わないかね?」
    「そうですねー。如何に御しやすそうな……こほん。もとい、表向きは善良な企業に見せかけているとはいえ、ふざけてますねー」
    「そうだろうそうだろう。所で、この会社の社長には高校生になる一人娘がいるようだ」
     怪しく口の端を持ち上げ、目黒は一枚の写真を取り出し示していく。
    「ふむふむ、これはさらって来いということでしょうか?」
    「言葉に気をつけ給え、三宅君。あくまで、我が社の企画した旅行にご案内する、ということだ。あの憎き会社に何か要求するわけでもないし、彼女に危害を加えるつもりもない。もっとも……」
     目元は変えずに、目黒は語った。
    「もし、あの憎き会社が我が社に対して敵対的な行為を行うのであれば、どうなるかはわからぬがね」
    「……」
     口元だけの笑みを受け取った三宅は、小さく頷くと共にスマートフォンを取り出していく。
    「了解しました! 任務は、彼女を旅行にご招待する事。その先は……ま、私の管轄外ですね」
    「頼んだぞ、三宅君!」
    「了解です、腹黒社長!」
    「……今の私は機嫌が良いため聞かなかったことにしてやろう! ふーははははは!」
     笑い出した目黒を無視し、三宅はスマートフォンを取り出していく。
     頼まれた作戦を遂行するために……。

    ●夕暮れ時の教室にて
     灼滅者たちを出迎えた倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は、いつもの笑顔を潜めたまま説明を開始した。
    「軍艦島の戦いの後、HKT六六六に動きがあったようです」
     HKT六六六は有力なダークネスであるゴッドセブンを、地方に派遣して精力を広げようとしているらしい。
     そして、ゴッドセブンナンバー3、本織・識音は兵庫県の芦屋で勢力を拡大しようとしている。
    「本織識音は古巣である朱雀門学園から女子高生ヴァンパイアを呼び寄せて、神戸の財界を支配に置いているようです」
     ヴァンパイア達は神戸の財界の人物の秘書的な立場として、その人物の欲求を果たすべく悪事を行っている様子。
    「今回相手取る事になる財界の人物の名は、目黒。ASY六六六のヴァンパイアの名は、三宅藍」
     目黒の頼んだ悪事は、敵対する会社の社長令嬢誘拐。
     藍は配下としている強化一般人の男たち四名を引き連れ、友人と街でショッピングを楽しんでいる社長令嬢を誘拐しようとしている。
     タイミングは午後三時。場所は、街中の公園へと繋がる少しだけ薄暗くてひと気のない通りだと地図を広げて示していく。
    「藍たちは電信柱の影などに隠れ、社長令嬢の退路を塞ぐ形で飛び出そうとしています。ですので、藍たちが飛び出したタイミングでその通りに入り、仕掛けて下さい。そうすれば、藍に気取られる事なく接触する事ができるはずです」
     そして、藍は灼滅者たちの姿を見たならば、基本的には現場を配下に任せて逃走を図るだろう。また、逃走ルートを潰されたとしても、配下を用いて強引に突破してこようとするだろう。
    「戦力的には、藍一人ならば皆様でも倒すことができると思います。一方、配下がいる状態ならば非常に厳しい戦いとなる……そんな形になると思います」
     また、何よりも社長令嬢及びその友人たちを優先して逃がす必要がある。
     その事を留意した上で、藍を逃すか、倒すかを決める必要があるだろう。
     そして、いずれにせよ戦う事になる配下たちの四人の力量は、八人で戦えば倒せる程度。
     総員攻撃面に秀でており、加護を砕く拳、威圧するナイフ斬撃、防具を引き裂く……などといった技を用いてくる。
     一方状況によっては戦う事になる三宅藍は、力量は先に述べた通り単体ならば八人で戦えば倒せる程度だが、配下がいる状態ならば非常に厳しい戦いとなる程度。
     妨害・強化を主として立ち回り、技としてはヴァンパイアミスト、影縛り、制約の弾丸に似た技を用いてくるだろう。
    「以上でおおまかな説明は終了ですね」
     後は……と、地図などを手渡しながら続けていく。
    「ASY六六六の狙いは、HKT六六六のミスター宍戸のような才能を持つ一般人を探しだすことであるようです。その一環として、一般人に手を貸すような事件を行っているのでしょう」
     もっとも……と、締めくくりに移行した。
    「今、まさに卑劣な犯罪が行われようとしている事に違いはありません。どうか、全力での行動を。何よりも無事に帰ってきてくださいね? 約束ですよ?」


