せんべいだけじゃないのよん? 草加浴衣怪人!

     埼玉県は草加市の、とある衣料品店。
     うら若い女性が、試着室のカーテンを開けると、
    「きゃああああ!?」
     先客がいた。
     浴衣姿の女性。しかし、全身から漂う違和感。
     よく見ると……オネエだった。
    「ねぇお姉さん、そんなコーデじゃモテないわよ? それより、アタシの浴衣、着てくれなぁい?」
    「はあ? 浴衣? 今? っていうか、さっさと出てってよ!」
    「そう言わずに、ここはアタシの……じゃなくて、草加市のためだと思って!」
     浴衣オネエは女性の服に手をかけると、無理矢理脱がせ始めた。
     何という暴虐。
     ……かと思いきや、代わりに浴衣を着せていく。てきぱきと。
    「ほぉら、お似合いよぉん? ……って、あら?」
     オネエの足元で、女性が目を回していた。荒っぽい着付けのせいだった。
    「まあいいわ。この調子で世界を浴衣だらけにしていくわよぉん♪」
     浴衣オネエは、うきうきと試着室を飛び出したのだった。

    「今回皆さんへ依頼したいのは、草加浴衣怪人の灼滅です」
     野々宮・迷宵(中学生エクスブレイン・dn0203)の始めた説明に、多鴨戸・千幻(超人幻想・d19776)が顔をしかめた。
    「草加市にも何かいるんじゃねえかと思ってたが、ホントに出るとはな。しかも浴衣とか」
     ご当地名産や伝統は奥が深い。千幻は思わず感心した。
     この草加浴衣怪人は、草加市の特産品である浴衣で世界を支配しようと企み、人々に浴衣を着せてくるという。
    「問題は、元々着ていた服を脱がせてしまう事。そして着付けが済む頃には、一般人の体はボロボロになってしまうという事です」
    「どんな馬鹿力だよオネエ……」
     スペック上は男である。そもそもダークネスだし。
    「怪人の出現ポイントは、草加市の衣料品店の試着室です。試着室の中は狭いですから、誰か1人が囮となるしかないでしょう」
     男女には特別こだわらないようだ。
     ちなみに、浴衣や野望にケチをつけられると、思わず男口調が出てしまうらしい。
     そして攻撃は、ご当地ヒーローのサイキックを使う他、脱がしテクを応用し、服破りの効果を持つ攻撃を繰り出してくる。もちろん、灼滅者の防具は脱がされないので安心してほしい。
     ポジションはキャスター。前衛でも後衛でもなく、中衛。ここにもオネエらしさが。
    「怪人の頭は浴衣の事ばかりで、人間を着せ替え人形としか思っていません。何とか止めてください」
     そう頼む迷宵もまた、浴衣姿であった。


    参加者
    佐藤・志織(大学生魔法使い・d03621)
    黒木・摩那(昏黒の悪夢・d04566)
    大豆生田・博士(凡事徹底・d19575)
    多鴨戸・千幻(超人幻想・d19776)
    鳥辺野・祝(架空線・d23681)
    仮夢乃・蛍姫(小さな夢のお姫様・d27171)
    ディエゴ・コルテス(未だ見果てぬ黄金郷・d28617)
    サイレン・エイティーン(嘘月トリックスター・d33414)

