●十文字会長と美人秘書のいつもの一コマ
「ご婦人、何かお困りですかな?」
兵庫県の芦屋を中心として、展開する十文字グループ。
そこの会長である十文字血歳(ジュウモンジ・チトセ)のモットーは一日一善以上である。重い荷物を背負って道行く年配者などには、お節介であろうとついつい声をかけずにはいられない。
「いやねえ。田舎から娘を訪ねてきたんだけども、道が良く分からなくて……」
困り顔の老婆から目的の場所を聞くと、十文字会長は親切に頷いた。
「それはいけませんね。よろしければご案内しますよ」
血色が悪く骸骨じみた不吉な人相を、出来る限り愛想良く見せるのにはいつも一苦労だ。遠慮する老婆を何とか説き伏せた後も大変だった。娘へのお土産だという重い荷物を代わりに持って、懇切丁寧に道案内をする。
自慢ではないが、十文字会長は相当な虚弱体質だ。子供の頃からちょっとのことですぐ寝込んできたほどだ。老婆を無事に送り届けた頃にはクタクタに疲れ果てていた。
「探しましたよ、会長。また重要な会議をさぼって」
「……何だ、はあはあ……マリア君か……ぜーぜー」
秘書であるマリアが、ようやく上司を見つけたときに秀麗な顔を歪めたのも致し方ないことだろう。何せ、十文字会長は道のベンチで白い灰になりかかっていたのだ。
「……人生には……会議などより大切なことがある、のだよ」
「会長、その大量に抱えたニンニクはどうしたのですか?」
「さるご婦人から、お礼としていただいたものだ……いや、実にお子さん想いな方だった。親の子に対する愛というのは偉大だ」
「はあ……?」
マリアの長い金色の髪が思わず揺れる。意味が分からなかったが、賢明な美人秘書はとりあえず深追いするのを避けた。早々に本題に入ることとする。
「会長、例の件ですが」
「うん?」
「高橋氏は我々との交渉を拒否されました。持ち株を譲渡する気はないとのことです」
「そうか……それは残念だ。あの人にも困ったものだな」
現在、十文字グループは、ある依頼人から企業の合併話をまとめて欲しいとの仕事を請け負っているのだが、筆頭株主の一人が頑なに説得に応じようとしないことに難儀していた。
十文字会長は空を見上げて息を吐く。まあ、厄介な仕事を持ち込まれるのはいつものことだ。見事なニンニクの山に埋もれていた身体を何とか起こす。
「マリア君、これは独り言なのだがね」
「……独り言、ですか」
「高橋氏には一人娘がいる」
「……今年で五歳、可愛い盛りでしょうね」
それは、天気の話をするのと大差ない気安い口調だった。
「そんな愛娘の指の一本でも送り付けることができれば、高橋氏も少しは物分かりがよくなる気がするんだがねえ。陳腐で使い古された手だが、だからこそ有効ではある」
マリアは――ヴァンパイアにしてASY六六六の金髪美人秘書は、見下した視線を隠そうとして失敗した。
「まあ、あくまでも。ただの独り言だがね」
十文字は――ビジネスの暗黒面に幅を利かせる非合法組織の長は、いつも通り気づかないふりをした。
「……急用ができましたので、失礼します」
内心はどうあれ、ASY六六六の方針でマリアはこの男の言葉を実現しなければならない。独り言という名の命令を遂行するために踵を返す秘書に、十文字会長は渇いた声をかけた。
「ああ、マリア君。少し待ちたまえ」
「まだ何か?」
「急用とやらに取り掛かる前にだ。あの子、迷子じゃないかね」
十文字会長が示す方を見やれば、確かに道端で小さな女の子が泣きじゃくっている。
「可哀相に。高橋氏のお嬢さんと、ちょうど同じくらいかな」
女の子は涙声で親を呼んでいるが、応える者はない。
「なるべく優しく話を聞いて、交番に連れていくなり親を探すなりしてやってくれ。親御さんも、さぞや心配されているだろう」
「……」
特殊な力は何一つ持たぬ一般人の男は、強大な力を持つヴァンパイアに対して至極大真面目に言い放った。
「ASY六六六に動きがあったよ。ゴッドセブンのナンバー3、本織・識音が、兵庫県の芦屋で勢力を拡大しようとしているみたい」
須藤・まりん(高校生エクスブレイン・dn0003)が、経緯を説明する。
