この街中に愛と天むすを

    作者:雪神あゆた

     愛知県名古屋市の、あるスーパーの自動ドアが開く。
     中に入ってきたのは、男たち四人。
     そのうち、一人は異形。頭がおにぎり……いや、エビのしっぽをのぞかせた、天むすだった。彼こそは、名古屋天むす怪人。
    「やろうども、店中のコメとエビ、ノリ、小麦粉を買い占めろっ」
     怪人は叫ぶ。
     部下の三人――学生服を着た男子たちがコメとエビを担ぎだす。怪人は部下を見ながらつぶやいた。
    「俺が小さい頃、家は貧しかった……」
     怪人の声は切なげ。
    「俺の誕生日に母ちゃんは、天むすを一つだけ作ってくれた。母ちゃんも天むすが好きなのに、自分は食べずに、俺にだけ……」
     言葉を区切ると、怪人は拳を握りしめた。
    「だから、俺は、天むすを作る。今は亡き母ちゃんの為にも。天むすを山ほど作って、名古屋中のみんなに食わせてやるんだああ」
     言い終えると、怪人はスーパーのレジに紙幣をたたきつける。そして食材を手にした部下とともに立ち去った。
     
     教室で
     シェレスティナ・トゥーラス(夜に咲く月・d02521)が学園の仲間たちに話しかける。
    「天むす関係の事件が起こらないかと思って、エクスブレインに相談してみたんだよ」
     姫子が続ける。
    「彼女の相談を受け調べたところ、キタハラという高校生男子が、闇堕ちしご当地怪人の一人、名古屋天むす怪人になってしまう事件を発見しました。
     闇落ちすれば、通常ならすぐに人の心を失うのですが、今回のキタハラさんはまだ人の心を残しています。ダークネスになり切ってはいません。
     まずは現地に赴き、キタハラさんと戦闘しKOしてください。
     彼に灼滅者の素質があるなら、KOしたのち、灼滅者になるでしょう。そうでなければ、灼滅してしまうでしょうが。
     ですから、可能なら、彼を助け学園に連れてきてほしいのです」

     名古屋天むす怪人となったキタハラは、名古屋市のスーパーで米など天むすの材料を買い占めている。
     ちなみに、天むすとは、エビの天ぷらを具にしたおにぎりだ。
    「皆さんは、スーパーの駐車場で待ち伏せし、スーパーから出てきた怪人に戦闘を挑んでください」
     戦闘になれば、天むす怪人は、次のような技を使う。
     白米を乱れ手裏剣のように投げつける技、頭から突き出たエビのしっぽをナイフのように扱い零距離格闘する技、そしてご当地キックとご当地ダイナミック。
     体勢を崩せば、シャウトで状態を回復することもあるようだ。
     また、強化一般人たち三人も、日本刀を武器にして迫ってくる。強化一般人たちは、天むす怪人よりは弱いが、警戒は必要だろう。
    「天むす怪人は強いですが、皆さんが言葉をかけ彼の人の心を刺激すれば、弱体化させることができます。
     今は亡き母親への想いと母親が作ってくれた天むすへの想いとが強すぎ、墜ちてしまった彼の心をどうやれば刺激できるか……考えてみてください」
     姫子は灼滅者たちをじっと見つめる。
    「天むす怪人となったキタハラさんは現在各地で、天むすの材料を買い占めていて、近所の主婦たちを困らせています。
     なにより完全にダークネスになれば、もっと凶悪な事件も起こすでしょう。
     ですから今のうちに、キタハラさんを止めてあげてください。よろしくお願いします」


    参加者
    遠藤・彩花(純情可憐な元風紀委員・d00221)
    シェレスティナ・トゥーラス(夜に咲く月・d02521)
    日野森・翠(緩瀬の守り巫女・d03366)
    ヘキサ・ティリテス(火兎・d12401)
    白鳥・悠月(月夜に咲く華・d17246)
    セレスティ・クリスフィード(闇を祓う白き刃・d17444)
    カリル・サイプレス(京都貴船のご当地少年・d17918)
    満仲・梓(土偶忍者・d29459)

