魅力は老いて

    作者:飛翔優

    ●衰えた体に活力を
     どんなに化粧を重ねても、若く見せようと努力しても、体の衰えには抗えない。少しずつ新規に選ぶ客は少なくなり、馴染みの客も離れていった。一日に数回、誰でも良いと言う客だけを相手にする日が多くなっていた。
     本来ならば稼いだ時点で、少しずつ足を洗う算段を立てるべきだったのかもしれない。
     けれど、若き頃は目の前のお金に目が眩み、浪費を重ねた。今もなお、事あるごとに良い物を食べ、無駄な服を買い……と、浪費を続けている。
     せめてもう少し、もう少しかつての魅力があれば……。
    「……はあ」
     ……どうにもならない現実を、時間の流れを前に、風俗店で働く三十代の女性、みすずは深いため息を吐き出した。
     明日、最低二人の客が来なければ家賃が支払えない。これで五回目、そろそろ大家が待ってくれる事もなくなるだろう。だから……。
    「おや」
     金融会社の看板へと視線を向けた時、背中から声をかけられた。
     振り向けば、一人の女性が佇んでいた。
    「……何か用?」
    「失礼。私の名はアリエル・シャボリーヌ。どうやら貴女は、自分の魅力にお悩みの様子。いやはや、そんなに美しいというのに」
    「……お世辞はいいわ、用を言って」
     苛立たしげに、みすずはアリエル・シャボリーヌを睨みつけた。
    「失礼。用件は一つ、私の配下になりませんか?」
    「……なんですって?」
    「私なら、あなたの魅力を最大に引き出してみせますよ。そうすれば、お店のナンバーワンにもなれるでしょう。私と一緒に、すすきのの夜を支配するのです」
     明らかに怪しい勧誘を前に、みすずは反射的に返答した。
    「わかったわ」
     どうせ、このまま生きていても野垂れ死ぬだけ。ならば、何を恐れる事があるのだろう……と。

    ●夕暮れ時の教室にて
     灼滅者たちを出迎えた倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は、真剣な表情で口を開いた。
    「軍艦島の戦いの後、HKT六六六に動きがあったようで……」
     彼らは有力なダークネスであるゴッドセブンを、地方に派遣して精力を拡大しようとしている様子。
     内、ゴッドセブンのナンバー6、アリエル・シャボリーヌは、札幌の繁華街すすきので勢力を拡大している。
    「シャボリーヌはすすきのの……ええと、風俗と呼ばれているようなお店に務めている女性を籠絡し、淫魔に闇堕ちさせて配下を増やそうとしています」
     淫魔に闇堕ちしてしまった女性が事件を起こす前に止めて欲しい。それが今回の大まかな概要だ。
    「そしてその事件ですが、淫魔たちはその地区の有力なパフォーマーにパフォーマンス勝負を挑んで勝利することで、その地域の淫魔的な支配を確立しようとしているみたいです」
     今回狙われているのは、五十代の女性。インディーズの演歌歌手。爆発的な人気があるわけではないものの暖かみのある歌声、年齢を重ねる事に魅力的になっていく、老いに合わせた魅力を披露していく姿が年配の人々を中心にコアなファンを集め、すすきのの居酒屋やバーで営業を行っている。
     今回相手取る淫魔・みすずはそんな彼女のファンを奪うための活動を始めようとしている様子だ。
    「もっとも、狙われている女性は歌で戦いなどとんでもないと思うような方。そのため、同じ店で歌うことを目標に立てて行動しているようで……」
     そのための実績作りとして、風俗店での歌手活動も開始した。淫魔としての力によって、自らを指名する客も増えて店のナンバーワンとなったとか。
     その影響か、元々の金遣いの粗さが更に加速したらしいけれど……。
    「ともあれ、倒さなければなりません。すすきのの平和のためにも」
     その為に……と、葉月は一件の居酒屋を指し示した。
    「皆さんが赴く日の午後十一時、みすずは風俗店から帰宅する最中にこの居酒屋の前で立ち止まります」
     居酒屋内では、件の女性が歌っている。故に、敵情視察といったところだろうか。
    「立ち止まったタイミングで仕掛けて下さい。そうすれば、気取られずに戦いへ持ち込むことができるはずです」
     淫魔みすずの力量は、八人ならば倒せる程度。
     妨害能力に秀でており、投げキッスとともにピンク色のオーラを放ち一定範囲内を魅了する、ウィンクから服を脱ぐ様複数人にねだり防具を無効化する、キスによる吸収、の三種の技を使い分けてくる。
    「以上で説明を終了します」
     地図などを手渡し、締めくくりへと移行した。
    「何故、みすずさんがアリエル・シャボリーヌの誘いを受けたのかは、想像するしかありません。しかし、現実として何の関係もない女性に脅威が迫っています。ですのでどうか、全力での行動を。何よりも無事に帰ってきてくださいね? 約束ですよ?」


