地下鉄迷宮案件

    作者:J九郎

     札幌市営地下鉄東西線の終点にあたる宮の沢駅。その宮の沢駅に通じるトンネル内部が、今まさに変容しようとしていた。
     トンネルや線路の輪郭が徐々にぼやけていき、代わりにギリシャの古代神殿風の石柱が立ち並ぶ石造りのトンネルが、実体化し始める。
     1分も経たないうちに、地下鉄は石造りの迷宮に姿を変えていた。
     ガチャ、ガチャ、ガチャ……。
     静寂に包まれていたトンネルに、金属質な音が響き渡る。それは、金属鎧を着た何者かが、迷宮の奥から現れた音。
     その音を発するのは、西洋風の金属鎧と金属で補強された皮の盾、そして両刃の長剣を身に纏った、人型のモノ。だが、その身体から肉は既にそげ落ち、骨が剥き出しとなっていた。そんな蠢く骸骨に付き従うのは、腐肉を滴らせる犬や猫。
     時刻は深夜2時。地下鉄の路線は、アンデッドの闊歩する百鬼夜行の迷宮と化していた。
     
    「嗚呼、サイキックアブソーバーの声が聞こえる……。深夜の札幌の地下鉄が、迷宮化する事件が発生すると」
     集まった灼滅者達に、真新しい高校の制服を着た神堂・妖(目隠れエクスブレイン・dn0137)は、陰気な声でそう告げた。
    「……錠之内・琴弓(色無き芽吹き・d01730)さんが、地下鉄がダンジョン化している事を発見した。……ダンジョン化するのは終電が終わった後、始発が出るまでの数時間程度だから、今のところ被害は出てないけど、放っておけば、何が起きるか分からない」
     ノーライフキングのダンジョンの一部と地下鉄が繋がりかけている可能性が高く、最悪、地下鉄全てがノーライフキングのダンジョンと融合してしまう危険性もあるのだと、妖は続けた。
    「……そこで、みんなには、この迷宮の探索をお願いしたい」
     現れた迷宮を探索してアンデッドを全て撃破すれば、時間内でも迷宮は消失するのだという。
    「……だから、それを繰り返していけば、地下鉄の線路と迷宮との繋がりが絶たれて、平常に戻る可能性が高いと思う」
     そして今回迷宮化するのは、地下鉄東西線宮の沢駅と発寒南駅の間になるという。
    「……迷宮内には、たくさんのアンデッドが徘徊してる。……あまり強くないけど、数が多いので注意が必要」
     迷宮全体で、スケルトン型のアンデッドと動物型のアンデッドが合わせて50体ほどいるようだ。
    「……それから、数は多くないけど、何カ所か罠も設置されてるみたいだから、注意を怠らないで」
     さらに、迷宮の最深部には、他のアンデッドよりも強力な首無し騎士が存在するようだ。 
    「……この現象が自然現象なのか、ノーライフキングの実験か何かなのかは判らない。……幸いまだ被害は出てないけど、犠牲者が出る前に、できれば事件を解決して欲しい」
     妖は深刻そうな表情でそう灼滅者達に頭を下げた。


    参加者
    天方・矜人(疾走する魂・d01499)
    皐月・詩乃(神薙使い・d04795)
    祟部・彦麻呂(誰が為に鐘は鳴る・d14003)
    如月・陽介(からくり道化師・d20315)
    栗元・良顕(粗品・d21094)
    ユメ・リントヴルム(竜胆の夢・d23700)
    西園寺・夜宵(神の名を利した断罪・d28267)
    上里・桃(人間性の探求・d30693)