    ■リプレイ


     駐車場は南側が道路に繋がっていて、北側にスーパーの入り口があった。今駐車しているのは赤い車が一台。
     車の陰に、灼滅者八人は隠れていた。
     スーパーから男の声。
    「大収穫だ、引き上げるぞ!」
     自動ドアが開き、四人の男が姿を現した。
     男たちは、米袋や食品を詰めたレジ袋を抱えていた。うち一人の頭が、エビの尻尾をのぞかせた天むす。
     名古屋天むす怪人になったキタハラと、手下たちだ。
     ヘキサ・ティリテス(火兎・d12401)は仲間たちと車の陰から出て、彼らの前に立ちはだかった。
    「ワリィな、そこでストップだぜ!」
     火兎の玉璽の踵で、地面を数度蹴り、構える。
     遠藤・彩花(純情可憐な元風紀委員・d00221)は指でくいっと眼鏡の向きを調整。黒の瞳で相手を見やる。
    「私たちはキタハラ君、あなたを助けに来ました。まずはお話を聞いてくれませんか?」
     キタハラは彩花に怒鳴る。
    「話すことなど何もない。そこをどけ! 俺は早く天むすを握らないといけないのだ! お前たちはその邪魔をするのか?」
     キタハラは威嚇するように目を剥いた。
    「そういわないでほしいのです。お話してほしいのですよっ? あ、そうです。できれば荷物を置いてからっ」
     カリル・サイプレス(京都貴船のご当地少年・d17918)が懇願するが、キタハラは「やはり邪魔をするつもりか?」とさらに険悪な表情になり、跳びかからんばかりの体勢をとる。手下の強化一般人たちも、食材を地面に置き刀を取り出した。
     戦いは避けられないらしい。カリルは消音の力を展開。足元では、霊犬ヴァレンが姿勢を低くし臨戦態勢へ。
     セレスティ・クリスフィード(闇を祓う白き刃・d17444)も白い羽飾りの施された槍の柄を握っていた。セレスティは一般人が来ないよう、殺気を放つ。
    「(キタハラさんを救出できるように、精一杯頑張りましょう!)」
     口の中でいうセレスティ。セレスティの瞳からは決意が感じられた。

     灼滅者たちの視線の先で、キタハラは自分の頭に手をかけた。
    「どけ、俺は天むすを握るのだ!」
     顔の一部をむしり取り、投げる! 顔を構成していた米が、空気中で硬化。米粒が、灼滅者に刺さる。白米手裏剣!
     日野森・翠(緩瀬の守り巫女・d03366)も白米を受け傷を作った。が翠は前進する。
    「お米を投げたらいけませんっ!」
     叱りつけつつ、御幣を振る。キタハラの隣にいた手下の強化一般人に魔力を注ぎ、ぐらつかせる。
     その揺れる体へ、武器が伸びる。
     満仲・梓(土偶忍者・d29459)のダイダロスベルトだ。
    「貴殿らの闇を貫くで候!」
     ベルトが梓の意に応じて動き、槍のごとく男を穿つ。
     シェレスティナ・トゥーラス(夜に咲く月・d02521)は宙に浮かぶウィングキャットのイリスに話しかける。
    「話するには、まず攻撃で怯ませないと、かな。――イリス。牽制できる?」
     イリスは「にゃん!」と羽ばたき移動。肉球パンチを手下へ繰り出す。
     シェレスティナは指を男たちへ突きつける。途端、手下らの顔が青ざめた。熱を奪うフリージングデスだ。
     翠、梓、シェレスティナ、彼女らの攻撃で手下1人がどさり、倒れた。
     白鳥・悠月(月夜に咲く華・d17246)は青の瞳で戦場を観察。
     彼女の視線の先で、手下の一人がかろうじて体勢を立て直し、刀を振る。標的は彩花。彩花は肌を切られ流血。
     即座に悠月は走る。
    「大丈夫か? 今、治療する」
     悠月は彩花にラビリンスアーマーを施し、出血を止めた。
     彩花は悠月に一礼すると、腕を持ち上げワイドガードを展開。
     手下たちがさらに彩花を狙うが、
    「……負けません、今のあなたたちには」
     彩花はシールドの力と気力で耐える。凛とした表情を崩さない。
     気迫に手下たちは気圧されたか、「こいつら、つえぇ」と弱音を漏らす。
     ヘキサは敵が怯んだ隙を逃さず、跳ぶ。空中で足を輝かせ――足裏を手下の顔にめり込ませた。
     一分後にキタハラが灼滅者へと突進してくるが――カリルが彼の前に立つ。
     キタハラがカリルの肩を掴んだ。投げられ地面に叩きつけられるカリル。
     手下は彼を切ろうと刀を振り上げた。が、振り下ろされる前に、カリルは立ち上がる。
     刀を持つ敵の手をカリルは縛霊手で握る。指から糸を放ち敵の体を絡めとった。
    「ヴァレン!」「わう!」
     ヴァレンは主の意思を受け、咥えた刀で切りかかった。
     それでも、手下は体のバランスを立て直そうとするが、
    「させませんよ! 一気に畳みかけます!」
     セレスティは手下に向けて踏み込んだ。螺旋の突きを放つ。セレスティは穂先にて手下の胴を貫き――その意識を断ち切った。