    ■リプレイ

    ●浴衣でオネエでご当地怪人
     閉店間際を狙い、灼滅者達が店を訪れる。
    「お客様、どのような服をお探しですか?」
    「わりぃな。今日は早めに店じまいだ」
    「……え?」
     多鴨戸・千幻(超人幻想・d19776)と目が合った途端、店員さんの笑顔が硬直した。
    「はいごめんな、ちょっと貸し切り!」
    「悪ィが、ここは俺たちがこれから使うんでな。ちと、外に出てくれ」
     鳥辺野・祝(架空線・d23681)や、ディエゴ・コルテス(未だ見果てぬ黄金郷・d28617)によって店内の人々が、無力化、あるいはトリコにされていく。
    「さあ皆さん、出口はこちらですよ?」
     一般人の避難を手伝うのは、佐藤・志織(大学生魔法使い・d03621)。
     黒木・摩那(昏黒の悪夢・d04566)が『本日は閉店しました』の看板を外に立ててきたから、これ以上客が入って来る事もないだろう。
    「店から遠く離れて、その場で動かないようにしとくんだべ」
     自動ドアをくぐり抜けていく人々の背中を見送る、大豆生田・博士(凡事徹底・d19575)。
    「にしても草加って、せんべえだけじゃなく浴衣もあったとは、地方の名産は奥が深けえなぁ」
    「私も知らなかったわ。草加と言えば、やっぱりせんべいだものね」
    「だべ?」
     激辛せんべいの歯応えと辛子の風味を思い出す摩那。
    「まあ、怪人もそれが不満でこんな事してるんでしょうけど。このままだと怪我人が増えるばかりだわ」
    「そうそう! 浴衣自体は良い物だろうけど、こんなんじゃ嫌われちゃうよね! ここはぼくらで楽しくハッピーエンドにしてあげよっか!」
     一般人が店内からいなくなったのを確かめて、サイレン・エイティーン(嘘月トリックスター・d33414)は小さな蛇に変身。作戦開始だ。
    「それじゃ、わたしの出番だね!」
     皆が身をひそめると、仮夢乃・蛍姫(小さな夢のお姫様・d27171)が服を選び始める。浴衣怪人をおびき出すために。
    「どうした千幻、顔がこえェぞ」
     ディエゴの言う通り、様子をうかがう千幻の表情は、複雑だ。
    「試着室って少し苦手なんだ……。もたつくと誰かに迷惑かけてる気分になっし……」
     皆が隠れて見守る中、好みの青色を見繕うと、試着室に入る蛍姫。
    「あれ?」
     しかし、怪人は見あたらない。
    「この試着室汚れてて嫌だなー。あっ、ここのはカーテンが破れてる……」
     それらしい理由を付けて、次へ向かう。
     そして、3つ目のカーテンを開いた時だった。
    「ねーえ、浴衣、着てくれない?」
     オネエ……もとい、草加浴衣怪人が待っていた。

