「パパ~、雨。あめが降ってきた」
幼い少女特有の甲高い声が緑の森にしんと吸い込まれた。
「ひと月に35日は雨っていう島だからねえ」
応える父親の声もまだ十分に若い。見回せば杉の木の間から降る雨は霧のシャワーのように辺りを薄い白にけぶらせている。だがこの程度の雨ならばこの島ではいつものこと。トロッコ専用の線路も枕木がしっとりとする程度で済むだろう。
「ユミは寒いかい?」
「ううん、でも雨の粒、とっても小さいの」
父親が背負った荷物の上から無邪気な声が聞こえ、ぶらぶらせさせているのだろう、小さな足がリュックにとんとんとぶつかってくる。そう、彼は大きめのリュックをしょった上に、幼い娘を座らせているのだ。娘の目には歩んでき道、ふもとの村、遠い海が一望のもとに連なっていることだろう。そして彼女はは荷物の上で頭上の葉に手を伸ばし、時に芥子粒のような雨の雫を父親の上にふりまいては笑っている。娘が歩けるようになって数年、こうした登山は彼にとって最も楽しい行事の1つだった。
(「今は、集落跡までしか行けないが……」)
この島が林業でにぎわっていたのはもう3世代も前のこと。豊かな山林、殊に杉の天然林が観光客を呼ぶ島になっているが、それでも老杉達の風格は一向に変わらない。彼らには人の世の落日など瞬きする間にも値しない時間なのであろう。いずれ娘の足がもっとしっかりしてくれば、家族で登ることもできるようになるだろう。そうすればこの島を守る沢山の杉達にも挨拶にゆき、新年には山頂でご来光を拝み……楽しみはまさに尽きることを知らない。
「ママのお弁当♪ 今日は何かなーー」
「もうすぐだよ。この霧雨を抜けたら……」
ほら――父親が示した先には、半ば緑に埋もれかけた集落。かろうじて残っているのはかつての小学校の建物。そこを迷路のように探検し、お弁当を食べるのが山歩きの定番コース。早速下ろしてもらった娘が駆け出していき……。
「!!!」
娘の姿が玄関の石段の向こうに消えた刹那、その叫び声は起こった。
「どうした、ユミ、返事しろ」
あとを追う父親。だが彼の目に映ったものは、周囲の緑にはあまりにもそぐわない血だまりの色。
「ユミ!!」
懸命の叫びに応える者はなく、真っ青になった父親の背に腐敗と腐臭が忍び寄る。2つ目の断末魔が長い尾を引いたのはその直後。それから、そのまま――。
――その日。帰ってゆく人の姿はなかった。
「では、今回のお仕事をご説明しますね」
五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は集まった面々を招き入れると、静かに座るように促した。彼女の手元にあるのはどうやらかなり南にある島の資料らしい。豊かな自然と穏やかな気候で知られる地域だ。
「見当がおつきのようですね。ええ、今回も行っていただくのは山の中です」
といっても今回は、かつては一応人里だったとところだ。
「かつてそこには小さな集落がありました……」
姫子はゆっくりと説明を始めた。この島特産の杉を切り出すための、人々の拠点。分校とはいえど小学校まで整えられた立派な村であったという。だが島の大部分が保存林と決まってからは住むものもなく放置されたままだったのだとか。
「その朽ちかけた校舎にゾンビ達が巣食っているんです」
何もそんな獲物のなさそうなところにと思わなくもないけれど、これが意に反してそれなりの数の被害者が出てしまっているらしい。この島の自然を目当てに訪れる観光客はあとを絶たないし、山に入るとなればかつての集落跡というのは格好の休憩ポイントにもなるのだ。
「ですからさくっと倒してきてください」
さくっと……とはずいぶん軽いいいようだが、姫子は本当にあっさりと軽く言ってのけた。
「では具体的に……」
姫子はボードにすらすらとデータを示していく。それによればゾンビの数は全部で10体。特にこれといって特徴があるわけでも、特別なリーダー格がいるわけでもないらしい。
「そうですね、林業関係の筋骨たくましいおじさんがゾンビ化したような具合です」
「……シュール、なのか?」
灼滅者達は互いに顔を見合わせた。ゾンビといえば肉の腐れ落ちたようなああいうもの。筋骨たくましいゾンビというのは一体……。
「まあ、確かにゾンビらしくないといえばその通りなんですけど……」
