黄昏時の炎獣

    作者:波多野志郎

     夕暮れ、世界が赤く赤く染まっていく。その赤い世界に、なお燃え上がる赤があった。のっしのっしと歩く、巨大な熊のような獣だ。その体長は六メートル近く。その頭に純白の一本角を生やした獣は、その見た目通り一歩一歩を確実に、地響きをさせて進んでいく。
    『グル……』
     鮮やかな赤い毛並みから、花びらのように火の粉が舞い散った。それは、言わば噴火寸前のマグマに形を与えたようなものだ。破壊と殺戮、その衝動を巨体に秘めた炎の獣は、ゆっくりと下っていく。
     その秘められた力がどれほどの破壊と殺戮を生むのか、それを証明するのはもう少し先の事だった……。


    「そのまま、峠道の道の駅にたどり着いて大暴れするんすよ」
     そうなれば、どれほどの被害になるか――それは、湾野・翠織(中学生エクスブレイン・dn0039)と厳しい表情から窺い知れた。
     今回、翠織が察知したのはダークネス、イフリートの存在だ。
    「とある山奥をテリトリーにしていたイフリートが、気まぐれで足を伸ばしたってだけの話なんすけどね?」
     しかし、理性もなく破壊と殺戮の衝動のままに暴れるのがイフリートだ。その気まぐれが運が悪ければ、大きな被害を巻き起こしてしまうのだ。
    「そうなる前に、このイフリートを対処して欲しいんすよ」
     イフリートが進むルートは、わかっている。翠織はサインペンで一本の真っ直ぐな線を引くと、その線の一箇所にキューと丸をした。
    「ここはちょうど伐採が行なわれて木材が置かれる空き地になってるんす。ここでなら、平地だから真っ向勝負が行なえるっす。時間は黄昏時っすね、長時間戦う事を考えたら、光源の用意はしておいた方が無難っす」
     相手は一体、イフリートだ。その巨体ながら、直線に関してはかなりの速度で襲ってくる。加えて、耐久力と攻撃力も高いのが特徴だ。
    「へたに障害物の多い森で戦うより、平地の方が連携しやすい相手っす。こちらが全員で力を合わせて対抗できる、互角以上に持っていくには数の利を活かした役割分担と連携が必要っす」
     その点に関しては、みんなにかかっている。ここに集まった者の最善の作戦と連携があるだろう。
    「何にせよ、それこそ事故……災害みたいな相手っす。防ぐ事が出来るなら、犠牲者を出さずにすむようにしっかりと対処をお願いするっす」


    参加者
    江良手・八重華(コープスラダーメイカー・d00337)
    小碓・八雲(鏖殺の凶鳥・d01991)
    深火神・六花(火防女・d04775)
    早乙女・仁紅丸(炎の緋卍・d06095)
    フランキスカ・ハルベルト(フラムシュヴァリエ・d07509)
    月村・アヅマ(風刃・d13869)
    鹿島・悠(赤にして黒のキュウビ・d21071)
    フェリシタス・ロカ(ティータ・d21782)

