過ぎ去りし君の、影患い

    作者:那珂川未来

    ●今の君が失ったもの
     とある古びた空き家には、影患いによって亡くなった主の呪いが掛かっているという噂があった。
     影患いとは、自分がもう一人現れる事――つまりドッペルゲンガー。
     それは、過去の君が持っていたのに、今の君が失ったものを持っていて、それは今の君にとって、苦しみであったり、悲しみであったり、罪を体現しているのだという。
     もしも、家の主が亡くなった場所といわれている寝室に入ると、同じく影患いによって死んでしまうのだという。

     その寝室に、一人の死体があった。
     安堵さえ浮かべている彼が握りしめているものは。
     亡くした妻の形見。
     過去の君が、今の君が失ったものを以て――君を殺す。
     彼は、妻の最後を看取れなかった罪から、自ら、過去の自分に殺してもらう事を選んだのだ。
     
    ●けれど今の君だけが、もっているもの
    「……妻の最期を看取れなかった。けど、当時どうにもならない事情はあったんだろうね」
     資料を配り終えて、仙景・沙汰(大学生エクスブレイン・dn0101)は軽くサングラスの位置を正しながら、痛ましそうに言った。
    「……そうですね。人の死は予測できるものではないですから」
     レキ・アヌン(冥府の髭・dn0073)は、神妙な面持ちで頷く。
     駆けつけていたのに、間に合わなかったとか、そもそもその死が唐突なものだった、色々理由はあるだろう。
     ただ少なくても、死に際で手を取ることさえできなかったことに悩み、心身を患う程、愛していたということなのだろうか。
    「彼がこの噂を聞いて、過去の自分がもっていたもの……つまり死に際に立ち会えなかった妻に連れて行ってもらおう――それをいざ実行しようとしたまさにその頃、ここに噂とサイキックエナジーが結合したなんてさ。彼にとって、本当に良かったことなのかどうなのか……」
     できればただの噂で終わって、そんなことあるわけないよなと諦めて、日常に戻ってゆくのが、本当の終わり方だったはずなのに。
    「とにかく、この噂が現実化してしまった以上は、早急な灼滅が必要だ。ここに入った人間、片っ端から死ぬだろう」
     苦しみや悲しみ、トラウマや闇、罪、それをたったの一つも抱えていない人間などいるはずもないから。
     沙汰の説明によると、件の空家へは、特に問題なく侵入できる。寝室は北側の部屋だから、すぐにわかるという。
    「部屋の中に侵入した時点で、君達は都市伝説に襲われるだろう」
     入ったひとりひとりの、影患い。
     それは、過去の君がもっていて、今の君が失っているもの。
     或は、過去の君がもっていなくて、今の君が抱えてしまったもの。
     例えば、亡くなってしまった恋人。人生の分岐に立ったときに、捨てたもの。背負った罪、植え付けられたトラウマ、決別した闇に堕ちた自分――それらを体現してくる。最初の犠牲者の場合が、死んだ妻という形で現れたように。
     その厳密性は、都市伝説の為か多少曖昧な部分もある。しかし、それがなんであれ、元となった人間を殺す。
    「君の人生の中で失ったり背負ったりしたものは、強い。けれど君達には、失ってようが背負ってようが、それを補い、支えてくれる人やものがあるよね? 心理的に圧迫してこようが、嘲笑ってこようが、それこそ、影患いが決して持ちえないもの、それが力になるはず」
     克つ意思があれば、克てる。灼滅出来る。
     レキとサポートは、万が一の回復補助や声掛けに回り、基本はメインメンバーの打ち克つ力の邪魔はしない。
     ひとりひとり、自分の影と向き合って、灼滅してきてくれればいいと沙汰は言う。
    「だって、失った分、背負った分、君達は確実に成長しているはずだよね? だから自分の力だけで勝ちたいんじゃないかな、この依頼を志願した君達の顔を見ているとね」
     君たちなら、きっと勝てるよ。そう言って沙汰は行ってらっしゃいと手を振った。
     