    ■リプレイ

    ●いざ、地下迷宮へ
     灼滅者達が踏み込んだ時には、地下鉄のトンネルは、古代西洋風の石柱が立ち並ぶ石造りの迷宮と化していた。
    「札幌の地下鉄って基本2ホームしかないくらいシンプルなんだけどなぁ……」
     札幌出身の如月・陽介(からくり道化師・d20315)は、その変わりように驚きの色を隠せない。
    「嫌な予感は尽きねぇが、ダンジョン探索は純粋に面白そうだな」
     天方・矜人(疾走する魂・d01499)が持参してきたハンズフリーライトを点灯させると、他の灼滅者達もそれぞれに準備してきた携行用の照明器具を点けていった。
    「この怪談蝋燭は光源になってくれるでしょうか」
     そんな中、上里・桃(人間性の探求・d30693)は怪談蝋燭を光源にしようと試みるが、残念ながら光源としてはあまり機能しないようだ。
    「何処かに大元の迷宮に繋がる入口とか無いのかな?」
     祟部・彦麻呂(誰が為に鐘は鳴る・d14003)は、用意してきた札幌の地図や地下鉄の路線図に『スーパーGPS』で現在位置を表示させると、筆記用具で印を付けていった。迷宮探索が終わった後で検証してみれば、何か推測できるかもしれない。
    「最近頻発していますよね、この手合いの事件」
     皐月・詩乃(神薙使い・d04795)はランタンを腰につけると、迷宮の奥を覗き込んだ。
    (「地下に巨大な迷宮を仕立て拠点にしようとしている者でもいるのでしょうか。あるいは何かを探すために地下を広げているのか……」)
     いずれにせよ、これらの事件の手がかりだけでも掴みたいと、詩乃は気合いを入れる。
    「ここ、暖かくない……」
     寒がりの栗元・良顕(粗品・d21094)は、いっぱい服を着込んできたにも関わらず、寒そうに身を縮めていた。
    (「進む道は誰かに考えてもらおう……」)
     良顕は探索の準備を進める仲間達を眺めながら、ぼんやりとそんなことを考える。
    「ユメユメ探検隊シリーズ! 札幌の地下にノーライフキングの影を追え!」
     一方、ユメ・リントヴルム(竜胆の夢・d23700)はノリノリだ。ユメは帰路を確保すべく『アリアドネの糸』を発動させると、時計を覗き込んで現在時刻を確認する。現在午前2時。始発が出るのは6時だから、まだまだ余裕はある。
    「音、立てたら危ないん、だよね?」
     突入前に、西園寺・夜宵(神の名を利した断罪・d28267)が『サウンドシャッター』を発動させ、準備を整えた灼滅者達は、意を決して迷宮内に脚を踏み入れるのだった。

    ●迷宮探索
    「警戒してると、どこもかしこも怪しく見えてくるな」
     先頭に立った矜人が、床をタクティカル・スパインで叩いて罠がないか確認しながら、慎重に進んでいく。
    「お腹すいたら言ってね、お弁当あるっからさー」
     すっかりハイキング気分のユメも、懐中電灯で足下を照らして罠がないかを確認するのは忘れていない。
    「俺の大事な地元だからな。しっかり返してもらわないとな」
     陽介も、同じように足下の仕掛けを特に警戒していた。
    「罠を起動させないように、注意しなければいけませんね」
     詩乃は不自然な段差や壁の穴が無いか等を注意しながら周囲に視線を走らせ、
    「暗いとこ……嫌、だなぁ。でも、何とか解決しないとだし、頑張らないと……」
     暗いところが大の苦手の夜宵は、暗闇にびくびくしつつも、精一杯勇気を振り絞って周囲の警戒に当たる。
    「あ、道が分かれてるね。とりあえず、右側行ってみようか」
     マッピングを担当している彦麻呂が、分岐点を地図に書き加えた。
    「複雑じゃないらしいけど、道が分からなくなりそう……」
     良顕は左右の道に目をやってから、先を行く彦麻呂達の後に付いていく。
    「! ちょっと待ってください。何か、います!」
     桃の警告に、戦闘を歩いていた矜人が足を止めた。
     ガシャ、ガシャ……
     通路の先から聞こえてきたのは、金属を擦り合わせるような音。
    「出たね、アンデッド!」
     ユメが照明を向けた先にいたのは、3体のスケルトンと、4体の犬や猫のアンデッドだった。
    「うわっ、グロ……」
     実はグロい系が苦手な陽介は嫌そうな表情を浮かべながらも、ウロボロスブレイドを高速で振り回し、先制攻撃を仕掛けた。
    「鬼も蛇も出やしねぇが、アンデッドだけは大盤振る舞いだな!」
     続いて、矜人がアンデッドのただ中に飛び込んで聖鎧剣ゴルドクルセイダーを振り回す。そんな矜人に犬猫アンデッドが一斉に飛びかかるが、
    「はーい、本日の奇譚は『白蛇』ちゃんでーす」
     彦麻呂の操る変幻自在の白蛇が盾代わりとなってアンデッド達を吹き飛ばし、
    「こうもアンデッドばかりみると気が滅入ってしまいそうですね……」
     すかさず詩乃が妖の槍から発生させた氷柱で、猫型アンデッドの一体を貫いた。
    「ガギギ……」
     スケルトンの1体が、緩慢だが正確な動きで、錆びた剣を詩乃に振り下ろそうとする。だが、
    「おっと、キミは通行止め!」
     ユメの手にした交通標識が赤色にチェンジし、スケルトンに叩きつけられると、そのままスケルトンは動きを止めた。
    「今、なら……トドメ、行ける?」
     そこへ、夜宵が放った光刃が飛来し、スケルトンの纏う金属鎧を破壊し、
    「人に害を与える前に、阻止しないといけませんよね」
     そして桃の鋼糸が、剥き出しになったスケルトンの骨の体をバラバラに切り裂いていった。
    「私も、頑張らないと……」
     良顕も、後方から神薙刃で、前衛を狙う犬型アンデッドを牽制していく。
     急な遭遇戦だったが、アンデッドの群れを殲滅するのに、そう時間はかからなかった。