ゴッドセブンの識音は、古巣である朱雀門学園から女子高生のヴァンパイアを呼び寄せて、神戸の財界を支配下においている。ヴァンパイア達は神戸の財界の人物の秘書的な立場で、その人物の欲求を果たすべく悪事を行っているようだ。
「今回の事件に関わっているのは、十文字会長とASY六六六のマリアっていうヴァンパイアだね」
十文字会長の十文字グループは表向き健全な優良企業だが、その実は非合法ビジネスをマネージメントする犯罪組織だという。そこに派遣されたASY六六六のヴァンパイアであるマリアは、十文字会長の依頼により配下の強化一般人を使って一人の少女を誘拐したのだ。
「被害者の女の子の名前は、高橋恵(タカハシ・メグミ)ちゃん。恵ちゃんのお父さんを脅迫するための犯行だよ」
高橋恵は誘拐を担当した強化一般人六人によって、ある廃ビルに監禁されている。
「廃ビルは三十階建ての古い建物だね。そこのどこかに恵ちゃんが居る筈なんだけど」
ビル内のどこにいるか正確な場所までは分からない。
また、強化一般人達もビルへの侵入者がいないかチェックしている。基本的には、恵を見張っているのが二人、ビル内を動き回っているのが二人、入口をチェックしているのが二人という内訳だ。強化一般人達は常に二人一組で行動している。
「依頼の内容としては、この廃ビルからどうにか恵ちゃんを無事に助け出して欲しいの」
ASY六六六の狙いは、ミスター宍戸のような才能を持つ一般人を探し出すことであるようだ。その一環として、候補者の十文字会長などに手を貸す事件が起きている。
「ASY六六六は油断出来ない相手だけど、こんな事件を放っておくわけにはいかないよね。みんな、どうかよろしくね」
参加者 | |
---|---|
リリシス・ディアブレリス(メイガス・d02323) |
森田・依子(深緋・d02777) |
村山・一途(硝子細工のような・d04649) |
土岐・佐那子(夜鴉・d13371) |
蒼月・薊(蒼き槍を持つ棘の花・d17734) |
月叢・諒二(穿月・d20397) |
莫原・想々(幽遠おにごっこ・d23600) |
エリノア・テルメッツ(串刺し嬢・d26318) |
●潜入
「定時連絡。出入り口付近に異常なし」
廃ビル一階でASY六六六が連絡を取っている。彼らは顔をガスマスクで隠して声もくぐもっていた。その様子を、壊れた排気口の隙間から土岐・佐那子(夜鴉・d13371)はちらりと覗く。ESPで蛇に変身した佐那子達は、無事潜入することに成功していた。
「どうやら、上手くいったようですね」
一方、森田・依子(深緋・d02777)達も、見張りの位置と様子を外から伺っている。出入がチェックされていて、気取られずに忍び込める場所も見当たらないため、動物変身のESPを持たぬメンバーは離れて待機することにしたのだ。
可能な限り戦闘を避け、人質の安全を第一にする。
それが、ここに来るまでの道中で何度もおさらいした全員統一の意思だった。戦闘になれば電撃戦の用意もあるが、まずは慎重にいくに越したことはない。
「大きなビルですわね、どこに少女が監禁されているのでしょうか?」
同じく待機組の蒼月・薊(蒼き槍を持つ棘の花・d17734)は、事前に入手して皆で情報を共有したビルの見取り図を確認する。隣では莫原・想々(幽遠おにごっこ・d23600)が、地図につけたチェックをなぞる。
「監視カメラも動いているようですね。カメラ位置のチェックをしておいて正解でした」
「あとは予測をつけた監禁場所を、潜入組が潰していってくれるのを待つだけだね」
頷く月叢・諒二(穿月・d20397)の携帯電話がさっそく着信を告げる。諒二の提案により、灼滅者達は前もって連絡手段を整えて番号とアドレスを交換しておいたのだ。内部からもたらされた情報を、外にいるメンバーが統合し分析していく作業が続く。
「ここでもないか」
内部に潜入していた村山・一途(硝子細工のような・d04649)は、人がいないか用心深く確認しながら進む。潜入組は相手に気付かれないように神経を削っていた。猫に変身して、野良猫の振りを心掛けていたエリノア・テルメッツ(串刺し嬢・d26318)は、見回り役のASY六六六の足音に気付き物陰に隠れる。
「静かだな。猫の子一匹いやしない」
強化一般人二人のくぐもった話し声に、エリノアの耳が集中する。
