土の下に恐竜が

    作者:飛翔優

     高校生の少年が、弟と思しき小学生に冗談めかした口調で語っていた。

    ●眠り続けた恐竜の卵
     裏山に少しだけ凹んだ所あるだろ? あそこな、すっげえ昔から……恐竜の時代から残っている場所らしいんだ。
     んでな、その下には眠ってるらしいんだよ。何かって? 恐竜の卵がさ!
     土に守られていたからか、その恐竜の卵は今も生きてるらしくてな、掘り起こせばそりゃ歴史的大発見! どうだ、面白いだろ?
     ……何? 嘘っぽいって? そりゃそうだ! けどな、あの場所では実際に化石が見つかったこともあるんだ。だから、そんなことが言われてる。
     どうだ、気になるか? うんうん、それでこそ俺の弟だ。兄ちゃん嬉しいぞ。
     けどな、相手は恐竜、当然凶暴だ。卵が孵ったら……お前なんて丸呑みにされちまうかもな、ハハハ……。

    ●夕暮れ時の教室にて
     灼滅者たちを出迎えた倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は、穏やかな笑みを湛えたまま説明を開始した。
    「とある街の裏山を舞台に、次のような噂がまことしやかに囁かれています」
     ――眠り続けた恐竜の卵。
     纏めるなら、今も化石が埋まると言われている裏山の一角を掘ると、恐竜の卵が出てくる。恐竜の卵はおおよそ十分後に孵り、発掘者を丸呑みにしてしまう……と言ったもの。
    「はい、都市伝説ですね。ですので、退治してきて下さい」
     葉月は地図を広げ、件の裏山を指し示した。
    「舞台となっているのはこの山。一時間もあれば走破できるほどの小さな山でして……」
     更にはペンを取り出し、山頂に近い一角に丸をつけた。
    「この場所が少しだけ凹んでいるので、ここを掘って下さい。そうすれば、程なくして子どもサイズの卵を発掘できるはずです」
     その卵は都市伝説、恐竜の卵。
     後は恐竜の卵に攻撃を仕掛けていけば良い、という流れになる。……が。
    「十分経つと、卵は更に一分を用いて孵り二足歩行の恐竜となります……まあ、戦闘に関する大きな変化といえば行動パターンが変わること、程度ですが」
     卵の状態の都市伝説は、とても固い。また、脈動する事で毒などを浄化しつつ大回復を行う……癒やしきれる分は全て回復する、と言った行動のみを取ってくる。
     一方、恐竜状態の都市伝説は、防御面が弱まる代わりに攻撃力が増大。加護を砕く噛み付きと、踏みつけ踏みしめる……と言った、二種の行動を取ってくる。また、どちらも威力がかなり高く、守りに優れなければ二撃受けきる事は難しい程度となっている。
    「以上で説明を終了します」
     地図など必要なものを手渡し、締めくくりへと移行した。
    「件の裏山ですが、実は恐竜の時代から残っているかは微妙……化石が埋まっているかもしれないというのも眉唾……と言った話でもあります。ですが、そこはロマンや夢……といったところなのでしょう。小学生を中心に、噂が広まっていったようで……」
     故に、いつ、その場所が掘り返されてもおかしくない。そうなれば、危険なのは小学生たちだ。
    「ですので、どうか全力での戦いを。何よりも無事に帰ってきてくださいね? 約束ですよ?」


    参加者
    艶川・寵子(慾・d00025)
    ライラ・ドットハック(蒼き天狼・d04068)
    富山・良太(復興型ご当地ヒーロー・d18057)
    ルーナ・カランテ(ペルディテンポ・d26061)
    霞・闇子(小さき裏世界の住人・d33089)
    ジェーン・スミス(ワンダラーパレス・d33218)
    哭神・百舌鳥(百声の演者・d33397)
    セティエ・ミラルヴァ(ブローディア・d33668)