    ●ちょっと一息。
     迷宮に突入して1時間半ほど。
     途中、何度かアンデッドに襲われたり、警戒の対象外だった天井から毒ガスが噴射されたりといったアクシデントがあったものの、灼滅者達は順調に迷宮を踏破していった。
     そして、迷宮内に奥まった広間を見つけた灼滅者達は、警戒は解かないまま小休止することにしたのだった。
    「お弁当持ってきましたんで、よければどうぞ」
     桃が、持参してきたお弁当を広げる。
    「仮眠してきたけど、やっぱり夜中は、眠い……」
     広間の隅に腰掛けた良顕は、必死で眠気と戦っていて。
    「しかしダンジョンらしく、お宝みてーなものが落ちてるかと思ったら何もないな」
     期待していた矜人は少々残念そうだ。
    「この感じだと、ゴールは近そうだね」
     マッピング担当の彦麻呂は地図を広げてまだ行っていない道を確認し、
    「他にも罠、有るかもしれないから、気を付けて、動かないと……」
     夜宵は罠が設置されていたポイントを確認していく。実際、事前に発見したために発動させずに済んだ罠もいくつかあったのだ。
    「ええと、倒したアンデッドの数は、これで半数といったところだったと思います」
     詩乃が、これまでに遭遇し倒してきたアンデッドの数をカウントしていく。
    「探検しつつアンデッドをズタズタにできる……ここはテーマパークっかなー!」
     ノーライフキングを宿敵に持つユメは、迷宮探検とも相まってハイテンションだ。
    「アンデッド……元は人間だったんですよね。つまり多くの人が亡くなったということ。寂しいです」
     心霊治療で矜人を癒していた桃が表情を曇らせると、
    「ここのアンデッドは人間だけじゃなくて犬や猫もいるけどな」
     陽介がフォローになっているのかいないのか分からない答えを返す。
    「さて、時間制限もあることだし、そろそろ行くか」
     治療を受け終わった矜人の呼びかけで、灼滅者達はいよいよ迷宮の最深部へ向かって、脚を踏み出していった。

