名古屋はうまいがや

    作者:水瀬いつき

     春うららかなある日、公園は花見客で賑わっていた。レジャーシートの上には各花見客が腕によりをかけて作ってきた弁当が広げられている。
     シュババッと三つの影が花見客の間をすり抜けた。次の瞬間、花見客の悲鳴がが聞こえてくる。弁当の中身が綺麗に消え失せた故に。
    「皆の者、名古屋のご当地料理を食え!」
     突如として彼らの前に現れたのは三体の奇っ怪な人物だ。花見客の弁当を食べたであろう彼らが高ようじでにやりと笑った。
     一人は顔が土鍋で頭から味噌の香りの湯気を出している。
     一人はこんがりと焼けたウナギのかば焼き型の体で、両手にはしゃもじと急須を持つ。
     一人は長方形のぷるんとした体に手足が生えていた。
    「よし、邪道の弁当は消えたな」
    「キーッ! 早起きして作った私の努力どうしてくれるのよ!」
    「次は早起きしてうどんを打つがいい! では世界征服のため次に行くぞー!」
     そして彼らは次なるターゲットを求めて桜吹雪の中へ消えたのだった。
     
     ある日の昼休み、灼滅者たちは教室の一室へと集められた。事件のあらましを話した西園寺・アベル(高校生エクスブレイン・dn0191)が大きなテーブルに味噌煮込みうどん、ひつまぶし、ういろうを置く。
    「幾多の戦いをくぐり抜けた、武蔵坂学園の灼滅者も力をつけ、より強力なダークネスも現れています。しかし、全てのダークネスが強力なわけではありません。そういった力の弱いダークネス達は、徒党を組むことで生き延びようとしているらしく、ダークネス同士が協力して活動しはじめているらしいのです」
     皆に料理を取り分け、それぞれの皿を指差す。
    「次に怪人が出現する場所を、この料理達が教えてくれました。皆さんはその場所に向かい、怪人を灼滅して下さい。このままでは楽しい花見が台なしになってしまいます」
     うなずいた灼滅者たちは料理を口にして意気込みを新たにした。
     そして灼滅者の一人が怪人についてを問いかける。アベルは皆に地図を配ってから続けた。
    「今渡した地図の公園に怪人が現れます。花見をする場所は平たんで見通しがいいので、どこに現れてもすぐに駆けつけられるでしょう。怪人出現時、一般人は散り散りに逃げてくれますので避難を考えなくて大丈夫です。出現まで皆さんも花見を楽しむといいでしょう」
     アベルはにこりと笑い、指を三本立てる。
    「敵は、味噌煮込みうどん、ひつまぶし、ういろうの名古屋美味い物怪人三人衆です。それぞれご当地サイキックに加え、うどんはジャマーで結界糸を、ひつまぶしはクラッシャーで援護射撃、ういろうはメディックでソーサルガーダーのサイキックを使用します。また、まれに連携を狙ってくることがあります」
     灼滅者がうどんを箸に絡め、ウナギご飯にダシ茶をかけた。熱々の湯気が室内に立ちのぼる。
    「公園は桜が美しい。皆さんでササッと灼滅して、花見の続きを楽しんで下さいね」
     アベルはそう言うとデザートのういろうを切り分けた。


    参加者
    シルビア・ブギ(目指せ銀河ヒーロー・d00201)
    織凪・柚姫(甘やかな声色を紡ぎ微笑む織姫・d01913)
    香坂・天音(遍く墓碑に・d07831)
    唐都万・蓮爾(亡郷・d16912)
    石神・鸞(仙人掌侍女・d24539)
    葉真上・日々音(人狼の狭間に揺れる陽炎・d27687)
    黒乃・夜霧(求愛・d28037)
    黎・葉琳(ヒロイックエピローグ・d33291)