それこそ倒しちゃえば筋肉も骨も関係ないんじゃありませんか――姫子の指摘もまた、もっとも。灼滅者達は深い追及はしないことに決めた。
かつての小学校は木造建築の2階建て。当時は一応各学年分の教室や職員室、宿直室などの設備は整っていたらしい。勿論現在は屋根も床も傷み放題で見る影もないのだが。10体のゾンビは思い思いの場所で隠れるように様子を窺っていることだろう。
「獲物が迷いこめば逃げるということはしませんが……」
物陰から襲われるのはある程度覚悟してもらいたい。おまけに今回のゾンビは皆、力が桁外れに強く、太い丸太のようなものを武器替わりにしている。殴りつけられれば普通の人間なら全身の骨が砕けてしまうくらいの衝撃を受けることになるだろう。
「加えて、10体のうちの半分弱、4体は異常に体力があります」
叩いても叩いても中々倒れないものがいることを覚悟しておいてもらいたい。ただそれがどの個体であるのかは、姫子にもはっきりと指摘はできないのだが。
「とにかく力はあっても知性があるわけではありません」
広い所におびき出してしまえば範囲攻撃も可能になるし、それぞれを各個撃破していくという手もありうる。そのあたりのことはよく話あってもらいたい、と姫子は説明に区切りをつけた。
「というわけで、島の安全確保、よろしくお願いします」
当日は時折霧雨が走りすぎることもあるけれど、おおむね天候は良好だろうと予想される。現場までそれなりに距離があるとはいっても、いい山歩きが楽しめる天候はかなりの助けになるに違いない。
「途中でシカやサルにも出会えるかもしれませんし……」
親子が最期に視た風景を眺めてあげるのも、供養代わりということになるかもしれない。
「ともあれ、お気をつけて……」
姫子はそういうと灼滅者達を送り出した。
参加者 | |
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天上・花之介(残影・d00664) |
凪・あやか(トムティットトット・d00897) |
仰木・瞭(夕凪の陰影・d00999) |
イーディ・ブラッドソーン(スティールブラッド・d01270) |
荻野・ちひろ(凛とした瞳の行方は・d01580) |
マリアローザ・アモウ(蜜薔薇・d01782) |
玖渚・鷲介(炎空拳士・d02558) |
春住・清鷹(尸觜・d05860) |
●雨の降る島へ
緑、翠、碧。あらゆる種類のみどりの底をトロッコの線路が1本、ひっそりと貫き通されていた。盛んに車両が行き来したのはもう随分と遠い日の事。カラーですらない写真も今ではセピアの色にやけ、千年を超える杉達だけが悠々と時を過している。
「雨……か」
黙々と線路を歩いていた天上・花之介(残影・d00664)が不意に空を見上げた。ついさっきまで真っ青だった空が白い霧雨にとって代られていた。黒のレインコートにも芥子粒よりも小さな水滴がついている。雨霧は白いカーテンの如くゆれながら、アッと思う間もなく一路麓へと走り抜けていく。
「助けたかったんだけどな……」
ユミとか言ったっけ――花之介が少女の名を呟くと玖渚・鷲介(炎空拳士・d02558)もその肩をポンと叩いた。
「楽しい観光に出かけていってゾンビの犠牲になるなんてよ、冗談じゃねえ」
この道を登って行った父娘がはぐれ眷属の犠牲となったのはつい先日。それはもう覆しようのない現実。運がなかったといってしまうには余りに重すぎるし、仕方がなかったとは口が裂けても言うつもりはない。全ての元凶はこの先に巣食うゾンビにあるのだから。
「亡くなってもうた親子も可哀想やけど、腐った身体でうろついとるおいちゃんらも可哀想やし……」
凪・あやか(トムティットトット・d00897)は天を仰ぐ。再び青さを取戻した空から光が零れてくる。眩しすぎて目を閉じれば瞼の裏が涙にぬれる。こんな光ももうゾンビ達は縁無きものと見るのだろうか。
「この世のものでない存在……倒す」
生ある者を活かす為――マリアローザ・アモウ(蜜薔薇・d01782)も大きく息をついた。命ある者を喰らい、望みもしない絶望を強いるダークネスの端くれ。灼滅者にとっては決して放置しておく事のできない存在だ。
「学校にゾンビ……ですか」