    ■リプレイ


     夕暮れ、世界が赤く赤く染まっていく。
    「大神。炎神。群にて炎邪金神を狩る、我等に御加護を……!」
     木材が置かれる空き地、深火神・六花(火防女・d04775)は瞑目して一心に祈念していた。目を閉じていても、その強い気配は感じられる――夕暮れよりもなお赤き炎を遠目に見て、江良手・八重華(コープスラダーメイカー・d00337)は淡々と言い捨てる。
    「奴はただの獣、悪意はなく衝動に従事しているだけだ。故に真っ直ぐに破壊しに来る。楽なハンティングでは済まなそうだな」
    「気まぐれなイフリートですか……被害を出さぬよう心引き締めて参ります」
     早乙女・仁紅丸(炎の緋卍・d06095)もまた、呼吸を整え身構えた。ズン、ズン……! と地響きは、ゆっくりと近付いてきている。体長は六メートル近く。その頭に純白の一本角を生やした巨大な熊のような獣は、ただ悠然と近づいてくるのみだ。
    「腹を空かせた冬眠明けの熊じゃあるまいし、気まぐれで人里まで降りてこなければ、お互い殺し合いになる必要もないんだけどな……」
     小碓・八雲(鏖殺の凶鳥・d01991)は、そう言い捨てる。明確な厄介事だ、しかし見逃せば失われる命がある――八雲は、それを見逃せない性分だった。
    「耐久力・攻撃力共に申し分ない上にスピードも、ですか……色々なタイプは居るなのです、ね」
    「……なかなか、喋る宿敵とは出会えないっていうのは贅沢な悩みかもね。とんでもない破壊力らしいけど……これもまた試金石だ」
     フェリシタス・ロカ(ティータ・d21782)の呟きに、鹿島・悠(赤にして黒のキュウビ・d21071)も言い捨てる。どこまで耐えられるか、闘えるか、悠にとってはまたとない試しの相手だ。
    「貴様の歩みはここが終着。獣よ、お相手願おうか」
     夕刻の薄闇の中、フランキスカ・ハルベルト(フラムシュヴァリエ・d07509)は右手を掲げ、ESPクリエイトファイアによって炎をこぼした。それを獣――イフリートも気付いたのだろう、地面を強く蹴った。
    「ここから先は、通行止めだよ……なんて、それで止まってくれる様な相手じゃないよな。そもそも言葉が通じてるのかも怪しいし」
    『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
     月村・アヅマ(風刃・d13869)の軽口が、イフリートの咆哮に掻き消される。瞬く間に駆けてくるイフリートの圧力を肌で感じて、六花は拍手を一つ、凛と唱えた。
    「炎神! 輪壊!! 天敵と覚えよ、炎邪金神……!」
     戦闘体勢を整えた灼滅者達へと、イフリートは加速した速度のまま一本角の地面へと突き立て――ゴパァ!! と衝撃が、地面を砕いた。


     イフリートの大震撃が、地面を砕く――その威力に、アヅマは目を細めた。
    (「ってか話には聞いてたけど、思ってたよりデカいし、しかも速い……これは一撃でもまともに喰らうとヤバそうだな……!」)
     ダン! とアヅマがダブルジャンプで空中を蹴る。イフリートがそれに上を見上げた瞬間だ。
    「久当流……封の太刀、撃鉄!」
     視線が外れた、その刹那にノーモーションで八雲がイフリートの懐へと潜り込んでいた。振り上げていた荒神切 「天業灼雷」を、茎に刻まれた「雷火以闇灼剣也」の理念のごとく、雷火のごとく振り下ろした。切り裂かれたイフリートの背へと、アヅマの跳び蹴りが叩き込まれる!
    「――ッ!?」
     しかし、アヅマとスターゲイザーの重圧ごと、イフリートは構わず駆け出した。熊は100メートルを6秒台で走ると言われている――これは、狼さえ超える速度だ。一気に置いていかれたアヅマは空中で身を捻り着地、八雲も逆らわず横へと跳んだ。
    「ボーラでどうにか出来る相手じゃないね」
     悠の視線を受けて、ビハインドの十字架が動く。ドォッ、と霊障波が炸裂、そこへ悠が破邪の白光を宿した剣を振り払った。しかし、悠のクルセイドスラッシュにもイフリートは構わない。ガガガガガガガガガガ! と地面を削りながら急停止するとUターン、再び灼滅者達へと突進した。
    「させないよッ!」
     ギュオッ! と仁紅丸の掻き鳴らしたバオレンスギターの音色が衝撃となる。仁紅丸のソニックビートにイフリートは止まらず――立ち塞がった八重華へと駆けた。
    「通行止めだ。どうしてもというなら、踏み越えていくがいい」
    『グロ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
     イフリートが全身に炎をまとって、加速する。八重華は帽子を押さえ軽くステップを刻むと――姿を消した。
    『グル!?』
     姿を消した、そう見えるほど見事に八重華は死角へと回り込んだのだ。刀を引き抜き、イフリートの前脚を切り裂いた――黒死斬だ。
     これで、止まるイフリートではない。しかし、わずかに速度が落ちた。その間隙を、フェリシタスは見逃さなかった。
    「アンタの事、ちゃんと食べてアゲるから安心して?」
     駆けたフェリシタスのクルセイドスラッシュの斬撃が、イフリートを斬る。その刃から伝わる手応えに、フェリシタスは微笑んだ。
    (「ああ、何て――!」)
     刃すら防がんとする硬い体毛、厚い脂肪、硬い肉、それらを支える骨格――フェリシタスにとっては、まさに極上の肉のような存在だ。
    『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
     強引に体を捻り、イフリートは前脚でフェリシタスを殴りつけようとした。しかし、反応させしない――イフリートの背後へと、フランキスカが回り込んでいたからだ。
    「余所見とは小癪。こちらだ、獣よ!」
     その声に、イフリートが反応する。その反応を待った上で、フランキスカは堂々と二刀を振り払い、切り裂いた。
    「緋焔、灼き祓え!」
     そこへ、六花が踏み込む。緋焔刀「初芽(うぶめ)」の緋刃に炎を宿し斬りかかった。六花のレーヴァテインに斬り払われて、イフリートは地面を転がる。しかし、すぐさま起き上がったイフリートはゴォ! と自身の周囲に炎を吹き上がらせた。
    『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
     その炎が広がり、翼となる――イフリートの龍翼飛翔が、灼滅者達を薙ぎ払った。