    参加者
    月翅・朔耶(天狼の黒魔女・d00470)
    村雨・嘉市(村時雨・d03146)
    由比・要(迷いなき迷子・d14600)
    安藤・小夏(折れた天秤・d16456)
    蒼月・桔梗(蒼き剣を持つ翼の花・d17736)
    災禍・瑠璃(トロイテロル・d23453)
    阿智矢・降人(錻力の狼・d30342)
    禰・雛(ファクティスアーク・d33420)

    ■リプレイ

    ●誘拐阻止
     街の楽しげな喧騒とは対照的に、まだまだ日も高いというのに若干薄暗い雰囲気を漂わせている裏通り。抜けた先にある公園へと向かうため、どこぞの令嬢と思しき振る舞いの少女を中心とした三名が足を踏み入れた。
     彼女たちが表通りからは伺いづらい辺りまで歩いた時……四人の男と一人の少女……三宅藍が、前方と後方を挟みこむように飛び出していく。
    「えっ……」
    「申し訳ないのですがそこの」
    「オラァ!」
     戸惑う令嬢たちに藍が声をかけようとした時、通りの側から裏通りへと入り込んだ阿智矢・降人(錻力の狼・d30342)が大声を上げながら駆けて行く。
     驚きすくみ上がる男たちの間合いへと、奥することなく踏み込んだ。。
    「ターフを切り裂く金色の軌跡、このフレッドと相棒が相手になるぜ!」
     真っ赤に燃える炎のようなエアシューズを示すかのように脚を大きく振り上げながら、降人は男たちをけん制する。
     さなかにはその他三名……月翅・朔耶(天狼の黒魔女・d00470)も横に並び、力を用いながら来た道を指し示した。
    「向こうへ逃げろ。大丈夫、後は俺たちが何とかする」
    「あなたたちは動かないで下さいね」
     邪魔せんと動こうとした男の体に、逆十字が刻まれていく。
     公園側から足を踏み入れた残る四名の内一人、災禍・瑠璃(トロイテロル・d23453)が、攻撃の力を用いたのだ。
     邪魔される事なく、令嬢たちは通りの側へと立ち去っていく。
     重ねて人払いの力が放たれていく中、藍は男たちと共に壁際へと移動しながら一礼した。
    「これはこれは武蔵坂学園の皆さん、まさかこんなところにまで来るとは思わなかったのですよ」
    「……」
     令嬢たちが道の先に消えていく様を最後まで見つめていた安藤・小夏(折れた天秤・d16456)は、言葉に呼応し振り向いた。
     笑みを浮かべる藍を見つめながら、小首を傾げて尋ねていく。
    「さて、残るはあなたたちだけなんだけど……どう? 撤退してもらえる?」
    「おや、見逃していただけるのでしょうか?」
    「もちろん、彼女たちを見逃すのなら、だけどね。あ、個人て払える対価なら払うよ」
     藍は、依頼されれば粛々と仕事してくれると効いている。だから、相手の上司より良い報酬出すのならば何とかならないか、と思い訪ねてみた。
     眼差しを送る中、藍はきょとんと目を見開いた後、肩を竦めていく。
    「ふふーん、その願いは既に叶わぬ物となりました。私の今の御役目は、彼女を旅行へとご案内することでした故……」
     逃げ道を探すかのように左右に視線を送り、男たちを呼び集めた。
    「いずれにせよ、私はあなた方を突破しなければなりません。そうなれば、彼らを連れて行く事は……任務を遂行する事は叶わぬでしょう」
    「その通りだ……っと!」
     突破せんというのか、自分を守るように男たちに指示を出していく藍の背中目指し、降人が跳躍。
     腕を狼の物へと変え、振り下ろした。
     爪が右肩へと食いこむ中、霊犬のリキが六文銭を射出し男への攻撃を始めていく。
     もろとも凍てつかせるのだと、朔耶は魔力を氷結させた。
     更には公園側に立ちふさがる村雨・嘉市(村時雨・d03146)が帯を放ち、藍の左肩を裂いていく。
    「関係ねえ人を巻き込んでまで他人を蹴落としたいなんてふざけんな!」
    「……おや」
     痛みを感じている様子もなく、藍は口の端を持ち上げた。
    「関係ないなんてとんでもない。我々はご友人を巻き込むつもりはありませんでしたし、ご令嬢が当事者であることに違いはありません」
     語るさなかにも、動きは止まらない。
     男たちが灼滅者たちをナイフで牽制していく中、一歩、二歩と反対側の塀へと移動する。
     語りながら電信柱に足をかけ、一歩で塀の上へと到達した。
    「彼女が食べているものは、着ているものは誰が頑張ってくれているおかげでしょう? 今の生活があるのは、誰のおかげでしょう? 誰が、彼女に良い暮らしをさせて上げたいと思っているのでしょう? ……ほら、彼女も立派な当事者でしょう?」
    「……」
     嘉市が口を閉ざしたのは、言っても無駄だと感じたのかはたまた別の理由からか。
     いずれにせよ……と、嘉市は藍から視線を外していく。
     一塊になるのを止め、各々のスタイルで灼滅者たちを牽制し始めた男たちへと向き直る。
     これ以上、藍を追いかける事はできそうにない。ならば、今はこの男たちを倒すことに全力を尽くそうか。

