さくら散る前に

    作者:飛角龍馬

    ●さくらと花見客
     奈良県は日本有数の桜の名所を誇る地だ。
     有名どころだけではなく、無名の場所でも多様な桜を見ることができる。
     山のふもとに位置するこの神社も、そんな隠れた土地の一つであることを、九重朔楽(ここのえさくら)はよく知っていた。
     特に見事なのは、拝殿前の広場に並ぶ桜だ。
     満開を少々過ぎた桜が、風に無数の花を踊らせるのを、朔楽は独り眺めていた。
     長い黒髪を後ろで結い、服は黒地に白の桜花が映える着物姿――そんな朔楽の浮世離れしたいでたちも、ここでは不思議と違和感がない。
     雰囲気を壊しているのは、むしろ彼ではなく、
    「酒とつまみと、この桜だ。いいところ探し当てたもんだよなぁ!」
    「道に迷っただけのくせにー。わたしたちは花より団子だけどねぇ」
     いきなりやってきて飲めや歌えの宴会を始めた、男女数人の花見客だった。
     石畳の上には、早くも空の缶や包み紙が散らかっている。
     この地の桜と花見を愛する朔楽にとって、それは許しがたいことで、
    「わたしあの桜欲しいなー」
    「どれ、少しくらい切っても悪くは」
     酔った女が指さして、男が桜の枝に手を伸ばしかけたその時。
    「奈良千本桜キーック!!」
    「ぐべら!!」
     強烈なドロップキックが背中にめりこみ、大の男がごろんごろんと転がった。
     朔楽は立ち上がると着物の裾を払ってから、花見客達をびしりと指さして、
    「散れこの迷惑リア充! じゃなくて花盗人ども!!」 
    「誰だぁ、てめぇは」
     酔いの回った目で睨む別の男を、朔楽は睨み返し、
    「この地の桜を傷つけようとする者に、名乗る名などありません!」
    「ふざけやがって、ぼっちでコスプレごっこなら他でやりな!」
    「………ぼっち」
     何やら盛大に気に触ったらしく、朔楽が口元を歪める。
    「言ってはいけないことを口にしましたね」
     言葉とともに、朔楽の体を覆っていた闇が一気にほとばしった。
     さすがに花見客達もたじろいで、
    「ちょっと、まだわたしたちなにも……っていうか桜も盗ってないし」
    「大丈夫ですよ、未遂でも許しませんから♪」
     爽やかな笑みで告げる朔楽。程なく、花見客達の悲鳴が辺りに響き渡った。
     
    ●武蔵坂学園、教室
    「今回諸君に解決して頂きたいのは、闇堕ちしかけた一般人に関する事件だ」
     武蔵坂学園の教室で、琥楠堂・要(大学生エクスブレイン・dn0065)が灼滅者達に事件の説明をしている。
    「彼は九重朔楽という、中学生の少年だ。通常、闇堕ちした者はすぐさま意識をダークネスに取って代わられるものだが」
     朔楽は本人の意識を残しており、まだダークネスになりきっていない状態なのだ。
    「そのため、完全なダークネスになる前に、朔楽君を灼滅または救出してもらいたい」
     もし朔楽に灼滅者としての素質があれば、戦闘でKOすることで救い出すことができる。
    「現場となるのは奈良県にある神社、その拝殿前にある開けた場所だ」
     要は黒板に張り出した地図を示して、
    「朔楽君はここでしばらく足を止め、桜を眺めているが、やがて訪れた男女数名の花見客を襲う。そのため、諸君にはその前に現地に向かってもらい、朔楽君とうまく一戦交えて欲しい。花見客が現場にくるまでには、何とかできるはずだ」
     人の訪れも少ない開けた場所なので、人払いも特に必要ない。戦うには最適だろう。
    「朔楽君についてだが、彼はどうやら地元である奈良の桜を愛し、当地の桜のために役立ちたいと考えていたようだ。しかし、花見客にはマナーの悪い者も多く」
     そのような者を数多く目にして、心の闇にとらわれてしまったという。
    「また、彼は物静かな性格のためか、余り友人と花見などして楽しむ機会がなかったようだ。そのことも闇に負けそうになっている一因と思われる」
     うまく説得をすることができれば、朔楽の戦闘力を下げることができるだろう。
    「朔楽君はご当地ヒーロー相当、日本刀相当のサイキックを駆使する。剣技も体術もなかなかのものと見られるので、注意して欲しい。以上が本件に関する重要事項だ」
     言い終えると要は手にしていたメモ帳を閉じて、
    「神社の境内には、花見のできる桜茶店もある。この地域の桜も終盤だが、無事に解決できたら、現地で花見を楽しんでくるのも一興だろう。それでは、よろしくお願いする」


