forget me not

    作者:犬彦

    ●存在意義
     本当の死とは、誰からも忘れ去られてしまうことだ。
     記憶とは曖昧で不確かなもの。だが、誰かの心に刻まれる事は生き続ける事と同じ。
     白い髪をゆるゆると梳き、ベルタは青紫の瞳を閉じる。
     もしかすれば自分はもう誰からも忘れ去られた存在だったのかもしれない。しかし、一度は消滅させられて肉体の死を迎えたヴァンパイアの少女は今、ブレイズゲートと化した領域で仮初の生を得た。
     少女は思う。きっとチャンスなのだ。
    「これは神さまか誰かがくれた試練。わたしがわたしとして、生き続けるための……」
     死が怖かった。生きたいと願った。
     だから、今度は死なない。死にたくはない。自分のことを誰かに知らしめてずっとずっと記憶に残り続けるような存在でありたい。
     どうすれば人の心の中で生き続けられるのか。考えたベルタはひとつの案を実行した。
     それは――恐怖で人を支配するということ。

    「……わたしを忘れないで」
     少女は自分が愛する花が抱く言葉を呟き、静かに願う。屋敷に連れて来た少年は死なない程度に傷つけられており、甚振られる恐怖を刷り込まれている。この少年の調教が終わったら、次は誰を攫ってこようか。
     ベルタは淡々と、それでいて狂気の滲む瞳を少年に向ける。
    「ううん……忘れさせてあげない」
     そして、唇をひらいた少女は少年の首筋から血を啜り、恍惚の表情で笑んだ。
     
    ●死と生のかたち
     軽井沢の別荘地の一部がヴァンパイアの巣食うブレイズゲートになり、付近の子供が誘拐される事件が多発している。事前に調査に向かい、情報を持ち帰った灼滅者の話を聞き、君は仲間と共にブレイズゲートへ赴くことを決めた。
     この地域の中心となる洋館はかつて高位のヴァンパイアの所有物だった。
     そのヴァンパイアはサイキックアブソーバーの影響で封印され、配下のヴァンパイアも封印されるか消滅するかで全滅したという。
     しかし、この地がブレイズゲート化した事で件の配下達が甦ってしまった。ヴァンパイア達はブレイズゲート外に影響するような事件を起こすわけではないが、その中に一般人が取り込まれているのならば放ってはいけない。

     今回、倒すべきヴァンパイアの名はベルタ。
     少女は何故か『忘れられること』を酷く怖がり、嫌悪しているらしい。それ故に付近から攫ってきた少年をいたぶることで自分の事を記憶に焼き付けようとしている。
     そのため攫われた対象が殺されることはないはずだ。しかし、放置しておくとヴァンパイアは更なる一般人を屋敷に捕らえようとするだろう。
     忘れられたくない。その気持ちは誰しも持ち得る感情かもしれない。だが、其処に悪意が潜んでいるのならば話は別だ。
     そうして、ヴァンパイアの灼滅を決めた君達は件の屋敷へ向かった。


    参加者
    海神・楓夏(ミーミルの泉・d00759)
    神凪・朔夜(月読・d02935)
    近衛・朱海(煉驤・d04234)
    エアン・エルフォード(ウィンダミア・d14788)
    廣羽・杏理(フィリアカルヴァリエ・d16834)
    風見・真人(狩人・d21550)
    若林・ひなこ(夢見るピンキーヒロイン・d21761)
    宇佐・紅葉(紅蓮浄焔・d24693)

