青の迷宮

    作者:西宮チヒロ

    ●tranquillo
     深夜の地下鉄の奥。瞬く間に現れたそれは、正しく西洋風の迷宮であった。
     すべての路に沿って配された浅い水路の、その淡く揺らめく水があたりに反射し、床、壁、天井――四方を埋め尽くす石たちを、幻想的な青に染め上げる。
     あたりを包む水の気配。清涼な水音に紛れ、微かに聞こえるのは滝のそれだろうか。
     だが、その命の音たるせせらぎを掻き消すのは、軋むほどに響く甲冑の音と、言葉にもならぬ死人の声。

     当て所なく水辺を横切ってゆく死人たち。
     その錆付いた鋼の靴が水に触るたび、青は柔らかな光を放ちながら幾重もの波紋を描き――そして、再び元の色へと還っていく。
     
    ●rapidamente
     陽のぬくもりを残した夕暮れの音楽室に集まり始めた灼滅者達の姿を見留めると、小桜・エマ(高校生エクスブレイン・dn0080)は掌にあった音楽プレイヤーを止めた。細い指先に絡めながらイヤフォンを外すと、集ってくれた礼を添えて説明を始める。
     切欠は、錠之内・琴弓(色無き芽吹き・d01730)が発見したという、深夜の札幌における地下鉄ダンジョン化だった。
     ダンジョン化するのは、終電が終わった深夜2時頃から始発が出る明け方の5時頃まで。故に未だ被害は出ていないが、とは言え、このまま見過ごしても何が起るか解らない。
    「それに、この一件……地下鉄とノーライフキングのダンジョンの一部が、繋がりかけている可能性が高いんです。このままだと――」
    「地下鉄全部が、ノーライフキングのヤツらのダンジョンと融合しちまう。だから、そーなる前にダンジョンにいる敵を倒してくる、って事だろ?」
    「さすが! ご明察です、カナくん」
     言葉を継いだ多智花・叶(中学生神薙使い・dn0150)にふわり笑顔で頷くと、エマは手元の音楽ファイルから地図を取り出した。
     
    「今回潜入する駅は、幌平橋駅です。そこから中島公園駅へ向かう地下鉄の途中から、ダンジョンが現れます」
     言いながら、エマの指先が机上に広げた地図を辿る。
     名の通り、水と緑の溢れる公園の真下を通る地下鉄路線。だが、そこに蔓延るのは、それらとは対局に在る死人ばかりだ。
    「アンデッドはどの子もスケルトンタイプ。西洋風の武具を装備していて、数は……ざっと50体ほど」
    「50体!?」
     椅子の背に凭れ掛かるようにして話を聞いていた叶は、あまりの数に反射的に思わず身を乗り出した。その驚き様にひとつ眸を瞬かせると、エクスブレインの娘はくすりと笑む。
    「数は多いですがそんなに強くはないので、そこは安心して下さい。でも、あんまりのんびりしてると夜が明けちゃうかもです」
     アンデッドたちは1~3体の少数でダンジョン内を徘徊している。ダンジョンは入り組んでおり、敵がどこにいるかも解らない為、索敵時間も考慮するとエマの懸念も尤もだろう。
    「……あ。でも、50体の内1体は他の子より幾回りも大きくて、体力もパワーもピカイチなので、その子だけは注意して下さいね」
     アンデッドたちは皆、妖の槍相当のサイキックを使ってくるが、巨大死人のそれは相応の破壊力がある。巨大死人は単独で行動している故に戦いやすくはあるが、油断は禁物だ。
     また、直接危害を与えるような罠はないが、隠し扉などから突如敵が襲い掛かってくる可能性はありうる。それも踏まえ、慎重に探索した方が良いだろう。
    「自然現象なのか、ノーライフキングの実験みたいなものかはまだ解りませんが……何があってもおかしくありませんから」
    「おう! 気をつけて行ってくるな」
    「はい。あ、まだ北海道は寒いですから、温かくしてって下さいね」
     どうかお気をつけて――よろしくお願いします。
     エクスブレインの娘はそう微笑みながら、ふわり波打つ髪を揺らして灼滅者達を見送った。


