バーテンダーと甘い毒

■リプレイ

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「すすきのに網を張っておけばあるいは……と思ってはみたんだけどな。今回もどうやら後手に回っちまったらしい」
　客人・塞（荒覇吐・d20320）が言った。塞は前回のすすきのでの事件以降調査を続け、闇堕ちしたナオコの存在を発見した。が、塞としては元凶であるシャボリーヌの悪行を止められなかったことを悔いているのかもしれない。
「でも、おかげで今回の淫魔を発見できたんだし」
　ライドキャリバーの我是丸を傍らに、深束・葵（ミスメイデン・d11424）が言う。
「そうだな。あ、念のため接触までは光源は最小限にしておこう」
　塞はそう呼びかけると、こちらも念のため、怪談を語り人の接近を防いでおく。高架下の広場には1つ街灯があり、暗い場所が極端に苦手な西園寺・夜宵（神の名を利した断罪・d28267）は、早くナオコが来てくれるといいなと思いながら、その近くへ移動した。恐らくナオコもこの街灯の下でフレアバーテンディングの練習をしていたのだろう。
「自分の夢を、叶える為に、闇堕ちしただなんて……」
　贈り手の想いか、抱擁の名を持つ清楚なワンピース姿の夜宵が、電灯に照らし出される。
「夢を追いかけて、から、夜を支配するため、に変わりましたか。……詰まらないですね」
　高架下の柱に寄りかかり、三和・透歌（自己世界・d30585）が気怠げに言った。
「フレアバーテンディング……どんなのかしら。ちょっと気になるわね」
　姫川・クラリッサ（月夜の空を見上げて・d31256）が言った。側にはナノナノのスコアがいる。透歌は、
「フレアバーテンディングには私も少し興味があったので、観客として見てみたかったのですが。今となっては、もう」
　言葉の最後は小さな溜息へつながった。
「折角頑張ってきたのに、こういう形で道が潰えてしまうのは、寂しいなって思います」
　と言ったのは矢矧・小笠（蒼穹翔ける天狗少女・d28354）。青いウェーブのかかった髪に、花の髪飾りが咲いている。
「隙に、付け込むだなんて……許せない」
　夜宵はシャボリーヌへの感情を吐露する。元々、淫魔には良いイメージを持っておらず、どちらかといえば嫌悪しているといってもいい夜宵だ。小笠も同情はするものの、徹底的に攻撃をする心構えでいる。
（「難しいことはわからないけど、せめて長く苦しまずに済むように……」）
「どんな艱難辛苦もダークネスの前では全てが吹っ飛ぶ。げに恐ろしきは人の情。かな？」
　葵が言った。とはいえ自分たちにとっては別にどうということないごくありふれた話。この世から存在が抹消される人間が一人増えるだけのことだと葵は思う。
「残念だけど、もう戻れないのよね。倒すしかないのよ」
　そう言って、クラリッサはふと導かれるように夜空の月を見る。少し黄色みを帯びた春の月。クラリッサの月の光を溶かし込んだような金の髪が、夜風に吹かれて流れた。
「それにしても」
　クラリッサはくるっと隣のシフォン・アッシュ（影踏み兎・d29278）を振り返ると、
「シャボリーヌってすごい名前よね」
「そうだねー。『頭部を不思議な泡のようなものが包んでいる』ってことだから、それがシャボン玉、なのかな？」
　軽く握った指の関節を顎のあたりあて、考えるような仕草のシフォン。
「ＨＫＴ六六六もＳＫＮ六六六もアイドルっぽい名前だし、流行りにのったのかしら」
　クラリッサが言う。シフォンは、
「ミスター宍戸のセンスなんだろうねっ。アリエルっていうのもアイドルっぽいなー」
　髪色のピンクそのままに明るく元気なシフォンは、周囲の緊張を和ませる。もちろんシフォンも内心には、思いを抱えているのだが。
　一方、高架上には雲無・夜々（ハートフルハートフル・d29589）が潜んでいた。
（「ナオコがダークネスになった経緯には、思うところがなくもないが」）
　今この場では全く関係がない。ダークネスと出会ったらやることは一つ。
（「ぶった切ろう」）
　カツカツと、ヒールの音がきこえてきた。　

