お犬様を大事にせんか!

    作者:邦見健吾

     とある屋敷に、偏屈な老人が住んでいた。
     人間嫌いの老人は犬のことをお犬様と呼び、大層大事にしていたらしい。
     老人は野良犬を拾ってきては餌をやり、近隣の人々に苦情を言われても、怒鳴り散らして追い返したとか。
     老人は死してなおその魂は屋敷に居座り、今も犬を大事にしない人間に罰を与え続けているという。

    「ちょっと気になる噂を聞いてね。なんでも、お犬様を大事にしないと罰を下す亡霊が出るらしいんだ」
     と言って、雨来・迅(宵雷の兆候・d11078)が自身の聞いた噂について説明する。
    「皆さんは例の屋敷に出向き、都市伝説を撃破してください」
     冬間・蕗子(高校生エクスブレイン・dn0104)が口を開き、詳細な説明に移る。
    「屋敷の敷地内で犬に何らかの危害を加えると、老人の姿をした都市伝説が現れますので、そこを倒してください」
     危害といっても、ちょっとした悪口でも構わない。屋敷内に野良犬がいるので犬には困らないだろうが、サーヴァントの霊犬を代わりにすることもできる。
    「老人は犬を呼び出して戦います。犬は数が多く、防御と攻撃を担います」
     老人は餌を与えて体力を回復させるほか、時々怒鳴りつけて敵の動きを止める。犬はすばしっこく動き、主に爪と牙で敵を攻撃する。
    「また、老人と犬たちは、犬に対しては攻撃しません。もしかすると、何か利用できるかもしれません」
     また、老人を倒せば配下の犬も消滅する。どう戦うかは作戦次第と言えるだろう。
    「主を失って無人となった屋敷は近々取り壊される予定となっています。放置すれば犠牲が出る恐れがあるため、今のうちに撃破してください」
     そこで蕗子は湯呑の茶をすすり、説明を締めくくった。


    参加者
    文月・直哉(着ぐるみ探偵・d06712)
    上名木・敦真(大学生シャドウハンター・d10188)
    雨来・迅(宵雷の兆候・d11078)
    御手洗・花緒(雪隠小僧・d14544)
    上土棚・美玖(高校生ファイアブラッド・d17317)
    ホテルス・アムレティア(斬神騎士・d20988)
    水無瀬・涼太(狂奔・d31160)
    セトスフィア・アルトフォード(よくわからない生き物・d32010)

    ■リプレイ

    ●お犬様ごめんなさい
     灼滅者たちは予知のあった屋敷に侵入し、都市伝説を呼び出そうと、庭で犬の悪口を言い始める。
    「俺は断然猫派だな。なんせあのしなやかな身のこなし! 犬なんぞには到底真似できまい。だってほら、木にも登れないんだぜ?」
    (「ホントは犬も大好きなんだけどな。今回ばかりは心を鬼にして猫推しで行かせて貰うぜ」)
     犬も好きな文月・直哉(着ぐるみ探偵・d06712)にとっては心苦しいが、今は仕方ない。これも危険な都市伝説を倒すためだ。
    「可哀想だけど、近所迷惑だし、早々に出て行ってもらうしかないね。吠えたりすると小さい子とか怖がっちゃうし、手に負えない時とかあるしさ」
     嫌味な口調で迷惑と言ったのは、雨来・迅(宵雷の兆候・d11078)。その言葉は攻撃的ではないものの、少し辛辣な印象も与える。
    「あぁ、可愛いですねえこの犬畜生♪ こんなにモフモフして……罪ですよおこれは罪ですよう! あぁ、モフモフ、モフ、モフモフ……ふふ、ふふふふっ」
    「ワウ、ワウッ!」
     野良犬を捕まえ、悪口かよく分からないことを口にしながら撫でまくるセトスフィア・アルトフォード(よくわからない生き物・d32010)。都市伝説を出現させるという名目で大好きな犬を堂々とモフれるせいか、なんかハイテンションである。
    「犬を大事にする、そのココロは……間違っていないと、思いますが……可愛がり方、間違えたら……誰も幸せに、なれません、よ……ね」
     御手洗・花緒(雪隠小僧・d14544)はちょっとの悪口でも心が痛んでしまうので、犬には何もせず様子を見守る。自分ではやりたくないことなので、仲間たちがやってくれるのはありがたい。
    「犬コロなんてなァ、大して興味ねェっつーか。所詮は畜生だろうが。ニンゲンサマとは立場が違いすぎんだよ」
     水無瀬・涼太(狂奔・d31160)の乱暴な言葉は、自然で違和感がない。それだけ普段から粗野な振る舞いをしているということか。
    「っつーか、媚びへつらう姿は気に入らねェな。そういう態度がないだけまだネコのがマシかも――」
    「かーっ! わしの屋敷に勝手に上がり込むだけでなく、お犬様になんという口をきくか小僧!」
     涼太のセリフをかき消し、怒鳴り声が響く。気付くと、いつの間にか1人の老人が屋敷の縁側にあぐらをかいていた。顔は真っ赤に染まり、その表情には怒りが全面に表れている。
    (「わんこを大事にするのは凄くいいことだと思うけれど、住民に危害が及ぶ可能性がある都市伝説はほっとけないわね」)
     とうとう出現した都市伝説を前に、上土棚・美玖(高校生ファイアブラッド・d17317)は殲術道具の封印を解き、白銀の腕を装着した。

