勢力拡大×精力拡大

    作者:夕狩こあら

     ここは愛媛県松山市、道後温泉。
     とある露天風呂を貸し切りにした男女が、湯けむりに隠れて肌を重ねていた。
    「御加減は如何です?」
    「――上々だ」
     否、貸し切りにしたのは女の方で、湯治にと招いた男の傷を慰めているらしい。
    「流石は肉体兵器と呼ばれる方。死闘を制された痕がこんなに」
    「……不名誉な傷もある。治してくれ」
     ゆっくりと頷いた女は、桃色に染め上る柔肌を男の逞しい四肢に滑らせる。全身に刻まれた荒々しい傷を妖艶な弾力に包めば、傷跡は見事に消え、且つ闇の力を奥底から漲らせた。
    「淫魔の奉仕を受けるとは意外であったが」
     己の頑強な体躯を触れ回る女――、頭部の角や背より生え出でる蝙蝠らしき黒翼、そして桃尻より覗く小悪魔の如き尻尾を一瞥した男は、ただ、
    「パワーアップの為には手段を択ばないのが、貴方がた……アンブレイカブルでございましょう?」
     艶めいて嗤う淫魔の声に、クッと笑みを噛み締めた。
     
    「軍艦島の戦いの後、HKT六六六に動きがあったんス」
     日下部・ノビル(三下エクスブレイン・dn0220)は眼前の灼滅者らに食いつかんばかりの勢いで言った。
    「奴等は有力なダークネスである『ゴッドセブン』を地方に派遣して、勢力拡大を図ろうとしてるみたいッスね」
     そして、ゴッドセブンのナンバー2、もっともいけないナースは、愛媛の道後温泉で勢力を拡大しようとしているのだ。
    「もっともいけないナースは、配下のいけないナース達に命じて、周辺のダークネス達にイ・ケ・ナ・イ……サービスをしているらしいンすよ!」
     興奮して語調を荒げたノビルが、前のめりになって言葉を続ける。
    「ご奉仕されたダークネスは元気になってパワーアップしてしまうと同時に、もっともいけないナースと友好関係になってしまうんス!」
     それはマズイ、と灼滅者の表情は一律に曇る。
     この企みを阻止する必要があるのは、ノビルの説明を聞くまでもなかった。
    「露天風呂の貸切予約を入れたのはいけないナースで、湯治に来たのはアンブレイカブルの男。いけないナースはサウンドソルジャーとバベルブレイカーに類する攻撃技を、アンブレイカブルはストリートファイターとバトルオーラに類する攻撃技を持ち合わせているッス」
     戦闘場所は、露天風呂。
     接触タイミングは二人が湯に浸かっている、まさにサービス中に割り入るのが良いだろう。ご奉仕の後ではアンブレイカブルがパワーアップしてしまう為、此方の不利は否めない。
     いや、それ以上に……と、ノビルは顔を上げて言った。
    「いけないナースは『お客様に安全にお帰り頂く事が再優先』というスタイルなんで、湯治に来たダークネスを逃走させようと足止めを図るんス」
     この営業姿勢に付け込む方が或いは賢いか。
    「実力的に今回のダークネス2体と戦うのは厳しいんで、ここは無理に両者と戦わず、客側のアンブレイカブルは逃走させるのも策ッスよ」
     一同が頷く。
    「ダークネス同士が友好関係を築いてしまう前に、どちらかを灼滅してこの企てを阻止して欲しいッス!」
     暫し思案しながらも颯爽と立って去る灼滅者に、ノビルは敬礼して言った。
    「ご武運を!」


    参加者
    シオン・ハークレー(光芒・d01975)
    無常・拓馬(信頼と安定の外道・d10401)
    天瀬・麒麟(中学生サウンドソルジャー・d14035)
    契葉・刹那(響震者・d15537)
    枉名・由愛(ナース・d23641)
    影龍・死愚魔(ツギハギマインド・d25262)
    ヴァーリ・マニャーキン(本人は崇田愛莉と自称・d27995)
    田磯辺・倉子(爽やかな青空・d33399)