    ●オネエなら入ってきても……よくない
    「そんな服より、アナタには草加浴衣の方が絶対似合うわよん?」
    「ホント? あ、この柄かわいい! けど色が嫌だな、別の色無いの?」
    「任せてちょうだい♪」
     すると浴衣怪人は、ひょいひょいと手品のように浴衣を取り出す。
    「色はもちろん、サイズも色々取り揃えてあるから安心してねん♪」
    「さすが浴衣怪人っ! えっと、どれが私に似合うと思う?」
    「そうねえ」
     怪人の目が、すっ、と細められた。
    「まずは、今着ている服を脱いでから……ぶふぉっ!?」
     野太い声とともに怪人が仰け反った。
     不意を打ったのは、祝だった。人の姿に戻ったサイレンがカーテンを引いた瞬間、怪人に斬り付けたのである。
    「いきなり何すんのよう、痛いじゃない!」
    「あのな、浴衣を着るには時季が合わなすぎじゃねえか? こないだ雪が降ったばっかだぞ」
    「やだー、浴衣なんてダッサイ。季節感も無いなんてサイテー」
     千幻や志織の物言いに、怪人が顔を赤くする。
    「何言ってんのよ! 流行に左右されてコロコロ服装変えるよりずっといいわ」
    「だからって脱がせるのはなしだよ! さぁ、やるわよっ!」
     気合を入れ、神聖蔦の帯を手に取る蛍姫。
     怪人も、手をわきわきさせ、臨戦態勢。
    「アナタ達の洋服……アタシが脱がしてあげるわん!」
    「突然身ぐるみ剥いで……なんて、荒っぽいやり方ね」
     試着室を飛び出す怪人を、摩那が槍で迎え撃つ。
    「浴衣を着ないアナタ達がいけないんじゃないのよぉ!」
    「そりゃ浴衣は良いモノかもしれねェがよ。毎日着るようなモンでもねェだろ」
     ディエゴの黄金に輝く槍が、怪人を貫く。返ってくるのは、割と厚い筋肉の手応え。
     そこを博士がライフルで狙い撃つが、
    「なんちゅう帯だべか!?」
     こともあろうに、怪人は浴衣の帯でそれを弾く。
     しかし、帯の使い方なら蛍姫も負けてはいない。
    「一気にきめちゃうからねっ!」
     手を水平に振り、ベルトを振るう。植物の蔦にも似たそれは、淡い緑の軌跡を描き、怪人の体を打つ。
    「ファッションの押し付けは母親だけに許された権利なんだからな! ……それもそれでありがた迷惑ではあっけども」
     千幻が怪人をかわしつつ、蹴りを見舞う。床を転がったところに、霊犬のさんぽが切りかかる。だが、
    「さっきから黙って聞いてりゃ、浴衣なめてんのか、ああん!?」
     怪人が豹変した。『男』丸出しになっていた。
    「テメエらは黙って草加浴衣着ときゃいいんだよ!」
    「ねぇ怪人さん!」
    「なんだゴルァ! ……じゃなくて、何かしらオホホ」
     取り繕うように怪人が内股に戻ると、サイレンがにっこり笑顔。
    「綺麗な浴衣に似合う物、なーんだ?」
    「え?」
     不意打ち気味の問いかけに、怪人も毒気を抜かれた。思わずオネエに戻ると、
    「そ、それは美しい男性……いえ、女性?」
    「ざんねーん! 答えは、は・な・び!」
     サイレンは、手袋で指を弾いて蝋に着火。舞い踊るように指を振り、火を発射する。
     逃げ惑う怪人。祝が、軽い動きで床を滑り、それを追撃する。
     間合いをはかり火炎蹴りを食らわせると、再び怪人の『男』が出た。
    「浴衣は火気厳禁だろうがあ! テメエら絶対許さねぇ!」
    「待って、私を攻撃すると浴衣が破れるわよ」
     摩那の羽織った草加浴衣を見た途端、怪人の足が止まる。ついでに口調も元通り。
    「きーっ、何て事! 心苦しいけど……アタシが新しいのを着せてあげるわ!」
     心を鬼にして、灼滅者達をまとめて薙ぎ払う。
    「きゃっ! 私も浴衣は好きですが、何事も無理強いはいけませんです」
     帯の乱舞をかいくぐり、志織の氷弾が、怪人の浴衣を凍り付かせる。
    「ちょっともうヤダ……あらっ?」
     袖を振る怪人の視線の先……エンジン音を立てて自己修復を行うのは、博士の相棒・しもつかれ。
    「さすがにバイクに、浴衣は似合わないわよねえ」
     残念そうな溜め息がこぼれた。

