奇襲 ゆりゆり湯治温泉

    作者:小茄

     ここは日本三古湯の一つ、道後温泉。
    「こんな所にも擦り傷が……痛そう」
    「アンブレイカブルにとって、傷は友達の様なものだからな」
     小さな宿にしては立派な露天風呂に、若い女性客の姿があった。二人の他に人影は無い。
    「それにしても、逞しい身体……うっとりしちゃう♪」
    「んっ……そうか?」
     向かい合って身体を密着させ、鼻先が触れあうほどの距離で会話を交わす二人。キマシタワ状態(謎)である。
    「えぇ、でも逞しいだけじゃなくて、とても綺麗……」
    「そ、そっちは……ちょっと待て、傷はもう十分に癒えたから!」
    「まだまだ、お楽しみはこ・れ・か・ら♪」
    「だ、ダメだってば……ダメ……っ?!」
     先ほど以上に複雑に絡み合う二人の身体。
     しかしながら、湯けむりが邪魔して何が起きているのか詳細は不明である。
     
    「コホン……軍艦島の戦いの後、HKT六六六に動きがあったと言うのはもう聞いているかしら? 有力なダークネスである『ゴッドセブン』を地方に派遣し、勢力拡大を図っていると言う事の様ですわね」
     有朱・絵梨佳(中学生エクスブレイン・dn0043)の説明によると、ゴッドセブンのナンバー2、もっともいけないナースは、愛媛の道後温泉を拠点に活動を開始している。
     もっともいけないナースは、配下のいけないナースらに命じ、湯治に訪れたダークネス達にサービスを行わせている。
    「これには、ダークネスの傷を癒やすのみならず、パワーアップの効果がある様ですわ。このまま行くと、いけないナースらはそうしたダークネスと次々に友好関係を築いてしまいますわ」
     可及的速やかに阻止せねばならないだろう。
     
    「今回貴方達に対処して頂きたいのは、温泉街の片隅に有る小さな温泉宿でサービスを行っているいけないナースですわ。名前はアリサ。そして、彼女にサービスを受けているアンブレイカブルがエリコ……」
     ダークネス二体を同時に戦うのはリスクが高い。今回の作戦では、どちらか片方のダークネスを灼滅すれば成功と言って良いだろう。
    「幸い、いけないナースは客――今回の場合でいえば、アンブレイカブルのエリコを安全に避難させる事を優先するから、灼滅者が露天風呂で奇襲をかければ、自然とアリサvs灼滅者という流れに持ち込めるはずですわ」
     相手はアンブレイカブルなので、そのプライドを刺激する様な言葉がかければ、勇んで参戦してくる可能性が高い。
     
     
    「では、吉報をお待ちしておりますわ。行ってらっしゃいまし」
     そう言うと、絵梨佳は灼滅者達を送り出すのだった。


    参加者
    加藤・蝶胡蘭(ラヴファイター・d00151)
    蓮華・優希(かなでるもの・d01003)
    神夜・明日等(火撃のアスラ・d01914)
    王華・道家(ピピピピピエロ・d02342)
    シェレスティナ・トゥーラス(欠けていく花・d02521)
    結城・桐人(静かなる律動・d03367)
    火室・梓(質実豪拳・d03700)
    ミルミ・エリンブルグ(焔狐・d04227)

