契約の贄

    作者:刀道信三

    ●社長室
    「ネエ、藍花ちゃん」
    「呼んだか、我が契約者よ」
     ゴシック&ロリータを纏った長身の男に声を掛けられ、窓際で月を眺めていたヴァンパイアの少女が振り返る。
    「悪いんだけど、またアレを頼めるかしら?」
    「心得た。我は汝の創造せし衣を高く評価している。それを生み出すためなら力を貸してやろう」
     男は本人が着ているような服のブランドの社長でありデザイナーである。
     男には元々猟奇的な画像を収集する趣味があった。
     その画像からインスピレーションを得て服をデザインすることもあった。
    「やっぱり本物から得られるイメージは違うわよネェ……」
     朱雀門高校からやって来たヴァンパイアの少女が彼の許にやって来たことで状況が変わった。
     男はヴァンパイアの少女が誘拐して来た少女達を実際に猟奇的に殺害するようになったのである。
    「契約者よ。汝が我が身に纏うに相応しき闇の装束を仕立てる者として認めてはいる。……しかし我が盟友がいうとおり、汝が特異点に覚醒することを我は期待しているぞ」

    ●未来予測
    「軍艦島の戦いの後でHKT六六六が、有力ダークネスであるゴッドセブンを地方に派遣して勢力を拡大しようとしているみたいだぜ」
     阿寺井・空太郎(哲学する中学生エクスブレイン・dn0204)は教室に集まった灼滅者達を前に説明を始める。
     その中の1体、ゴッドセブンのナンバー3、本織・識音は、兵庫県の芦屋で勢力を拡大しようとしているのだ。
    「本織・識音は、古巣である朱雀門高校からヴァンパイアの女子生徒を呼び寄せて、神戸の財界を支配下に置こうとしているみたいだな」
     識音に呼ばれたヴァンパイアの少女達は、神戸の財界の人物の秘書的な立場として、その人物の欲求を果たすべく悪事を行っているようだ。
    「今回お前達が相手にするヴァンパイア宮代・藍花は、ゴスロリブランドの社長兼デザイナーから一般人の誘拐を依頼されている」
     藍花は配下の強化一般人達と神戸市にあるブランドの直営店に店員として扮しており、客としてやって来た一般人の少女を誘拐しようとしている。
    「この時間帯に店に入れば、店内には他の客がしばらく来ることもないし、一般人が誘拐される前にヴァンパイア達と接触できるぜ」
     未来予測で示された時間に客として来店するだけで問題ないだろう。
    「敵は朱雀門高校のヴァンパイア宮代・藍花とその配下の強化人間メイド3人だ」
     ただし藍花は灼滅者達と遭遇すると、基本的に戦闘を望まず戦場を去ろうとする。
     藍花と戦闘し灼滅を狙いたい場合は、彼女の退路を塞ぐ必要があるだろう。
    「まあ、退路を塞ぐだけならテナントは地下にあるんで、出入り口を塞ぐだけでいいんだが、宮代・藍花は強力なダークネスで今回は相手に戦意もないようだから、あまり無理して灼滅を狙うことは勧めないぜ」
     ダークネスを前に灼滅を諦めることは口惜しいが、今回の目的は一般人の誘拐を未然に防ぐことである。徒に危険を冒すこともないだろう。
    「本織・識音の狙いは、HKT六六六のミスター宍戸のような才能を持つ一般人を探し出すことにあるんじゃないかと思う。その一環として、こういう一般人に手を貸すような事件を起こそうとしているんだと思うぜ。基本的には現場のお前達の判断に任せるけど、あんまり無理せず無事に帰って来てくれよな」


    参加者
    川神・椿(鈴なり・d01413)
    結島・静菜(清濁のそよぎ・d02781)
    ミルフィ・ラヴィット(ナイトオブホワイトラビット・d03802)
    竜胆・山吹(緋牡丹・d08810)
    ユーリー・マニャーキン(天籟のミーシャ・d21055)
    ペーニャ・パールヴァティー(魔女っ娘ぺーにゃん・d22587)
    比良坂・柩(がしゃどくろ・d27049)
    雨摘・天明(空魔法・d29865)