    ●犬の壁
    「お犬様、こやつらに天罰を!」
    「ワンワンッ!」
    「グルルルル……」
     老人の言葉に応え、数匹の犬がどこからともなく姿を現す。一見するとただの犬だが、牙を剥き唸る様子からは尋常ではない凶暴さが見てとれる。
    「なっ、お犬様が奴らの味方をしなさるのか!?」
     都市伝説が出現したのを見つけ、犬に変身して隠れていたホテルス・アムレティア(斬神騎士・d20988)が飛び出して犬たちの前に立ちふさがった。その姿形は大型犬のボルゾイのものだ。
     セントバーナードに変身した上名木・敦真(大学生シャドウハンター・d10188)も駆けつけ、牙を突き立てて奇襲をかけた。
    「なんだか江戸時代の将軍のような都市伝説のおじいさんね」
     美玖が霊縛手を構えると、教会を思わせる装甲が開いて小さな祭壇がせり出す。祭壇を中心に結界が広がり、犬たちの動きを鈍らせた。
    「お犬様、なァ。生まれる時代間違えてきたんじゃねーの。犬コロなんざ適当に扱っとけよ」
     涼太は拳に紫電を走らせ、跳びかかる犬の1匹に叩き込んだ。ライドキャリバーも機銃を連射し、敵の足を止める。
    「犬が好きって気持ちは分からなくもないけどな、被害が出るのは見過ごせないんだ。悪いが退治させて貰うぜ!」
     黒猫の着ぐるみに身を包んだ直哉が、赤いマフラーをたなびかせてポーズを決める。瞬間、悪そうな着ぐるみの目が光り、光線を放って敵の狙いをかく乱する。
    (「あまり手荒なことはしたくないんだけどなぁ……」)
     お年寄りを大事にしたい迅にとっては、都市伝説とはいえ老人を相手にするのは少し気が引ける。とはいえ戦わないことにはどうしようもなく、白光煌めく剣を振るって犬を斬った。
    「止まってくださいねえ!」
     セトスフィアは指輪を老人に向け、魔力の弾丸を撃ち出す。弾丸は老人を撃ち抜き、呪縛によって行動に制約を与える。
     花緒は体に巻きついたダイダロスベルトを翼のように広げ、群がる犬たちを絡め取った。意志持つ帯が犬たちを締め付け、動きを奪う。
    「バウバウ!」
     犬たちが爪や牙を灼滅者たちに突き立てようとするが、霊犬のアラタカ先生や、変身した敦真とホテルスが盾となり、思うように攻撃できない。
    「ああああ、モフモフ……」
     結果、犬たちはセトスフィアに襲いかかる。6匹の犬に一斉に攻撃され傷つくセトスフィアだが、モフモフに囲まれてそれはそれで幸せそうだった。
    「これならどうですかねえ? へーんしん!」
     とはいえ攻撃に晒され続けるのも危険なので、セトスフィアも犬に変身。
    「なんと、お犬様の姿を盗むというのか!」
     しかし老人の前で変身したのが仇となり、ますます老人の怒りは増すばかりだった。