仰木・瞭(夕凪の陰影・d00999)も首をふる。こんな豊かな自然の中、風情に欠ける事甚だしい。だがそれも知性なき眷属ならば致し方もない。
「学舎を荒らさせる訳にもいきませんし頑張りましょうか」
灼滅者達は再びトロッコ線路を力強く歩き出す。ゆく手からはひんやりとした風が杉森の匂いを運んでくる。
「ああ。豊かな自然を壊させる訳にはいかない」
全力でいくぞ――荻野・ちひろ(凛とした瞳の行方は・d01580)も確りと頷いた。件の集落跡まではもう幾らもない筈だ。
先頭の春住・清鷹(尸觜・d05860)が大きく手を振った。草に埋れた道しるべには確かに小学校の名らしきものが読める。線路を外れて細道に入っていくと、いきなり視界が開けた。
「ここ?」
イーディ・ブラッドソーン(スティールブラッド・d01270)が仲間達を振り返る。そこだけぽっかりと森が消えていた。幾つか残された切株にはびっしりと緑の苔。杉の若木が何本か見える。
「あれが、そうかな」
イーディの指差す先には確かに木造の校舎らしきもの。燦々と光を浴びているのにどこか鬱蒼とした印象を与える。周囲には真新しい足跡。腐った肉の破片が散っているのを見れば……間違いはない。
●遭遇
外観は何とか建物の形を保っているという風情だった。木造2階建てで、隅の方にあるのは体育館だろうか。できるなら広い所へ――灼滅者達は短く言葉を交し合う。布陣はここで整え、探索は全員で。いつ遭遇戦になってもよいように、と。
1歩校舎の中に入れば、饐えたような匂いと埃に塗れた静けさだけがあった。昼間だというのに、薄青い闇がそこここにわだかまっている。
「不快……極まりない、わね。さっさと終らせたいのに、隠れんぼに付き合うなんて……」
イーディは眉を潜める。あやかがそっと彼女の袖を引いた。
「ほな、一緒に……」
その顔も勿論晴れやかな筈はない。嫌悪に僅かに混じる恐怖を誰よりも自覚していたのはあやか自身であっただろう。だから、イーディは軽く首を振り笑みを作ってみせた。
間違っても背後を取られたりしないよう――灼滅者達は全員で周囲に気を配りつつ、一行は校舎の奥へと足を踏み入れる。年月に汚れた床が軋む。大きく、いっそ不吉に。清鷹の使う懐中電灯だけが、一筋の希望とでも言いたげに薄闇に抵抗を試みている。
「いました……!」
マリアローザの声が緊迫する。3体だとちひろも応じた。体育館へと繋がる渡り廊下。腐食を極めた男達がゆらりとこちらを凝視している。
「……」
反射的に瞭は目をすがめた。唇がひきつるかのように嫌悪の呟きを洩らす。だがそれがゾンビ達の耳に届きはしなかった。鷲介の宣戦布告が朗々と響き渡ったからである。
「さあ行くぜ、俺とテメエは対等だ。対等な命の奪い合いだ!」
イグニッション! ――知人に倣ったというその叫びは、憤りと怒りとを含んだ裂帛の気合。花之介もにっと笑ってレインコートをひらりと脱ぎ捨てる。
『!!』
一瞬視界を切られたゾンビ達が抗議のように声を上げる。同時に電柱程もある丸太が前衛陣を薙ぎ払った。竜巻が生れたかと錯覚する程の風があやかの髪を乱してゆく。確かに眷属達の腕力は桁外れ、これでは普通の人間はたまったものではない。だが自分達は灼滅者――即ち竜を狩る者。逍遥と薙ぎ払われるだけの存在ではない。
花之介の姿が瞬間、仲間達の視界からも消える。次の瞬間、薄闇の中で日本刀が緯線する。腐肉の断たれる音が鈍く響いたその時、今度は清鷹が紅の逆十字を描き出す。
(「催眠……多少なりと攪乱出来れば良いんだがな」)
だが一筋縄ではいかないからこその眷属。大きな傷を受けたにも関わらずゾンビの戦意は些かも欠けていないらしい。
(「確り戦こうて、怪我せんと帰らんと、エラい不機嫌になられそぉやわ」)
あやかは音もなく優しい風を呼び起す。傷を癒し異常を取り払うその風が吹き抜けていけば、ちひろも赤い十字架を描き出す。目の前のゾンビの顔が大きく歪んだ。刻み込まれた傷口からぼたぼたと落ちたのは腐り果てた内臓か。
「催眠……ですね」
瞭がすっと目を細めた。微かな笑みを浮べて伸ばすのは足元からの影の刃。薄闇の中にも更に黒く広がるその影に飲みこまれたのは最も傷の深いゾンビ。さあというようにイーディを振り返れば、幼い少女の操る十字架が無数の光を放った。影に喰われ光に灼かれるその地獄に、マリアローザは更なる試練を投入する。
「ひーさん……」