    参加者
    天祢・皐(大学生ダンピール・d00808)
    神凪・燐(伊邪那美・d06868)
    リーグレット・ブランディーバ(ノーブルスカーレット・d07050)
    シオネ・トレース(ディストーション・d12959)
    天城・翡桜(碧色奇術・d15645)
    六条・深々見(螺旋意識・d21623)
    仮夢乃・聖也(小さな夢の管理人・d27159)
    藤代・雪弥(中学生七不思議使い・d33153)

    ■リプレイ

    ●静かな歌声響く夜
     月すらも隠してしまう煌めきに、食を、色を、一夜の夢を求める人々で賑わう繁華街。喧騒とは裏腹に肌寒いすすきのの夜に抱かれて、天城・翡桜(碧色奇術・d15645)は食と癒やしを求める人々集う居酒屋の前でひとりごちる。
    「すすきのは初めて来ましたが……淫魔の勢力拡大の場になっているというならば、一般の人に被害が及ぶ前に止めなければいけませんね」
     静かな息を吐くと共に視線を移すは、その居酒屋。
     仕事に疲れた社会人たちで賑わっている、個人経営と思しき小さな居酒屋。
     灼滅者たちが護るために待つさなか、歌声が聞こえてきた。
     優しく朗らかな歌声は、おそらくは妙齢の女性が紡ぐもの。
     時に力強く、時に寂しげに織りなされていく演歌を聞きながら、シオネ・トレース(ディストーション・d12959)は白いコートのフードを目深にかぶり直す。
     居酒屋へと近づいてくる一人の女性を……十代と言っても差し支えのないような張りのある肌とプロポーション抜群の肉体と綺麗な顔立ちを持ち、化粧が薄くても可愛らしく、美しく見える女性を、きつく睨みつけていく。
    「え?」
     立ち止まる女性に……淫魔みすずに言葉などいらぬと、淫魔なんて連中は一人残らずズタズタにしてやると、魅力がどうとか元の人間の境遇など堕ちた以上は関係ないと、防衛領域を広げていく。
     抱かれながら、仮夢乃・聖也(小さな夢の管理人・d27159)は辺り一帯の音を遮断した。
    「先手必勝! 動くななのですーっ!」
    「――そう、これは」
     更には藤代・雪弥(中学生七不思議使い・d33153)が怪談話を紡ぎだし、一般人が近づけぬ状況を作り出す。
     未だ状況が飲み込めず佇む淫魔みすずには、天祢・皐(大学生ダンピール・d00808)が雷を宿した拳で殴りかかった。
    「いつか直接的な被害を出す前に、ここで灼滅して差し上げましょう」
    「すすきのの平和を全力で護るのですよ!」
     半身を引き頬に掠めさせるのみに留めていくみすずを、聖也が結界の内側に閉じ込めていく。
     一見、ただのお姉さんにも見えるみすず。
     しかし、その内実はすすきのの平和を乱す存在だ。
     だから倒さねばと結界に力を込める中、リーグレット・ブランディーバ(ノーブルスカーレット・d07050)が不機嫌そうに瞳を細めストールを手元に引き寄せる。
     風俗など、汚らわしい。
     この一帯を跋扈する全ての存在がクズに見える。
     同じ空気を吸いたくないがゆえ、とっとと終わらせるため、引き寄せたストールを解き放った。
    「君の予定はその店の中にはない。ここで、私達で終わりだよ」
    「……死ね……!」
     ストールの横に並ぶ形で、シオネが一歩、二歩と踏み込んだ。
     ナイフを斜めに振り下ろし、左肩を浅く切り裂いていく。
     勢いのままに距離を取ったみすずは、頬を軽く拭い去った。
    「あなたたちは……いえ、誰だって関係ない。私の邪魔をするならば……」
     静かな息を吐くと共に、表情を笑みに塗り替えた。
     ピンク色のオーラを放ち、前衛陣を包み込み始めていく。
     半ばに潜り込ません勢いで、神凪・燐(伊邪那美・d06868)は殺気を放った。
    「……」
     静かに細めた瞳で見つめるは、みすずの姿。
     老いを嫌い、淫魔と化したみすずの姿……。

