魔人生徒会~スプリング ブレッド カーニバル!

    作者:春風わかな

    ●魔人生徒会の会合
     武蔵坂学園内の某キャンパス某教室。
     その秘密の会議はは関係者のみだけを集めひっそりと行われていた。
    「ふふふ……みんなよく集まってくれたわね」
     ローブで覆われた小柄な身体は謎に包まれている。だが、隠しきれない胸の膨らみからその正体は女性ではないかと窺い知ることができる。
     尊大な態度でゆっくりと場に集う仲間たちを見回すとバンっと勢いよく机を叩いた。
     目深に被ったフードから零れた金髪がひょこひょこと揺れる。
    「春のパ……じゃなかった、ラブ祭り!」
     しーんと静まり返った教室に慌ててコホンと咳払いが響いた。
    「要するに……皆でパンを作るのはどうだろう」
     パンを作って焼いてみるのはもちろんのこと、食パンやロールパンに好きな具を挟んでサンドイッチを作るのも美味しそうで自然と頬が緩む。
    「それに――そろそろ桜も満開だし。お花見にもちょうどいいと思うんだよ」
     満開の桜の下で食べる出来立ての手作りパンはきっと美味しさも格別。
     企画が通ったなら善は急げ。桜が散る前に皆を誘いに行こう――。

    ●手作りパンとお花見と
     食パン、フランスパン、バターロール、クロワッサンにメロンパン。
     マヨネーズとコーンを入れた惣菜パンにたっぷりチーズが美味しいピザパン、ぎっしり餡子が詰まったあんぱんやココア風味のほんのり甘いチョコブレッド。
     ふわりと香ばしい香りが漂う焼き立ての手作りパンとともにお花見をしませんか?

     廊下の掲示板に貼られた一枚のチラシの前で久椚・來未(高校生エクスブレイン・dn0054)はふっと足を止めた。
    「パン、祭り」
     それは、魔人生徒会からのパン作りとお花見のお誘いのチラシ。
     ぼんやりとチラシを眺める來未の姿を見つけた星咲・夢羽(小学生シャドウハンター・dn0134)が何事かと駆け寄ってくる。
    「わぁぁ、みんなでパン作るの!? おもしろそう!」
     嬉しそうに声を弾ませる夢羽のために來未は概要を説明する。
     基本的なパンの作り方は材料を捏ねて、発酵させて、成形させたら焼くだけだ。
     作るパンは自由。各自が食べたいパンを作ることが出来る。
     自分でパンを焼く他に、あらかじめ用意しておいた食パン等を使って好きな具を挟んでサンドイッチを作るのも良いらしい。
     パンを作った後は中庭でお花見をしながら試食会をしようとのこと。
     ちょうど桜は満開。ひらひらと零れる桜を愛でながら焼き立てのパンを頬張る時間は至福の時に違いない。
    「うーん、食べたいのがいっぱいあってまよっちゃうねぇ」
     むむ、と悩む夢羽の足元で霊犬の小梅が心配そうに見上げた。小梅と目があった夢羽は慌てて來未に問う。
    「ね、來未ちゃん。小梅は? 小梅もいっしょにパン作ったりお花見できる?」
    「もちろん」
     こくりと頷く來未にわぁいと夢羽は嬉しそうにくるりと回った。
    「やったぁ! 小梅とお花見! ユメ、小梅がすきなパン作ってあげる!」
     何にしようかとあれこれ相談する夢羽たちを横目に來未は桜色に彩られた中庭に視線を向ける。來未の白いマフラーが窓から吹き込む春のそよ風に煽られ、ふわりとたなびいた。

     ――ねぇ、あなたは、どんなパンを作る?


