北の夜蝶

    作者:小茄

    「渚ちゃんさぁ、高校生のバイトじゃないんだからさぁ、身体を触られたくらいで騒がれちゃ困るのよねぇ。ウチがどう言うお店か解ってるのぉ?」
    「でも、あの……はい、申し訳御座いません……二度とこの様な事が無い様に」
    「当然でしょぉ! 本当なら一回で辞めて貰う所だよぉ!? 次は無いからね!」
     渚、24歳。
     ロクでもない男に熱を上げては捨てられて、そんな事を繰返すうち、嵩む借金の取り立てから逃れる様に北の地へ流れ着いていた。
     しかし要領の悪い彼女は、一つの店に定着する事も出来ず、勤め先を転々と変えていた。
    「渚さん」 
    「えっ?」
     肩を落とし、安アパートへの帰路を歩んでいた渚に、見覚えの無い女が声を掛ける。
    「魅力的になりたくありませんか?」
    「……それは、まぁ……あの、どちら様で?」
     第一印象で言うなら、華やかな少女だった。薄暗い道に居ても、彼女にだけはスポットライトが当たっている様な。
     彼女の顔を覆う不思議なシャボンさえ、視力の良くない渚には、まるで後光が差しているように見えた。
    「私なら、貴女の魅力を最大に引き出すことが出来ます。いかがです?」
     渚の心に「詐欺かも知れない、騙されるかも知れない」そんな懸念が無かった訳では無い。が、これ以上堕ちようも無い自分が何を恐れると言うのか? そう考え直すと、渚は不思議な少女の誘いに乗る事にした。
     
    「軍艦島の戦いの後、HKT六六六に動きがあった様ですわ」
     有朱・絵梨佳(中学生エクスブレイン・dn0043)の説明によると、有力なダークネスであるゴッドセブンを地方に派遣し、勢力を拡大しようとしているのだと言う。
     そのナンバー6、アリエル・シャボリーヌは札幌の繁華街、すすきのをテリトリーとし、いわゆる大人のお店に勤める女性を籠絡し、淫魔に堕とす目論見だ。
     そして淫魔達は、この地域の有力なパフォーマーにパフォーマンス勝負を挑み勝利する事で、淫魔としての支配権を確立しようとしているらしい。このままゆけば、すすきのの街が淫魔の支配下に置かれてしまう危険さえある。
     
     今回ターゲットとなる淫魔の名は渚。
     これまでの鬱憤を晴らすかの様に男達を手玉に取り、金銭を巻き上げ、場合によっては男の家庭や社会的立場を崩壊させる事を愉しんでいると言う。
    「たちの悪い、完全な淫魔として目覚めてしまったと言う事ですわね。これ以上の罪を重ね、被害者を拡大させる事の無いよう、早めに灼滅せねばなりませんわ」
     彼女がアパートから仕事先へ向かう途上、ひとけの無い裏道で襲撃するのが良いだろう。
    「羽振りの良くなってきた彼女は、より良い場所に引っ越しする予定の様だけれど、今はまだ裏道のボロアパート住まいですわ」
     
    「では、吉報をお待ちしておりますわ。行ってらっしゃいまし」
     そう言うと、絵梨佳は灼滅者達を送り出すのだった。


    参加者
    天方・矜人(疾走する魂・d01499)
    ヴァイス・オルブライト(斬鉄姫・d02253)
    逆霧・夜兎(深闇・d02876)
    霧月・詩音(凍月・d13352)
    泉明寺・綾(サトシパン買ってこいよ・d17420)
    姫川・小麦(夢の中のコンフェクショナリー・d23102)
    九形・皆無(僧侶系高校生・d25213)
    七那原・エクル(希望の魔法使い・d31527)