    参加者
    焔月・勇真(フレイムエッジ・d04172)
    黛・藍花(藍の半身・d04699)
    漣・静佳(黒水晶・d10904)
    山田・菜々(家出娘・d12340)
    クラウディオ・ヴラディスラウス(ドラキュリア・d16529)
    オリヴィエ・オーギュスト(従騎士・d20011)
    アルディマ・アルシャーヴィン(リェーズヴィエ・d22426)
    道敷・祀(代替の神体・d31225)

    ■リプレイ

    ●AM 02:13――MISSION START
     足許には、歪みなく、真っ直ぐに伸びる石畳の通路。その両脇に平行して走る足首ほどの深さの水路は、絶えず涼やかなせせらぎを響かせ、その仄かに灯る淡い青が迷宮全体を染め上げていた。
    「うわぁ……綺麗ですねえ……」
     普段から背伸びしがちなオリヴィエ・オーギュスト(従騎士・d20011)の瞳も、今日は歳相応の煌めきを抑えきれずにいた。同い年である徹もまた、不思議そうに瞳を丸くしてぐるりと仰ぎ見る。
     周囲を囲うのは、整然と積み重ねられた大きめの石。アーチを描いた天井は相応に高く、反射して映し出された水面の影が柔らかに揺らいでいる。
    「この光る水はいいわ、ね。屍人にしては、いい趣味だ、わ」
     クラウディオ・ヴラディスラウス(ドラキュリア・d16529)が仮面越しに瞳を細めて嗄れ声を零せば、
    「きれいっすけど……うぅ、やっぱり寒いっすね」
    「水路がある分、よけいに冷えてるのもあるのかな」
     身を抱えて震えた山田・菜々(家出娘・d12340)に、焔月・勇真(フレイムエッジ・d04172)が「手、開いて」と微笑んだ。言われるがままに掌を広げれば、数粒ころりと転がった寒さしのぎのチョコレートに、菜々も笑顔でお礼を返す。
    「なぁ、これなんだ?」
     多智花・叶(中学生神薙使い・dn0150)の視線の先、通路の両脇には怪物の像があった。ここを通さんと言わんばかりに槍を構えるそれは、物語に出てくるガーゴイルを思わせる。
    「少し調べさせてくれないか」
     そう申し出たアルディマ・アルシャーヴィン(リェーズヴィエ・d22426)の調べた結果、唯の石像だという結論に落ち着いたそれを基点とし、彼と黛・藍花(藍の半身・d04699)はアリアドネの糸を紡ぎ出す。
    「巷では死体が消えたとかいうお話もありますが、ここでは骨になってるんですよね……」
     まるで双子のようなビハインドとともに首を傾げるも、ともあれ急ぎましょうか、と藍花は言葉を継いだ。
    「こちらも、準備整っております」
     マッピング用の筆記具を手にする道敷・祀(代替の神体・d31225)に、漣・静佳(黒水晶・d10904)も頷きちいさく微笑む。
    「では……参りましょう、か」

    ●AM 03:47
     獣が一蹴した骨人たちの脇腹を、次いで横一文字に薙いだ獲物が真っ二つに裂いた。
     床へと崩れ落ちる骨を視界の端に留めながら、左足を軸に身を反転させる菜々。盾たる霊犬・シュビドゥビの後方、クラウディオが放った魔法弾をまともに食らって転がり込んできた敵へと、勢いを乗せた獲物を叩きつける。
     小刻みに歯を鳴らしながら、覚束ない足取りで立ち上がった骨人を視線で捉えると、アルディマはすかさず愛杖を翳した。煌々たる炎が生む軌跡に混じり放たれた影が鋭利な刃となって、人型を形作っていた骨を幾つもの白塊へと変えてゆく。
    「もう一丁!」
    「黄泉國より這い出て来た死人なれば、黄泉津大神の憑り代であったわたくしの手で在るべき場所へと還してやるのが筋でしょう」
     残る骨人へと風刃を喚ぶ、叶の大鎌。無数の傷を刻みながら尚も勢いを増すその竜巻へと放たれたのは、鋼のように強靱なる祀の帯であった。渦巻く風ごと両断された敵は中空で崩壊し、宙へと解けていく竜巻の尾から零れた幾つもの骨が、石畳へと渇いた音を響かせた。