    参加者
    枷々・戦(異世界冒険奇譚・d02124)
    草那岐・勇介(舞台風・d02601)
    村瀬・一樹(ユニオの花守・d04275)
    赤秀・空(屍・d09729)
    黒谷・才葉(カニバルドッグ・d15742)
    天道・雛菊(天の光はすべて星・d22417)
    東・啓太郎(ローリングロンリースター・d25104)
    黒絶・望(希望を抱く愛の風花・d25986)

    ■リプレイ

    ●影の家
     がらんどうの箱の中で凪ぐ影はやけに濃く、けれどそれは鏡のように透明で。時の理を歪める呪いすら、鮮明に映していた。
    「噫、闇を、噺を、呉れ給え」
     日影の奥から詠い、扇の向こうから覗く彼の瞳は何処か楽しげで、意欲的でもあった。
    「さあ見世てくれ」
     君たちこそが希望の体現者だとね――。

    ●手
    『――忘れるな』
     枷々・戦(異世界冒険奇譚・d02124)の耳の奥に響く忌み言葉。迫りくる炎纏う影の手は、あの時に見たものと同じ。
    『一緒に堕ちよう』
     それを従える幻獣の気配はあるのに、友を失った自分を嘲笑うかのように、まるで姿は見えなかった。
    「前までは確かに思ってた。お前の後を追いかけて闇堕ちして、もう死んじゃってもいいかなって……」
     薙ぐ様に走る影。翻る炎。それらをかわしながら戦は告げる。
    「でも今の俺には曲げられない思いがある」
     其処にあるはずの親友の顔へ、戦は真っ直ぐ目を向け。同じ場所へはいけないと謝罪を表したなら、闇に悲鳴が木霊する。また突き放されたと、親友の嘆きが延々と頭の中に流れ込んでくる。
    「お前には、日常の中に居てほしかったんだ……」
     本当にそう思っていた。自分が悪者になって離れるのが一番だと。
    「けれどお前も同じ様に思い悩んでいたんだよな。そっけなくされて、自分の落ち度を探して……理由わからず突き離された絶望を想像できなかったあの時の俺は……」
     戦は悔やむように奥歯を噛んだ。
     その隙をついたように、括る様に腕が絡む。
    (「――影患いは今の俺が持ってて、過去の俺が持ってない物か」)
     今ならはっきりとわかる。真の影患いの正体。
    「あの頃の俺に足りなかったのはお前と面と向かって話す勇気だったんだな」
     すれ違った時間は取り戻せない。けれど、先にある奇跡を掴む道は、生きてさえいればいくらでも見つけられるはずだから。
     首に巻きついた腕が不意に緩み、燃える影の中へと戻ってゆく。気付けばそこに居るのは、幾分幼い自分自身。左頬に少年の手形をした生々しい熱傷を抱えて。
     忘れるな、忘れるな。輪唱のように、親友の声と重なる忌み言葉。
    「忘れない、何年経っても絶対忘れない。この傷を見る度にきっと思い出すから。学園の友達の為にも、俺自身の為にも、生きてるお前を見つけて謝って、許してもらえるまで死なないって決めたんだよ」
     放つレーヴァテイン。消えゆく影患いに、かの親友の姿を見た気がした。