    ■リプレイ


     まだ四月だと言うのに、この日の札幌は季節外れの暑さに見舞われていた。だからと言う訳でもなく、渚は普段通りの姿――大胆に開いた胸とスリットが目を惹くキャミソールドレスを纏いアパートを出る。
     あの夜、不思議な少女の誘いに乗って以降、寒さや暑さ、つらさや悲しさ、様々な負の感覚や感情とは無縁の、全く新しい生活が始まったのだ。
    「ふんふん♪」
     かつての冴えない、ツイてない自分だった頃の名残であるこのボロアパートも、近いうちに引き払おう。自分の用意する高級マンションの一室に住んで欲しいと言う男も居る。
     全てが思い通りに動き、人生とはこんなに愉しいものだったのか。渚は鼻歌と弾む足取りで噛み締めながら、勤務地であるすすきのへ向かう。
    「やぁ、お嬢さん……此処の所随分と調子良さそうじゃないか」
    「誰です……あなた達」
     そんな彼女の行く手を遮るように姿を現したのは、ヴァイス・オルブライト(斬鉄姫・d02253)。単に行く手を塞いだだけでなく、自分の近況についても知っている様子に、渚は警戒の色を濃くする。
    「……かつてはあなたも被害者であったのかもしれません。ですが最早あなたは加害者であり、ダークネスと化しました」
    「っ?!」
     身構え、いざとなれば逃走の構えを見せる渚。しかしその背後から言葉を紡ぐ霧月・詩音(凍月・d13352)。
    「前門の虎、後門の狼ってな」
    「何なの……私、急いでるのだけれど」
     天方・矜人(疾走する魂・d01499)もまた、退路を求める彼女の視線に先回りする様に、仁王立ちする。
    「そうやって男達に復讐してるつもりか?」
    「あ……もしかして、私のせいでクビになった誰かの差し金? それとも、離婚した誰か? 言っておきますけど、それは逆恨みっていう奴でしょ。彼らが勝手に私を好きになって、勝手に破滅したんですから」
     逆霧・夜兎(深闇・d02876)の問い掛けに、状況を推理した様で逆に問い返してくる。心当たりは少なくなさそうだ。
    「……貴女が今まで報われなかった、その鬱憤晴らしでもしているおつもりで?」
    「どうしてそんな事まで……そんな事、どうでも良いでしょう。昔の事なんて思い出したくもない! 何のつもりか知らないけれど、これ以上因縁つけるつもりなら、後悔する事になりますよ?」
     更なる九形・皆無(僧侶系高校生・d25213)の質問に、やや声の調子を鋭くする渚。ダークネスの瘴気がその身を包み、殺気が路地の空気を振るわせる。
    「貴女を野放しにすれば、奪われていけないはずの、誰かの未来が奪われてしまう、だから……ここで倒させてもらうよ。――叛逆の光、煌めかせ。我、内に秘めし影を今纏わん」
     スレイヤーカードを宙に投げた七那原・エクル(希望の魔法使い・d31527)。正義の名の下に渚を断罪する事は出来ないと知りつつも、現時点での最善手はこれしか無いのだ。
    (「渚おねえちゃん、もうもどれないならさよならするしかないのね」)
     続いてスレイヤーカードを解放した姫川・小麦(夢の中のコンフェクショナリー・d23102)も、吹っ切る様に心中で呟く。もはやハッピーエンドは望めないとしても、渚という存在に幕を引けるのは灼滅者達だけなのだから。
    「まぁそう身構えなさんな、何も因縁つけようって訳やないて。あんたが本当に魅力的になれたのか、うちが確かめてあげるのや! てなわけでパフォーマンス勝負を申し込む!」
    「えっ?」
     一触即発の空気を一変させたのは、泉明寺・綾(サトシパン買ってこいよ・d17420)。びしっと渚を指さして言い放つ。
    「私の魅力はお店で十分に発揮していますし……」
    「負けるのが怖いんやろ~? うちに勝てないようじゃすすきの制圧なんて夢のまた夢やで?」
    「……解った。やれば良いんでしょう? それで、一体何を競うんですか?」
     即応しない渚に対し、見え透いた煽りを入れて行く綾。渚はふっと息をついた後、観念したように勝負を受ける。
     シャボリーヌによって淫魔に変えられた女達は、いずれすすきのを掌中に収める為のパフォーマー候補でもある。勝負を持ちかけられれば、それを受けるのは半ば必然だったのかも知れない。