    「これで合計15体か」
     獲物に代わり、アルディマが洋灯を手に取った。敵の気配が消えた空間を見渡しながら、「なんか本当にゲームのRPGみたいっすね」と菜々も軽く一息吐く。
     迷宮は想像以上に広かった。枝のように分裂していく通路は袋小路になっているものも多く、必然的に往復を繰り返す頻度が高くなり、それだけ時間も掛けざるを得ない。
     あたりに満ちる水もまた、その性質上、光ったからと言って必ずしも敵が接近してきているとは限らなかったが、それでも反響する鎧の音から敵の人数を探る作戦は、迎撃するにあたり功を奏したと言えよう。
    「まったく骨のない連中よ。……いえ、骨しかない連中と言うべきでしょうか」
     言いながら再び日本狼の姿へと転じた祀。肩口に零れた金の髪を払いながら、クラウディオもその視線を霊犬へと移す。
    「本当手応えのない……ねぇシュビドゥビ」
    「……って、なぁ、なんかピクピクしてるぞわんこ!!」
    「あらいやだ、シュビドゥビが瀕死だ、わ」
     言葉の割りにはちっとも驚いていない様子のまま、手伝いに加わった叶とともにクラウディオは霊犬へと治癒を施す。
    「ノーライフキングのダンジョンて、不死王戦争のときの水晶城みたいなもんなんすか?」
    「ああ。どうやらそれに近いようだな」
     菜々の問いに答えながら、再び静けさの戻った空間へと視線を巡らせるアルディマ。
    「もう少し早ければ雪まつりも見れたんすよね。ノーライフキングももう少し気をきかせてもらいたいっす」
    「逆に、ノーライフキングの迷宮でもなけりゃ、ここもいい観光地になってたかもな」
    「それはいいっすね! こんなときでもなければ、デートにでも来たいところっす」
     周の言葉に菜々が声を弾ませていると、先の様子を見に行っていたはずの想希が駆け込んできた。肩で息をしながら、青ざめた顔で必死に声を洩らす。
    「向こうに、吊り橋があって……途中、足場がなかったみたいで、悟が……!」
     脳裏を占めるのは真新しい残酷な記憶。蔓に辛うじて掴まりながらも、いつものように笑う悟。伸ばした手は空を切り、愛おしい人は闇へと飲まれ――。
    「ただいもー」
    「……え?」
    「すぐ横穴があってな。滑り込んだらここに出たんや」
     ひらり手を振り、けらりと笑ってみせる悟へと安堵の溜息を盛大に零した想希は、そのまま凭れかかるように抱きしめた。背中を叩いてくれる掌は優しくて、落ちた拍子に見つけた煌めく泉への誘いに微笑みを返す。
    「つまり、この先に足場の抜けた吊り橋があるっすか?」
     首を傾げる菜々の言葉に、ハンドフォンでの定期連絡を終えたクラウディオが、漸く元気を取り戻した霊犬へと微笑んだ。
    「ほら先に行きなさいシュビドゥビ」
     びくっ。
    「どうしたの、大丈夫よまた死にかけても治して、あげるから」
     続く声に、ぱたぱたと振られていた尻尾がぺたりと落ちた。思わず憐憫の眼差しをわんこに向けながら、叶が言う。
    「『マジかよ御主人』って顔、してるぜ」