    ■リプレイ

    ●或る少女の願い
     忘れたい記憶は幾らでもある。だが、忘れてはいけない記憶もある。
     人はそれを乗り越えて強くなっていく。風見・真人(狩人・d21550)は胸中で独り言ち、目の前の敵を見据えた。
     屋敷の内部に踏み入った灼滅者達が対峙しているのは一人のヴァンパイア。
    「……どういう心算?」
     ヴァンパイア・ベルタは此方を睨み付ける。
     件の攫われてきた少年は突入と同時に割って入ったエアン・エルフォード(ウィンダミア・d14788)によって既に保護されていた。怯える少年を背に庇い、エアンは答える。
    「見ての通りだよ」
     短く告げるエアンは宇佐・紅葉(紅蓮浄焔・d24693)に少年を任せ、一歩踏み出す。
     仲間の後方で身構えた廣羽・杏理(フィリアカルヴァリエ・d16834)もそっと片目を瞑り、嘘偽りない言葉を敵に告げた。
    「Comment allez-vous? 御機嫌ようお嬢さん、灼滅者だよ」
    「この子は返して貰うよ」
     その間に神凪・朔夜(月読・d02935)が魂鎮めの風を使用し、眠った少年を紅葉が抱えた。ベルタが追い縋る暇も与えず、少年は部屋の外へ連れ出されてゆく。
    「後は任せとけ」
     仲間にそう告げた紅葉は一度、部屋から姿を消す。
     少年は彼女に任せておけば大丈夫だろう。海神・楓夏(ミーミルの泉・d00759)はヴァンパイアが行っていた所業を思い、その在り方について思う。
     誰かの心から忘れられてしまうことは確かに寂しい。
    「ですが、恐怖と言う形で記憶を植付けるなんて……もっと、寂しい事です」
    「急に現れて勝手なことを……!」
     ベルタは眉間に皺を寄せ、少年を奪われたことに悔しさを覚える。
     近衛・朱海(煉驤・d04234)は怒りをあらわにするベルタに視線を向け、凛と告げた。
    「恐怖、絶望。それは確かに人の心の中で生き続けるわ。そして、その記憶から生まれる感情を教えてあげる」
     死を恐れるのも生を望むのも、生きとし生けるものなら当たり前。
     だけど、やはり他者を害してしがみ付く生など認めるわけにはいけない。若林・ひなこ(夢見るピンキーヒロイン・d21761)は澄んだ紫の双眸にヴァンパイアを映し、高らかに宣言した。
    「私の名前は、若林ひなこです。さあ、私を刻んで逝きなさい!」
     そして、戦いは幕開ける。
     忘れられたくないと望んだ少女が織り成す仮初の生を終わらせるべく。
     忘却という恐怖に抗う為の闘いが今、はじまる。