    ■リプレイ

    ●本日はパン日和
     調理室に集まった灼滅者たちは皆、心に描いた美味しいパンを作るために生地を捏ねる。
    「小梅ちゃんが食べるパンを作るなら、チョコレート入りは駄目だな」
     真面目な顔で告げるメイテノーゼの言葉に夢羽はふんふんと真剣な表情で頷いた。
    「で、どんなパンにする?」
     うーん、としばし考えた後、夢羽はポンと手を叩く。
    「ユメねぇ、ホットドッグ作りたい!」
    「じゃぁ、コッペパンだな」
     塩分は控えめで、というメイテノーゼのアドバイスに夢羽は元気よく返事をし、2人はさっそくパンを作り始めた。

     丁寧に、でも慣れた手つきでパンを捏ねる美夜の手に背後から抱きしめるように優志は自身の手を重ねる。そっと触れた細い指先はヒヤリとしていて心地よい。
    「冷たい手に向いてるパンを作れば良かったんじゃないか?」
     捏ねる作業を手伝う優志の言葉に美夜は間髪入れずに言葉を返した。
    「クロワッサンも好きだけど、今日はふかふかのパンが食べたい気分なの!」
     そうか、と顔を綻ばせる優志からぷいと視線を逸らし、美夜は手際よく形を整えたパンをオーブンの中へ。

    「はぅー、玉葱が……目にっ」
     ポロポロと涙を零す霧湖に奏は落ち着け、と一喝。
    「涙で視えずとも、心の目を研ぎ澄ますんだ!」
    「心眼……わかりました!」
     百舌死すとも玉葱死せず。
     涙を流しながら手さぐりで玉葱を切る奏に並び、霧湖は同じ場所をひたすら切り続ける。
     玉ねぎさえ切ってしまえば後はひじきと混ぜてパンに挟むだけ。
    「今回は切って混ぜるだけだから安全ですね、きっと!」
    「それ、前回もそんなこと言ってたから!」
     不安を煽る霧湖の言葉に奏は怯えずにはいられない。
     それでも、美味しそうなものが食べられるのは、ちょっと楽しみだった。

     ぱぱっと手際よくパンを作るクロエの手元から仄かに桜の香りが広がる。
     ちょこんと塩漬けの山桜の花を飾るクロエの餡パンは桜尽くし。
     一方、漉し餡の餡パンを作り終え、刑一はさっそく二つ目の餡パン作りに取り掛かっていた。
    「けーち、何作ってるですか?」
    「リア充どもに食わせる恐怖の餡パンを作ってるんですよ」
     見れば部屋のあちこちに漂うリア充臭。
     2人はギリリと悔しそうに唇を噛み、パン作りへと意識を戻す。
    「彼らが悶絶するような味に仕上げましょう」
    「あ、山葵には醤油がかかせませんよね」
     恐怖のRB餡パンのお披露目は……それは未来のお話。

     ふっくらと伸びたパン生地の上に並ぶ金型は花や星の形。恵理はその上にまな板を渡すとラップをかけた。
    「さぁ――小梅ちゃん、この板の上を歩いて御覧なさい」
     いいの? と小首を傾げる小梅だったが、恵理に促されるままにトコトコとまな板の上を歩く。
    「小梅、すごーい! 型ぬきできてる!」
     はしゃぐ夢羽の傍らで、紗月はポンと手を叩いた。
    「なるほど……それならトワもいっしょにできますね」
     さっそくパン生地の上に布巾とまな板をのせ、トワと一緒にパンを作る。
     生地が出来たら成形して、後は焼くだけ。
     恵理は來未を手招きするとオーブンを指さした。
    「來未、見ててください? 貴女の竈にパンが溢れますように……」
    「美味しいパンが出来ますように……」
     トワの手を握って紗月もいっしょに祈りを捧げる。
    「どんな、パンが出来るか。楽しみ」
     きっと、美味しいパンが焼きあがるはず――。