    ●AM 04:15
     突如壁向こうから現れた灼滅者一行に、骸骨戦士たちは完全に不意を突かれた形となった。
     甲冑音だけではなく罠や仕掛けへの注意も入念にしていた彼ら。壁からの不意打ちに配慮して通路の中央を歩き、11フィートほどの棒――意地の悪いゲームマスター対策として、一部界隈でも名高い――で壁や天井の空間を調べ、必要ならば触れることも厭わない。
     そうして、壁向こうに空間があり、壁の一部がそこへ通じる扉となっていることに気づいた彼らは、それを利用したのだ。
     隠し扉を突き破らん勢いで飛び出し、そのまま眼前の敵へと突撃したのは勇真のライドキャリバーたるエイティエイト。その勢いに乗じて、別の1体の懐へと飛び込んだオリヴィエの切っ先が、死角から骨人の足首を鎧もろとも真っ直ぐに両断した。同時に繰り出された藍花の影はもう片方を力のままに絡め取り、そこへ、彼女に寄り添っていたビハインドが衝撃波を食らわせる。
     足許から崩れ落ちながらも起き上がろうとする敵兵の胸へと、勇真の振り上げた炎拳が叩き込まれた。身体の芯を揺らがせるほどの衝撃に、耐えきれず戦士は砂と化す。
     残る2体を見据え、静佳が唱えたのは死の魔法。一瞬にして氷の棺へと閉ざされた骨人らは、為す術もなく仮初めの命を終え――そして再び、あたりに静寂が戻る。

    「飲むか? 休憩の時に温まろうと思って用意しといたんだ」
    「ありがとうございます」
     保温水筒から濯がれたホットドリンクを勇真から受け取ると、静佳はこくりと一口飲んだ。喉を通ってゆく熱が、水辺の涼しさに、いつの間にか冷え始めていた身体を内からあたためてくれる。
     戦闘を終えた傍にあったのは、部屋のようになった少し広めの空間だった。
     通路を平行して走っていた水路は、部屋の壁づたいに別れ、更に横に分かれ、まるで路盤のように部屋全体に十字を描いていた。部屋の中央、穏やかに淡く灯る青を湛えている円形の泉を、ビハインドの少女が興味津々に覗き込んでいる。
    「どうでしょう……地図、見辛くありませんか?」
    「大丈夫。綺麗に描けていると、思うわ」
     そう微笑む静佳に、今辿ってきた路を書き加えたオリヴィエも安堵の笑顔を見せる。
    「マッピングしつつダンジョン探索って、ファンタジーRPGっぽいよな。敵も敵だし、隠し扉とかあるし、キラキラ光って綺麗だしさ。確かに見せたくなるよな」
    「ああ、作り主の趣味がよくでてる。水面が光るってのもけれん味があって、俺ぁ嫌いじゃないね」
     勇真に頷く十四行も、元は迷宮の主が気になって同行したのだが、今はその造りに唯々関心するばかりだ。
    「本当……不思議な迷宮、ね。光る水も、綺麗。もっとゆっくり、見たいものだわ」
    「あの、写真撮ってもいいですか? あんまり綺麗ですから、後で姉さんや妹に見せてあげたくて」
     ぽつり零れた静佳の願いを叶えるかのような、オリヴィエの申し出。
     罠を逆手に取った戦略の甲斐あって、想定より早く討伐できている。多少の猶予はあるから大丈夫だと、藍花は静かに、ビハインドは笑顔で頷いた。揃いの動きに和みながらお礼を添え、写真を撮り始める少年の横顔もまた子供らしくて、クラウディオと連絡を取る勇真の口許も自然と緩む。
    『こちらは計24体、ね』
    「こっちは今ので25体目……ってことは」
     ――残るは、巨人骸骨。
    『とは言えどこにいるの、かしら。地図上でいくつか空いている、空間はあるけれど』
    「そうだな……ん?」
     不意に引かれた服の裾に勇真が視線を落とせば、何か言いたそうな藍花がいた。娘は見上げていた視線を水路へと向け、囁くように言う。
    「巨人は恐らく……この先です」