    ●残されし者たちとの戦いへ
     ――あたしに雇われるつもりがあるなら連絡して欲しい。
     小夏の言葉を背に受けつつ、塀の上を走り公園の方角へと逃げていく藍。
     裏通りが途切れると共に地面に降りていく様を、由比・要(迷いなき迷子・d14600)は静かな瞳で見送った。
     叶うなら、藍とはもう会わなければよい。けれど、きっとそんなわけにもいかない。
    「……」
     残念と思いつつも口の端が持ち上がってしまうのは何故だろう? 語ることもないままに、要は改めて男たちへと向き直る。
     槍を握り、虚空を縦に切り裂いた。
     発生せし風刃が示す先、最も傷ついている男が一人。
     追いかける形で、嘉市は懐へと踏み込んだ。
     風刃に仰け反る男の首元に、杖を突きつけていく。
    「後はてめぇらを倒すだけ。覚悟しな!」
     言葉と魔力を爆発させ、壁際へと押し付けた。
     刹那、横合いから殺気を感じバックステップ。
     今まで嘉市が居た場所を斬撃が通り抜けていく様を横目に、小夏は突き出された拳を受け止めた。
    「っ……守っていくよ、全力で!」
     言葉と共に弾きながら、自らを光で照らしていく。
     霊犬も自らを治療し、庇い立てする体勢を整えていく。
     故に、蒼月・桔梗(蒼き剣を持つ翼の花・d17736)は懸念もなくぶっ放す。
    「俺のガトリングガンをその身に受けるがいい、食らえ!」
     嵐の如く放たれた弾丸は誤る事なく爆風にふらつく男へと浴びせられ、壁際へと押し付けた。
     勢いにのる仲間たちを支えるため、禰・雛(ファクティスアーク・d33420)は交通標識を掲げていく。
    「さ、油断せずに行こう。落ち着いて戦えば、問題はないはずだ」
     語る中、示されしは警告を与える標識。
     放たれるは癒しの力。
     灼滅者たちは万全の状態を整えながら、さらなる攻撃を仕掛けていく……。