    ●首無し騎士の猛攻
    「ここが、最後の部屋みたいね」
     地図をチェックしていた彦麻呂が、目の前の金属製の大扉を指さした。
     各人とも怪我や疲労が蓄積してはいるが、まだ余力は残っている。この先に首無し騎士がいるであろうことは確実だが、充分相手に出来るはずだった。ふとユメが時計に目をやれば、現在4時30分。始発が出るまで、もうそれほど余裕はない。
    「さあ、かるーく片付けて、始発前に帰ろ?」
     ユメの言葉に、全員が覚悟を決めて頷く。
    「それでは、開けますね」
     『怪力無双』を発動させた詩乃が扉を押すと、ゆっくりと扉が両側に開いていった。その奥に広がるのは、床に魔法陣の描かれた大広間。そして、そこに待ち構えていたのは、全身を覆う甲冑を纏った首のない騎士と、首無し騎士を護るように立ち塞がる4体のスケルトン。
    「やっと見つけたぞ。さっさとこの大事な駅を元に戻してもらうとするか」
     これまで後方支援に徹してきた陽介が、今度は先頭に立って大広間に踏み込む。その横に並ぶのは、やはり後方で極力消耗を抑えてきた良顕と夜宵だ。
    「さあ、ヒーロータイムだ!」
     矜人のおなじみの掛け声を合図に、首無し騎士との戦いの幕が上がった。
    「それじゃ、ゼロ災でいこー!」
     自身にドーピングニトロを打ち込んだユメが、制約の弾丸を放って首無し騎士の足止めを図る間に、前衛に出た矜人の放った『七不思議』が取り巻きのスケルトン達を蝕んでいき、彦麻呂の体に巻き付いていた白蛇が槍のように伸びて、スケルトンを貫く。
     首無し騎士は両手持ちの大剣を振り回して前衛陣を薙ぎ払おうとするが、
    「この時のために、みんなに守ってきて、もらってたんだから、今度は、わたしが、守らなくちゃ」
     夜宵が、縛霊手をかざして大剣を受け止めた。だが、首無し騎士の力は凄まじく、夜宵の体が弾き飛ばされてしまう。
    「まだまだ……」
     しかし、騎士が二撃目に入る前に、今度は良顕が割り込んだ。良顕は首に巻いていた長いマフラーを巧みに操り、首無し騎士の攻撃を受け流していく。一方、傷ついた夜宵を桃の『白い手』が優しく包み込み、その傷を癒していった。
     その間にも、詩乃が異形化した腕でスケルトンを砕き、陽介が紅蓮斬でスケルトンを動かす魔力を奪い取っていく。
     大して時間をかけることもなく、気付けば敵は首無し騎士独りとなっていた。
    「さあ、大将首頂かせてもらおうか。って、首は無ぇよな」
     矜人の聖鎧剣ゴルドクルセイダーが唸りを上げて首無し騎士の鎧をへこませ、
    「何にどれだけ首ったけだとそんな姿になるのさ」
     ユメが鎧の隙間にねじ込むように手刀を叩き込む。
     ――グギギ。
     首無し騎士が雄叫びの代わりに骨と鎧の軋む音を響かせ、大剣を振り下ろすが、
    「やらせねぇよ!」
     ウロボロスブレイドを鎖のように周囲に展開させた陽介が、自らの身を盾代わりとして攻撃を防ぐ。地元にはちょっと苦い記憶も多いけれど、それでも高1の途中まで育った場所なので特別な思いがある。ダークネスの好き勝手にさせるわけにはいかないと、陽介は首無し騎士の攻撃を耐える。
    「ノーライフキングの狙いは分かりませんが。人間に害を及ぼさせたりはしません」
     桃は、陽介が首無し騎士の攻撃を引き付けている間に、全身から放出した白い炎で仲間達の傷を癒していた。
    「切り裂くよ……」
     その隙に、これまで守り一辺倒だった良顕が攻撃に転じた。錆びた鋼糸を巧みに操り、首無し騎士の鎧に、複雑な傷を刻み込んでいく。
    「早く、明るいところ、行きたいから……」
     さらに、夜宵の放った超低空の跳び蹴りが首無し騎士の脚にヒットし、首無し騎士の態勢が崩れた。
    「白蛇ちゃん、頑張って!」
     思わず後ずさる首無し騎士に追いすがるように、彦麻呂に巻き付いていた白蛇が追撃を仕掛ける。そして、
    「もう、二度と迷いでてきてはいけませんよ」
     詩乃の放った氷柱が、首無し騎士の全身を凍り付かせた、と見えた次の瞬間。氷と共に首無し騎士の体はバラバラに砕け散ったのだった。

    ●迷宮消失
    「この迷宮のアンデッドは六六六人衆の犠牲者なんでしょうか……」
     首無し騎士を倒し終えた後、桃がそっとそんなことを呟いた。
    「アンデッドだから、ノーライフキングの配下だと思うけどね。さ、始発前に帰ろ」
     ユメが『アリアドネの糸』の状況を確認し、来た道を戻ろうとし始める。
    「……あれ? 全てのアンデッドを倒したら、迷宮って消失するんじゃありませんでしたっけ?」
     詩乃が不思議そうに首を傾げた。確かに、首無し騎士を倒したにもかかわらず迷宮は健在だ。
    「間違いなく全ての部屋を回ったはずだけどなあ」
     彦麻呂が地図を睨みながら、同じように首を傾げる。
    「どっかで、すれ違いになってたんじゃないかな……」
     良顕の控えめの発言に、夜宵が頷いた。
    「音、立てると、アンデッドが、寄ってくるん、だよね」
     夜宵は『サウンドシャッター』を解除し、縛霊手で壁を叩いたりして音を立て始めた。意図に気付いた桃は、部屋の入り口に鋼糸を張り巡らせ、即席の罠としてアンデッドの到来を待ち構える。
     果たして、5分と立たないうちに、迷宮内を彷徨っていたらしい4体のアンデッドが部屋に侵入してきた。
    「そろそろクリアさせて貰うぜ!」
     矜人の掛け声に合わせて、鋼糸に引っかかったアンデッド目掛け、灼滅者達は一斉攻撃を開始した――。

     全てのアンデッドが撃破されると、石畳の床も西洋風の石柱もゆっくりとぼやけるように消滅していき、気付けば何の変哲もない地下鉄のトンネルが、そこに広がっていた。
    「終わったぁ……」
     暗いところが苦手な夜宵が思わずへたり込み、戻ってきた懐かしい光景に陽介の頬が緩む。
    「ちなみにここから北海道銘菓の工場にいけるんだぜ」
     いつか、任務としてではなく観光目的で、ぶらりと来てみるのもいいかも知れない。
     地上への出口を目指しながら、灼滅者達はそんなことを考えるのだった。

    作者:J九郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年4月14日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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