この刃は我が仇へ

    作者:邦見健吾

     とある繁華街の路地裏、着流しの男の姿がわずかな光の中で揺らめく。男の腰には日本刀が一振り。
    「うん? 拙者はとう死んだはず」
    「私にはあなたが見えます。灼滅されてなお、残留思念が囚われているのですね」
     男の前に、1人の少女が姿を現す。一見可憐にも映る、彼女の名は――。
    「私は『慈愛のコルネリウス』。傷つき嘆く者を見捨てたりはしません。あなたにも何か思い残したことがあるのでしょう」
    「ふむ。思い残したこと、か……」
     言われ、男は合点がいったように頷く。どうやら心当たりがあるらしい。
    「……プレスター・ジョン、この哀れな敗者をあなたの国にかくまってください」

    「慈愛のコルネリウスが六六六人衆元六五三位、辻斬りの残留思念に力を与えてプレスター・ジョンの城に送ろうとしています。放置することはできないので、再度辻斬りを撃破してください」
     冬間・蕗子(高校生エクスブレイン・dn0104)は茶を一口含み、説明を始める。
     辻斬りは昨年の12月に灼滅者によって灼滅された六六六人衆で、どうやら灼滅者にリベンジしたいらしい。
    「辻斬りの残留思念は繁華街の路地裏に出現します。人払いなどは必要ないので、周りのことは気にせず戦ってください」
     辻斬りは日本刀及び殺人鬼のサイキックを使って攻撃してくる。戦闘力は以前灼滅した時と同程度だ。
    「ただし、どういうわけか、バベルブレイカーを装備している灼滅者や霊犬を優先して攻撃してくるようです。利用できるかもしれませんが、気を付けるに越したことはないでしょう」
     一度倒した相手とはいえ、油断は禁物。以前は逃走を許したこともあり、全力で臨むべきだろう。
    「コルネリウスの意図は分かりかねますが、撃破に失敗すれば敵戦力の増強になる可能性があります。……それでは、よろしくお願いします」


    参加者
    御子柴・天嶺(碧き蝶を求めし者・d00919)
    東雲・由宇(終油の秘蹟・d01218)
    鹿嵐・忍尽(現の闇霞・d01338)
    藤枝・丹(六連の星・d02142)
    明鏡・止水(高校生シャドウハンター・d07017)
    柳・晴夜(影の護り手・d12814)
    ハノン・ミラー(ダメな研究所のダメな生物兵器・d17118)
    ディエゴ・コルテス(未だ見果てぬ黄金郷・d28617)

    ■リプレイ

    ●辻斬り、三度
    「うん? 拙者はとう死んだはず」
    「私にはあなたが見えます。灼滅されてなお、残留思念が囚われているのですね」
     繁華街の光が差し込む夜の路地裏、辻斬りとコルネリウスが向かい合う。その姿は両方ともおぼろではっきりとしない。
     その隙に、灼滅者たちは迅速に襲撃の準備を整える。
    (「コルネリウスさん……むやみに蘇らせても受け取り側が困ってしまうんじゃないかな……」)
     溜め息をつきたいのを我慢しつつ、御子柴・天嶺(碧き蝶を求めし者・d00919)は辻斬りの後方に回る。包囲して確実に撃破する作戦だ。
    (「また亡霊のお出ましか……。シャドウはあくまで夢の存在だろ? 夢と現の境界を無くすつもりか、コルネリウス」)
     柳・晴夜(影の護り手・d12814)たちは前方へ。様子を窺い、介入のタイミングを計る。
    「私は『慈愛のコルネリウス』。傷つき嘆く者を見捨てたりはしません。あなたにも何か思い残したことがあるのでしょう」
    「ふむ。思い残したこと、か……」
     コルネリウスの言葉に辻斬りが頷いた。その時――。
    「必殺、霊犬ミサイル! ……でござる」
     頭上から鹿嵐・忍尽(現の闇霞・d01338)の声が響いた。辻斬りがハッとして上を向くと同時に、忍尽が仲間たちに合図を送る。
    「今日は負け惜しみは無しでござるよ。三度目の正直、真の決着にござる!」
    「よう。テメェ、まだ斬り足りねェんだってな?」
     狭い路地裏の壁を次々と蹴り、辻斬りに迫る忍尽。ディエゴ・コルテス(未だ見果てぬ黄金郷・d28617)もビルの上から飛び降りて辻斬りの背後を固めた。さらに前後から灼滅者たちが飛び出し、一斉に辻斬りを取り囲む。
    「ふっ、死にぞこない……いや、死人相手に大仰な」
     灼滅者たちに囲まれ、おかしそうに笑いをこぼす辻斬り。しかしその笑みは自嘲にも見えた。
    (「辻斬りが思い残した事ねェ……碌なモンじゃなさそうだが」)
     辻斬りと相対したディエゴだが、不思議と強い殺気は感じない。むしろ緊張感がないと思うくらいだった。
    「慈愛のコルネリウス殿。招かれておいて恐縮だが、刀を握れるようにしてくれぬか。しばし時間をもらいたい」
    「わかりました」
    「感謝する」
     コルネリウスが機械的に返事を返すと、辻斬りが光に包まれ、半透明だった体が実体を取り戻す。その様子を見届け、コルネリウスの幻影はすぐに姿を消した。
    「コルネリちゃんったらまーたやってくれちゃって。……まーいっか、今度こそ成仏できるよう、全力で殴り愛しましょっか」
     東雲・由宇(終油の秘蹟・d01218)が愉快そうに笑みを浮かべ、聖剣を構える。一度敗れたとはいえ六六六人衆、相手にとって不足はない。