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　次々とライトの灯る高架下を、ナオコが不審気に見た。光の中に浮かび上がる少年少女たち。特に気に留めるまでもないと思ったのか、そのまま進もうとしたナオコの前に、透歌が差し向けたウェッジがキッ、と停まる。
「？」
「ナンバーワンに、なった気分は、どう？」
　ナオコはまだナンバーワンにこだわっているのだろうかと思いながら、夜宵が声をかける。
「……何？」
「あなたを、引き摺り下ろそうと、してるって噂……聞いたんだけど」
「あら」
　ナオコは勝気な艶のある唇を弓なりにして、
「あなた同業？　どこの店？」
「……わたしは、ただ、噂を」
「ふうん。まあ、いいわ」
　値踏みするように夜宵を頭から爪先まで見ると、
「私を引き摺り下ろしたいなら誰でもいつでも大歓迎よ？」
　そして偽物の睫毛を少し伏せ、
「できるものならね」
　シャボリーヌによって与えられた淫魔としての自信。それはシャボリーヌ配下の淫魔たちが挑もうとしているパフォーマンス勝負によってさらに高められるのかもしれなかった。しかし、それにナオコを参加させるわけにはいかない。
「あなたの、フレアバーテンディングの、腕を、見せて欲しい」
　夜宵の言葉に、ナオコは眉を潜めた。
「……あなたたち、」
「やぁ兄弟」
「！」
　殺意を以って友愛を示す。故、挨拶から始めるのが、『らしい』。ナオコが踵を返すことはできないくらいの真後ろに、夜々が降り立つ。
「近頃はここで練習していないね。やりたいことはできるようになったのかい？」
　振り返らずとも、夜々の寄生体が蠢く様を感じたであろうことが、ナオコの表情から読み取れた。さらに、
「得意なんだよね？　私も見てみたいなっ」
　傾国の狐と見まごう九尾を展開、シフォンも退路を断つ。そして、
「お前の技、見せてみるがよい」
　巻き起こる突風とともに、面を被り暗緑色の高下駄を履いた小笠が、素の顔とは違う天狗を演じてみせる。変わらず柱に寄りかかったままの透歌、煽るように我是丸のヘッドライトを向ける葵。クラリッサは、
（「たまには、弓使わないのもいいかもね」）
　自らの名前を冠した月に祝福されし弓は封印をそのままに。塞は身に宿された羅刹の力の一端を、片腕へと現し変化させる。
「いいわ」
　ナオコの片手にボトル、片手にティンが現れる。ナオコはボトルの中身をティンに注ぎつつ、
「私のパフォーマンスを、存分に味わいなさい」
　どくどくとあふれてこぼれる液体は濁った芳香と殺気を放ちながら霧となって広がっていく。

●
　サーヴァントたちと夜宵が攻撃手を守るべく壁を作った。半身にダメージを受けつつも、ワンピースの裾と漆黒の髪の先をひるがえし、夜宵は指輪から魔法弾を放つ。夜宵の魔力がナオコの手先足先を痺れさせる間に、塞が異形の腕を振り下ろし、その肩を打ち砕いた。
「行きましょうか」
　ウェッジに飛び乗った透歌は霧を突っ切り、寄生体に暗く輝く巨大な湾曲剣を飲み込ませた夜々は、霧を蹴散らすよう地面を蹴る。
　その背を追うように後飛ぶ白銀に煌めく帯は、葵の放った猿神棘衣。夢に誘う帯は、わざと光源をつけていない夜々の姿をも夢の中へ隠し、さらにその上、風を操り小笠が飛んだ。死角へ潜んだ夜々を見失い、葵の帯に気をとられるナオコを貫くシフォンのナインテイル。ナオコは吹き出す血に表情を固め、十を超えるカクテルシェイカーを周囲に浮かべる。が、
「ひ、」
　そこへクラリッサの歌声が響き渡った。専門はヴァイオリンのクラリッサだが、そこはサウンドソルジャー。類稀なる音楽の才能は歌にも昇華され。神秘の歌声は耳を塞いだくらいで防げるものではなく、ナオコの五感から脳幹へと染み渡る。その間にスコアは盾役へハートを飛ばし、我是丸はエンジンを全開、ナオコを跳ね飛ばした。そこへ、
「ぐ」
　待ち構えたように葵の帯が刺さる。そして死角から現れ、夜々が刀を振り上げた。しかし夜々は何かを感じ取り、そのまま後ろへ飛び退く。
「あっぶね」
　夜々が逆の手で頬を伝う血を拭った。夜々がさっきまでいた場所ではシェイカーが荒々しく縦横に回転している。ニッと笑い、自分から夜々へ向かって距離を詰めようとするナオコ。だが、
「っ！」　
　透歌の縛霊手Gloomy Dayが容赦なく振り下ろされ、ウェッジが機銃を掃射。続き、天狗か鬼か。宙を滑るように飛び、小笠が羅刹化した腕で殴りつけ、
「キャア！」
　コンクリートに血飛沫。その隙、再び間合いを詰めた夜々が、大きく振りかぶった片腕の刀でナオコを斬り裂いた。