    ●焼き立てパンの香りに包まれて
     五樹と一緒にパンが焼きあがるのを待っていた誘薙は金髪の少女に声をかける。
    「こんにちは、夢羽さん。パン作り進んでますか?」
    「誘薙くん……」
     どうしよう、とべたべたの生地を手につけたまま振り返る少女を見て、慌てて誘薙は駆け寄った。
    「大丈夫、僕も手伝いますよ」
     きちんと材料を量って、混ぜて、よく捏ねて。
     生地作りは工作みたいで楽しくて2人のテンションもぐぐっと上がる。
     一緒に頑張ればぐんぐん作業は進んで行って。
    「さぁ、あとは焼くだけですね」
    「ね、誘薙くん、すごくいいにおいがするよ!」
     ――チーン。
     ちょうどその時、誘薙のパンが焼けたことをオーブンが告げた。

     クイニーアマンを作っていた流希は焼き上がったパンを前にオーブンの前で1人途方にくれる。
    「量、できましたねぇ……」
     どうしましょう、と考え込む流希は通りがかった來未にお裾分け。
    「よろしければ、お一ついかがですか?」 
     ありがとう、と礼を告げて來未は出来立てのクイニーアマンをそっと齧れば。
    「おいしい」
     カリカリと甘く香ばしい砂糖に來未は嬉しそうに目を細めた。

     薄くスライスしたフランスパンに生ハムやプチトマト、セロリ等を飾り付ける。
    「わぁ~、きれいだね」
     ふらふらと近寄ってきた夢羽たちに気付き、大地は手招きするとカナッペを差し出した。
    「どうだ、騙されたと思って食べてみると良い」
     ぱくっとパンを齧ればチーズの塩気にプチトマトの仄かな酸味が口に広がる。
    「ユメ、この組み合わせすき~」
     夢羽の喜ぶ顔を見て大地の顔にも笑みが浮かんだ。

    「わぁーい、出来たっ」
     お疲れ様、と互いを労い、ましろと武士はハイタッチ。
     楽しげな女子たちの背後からどれどれ、とサンドイッチを覗き込んだ清和の顔がさっと曇る。だが、少女たちは気づく様子もなく、サンドイッチの皿をずいっと清和の顔の前に差し出した。
    「さぁ、どうぞ、召し上がれ♪」
    「あ、ありがとう、それじゃ、ぶっしーのから……」
     恐る恐る清和は武士が作ったサンドイッチを手に伸ばす。三角形に切られたの白いパンには海苔が巻かれ、パンとパンの隙間からはプチプチとしたピンクの粒が顔を覗かせている。
    「もしかして……これ、タラコ?」
    「当たり~! 元気がいーっぱい詰まっているから、美味しいはずだよ、きっと!」
     清和はぎゅっと目を閉じぱくりとサンドイッチに齧り付いた。
    「どう? どう?」
    「う、うん……個性的な、味、だね」
    「じゃぁ、次はわたしの! ホイップクリームと粒餡を挟んだデザートサンドイッチ♪」
    「清和くん、こっちもどうぞ♪ 定番の鮭だよ~」
    「ちょ、まだ、食べ終わってな……!」
     斬新なサンドイッチを押し込まれ、清和の胃は悲鳴をあげたのだった。