    ■リプレイ

    ●桜はらはら
     春うららかな日、満開に咲いた桜の花びらがはらり、はらり、と風に流れる。公園の広場では多くの花見客でにぎわい、昼時とあってたくさんの弁当があちらこちらに広げられていた。
    「わぁ、本当に綺麗な桜ですね。こんなにいい場所でお花見ができるなんて嬉しいのです。それはそうと香坂ちゃん大丈夫ですか?」
     織凪・柚姫(甘やかな声色を紡ぎ微笑む織姫・d01913)が香坂・天音(遍く墓碑に・d07831)に微笑む。
    「はい。少し体調を崩していますが、全力でサポートはさせてもらいます」
    「私の占いによると、香坂さんの風邪は間もなく治るわ」
     黎・葉琳(ヒロイックエピローグ・d33291)が易の占いで使う筒を両手で振った。
    「こんな中でお昼寝したら気持ち良さそうなのじゃ! とりあえず怪人どもが現れるまで運動じゃっ」
     まるで猫がじゃれる仕草でシルビア・ブギ(目指せ銀河ヒーロー・d00201)が舞い散る桜の花びらをキャッチする。対して物静かに花見の用意をするのは、人間形態を保つ石神・鸞(仙人掌侍女・d24539)である。
     黒乃・夜霧(求愛・d28037)は辺りの花見弁当を見てふるふると体を震わせた。
    「このお花見のため、皆のため……愛する者達と一緒に食べるためのお弁当を食べてしまうなんて許せませんっ」
    「分かるわー。お弁当って好きなモンとちょっとのデザートと、ひとさじの愛情込めて作るモンなんやで! そんな愛情こもったお弁当奪うとか人間ちゃうわ。……って、怪人は人間ちゃうかったな」
     夜霧と葉真上・日々音(人狼の狭間に揺れる陽炎・d27687)が弁当談義に花を咲かせる間にも鸞のセッティングが終わり、唐都万・蓮爾(亡郷・d16912)が皆の前に三色団子とよもぎモチ、桜湯を振る舞う。
    「敵さん出現までは一息入れませう」
    「いただきますなのじゃ!」
     手を合わせてシルビアはよもぎモチを手に取ろうとしたが、しゅばっと黒い影が通り過ぎたかと思えば団子とモチが消え失せ、代わりにういろうが置かれた。
     皆が辺りを見渡すと、公園の中央に三体の怪人が現れる。あちらこちらから悲鳴が聞こえてきたところをみると、他の花見客も同様に弁当を食べられてしまったようだ。
    「むほぅ、ここにも名古屋名物を作った者はおらぬようだな。何とも悲しいものよ。故に! 名古屋色に染めるため、これよりこの公園を支配する!」
    「まずは弁当を差し出すのだ。抵抗するものは容赦しない!」
    「……しない」
     ひつまぶし怪人が大型のガンナイフを掲げ、刃を地面に突き刺す。一般人はそれを見て散り散りに逃げ出した。