    ■リプレイ


    「ゴッドセブンの一人、本織・識音によるヴァンパイアの招集……彼女たちは何の見返りに応じての行動しているのだろうか」
     ユーリー・マニャーキン(天籟のミーシャ・d21055)は、宮代・藍花達のいるテナントの入ったビルの前で、突入準備をしながら疑問を口にする。
    「ナンバー3の識音や朱雀門高校の藍花が何を企んでいるのか分からない。だけど今回の依頼でその一端でも掴めれば、少しでも阻害できれば、鼻を明かす事くらいできると思う」
     たとえ未来予測によって行動が察知できたとしても、ダークネスの考えていることはわからない。
     そもそもダークネスと人間では価値観が違い過ぎる。
     それでもひとつひとつの行動を止めていくしかないと、竜胆・山吹(緋牡丹・d08810)は地下に向かう階段に真っ直ぐ視線を向ける。
    「どんな屑が相手だったとしても、一般人に力を振るうことを躊躇する灼滅者は多い。ここまで考えての地方活性化だとするならミスター宍戸は本当に天才だね」
     灼滅者達は基本的には一般人の味方である。
     それが悪人であろうと、比良坂・柩(がしゃどくろ・d27049)が言う通り、一般人を手に掛けることができる灼滅者が、どれだけいるだろうか。
     もしミスター宍戸のような人物が、HKT六六六に増えた時に、武蔵坂学園はダークネス組織と同じように戦うことができるだろうか。
    「本織・識音に、特異点覚醒――気になる事は尽きませんけども……一先ず今回は一般の方の誘拐は、阻止せねば、ですわね」
     柩の懸念もあるが、現在危険に晒されているのは誘拐されそうになっている善良な一般人である。
     山吹と同じようにミルフィ・ラヴィット(ナイトオブホワイトラビット・d03802)は、目の前の事件を解決することの積み重ねが大きな企みを阻止することに繋がると、日本刀の柄を強く握りしめた。
    「……服を作るくらい、好きにすればいいと思うよ? ただ、犠牲者ありきなら絶対認めない。そんな服……どんなに評価されたって、価値なんか無いよ!」
     そして今回の事件の本質はそこである。
     雨摘・天明(空魔法・d29865)が憤るように、もし一般人が誘拐された場合は、その一般人が新たなる犠牲者として、間違いなく殺害されしまうということだ。
     それぞれの思いを胸に灼滅者達は、地獄の淵のように暗い階段を降りて行く。