     裏通りを吹き抜けていく、強い風。
     白衣をはためかせながら、血色の翼を持つ瑠璃は葡萄色の瞳を細めていく。
     静かな息を吐くと共にくじゃくの尾羽で飾られた弓に矢をつがえ、ボロボロの男の中心めがけて射出。
     貫いた矢が塀に体を縫い止めていく様を見つめながら、戦場の観察を始めていく。
     もとより、戦力的には分のある相手。バランスの良い構成も相成ってか、灼滅者側が不利に陥ったことはない。
     藍がいたならどうなっていたかはわからぬが、いない以上考えても仕方のないことだろう。
    「……」
     大丈夫と革新しながら、瑠璃は虚空に逆十字を描き出した。
     胸元に逆十字を刻まれた男が、体を跳ねさせた後腕をだらりと下げていく。
     打ち倒したのだろうと、瑠璃は残る男たちへと向き直る。
    「次は……」
    「お前だ」
     呼応し、朔耶が矢を放った。
     右側に位置していた男の左肩へと突き刺さり、霊犬のリキが向き直る。
     斬魔刀を煌めかせながら駆けて行く光景を眺めながら、思考した。
     神秘で攻撃を固めてきたからか、ぼちぼち狙いが定まらなくなってきた。一度、治療を挟むべきか……と。
     準備として癒しの矢を手にする中、リキが斬魔刀を閃かせた。
     合わせる形で、嘉市が螺旋状の回転を加えた槍刺突を放っていく。
    「てめぇも、とっとと眠りな」
     誤る事なく脇腹を貫いた時、斬撃が、打撃が弾丸が、その男へと集いゆく。
     抗わんというのか男が槍を引き抜いた時、その横っ面を炎の足が蹴り飛ばした!
    「カタツムリより遅い! てめぇじゃ俺たちには勝てねぇよ」
     担い手たる降人は勢いのまま炎のようなエアシューズを軸に滑り去り、炎に抱かれたまま動かなくなっていく男から視線を外す。
     残る男たちに向き直り、挑発的な笑みを浮かべていく。
     男たちは怒りを滾らせた。
    「てめぇら、黙ってりゃ好き勝手言いやがって……!」
     怒りのままに放たれし斬撃を、拳を、灼滅者たちは難なくいなし……。

    ●春の訪れ、新たな戦い
     治療の符を挟んだ後に朔耶の放つ、影。
     公園側にいた男を包み込み、暗い闇へと閉ざしていく。
    「リキ、追撃を頼む」
     すかさずリキは六文銭を射出し、闇に戸惑う男を打ち据えた。
     更には桔梗がトリガーを引き、弾丸の嵐をぶち当てていく。
     銃口が煙を上げながら停止しても、まだ、影は破れない。
    「紅き十字架よ、かのものを引き裂け!」
     ならばと虚空に逆十字を書き記し、闇に閉ざされている男に刻んでいく。
     影の中で男が倒れていく音を聞きながら、降人は残る一人へと向き直った。
    「後はあんただけ、覚悟しな!」
     前動作もなく走りだし、右足を炎上させていく。
     金色の軌跡を描きながら、左わき腹に蹴りを叩き込む!
     新たな炎に包まれた男がよろめく中、雛は再び交通標識を掲げた。
    「……」
     回復は任せてくれと語り、務めた役目。果たしたからこそ、誰一人として危機に陥ることのないまま戦う事ができている。
     相手が一人になった以上、もはや、誰かが倒れる心配など皆無と言って良いだろう。
    「……さて、それではトドメと行こう」
     瞳を静かに細めながら、雛は語りだす。
     雛の良く知る七不思議を。
     怪異にて、男を襲う七不思議を。
    「……」
     口を開きかけたまま、男は動くことができていない。
     好機と小夏は踏み込んで、原に膝蹴りを叩き込む。
     体をくの字におる男の背中に、霊犬が斬魔刀を浴びせかけていく。
    「今だよ!」
    「終わらせる……!」
     すかさず、瑠璃が逆十字を虚空に書き記した。
     左肩へと逆十字が刻まれていく中、嘉市がドリル状に回転するバベルブレイカーを突き出していく。
    「こいつで……」
     杭は胸元へと突き刺さり、穿孔。
    「トドメだ!」
     貫き、男に与えられた仮初めの力を打ち砕く。
     引きぬくとともに男は倒れ、物言わぬ存在と化していく。
     つかみとった勝利を前に、灼滅者たちは安堵の息を吐きだした。

     治療を行いつつ令嬢の逃げた側へと向かう中、桔梗が瞳を細めながら口を開いた。
    「社長令嬢の皆は無事だろうか?もうこんな事件に巻き込まれないとは思うが」
    「藍が逃げたのは反対側だし、彼女自身あの男たちを連れていかなければ叶わない……と言っていた。だから、おそらくは大丈夫だろう」
     雛が返答し、仲間たちへと視線を送る。
    「ともあれ、お疲れ様だ。藍に関しては……いずれ、な」
    「HKTにASY……、変な人に限らず色々動き出してるんだろうねぇ……春だもんねぇ」
     どことなくのんびりした調子で要がつぶやけば、様々な反応が帰ってくる。
     今回の戦いのこと、藍のこと、それ以外の事も語らいながら、灼滅者たちは帰還した。
     これから何が起きるのかはまだ、分からない。
     何が起きても良いように……今はただ、戦いに疲れたこの身を癒しておこう。

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年4月8日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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