「今回の件、マリア様はあまり気が進まないようだったな」
「十文字会長ってのは相当クレイジーだ。まあ、俺達は言われたことをやるだけだがな」
「誘拐した子供は、結局どうする気なのかね」
「さあな。確かなのはガキのお守りをさせられている警備員室の奴らが、一番の貧乏クジだってことだな」
(「ふん。警備員室ね」)
エリノアは御の字とばかりに仲間に連絡をとる。どうやらASY六六六達は、監視カメラの映像を確認できる場所で一緒に子供を監禁しているようだった。
「どうもあっちのようね」
お互いの現在位置を確認し合った結果、最も近い場所にいたリリシス・ディアブレリス(メイガス・d02323)が斥候する。
(「居るわ、当然だけれど会いたい相手と会いたくない相手がセットで」)
ビルの十階。奥まった場所に位置し強化一般人が詰めている警備員室。そこに、目隠しをされて椅子に縛り付けられている少女の姿があった。
●急変
ガスマスクをつけたASY六六六が二人。複数のモニターで監視カメラの映像に目を光らせている。その警備員室の奥で縛られている高橋恵は、ぴくりとも動く気配がない。リリシスが中の様子を観察した後、潜入組の四人が警備員室から少し離れた場所で集合する。
「場所は分かったわ。後はどうやって助けるかね」
「何としても、彼女の身を護らねば」
生真面目な佐那子が意気込む。彼女にしてみるとASY六六六や、十文字グループの所業は到底許しがたいことだ。今日この場で裁けないことは無念で仕方ない。そして、それ以上に気にかかるのが恵の安否だった。
「一度、待機組と合流した方がいいかもね」
エリノアの言う通り確実を期すなら戦力は多い方が良い。
だが、事態は思わぬ方向に動く。
『あー、あー、聞こえているかな、親愛なるASY六六六の諸君。こちら、遠方からのハッキングによって君達に呼びかけている十文字血歳だ』
「!」
突如、不吉な響きの館内放送がビル全体に流れ出す。
『さっそくだが緊急連絡だ。現在、ビル内に高い確率で刺客が紛れ込んでいる』
本件の元凶たる者が告げる内容に、敵味方関係なく息を呑む。
(「私達の動きが、察知されている……?」)
疑問を覚えたのは一途だけではない。聴衆を不安にさせる十文字会長の口調はどこか呪文じみている。
『というのも、ここはウチのグループのダミー会社所有の物件なんだが、最近見取り図やら内部情報を嗅ぎまわる動きがあってね。どうやら、厄介な連中に目を付けられたらしい。至急、現場を放棄して撤退したまえ』
一瞬の間が空いた後、「追伸」と一般人の男は最後に付け加えた。
『高橋氏はこちらの要求を快く呑んでくれた。指の一本も要らないとは、やはり親の愛情というのは偉大だな――というわけで人質は殺して構わないのであしからず』
ぴんぽんぱんぽん。
間の抜けたチャイムが鳴る。放送が終わりの合図のつもりらしい。
「何ということをっ」
長い黒髪を揺らして佐那子が歯を食いしばる。十文字会長は望んだ結果を得てなお容赦がない。
「十文字……本当に反吐が出るわ」
「普段のお仕事とはちょっと一風変わった感じとは思っていたけど」
嫌悪を露わにするエリノアに対し、リリシスは興味深そうに廊下の先に目を向ける。視線の先には、見回り役のASY六六六二人がこちらに駆け出してくる姿があった。
「仕方ないわね、少し遊んでもらおうかしら」
●強襲
十文字会長の言葉は、外まで漏れ伝わっていた。
ことは一刻を争う。
待機していた面々も、電撃戦を決意してビルへと突入する。
「くっ、本当に侵入者だと!」
「早く、他の連中に連絡を!」
入口を見張っていた強化一般人達が通信機を取り出す中、いち早く反応したのは薊だ。
「私のこの攻撃を、見切れますか?」
ギルティクロスの一撃が精確無比に通信機を破壊した。灼滅者達はすかさず追撃する。
「とっとと済ませます、貴方達に用は無いので」
「っ」
強化一般人達の背筋に悪寒が走る。
冷えた視線と声。
白の髪が土茶へ。瞳は血の赤に。それは想々が戦闘態勢に入った合図だった。フォースブレイクの強烈な一撃が炸裂する。
(「本音を言えば、やっと宿敵と戦えるという期待があった。でもそれはお預け」)
今は、小さな女の子が待ってる。
そう、今は――