    ●天ツ風
     薄暗い森の中へと様変わりした――草那岐・勇介(舞台風・d02601)がそう認識した刹那の出来事。鋭い風に吹っ飛ばされた。
     無邪気に嗤う子鬼の姿を認めれば、それが影患いとして納得できる要素は十分。
    『オレは悪くない』
     オマエが悪いんだという視線を向けるそれは、ほんの数年前の自分だ。五歳児の姿をした羅刹。
    「誰が悪い、じゃない。生まれてきた時からの責任だ」
    『オレは関係ない』
     見据えながら勇介が奇譚を謳うものの、耳を塞ぎながらも軽々と攻撃をかわす子鬼。逆に放たれる風は、勇介の体を深々と切り裂いてゆく。
     子鬼の態度は、心の奥に残る幼き自我そのもので。血の味に混じるのは、一抹の無責任への羨望。嫌悪しているにもかかわらず後悔を抱く矛盾が、勇介の心を圧迫する。
    「もう誰も傷つけたく……」
    『お前は自分を捨てる事などできない。取り繕うことを覚えただけだ』
     語りを掻き分け響く声。蒼白になった勇介へと際どい一撃。
    『取り繕って大人になったふりで、今まで傷つけた人は許してくれたか? 魂を改竄しようと、お前の本性はエゴの権化たる羅刹だ』
     嬲る様に見下ろすそれは、成長した羅刹の姿。捨てておいて未練とは片腹痛いと。
    「……俺が、本当に捨てたのは、真実に気づかない振り。そして得たのは……」
     血を吐きながらも、爪立て立ち上がり。
    「それが、自分とかけ離れたものでも……『演じる』ってのは、足掻き、全霊で役ににじり寄る事だ!」
     向き合う姿勢と変わる努力。諦めないと2人に約束した。そうでありたいと願うから。
     人は真似しながら学ぶもの。赤ちゃんが歩く大人を見て、歩く事を学ぶように。遠くても苦しくてもそこに至る為に、だから勇介は『演じる』。
     閃光のオーラを纏い、目を剥く羅刹へと叩きつければ。
    「お前は(七不思議として)連れて行かない、既に俺の中にいるから」
     かき消えた風の欠片は、その手の中へと。

    ●キミの声
     ウェーブがかった亜麻色の長い髪を揺らめかせ、よく似合う淑女の装いも、途切れた時のままの姿。
    「……レナ。やっぱりキミなんだね」
     村瀬・一樹(ユニオの花守・d04275)は大事な相棒を前に、無意識に零した。
     刹那、破かれたノートの切れ端がはらはらと舞い落ちてきて。
     何処かで見た仕草をする君の唇が囁く様に動き、それを拾い集めて掛ける言葉は――。
     人には聞こえない声。無言のまま向けられる笑顔。それ自体が、一樹の心を絞め殺しにかかる。
     嘗て傍に置いていたビハインドと同じ唇が紡ぐ、呪詛のように。いや、レナの姿を模したビハインドと別れを選んだからこそ存在している、目の前のキミ。
    「レナ……」
     かき乱される精神に耐える様にして、絞り出す言葉。
    「キミを失ったことが辛かった。だからビハインドとして縛りつけ、一年以上の時を、共にした。けど、キミをこれ以上僕の気持ちで縛りたくなくて……」
     ――僕から別れを選んだ。
    「……ああ、紳士の風上にも置けない程の自分勝手だ」
     言いながら、思う。死んだキミの意志とは無関係の行い。これが罪なのか。
     罪のカタチにさえ、未だキミを縛りつけること。けれど、亡くしたキミとの思い出まで捨てることなどできようか。
    「レナ、これだけは言いたい」
     胸元にハートのスートを浮かべ。あの時と変わらない笑顔を正視して。
    「お前は昔、壊れかけた俺を支えてくれた。そして今のこのポテンシャルだって、お前がくれたものだって思ってる……」
     五線譜のように踊るベルト、刃の旋律すらキミとの紡いだものだから。
    「お前が居たから今の自分がある。これが罪なら……尚更潰される訳にはいかない。それじゃあレナへの贖罪も感謝もできない。それだけは嫌なんだ」
     奏でる言の葉、一樹の唇から。
     凛と響く音の中、消えゆく君は。
     相変わらず笑顔で。
     相変わらず――。
    「姿形は無くたって、レナから貰った物はここに残ってる」
     宝物の歌、自分在る限り、キミは消えやしないから。