    ●花より団子……ではなくて、パン
     満開の桜が春の風に吹かれてさやさやと音を立てる。咲き誇る見事な桜と澄んだ青空。
     最高のロケーションを満喫しながら【宵空】の皆は作ったパンを披露する。
    「なぁ、見てよ僕が作ったパン!」
     得意気に朔之助が差し出したのは桃色のパン。
    「へぇ、陰条路すごいじゃない!」
     桜色のパンを見て驚きの声をあげる七の横からひょいっと覗き込む葵も意外そうに呟いた。
    「朔のやつ、今回は結構まとも……」
    「おや? あおちゃん、今なんてった?」
    「いや、何でもない」
     笑ってごまかす葵を追求するのをやめ、朔之助は改めてしげしげと桜パンを見つめる。
    「でも、僕はチョコパン作ろうとしてたはずなんだけどなぁ」
     朔之助の言葉に七の顔がさっと曇った。
    「……あたしは何も聞かなかったわ」
    「みんな、上手だね」
     サクサクの塩クロワッサンを美味しそうに頬張る嵐に視線を向け、要はふわりと笑みを浮かべた。
    「俺も、一応調整はしたんだけど、その、パンにならなくって……」
     流れてなくなっちゃった、と小さな声で呟いた時、嵐が苦しそうに呻き声をあげる。
    「っ、し、しぬしぬ……」
    「嵐ちゃん、大丈夫か!」
     慌てて朔之助が背中を叩き、さっと要が桜茶を差し出し事なきを得た。
    「俺もパン作ってきたが、なんか……」
     司が差し出した黒焦げの何かを嵐はじっと見つめる。
    「風間のは……ココアパン?」
     首を傾げる嵐だったが、ココアの香りは特にしない。
    「うん、まぁ、春だからね……」
     慈悲深い眼差しで司の黒焦げパンを見つめる要の台詞に一同は深く頷いた。
    「無理に食べなくても冷蔵庫の中に入れておけば脱臭効果があるわよ」
     櫂の言葉に司は不満そうな声をあげる。
    「おいおい、これだってさくさくで美味しいし、炭のアクセントが絶妙で……って、こら! 聞けーい!」
     生温い視線を向ける仲間たちを見て声を張り上げる司に冬崖がすっと右手を差し出した。
    「ほら、俺のベーグルと交換しろっつーの、ソレ食うから」
     黒焦げパンを半ば強引に奪うと冬崖はポイっと口に放り込む。
     想像していたが、やはり苦い――。
    「お茶、飲む?」
     冬崖は櫂から桜茶を受け取るとぐっと飲みほし無理やり胃へと流し込んだ。
    「……うん。美味しいものの中にこうね、いろいろアジが混ざってていいんじゃないかしら」
     ヨイソラらしくて、と笑う七にふふ、と櫂も笑みを浮かべる。
    「パンが流れてなくなったり、色が変わったり不思議なことがあるのも、きっと春のせいね」
    「春だから、でだいたい何でも納得できる季節だからねぇ」
     桜茶を手にほっと一息ついた要は冬崖と並んで桜を見上げる。
     青空に浮かぶ薄桃色の花びらが風に吹かれて大きくその枝を揺らせばゆっくりと花びらが降ってきて。
     いつもと変わらぬ【宵空】の仲間たちを眺め、葵はしみじみと呟いた。
    「――春っていいものだな」

     春色の大きなレジャーシートが広げられたのは満開の桜の樹の下。
    「みんなで『せーの』でお披露目しよっか……」
     百舌鳥の提案に楓夏も紅樹も笑顔で頷く。
    「「「せーの……っ!」」」
     一斉に差し出した3種のパンはどれも美味しそうでわぁ、と気づかぬうちに声があがった。
    「哭神先輩のトースト、ふわふわで表面はカリっとしてて……粒あんとの組み合わせもいいですね」
     ぱくりとトーストを齧る紅樹の横では楓夏が幸せそうにベーグルを頬張って。
    「クリームチーズが合いますね……さすがおススメ」
    「海神さんのパン、もしかして禅君の肉球? かわいい……」
     ぷにぷにと肉球パンを突く百舌鳥に楓夏が笑顔で頷く。
    「はい、禅君と一緒に作りました♪」
    「禅くんも!? すごいですね」
     紅樹に褒められ得意気にピンと伸ばした髭を揺らす禅の頭を楓夏は優しく撫でた。
    「そうだ、乾杯、しようか……」
     ひらひらと桜の雨が降り注ぐ中、3人のカップがカチャリと音を立てる。
     ――それは、また一緒に出掛けようという約束の代わり。