「……今は、無事に救出する、それが一番大事かな。気張ろうか――」
諒二は消耗を抑えるために回復で味方を支える。今回の敵はダンピールに似た力を持っている。催眠付与の攻撃を、予想していた備えが有効に働いたことで損害は最小限に抑えられる。奇襲の形を上手くとることができたのも大きい。灼滅者達は一気呵成に攻め込む。
「ちっ、ガキ一人のために、こんなっ」
「子供を使うなど……命と想いを弄ぶ行為です」
依子の螺穿槍が唸りをあげる。純粋な怒りが込められた一撃に、敵の一人が倒れる。
「ぐっ、灼滅者どもめが……」
もう片方の無力化も迅速に終了する。だが、一息ついている暇はない。地に伏す敵二人に目もくれず警備員室へと急ぐ。
「急ぎましょう。ナビは私がします」
スーパーGPSと見取り図を使って、想々が先導した。動きが悟られないよう、監視カメラも破壊しつつ渡る。待機組の四人が目的の階に辿り着いたとき、先行していた潜入組の四人もちょうど交戦中だった。
「このっ!」
「……ああ、いえ。結構ですよ。何も言わなくて」
強化一般人が振り回すガンナイフを、一途が軽やかに躱す。彼女の赤い外套が風に乗るようにひらめき。
「あなた達如きに興味はありませんので」
流れるような戦艦斬りの一撃が、敵を斬り伏せる。
「ちっ、下の連中は……やられたのか」
劣勢に立つもう片方の見回り役は、更に手勢が後ろから近づいてくることに気付き舌打ちする。
「余所見とは余裕だな」
「っ!」
佐那子が除霊結界で隙を与えずに攻め入り、敵は大きくよろめく。更にリリシスが好機を逃さずに影喰らいを放ち、勝負は決まったかに見えた。
しかし、そこにガスマスクを被った人影が割り込む。
「大丈夫かっ」
「待ってろ、すぐに回復させてやる」
人質とともに警備員室にいたASY六六六の二人も、騒ぎに勘付いて急行してきたのだ。
●救出
「慄け咎人、今宵はお前が串刺しよ!」
エリノアが己の傷を顧みず、先陣を切って攻勢をかける。灼滅者側もASY六六六側も、戦力が一か所に集中したことにより激しい攻防が繰り広げられる。
「マリア様に増援の要請を……」
「お掛けになった電話番号は、現在使われておりません――よ?」
混戦の中、一途の魔法の矢が敵の通信手段を撃ち抜く。スナイパーの一途と薊は確かな腕前で的を外さない。
「ちっ、怯むなっ!」
数で勝る灼滅者達だが、ASY六六六の強化一般人達も巧みに連携してくる。しかも、地の利はあちらにある。狭い通路内では、灼滅者達も上手く陣形を展開できず数の有利を生かしにいくい。
「こいつは、少し厄介だね」
「諒二さん、大丈夫? 私も守備に回るわね」
リリシスがディフェンダーに移動して、諒二と協力して仲間の回復に手を尽くす。戦いは持久戦の構えを見せ、一途もスナイパーから移って壁を厚くする。
「相手は狭い通路に集中しています。逆にチャンスです」
想々がリングスラッシャーを七つに分裂させ、敵陣を薙ぎ払う。 ここで戦局が動く。綻びが生じた敵の戦列を突いて、佐那子がビハインドを伴って突貫。強化一般人の一人を吹き飛ばす。鈍い音を立てて壁に激突した相手は、それきり動かなくなった。
「撃て撃て!」
「悪は滅びるという当然の事を教えて差し上げましょう」
動揺したASY六六六が弾を乱射するのと対照的に、薊の妖冷弾は寸分たがわずに標的を射抜く。
「まだだっ、まだ手はあるっ」
「! させません」
冷気のつららを受けて味方が倒れるや否や、追い詰められた残り一人は背を見せて駆け出した。その意図に気付いた依子も全力で走る。タイミングはぎりぎりだった。警備員室にもつれこむように入り、少女を害さんと手を伸ばす強化一般人の前に依子が回り込む。
「邪魔だ、どけっ!」
「これ以上、恵ちゃんに怖い思いはさせません」
一歩も退かない依子に、ASY六六六が迫り。その体がぐらりと揺れる。
「言ったでしょう。私も咎人を許すほど甘くないわ」
依子が稼いだ僅かな時間。その隙にエリノアのバベルブレイカーの杭の一撃が、敵を背後から串刺す。マスク越しに呻きながら、誘拐犯最後の一人が横たわる。ビル内部の制圧が終了した瞬間だった。
「もう大丈夫だ、高橋恵君。滑稽洒脱素敵滅法な超能力者のお兄さんお姉さんが助けに来たよ、なーんてね」