マリアローザが呼べばビハインドは忠実な影の如く主に従う。リングスラッシャーの煌めきは七つ星、ビハインドの霊撃と相まってこの世のものならぬもの屠りにかかる。
「還るお手伝いが必要なら手を貸します!」
それが私の出来る事だから――鷲介の耳に彼女の声は鈴のように響いた。そう、それこそが自分達にできる事。艦をも斬ると言われた無敵斬艦刀、それが新たな風を生む。全てを粉砕するその一撃で――。
●激闘
「どうやら、あいつらしいぜ」
鷲介の手には痺れるような確かな手応え。斬艦刀はその役目をきっちり果たした筈なのにあのゾンビの命脈は尽きていない。
「成る程」
花之介も彼の言わんとする事を一瞬で飲みこんだ。事前情報によれば殊に体力に優れている者が4体いる。察するにあれが……となればまずは左右のゾンビから。
「幸い、あれは目を曇らせている事ですし」
瞭が残る2体の片方を指さした。まっすぐに瞭を狙っていた筈の棍棒が不意にもう1体に向けられたのだ。折角の催眠状態にあるのならば――標的は完全に定まった。
「では、どうぞお気張りやして」
穏やかな風の援護を受けて花之介は無数の手裏剣を花と散らすと、瞭は催眠ゾンビの腱を容赦なく断ち切る。足止めを喰らったまま死にゆく異形。その末路に寄せられる同情など無論ない。完全に孤立してしまったターゲットをちひろは軽々と抱え上げた。
「もう1度地獄に還れ!」
その言葉が示す通り、最も危険な角度で投げ飛ばされたゾンビの片割れは強かにその身を打ちつけられる。
「……」
鷲介は手向けの言葉をただ一瞬雷の拳に全て込め。高く高く殴りあげたその体には、もう何の力も残されてはいない。残る1体が完全に葬り去られたのはそれから程なく。流石に体力的な面からいえば、楽に済んだとは言えなかったが、灼滅者達にとっては幸先のいい緒戦となった。マリアローザの金色の髪に善なる光がはね返る。それが裁きの光であると眷属達が知る事はない。だがせめてそうして灼いてやる事だけが、マリアローザの祈りでもあった。
「残るは7体……」
あやかは仲間の負傷具合を素早く確かめる。今の遭遇戦で残るゾンビ達も十分に異変を察知しているだろう。すぐにも第2戦が始まる可能性もあるのだ。
「あちらの広い場所へ……」
イーディが花之介の袖を引いた。確かにここでは視界も悪い。一行は古びた体育館へ足音も高く移動する。先程から腐臭が再び強くなってきている。敵が集まりつつある事を誰もが肌で感じていた。
「……経緯は知らねえが骸を利用されるとは災難な事だな」
ぽつりと清鷹が零したその時、体育館の壁がバリバリと凄い音を立てて破られた。4体の不死者がその身に似合わぬ敏捷さで飛び込んでくる。電柱並みのあの丸太もこの島の杉でできているのだろうか――ふと場違いな思いが灼滅者の脳裏を過ぎった。瞬間、激しい怒りが前衛陣の脳裏に渦巻く。
「……?!」
その数の多さにあやかの眉が跳ね上がる。前衛陣の攻撃が敵のゾンビに向けられるのは別に問題はないけれど、ダメージの蓄積は避けねばならない。
「可哀想、いうとるけど……」
容赦するつもりはあんましあらへん――颯爽たる風が癒しの力をのせて戦場を吹き抜ける。ゾンビにまともな嗅覚があるのかなど知った事ではないけれど、いつまでも臭い体で動かしておくのはしのびないといえばしのびない。あやかはすっと1歩下がる。入れ替るように自分を取戻したクラッシャー陣の攻撃が花と開いた。
「どこ見てんだ!」
鞘ばしる花之介の刀は鎧ですらものともしない秀逸の技。瞭とちひろ、2人が描き出す逆十字は4体のゾンビの体を引裂き、更には心――あると仮定すればの話だが――までをもずたずたに。
「赤い十字架……綺麗ね」
だけど私の十字架も――無数の光を放つイーディの十字架に、マリアローザのリングスラッシャーが光を添えれば、清鷹もその効果に満足の笑みを浮べる。
(「誠心誠意見送ってやるよ、確かな安息の時へ――」)
再びの赤い十字架は美しく、しかしとても残酷に戦いを終焉へと導いていく。
●一瞬と悠久と
体育館に現れた4体もまた先の3体と同じ運命を辿ると目に見えていた。各個撃破という程ではないにしろ、敵が分散した状態で戦えた事は灼滅者達への何よりの僥倖。いや寧ろ敵勢力が合流する前に最大火力をもって鎮めていった点がもっと評価されるべきだろう。