     その後、灼滅者はもう一人の手下を倒した。残ったのは、天むす怪人キタハラ一人。
     が――キタハラの攻撃は強力。
     今もカリルがキタハラの頭突きを受けた。ただの頭突きでなく、おにぎりの頭から突き出たエビの尻尾でカリルの額を刺し、切る、凶悪な技。
     カリルは血を流すが――カリルの隣にいたヴァレンが主を吠え声で励ます。ヴァレンの瞳の力がカリルを癒す。
    「強いのです……でも、負けないのです! 皆を護り、キタハラくんも助けるのです! 絶対にっ!」
     カリルはギターのネックを握り、反対側の手の指で音をかき鳴らす。音をキタハラに叩きつける。
     キタハラが体をくの字に曲げた。
     彩花はキタハラの懐に潜り込む。三つ編みを揺らしながら、顎に向けて抗雷撃! 
     思わず後退するキタハラ、彼の前で彩花は交通標識を取り出す。
     彩花は腕をフルスイング。標識でキタハラの腹を打つ!
    「お聞きください、キタハラ君!」
     彩花は一喝する。丁寧な言葉遣いに、怒りを込めて。
    「天国のお母様はきっと泣いていらっしゃいます。買占めは悪いこと。あなたにだって自覚はおありでしょう? その悪行がお母様を悲しませると言っているのです」
     彩花の言葉に、キタハラは攻撃の動作を止める。
    「……。なぜ悪いことだと断言する?」
     悠月が戦闘で乱れた長い銀髪を手で整え、キタハラと視線を交わす。
    「買占めのために作りたいのに作れない、そんな人も出てくるだろうから。それに君の計画は、天むす好きな人は喜ぶだろうが、そうでない人もいるのではないか?」
     理路整然と説く悠月。
     カリルはキタハラの手を取り、背伸びをして視線を合わせた。
    「キタハラくんに天むすがあるように、皆さんにも大事なご飯があるのです! 強引に天むすを勧めても笑顔にならないのですよ!」
    「強引に天むすを勧めても笑顔にならない、だと……?」
     問い返してくるキタハラ。
     セレスティはこくん、頷いた。
    「笑顔を呼ぶには、家庭の味が一番だって思いません? 天むすを好きな子にも、自分のお母さんの手作りが食べたい! って子もいると思うのです」
     セレスティはそこで口を閉じる。相手に考える時間を与えるように、黙った。
     翠は目を閉じ想いにふけるような顔をしていた。目を開く。黒の瞳で、キタハラを射抜くように見、
    「大事な『思い出の天むす』を皆さんから奪わないでほしいのです! キタハラさんのお母さまだって、そんなことを望んで天むすを作られたのではないと思うのですよっ」
     キタハラは硬直していた。
    「大事なご飯、家庭の味、母ちゃんの望み……」
     灼滅者の言葉を繰り返すキタハラ。

     キタハラは唐突に首を振る。
    「だ、黙れっ、母ちゃんのことをっ、お、お前たちが語るなっ語るなあっ」
     動揺しつつも、キタハラは跳んだ。「うおおおおおっ」跳び蹴りを放つ。標的は翠。
     翠は顔面に蹴りを受けた。が、翠は踏み止まる。
     キタハラは着地した。
     追撃をしようと腕を上げるキタハラ。翠は彼との距離を一気に詰める。神剣“月待”を一閃。非物質化した刃でキタハラの胴を心ごと、斬る!
    「梓さん、キタハラさんの動きは鈍っています。今のうちに」
     顔を梓に向ける翠。
     梓は心得たで候と、首を縦に。梓は掌を目の高さへ上げ、前へ掲げた。
    「御覚悟を! 天むす発祥の地、三重県千寿から流れるご当地パワー! 貴殿に届け! 天むすビーーーム!」
     手が光る。天ぷら衣の色のビームが発射された。光線がキタハラを貫く。キタハラは膝を地につけた。
     梓は声を張り上げた。
    「貴殿の母君は貴殿を大切に思うからこそ、貴殿にだけ天むすを作ったで候! それすなわち真心!」
     拳を握り、地も震えよとばかり叫び続ける。
    「多量に製造し無差別に食わせるなど、ただの飯テロで候! 料理に込めるべき真心を、思い出すで候!」
     キタハラは膝をついたまま、立ち上がらない。
     ヘキサとシェレスティナはキタハラに歩み寄る。
     ヘキサは力強く問う。
    「思い出せよ、お前は天むすを握ってくれた母親に何を思った? 『一緒に食いたかった』そうじゃねェのか! 誰彼かまわず配ったところで意味はねェ、違うかよ!?」
     シェレスティナは静かに告げた。
    「作るのは沢山じゃなくていいんだ。心を込めて作れば、たった一つで十分なんだよ」
     キタハラは二人を見る。
     数秒経ち、ヘキサは再び唇を動かした。今度は穏やかに、
    「なぁ、今からでも遅くはねェ。自分の母親に届けに行こうぜ、気持ちを篭めたお前の天むすを」
     シェレスティナはヘキサの言葉に頷く。
    「君が作った天むすをお母さんの墓前に供えに行くのが、きっと一番の恩返しだって思うよ」
     手を伸ばすヘキサとシェレスティナ。
     キタハラの瞳が潤み、涙が一滴落ちた。
     キタハラは二人の手へ己を手を差し出しかけ――が、手を引っ込めてしまう。
    「うわああああっ?!」
     叫びながら立ち上がる。闇の衝動と人の心が彼の中でぶつかりあっているのか。