    ■リプレイ

    ●一億年前に土の下
     住宅街の外れにある、人々は裏山と呼ぶ小さな山。三十分程をかけて山頂へと登った灼滅者たちは、地図を頼りに少しだけ凹んでいる場所を発見した。
     噂に寄れば、この場所に恐竜の卵が埋もれているという。
     穴の中心を見据えながら、ライラ・ドットハック(蒼き天狼・d04068)は静かな息を吐きだした。
    「……現実に太古の王者が目覚めるとは、都市伝説も侮れないね」
     感嘆と共に思い抱くは、イフリートとどちらが強いかという期待。
     語り合いながら、灼滅者たちは着々と作業を進めていく。
     会話のさなかに、富山・良太(復興型ご当地ヒーロー・d18057)は肩をすくめた。
    「小学生にとって恐竜は憧れですからね。噂が広がるのも無理は無いかもしれません。僕も好きですし。ですが、都市伝説になってしまったなら退治しないとですね」
    「そうだね……。なんだかこうしていると宝物を発掘してるみたいでちょっとドキドキするよ……と」
     ひと通りの準備が整ったのを確認し、哭神・百舌鳥(百声の演者・d33397)は語りだす。
     人を遠ざけるための怪談を、ジェーン・スミス(ワンダラーパレス・d33218)と共に語っていく。
     オペラ座に纏わる怪人の話を中心とした物語が紡がれていく中、ルーナ・カランテ(ペルディテンポ・d26061)が足元でぐったりとしている霊犬のモップの背中をちょちょいとつつき、凹みの中心を指し示した。
    「こういう時こそ霊犬の出番! ここ掘れモップ!」
     命じられ、どことなく疲れた様子で穴へと向かっていくモップ。
     少しずつ、少しずつ凹みを掘り進め、傍らに土の小山を作っていく。
     小山がモップほどの大きさへと成長した時、不意に、モップの動きが止まった。
     覗きこめば赤褐色の塊が、陽光を浴びて煌めいていた。
     恐竜の卵だと、灼滅者たちは意気揚々と掘り出して……。

    ●恐竜の卵は生きていた
     サイズはおおよそ、人間の子供くらい。
     掘り出した恐竜の卵を穴から少し離れた場所に置き、身構える。
     孵化までの時間は、おおよそ十分。
     呼吸を整えた後、良太は一跳躍で踏み込んだ。
     避けぬことのできぬ卵に拳をいくども叩き込み、小さく唸る。
    「爬虫類の卵は柔らかかったりするんですが、これはとんでもなく固いですね」
     視線の先、割れる事はおろか傷ひとつついていない卵がそこにはあった。
    「出来れば卵のうちに決着を付けたいんですが」
     呼応するかのように、良太のビハインド中君が得物を叩き込んだ。
     一方、セティエ・ミラルヴァ(ブローディア・d33668)は霧を起こし、前衛陣を包んでいく。
     あまり経験豊富ではないが故、皆の足を引っ張らないように。
     できる範囲で……ということで、援護役を買って出た。
     攻撃は、代わりに霊犬が担ってくれる。
     セティエが見守る中、霊犬が卵に斬魔刀を浴びせかけた。
    「……」
     やはり、傷ひとつついた様子がない。
     構わない……と、セティエは霊犬と視線を交わし頷き合う。
     弓を構え、癒しの力を込めた矢の精製を始めていく。
     さなか、艶川・寵子(慾・d00025)が霧の中で剣を振るった。
    「こんなに大きな卵なら、恐竜になる前に目玉焼きに出来ないものかしら。きっとみんなのお腹が満たされると思うの」
     言葉と共に生み出されし風刃が、霧を巻き込みながら卵へとぶち当たる。
     仮に呼吸しているのならば息つく暇は与えぬと、ライラがすかさず蒼い特殊繊維を放った。
     頂点をかすめていく様を横目に走りだし、ライフルを構えていく。
    「……まだまだ力を溜める」
     銃口を突きつけ、トリガーを引いた。
     ビーム槍がマグナムの如く回転しながら撃ちだされ、卵の側面にぶち当たった。
     されど、やはり傷がつく様子はない。
     そればかりか小さく脈動し、少しだけ大きくなった様子すら感じられた。
    「……焦らず行こう」
    「それでは、長く続くだろう戦いの最中にお耳を拝借。これは不幸で、けれど恨んだ女性の御話です」
     ジェーンは微笑んだ後、顔を狐面で覆い隠した。
     動かぬ唇で語るは怪談。
     自己で顔が醜くなった女が捨てた彼氏に逆恨みする女性の怪談。
     言の葉に呼び起こされし力が、卵を数度揺さぶった。
     恨みに、想いに侵されても、卵は今だ傷のつく様子もなく……。