    ■リプレイ


     竹より注ぎ込まれる湯が水面を静かに打つ音に紛れ、乾いた布擦れの音が聞こえる。
     脱衣所より1枚の浴衣が床に落ちる音を拾った淫魔ユアミは、男のシルエットが磨りガラスの向こうより近付くに合わせ、三つ指をついて迎えた。
    「お待ちしておりました――」
     彼女は鈴を振るような声で言うと、伏せた瞳と共に麗顔を上げつつ、その細指で徐にタオルを払い際どい水着姿を暴いた。
     然し眼前に仁王立つ男は、彼女が招いた客ではない。
    「きゃっ! あっ、貴方は……?」
    「風呂場は裸が基本ルール! 俺こそ此の場に相応しい!」
     惜しげもなく肌を晒した上に、『禁則事項』と書かれた前張り1枚が唯一の理性。無常・拓馬(信頼と安定の外道・d10401)は淫魔相手に露出合戦を挑むつもりか、大胆にも視覚的な奇襲を仕掛けて現れた。
    「こ、此処は貸切にしております。お引取りを!」
     にじり寄る尻に身構えたユアミは、更なる物音に振り向いて愕然とする。
    「今すぐに悪い事は起きなくても、いつか絶対悪さをするのは分かってるもんね」
    「なっ……!」
    「ぼくたちがここで止めておかないとだよね」
     ドアノブが回ってから、確認が漏れた失態を嘆くも遅い。管理人用の通用口から颯爽と身を乗り出したシオン・ハークレー(光芒・d01975)が、後に起こる戦闘音の遮蔽を図り、
    「ダークネス同士の結びつきが強くなっても厄介だしね。邪魔させて貰おうかな」
     続く影龍・死愚魔(ツギハギマインド・d25262)が長身を潜らせて姿を現せば、両の出入口を塞がれたユアミは肌に汗を滲ませた。
    (「拳磨様は……何処に……!」)
     約束の相手が来ぬ事に不安を覚えた彼女は、湯けむりに紛れて周囲を見渡す。
     その答えは再びガラリと開いた脱衣所の扉が示したようで、
    「拳磨さんにピッタリの、もっと凄いサービスがあるの」
    「ほう。より強くなれるのか?」
    「えぇ、勿論……」
     拳磨・リキの逞しい腕にしなやかに絡むいけないナース……否、枉名・由愛(ナース・d23641)の妖艶で挑発的な流し目を受け取った瞬間、ユアミは歯噛みした。
    「拳磨様、そちらは偽者でございます!」
    「何――」
     リキが驚いた視線を繋ぐ間もなく、フワリと離れた由愛は仲間の元へと身を滑らせる。
    「我々の接触が漏れていたようです。どうして……」
     代わりにリキの傍へと駆け寄ったユアミは、彼の盾となるよう両手を広げて灼滅者らに対峙し、戒心を研ぎ澄ませて岩場に目を遣った。
    「ん、また淫魔がいやらしい事をしてるんだね……死ねばいいのにって思う」
    「何奴!」
     湯気の間を縫って届いた抑揚の無い声に意識を繋いだ瞬刻、ユアミより速く闘志を掻き立てたリキが、オーラを籠めた掌打を繰り出す。
    「他のダークネスも、簡単に淫魔を近づけさせるんだからバカばっかりだよね」
    「貴様……!」
     その岩をも砕く波動を鋸刃で両断したのは、天瀬・麒麟(中学生サウンドソルジャー・d14035)。彼女が左右に分断した衝撃は遠景の樹木を激しく戦がせ、
    「露天風呂、うう、こんな状況じゃなかったら入りたかったわ!」
     田磯辺・倉子(爽やかな青空・d33399)がお返しとばかり緋牡丹灯籠を放てば、掌打の軌道を手繰るように絡んだ焔は、リキの拳に灼熱を咲かせた。
    「く、ッ! 小癪な!」
    「拳磨様!」
     厳しい顔を痛撃に歪めるリキに、ユアミが素早く柔肌を当てる。火傷を追う拳を両手で包み頬に宛がえば、赤みと傷は忽ち癒えた。
    「お客様を傷付けるなんて、サービスを行う人として失格ですね」
    「……ッ!」
     ユアミの心の奥に走った負の感情を、契葉・刹那(響震者・d15537)の科白が浮き上がらせる。一番の失態を暴かれた淫魔は怒りの視線を突き返すも、彼女の凛然たる眼差しはその奥――脱衣所の出入口に投げられており、
    「パワーアップさせる、というのは気になるが……行動そのものは淫魔の典型例、だな」
     始終を見届けたヴァーリ・マニャーキン(本人は崇田愛莉と自称・d27995)が殲術道具を解放して近付く姿を捉えた。
    (「この敵数、この布陣……逃れられるかしら」)
     退路を塞がれ、前後を敵に阻まれたユアミはリキを見上げると、躊躇うことなく口を開いた。