     夕日が暮れていく最中、戦いは激しさを増していく。
    「獣は夜目が効くが……お前はどうだろうな」
     構える八重華に、イフリートは真っ直ぐに突っ込んだ。単純な動き、しかし、その巨体に小細工など必要ないのだ。振り下ろされる丸太のような前脚に合わせ、八重華は雲耀剣を放った。
    「獣故の真っ直ぐな暴力性。厄介だな」
     攻撃をした自分が動く事を強いられる、このイフリートはそういう相手だ。攻撃を受けても無視して突っ込んでくるイフリートに、八重華は横へ跳んだ。
    「そうだ、来い」
     進行上にいたのは、フランキスカだ。舞うようにステップを刻み、イフリートをいなすとイフリートは急激に方向転換――その刹那を狙って、ダブルジャンプで迫ったフランキスカが大上段に斬撃を放った。
    「その牙爪、折り砕く!」
     ガガッ! と火花を散らす爪。直後、イフリートはその口から吐き出した炎の奔流を灼滅者達へと叩き付けた――バニシングフレアだ。
    「闇祓、追い詰める……」
     その炎の中をクリエイトファイアでこぼした炎の軌跡を描いて、六花が跳躍する。そのまま、王牙焔「獅王争覇(ししおう)」を炎で包み後ろ回し蹴りを叩き込んだ。
    「王焔、咬み砕く!」
     しかし、重量差は明白だ。イフリートが六花を吹き飛ばそうとした瞬間、八雲は縮地でイフリートの足元へと滑り込んだ。
    「久当流……始の太刀、刃星ッ!」
     ヒュガガガ! と荒神切 「天業灼雷」とノイエ・カラドボルグの二刀が瞬時に五度の斬撃、五芒星の剣閃を描き放たれた。イフリートは足を切り裂かれ、ガクリと体勢を崩す――そこへ、アヅマが駆け込んだ。
    「――ォオオオオオオオッ!!」
     振りかぶった右腕を異形の怪腕、勢いをつけた横殴りの鬼神変がイフリートの巨体を吹き飛ばした。
    「鹿島君!!」
    「了解、アヅマさん!」
     呼ばれ、悠が跳躍する。地面を転がるイフリートを押し潰すような蹴り、スターゲイザーの重圧が地面に亀裂を走らせ、十字架が霊撃を叩き込んだ。
    『グ、ロ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――ッ』
    「もう一つ、オマケをあげる」
     起き上がろうとしたイフリート、その顎をフェリシタスは燃える爪先で蹴り上げる。弧を描く蹴りの軌跡、ムーンサルトキックを放ったフェリシタスはそのまま着地した。
    「今の内に――!」
     仁紅丸は逆手で解体ナイフを引き抜くと、夜霧隠れを展開させる。その中へと、イフリートは猛然と疾走した。
    (「一撃一撃が、すごく重い」)
     最後衛から仁紅丸は戦況を見詰め、息を飲む。その攻撃力、耐久力はイフリートの巨体に相応しいものがあった。加え、その突進力と方向転換の素早さには目を見張るものがある。縦横無尽に駆け回るイフリートを灼滅者達は全力で包囲し、追い込んでいった。
     ほんの一手の遅れが、こちらを瓦解に導く――だからこそ、慎重な戦いが求められた。持久戦となった戦いは、日が暮れ夜の闇が周囲を包んでも無数の光源が照らし出す中で行なわれ続け――。
    「――させないよ!」
     その爪に炎を宿したイフリートが、庇った悠を吹き飛ばした。全身を粉々にするような衝撃――そのまま地面に叩き付けられる寸前、凌駕した悠がガッと踏みとどまった。
    「オレを――舐めんじゃねぇ!!」
     ゴォ! と燃える悠の前蹴りがイフリートをのけぞらせ、その顔面を十字架の霊障波が捉える。グラリ、と大きく体勢を崩したイフリートに、悠は吼えた。
    「今だ、畳み掛けろ!!」
    「ええ、そろそろ下拵えはいいでしょ」