    「生贄の羊を待っていたら、現れしは黄昏の蝙蝠か……」
     灼滅者達が木製の扉を潜り現れるのを見ると、藍花は落胆した様子でティーカップをティーソーサーの上に置いた。
     服装こそ店内の雰囲気に溶け込んでいるものの、レジ机の前の椅子に腰掛けながら、強化一般人メイドに紅茶を淹れさせていたあたり、真面目に接客をするつもりは最初からないらしい。
    「脆弱とはいえ剣を持ちし者達……この宝物庫は諦めるしかない運命……」
     藍花は店内に陳列された商品達を名残惜しそうに眺めてから立ち上がる。
    「道を開けよ! そなたら定命なる者達でも命は惜しかろう? この芸術の数々を我が手で切り裂くのは気が進まぬ。この刻のみは気紛れに見逃してやろう」
     入口付近にいる灼滅者達に対して、警戒するでも興味を示すでもなく、藍花は自然な足取りで店から出ようと歩き始める。
    「黒装の姫よ。此度の螺旋の巡り合わせはまさに天啓。境界を違える我らであるが、選定されし者同士……一時の語らいに興じてみては如何かな、プリンセス」
     ユーリーが前に出て恭しく礼をしながら、去ろうとする藍花に声を掛ける。
     日頃から多少演技がかった紳士的な態度であるユーリーであるが、突然頭がおかしくなったわけではなく、未来予測から藍花が中二病趣味であると予想して、それに合わせたのである。
    「ふむ、下賤な定命の民にしては闇の言霊を解しているようね。そなたに免じて我らが因果の交わる刹那、口を開くことを許そう」
     ユーリーの言葉に藍花は灼滅者達が現れた時ぶりに灼滅者達に視線を向け、その歩みを緩める。
    「こちらのお店は知りませんでしたけれど、凄くセンスが良いですね」
    「その服すごくかわいいけど、どこで買ったの?」
     結島・静菜(清濁のそよぎ・d02781)と天明が更に藍花の気を引こうと言葉を続ける。
    「ふふふ、今宵の礼装は我が契約者によって創造されし逸品……我はこの工房で紡がれし闇の装束を高く評価している」
     服を褒められることは嬉しいらしく、藍花は上機嫌な様子で言葉を返した。
    「失礼致しますわ……麗しき闇の『貴族』の姫令嬢様。貴女様のお召し物といい、店の装いといい、ハイセンスですわ。わたくしのお仕えするお嬢様も、ゴシック・ロリータ系等の服がお好きでして……」
    「無垢なる退廃を好むとは、そなたの主も高貴なる魂の持ち主のようね」
     丁寧に一礼するミルフィの横を通り過ぎる歩調からも機嫌の良さを察することができる。
    「ミスター宍戸の様な人間がなぜあなた方の様に『気高い』ダークネスを従わせる事が出来るのでしょうか?」
     そろそろ頃合いだろうと、ペーニャ・パールヴァティー(魔女っ娘ぺーにゃん・d22587)が藍花に問い掛ける。
    「ミスター宍戸? ……ああ、我が盟友が興味を傾けている特異なる定命の者のことか」
    「特殊肉体者が自力で覚醒条件を満たすなんて稀ですからね。見本である宍戸さんが側に居るのは羨ましいです」
    「彼の定命の者は大いなる闇を宿す者なのか? さすれば我が盟友の行動にも得心がいく」
     静菜がミスター宍戸について鎌を掛けてみるが、そもそも藍花はミスター宍戸に関心がないようで、言われてその存在を思い出すレベルのようだ。
    「(この様子では全き光について問うだけ無駄でしょうか)」
     藍花はASY六六六に協力している割に灼滅者達が思っていた以上にミスター宍戸に関心がない。
     ペーニャは藍花から情報を引き出すのは難しいと判断して用意していた問いを飲み込んだ。
    「キミはどうしてミスター宍戸に従っているんだい? 落ち目の朱雀門高校を見限って、ASY六六六に移籍したってことだろう?」
     それならば藍花についての情報を探るべく柩はやや挑発的に藍花を問い詰める。
    「ふん、我にとって学舎に身を置くことも、盟友に手を貸すことも、気紛れの些事に過ぎぬ。我が心のままに……何故なら何者も我を縛ることはできぬのだから!」
     柩の言葉に対して心外であるというように藍花は声を大きくする。
     藍花個人としては、あくまで識音の協力要請に応えただけのようである。
     その進路に誰も立ち塞がることのないまま、藍花の足は遂に店外へと踏み出した。
    「またどこかで遭いましょう。その時は貴方の全力を見せて下さいな」
     階段を昇り始めた藍花に対して、去り際に山吹が指を差しつつ声を掛ける。
    「命が惜しくなければ我を追って来るが好い。運命の天輪が重なり、宿命の風に導かれることがあれば、またそなたらと邂逅する刻もあろう」
     店内を歩いていた時と同じように、急ぐでもなくただ歩いて藍花は店を去って行く。
     店を自分の手で荒らしたくないという言葉は、そのまま彼女の本心だったのだろう。
     まだ追えば追いつくだろうヴァンパイアの少女が去った店内に、灼滅者達と無言で控えていた彼女の配下強化一般人が残っていた。