(「だが、あと3体……」)
敵へ燃え盛る刃を叩きつけながらも、鷲介は心のどこかが波立っているような感覚を消し去る事ができない。目の前にいる敵が葬られるのは、あとは時間だけの問題。最前線のちひろは時に自己回復をせねばならぬ時もあったが、味方の傷も概ねあやかが癒してくれている。ひとまずの心配はない筈だった――。
『『!!』』
雄叫びにも似たその声は瞭の真後ろから沸き起る。
「床下に!?」
棍棒で足を払われたと瞭が知ったのは強かに床に打ちつけられたその瞬間。2つ目の棍棒が既に彼に向かって風を切っている。瞭がまずいと思ったのと、鈍い金属音が響いたのは殆ど同時。
『!?』
そして半瞬遅れて上がったゾンビの金切声。目の前には鷲介の無敵斬艦刀。その向こうに転がる屍もどきの手に棍棒はない。
「行けるな?!」
鷲介の言葉は問いではなく確認の響き。瞭は緋色のオーラを武器に宿す事で応えに変えた。紅蓮斬――名前の通りの紅が影の刃を染め上げる。それがこの戦いにおける最後の攻撃の火花となったと、総てが終ってから灼滅者は知る。ただ彼らは予感していた。この戦いの結末を――。残る敵が一堂に会した、そこから導き出すべき結論はただ1つしかないのだけれど。
最後まで――あやかは仲間達全員を穏やかな風で包み込む。確実に敵を潰していく仲間達。味方の戦力は十分、ならばそれが僅かな時でも欠けないように……。
「そこだ!」
花之介の手裏剣は大地を乱れ撃つ雨粒の如く。傷口から回る毒には隆々とした筋肉も役には立たない。瞭は半眼のままのたうつ敵を眺めやる。背後から沸き起るオーラは彼の容貌に反してどす黒く、殺気に満ちている。その名は鏖殺。重ねてイーディの光が7つの光輪となってゾンビ達を薙ぎ払えば、弱った所をちひろが豪快に投げ飛ばす。輝く光、赤く鈍い光、遠慮会釈のない斬撃に、マリアローザのジャッジメント――全てが一連となって繋がれば、いかな眷属といえども抵抗する術は無いに等しい。
「命を一方的にチップにするヤツはなあ、生れ変って出直してこい!」
拳に込めた雷の力。しぶとく残った1体に鷲介が叩きつければ、一番大柄だったゾンビが大きくのけぞった。その最後の力をと棍棒を構え直すも、清鷹は反撃する間を与えない。血のように赤い彼のオーラが音もなく武器へと吸収されていく-―。
静かになった古い校舎に一筋の光が差していた。ゾンビが穿った大穴から外に出れば、どこまでも高い青空がそこにあった。灼滅者達はもう校舎には入らない。ゆっくりと振り返って犠牲者親子に祈りを捧げると、再び緑の中へ歩み出る。
「眺めがいいですね、ここは。供養もかねて見ていきましょうか」
ユミという少女が見る筈だった景色を――瞭が提案すれば、無論反対する者はない。イーディはそそくさとカメラを持ち出すと早速観光気分。深い杉の森は昼なお暗いものだったけれど、それでも時にぽっかりと光のスポットに出逢う事もある。
「……鹿?」
ちひろは目を見張った。岩から岩へ鹿の親子が跳んでゆくのだ。まだ幼い子鹿も懸命に母親の後を追いかけていく。
「……親子、か」
花之介もそっと微笑んだ。あの親子は救えなかったけれど、ここに棲む命をこの手で守れた喜びは大きい。
「皆さん、こちら川があります!」
マリアローザの呼ぶ声が聞こえる。駆けつけてみれば、崖から落ちそうになっている彼女をビハインドのひーさんが懸命に支えていた。
「この下、綺麗なんです」
それで落ちかけていたら世話はないけれど――仲間達は笑って彼女を助け起すと、青く澄んだ流れへと降りていった。雨の降る島の川はどこまでも豊かで、魚の背びれがキラキラと輝いているのが見て取れる。
「悪夢はお終い」
皆この流れが流してくれる――イーディの呟きに清鷹も大きく息を吸い込んだ。川には魚、天には小鳥。千年の木々が囁く森の音。先程までの陰惨な戦いは嘘のように消え失せ、島には今悠久の平穏が戻ってきていた――。
作者:矢野梓 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2012年9月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
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