    「釘バットジャグリング対決や! みんなもやる~? 釘バはまだまだ余ってるで!」
    (「ジャグリングですか……自慢ではないけれど、お婆ちゃん子なのでお手玉は得意です」)
     綾から手渡された釘バットの重さや重心を確かめつつ、渚は内心でほくそ笑む。淫魔として動体視力や腕力なども高まっており、得意なタイプの競技と言って良さそうだ。
    「よーい、どんっ!」
     開始の合図と共に、釘バットを宙へ投げる一同。
     ――からーんっ。
    「あっ」
    「意外と難しいものですね……」
     が、不慣れな灼滅者達は次々にバットを取り落とし脱落してゆく。
    「ふふっ、大見得切って勝負を挑んできた割に、大したことないですね? 私はまだまだいけますよ」
     一方渚は、一本また一本と投げるバットを追加してゆく。初めてとは思えない見事な手並みだ。
    「やるやん……けどっ」
     ――からんっ。
     綾も食い下がりながらバットを追加しようとするが、掴み損ねて一本を取り落とす。
    「どうやら私の勝ちみたいですね。解ったらさっさと尻尾を巻いて……」
    「隙が見えたぁぁ! 必殺エターナルフォース釘バットォ!」
     ――バシィッ!!
    「あぐうっ!?」
     勝利を確信した渚が言うが早いか、綾は宙を舞っていたバットの一本を手に取り、不意打ちの一撃を見舞う。インパクトと同時に炸裂する魔力が周囲を瞬間的に眩く照らす。
    「な、何を……いきなりっ」
    「……奪う側の気持ちを散々味わったのです。最後にまた奪われる側となって頂きます」
     詩音の足下から疾走した影が、抗議がましく言う渚へ食らい付く。
    「っ、ふざけないで! まだ……私は二十年耐えてきた……まだ足りない……全然足りない!」
    「まるで悪役のセリフだな? さあ、ヒーロータイムだ!」
     矜人は聖鎧剣ゴルドクルセイダーを鞘から抜き放ち、真っ向から斬りかかる。
     ――ギィンッ!
    「くっ、誰にも邪魔はさせません……せっかく新しい一歩を踏み出せたのに、変われたって言うのに!」
     渚の腕に巻き付くように出現した蛇が、斬撃を牙で受け止め、また別の一匹が矜人の首筋に食らい付かんと飛びかかる。
    「チッ、イイ顔してるぜアンタ」
     地面を蹴り、バックステップで牙を回避する矜人。灼滅者達に対する殺意を燃え上がらせる渚だが、魔性を感じさせる妖しい魅力も同時に湛える。
    「可哀想な渚おねえちゃん」
     小麦は髪を結うリボンに自らの身体を覆わせながら、同情の言葉を小さく呟く。
    「火遊びも結構だか、度が過ぎるのは良くない」
    「今までずっと遊ばれてきたんだから、誰にも文句なんて言わせない!」
     胸元にスートを浮き上がらせながら言うヴァイス。しかし渚は、自分には奪う側として人を弄ぶ権利があると言わんばかりだ。
    「ちょっと大人しくしててくれよ」
     完全に淫魔に堕ちた渚に対し、その心を動かせる様な言葉はもはや無い。瞬時に間合いへ踏み込んだ夜兎は、網状のオーラを帯びた拳を渚の腹部へ叩き込む。
    「が、はっ」
    「唆されて堕ちたとは自覚されていないのでしょうね?」
    「違う……ゴミみたいだった私の人生が、どれほど素晴らしいものになったか……この気持ち、貴方達には解らないでしょうね」
     シールドを展開しつつ尋ねる皆無に、渚はきっぱりと言う。口車に乗って闇に堕ち、他者を惑わす淫魔になったとしても、彼女にとっては地獄から天国に登ったようなもの。
    「えぇ、貴方の気持ちはわかりませんよ、ちょっとだけしか」
     皆無のみならず、闇より救い出されて灼滅者となった者は多い。渚が言う程、灼滅者は彼女の気持ちが分からない訳では無いのだ。むしろ一度闇に堕ち、光有る所に戻った者にしか見えない景色もある。
    「恨んでくれて構わないよ」
     光輪を乱舞させつつ、告げるエクル。
     だが、例えそうであっても、自分達が救われたように渚を救う事は出来ない。灼滅こそが彼女と罪無き一般人を救う唯一の手段なのだ。