    「拳磨様、どうかお逃げを。私が退路を作ります」
    「何……!」
     湯治に訪れた客に傷を負わせてはならない――彼を招いたユアミの信念はその1点のみ。
     勿論、敵を目の前に易々と退く男ではない事も承知している。
    「見れば好敵手。丸腰の今とて退く理由はない」
     流石はアンブレイカブルといったところか、リキは殺気を迸らせて灼滅者らを睨み、昂ぶる拳をぶつけようと眦を裂く。
     厚みのある胸板に手を当てて留めるユアミを制し踏み出た彼は、雷光閃く拳を突き出して敵陣に迫った。
    「風呂場にガチムチなんぞ用はねぇ!」
    「ぬっ!」
     まるで野暮だと一笑しながら、重機の如く突進するリキを往なした拓馬は、彼の背後を更に駆って愛槍『saf-fheiros』を繰り出した。
    「おいらの硬いモノで突き刺しちゃうぞ!」
    「あァアッ!」
     螺旋を描いた斬撃が穿つはユアミの柔肌。冗談染みた発声とは裏腹に、的確に痛撃で貫いた肩には血潮が噴く。
    「私達はあなたと戦うつもりはありません」
     空を泳いだリキの拳を捉えたのは刹那の縛霊撃で、
    「あなたも、獲物と決めた相手との戦いに横槍を入れられるのは無粋と知る筈……」
    「ク……ッ」
     リキの露出度に密かに心臓を跳ね上げる彼女は、なるべく瞳だけを見つめて言う。
     狙いはあくまで淫魔だと説けば、鬼気迫る眼に伝わるか――更にシオンの妖冷弾がそれを証した。
    「いくよっ」
    「きゃあアアッッッ!」
     旋廻する槍の切先から放たれた氷塊は、湯気立つ大気を切り裂いてユアミに迫り、反撃に転じた彼女の初動を楔打つ。背後に淫魔の叫声を聞いたリキは、振り返ろうとする眼を麒麟に繋がれ、美しい瞳が蔑むように淫魔を見下ろす様に口元を引き結んだ。
    「……ん、あなたも淫魔なんかと一緒に戦うのはつまらないよね?」
    「……」
     彼等の言は巧妙だ。
     最強の武を求めるリキは、より強靭な力を欲するあまり一度は淫魔との邂逅に臨んだものの、淫魔を狙う彼等を邪魔してまで共闘するかは別の話。
    「そっちもアンブレイカブルに手を出されると困るんだよね?」
    「くっ……此方の事情を、知って……!」
     巨杭を弾いて牽制するユアミに対し、死愚魔が飄々と半身を引いて鋭刃を交わしながらレイザースラストを差し込む。敵懐に届いた白布は柔肌を強襲し、その生地を鮮血に染めて戻った。
    「岩場の右側に道を作ります。そちらより撤退を……!」
    「……」
     背を向けたままユアミの言を受け取り、リキが示された方向を一瞥する。彼女は己が組するに値する存在か否か、内心では既に答えが出ており、退避を促すユアミの必死な声色もまた背中を押したようだ。
    「……それが貴様の仕事なら、俺も口出しはしない」
    「拳磨様」
    「この世は強者のみが生き残る地獄。奴等を倒せばまた会う日も来るだろう」
    「……ありがとうございます」
     リキはユアミの礼を耳にした寸刻の後、その顔貌を明王の如き忿怒に変えて驀進し、己の巨躯を迫り出して灼滅者らにぶつかった。
    「活路は自ら作ろうぞッ!」
    「きゃあ、っ!」
    「……ック!」
     オーラで強化した全身は鉄塊と化し、戦車の如く進む先で由愛と倉子を撥ね上げる。両者の華奢な身体を蒼天に翻した隙に岩場を抜けたリキは、そのまま樹木を縫って山間に消えた。
    「2人を一撃とは、……流石にお帰り頂いて正解だったか」
     後衛で戦況を見極めていたヴァーリは然し冷静で、花弁のように落ちる二人を清めの風にて包み込めば、傷癒えた身体が地に叩き付けられることはない。更に刹那の相棒、霊犬ラプソディが浄霊眼を施しながら着地を補い、両者を再び湯けむりに立たせれば、ユアミは四方――いや八方を囲まれ進退もままならぬ。
    「フ、フフ……お客様は無事にお帰りになられた……」
     然しリキの脱出を見届けた彼女は、創痍にも口端を歪めて嗤っていた。