    ●やけどに注意
     鸞はサボテン形態となり、逃げる一般人に被害が及ばないよう位置関係に気を配った。
    「偽りの倖せを奏でる金糸雀。鳥籠から羽ばたいて」
     解除コードを呟いた柚姫の手に身長よりも大きな白の龍砕斧が現れる。それを軽々と振り回して構えた。マカロンやキャンディー、蝶を模した龍砕斧のアクセサリーが太陽にキラリと光る。
    「それより小倉トーストと手羽先はどうしたのじゃ!」
     そう叫んだシルビアはエアシューズをまとった。うどん怪人が頷く。
    「うむ、確かにそれも美味い。だが、我ら名古屋名物はもっと美味いぞよ」
    「いや、そもそもじゃ。ういろうの元祖は小田原、ひつまぶしの元祖は三重ではなかったかのぅ。うどんよ、そなたの仲間達はほかのご当地から送り込まれたスパイなのじゃ! というか、そなたら花見に向かぬ食べ物じゃ!」
     シルビアは、ういろうとひつまぶしを指差して口上をきった。うどんが固まる。
    「……え」
    「ええぃ、うどんよ戯言に耳を貸すな! いくぞ、我らの名物を広げるのだー!」
     ひつまぶしがガンナイフを構えたまま高く飛び、後衛に援護射撃を放ってくる。
    「いきなり攻撃なんて愛がないです。私達が真実の愛を教えてあげますっ」
     攻撃を受けた体をゆっくりと起き上がらせ、夜霧は交通標識を握りしめてブルージャスティスを放った。青い光線はひつまぶしの周りに滞留する。怒りの付与で矛先を自分へ向けることができれば上々だ。
     その間にも蓮爾がひつまぶしへ駆け出してスターゲイザーを、日々音が幻狼銀爪撃で立て続けに攻撃をした。ひつまぶしを徹底的に狙い、火力を奪う作戦である。
    「癒して藍、護れし星」
     柚姫は今後の戦闘に備え、ドラゴンパワーで自らの守りを固める。
    「ふう。一瞬危なかったが、我らの絆は揺るがない。ご当地パワー、とくと味わえ。八丁味噌ダイナミック!」
     うどんが頭の鍋から煙を出した。そして鸞へ駆け寄ると彼女の背後に回り込み、後ろから体を掴んで高く持ち上げた。そして叩き落とすと同時に爆発が起きる。
    「そうは言っても、お互いの連携はどうなのかしら。烏合の衆って言葉はご存知?」
     ふふ、とレディーのように笑った葉琳は妖の槍を手にした。槍から水がしたたり刃先が三又に分かれる。そして素早く螺旋の捻りを加えてひつまぶしへ突き刺した。
     ういろうがすぐさまソーサルガーダーでひつまぶしを癒す。
     天音はメディックが倒れぬようワイトガードで夜霧を守り、シルビアが放ったグラインドファイアに合わせて鸞は冷たい炎を同時にぶつけた。コールドファイアの氷が怪人を侵す。
     そして、皆は火力であるひつまぶしを皆で集中して狙い続けた。

    ●撃破
    「あんたらの料理無理やり食べさせるんも、おべんと持っていくんも、うちが断じて許さへんでぇ! でもウナギはちょっと美味しそ……って何言わすねん! あんたらはこれでも食らいー、日々音レイザー!」
     ダイダロスベルトを勢い良く前方へ突き出す。ダイダロスベルトの帯は真っすぐにひつまぶしへ向かい、体を貫いた。
    「『蒼』出番です」
     静かに言葉を発した蓮爾がゆっくりと利き腕を胸の前に上げると、寄生体がうごめき縛霊手を飲み込んでいく。やがて砲台の形をとったそれから蒼い光線が放たれひつまぶしを毒する。
    「むむ、手強い。グルメフォーメーションいくぞ! ウナギダイナミック!」
    「おう! 味噌カツキック!」
    「了解。ういろうビーム」
     怪人たちは日々音に連携を仕掛けてきた。ういろうビームは蓮爾のビハインドゐづみが庇ってくれたものの、痛手を負う。体が弾き飛ばされ、桜の木にぶつかった。
    「う……」
    「大丈夫ですか?」
    「葉真上様、お動きになりませぬよう。回復いたします」
     天音が日々音の背に手を添えて起こし、素早く駆け寄った鸞は両膝を着いて彼女の腕を取った。そして自らの服から注射器を取り出すと中の薬を確かめ殉教者ワクチンを接種した。夜霧もラビリンスアーマーで癒す。ダイダロスベルトの帯が全身を覆い、暖かな光の鎧が彼女を包んだ。
    「もう大丈夫! 存分に暴れちゃいましょうっ」
    「おおきになぁ。皆さんおらんと危なかったわ」
    「無事で良かった。さぁ、翡晃、一緒に行きますよ!」
     柚姫のビハインドが彼女の横に並ぶ。翡晃が霊撃を放ち、柚姫はひつまぶしの中心に赤い逆十字を出現させた。
    「來れり紅、踊り散れ華!」
    「ぐああ、無念ー! 名古屋万歳ー!」
     ギルティクロスに引き裂かれたひつまぶしは消滅する。
    「お前達、なんてことを……!」
     うどんが両手の指先から糸を出し、前衛を結界糸で攻撃してくる。
     葉琳は地面を足の裏で叩く。黒い煙が立ちのぼり、咎人の大鎌を手にした葉琳が、恐ろしくも少し明るい七不思議奇譚を語った。そして小さな体をもろともしない腕力で大きな鎌を軽々と振るうと、黒い煙がうどんを襲う。
    「七不思議使いの都市伝説が、暗いのばかりだと思ったら大間違いなんだから!」
     黒い煙は白い光となってうどんの体を裂いた。クリティカルヒットし、うどんは片膝を着く。
    「葉琳やるな! 妾も負けはせぬぞ! サルミアッキキック! 口の中まずくなるとよいのじゃ!」
     シルビアがうどんを蹴り飛ばした瞬間、黒い飴が散らばった。同時にアンモニア臭が広がった。