    ●AM 04:38
    「そうか……水の流れか」
     ――この水はどこから来て、そしてどこへ流れていっているのか。
     途中で合流し、藍花のその疑問にまつわる話を聞き終えたアルディマが感心するように瞬いた。宿敵の迷宮を巡ることで今後に役立てようと思うレニーもまた、なるほどね、と頷く。
     流れ着く先は既に入口で見ていた。通路の両脇にあった水路。それは外界との境で、どこへ続くとも解らぬ真下へと流れ落ちていっていた。
     ならば、その逆の水源はどうだろう。その答えも、配下がいなくなった迷宮内であれば容易に知れた。ビハインドの少女が、愉しそうに両手を耳に当てる。
    「……確かに聞こえる、わ」
     それを見て瞳を閉じた静佳の耳許に届いたのは、明瞭な滝の音。思えばその音については、エクスブレインも触れていた。
    「滝の音……結構響いてるっすね」
     倣って耳を澄ませる菜々に、祀が静かに声を弾ませる。
    「音の響くほどの滝ならば、相応の高さ……それこそ、巨体でも動けるほどの場所にあるのでしょう」
     祀の言葉に、一同は眼前にどうと立つ、一際大きな観音開きの石扉を見上げた。
     流れ落ちる滝音だけではない。
     水流による確かな地響きが、扉の向こうに在るものを示していた。