     子守唄の如き甘やかな歌声で自らの傷を癒したユアミは、その旋律を攻撃へと代えて灼滅者の脳を掻き乱した。
    「戦いはこれからよ!」
    「……ッ……」
     『虚の影法師』を地より這わせ、ユアミの柔肌に影を差し込んだ筈の死愚魔。然し彼の足元より伸びた黒き指骨が捕えたのはシオンで、
    「催眠が掛かってる!」
     死を誘う髑髏の接吻より辛うじて逃れた彼はヴァーリを呼び、
    「死愚魔の天秤を揺さぶったか……やってくれる」
     溜息と共に届けられたイエローサインが正気を手繰り寄せた。
     暫し微睡みに包まれた死愚魔の麗顔に法悦の相を浮かべたユアミは、杭打ち機を掲げて科を作る。
    「拳磨様の代わりに、貴方にサービスしても良いのよ?」
    「サービスって……そ、その、どういうサービスなんでしょうか……」
     湯気の昇る碧天に弧を描きながら降り注ぐ杭の雨をスターゲイザーで相殺した刹那は、次に天女の如く降り墜ちたユアミに呟きを拾われるとは思いもせず、
    「貴女もご堪能なさる?」
    「あっ、良いです! 教えて貰わなくて良いですー!」
     間近に迫る蠱惑的な微笑を両手で阻んで後退した。ウイングキャットのカイリが肉球パンチを割って入らねば、湯けむりに隠された彼女がどうなっていたか……自主規制。
    「まぁ残念」
     露天風呂を闘いの庭に、縦横に立ち回るユアミは本領発揮というところか、リキを足留めていた時の劣勢を一気に覆して戦闘の主導権を握る。
     互いに抱く感情の絆が弱い所為もあろう、連携を手折られた灼滅者はユアミの掌で弄ばれ、悪戯に血を流して彼女を悦ばせることとなった。
    「おいらのコカーンがおっきくなっちゃった!」
    「素敵……私に扱わせて頂戴」
     股に聖剣を挟んで迫った拓馬のトリッキーな戦術にも余裕の微笑。ユアミは彼の内奥に沈む冷静を見抜き、自らも間合いを詰めて巨杭ごと飛び込んだ。
     天駆ける両者が交わったのは一瞬。
    「クッ……流石に立派……!」
    「おおおおおっ……!」
     脇腹より噴く血を抑えて着地したユアミの背に、死の中心点――コカーンに疾走した痛撃に前屈みになる拓馬が遅れて着地した。
    「全く無茶をする……」
    「……あの、大丈夫、ですか……」
     ヴァーリが嘆息して防護符を飛ばす中、刹那は突き出た尻に赤面し、熱帯びる顔を両手で覆って声を掛ける。
     その光景に舌を舐めずったユアミは、僅かに隙を見せたか、間髪容れず影を差し入れた麒麟に捕縛を許した。
    「早く死んじゃってよ」
    「まぁ、恐い顔」
     柔肌を締め上げる闇黒の触手に最初は笑みを浮かべたものの、
    「どうせお前も誰かに使われて、使い潰されて、捨てられるだけなんだから」
    「、ッ」
     続く科白に睨みを返したのは、図星を突かれたからだろう。
    「ん……、それともお前のごシュジン様は、お前に何かしてくれるの?」
    「生意気を!」
     感情を波立てる言に抗った瞬間、咽喉を貫くは殺人注射器。途端に眼前が霞むのは、由愛が毒を注入したからだ。
    「さあ、楽しみましょう?」
    「……ッ……ッ!!」
     これから始まるは尋問か。
     由愛は彼女の背後に潜む陰謀や黒幕を探るべくユアミの眼を覗き込むも、一筋縄ではいかない。当初に見せた営業姿勢の通り、彼女はあくまで『仕事』をやり遂げるようだ。
    「強いのね……でも、ナース服を脱いだ貴女には負ける気がしないわ」
     柔和かつ残忍な微笑が過ったと思えば、次に影を燻らせたのはマスクをつけた女――倉子で、
    「ふふっ私、綺麗?」
    「ヒ……ッ、ヒッ……」
     ゆっくりとマスクが外される、時を凝縮したような緊迫の中……毒の巡る身体に何度も何度もナイフが突き立てられた。
    「あああアアァァッッッ!」
     絶叫が大気を震わせた後、麒麟が捕縛を解いたのは慈悲ではない。支えを失った身体は地を蹴ったシオンに預けられ、
    「迷わないように送ってあげるよ」
     それが地獄か煉獄かは分からない。標の如く差し出された少年のマテリアルロッドはユアミにそっと触れたと思うと、一気に魔力を解放して爆音を轟かせる。
    「嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼……ッッッ!!!」
     ユアミは耳を劈かんばかりの咆哮を天に突き上げ、湯気の如く霧散して――消えた。