「私達は貴女の味方ですわ。怖かったでしょう? でももう安心ですわよ」
諒二や薊を始め、他の面々も警備員室に入り高橋恵の縛めを解く。少女の目の焦点は定まっておらず、意識が混濁しているようだった。だが、目立った怪我は見当たらない。
「パパ……」
幼い口から意図せぬ言葉が漏れる。佐那子は頭を撫で、微笑みを浮かべてそっと魂鎮めの風を使う。
「すぐ会える。無事に済んでよかった」
少女の瞼が、ゆっくりと閉じ。
『かくて、めでたしめでたしか。いや、なかなか楽しませてもらった』
灼滅者達はモニターから聞こえてくる不穏な声に反応する。
血色が悪い骸骨のような形相。十文字血歳が中継を重ねて転送された画像越しに、白濁とした視線をこちらに向けていた。
「十文字……っ」
『自己紹介の必要はなさそうだな。手間が省けて助かる』
警備員室のモニターの数々に映る、十文字会長の顔、顔、顔、顔……灼滅者達を生気に乏しい顔が取り囲む。
『武蔵坂学園の学徒諸君。君達の活躍は、ハッキングした監視カメラ越しに存分に拝見させてもらった。君達の善戦に心から敬意を表そう』
「戯言を。何の罪もない幼い少女を巻き込みにするなんて、許せませんわ。まぁ、そもそも犯罪組織ってだけでアウトですけど」
『ふむ、それは残念だ、お嬢さん』
薊の言動には名前の通り棘がある。これは彼女が相手に相当な怒りを感じている証拠だった。同様に依子も身体の中に潜ませていた熱がふつふつ燃え出すのを感じていた。
「人だから守られる側でダークネスは皆悪。そう言うわけじゃないとは、宍戸で知ってるとは言え……あなたの行いは許されることではありません」
『ミスター宍戸か。私は彼とは違うよ。人の矛盾を愛する無力な一市民さ』
想々は直感する。
この男は何一つ偽ってはいない。心底、歪んでいる。
『人間、ダークネス、そして灼滅者。矛盾の核たる君達には、非常に興味をそそられるよ』
「矛盾しているのはそっちでしょう。擬態かとも思ったけど、本気でやっているようなら狂ってるとしか思えないわね」
「人間だから、ダークネスだから、灼滅者だから……悪いけれど私にとって、それは殺さない理由にはならない」
エリノアは吐き捨てるように、一途はにべもなくさらりと言い切る。
『……これは独り言なのだがね。仮にダークネスの駆逐を果たしたとして。君達と我々一般人は果たして共存していけるのか。私は、その点を実に楽しみにしている』
リリシスの知る魔術の探求する者の姿と、男の態度はどこか類似していた。
『まあ、それは後日の楽しみだがね。さて、本題だ。実は部下想いのうちの秘書がそこに向かっていてね。私としては、君達と彼女がぶつかり合うのは都合が悪い。そこで、現場そのものを消し去ることにした』
ビルが振動し出す。十文字会長は、万一に備えて遠隔でいつでも廃ビルを発破できるように仕掛けていたのだ。
『君達は何とか平気だとしても……恵嬢はどうかな?』
灼滅者達の動きは素早い。諒二が少女を抱えて窓を破って飛び出す。本来なら助かる筈もない落下だが、エアライドでふんわりと地面へと着地する。
「灼滅者と人間……か。とりあえず武蔵坂学園の僕で取り繕う身としては」
癒しを渇望し、傲慢な怒りを抱く。
諒二は自身を振り返って頭を振る。優先順位は間違えない。まずは少女が無事なのを確認する。
他の面子がビルから脱出すると同時に、廃ビルは完全に倒壊した。
「十文字千歳……元凶が健在である以上、私達が何とか手を打たないと」
瓦礫の山と化した現場を前に佐那子が苦々しく吐露する。
十文字会長だけではない。ASY六六六を野放しにしていれば、高橋恵と同じような被害者が増えていくに違いない。
「……あの子には、待っとる家族が居れんよね」
想々は巻き込まれた恵に言える言葉は、何も浮かばなくて。
せめて、ほんの少しでも早く傷が癒えて、笑顔が戻るのをただ願った。
作者:彩乃鳩 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年4月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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