     灼滅者たちが攻撃を重ねるさなかにも脈動し、自らの存在を保っていく卵。それでも、五分ほど攻撃を重ね少しずつ、少しずつ傷が生じるようになっていた。
     百舌鳥は恋い慕う男に取り付いて殺してしまう女の話を語りながら、静かな想いを巡らせていく。
     目の前の卵、恐竜の卵。
     現代に蘇る恐竜……すごくファンタジーだと思う。
     本来なら、卵のままで倒しきるのが一番。
     けれど、恐竜もちょっとは見てみたい……そんな怖いもの見たさな想いもある。
     ……いずれにせよ、攻撃を重ねていけばいずれかの結末にたどり着く。
     だから百舌鳥は語っていく怪談を。
     最終的に、望む結末を導くため……。
    「……」
     怪談話をなんとなく聞きながら、仮面をつけて戦う霞・闇子(小さき裏世界の住人・d33089)はゆっくりと砲塔に変えた腕を持ち上げた。
     酸の砲弾を解き放ち、殻が焼ける音を聞きながら卵の様子を観察する。
     攻撃を重ねたことにより、傷つき始めている卵。酸もまた少しずつ染みこみ、殻を蝕んでいる様子。
    「……」
     脈動とともに、いくつかの傷が消え去った。
     残る傷に混じり、酸が蝕んだはずの場所も元の状態へと戻っていた。
     自分が攻撃し卵が行動するまでの間に誰かが攻撃できれば、おそらくは効果を発揮する。だが、重ねる事はあまり期待しないほうが良いかもしれない。
     故に剣を非物質化させ、どことなく弾んだ調子で卵の元へと歩み寄る。
     内側を切り裂くのだと、非物質化させた剣を差し込んだ。
     上へと跳ね上げるように見えない力を切り裂いていく中、ルーナは足に炎を宿しながら駆け寄った。
     踏み込むと共に卵をサッカーボールに見立てて蹴りつけて、遥か上空へと飛ばしていく。
    「……」
     炎に抱かれていく様を前に、小さく喉を鳴らした。
    「卵にグラインドファイア……これは、なんというか……塩、でしょうか」
     落下しても砕けるどころかひびの入る様子もない卵を眺めつつ、観察を続けていく。
    「それとも醤油、でしょうか。……いやいや、ソースやマヨネーズも卵には合う……」
     口元を拭いながら、一歩、二歩と少しずつ距離を取った。
    「やばいですね……この心理攻撃、侮り難し……恐ろしや都市伝説……!」
     さなか、モップがどことなく疲れた様子で六文銭を射出する。
     硬質な音が響く中、セティエはルーナに癒やしの力を込めた矢を放った。
    「今だ傷ついた様子しか分かりませんが……少しずつ削れているはずです。ですから、どうか……!」
     発破をかけていくさなか、霊犬が斬魔刀を閃かせる。
     ぴしり、と小さな音が鳴り響いた。
     視線を向ければ、刃が少しだけ食い込み小さなひびが生まれていた。
     傷よりも更に一歩進んだ感触を前に頷き合いながら、灼滅者たちは攻撃を重ねていく……。