    参加者
    陰条路・朔之助(雲海・d00390)
    若菱・弾(ガソリンの揺れ方・d02792)
    淳・周(赤き暴風・d05550)
    高峰・紫姫(牡丹一華・d09272)
    揚羽・王子(柑橘類・d20691)
    白石・作楽(櫻帰葬・d21566)
    藤原・漣(とシエロ・d28511)
    平・和守(国防系メタルヒーロー・d31867)

    ■リプレイ

    ●桜吹雪の中で
     桜が舞う拝殿前に、鈴の音が鳴り響いた。
     拝殿の鈴の緒を振ったのは淳・周(赤き暴風・d05550)だ。 
     石段を上がってきた朔楽は、その音と、八名の先客に意外そうな面持ちを見せた。
    「ここの桜、綺麗っすね」
    「見事に咲いておるのぅ」
     藤原・漣(とシエロ・d28511)と揚羽・王子(柑橘類・d20691)が花見客を装って声をかける。
     ええ、と同意した朔楽に、
    「失礼、君も花見か? 中々の穴場だな、ここは」
     感心したように平・和守(国防系メタルヒーロー・d31867)が言い、
    「普段は余り参拝客の姿もありません。それが桜にとっていいのでしょう」
     朔楽がそう返した。
    (「やっぱり一人なのを気にしてんのかな」)
     陰条路・朔之助(雲海・d00390)が、少年の言葉の端に影を感じる。最悪、桜を折る振りをして戦闘に持ち込もうとも考えているものの、ここはまだ様子を見るべきか。
    「桜の隠れ家みたいで素敵な場所ですね」
     高峰・紫姫(牡丹一華・d09272)のたとえに好感を持ったらしく、朔楽はこの神社の桜の見事さを話して、
    「おや、奇遇だな。私も『さくら』という名なんだ」
     会話の中で名乗り合う形となり、白石・作楽(櫻帰葬・d21566)が自身の名を明かした。
    (「話はできるようだが……闇に堕ちかけているのは確か、か」)
     サングラスの奥から若菱・弾(ガソリンの揺れ方・d02792)が朔楽を見据える。
     説得に繋がろうかと様子を見ているが――仮初めの会話は、間もなく破綻するだろう。
    「以前、花見客が暴れて酷い目にあってな」
     作楽がこう切り出すと、朔楽の表情に影が差した。
    「そのような者は痛い目に遭わせるべきです。そうしないと分かりはしない」
    「過去に何かあったのか?」
     参拝を終えてきた周が問うと、朔楽は迷惑な花見客への怒りの言葉を並べ立てる。
    「有名所だとマナーの悪い客が多いよな。特にゴミや花泥棒だ」
     和守が深く頷いて、迷惑な花見客はほんとうんざりだよなー、と周が続き、
    「だからと言って殺したりしちゃ駄目だがな」
    「うむ、花見に刃傷沙汰は無粋じゃからのぅ」 
     周と王子の批判を含んだ言葉に、朔楽は表情を硬化させた。
    「それで、だ。君は桜に対する狼藉を見て、暴力的な衝動に駆られるということだな?」
    「……何が言いたいのですか」
     和守は一呼吸置いて。
    「簡潔に言おう。君は……心の闇に呑まれかけている」
     ざ、と一陣の風が辺りの桜を舞い散らせる。
    「桜を傷つける者を罰するのが、間違いだと……?」
     朔楽が腰の刀に手をかけ、体を覆っていた闇が燃え上がる。
     意に染まない者は斬り捨てるか――殺気に身構えながら、周は灼滅者達に叫んだ。 
    「話はここまでだ。闇に堕ちきる前に救い出すぞ!」