●
　ナオコが肘の上に立てたボトルをスナップした。鋭い攻撃をかばいに入った透歌は、防御に使った腕に傷を負う。
「大丈夫か？」
「……ええ」
　透歌の傷の程度を確認、塞はすぐに透歌を帯で包んだ。その様子を見て舌打ち、慣れた手つきで複数のシェイカーをジャグリングするナオコに塞は、
「ボトルにシェイカー、そいつはあんたの大事な商売道具だろう。戦いの中でこんな風に使ってなんとも思わないのか？」
「商売道具……には違いないわね」
　ぱっと広げた両腕にシェーカーとティンを並べてのせ、ナオコが言う。
「でも、今はこれが全てではないわ。私には『力』があるんだから！」
「うわ！」
　ナオコが腕を交差させると同時、後ろから飛び蹴りをしかけようとしていた夜々の身体が、思い切り吹っ飛んだ。
　唇の端を満足気に上げ、間合いを逆へとろうとするナオコ。しかし、その足元へまっすぐに影が走り、ナオコの身体を下から這い登るように斬り裂いた。影はハラハラと塞の包帯から傷の癒えた手足を現しつつある透歌の元へ戻っていく。戦いに身を置くのは暇潰しではあるけれど。それでもひとたび身を置いたなら。透歌は冷静に攻防をこなす。
　夜々は飛ばされながらも宙で膝を曲げ、エアシューズの車輪を壁へ当てると、勢いひねって宙返り、片手をついて着地した。その夜々を守るように出現した虹色に輝く小光輪は葵の猿神礫手。夜々の盾となり、傷を回復する。そして、
「てんぐ様の威光を見せてやろうっ！」
　小笠の声。切り裂かれた服の隙間から血を滲ませつつナオコは上を見上げると、投げ放ったティンで壁をつくり、駈け出した。
　だが無駄に終わる。小笠が偽・天狗の錫杖を高々と掲げ、渦巻かせた魔力から雷撃がナオコを追いかけ、直撃。ナオコの付呪をも叩き割った。続き雷に撃たれ、片膝をつきかけたナオコを、地に降りた小笠が渦巻く大気が車輪を為す高下駄で蹴り飛ばす。カラカラといくつかの道具が地に落ちた。
「隙を見せるとはまだまだであるな！」
「何をっ！」　　
　険しくなった表情で、ナオコはシェイカーを手にする。が、小笠は風を乗りこなし、遠くとびのいたあと。すかさずサーヴァントたちの攻撃が襲い、夜宵がエアシューズを走らせて、片足で踏み切った。煌きは軽やかでも載る重力は破壊の重さ。咄嗟に向かわせたティンごと夜宵のシューズがナオコを蹴り潰した。
「くっ……」
　ナオコが視線を巡らせる。それまで好戦的だったナオコの心が動いたのを、シフォンは見逃さなかった。
「逃がさないよっ」
「！」
　ジェット噴射でナオコの胸元へ飛び込んだシフォンが、杭を打ち込む。
「クラリスさんっ！」
「まかせて！」
　シフォンの合図に、クラリッサは、旧GHQ秘密基地から引き抜いてきたKEEPOUTを赤色にスタイルチェンジ。杭撃たれた位置をおさえながらも爪先を外へ向けようとするナオコを、殴りつけた。