    ●××、即是、空
     部屋に踏み込む前から、何が来るのかわかっていた。だから現れる人物を見たところで、赤秀・空(屍・d09729)の表情に感慨はない。むしろ見ているとは言い難く、その焦点は遥か先か別の何かにあるのは明らかだった。
     退魔の家系に生まれた忌子である空、そして影患いである跡取りの『陸』。
     ソラと呼ぶならばまだしも。ウツロと名付けたその意味からも、要らぬという感情が滲み出ている。空なりの愛されようという努力も虚しく。縁切られ流された場所にも居場所は見つけられぬまま――だったのだが。
     望まれた生、期待された使命という、空にないものを振りかざし、影患いは追い詰めようとしてくるけれど。
    「過去を捨てるには、良い機会だ」
     独りごちながら、影業を微かに躍らせつつ進む足取りは、語る言葉もないと言わんげで。空にとって、人間も灼滅者も好ましい存在とは思えないし、期待も抱かない。
     例外的に、ごく一部の存在に感情を持っている。そこにダークネスも含まれている彼は、しがらみも先入観もない。ただ彼自身の中に確立する『何か』が、唯の世界なのかもしれない。
     そのごく一部の中でも、とりわけ熱を以て追いかけた子がいた。例え残滓であっても繋ぎとめたいと切に思う程の、愛、若しくは執着と言えばいいのだろうか。
     故に目標は見えている。自ら心の弱い部分を乗り越え、全てを振り払い、屍のような現状に終止符を打つ。
     一抹の希望――全き光に成り、永久に自分のままで彼女との再会を待ち続けよう。それが例え未知のものであったとしても掴みたいと。生まれ変わりでも黄泉帰りでも良いと、願う程に。
     陸に重なる自分の顔。捨てた力から振り落ちる光が、何だというのだろう。そんなものが自分の決意を裁ける訳もないと言いたげに。クラブのスートを浮かび上がらせるなり、その影を解き放つ。
    「さよなら」
     只殺したという手応えだけに終焉を悟り、ほんの少し吹っ切れた様な顔で踵を孵す。

     ――この地獄を生き抜いてみせろ。

     言葉抱き見つめる先はただ一つ、君とのセカイ。

    ●貴き色
     その人は、変わらない柔らかな笑顔を向けてくれた。
    「……ばあちゃん」
     唯の理解者、唯の近親者。黒谷・才葉(カニバルドッグ・d15742)にとって大切な人が其処に居た。
     故に心の中で雨雲のように急速に膨れ上がってゆく、あの時守れなかった絶望、故郷を壊滅させた罪。その罪が、今も才葉に多大な圧迫を仕掛けてくる。
    「ねぇ、ばあちゃん。オレも……連れて行って」

     ――ばあちゃんに刃を向けるなんてできるはずないよ。命を奪うことしか出来ないオレが生きていてもいいの?

     隠すように俯く目からは溢れる涙。罪の雨雲はもくもくと広がってゆくばかりで。
    『お前は昔から優しい子ですね。……才葉、泣いてもいいのですよ。泣かないことが強さならば、あなたは弱くてもいいのです』
     慰める様にそっと近づく優しい面持ちとは裏腹に。足から伸びる影は喰らわんと揺らめいている。才葉はいつ命を落としてもおかしくない、魔物の舌の上に乗っている様なものであっても身じろぎしない。
    『お友達は出来ましたか?』
    「うん、できたよ」
     守りたい人達なんだ、と才葉は言って。そしてまた、閃く過去の記憶に涙がぽろぽろと。
    『犯した罪を償い、深い後悔を乗り越える事は、並みのことではないかもしれません。そして強い力は悲しみを生むかもしれません。でも、守ることも出来るのですよ。弱きを知り、力ある故の悲しみを知る才葉、あなたならきっと……』
     祖母はただ優しく微笑む。
    『必ず迎えに行きますよ。お前が一生懸命、走り抜いたなら。その時はたくさんお話を聞かせてね』
     光へ戻ることを促すように、頭を撫でる優しい手も、次第に暗黒に消えてゆく。
    「嫌だ、いかないで……!」
     ぼろぼろ涙を零しながら伸ばした手はまた、届かない。かわりに瞳に映るのは、真の影患い。後悔と罪に委縮する弱き心。
    「走って、走り抜いて……約束するよ、いっぱいお土産話作るから」
     襲いかかる影の顎。無意識に切り開く刃は技巧の一閃。
     祓われた闇の向こう、才葉の前に広がるのは、あの時見た夏の青。