    ●さくら散る前に
    「一期は夢よ、ただ狂え」
     花吹雪の中、作楽が解放の言葉を口にする。現れた琥界と共に構えを取るその立ち姿に、朔楽は早くも彼女を油断ならない相手と認めた。勿論、作楽だけではない。
     弾もまた戦闘態勢に移り、ライドキャリバーのデスセンテンスがエンジン音を響かせる。
    「早いとこ終わらして花見と行きたいところっすね」
    「ナノ!」
     漣が相棒のシエロを呼び出して、 
    「守りたい平和がそこにある……『宣誓』ッ!」
     同時に和守が力を解放。瞬時に体を覆った装甲を示しながら、朔楽に力強く宣言した。
    「この桜花の印に誓って、必ずや君を救って見せる!」
    「邪魔をする者は、誰であろうと許しはしません……!」
     朔楽が地を蹴り、太刀を抜き払ったのはその直後。
    「おっと、やらせないっすよ!」
     軽快に飛び出し、纏うオーラで居合い切りを受け止めた漣が反撃の縛霊手を振りかぶる。
     素早いカウンターに見舞われながらも踏みとどまる朔楽。
     そこへ和守が足音を響かせ跳躍。文字通り重い飛び蹴りを、朔楽は横っ飛びに避けた。
     瞬間、紫姫が白姫の衣――ストールにも白蛇にも見える武器を解き放つ。
     まだ定まりきらない軌跡を読み、朔楽は襲来するそれをわずかに身を逸らして回避。太刀を下段に構えて駆け出した。 
     朔之助の放った黒々とした殺気の群れが朔楽を襲うが、その足は止まらない。
     エンジンを吹かしてデスセンテンスが突撃に打って出る。
     朔楽は、石畳を踏み締めて、迎え撃つように刃を下段から振り上げた。
     火花が散って車体が回転、斬痕を刻まれながら吹っ飛び、着地する。
     しかしそれも計算のうちだ。
     琥界が霊撃で援護する中、
    「弾先輩」
    「ああ、悪くない」
     察した弾が、作楽と共に縛霊手を同時に振るい、両脇から朔楽を捕縛。
    「闇に飲まれるでない、その様な事ではこの桜に顔向けができぬのじゃ」
     足が止まった朔楽を、王子の百烈拳が捉え、吹き飛ばした。
    (「あんまり軽口とか言う雰囲気でもないっすね」)
     生じた隙に、漣がシエロにデスセンテンスの回復を指示。
    「桜のために何かを成したいのはわかったが、そのために他人を傷つけても桜は喜ばぬ」
     着物の裾をはたいて立ち上がる朔楽に、王子が言葉を投げる。
    「花見と称した乱痴気騒ぎや、酔いに任せた花折は見過ごしてはならぬ悪行だが」
     王子の言葉に続いた作楽の足下には、桜帰葬――桜の花弁を模した影業が展開。
    「力尽くで排除するなんて、やってはいけないはずです」
     紫姫もまた黒猫の影絵に戦闘態勢を取らせた。
    「それでは奴等の悪行をどう止めろと? 痛みを与えねば分からない連中に」
    「そのようなことではなんの解決にもならぬ。怨恨は怨恨を呼ぶものじゃ――」
     王子の紡ぐ怪談が、現実の力となって朔楽に襲いかかる。
    「怨恨だと……!」
     聞く耳を持たぬと、きつく歯噛みしながら朔楽が再び地を蹴った。
    「俺も桜の印を背負うものとしての思い入れがある。来い!」
     和守が盾を構える。踏み込んでの回し蹴りは彼のシールドに止められた。
     盾で押しのけられた朔楽が、ふわりと宙に身を躍らせた人影に気付く。
    「……しまった!?」
     朔之助が隙を突いて蹴りの態勢に入っていたのだ。
     朔楽の意識がスローで回避の方法を探るが――時既に遅い。
     瞬間、炎を帯びた蹴りが少年に炸裂した。
    「ぐ、っ……」
     ぐらりとよろけたその瞬間、
    「桜の美しさを血で汚してそれでいいのかよ。……よくねえだろ!」
     周の炎を纏った拳が、朔楽を直撃。
    「朔楽さんも分かっているはずです……誰も愛でる人がいない桜なんて寂しいだけだと」
     紫姫の黒猫を模した影業が、着地した朔楽の足元で自身の影を広げながら駆けまわる。
     炎に苛まれる朔楽が、自分を飲み込むように取り巻いた猫と、桜の影業に目を見開いた。
    「私達は食い止めたいんだ、朔楽クン。桜を愛する人が、愛し方を歪めてしまう悲劇を」
     朔楽の瞳が映したのは、心に傷を残すトラウマか――朔楽は刀を持つ手を震わせて。
    「あ、ァァァァ――!」
     怒りと悲しみの混ざった声を挙げた。 