     ザッ! とそこへ滑り込んだのはフェリシタスだ。
    「余所見しちゃダメよ?」
     イフリートが振り返るよりも速い、蹴りによる払い――フェリシタスの黒死斬がイフリートの足を刈り、宙へと浮かせた。そして、ダブルジャンプで横から回り込んだアヅマが、呪装棍【天津甕星】を下段から振り上げる!
    「吹き飛べ!」
     まさに、天へと昇る星がごとく放たれたフォースブレイクの衝撃が、イフリートを夜空へと跳ね上げた。その宙に浮かぶ巨体へ、仁紅丸が跳び越す。
    「ここ、だ!」
     狙いをすました跳び蹴り、仁紅丸のご当地キックがイフリートを地面へと叩き付けた。バキバキバキ!! と亀裂が走り砕ける地面、強引に立ち上がろうとしたイフリートが、咆哮する。
    『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
     そこへ、ふっと八雲が疾走した。無拍子からの天業灼雷とノイエ・カラドボルグに影を宿した十字の斬撃が、イフリートを斬り刻んだ。
    「久当流……外式、禍津日ッ!」
     ゴボ、と十字の傷口から炎がこぼれる。イフリートは、それでもなお己を炎に包んで、疾走した。
    「炎邪金神! 炎神大神の御名にて、貴様を灼き祓う!!」
     六花が獅王争覇で加速――そして、それに合わせてフランキスカと八重華もまた駆けた。
    『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
     イフリートの炎をともなう突進を、フランキスカはダブルジャンプを用いて空中からイフリートの背に二刀を突き立てた。イフリートの炎を眼前にして、フランキスカは告げる!
    「祓魔の騎士・ハルベルトの名に於いて汝を討つ。灰燼へと帰するが良い!」
     イフリートが、それを振り切るよりも早く――刹那に、八重華の刃が大上段から放たれた。
    「自慢の角、貰っていくぞ」
    「炎血煉獄陣・連(つらね)……!!」
     純白の一本角が、太い左前脚が、斬り飛ばされて宙を舞う――そして、イフリートの巨体が劫火に飲み込まれ、燃え尽きた。
    「来世在らば、次は和魂に生らん事を……」
     振るった刃を鞘に納めて拍手を一つ、六花は夜の暗闇の中で一心に祈念した……。


    「悪いな……、気まぐれで人死の出る災害を起こされちゃ堪らないんだ。大地に還れ、イフリート」
     燃え尽きた痕跡の残さなかったイフリートへ、八雲は呟いた。大きなため息が仲間達からこぼれる――神経をすり減らせる、そういう激闘だった。
    「お疲れさま、なのです」
     戦っていた時とは打って変わったフェリシタスの労いの言葉に、ようやくいくつかの笑みがこぼれる。あのイフリートがもしも人里にまでたどり着いていたら……戦った後だからこそ、リアルに想像出来る。多くの犠牲を、防ぐ事が出来たのだ、と。
    「……それでも」
     仁紅丸は、黙祷を捧げた。あのイフリートが、どの様な経緯で闇へと堕ちたのか? 今となっては知る由もない。だが、明日は我が身と思い倒した相手に仁紅丸は弔いの祈りを捧げた。
     長い時間では、ない。しかし、真摯な祈りだ。灼滅者である限り、あの恐ろしい獣と同じ闇は、彼等の中に眠っているのだから……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年4月15日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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