    ■リプレイ


    「何がダメなの? ここをこうするのがダメなの? それともこっちぃ?」
    「ひあっ! ん、それぇっ」
     愛媛県松山市。かつて伊予の国と呼ばれていたこの地に、道後温泉は存在する。
    「でもぉ、身体はダメって言ってないけどぉ?」
    「そ、そんなこと……はぁっ!」
     日本三古湯に数えられるこの温泉の歴史は古く、万葉集にも温泉地がとして言及されている。
    「たーっぷりサービスしちゃうから♪」
    「んっ、ふ……あぁっ!」
     そんな由緒正しき温泉街の一角で、どうにも相応しくない嬌声を響かせながら、肢体を絡ませ合っている女が二人。露天風呂に浸かりながら、くんずほぐれつと言う状況である。
    「うわぁ……これは、目の毒ですね」
     百合と呼ぶには、やや生々しく過激な光景に、目をそらしたり、チラ見したりしつつ呟くミルミ・エリンブルグ(焔狐・d04227)。
     湯気や湯に阻まれて、何が見えると言う訳では無いが、それでも彼女を赤面させるには十分な様だ。
    (「皆さんは平気なんでしょうか……?」)
    「ん~、この素晴らしき情景、ダ~クネス二人じゃなければずっと見ていたいケド……」
     芝居がかった口調で言うのは、ピエロのミッチーこと王華・道家(ピピピピピエロ・d02342)。楽しげではあるが、どこまで本気なのか今ひとつ捉えにくい。
    「ところで結城くん、眼鏡が大分曇ってるけど見えるのカイ?」
    「……いや」
    「戦う時に困るんじゃ?」
    「……問題ない」
     道家に短く答えるのは、結城・桐人(静かなる律動・d03367)。眼鏡が湯気で真っ白に曇っているが、純情派の彼には見えない方が都合が良いのかも知れない。
    「じゃ、そろそろ仕掛けようか」
    「こう言う場面に乱入するのは気が引けるけど……そうも言ってられないしね」
     一同に目配せしつつ、合図を出すシェレスティナ・トゥーラス(欠けていく花・d02521)。神夜・明日等(火撃のアスラ・d01914)の呟きに共感しつつ、灼滅者は一斉に露天風呂内へと踏み込む。
    「DOG六六六の勧誘活動、お前達の思うようにはさせないぞ!」
    「きゃあっ?!」
    「な、何?」
     いまだ湯船の中で抱き合ったままの二人へ、びしりと言い放つ加藤・蝶胡蘭(ラヴファイター・d00151)。
    「名前を教えてくれないかな? 何故、もっともいけないナースの指示に従うのかな?」
    「……私はアリサ……私に用があるの? だったら彼女は上がらせていいでしょ? 湯あたりしたみたいなの」
     蓮華・優希(かなでるもの・d01003)の問い掛けに対し、いけないナースと思しきナースキャップとポニテの女――アリサが答える。
    「……お、お前達……いつから見てたんだ」
    「……いや、今来たところだ。湯治の最中に悪かったな」
     肩まで湯船に浸かった状態で、紅い顔の女――アンブレイカブルが震え声で問うのに対し、言葉を選びつつ応える蝶胡蘭。
     ダークネス二体を同時に相手取って戦うのは、危険が大きすぎる。この場はアンブレイカブルにはお引き取り願うのが灼滅者のプランだ。
    「そ、そうか……いや……うむ……少し長湯しすぎたかも知れないな。では私はこれで……」
    「いずれ、万全の状態で戦いたいものだな」
    「……そ、そうだな」
     礼儀正しく視線を逸らしつつ、バスタオルを投げ渡す桐人。アンブレイカブルはそれを受け取ると、身体を隠しながらさっさと露天風呂を後にする。
    「で、そのなんか怪しいサービスって、私達にも効果あるんですか? あるならお願いしてみたいんですけど」
    「あら、貴方達みたいに可愛いお客様なら私も大歓迎♪ だけど……私達に協力してくれる人限定のサービスなの」
     間をつなぐように、或いは純粋な好奇心かも知れないが、質問する火室・梓(質実豪拳・d03700)。アリサはスマイルでそう言いつつ、湯船から上がる。
    「あぁそうそう、さっきもう一つ聞いてたっけ。なんでもっともいけないナースの指示に従うか? その方が気持ち良いからに決まってるでしょ?」
    「君たちの妙なたくらみは止めさせて貰うよ」
    「歴史ある温泉でやらしー事とか不届き者です! 成敗なのですっ」
    「やっぱり見てたんじゃない」
    「……き、聞こえただけなのです」
     足場を確認しつつ臨戦態勢を取り、言い放つシェレスティナとミルミ。とにもかくにも、アンブレイカブルのエリコが去って互いに気兼ねなく戦える状況は整った。湯煙る露天風呂における戦いの幕が切って落とされたのである。