    ●女は若さを手に入れた
     微笑みで惑わし、ウインクとともに服を脱ぐようねだっていく。時にはキスを用いて命を奪おうとしてくる、戦うみすず。
     逐次治療し、かばい合い、大事には至らせない灼滅者たち。
     綱引きのような攻防が繰り広げられていく中、燐は再びみすずを結界の内側へと閉じ込める。
     結界の内側で身構えていくみすずを眺めながら、小さく首を傾げていく。
     年齢だけなら、老いる前に旅だった母と同じ。
     けれど見た目は……というならば、少なくともみすずは、二十代どころか十代と言われても信じてしまいそうな容姿をしていた。とてもではないが、三十代とは思えなかった。
     それでも、燐は告げていく。
    「私は少し羨ましい。私の大切な身内の方は皆若くして亡くなりましたから」
     みすずは結界を破壊し、鼻で笑った。
    「だからどうしたっていうのかしら?」
    「……お気持ちは良く分かります。でも他人の人生に踏み込んでいい理由にはなりません。お許しくださいませ」
     反論を受け止めながら、燐は再び結界を放つ。
     跳ね除け、みすずは瞳を細めた。
    「分かるはずないでしょ、あなた達みたいな若い子に。苦労して手入れしなくても、努力して繕わなくても、張りのある肌を瑞々しい肉体を持つ、あなたたち」
     言葉半ばにて、翡桜のビハインド・唯織が得物を振るった。
    「そこです!」
     避けて行くみすずに対し、翡桜がジャンプキックを放っていく。
     クロスした腕に受け止められたなら、素早く膝を曲げて飛び退いた。
     みすずもまた翡桜から距離を取り、手近にいた六条・深々見(螺旋意識・d21623)の白衣を着たナノナノ、きゅーちーに手を伸ばした。
     素早く手を弾いていく様を横目に、深々見は語りかけていく。
    「でもさ、浪費って言ってもそれだけ楽しめたんでしょー? 先の分まで楽しみ使っちゃったんだから、そりゃ後には大したもの残ってないよねー」
     睨みつけられても、調子を崩すことはない。
    「でも私はいいと思うよ、そういう生き方も。私だって今楽しく過ごせればそれでいいからね!」
     歌うように軽やかに、迷いのない声音で締めくくる。
     胸を張り、朗々とした歌声を響かせきゅーちーたちの治療を開始した。
     余波に抱かれながら、リーグレットは右足に炎を走らせ地面を蹴る。
     一歩で懐へと入り込み、炎のハイキックを放っていく。
    「……」
     左腕に阻まれながらも、炎を送り込む事には成功。
     見下しながら飛び退けば、雪弥が落ち着いた調子で語りだす。
    「一つ語ろう。寄り添い続ける声ならぬ声」
     それは、孤独な人に常に寄りそい応え続けるノック音。
     仲間へと送る言霊。
     更に重ねるは、みすずへ送る提案か。
    「みすずは自分を嫌うあまり見えていない。自分を嫌いな奴に魅力を見つけることはできない。だから戻って自分を見つめろ」
    「……はっ」
     みすずは一笑に付す。
    「説教なんてゴメンだわ。それに、私は見つけたの、あの方のお陰で。私の魅力を……」
     反論を目に、雪弥は瞳を伏せていく。
     小さく肩をすくめた後、ろうそくを小さく持ち上げた。
     ふっ、と炎に息を吹きかけたなら、炎の花がひらり、ひらりと飛んで行く。
     さらなる炎に抱かれていくみすずを、シオネのオーラが打ち据えていく。
    「……」
    「……まだ、こんなものじゃ……!」
     よろめきながらも、みすずは微笑む。
     ピンク色のオーラを放ち、前衛陣を包んでいく。
     抗いながら、灼滅者たちはさらなる攻撃を仕掛けていく……。