    ●一億年前も同じ空の下
     ひびが入った後、卵の傷は加速度的に増えていった。
     チラホラと殻が欠けている場所も生まれ始め、気分的には攻撃が通りやすくなったようにも思えてくる。
     それでも、卵は脈動し続けた。
     時に傷を、欠けた殻を、ひびを修復し、己を保ち続けた。
     そして十分。前触れもなく、ぴしりと小さな音が聞こえてきた。
     卵が孵り始めたのだと、灼滅者たちは恐竜を迎え討つ準備を始めていく。
     準備が整うまでの時間を稼ぐため、寵子は走りだす。
    「恐竜のたまご、なんて古代浪漫がいっぱ詰まっているわね。かつての面影を残した骨は博物館でたくさん見たことがあるけれど。生っぽいのはなかなかない機会よね」
     艶っぽく微笑みながらエアシューズを滑らせて、右足に炎を宿していく。
     腕を、足を出し始めた卵の中心に狙いを定め始めていく。
    「でも、放置したら脅威となりうる強敵。だから……」
     言葉を区切ると共に、殻の中心に蹴りを放った。
     炎を纏いしつま先は誤る事なく殻を捕らえ、粉微塵に砕いていく。
     代わりに、するどいキバ持つ恐竜が、ゆっくりと顔を上げた。
     残る殻を振り払いながら立ち上がっていく様子を眺めつつ、寵子は明るい調子で声を上げた。
    「恐竜だからってお痛はダメよ。わるいコにはお仕置きしなくっちゃね。わたしは素直でイイコがすきよ?」
     言葉をはねのける勢いで、恐竜は咆哮した。
     その口ごと、闇子の放つ影が縛り上げる。
    「……やはり、随分と弱っているようだ」
     仮面の隙間から覗かせている瞳の中、恐竜は影の中でもがいていた。
     卵に攻撃を重ねてきた結果なのだろう。
     百舌鳥は静かな息を吐きだした。
    「これが、現代に蘇った恐竜なんだね……もう、お別れだと思うと少しだけ残念かな」
     さみしげに瞳を細めながら、再び怪談を語り始めた。
     怪談が語られ終えた時、続けてジェーンが口を開いた。
    「これは、無くしてしまった少年少女の御話です」
     狐面に表情を隠し、恐竜に言葉を伝えていく。
     言葉を重ねるたび、人から無視された少年が仲間を探すという都市伝説が群体となって、縛られた恐竜に襲いかかっていく。
     交じるようにモップが六文銭を放つ中、ルーナは前衛陣を霧で包んだ。
    「お腹空いたし、とっとと畳みかけちゃいましょう」
     前衛陣が新たな霧に抱かれる中、少しずつ、恐竜が影を引っ張り始めた。
     じりじりと良太に近づいて、大きな口を開けていく。
     が、噛み付きは虚しく虚空を食んだ。
     良太は静かな息を吐くと共に、腰を落とす。
    「縛っていてこれとは……恐竜は動きが鈍いはずなんだけどね。後、蛋白質は億年単位では生きられませんよ」
     告げると共に、放つは盾突撃。
     ぶちかました直後に中君が霊障を放ち、恐竜を揺さぶっていく。
     暴れ足りないのか、もがく恐竜。
     ライラは背後へと回り込み、マテリアルが蒼く光るグローブを嵌めた拳を叩き込んだ!
    「……いい加減、落ちなさい」
     静かな言葉と共に魔力が爆発し、恐竜を揺さぶっていく。
     今、このタイミングで傷を負った者はいない。
     否、この戦いで傷を負った者はいない。
     セティエは霊犬と視線を交わし、頷き合い腰を落とす。
    「行くよ」
     言葉とともに、放つはオーラ。
     六文銭を導き跳ぶオーラは、誤る事なく恐竜を打ち据えた。
     恐竜は影に抱かれながら、ゆっくりと地面に倒れていく。
     静かな唸り声を上げながら……あるいは最初からそうであったかのように……土に埋もれ、消え去った。

     時間に直せば、十二分。
     全力攻撃を重ねたためか、傷は皆無であっても疲れた者が多い。
     寵子などは軽くお腹を抑えながら、街の方角へと視線を向けていく。
    「お腹が空いてしまったわ。帰りに美味しい卵ふわふわのオムライス食べたいわねえ」
    「では、自分の学生寮の喫茶店でお疲れパーティでもいかがかな?」
     仮面を外した闇子が提案し、賛同者を集っていく。
     概ねの予定が立てられた頃、疲れも若干癒えてきた。ひとまず帰還を始めようと、一人、また一人と下山を始めていく。
     最後まで残っていたジェーンもまた、仲間に呼ばれ立ち上がった。
    「あ、今行きます!」
     ジェーンの視線の先、埋め直された恐竜のいた凹み。
     土の中には、ジェーンの持ってきたダチョウの殻。
     なんとなく、見つけた時にロマンだと思ったから。
     後で真実を知ったとしても、心に暖かな思い出が残るはずだから。
     恐竜はもういない。
     だからこそ、人は追い求めてしまうものなのだ。

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年4月10日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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