    ●過去と現在
    「いいわ、貴方達にも刻んであげる。わたしのこと、ぜんぶ」
     気を取り直したらしきベルタは薄く笑み、両手を広げた。其処から生み出された赤き逆十字が迸り、楓夏を襲おうと迫る。思わず身構えた楓夏だが、身体を穿った衝撃の鋭さは相当なものだった。
    「このくらいでは未だ負けません」
     栗色の髪を揺らし、何とか耐えた楓夏は盾を展開して防護の力を漲らせる。
     其処へウイングキャットの禅が尻尾のリングを光らせ、主人をはじめとした前衛に力を宿した。エアンは痛みを堪える楓夏に「大丈夫?」と問いながら、敵の力量や一撃の重さを測ってゆく。
    「それにしても……ヴァンパイアと思考が似ているなんてね、嫌だな」
     冷めた目で呟きを落としたエアンは魔帯を広げ、狙いを定めた。
     忘れてしまいたいことも、忘れたくてもどうにもならない想いもある。けれど。それを含めて自身が形成されているのだ。首を振ったエアンの一撃は一瞬でベルタを貫き、鋭い衝撃を与えた。
    「誰も倒させませんっ!」
     其処へひなこによる支援が重なり、朔夜が放つ魔帯の攻撃が加わる。
     しかし、敵はそれをものともしていない。
     杏理は流石はダークネスだと小さく息を吐き、自らの得物に破邪の光を纏わせた。
    「或る意味ではベルタ、君の判断は正しいんだろうね」
     嫌な言葉だとか、喧嘩をしたことだとか、苦しいことほど記憶に残るものだから。
     杏理は自分の経験と照らし合わせた言葉を紡いだ。そして、どうせなら傷痕になりたいとすら思う。ヒトの在り方の本質を知っている気がして、杏理はベルタに僅かながら近しいものを感じていた。
    「ふふ、あなたもそう思う?」
    「思うだけだよ」
     ベルタは嬉しそうに笑む。それでも、杏理が斬り放つ一閃に容赦はない。
     其処へ続いた真人と銀が連撃を打ち込んでゆく。炎の蹴りと刃の一撃が敵に迫る最中、真人は真っ直ぐに敵を見遣った。
    「どんな形であれ忘れられたくないか。それにどんな意味があるのか俺には分からない。……でも、一つだけ分かる。自分の都合に他人を巻き込むお前は醜い!」
     言葉と同時に穿たれた蹴撃は焔を巻き起こす。
     ベルタが痛みに耐える中、更に朱海が駆けた。無銘が先行する形で斬魔刀で斬り払い、よろめいた敵へと朱海が流星めいた蹴りを放つ。
    「貴方がいたぶってきたものに代わって……私がそれを貴方に刻んであげる」
     恐怖と絶望が作り出すのは憎悪だ。
     朱海は自分の裡に過った過去を思い返し、唇を噛み締めた。それは大切な家族を失った記憶。忘れることができなかったからこそ自分は怒り、憎しみ――もう終わってしまった過去に囚われていた。
     灼滅者として生きている今、辛い記憶を持つ者は少なくない。
     過去を思えば胸が痛んだが、朔夜は腕に填めたブレスレットに手を添えた。
    「僕は忘れたくない絆がある。全力で行くよ」
     腕を振り翳した朔夜は鬼神の力を揮い、敵を穿つ。しかし、ベルタは自らを癒す霧を生み出すことで痛みを取り払った。
     更なる力がベルタに宿ったと感じ、ひなこは警戒を強める。楓夏も仲間を守るべく敵の動向を探り、真人と銀も双眸を鋭く細めた。
    「そう、誰も忘れられたくないの。覚えていてほしいの、よ」
     うわ言のように呟くベルタはくすくすと笑っている。ひなこはきゅっと掌を握り、ヴァンパイアが抱く心情に思いを寄せてみた。
     忘却は、ひなこ自身が最も恐れるもの。生きた証を誰にも遺せないなんて考えるだけで泣きそうだ。
    「よく分かりますよ、ベルタさん。それでも、あなたのことを全て肯定は出来ませんっ」
    「認めてしまったら僕達が此処に来た意味がないからね」
     ひなこの声に杏理が頷き、其処から更に攻防が巡る。ヴァンパイアが十字架を掲げ、エアンや朱海が対抗する形で反撃を返した。
     そして、其処に後方から放たれた七不思議の一閃が加わった。
    「やれ、紅刀奇譚!」
     その攻撃の主は、少年を安全な部屋まで送り届けた紅葉だ。待たせたな、と仲間に告げた紅葉に真人達が笑みを返した。
     そして、紅葉はベルタの語る言葉を思い返し、溜息まじりに問う。
    「怖がらせりゃ、そりゃ忘れねえだろうけどよ。そんなんでホントに嬉しいのか?」
    「……。だって、そうでもしないと……わたしは――」
     ベルタはその問いかけに答えかけ、傍として口を閉じた。
     成程、と頷いた紅葉は相手が最後まで答える気はないのだと判断する。だが、それでも構わなかった。ベルタがどんな過去を過ごして来たのかは分からないが、この戦いにおいて知るべきことではないのかもしれない。
     自分達の役目は唯、目の前の相手を灼滅することなのだから。