    ●花吹雪は碧空に舞う
     ごろんと横になって空を仰ぐ。雲一つない空に舞う薄桃色の花びらがとても綺麗で織兎は嬉しそうに目を細めた。
    「どけ、シートひくぞ」
     場所を空けるようにキィンに促され、織兎はごろごろと転がってゆく。
    「俺、パン作りは張り切ったんだよ!」
     ほら、とうずらが並べるサンドイッチは具材たっぷりボリューム満点の気合の入った一品。
    「おぉー、パンいっぱいか! パン祭りだな!」
     織兎はガバリと元気よく飛び起きるとさっそくサンドイッチへ手を伸ばした。
    「見た目の凝りようにも恐れ入るが……うまいな」
     いくらでも食えるぞ、と勧められるままにサンドイッチを頬張るキィンを見てうずらは満足そうに何度も頷く。
    「いいよ、いいよ。どんどん食べて!」
    「料理長、ミルクなら飲めるかの?」
     ルティカが差し出したミルクを料理長は一舐め。
    『!』
     目を輝かせる料理長にうずらは声をかけた。
    「料理長、ミルク気に入った?」
    「そうかえ、心行くまで飲むが良いぞ」
    「いいな~、まーまれーどはちょっと待機な」
     相棒の背を優しく撫でた織兎はどれにしようかと迷ったのも一瞬のことで。
    「キィンくんのサンドイッチももらうぞ~!」
     ルティカが用意したお茶をお供にたくさんあったはずのサンドイッチも気づけばみんなのお腹の中。
    「――ほんに今日は佳き日であるな」
     ルティカの言葉に一同は笑顔で頷いた。

     中庭のベンチに腰掛け、通は大好きな恋人と一緒に頭上の桜を見上げる。
    「――」
     春実の言葉は桜の枝を揺らす春風にかき消されたが、通にだけはしっかりと届いた。
     通は柔らかな笑みを浮かべ、そっと春実の手に自身の手を重ね口を開く。
    「大丈夫、僕は春実さんを残していったりは絶対にしないよ」
     2人交わした約束は、きっと春が来るたびに思い出す――。

     桜の下で道家と藍花は互いのために作ったパンを交換コ。
     藍花の作ったミッチーパンを受け取り喜ぶ道家だったが。
    「ボクがボクを食べる!?」
     ハっと気づき思わずパンを同じ顔をしたり、真剣な顔で見つめてみたり。
     一方の藍花はペンギンパンをじっと見つめたまま動かない。
    「可愛らしくて……食べるのが勿体ないです……」
     美味しそうなのに、という呟きを聞けば道家がさらりと言葉を返した。
    「また作ってあげるYO☆ 可愛い藍花のためならいつだってOKさ♪」
     ビハインドも一緒に満開の桜の下でパンを食べる。
     3人で過ごすこの一時は、また格別なもの――。

    「なァユウリ、俺のちょっと食ってみるか?」
    「え、いいの? 有難う……!」
     桜のジャムパンを差し出す錠に言われるがまま、結理は口を開けた。
     パンを一口齧れば口の中に広がる優しい味と仄かな桜の香り。
     そして、目の前に広がる薄桃の花に結理の口元にも笑みが浮かぶ。
    「あ、僕のパンも食べる?」
     やった、と喜びジョーはあーんと口を開けた。
    「……やっぱ、俺は花よりも食い物よりも、やっぱユウリなのかもな」
     思わず口に出た言葉に、はっと慌てて錠はぱっと口元を押さえた。
     だが、結理はいつもと変わらぬ調子で錠の名を呼ぶ。
    「大学生としての春も一緒に迎えられて良かった」
     ――春も、夏も、秋も、冬も。ずっとずっと、一緒にいよう。

     マヨタマではないタマゴサンドを見るのが初めてというエリアルは千代が作ったサンドイッチを手に取ると興味深そうにまじまじと眺めた。
    「これが噂の厚焼きタマゴサンド……!」
    「上手くふわっと焼けてるか、ちょっと微妙だけど……」
     心配そうにエリアルの様子を伺う千代だったが、一口齧ったエリアルの顔が輝くのを見てほっと胸を撫で下ろす。
    「うん、これはいいね、おいしい。もっと自信を持って良いと思うよ」
    「よかった! エリアル君がそう言ってくれるなら自信でた!」
     ひらひらと桜の花びらが舞う中で食べるパンはいつも以上に美味しく思えて。
    「千代お嬢様、紅茶をどうぞ」
    「わー! て、照れるなぁ……」
     ――今日は、ありがとう。
     紅茶のカップを手に2人にこりと微笑んだ。