    ●オネエ、荒ぶる
     戦いが続く中、博士の笑い声と射撃音が木霊する。
    「あははは! 硝煙の匂いと射撃の反動がたまらないべ!」
     ガトリングガンで容赦なく弾丸をばらまく。何やらトリガーハッピー気味の博士を見て、
    「態勢立て直す余裕ができんのはありがてぇけどな……」
     さんぽと一緒に回復中の千幻が、若干心配になる。
    「ところで、素朴な質問いいですか?」
     ギターで癒しのメロディを奏でる志織が、手を挙げた。
    「浴衣を着てくれたら答えたげるわよん?」
    「今はそれどころじゃないので……怪人さんは、男と女、どっちが好きなのでしょう?」
    「どっち『も』に決まってるじゃない! 浴衣は着る人を選んだりしないわ! だからみんなも浴衣を着るのよん!」
     怪人のそんな言動に、祝はやりにくさを覚えつつ、
    「ご当地名物を広めたいのはいいんだけどさ、お前もうちょっと力加減覚えろよ」
    「こんなか弱い乙女なのに!? 失礼しちゃうわ!」
    「ちょ、乙女って……平和に広められないんなら、ここで黙って貰うからな!」
     霊子の糸で、怪人を絡め取る祝。床を蹴り、悶えるオネエから離れると、
    「黒木先輩、今だ!」
    「任せて」
     摩那が、しゅばっ、とベルトを放つ。
    「浴衣自体、季節商品だし、似た名産品はたくさんあるし。知名度を広げようと努力する気持ちはわからなくはないわ」
     と、いうか頑張れ。そう励まされた事に屈辱を感じたのか。
    「言われるまでもないわよお!」
     攻撃を仕掛けようとしたディエゴをつかむと、瞬く間に切り裂く。
    「くっ、やるじゃねェかオネエ……!」
    「援護するね! 頑張って!」
     蛍姫の放った矢は、蛍の光のように淡い輝きに包まれ、ディエゴの元へ飛んでいく。波紋を生んでその身に溶け込むと、傷をみるみる塞いでいく。
    「アルレくん、ちょっとよろしく!」
     ウィングキャット・アルレッキーノが怪人とやり合う間に、スマホを取り出すサイレン。
    「私のアプリは魔法のアプリ! 魔法と写真であんたの魂、貰うわよ!」
     語るは殺人アプリ奇譚。合わせて口調を変えたサイレンは、スマホを起点に魔法を放つ。赤き炎と白き氷、そして禍々しい毒となり、怪人を襲う。
     その間に活力を取り戻したディエゴが、怪人の背後を捉える。
    「テメェを認める気はねェが……浴衣の良さは認めてやるよ」
     しかし、手加減はない。ディエゴは、金色の魔力を帯びた杖をフルスイング。ヒットの瞬間、まばゆい光が弾ける。
     よろめく怪人の耳に、ライドキャリバーのエンジン音が響く。
    「これでとどめだべ! しもつかれ、一緒に突撃だぁ!」
     博士を乗せ、しもつかれが疾走する。怪人を外に押し出すと、
    「ご当地日光杉並木キィッッッックッ!!」
    「いやああああんッ!!!」
     空へと吹き飛ぶ怪人。
     その浴衣が、盛大にはだけた……。

    ●草加に浴衣あり
    「ご当地話はちょっと管轄外だけど、草加の浴衣話、皆に語ってみるよ! じゃあねオネェさん!」
    「アタシが負けるなんて……きっと季節が早すぎたせいだわああああっ!!」
     サイレンに見送られ、怪人は空中で爆散したのだった。
    「灼滅完了! やったね!」
    「お疲れ、蛍姫ちゃん!」
     サイレン達とハイタッチする蛍姫。ディエゴもぱちん、と手を打ち合わせると、
    「囮役ご苦労さん。怪我とかねェか?」
    「うん、大丈夫! オネエと話してた時も、割と楽しかったし!」
     しっかりしてんな……と感心しつつ、店内の清掃に取り掛かる千幻。
    「どっかに掃除機ねぇかな……」
    「ほらよ、多鴨戸」
    「おっ、さんきゅ」
     店にあった掃除機を差し出すと、自分も手伝う祝。
    「どうせなら皆の浴衣姿を見てみたいべ! ……けど」
     店内を見回す博士。商品の入れ替わりが早い昨今とはいえ、浴衣の時期には早すぎた。
    「残念だべ……」
    「私でよければ、お見せするわよ?」
     一旦脱いだ浴衣を手に取る摩那。その装いを見た祝は、
    「今年の夏は草加の浴衣見てみるかなあ。ま、オネエの供養にもならないだろうけどさ」
    「浴衣はイイですよね、確かに」
     志織も、うんうんと頷く。
    「たとえば、男の子同士が浴衣でお祭りとか花火見てたら、このあと帯くるくるしちゃうのかしら……なんて」
     ぽわわーん、と妄想を捗らせる志織。
    「……ところで」
     ふと、皆が顔を見合わせる。
     ずっと気になって、けれど、なんとなく聞きそびれていた事。それは、
    「どうしてオネエだったんだろう……」
     唯一答えをくれそうな怪人は、夜空の星になっていた。

    作者:七尾マサムネ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年4月14日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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