    「逃れ、辿り着きしは北の大地 蛹は蝶と化し、舞い踊る されど闇夜の中、散りゆくのが宿命――」
    「くっ?!」
     詩音の紡ぐ歌声と旋律に、渚の身を覆う蛇たちの動きを鈍らせる。
    「ま、まだ……この程度では!」
     包囲を維持しつつ、ジリジリと渚の体力を削る灼滅者。淫魔になってさほど経って居らず、また戦闘も初経験の彼女は次第に守勢に回ってゆくが、戦意はいささかも衰えない。
    「わかっちゃいるんだが……!」
     矜人は激しく襲い懸かる蛇をなぎ払いながら、尚も渚を救う道があるのでは無いかと言う想いを断ち切らずにいる。
    「負け惜しみはその辺にしとき。そろそろ限界やろ! 小麦ちゃん、エクルちゃん、一気にいくで!」
    「うん」「解った」
     ――バッ!
     綾は数匹の蛇が食らい付いてくるのも構わず、ノーガードで無数の拳を叩き込む。これに呼応した小麦は、身の丈以上の紅いハンマーを振り下ろし、エクルは禁銃「エルトダウン・S」の引き金を引く。
    「ぐ、ううっ!!」
     強烈な連続攻撃を受け、大きくよろめく渚。
    「さぁ、覚悟は良いか?」
    「……どうして、いつも私ばかり……私の邪魔ばかりするの!」
    「これはまぁ……あれですね、一種の言い訳じみた罪滅ぼしです」
     ヴァイスは一瞬皆無に目配せし、側背へ回り込むようにして間合いを詰める。反対方向から同時攻撃を掛けた皆無は、灼滅者に対してと言うより、己の運命を呪うように叫ぶ渚にシールドを叩きつける。
    「く、っ……後悔なんて、してないですから……あのまま地獄を生きるくらいなら、この方がずっと……」
     がくりとその場に膝をつく渚。灼滅者に対し牙を剥いていた蛇たちも、今はほんの数匹が辛うじて身をくねらせるのみ。
    「終わりにしようか」
    「届け、スカル・ブランディング!」
     夜兎の足下から音も無く疾走した黒い影。それが淫魔の首筋を捉えると同時、矜人の未練を断ち切るように振り下ろされたタクティカル・スパインが、彼女の意識を霧散させた。


    「任務完了だな」
    「じゃあ帰ろうか。少し寒くなってきたし、もうすっかり夜だもの」
     凛とした雰囲気を崩さない程度に、肩の力を抜いて呟くヴァイス。エクルの言う通り、静寂を取り戻した路地は次第に夜闇が迫りつつある。
    「あぁ……長居は無用だな、帰るぞユキ」
     夜兎はナノナノのユキを一撫でしてから、駅に向けて歩み出す。
    「せめて、闇からは救い出してやれたんだろうかね」
     渚が絶命した辺りの地面に眼を向けてから、きびすを返す矜人。
    (「……まあ、弱っている時に手を取った相手が悪かったという事ですね……本当、どうしようもないぐらい弱い人」)
     表情を変えること無く、ふっと小さくため息を零しつつ皆に続く詩音。一般人と淫魔の関係が、彼女に過去を想起させる部分があったのかも知れない。
    「なぁ、せっかく北海道来たんやし、何かいいもの食べて帰ろか?」
    「いいもの……美味しいもの?」
    「カニとかイクラとか……ラーメンでもええけど」
     うさぎのぬいぐるみを撫でつつ、綾の言葉に小首を傾げる小麦。綾は明るい口調で応えつつ、皆に提案する。
    「良いですね、では駅前に出たら探してみましょう」
     賛同しつつ、携帯を手に付近の飲食店を探し始める皆無。

     かくして、闇に堕ちた哀れな女性を悲劇の連鎖より解放した灼滅者達は、多少の寄り道の後で帰途に就くのだった。

    作者:小茄 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年4月29日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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