    「美術学部へよーこそー!」
     民子の発声で美術学部1・2年生合同の新歓サンドイッチ会が幕を開けた。
    「せっかくだから各々の専攻とか、興味あることを話せばいいんじゃないかな」
     そんな民子自身は壁紙を使った造形と空間をやっているという。
     民子に促され、最初に口を開いたのは供助。
    「俺は染織を勉強する予定です」
     もともと編み物とか刺繍をよくやっていた供助にとって、使う糸、繊維や染めへと興味が広がっていくのにそう時間はかからなかった。
    「私の専攻はこれですね」
     佐祐理が見せたのはクラシックカメラ。
    「元々は『病院』にいた時の仲間のものでしたけど、持ってるうちに自分でも使ってみたくなって、きちんと学ぼうと思ったのが切欠ですね」
     佐祐理は愛おしそうにカメラをそっと撫でる。
    「ねーねー作品の写真とかある? 見たいみたい!」
     眼鏡の奥のピンク色の瞳を輝かせ煉火が身を乗り出した。
     煉火に促され、佐祐理は手元にあった季節の花を映した写真を取り出す。
    「写真なら俺もあるぜ。見るか?」
     そう言って有杜が差し出した写真に写っていたのは様々なオブジェ。
    「俺の専攻は陶芸。っても作るのは見ての通りオブジェがメインだな」
     作品のコンセプトは、目に見えないユメやココロを触れたり感じたり出来るモノやカタチにすること――。そう語る有杜の言葉に一番熱心に頷いたのが龍一朗だった。
    「俺は彫刻を専攻していて将来は仏像の修復師を目指している」
    「へぇ、俺、彫刻もやってるぜ」
     嬉しそうに声を弾ませる有杜に龍一朗は静かに頷くと、落ち着いた声で仏像への想いを語る。
    「仏像というのは歴史の集合体であり想いの結晶だ。だから、俺は代々受け継がれてきたその歴史を次の時代まで留める職人になりたいと思っている」
    「ふむ――創作活動を親しむ者が一堂に会するのは面白いな」
     なかなかない機会だし、と顔を綻ばせる煉火は傍らで静菜もにこりと笑みを浮かべて頷いた。
    「皆さんの好きな分野のお話が聞けて楽しいですね」
    「結島くんの専攻は日本画だっけ」
    「ええ、歴代作品を解析しながら、画材には拘らず描いてます」
     自然モチーフに最近は図像なんかも学び始めたという静菜はサンドイッチを食べることも忘れ、日本画の魅力を語る。
    「特に一枚絵の中に気持ちや物語を織り込んでいくのが楽しいですよ」
    「いいねぇ、僕の将来の夢はファッションデザイナーなんだ。だから、テキスタイルやグラフィックデザイン等を幅広く学ぼうと思ってるよ」
    「みなさん分野こそ違えど、作品をつくりあげるという意味では仲間ですね」
     佐祐理の言葉に一同が深く頷いた。同じ学部でもみんなやることバラバラで聞いてるだけで興味が湧く。
    「お互いの勉強してるところが繋がったり、刺激になればいいな」
     供助の言葉に民子が頷いた。
    「専門分野だから人数増えただけの広がり出来るし、これから楽しみ!」
     新たな仲間を迎え、新しい春は、今、始まったばかり。

     薄桃色の花びらが蒼い空に舞い散る様を目に焼き付けて。
     また、次の年も、その次の年も。
     かけがえのない仲間や愛しい人とともに春を迎えることができますように――。

    作者:春風わかな 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年4月18日
    難度:簡単
    参加:45人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 11/キャラが大事にされていた 2
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