    ●記憶と忘却
     忘れられてしまうのは切ない。
     特に自分が執着している相手ならば、その心に己を刻み込めばいい。――なんて、思いを巡らせたことのある自分に少々嫌気が差し、エアンは首を振る。
    「記憶に残すなら負の感情じゃなくてもいいんだよ、きっと」
     ダンピールとしての宿敵たるヴァンパイアへと尖烈なる一撃を放ち、エアンは独り言めいた言葉を落とした。すると、ベルタは紅蓮の斬撃で以て斬り込んで来る。
    「いいえ、負の感情の方がいいの」
    「させるか!」
     其処へ真人が踏み込み、向けられた一撃を肩代わりした。
     その間にひなこが癒しを担い、朔夜や杏理がベルタに攻撃を差し向ける。
     更に真人に銀が癒しの眼を向け、主人の傷を癒した。その痛みと癒しに真人の中に幼い頃の記憶がよみがえる。
     血塗れの母、抱き締めてくれたその温もり。それは――忘れたいけれど、決して忘れてはいけない記憶。
    「いいや。俺は負と正の記憶、どちらも覚えている!」
     痛みを振り払った真人は体勢を立て直し、寄生体で作りあげた刃を差し向けた。
     更に禅が六文銭射撃で行い、続いて楓夏が影を放つ。
    「――貴女が本当に恐れるものは、何ですか?」
     敵を喰らう勢いで影を迸らせ、問いかけた楓夏は思う。ベルタは忘れられることよりも、忘れてしまうことを恐れているような気がした。
     その途端、トラウマを誘発されたヴァンパイアが叫び出す。
    「いや、いや……っ! 行かないで、お願い……わたしを忘れないで――!」
     必死に虚空に手を伸ばすベルタは幻を見ているようだった。その行動と言葉が何を示すのか、灼滅者達には分からない。
     だが、今こそ好機だ。
     朔夜は過去の思い出に自分とベルタを重ね合わせ、魔術杖を構えた。
    「ベルタ。君はかつての僕なんだ。過去を乗り越える為に倒させて貰うよ」
     放たれた魔力の奔流が敵を打ち、多大な衝撃を与えてゆく。朔夜が生み出した隙を見出し、朱海は刃を握る手に力を込めた。
     朱海自身は今、過去に囚われてなどいない。
     記憶が感情を産み、それが曲がりなりにも自分の生きる理由になっている。
    「私は……どんなに辛く、悲しく、絶望的な記憶も忘れない。忘れたりするものか」
     全て抱えて、進むと決めた。
     進んだ先に幸せで楽しい記憶があることを朱海は知っている。その思いに応えるかのように無銘が一声鳴き、朱海と視線を合わせた。
     そして、敵を灼滅する覚悟を抱いた朱海は駆け、ベルタを白い光で斬り裂く。
    「っ……く、ぅ……死にたく、ない……」
     灼滅者達の猛攻によって、既にヴァンパイアは追い詰められていた。その動きを更に縛る為、紅葉が制約の弾丸を打ち放つ。
    「コイツもオマケな!」
     弾丸が敵に命中したことを確認し、紅葉は病院での日々を振り返った。
     それは忘れたくてたまらない事ばかりだ。だけど、それがあったこそ今の幸せを味わえるのだとも思えた。
    「嫌な思い出でも人生の一部。否定して忘れ去ることは己の生き方を否定するのと同じなんじゃね? だからさ、覚えていてほしいって気持ちは何だか……」
     最後まで言葉を紡ぎきれず、紅葉は頭を振る。
     ベルタは痛みに喘ぎ、耐えていた。その姿をしっかりと見つめたひなこは、間もなく終わりが訪れると感じる。
     そして、ひなこは思いの丈を言葉にした。
    「どんなに酷い傷だって、いつか消えるんです。誰かに覚えておいてほしいなら、『楽しい』や『嬉しい』を贈りなさい! だから、おしおきの時間です☆」
     ステキな想い出は、そのひとがいなくなっても昨日の事のように思い出せるから。
     ひなこは得物をくるくると回した後、可愛くダブルピースを決め、赤いハートの表示と共に敵に衝撃を与えた。
     朱海がもう一度蹴り込み、真人も確かな意志を持って刃を振るう。二人の後に霊犬達が続き、ベルタの力を削り取った。
    「忘れられたら、わたしが死んでしまう。わたしは……」
     息も絶え絶えに首を振るベルタ。彼女を見遣った杏理はそっと俯く。
     ひなこが言った通り、記憶は薄れていくものだ。バベルの鎖なんてものがある以上、自分達は余計に忘れられる存在だ。
     そう、何れは忘却される。
     どんなに大きなものも、どんなに強いものも、どんなに愛したものも――。
    「君の全ては認められない。でも、他人に刻み付けたいと思う事だけは否定しないよ」
     僕もそのタイプだから。
     敵との距離を詰めた杏理はそう告げた後、相手にだけ聞こえる声でもうひとつの言の葉を囁き、魔力の奔流を打ち込んだ。
    「……っ!」
     その言葉にはっとしたベルタは杏理を見つめ、唇を震わせる。
     そして、最期を狙った楓夏とエアンが敵へと駆けた。
    「去るものは日々に疎し、なんて言葉もありますが、私は、そんな事無いと思います。心の灯を絶やさければ、ずっと」
     楓夏が思いと共に鬼神の一撃を放ち、続いたエアンが神霊の刃を振り翳す。
     エアンは刃の切先をヴァンパイアに向け、小さく唇をひらいた。この世界から再び去りゆくものに告げるのは、たったひとつの言葉で良い。
    「さようなら」
     そして、エアンの刃は少女の胸を貫き――其処で戦いは決した。