    ●星の大華
     そこは記憶という名の世界のはずだった。
    「……私の記憶を反映しているのならば、何故都市伝説はこの様な世界を映すのか」
     まるで覚えのない世界に立ち止まり、天道・雛菊(天の光はすべて星・d22417)は携えた星椿に視線を落とす。
     自分は星椿の為に存在し、それに対する疑問抱く事無く生きていたが。
    (「私はいつから星椿を手にしていたのか……何故私は星椿に執着しているのか……」)

    「――知らない」

     今まで疑問を持たなかったことが嘘のように、言葉は波紋を広げてゆく。
     不意の気配に面を上げれば、それは見知らぬ……はずの人の姿をした影。一振りの刀を手に、斬りかかってくる。
     一閃は儚くも美しい流星のような鋭さ。記憶辿る間もなく咄嗟翻り、磨いた剣術で影と斬り結んでいく中。初めて見るはずの太刀筋、なのに懐かしさを覚えるのは何故なのか。
     焦燥、しかし同時に溢れ出す衝動。
    (「私は……斬られたがっているのか? 何のために? 何かの償いか? それとも」)

     ――喜びの為か?

     その言葉が脳裏に過った刹那、自分の身体の動きが鈍っていく事を自覚する。生きようとする肉体に対し、心が反してしまって――隙を突く影の太刀が、雛菊の胸に深紅を咲かせる。
    「……ああ……」
     何処かで見た様な鮮血の華。辿り着きそうな記憶に手を伸ばせば、其処には己が顔を映す刃。
     心の臓を僅かに逸れたとはいえ、それは死に最も近い一撃であるというのに、未だ固く握り続けている。
     脳裏に奔る――真の星椿だけが我が身を殺し、我が身だけがそれを持ち得る唯一人でなければならぬのか、と。
     星椿への歪んだ執着は永遠の誓いか。或は唯の糸を、この手が離すまいとする為なのか。
     誰とはわからぬその影へ振り下ろす刃。涅槃寂静――刹那よりも短い時の中、時間という概念を越えた想いは影より速く。
     星椿が影を貫けば、散りゆく欠片は星屑のように儚く消えた。
     輝き降る中、霞む意識に差し伸べるのものは誰の手か。しかし繋ぎとめた生の中、真実は雛菊のみが『知っている』。

    ●後天的青と先天的赤
     東・啓太郎(ローリングロンリースター・d25104)の前に現れた三つの影。言われるまでもない両親と、そして彼らを背に置くのは幼い啓太郎。
     それは行方をくらませた自分の、両親に対する罪悪感のカタチ。デモノイドヒューマンという人外となった自分を、両親は受け入れてくれるのかという不安。
     辿り着いた答えは、否。きっと同じ様には受け入れられるはずがない。
     だから逃げ出した。拉致された場所からも。家族の元からも。
    『なんて可哀相な親なんだろう。腹を痛めて産んだ子が、化け物になっちゃったんだから』
     罪悪感を煽る様に、小さな影は悪意を含んだ笑みを浮かべ。
    『大事な息子が醜い化け物なんて、本当にかわ――』
    「ナノっ!?」
     影患いが言い終わるより先。ナノナノ・グルメが気付いた時には、啓太郎は殲術道具を寄生体に取り込みつつ、DMWセイバーで斬りかかっていた。
    「なりたくてなったわけじゃない……!」
     忌まわしくありながらもそれに打ち勝った証明でもあるその腕で。同じく寄生体を用いた影患いと鍔迫り合い、打ち込みあう、その最中。

     ――啓!