    ●お花見
    「くさ!」
    「この味がクセになるのじゃ!」
     続けざまに、日々音はうどんから受けたプレッシャー解除を狙って幻狼銀爪撃を放つ。
    「必殺、日々音クロー!」
     サイキックによって鋭く伸ばした爪で力を加減することなく、うどんを引き裂いた。柚姫は龍撃飛翔で怒り付与を狙った。
     夜霧は交通標識を赤く変える。
    「少し大人しくしていなさい!」
     そして思い切り殴りつけた。パラライズで少しでも行動が抑制できればいいと思ったからだ。
     長く戦っていたおかげで互いに疲労の色が濃くなる。それでも皆は手を止めることなく戦いに集中した。
     うどんから与えられる攻撃にコシの強さが見られなくなってきた。それを瞬時に見極めたのは蓮爾である。寄生体を刃と化し、うどんまで駆け寄るとトドメの一撃を放った。
    「うおおおおー!」
    「マジか。一人は無理」
     仲間が灼滅されて戦意を失ったういろうが、脱兎のごとく逃げ出した。その背中に哀愁が漂っていたので、おそらくもう一般人を襲うことはしないだろう。
     突如として静かになった戦場に暖かく心地好い風が吹き、やがて花見客も徐々に戻り始める。
     桜の花が皆を誘う。
    「それでは、お花見の続きをいたしましょうか」
     そう言った鸞はいそいそとレジャーシートを広げ、重箱の蓋を開ける。中にはいなり寿司やだし巻き卵、桜モチが入っていた。柚姫も動物形に可愛くデコレーションされたお弁当を披露する。
    「皆さんリクエストのお弁当です。たくさん食べて下さいね!」
    「うむ。今度こそ、いただきますなのじゃ!」
     シルビアは、いなり寿司と桜モチを両手に取る。そしてから揚げを食べる手がないと困った顔をした。
     葉琳は皆にお茶を配り、お弁当を食す。あまりの美味しさにみるみると頬が緩んだ。
    「あら、美味しい。お二人とも、これどうやったら作れるのかしら?」
    「それは、でございますね――」
    「あ、そんな作り方もあるのね!」
     葉琳と鸞、柚姫はレシピの話題に花が咲く。
    「天音ちゃん、寒くない? はい、あったかいお茶と栗ようかんだよっ」
    「ありがとうございます。それにしても綺麗な桜ですね」
    「だよね! ボクの暮らす洋館のみんなとも一緒に見たいなぁ」
     夜霧と天音のはのんびりと桜を楽しんだ。
    「卵焼き美味しいなぁ。そうそう、おべんと摘ませてもらうだけやったら悪いし、うちも持ってきたでー。じゃじゃーん、日々音ちゃん特製桜プリンやで! ……て、言いたいところやけど、ごめん……実はこれ桜色っていうだけでイチゴ味なんや……」
     そう言って日々音は皆に笑いを届けた。皆は食後に特製桜プリンも堪能した。散った桜がプリンの上に乗る。
     すっと立ち上がった蓮爾が桜を見上げて微笑んだ。
    「風流ですね。思えば女性ばかりでまた華やか。そして桜にも負けぬ美人ぞろい。皆さんのため、ひとつ僭越ながら舞踊をお見せいたしましょう」
    「わぁ、観たいのじゃー!」
     シルビアが手を叩き、頭を下げた蓮爾は懐から扇子を取り出し、まるで散る桜と一体になるような美しい舞を踊る。他の花見客も蓮爾の舞にみとれ、当初の平穏を取り戻したのだった。

    作者:水瀬いつき 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年4月21日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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