    「そらそらぁっ!」
     濡れた石の上を軽い身のこなしで跳びながら、注射器により高圧で温泉の湯を射出するアリサ。
    「くっ! ずぶ濡れ……戦闘には影響しないけど気持ち悪いなこれ」
     戦闘後の事も考慮し、巫女服の下に水着を着込んできた蝶胡蘭。肌や下着が透ける心配は無いが、やはり濡れた服が肌に張り付く感覚は快適とは言い難く、顔をしかめる。
    「君自身にしたい事は無いの?」
    「私は気持ち良くて愉しければそれで良いの。シンプルでしょ?」
     指示のままにダークネスにサービスを施し、またそれを逃す為に命を賭して戦ういけないナース。各々の志によって戦う灼滅者からすれば、それは奇妙にも思える。とは言え、優希の問い掛けにアリサはさらりと答える。それがアリサの価値観という事なのだろう。
    「あんたにはお仕置きが必要なようね。リンフォース、いくわよ」
     明日等がバスターライフルの引き金を引くと、放たれるのは湯けむりをつんざく光条。ウイングキャットのリンフォースもこれを魔法で援護する。
    「んっ?! ……ふふ、この程度じゃ感じないんだけど?」
     巧みに直撃を回避しつつ、アリサは軽口を叩く。灼滅者八人を同時に相手しながら、楽な戦いをさせない程度の実力は有る様だ。
    「じゃあ、これはどうかな☆」
     ――ゴォッ!
    「くうっ!」
     タップダンスの様なステップで、するすると間合いを詰めていたのは道家。炎を宿したエアシューズで、変則的なハイキックを見舞う。
     柔軟性に富む身体を思い切り反らして、これも直撃を避けるアリサ。
    「そこっ!」
    「ぐっ!?」
     更なる波状攻撃を仕掛けたのはシェレスティナ。湯気と熱気の立ちこめる露天風呂の一点から、急速に熱量を奪い取る。
    「冷たいじゃない! せっかく温まってたのに、貴方達を片付けたらもう一度入り直さなきゃ」
    「そうはいきませんよ! 寒いなら熱くさせてあげます!」
     焦りを隠す様に言うアリサへ、真っ向から距離を詰める梓。燃えさかる炎を宿した拳で殴りかかる。
     ――ブンッ!
    「一人ずつ来てくれたら、もっと濃厚なサービスしちゃうんだけど……っ!」
     死角を突く様に桐人が繰り出した鬼神の腕を受け流し、梓の拳をも紙一重でかわしてみせる。
    「いかがわしいサービスなんて要りませんっ!」
     だが、そんなアリサの誘惑をきっぱりと拒絶しながら、拳に宿した妖狐の炎を電撃へ変換し鋭いアッパーカットを放つミルミ。
     ――バシィッ!
    「ぐうぅっ! いったぁ……」
     いかに俊敏な淫魔といえど、限られたスペースで攻撃の全てをかわしきる事は出来ない。クリーンヒットを受けて、ぐらりとよろめく。
    「さすがにちょっと頭に来たかも……生け捕りにして楽しもうかと思ってたけど、ここからは殺すつもりでいくから!」
     顎をさすりつつ、注射器で温泉の湯を吸い上げるアリサ。笑みこそ湛えているが、言葉と表情に怒りを滲ませる。
     連携と間断無い攻撃によってジリジリと攻める灼滅者達。そんな灼滅者の動きに次第に適応しつつ、更なる反撃の機会を窺う淫魔。両者の戦いは更に激化してゆく。