     声とも言えない声響いて。父の影が立ちはだかり。母の影が影患いを庇う様に抱きしめる。
     例え化け物の腕を晒しても、子を必死に守ろうとする親の姿。驚く影患いの様子は演技には見えない。
     啓太郎は気付いた。過去よりもより強くある両親への思い。奥底では、例え自身が化け物になっても愛してくれると信じているのだと。
    『ああもう!』
     忌々しげに舌打ちして両親の影を消滅させるなり、斬りかかる影患い。
     光と闇の一閃――のち、啓太郎の前にある影は己がもの一つ。
     一つ呼吸して、携帯電話を取り出せば。震える指に添えられる、グルメの小さな羽根。
     共に押す電話番号。懐かしくさえ感じる、涙声の男性の怒鳴り声と、涙混じりに自分の名前を呼ぶ女性の声。
    「うん……うん、ごめんなさい、ありがとう」
     ようやく向き合えるかもしれない一歩。真実を伝えるまでの道のりはまだ遠いかもしれないけれど。
     ――僕は家族を信じてる。

    ●禍根の華
     突如落ちる闇。マリンスノーのように淡く輝く浮遊物は、まるで人の魂かのような。黒絶・望(希望を抱く愛の風花・d25986)は様変わりした世界の中、見つけたものは。
     ゆらり踊る、ボロボロになった漆黒のワンピース。白い肌に浮く、赤い唇。
     暗黒の刃を携えて微笑むそれは、二年前の自分。
    「……人喰い死神、ですか……!」
     汚らわしいと零しながら望は、可憐な輝きを放つLaminas pro vobisを構えて。
     人喰い死神はまるで歌う様に、
    『私は貴方で貴方は私。つまり貴方も私と同じ汚らわしい罪人。本当は貴方だって自覚しているのでしょう?』
    「黙りなさい!」
     覆しようもない罪。拭い去りようもない穢れ。振り払う様に、Laminas pro vobisを振り抜く。
     乱れた華の輝きは、黒き花弁に弾かれて。一閃、また一閃、振るおうともそれは、一度も届く事はない。
     見るからに冷静さを失っている望。人喰い死神は嘲笑めいた口元で、
    『貴方には白い希望なんて似合いませんよ。汚らわしい貴方には黒い絶望がお似合いです』
    「黙りなさいと……っ!」
     大きく振り抜いた一撃。虚しく空を切った挙句、麗しき黒の死神に懐まで踏み込まれるのを許してしまう。
    『もう希望なんて手放して、闇に堕ちてしまいなさい』
     唇にたっぷりと微笑を浮かべ、蟲惑的に誘う一撃。
     刹那、噴くのは深紅。
    「やっぱり……汚らわしい私には希望を手にする資格が……」
     強打に、まるで勝機を見出せずに絶望しそうになったその時、やわらかな蜂蜜色の髪靡かせ、屈託なく笑う少年の姿が過る。
    「ああ、愛しき人……」
     忘れてはいけない人。最愛の人がくれた宝物こそ、この厭わしい自分の唯の――。
     気付いた時、天は光る。
     浅くなる闇の中望が立ち上がれば、最愛の人を模した明るい赤色の影業が、彼女の元に舞い降りた。
    「……闇に堕ちるなんてお断りです……私の愛する人が私を美しいと言ってくれました……大切だと言ってくれました……」
     輝く可憐な花はAnthemisと踊る。
    「だから……私は希望を手放したりなんてしません!」
     風と戯れる可憐な刃は、したたかに闇を切り裂いて。
     暗黒に視界閉ざした死神は、はらり散る花弁のように世界に消える。
    「さて……帰りましょうか……私達が生きる今へ……」
     そして、貴方と歩むその場所へ。

    ●西日の扉
     未だ濃い影の色。
     しかし差し込んだ光の中、患いの君はもういない。 

    作者:那珂川未来 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年4月25日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 5/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 10
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