    ●闇よりの刃
    「よもや三度も刃を交える事になろうとは……」
    「締まらぬとは言うな。付き合ってもらうぞ」
     忍尽は片手で印を切り、赤にスタイルチェンジした交通標識を叩きつけた。標識には人斬禁止の4文字が現れ、辻斬りの動きを奪う。。霊犬の土筆袴も路地を駆け、魔を断つ刃を振るった。決着は以前ついたはずだが、再び現れたなら今度こそ引導を渡すのみだ。
    (「残留思念とか、あんまり掘り起こして欲しくないんだけど、な」)
     明鏡・止水(高校生シャドウハンター・d07017)はさっきまでコルネリウスが場所を一瞬見やり、影を拳に宿して辻斬りを打った。同時に影が乗り移り、トラウマを呼び起こす。六六六人衆のトラウマがどんなものか気になるが、残念ながら知ることはできない。
    「あ、言っときますけど、わたしは初対面だからね。そんな仇とか言われてもピンと……」
    「拙者は気にせん。まとめて撫で斬りにしてやろう」
     ハノン・ミラー(ダメな研究所のダメな生物兵器・d17118)はだらけた口調でそう言うと、腕ごと光剣をデモノイド寄生体に呑み込ませて一閃する。辻斬りはふっと笑い、太刀を浴びた。
    「ではこちらも抜かせてもらう!」
     辻斬りが刀に手をかけ、すれ違いざまに土筆袴を斬る。踏み込みも抜刀も、灼滅者たちの目では捉えることができなかった。
    (「……なんで戻ってきちゃうかな。まあ、今度こそ、きっちり終いにしないとっすね」)
     藤枝・丹(六連の星・d02142)は弓に矢を番え、土筆袴を射抜いた。傷を癒し、感覚を呼び覚ます。リベンジという展開は丹好みなのだが、それを許すわけにはいかない。
    「ほらほら、斬って来なさいよ? 来ないなら、こっちから行かせてもらうわね!」
     霊犬を狙う辻斬りに対し、由宇が軽く挑発しながら切り込む。白い光を放つ聖剣を横薙ぎに振るい、光が由宇を包み込んでその肉体を強化した。
    「ま、リベンジとやらは付き合ってはやるが……満足したらきちんと消えろよ?」
     晴夜は余裕の笑みを浮かべ、クルセイドソードを構えて接近。直前で軌道を変え、死角から足に傷を刻む。
    「ご苦労なこった。ま、それは敵わねェ願いだがな」
     ディエゴが手をかざすと、そこに黄金色の輝きが集う。金に輝く光は夜に形を変え、辻斬りを貫いた。
    「螺旋を描き敵を貫け……!」
     月のように閃く薙刀を握り、蒼い組紐を揺らして天嶺が迫る。間合いに入るや否や、渦巻く刃を突き立てて敵を抉った。ハノンは不気味に銀に光る注射器に炎を走らせ、炎熱の槍に変えて辻斬りを貫く。
    「そうこなくてはな」
     辻斬りは楽しそうに笑みを深め、再び早業で土筆袴を斬った。