    ●魅力は老いて
     ――服を脱いで?
     ウィンクと共に放たれる願いに耐えながら、翡桜はオレンジ色を基調とした縛霊手を握っていく。
     大丈夫、惑わされてはいないと小さく頷き、みすずに殴りかかっていく。
     よろめくみすずの肩を捉えた時、ビハインドの放つ霊障がその体を押し戻した。
     翡桜はすかさず炎を足に宿し、側頭部めがけてハイキック!
    「っ……」
    「今です!」
     耐性を整えきれず倒れていくみすずから飛び退きながら、総攻撃を願い出た。
     支えるため、万が一を潰すため、深々見は歌う朗らかに。
     迷いなど欠片もない笑みと共に、今を楽しめればそれで良いのだと。
     代わりに、きゅーちーが竜巻を放った。
     みすずの体を巻き上げた。
     更には皐が、刃無き剣を振り上げていく。
     油断か、避けることなどできぬ状態故か、動くこともないみすずに振り下ろし、軌跡半ばにて刃を実体化。
     斜めに切り裂いた後、影から犬を飛び立たせる。
     犬はみすずを竜巻の中からかっさらい、組み伏せた。
    「しまっ」
     悲鳴を上げる暇も与えぬと、リーグレットのストールがみすずの脇腹を切り裂いた。
     聖也は胸元に銀色の龍が絡むように装飾されている杖を突き立て――。
    「この一撃で一気に行くですっ!」
     ――魔力を爆発させ、みすずの体を跳ね上げた。
    「一つ語ろう。宿敵に焦がれ未だ彷徨う武者の亡者」
     直後、雪弥が語りだす。
     語り紡がれた亡者の幻影が、何度も、何度もみすずに斬りかかっていく。
     切り裂かれ、落下し、なおも転がり立ち上がらんとするみすずを、燐の影が切り上げた。
    「終わりにしましょう」
    「っ……」
    「……」
     呼応し、リーグレットが赤い獅子紋の刻まれている槍に炎を宿した。
     起き上がりかけたみすずの体を貫き、さらなる炎を与えながら言い放つ。
    「欲に塗れ己を汚し続けた君はもう正道には戻れまい、せめてもの救済だ、我が炎に焼かれ朽ちろ」
    「が……」
     縫い付けられ、みすずは空に手を伸ばした。
    「……こ、こんな結末……私……は……」
     半ばにて腕を下ろし、ゆっくりと瞳を閉ざしていく。
     炎に抱かれ、みすずは消える。
     跡形もなく、あるいは……最初から何もなかったかのように。

    「やったですーっ!」
     勝利を告げるため聖也が元気にジャンプした。
     灼滅者たちの緊張も解け始め、得物をしまい始めていく。
     シオネは炎の消えた場所を見つめた後、仲間たちへと視線を移す。
     口元を緩ませ、微笑んだ。
    「終わりましたね。治療をして、早々に帰還しましょうか」
    「そうだね。それにしても……」
     皐は、静かに肩をすくめた。
    「一般人を強制的に淫魔に闇堕ちさせるのですから、厄介ですね、それにしても北海道は問題が絶えませんねぇ」
     今、様々な事件が起きている北海道。
     その果てに何が待つのかは、まだ、分からない。
     ただ、ひとつずつ解決していけば、きっと何かにたどり着けるはず。そのためにも、今はこの一件を解決できたことを喜ぼう。
     傷を癒やす中聞こえてくる歌声に、なんとなく耳を済ませながら。
     魅力は老いて変質する。
     別の魅力へと変貌する。
     その体現者を護ることができた証として……。

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年4月18日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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