    「貴方達の主は行ってしまいましたが、貴方達も一般人の誘拐を諦めては頂けませんか?」
    「お嬢様からは、そのような命を受けてはおりませんので」
     川神・椿(鈴なり・d01413)が皮肉げに強化一般人メイド達に声を掛けるが、彼女達もそれを意に介することなく返した。
     強化一般人メイド達の年の頃は、藍花と同じかやや上の十代の少女達であった。
     藍花の趣味なのか、メイド服は一般的にイメージされるコスプレ的なものではなく、クラシカルなロリータファッションのようなデザインで統一されていた。
    「やれやれ、それでは仕方ありませんね……『血族よ、共に』」
     椿がスレイヤーカードから殲術道具とビハインドの黒法師を呼び出すと同時に、双方が武器を手に対峙する。
    「お手並み拝見といきましょうか」
     先陣を切って前に出た山吹が、まず手前にいた強化一般人メイドに雷を纏った拳を放つ。
    「援護いたします」
     ユーリーが縛霊手を展開、山吹が交戦していた強化一般人メイドをもう一人が突き飛ばすことで攻撃範囲から逃がすが、突き飛ばした方の強化一般人メイドは足許に除霊結界の直撃を受ける。
    「素早く倒させてもらいます」
     殺界形成を発動後、静菜が飛び込むようにしながら繰り出したオルタナティブクラッシュが、強化一般人メイドの頭部を芯で捉えて床に叩きつける。
    「こちらも易々と引き下がるわけにはいきません!」
     先手こそ灼滅者達が打てたものの、強化一般人メイド達の反撃も素早かった。
     メイド服とは不釣り合いなほど大型の籠手から展開された除霊結界が、前衛の灼滅者達を牽制する。
     その間に転倒させられていた強化一般人メイドが跳ね起き、殺人注射器を椿のビハインドの黒法師に突き刺しながら生命エネルギーを奪い取る。
     しかし三人目はユーリーの除霊結界に行動を阻まれ攻撃に移ることができなかった。
    「素直に止めは刺させてくれないか」
     それでも一番ダメージが蓄積した強化一般人メイドを狙った天明のフォースブレイクを、攻撃には参加できなかった強化一般人メイドが一拍遅れて庇いに入る。
    「革のコルセットでシェイプアップ、正にレザーでスラッと!」
     駄洒落を言いながらも混戦の隙間を縫うように放たれたペーニャのレイザースラストを、天明の攻撃を受けて転がりながら射線に入り、仲間が立て直す時間を稼ぐべく強化一般人メイドが連続でダメージを肩代わりする。
    「…………」
     その横を無言でただ己が役割を果たすべく駆け抜ける白兎、三度庇いに入る隙のない間合いからミルフィの振るった腕をなぞるように一閃された剣状の光帯が強化一般人メイドを斬り裂く。
    「その悪趣味な服をキミたちの血で染めてあげるよ。そうすれば少しはマシになるだろう?」
     各個撃破を狙う灼滅者達の思惑に逆らうように、ダメージを受けた相手をカバーに入って狙いを逸らされる。
     それでも結果的に相手の戦力を削げれば問題ないと、柩は躊躇なく目の前に割り込んで来た強化一般人メイドをマテリアルロッドで突き飛ばす。
     体内からの魔力爆発でそれを受けた強化一般人メイドの服が言葉通りに血で塗れる。
     藍花の趣味を覗わせるそのメイド服は、きっとこの店に陳列されていた商品で、誘拐された一般人達の犠牲の上に作られたものなのだろう。
    「ここにこうして立ったからには誰も倒れさせぬことこそが誉れでしょう」
     回復役として椿は、冷静に戦場を俯瞰しながら仲間達の負傷具合を細かに確認する。
    「そして黒、おまえ自身も最後まで盾としてあれるよう努めなさい」
     こちらの手数を減らすための各個撃破の対象が自らのサーヴァントである黒だと判断した椿は、黒を叱咤激励しながら、その守りを固めるべくシールドリングを放った。
     緒戦の戦況から強化一般人メイドの実力は灼滅者達に劣るものではないことが見て取れた。
     彼女達の連携の練度も高く、これが遭遇戦であれば灼滅者達側も少なからず被害を避けることはできなかっただろう。
     しかしこれは未来予測で予知された戦いである。
     手の内が知られているという戦術的不利が、彼女達を一方的な消耗戦へと追い込んでいく。


     ミルフィのエアシューズが炎の軌跡を描きながら、最後に残った籠手の強化一般人メイドを蹴り倒した。
    「敵とは申せ、主への忠義、見せて頂きましたわ……」
     ミルフィは劣勢であることを悟っても主命に殉じて一歩も退くことのなかった強化一般人メイド達の亡骸を前に弔いの言葉を掛けた。
    「さて、何か出てきてくれるといいのだけど……」
     山吹は仲間達と協力して、戦場となった店内を藍花や識音について手掛かりがないか捜索した。
    「……まあ、早々尻尾を掴ませてはくれないわよね」
     藍花達は単純に犯行現場として、この店を選んだだけのようで、探索の結果として何かが見つかることはなかった。
     しいて藍花についての手掛かりとしては『エンゲルスガルテン』という店名くらいだろうか。
     探索するまでもなく、ここに来る時点で灼滅者達には既にわかっていた情報であるが、この店は藍花が協力しているデザイナーのブランド直営店である。
     去って行った藍花の居場所と関係があることは、考えるまでもなく明白であろう。
    「やっぱりHKTに他種族が集まっているのは……更に集めてASYは独立しようとしているのでしょうか」
     静菜がぽつりと呟くが、疑問は推測の域を出ない。
     ひとまず灼滅者達は藍花達の企てようとしていた一般人の誘拐を阻止することには成功したのだった。

    作者:刀道信三 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年4月22日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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