    ●犬と老人
    「まさかそやつらも……!」
    「ばれたら仕方ない……と言うべきですかね」
     正体を見破られた敦真とホテルスは変身を解き、殲術道具を構える。犬変身は壁としては機能したが、攻撃力が大きく低下していたのでどっちもどっちといったところか。
    「そやつは違うのか?」
    「アラタカ、先生、は……犬、です……」
     老人がアラタカ先生を睨むが、当然人間になったりはしない。霊犬が本物の犬として扱うかはさておき、犬の姿しかできないのは確かだ。花緒は長大な刃を振るい、犬の1匹を斬りつける。
    「そ、それは失礼なことをいたしましたっ」
     アラタカ先生を疑ってそれ呼ばわりしたことに、慌てて頭を下げる老人。その徹底ぶりは都市伝説らしいともいえるか。
    (「なぜかしら。昔話だとおじいさんは犬、おばあさんは猫と良くセットになってるイメージなの。あと子供は犬、お年寄りは猫とか……散歩が必要だからかしら?」)
     なんとなく犬と老人が出てくる昔話を思い出しつつ、美玖はオーラを拳に集めて連撃を打ち込んだ。ライドキャリバー・紫はエンジン音を響かせ、地を走って突撃する。
     灼滅者たちの作戦は完全に成功とはいかなかったものの、陣形を変えながら1匹ずつ確実に犬を仕留めていき、徐々に優勢に傾いていく。
    「お犬様になんということを!」
    「あなたが言いますか……」
     人間の勝手に振り回され、今も都市伝説として噂される野良犬の存在に、ホテルスは同情の念を禁じ得ない。早く終わるようにと鬼の拳が犬を打ち、さらに1匹が力尽きて倒れる。
    「俺も役に立ちたいからね」
     怒鳴り散らす老人の声が耳に残って攻撃を鈍らせるが、迅が剣を振るい、刻まれた祝福の言葉を風に変えて吹かせる。浄化の風が灼滅者たちを包み、老人の怒鳴り声を吹き飛ばした。
    「手術しますよお」
     人間の姿に戻ったセトスフィアは、霊縛手を突き立てて犬の体を抉る。本当なら愛用の弓を使いたかったところだが、今手元にないので仕方ない。敦真はコイン状の装置から光の盾を展開し、拳ごと叩きつけた。
    「必殺、猫炎剣!」
     直哉はウロボロスブレイドに炎を走らせ、横薙ぎに振るった。伸びる刀身は猫の尾のようにしなり、炎熱の刃で敵を切り裂く。
    「おらよ!」
     1匹、1匹と、次々と犬が減っていく中、涼太はエアシューズで加速して迫り、炎纏うローラーを叩きつけた。火に包まれ、最後の1匹が崩れ落ちる。
    「そ、そんな……お犬様が……!」
     倒された犬たちを前に、1人残された老人は愕然とした表情を浮かべた。

    ●残されし犬
    「貴様ら、よくもよくも!」
    「身勝手な行い、反省していただきましょう」
     ホテルスは半狂乱になって喚き散らす老人をロッドで打ちつけ、さらに魔力を注ぎ込んで追撃する。噂の元になった老人は、無責任に犬に餌をやり続け、結局犬のことを考えていなかったのだとホテルスは思う。
    「そろそろ終わりです」
     犬を失い丸裸になった老人に、灼滅者たちは次々に攻撃を見舞う。敦真は拳に影を宿して殴りつけ、トラウマを呼び起こして老人を蝕んだ。
    「さよなら、です……」
    「おお、うおおおおおっ!!」
     最後に花緒の影が迫り、大きく口を開いて老人を呑み込む。そして老人は断末魔を残し、影の中に消えていった。

    「犬に囲まれてモフモフできたら私はもう何も思い残す事はありませんよお……」
     ふふふと笑い、幸せそうな表情を浮かべるセトスフィア。戦闘中、犬に群がられてボロボロにされたものの、おかげで思う存分モフれたのでセトスフィア的にはOKなのだろう。
    「今さらだけど、俺犬は嫌いじゃないよ。猫派だけど、犬もそれなりに好きだから」
     そう言って、迅は都市伝説を出現させるときに言ったことを否定する。わざと心にないことを言ったはいえ、自分で取り消さないと少し心地が悪い。
    「私はにゃんこよりわんこ派ね。まっすぐな所が可愛いの」
     美玖は戦闘で荒れた庭を片付けると、屋敷に向かって手を合わせた。犬好きの老人に安らかな眠りをと、冥福を祈る。
    (「犬を大事にすることと、好き勝手構うことは違うのだが、この都市伝説の元となった老人はそこをはき違えていたように思える。ちゃんとしつけをして世話をしていたなら、そんなに苦情はなかっただろうから」)
     古びた屋敷を眺め、あくびを噛み殺す敦真。きちんと世話と躾けができていたら、今は違う噂が流れていたのだろうか。
    「我輩は犬の引き取り手を探そうと思います。このままでは保健所などに送られそうですから」
     野良犬の1匹を抱き上げ、ホテルスが言った。老人はともかく、野良犬たちに罪はない。だから犬たちをこのままにしておくのは忍びなかった。
    「犬の引き取り手探しとくればやっぱり探偵の出番だろ? 俺がいれば百人力さ!」
     ホテルスの言葉を聞き、直哉が笑顔でサムズアップ。地道な活動になるだろうが、人手は多ければ多い方がいいはずだ。
    「ま、やらねえよりマシか。できる範囲のコトはすっかね」
     意外にも(?)涼太も話に乗り、引き取り手探しの相談が始まる。野放図に餌をやり続けた老人のようにならないようにと、3人は意見をぶつけ合うのだった。

    作者:邦見健吾 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年4月13日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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