    ●刃に映るは
    「さあ、道連れをもらおうか」
     斬撃を受けて土筆袴が消滅させられるが、辻斬りは攻めの手を緩めない。だが灼滅者も後れを取らず、攻撃を重ねていく。
    「ふん!」
    「吹け、追い風」
     辻斬りが黒い殺気を放って灼滅者たちを包み込むと、丹は聖剣を振るい、刻まれた祝福を風に変えて殺気を吹き飛ばした。止水は自身の暗い想念を束ね、胸に漆黒の弾丸を生み出す。弾丸は辻斬り目掛けて跳び、その精神を蝕んだ。
    「この国じゃ、再生怪人はやられるものって相場が決まっているらしいぜ?」
    「拙者は怪人ではないがな」
     ディエゴが不敵に口元を歪め、右の拳を握った。拳を真っ直ぐに振り抜くと、金色の光条が迸って辻斬りを射抜く。辻斬りはくすりと笑い、その言葉は冗談か本気か区別がつかない。
     なおも灼滅者のサイキックと辻斬りの斬撃が飛び交い、技と技の応酬が続く。
    「楽しみにしていた割には辛そうですね。でも血の気は余っているようなので頂きます」
     傷ついた辻斬りに、天嶺が殺人注射器を突き立てた。ピストンを引き、注射器を通してエネルギーを強奪する。
    「足癖悪くてゴメンね♪」
     由宇はエアシューズを滑らせ、一直線に駆けた。ローラーに着火するとともにスピンをかけ、豪快な回し蹴りで炎熱纏うシューズを叩きつける。赤い炎が燃え移り、辻斬りの着流しを焼いた。
    「逃げ場はないでござる!」
     短く助走して跳躍し、星のように降り落ちる忍尽。足が辻斬りを捉えた瞬間、星の瞬きが弾け、強い重力が足を鈍らせた。
    「ついでに、その諸々の負担を倍にしてやる」
     止水は鋼の糸を操り、すれ違いながら敵を切り裂く。先に結びつけたハーモニーボールが鳴り、傷を深く抉った。
    「大体な、死んだ奴がまた復活できるなんざ虫が良過ぎんだよ……」
     十字架が描かれた交通標識を振るい、晴夜が辻斬りを打つ。赤の交通標識が夜を裂き、敵の動きに制限をかけた。ラスボスでなくとも、倒した相手と何度も戦うのは鬱陶しいというものだ。
    「さすがに剣では負けんな」
     辻斬りが抜刀し、夜闇に紛れて姿を消した。次の瞬間、由宇の背後で小さな光が一瞬閃いて刃が迫る。
    「とりあえずあなたは二度死ぬ。怨むならコルネリウスさんにしといてよね」
     しかしハノンが割って入り、斬撃を代わりに受け止めた。黒白混じる光剣で反撃し、纏う殺気ごと切り裂いた。
    「皆でピンピンして帰るっすよ」
     先決を流すハノンに、丹がすかさず癒しの力を込めた矢を飛ばす。矢はハノンの胸に吸い込まれ、その傷を塞いだ。

    ●闇に還る刃
    「やれやれ、死霊になってもこれか」
     辻斬りは以前に撃破した相手だが、個の力では依然として辻斬りが圧倒している。しかしその辻斬りでも数を覆すには至らない。しかも、辻斬りは追い詰められているにも拘わらずどこか飄々としていた。
    「浄化の炎よ……焼き尽くせ!」
     天嶺は紫のオーラを纏い、体から噴き出す炎で薙刀を包む。薙刀を袈裟切りに振り下ろし、烈火の刃が辻斬りを斬った。
    「貴方の魂、天国まで直送してあげる! 大丈夫、一瞬で着くから! 痛くないわよ、多分!」
     破邪の剣を霊体へと変え、由宇が肉迫する。至近距離から実体のない刀身を突き出し、深々と貫いた。
    「リベンジ失敗、っすね」
     丹が放った矢が、星のように宙を貫いて迸る。矢が正確に辻斬りを捉え、その胸を穿った。
    「土筆袴の痛み、身をもって思い知るでござる!」
     相棒を倒された怒りに拳を握り、忍尽が一気に距離を詰める。切り払う太刀をかいくぐって辻斬りの腕を掴み、力任せに投げ飛ばした。壁に叩きつけられ、周囲に衝撃が伝わる。
    「こいつで……終わりだ」
    「ぐうっ……」
     間髪入れず、ディエゴが地を蹴って迫った。金色の光に包まれたディエゴの足が辻斬りを打ち、辻斬りが静かに力尽きて倒れた。
    「やはり、今回も私達のが一枚上手でしたね」
    「どうせこうなるとは思っていたがな。犬を投げられなかっただけまだマシだ」
     徐々に辻斬りの体の輪郭がぼやけていく。自身を見下ろす天嶺に、辻斬りは自嘲して答える。どうやら辻斬り自身、本気で灼滅者たちを倒せるとは思っていなかったようだ。
    「気は済んだでござるか。先に眠られよ」
    「あの負け方は未練になるのでな。負け直させてもらったのだ」
     忍尽が片膝をつき、辻斬りの顔を見つめる。そして辻斬りはおかしそうに笑んだまま、夜の闇に溶けて消えた。

    「いったいいつまで続けていくんだろう、な……」
     コルネリウスが残留思念をプレスター・ジョンの城に送る事件が起き始めて、短くない時間が経っている。しかしコルネリスがどこまでそれを続けるのか、止水には見当もつかない。
    「ったく、アイツは何がしたいんだか」
     小石を足で転がし、晴夜がぼやいた。灼滅者はもちろんのこと、もしかすると、ダークネスでもコルネリウスの考えを理解できる者は多くないかもしれない。
    「慈愛のバーゲンセール、か」
     ハノンが辻斬りが消えた場所を見つめ、小さな声で呟く。しかしバーゲンセールというよりも、むしろ押し売りといった方が適切な気もするか。
    「じゃ、帰るっすよ」
     深い傷を負った仲間がいないせいか、そう言う丹の表情をどこか得意げだ。そして灼滅者たちは、仕事帰りの客で賑わう繁華街を抜けて帰還した。

    作者:邦見健吾 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年4月23日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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