    ●僕等は忘れない
     倒れた少女、ベルタの傍らで紅葉は小さく笑む。
    「心配すんな、お前の事忘れねえ……指切り、するか? ほら」
     その綺麗な白い髪も、澄んだ青紫の瞳も。
     そう言って紅葉は約束の証に小指同士を絡めようと手を伸ばした。だが、ブレイズゲートの力で甦ったに過ぎないベルタの姿は一瞬で霧のように消え去ってしまう。
    「……消えちまったな」
     何の言葉も遺さずに逝った少女を思い、紅葉はほんの少し残念そうに呟いた。
     ヴァンパイアが甚振っていた少年は今頃、別室ですやすやと眠っている事だろう。朱海やひなこは相談し合い、ベルタの事は深く掘り返さず、少年にも敢えて無理に言わないことに決めた。
    「今日の記憶は覚えていても幸せにはなれないから――」
    「あの子には、悪い夢はもう終わりですよって言ってあげましょう」
     少年を無事に送り届けたら、すべて夢だったと告げよう。二人は頷きを交わし、少年を迎えに行くために部屋から踏み出した。
     仲間と共に機関の準備を整える中、真人はふと思いを口にする。戦いの浮かんだのは悪い記憶ばかりだったが、と。
    「そういえば、良い記憶もあるんだ。それは……Jaegerの皆と出会えたことだ」
     照れつつ笑んだ真人の言葉に、朔夜も双眸を緩める。
    「そうだな、その得がたい絆は忘れられないし、忘れたくない」
    「はい。今日皆さんと頑張った事も、ベルタさんの事もきっと、ずっと、忘れません」
     楓夏も微笑み、「ね、禅くん」と翼猫に語り掛けた。ちいさな鳴き声が楓夏へと向けられ、一行には不思議と和やかな気持ちが巡る。
     そして、灼滅者達は屋敷を後にした。
     エアンは振り返り、言葉にはしない己の思いを胸中だけで呟く。
    (「忘れること、忘れないこと、か。でも……ただひとりだけには覚えていて欲しいな」)
     その記憶のほんの片隅でもいい。そう願ったエアンは大切な人の顔を思い浮かべ、そっと瞳を閉じた。
     同じく、杏理も無人となった屋敷を見つめて静かに思う。
     ――Je me souvien.
     最期の直前、ベルタに告げた言葉の意味はちゃんと伝わっていただろうか。今となっては解らず終いだが、それを聞いたときの少女の瞳は潤んでいた気がする。
    「……ま、僕が死ぬまでだけどね、ベルタ」
     そうして、彼女の名を呼んだ杏理は帰還する仲間の後を追って踏み出した。
     自分達はあの束の間の邂逅を忘れない。忘却されることを厭った娘の結末はこうして、灼滅者達の記憶の中に飾られ、刻まれた。

    作者:犬彦 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年4月23日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 2/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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