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「聞いたこともないような喝采を送ってやるから、もっと踊っておくれよ！ パフォーマーなんだろ？」
　挑発するような言葉と非物質化した短剣で深くナオコの魂へ刻みつけた傷を残して、夜々が飛び退く。夜々を追いかけようとした瞬間ガッと口からこぼれた血がティンに注がれるのを、忌々しげに睨みつけたナオコへ、容赦なく襲いかかる流星はクラリッサの片足。低く低く沈みつつある月はクラリッサを見守り、金の髪が呼応するように艶めく。
　回復役の塞と葵に加え、状況に応じ、夜宵の纏う優しい光+ προνοια +や透歌の操る純白の帯Sleeping Mind、さらにスコアのハートも確実に回復を助ける。加えて各自が意識していた付呪の解除と破壊。対しナオコは回復をはかっても、追いつかない段階まできていた。
「こんな……」
　何か悪い夢でも見ているのではといった表情のナオコを、透歌の差し向けた正真正銘の悪夢の影がすっぽりと喰らう。引きずり出されたトラウマに何を見たか。葵の構えた黄金色に煌めく猿神鑼息が回転、轟音とともに爆炎をはらむ弾丸が撃ちだされた。ナオコの身体は一瞬にして燃え上がり壁にうつる影がゆらめく。刹那、真正面から夜宵が赤色標識を振り下ろし、殴打の振動でナオコの足は完全に止まった。
　声のかわりにひゅうと穴のあいた喉が音を立てるだけ。ティンを投げる力もない。それでも痺れる手でナオコはボトルから付呪を得るべく液体を注ぎ、溢れさせる。
「その未練、断ち切って見せようぞ！」
　天狗の高下駄が空気をかき回した。小笠の回し蹴りが起こした暴風がナオコの付呪を吹き飛ばし、さらにシフォンの足元へ渦を巻く。
「行くよ！」
　ホワイトラビットの白い暴風が爆ぜるとともに、爆発的な加速を得たシフォンが駆け込み、高く跳んだ。風に煌めく星の欠片は引導となるか。
「ア、」
　ナオコはシフォンに蹴り潰され、両手両膝を地面につく。まだ生きている。まだ私は、まだ、
「グ、」
　上体を起こしかけたナオコの身体中を、塞の放った帯群が同時に貫いた。ナオコはゆっくりと倒れながら霞と消える。あとには道具のみが残された。
「……もう助けられないってのは分かってたんだけどな。前回といい、今回といい、後味の悪いこった」
　塞が呟く。
「何とかするにはやっぱシャボリーヌってやつを止めるしかないんだろうな」
　夜々はナオコの残した道具を拾い上げ、見よう見まねでジャグリングしてみながら、
「技は見事だったな。ダークネスだからとか、そんなことは関係なく」
　帰途につく灼滅者たち。シフォンは最後にもう1度振り返った。
（「夢っていうのは、とっても凄いんだよ？　叶えようって思えば、心の底から力が湧いてくるし、みんなそのために夢中になれる。笑顔になれる」）
　その夢に手を出すなら。
「……シャドウでなくても私は許さない」
　もうどこにも居ないあなたのために。シフォンの唇が意志強く結ばれる。
「どうしたの？　シフォンちゃん」
「ん、なんでもないよっ」
　クラリッサの呼びかけに答えたシフォンはいつもの明るい笑顔。クラリッサは、
「私、バーにいってみたいわ」
「えー？　私たち未成年だよ？」
「もちろんノンアルコールよ。一杯だけ、乾杯しましょ？」
　そしてクラリッサも高架下を振り返り、
「戦ったあの人に、ね」

作者：森下映	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2015年4月28日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 5／感動した 0／素敵だった 1／キャラが大事にされていた 1
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