    ●若き花守りに告ぐ
     叫び、影を振りほどき、朔楽は灼滅者達に向けて反撃の光を放った。
     桜の花弁を巻き込んで渦を作りながら、千本桜の力を宿した光線が飛んでくる。
    「平和の守り手の名は、伊達ではないっ!」 
     予期していた和守が、盾を構えて最前線に踏み出した。水が弾けるような音と共に衝撃が襲うが、それを耐え切り、
    「……美しい技だな。これも桜への愛のなせる技か」
    「黙れ!」
     太刀を構えて猛然と駆け出す朔楽。円を描くような剣筋と体捌きで、一対八の圧倒的な数の不利を覆そうと奮戦する。
     重い蹴りを縛霊手で受けた漣が、後ずさりながらも味方の状態を確認。
    「こりゃシエロだけじゃ無理そうっすね」
     シエロが和守にふわふわハートを飛ばし、漣が自己回復を後回しにして、皆の盾となり深手を負っていたデスセンテンスを集気法で癒やした。
    (「ぼっちだか何だか知らんが)」
     虚空に閃く白刃を紙一重で避けながら、弾は朔楽の力が弱まっているのを感じ取る。
    (「男ならいちいちそんな事を気にせず堂々としろよ……なんて言ったら逆効果か」)
     狙い澄ました反撃。弾の炎を纏った重い蹴撃に、朔楽がよろめく。
    「一人で観る桜だっていいもんだろう。それを気にする必要なんかない」
     朔之助の振るう杭を、朔楽が刀で逸らす。金属質の音をたてて火花が散る。
    「でもさ……君は本当に一人なのか?」
     それでも、彼女の真っ直ぐな視線だけは逸らしようがない。
    「……ッ!」
     振りほどくための朔楽の蹴りは命中せず、朔之助を飛び退かせるだけで終わる。
     一旦距離を取ろうとするも、朔楽は自身を幾重にも縛る網状の霊力に態勢を崩した。
     バッドステータスを与え続ける灼滅者達の戦法が、ここに来て効果を発揮していたのだ。
    「俺は誰かとつるむのは好きじゃないが」
     そう前置いて、弾は朔楽に語る。武蔵坂学園とそこに属する者達のことを。
    (「勘違いするなよ、学園の戦力を増やすためだからな」)
     ガラではない、そう思いながら弾は続ける。
    「お前が誰かと一緒に花見がしたいと思ってるなら、俺達と来た方がずっとマシなんじゃねーか?」
    「学園にはお主と同じ境遇の者が沢山おる。直ぐに馴染めると思うがのぅ」
    「もう、一人で抱え込む必要なんてないんです」
     王子と紫姫もここぞとばかりに言葉を紡ぐ。
     戦いの中では異質に思える声掛けだ。それでも、孤独に苦しむ朔楽には確かに響く。
     戦闘のさなかだとしても、核心は伝わる。
     即ち、
    「君が一人だなんて、絶対ない」
    「……!」
     朔之助の言葉が、今度こそ朔楽に突き刺さった。
    「一人で見るより、大勢で楽しんだ方がたくさんの素敵に気付けるはずです」
     桜吹雪の舞い散る中、堕天使の黒翼の名のままに、紫姫が右腕の黒い翼にも見える縛霊手を振り抜いた。
    「だから朔楽さんも、私たちと一緒にお花見しましょう?」
     バチバチと音を立てながら朔楽が縛られ、
    「一人でも……一人でも僕は……!」
    「お前の正義は一人で貫けるものなのか?」
     ふわりと桜が舞うように、拳を構えた周が朔楽の懐に入った。
    「分かってるはずだ。自分が本当はどうしたいのか……考えてみろ!」
     周の百烈拳が朔楽を吹っ飛ばす。辛くも受け身を取って着地した朔楽だが、
    (「一気に決めたい所じゃの」)
     戦況を判断した王子がマテリアルロッドに力を込めた。
    「守りきれないのならば、せめて……!」
     下段に刀を構えた朔楽が、一人でも道連れにしようと走る。
     刀を手に最前線に踊りでたのは作楽だった。
     琥界を引き連れて、迎撃の一閃。
     それを朔楽に弾かれ、返す刀で振るわれた雲耀剣を、今度は作楽が太刀で受ける。
     鍔迫り合いの中、弱まった相手の力に作楽は察する。
     少年が自身の闇に抵抗しているのを。
    「その闇に抗ってくれ。……私は桜を愛する君と共に桜を愛でたい」
     刀で弾く。朔楽が後ろへよろける。
    「これで終いじゃ!」
     王子のマテリアルロッドが朔楽に食い込んだ。
     ぐらついた細身を弾が掴んで、思い切り投げ飛ばす。
     朔楽の体が一瞬、ふわりと宙を舞い――石畳の上に落ちた。