     戦闘を終え、静謐を取り戻した露天風呂に通り抜ける刹那の美声。
    (「終りは優しい歌で包んで、おやすみなさい、を――」)
     その伸びやかな旋律に肩の力を抜いた仲間が、振り返って安堵の吐息を溢す。
    「風呂場の王者が誰だか理解できたかね?」
     覇気漲る顔貌をユアミの灼滅に手向けた拓馬は、
    「まだ淫魔が居るらしい」
    「俺は淫魔と違って見せるのが好きなんじゃないない! 見られるのが好きなんだ!(芸人的な意味で)」
     ヴァーリの容赦ない科白を耳に、戦闘で草臥れてしまった前貼りをヒラめかせていた。
     互いを見やって無事を確認した一同は、次に戦場となった露天風呂へと目を遣って、やや呆れ気味に口を開く。
    「……これ、片付けないと駄目だよね?」
     細腰に手を当てた死愚魔の瞳に映るは――惨状。
     戦闘中は殺意に意識を沈めていた故に気付かなかったが、湯気立つ水面には桶が船の如く漂うほか、見目良く飾られた岩が動いているなど、厄介も多い。
    「ちょっと派手にやり過ぎたかしら?」
    「お片付けのお手伝いをするよ」
     由愛が柔らかい頬に手を当てて首を傾げた背後から、シオンが小走りに桶を抱えて集めていく。
     そうして戦闘痕を消した一同は、
    「折角温泉に来たのですから、お湯を楽しめないかしら……」
    「ん、せっかくだし他の温泉に入ってから帰りたいな」
     倉子と麒麟が不意に重ねた呟きに、一斉に振り向いた。

     すっかり緊張を解いた吐息が零れたのは、街の一角に設えられた足湯にて。
    「ふぅ……」
     ほっこりと花顔を綻ばせる倉子の隣には、湯の温かさをじっくりと味わう麒麟をはじめ、灼滅者の脚がズラリと並んでいた。
    「疲れが取れるね……」
     心地良さそうに瞼を閉じるシオンの耳に、愉楽の溜息が届く。浸かるのは足だけながら、激闘を制したメンバーの全員が湯を共にする達成感は一入で、
    「ほわ……」
    「あぁ……」
     声ならぬ声を重ねるのも中々に楽しい。
     アンブレイカブルと手を結ぼうとした淫魔を灼滅し、勢力拡大の一端を潰した一同は、斯くして勝利の福音を堪能したのだが、
    (「出たくない……」)
     そこから出るに長き時間を要したのは、彼等の破顔を見るに言うまでもなかった。

    作者:夕狩こあら 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年4月15日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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