    「これで、どうっ!?」
     ――バシュッ! バシュッ!
     注射器から放たれるのは、先ほど以上に水圧を増した温泉水。
    「ぐっ……まるでマシンガンだな」
     槍の穂先で水弾を弾いた蝶胡蘭だが、その衝撃に思わず顔をしかめる。
    「いつまで耐えられるかしらねぇ?」
    「確かにこのままじゃ……」
    「オッケ~♪ ボクが皆の傘になるよ☆」
     シールドを展開しつつ、その身を挺して水弾幕を防ぐ道家。仲間達への射線を塞ぎつつ、ジリジリと前進する。
    「わ、私も!」
     ミルミも道家に集中する火線を分散させるべく、妖刀『狐紅葉』で水弾を切り裂きながらアリサへ肉薄してゆく。
    「リンフォース、回復を! あっちだってダメージは負ってるはずよ!」
     黒髪から水が滴るのも構わず、明日等は掌に集中させたオーラを放つ。
    「うっ!?」
     弾かれて霧状になる水弾の合間から唐突に飛来したオーラの塊が、アリサの顔を掠める。
    「そこだっ!」
     ――バッ!
     一瞬の隙を突く様に、懐へ飛び込んだのは蝶胡蘭。閃光が炸裂する様に、無数の拳を叩き込む。
    「か、はっ……」
    「解りあえないのは残念だけれど」
     ぐっと身体を折ったアリサに、マテリアルロッドを振り下ろす優希。凝縮した魔力を激しくスパークさせる。
    「ぐ、あぁぁーっ! う……くっ……ち、ちょっとタイム」
    「皆、イリス、とどめだよ」
     シェレスティナの怪談蝋燭から深紅の鬼火が放たれたのを皮切りに、灼滅者達は更なる波状攻撃を試みる。
    「待ったなし、覚悟です!」
    「あぐうぅっ!」
     梓の鍛え抜かれた鉄拳がアリサの頬を打ち据えると同時に、ミルミの狐紅葉が振り下ろされる。再びよろめいた彼女は体勢を維持出来ず、がくりと膝をつく。
    「わ、解った……貴方達にサービスするから。強くして上げる、良いでしょ?」
    「魅力的な提案だけど~、それ嘘だよね?」
    「此処は如何わしい事をする場所じゃない。去れ」
     ――ヒュッ!
    「ぐ、ふっ……」
     道家のダイダロスベルトが蛇の如くアリサの首に巻き付き、鬼神の力を宿した桐人の腕が、万策尽きた淫魔へと叩きつけられる。
    「……」
    「な、なんの真似?」
     突っ伏して倒れた彼女の手を取り、握りしめる優希。アリサは微かに顔を動かして、息も絶え絶えの様子で問う。
    「多くを求めずとも、小さなぬくもりだけでも暖かいものだよ」
    「……淫魔には、ぬくもりじゃ足りないって事。貴方達とも楽しんでみたかったけど……」
     優希の言葉に、少し驚いた様な表情を浮かべたアリサだが、ふっと微笑んでそう答えると、やがて跡形も無く霧散した。


    「ふうっ。温泉は浴びるより浸かるに限るな」
     濡れた服を脱いで水着姿になった蝶胡蘭は、ゆったりと温泉に浸かりながら呟く。
    「うんうん。いやー、この学園にいると色んな温泉に行けて良いですねー♪」
     ぶるぶると髪と耳についた水気を払いつつ、相槌を打つミルミ。これも正義の味方の役得と言った所だろう。
    「……情報らしい情報は得られなかったけれど」
     優希は少し憂いを残した表情で、しかし新緑の美しい景色に視線を向ける。
    「そのうち明らかになりますよきっと。あれ、お二人は入らないんですか?」
     楽天的に言いながら、ふと湯船に浸かっていない面々に問い掛ける梓。
    「私は……内湯にするわ」
    「じゃあ私もそっちにしようかな」
     肩を竦めて、露天風呂を後にする明日等。シェレスティナもこれに同行する。
    「やれやれ……」
    「おや、桐人くんお疲れサマ?」
    「少しな。それより王華、あれだけ矢面に居たのに余り濡れていないが」
    「ん~、ポリシーかな☆」
    「……そうか」
     女性陣から離れた場所で、疲労の色濃い様子の桐人に、話しかける道家。どう言う訳か、メイクの施された顔は全く濡れていない。

     ともかくも、もっともいけないナースの目論見の一角を阻止した灼滅者達。今しばらく温泉を満喫した後、凱旋の途に就くのであった。

    作者:小茄 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年4月27日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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