     一斉に飛び込んだそこは、巨大なドーム状の空間だった。
     等間隔に周囲を巡る飾り柱。所々に数メートル四方の石畳がある以外は、すべての足場が靴底程度の水に覆われていた。正面奥の壁には巨大な女神を思わせる彫刻が施され、その両脇の石壁に開いた穴から溢れ出た滝は、光の飛沫を上げながら女神の足許の泉へと注がれている。
     そしてその手前には、美しい光景を覆い隠すほどの巨大な屍人が、1体。
    「行くよ、Hauteclaire……!」
     光と影が濃淡を、揺らぐ水面が模様を青に与えて、なお一層青に煌めく石迷宮。不可思議に動く骸骨戦士。手にした剣の重さ。騎士伝説から取られた己の名前。胸を高鳴らせるすべてが今、騎士たらんとするオリヴィエの力となる。
     頭上高く、灼滅者らを捉えた虚ろな双眸が不穏に灯ったかと思えば、その巨体からは想像できぬほどの速さで屍人は地を蹴った。地を響かせる脚は静謐なる水辺を踏み荒らし、水面に描かれていた美しい紋様を穢しながら、回転させた大槍が前線を一気に薙ぎ払う。
     衝撃と激痛。
     護りを固めていたエイティエイト、シュビドゥビ、ビハインドの少女、そしてオリヴィエまでも、負った傷の深さに視界が揺らいだ。意思だけでどうにか凭れかけた顔を上げる。鎧もろとも抉られた腹を押さえれば、その籠手にも緋が移り滴り落ちた。
     あれほどの一撃に、けれど墜ちたものはまだ居ない。
     同胞らの強さを再確認すると、アルディマはその隙間を縫って前へと躍り出た。
     屍王の迷宮に挑むのは初めてだったが、未だその目的も、この迷宮の主の正体すらも見えてはこない。斬新コーポレーションと白の王の接触は阻止したにも拘わらず、話によれば今回の事件には彼らが関わっていると聞く。晴れぬ気持ちを抱えながらも、アルディマはひとつ飛び、屍戦士の骨を足場にしながら接近した腕の骨を、その魔力を宿した身の丈ほどもあろう杖で強打した。
     敵の一撃は重く、そして専任の癒し手はクラウディオのみ。初手で刻まれた傷が癒えぬうちに、2手、3手目の新たなそれが刻まれてゆく。
     忽ち不足し始めた治癒の手に、まず叶が加わった。次いで静佳や藍花も手早く思考を回復へと切り替える。
    「多智花叶、ディフェンダーを纏めてお願いします、わ。ワタシは深手の方を、ね」
    「おう!」
     艶やかな唇の端を上げると、クラウディオは内に眠る吸血鬼へと囁きかけた。途端、急激に湧き上がる闇の力。まるで血液が逆流するかのような感覚でもって全身を駆け巡るそれを指輪から解き放つと、螺旋に穿たれた肩を抑える祀へと注ぎ込む。
    「少しは骨太な者のようですね。ここが正念場……墜ちるわけには参りません」
     大分和らいだ痛みにひとつ笑むと、祀は国産みの矛を手に跳躍した。幾重もの水面を描きながら跳ね上がった飛沫の、その真珠のような煌めきを纏った娘が鋭利な刃を振りかざす。頭蓋骨に先端が触れた瞬間、無形という名の新たな霊矛となったそれは、仮初めの霊魂を捉えて内なる破壊を呼び起こした。
     敵が強化を纏ったら、すかさず破壊する。
     回復に余力が生まれたことで、漸くその徹底した戦術が生き始めた。
     灼滅者らが与え続けた幾つもの傷が動きの鈍りとなって敵に現れたその一瞬を、静佳は見過ごしはしなかった。
     巨椀が振った大槍の先から放たれた、人程の大きさはあるであろう氷柱。真正面から対峙した静佳は、光と飛沫を立てながら水路の上空を滑走するそれを喰らう直前で、手にした剣で後方へと受け流した。壁へ激突した衝撃音を後ろに聞きながら、娘はすかさず返した刃に灯した光条を解き放つ。
     慈悲などくれてやる必要はない。悪しきを断つ光は唯真っ直ぐに戦場を奔り、水面に青と煌めきの軌跡を描きながら屍人の鳩尾を貫いた。そのまま後方へ揺らいだ巨軀へと、脇へと回り込んだ勇真が炎拳を力のままに叩き込む。鎧を抜け、骨そのものを砕く感触。力のままにねじ込んだ拳は、幾つもの連なる骨を一気に粉砕していく。
     屍人の、言葉にならぬ咆吼が周囲の空気を振わせた。
    「――今だ」
    「行くっすよ」
     耳障りな声に構わず、アルディマの声にあわせて菜々は飾り柱を蹴り上げ更に高く跳んだ。
     一回転して着地した巨人の腕を駆け上がり、再び飛翔する。飛び出した真下には、屍人の頭蓋骨。小柄な身体には不釣り合いな鬼手を容易く振り上げた菜々は、ありったけの膂力でもってそれを敵の脳天へと振り下ろす。
     蹌踉めきながらもどうにか両足で踏み留まった屍騎士は、けれど誰の目から見ても終焉を迎えようとしていた。
     淡い青炎の軌跡を描きながら、がら空きとなった右脇腹へと飛び込んだビハインドの少女の霊撃に続き、藍花の喚び出した影手が屍人の巨体を掴み挙げた。そのまま握り潰さんほどに軋みをあげた身体を解放したところへ、愛剣を手にオリヴィエが一気に迫り来る。
     女神を脅かす者か。
     それとも、女神の守護者の成れの果てか。
     眼前の屍騎士がどちらであっても、少年のすべきことに変わりはなかった。手首を返し、淡く灯る青に光条を描いていた切っ先を頭上へと振り上げ袈裟懸けに斬れば、巨大な骸は煌めく水柱と飛沫をあげながら轟音とともに崩れ落ちた。

     跡形もなく消え去った青の迷宮の代わりに現れた地下道から外へ出ると、既に空は白み始めていた。
    「これで、お仕舞い、ね」
    「ちょっと名残惜しい気もするけど、無事解決で何よりだな♪」
    「ええ。……綺麗な日の出、だわ」
     周の撮り溜めた写真に歓ぶ叶の傍ら、からりと笑う勇真に、静佳も静かに眦を緩める。
     朝靄の中、伸びをする者。気怠げに眦をこする者。気丈な様子の者。つい先刻まで冒険者だった者たちが、緩やかに朝の街へと戻ってゆく。
     水の流れ、光、思い出。
     とどめておけないのは、どれも同じ。
     そう過ぎった記憶に瞼を伏せた少女もまた、仲間たちの後を追って駆け出した。

     ――MISSION COMPLETE。

    作者:西宮チヒロ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年4月21日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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