     キタハラは喚き続け、頭を振った。シェレスティナにあてようと。が、動きは鈍い。シェレスティナは半歩横に飛び退き、
    「イリス、魔法を!」
     イリスの力でキタハラを縛らせる。シェレスティナは真紅のクルセイドソードを上段に大きく構えた。振り落す。キタハラの肩と魂を、裂く。
     悲鳴を上げるキタハラの前で、ヘキサは己の指を噛み、血を滴らせる。
    「見せてやるぜ、火兎の牙ァ! ――そのエビ天を食い千切るッ!!」
     ヘキサの脚が白く燃え輝く。その片足を、ヘキサは持ち上げ――キタハラの顎を蹴りぬく! 鈍い音。さらに、足の炎をキタハラに引火させる!
     炎に包まれ、キタハラは倒れた。が――立ち上がる。
    「て、ん、む、すぅ」
     声を絞り出しながら、攻撃を繰り出そうとしている。
     セレスティは彼を見ながら、地面を蹴りバックステップ。白銀に輝く杖を持つ腕、その腕に渾身の力を籠め、
    「行きますよ。フォローお願いします!」
    「了解した。任せておけ」
     セレスティの声に答えたのは悠月。悠月は姿勢を低くし、キタハラの背後に回り込んでいた。悠月は腕を巨大化させる。
     二人は同時に体を動かす。――セレスティの杖と魔力がキタハラの腹にめり込み、悠月の拳がおにぎりの後頭部を打つ。
     キタハラの両膝が折れ曲がり、地面に着いた。体から力が抜ける。二人の連携が彼を戦闘不能にしたのだ。
    「……俺が、間違っていた」
     キタハラの頭から、天むすが消え――男子高校生の彼の素顔がでた。


     キタハラは正気に戻っていた。灼滅者は彼を救えたのだ。キタハラは立ち上がり頭を下げてくる。
    「俺はなんということを……君たちにも申し訳ないことをした!」
     シェレスティナは顔の前で手を振った。
    「シェルたちへの謝罪はいいよ。代わりに――君が覚えてるお母さんの味を、自分の子に託せるよう、今を生きていかなきゃね」
    「今を生きる……」
     梓は頷いた。
    「そのためには、愛やご当地愛に溢れた同志を見つけるのが、良いと思うで候。拙はそんな人物の多い場所を知っているで候。ともに来ないで候?」
     悠月が梓の言葉を補足する。
    「そこは、武蔵坂学園という。キタハラ殿が来られるなら、歓迎しよう」
     梓と悠月は仲間たちと、学園の説明をする。
     キタハラは学園に興味を持ったようだ。
    「……俺は皆に迷惑をかけた。それでも受け入れてくれるなら……ぜひ行ってみたい」
     再び頭を下げてくる。
    「……本当にありがとう」
     その後、事後処理を行いしばらく時間が経過した。
     翠が提案する。
    「キタハラさんの歓迎会で今日を締めくくりませんか? 折角ですから天むすのお店で」
     翠の言葉に、仲間たちが賛成の声を上げる。キタハラの顔にも笑顔が浮かんだ。
     灼滅者は歩き出す。ある者はこれから食べる天むすの味に期待しつつ。ある者は一人の青年を救えた喜びを胸に抱きつつ。

    作者:雪神あゆた 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年4月15日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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