    ●さくら咲く
    「おっ、気づいたっすね」
     漣が言うと、朔楽の傷を癒していたシエロがパッと離れた。
     顔をしかめた後、薄目を開けた朔楽が半身を起こす。
    「……良かった」
     見守っていた紫姫が安心したように言って、灼滅者達を見上げた朔楽が視線を落とした。
    「あ…………。御免なさい、僕は……」
     言いかけた朔楽の頭に和守が手を載せて、
    「君は闇に打ち勝ったんだ。自分を責めることはない」
    「はいはいクリーニングしますからねー」
     漣が軽い調子でESPを発動、戦闘でついた汚れを浄化する。周は拝殿などに目を向けて、破損がないかを確かめていた。見たところ大きな問題はないようだ。
    「さて、無事に解決したところで、茶店でのんびり花見じゃな」
    「そうだ、茶店! 団子とかあるのかな!」
     朔之助が目を輝かせる。
     と、彼女は立ち上がった朔楽に目を向け、近寄ってバシッと肩を叩いた。
    「一緒に行こうぜ。皆で花見ってのもいいもんだろ?」
     言われて朔楽が頷き、小さく笑みを見せる。
     作楽の目配せに、様子を見ていた弾も軽く手を上げて応えた。
    「……チッ、しょうがねーな、あんな説得しちまったしな」
     誰にともなくそう呟いて、皆の後に付いて行く。
     かくして一同が向かったのは、境内の桜茶店。
     石畳を挟むように植えられた桜の木々は、まるで空を覆うように枝を広げていた。
    「美しいな。やはり、桜は静かに眺めるにかぎ――」
    「美味いぞ、この団子! 美味しいもの食べながら綺麗な物を見れるって幸せだよな!」
    「この店の桜餅もまた美味じゃの」
     丸椅子にちょこんと腰掛けた王子も満足気で、言いかけた和守が思わず笑ってしまう。
    「風に舞う花びらもまた良いものじゃ。桜に関する七不思議はないかのぅ」
    「あたしはもう少し後片付けをして帰ろうかな」
     長椅子に座って、緑茶を手に桜を眺めながら周が言う。迷惑な花見客も、注意をしたり清掃しつつ目を光らせている者がいれば、そう騒いでもいられない筈だ。
    「……私って以前は勝手に孤独になろうとしてた時期があるんです」
     その傍らでは、同じく長椅子に腰掛けた紫姫が、隣り合う朔楽に語っていた。
    「でも、友達に引っ張られて、たくさんの仲間に囲まれて。それが、とても心地の良いものなんだって気付かされたんです」
     紫姫の述懐に、朔楽が深く頷く。
    「あまり一人で背負い込みすぎるなよ」
     串団子を手にやってきた朔之助に、朔楽は顔を上げて、
    「色々、学んで行こうと思います。学園にはきっと貴方のような強い男が――いだっ!」
     口を滑らせた朔楽に朔之助のデコピンが炸裂する。ついでにビシッと指さして、
    「何処見てんだっ! つーかお前も間違えられるクチだろ!」
    「盛大に勘違いしてるっすよ!」
    「朔楽クン、朔之助先輩はだな……」
    「え、あ……あれ……?」
     今更気付いた朔楽が、驚愕から平謝りに転じる。傍で見ていた弾も軽く笑ったように見えた。作楽もまた微笑んで、
    「この花見を終えたら共に行こう。……そこで出来ることは、きっとある」
     桜が舞い散る中、朔楽が笑顔の花を咲かせた。 

    作者:飛角龍馬 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年4月24日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 1
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