テリトリー・ファントム=蜘蛛の怨讐

    作者:藤野キワミ

    ●なれの果て
     日が傾き始めたころ、女の絶叫に等しい声が、木立の間を震わせる。
    「くそが! あたしが消えるとかマジであり得ない! なんなのアイツら! ホントに、くそ! 消える……! 消えていく……!!」
     自慢の白い肌がどんどん透過していく。
     自慢の白い外套も、自慢の白いナイフも、すべてが透けていく。
    「いやだいやだいやだいやだ…!」
     自分の体を抱き締め、しかしその感触が薄れていくのを感じ、絶望する。
    「大丈夫、私にはあなたが見えます」
     垂れていた黒と金のツートン頭を弱々しく上げ、優しげな声の主を探す。
     血走った赤い眼が捉えたのは、一人のダークネス。
    「私は『慈愛のコルネリウス』。傷つき嘆く者を見捨てたりはしません」
     その真摯な眼差しに、彼女は悔しげに悲しげに、真っ赤な唇を歪ませた。
    「助けて、なんでもするわ、お願い助けて、消えたくないの! 助けて……!」
     悲痛に叫んだ彼女の頭にそっと手をやったコルネリウスは、ひとつ頷いて、
    「……プレスター・ジョン、プレスター・ジョン、聞こえますか? 」
     そっと呟いた。
     あなたに私の慈愛を分け与えましょう。
     眠りから目覚め、再び理想王として顕現なさい。
     彼女にはなんのことだかさっぱり分らない。しかし、この少女は本当に自分を助けてくれる――彼女は直感した。
     たとえ、利用されるだけだとしても、消えずに済むというのならば。
    「その代わり、この哀れな少女を、あなたの国に匿ってあげて……」
     彼女は、己に起こった全てを甘受し享受し、そして、焦燥しきった顔でそっと笑った。

    ●蜘蛛の怨讐
    「慈愛のコルネリウスが、六六六人衆の水島・テイ子の残留思念に力を与えて、どこかに送ろうとしている」
     ガイスト・インビジビリティ(亡霊・d02915)の懸念は、エクスブレインの少年の言葉によって肯定され、今、現実のものとなって灼滅者たちの前に現れた。
     残留思念のままであれば大した問題にはならないはずだが、大淫魔スキュラの件もある。高位のダークネスならばそれに力を与えることは不可能ではないのだろう。とはいえ、力を与えられたからといって、すぐに事件を起こすことはないだろうが、このまま放置するわけにもいかない。
    「テイ子思想危険、即対処、最良」
     淡々と彼は経験を元に呟いた。
    「そういうことだ。今からお前らには、慈愛のコルネリウスの作戦を妨害しに行ってもらいたい。
     知っての通り、あれはかなり強力なシャドウのため、こちらの世界に出てくることはなく現場にいるコルネリウスは実体をもたない幻だ。
     むろんコルネリウスとは戦闘にならないが、お前ら灼滅者に対して強い不信感を抱いている。交渉の余地はないだろう。
     そして、水島の残留思念は、灼滅者のことを相当恨んでいる。自分を殺した相手――その仲間たちに好意を抱ける者はそうそういないだろうからな」
     エクスブレインの少年は、手元においてあるコーヒーを少しだけ飲んだ。
    「コルネリウスの力を得た水島の残留思念は、生前の水島に匹敵するほどの戦闘力を擁する。たかが残留思念と軽んじて挑めば、返り討ちに遭うだろう」
     水島・テイ子の戦い方は以前と変わらない。
     殺人鬼と解体ナイフのサイキックに似た技を使い、素早く立ち回り攻撃を躱してくるだろう。
     ただ、今回相手はかなり頭に血が上っている。怒りは一撃一撃のパワーを増幅させて、重たくなっている。
     戦闘場所となるところは、以前の地下水道とは違って、放置されて久しい工場跡だ。戦闘の邪魔になりそうなものはないに等しい。
    「慈愛の名の通り、その行動は一面的には良いことであるように感じるが、こちらにとっては迷惑千万。何を意図しているのか分らないが、とにかく阻止してきてくれ」
     エクスブレインの少年は言って、灼滅者たちを送り出した。


    参加者
    神薙・弥影(月喰み・d00714)
    詩夜・沙月(紅華の守護者・d03124)
    モーリス・ペラダン(夕闇の奇術師・d03894)
    栗橋・綾奈(退魔拳士・d05751)
    佐津・仁貴(厨二病殺刃鬼・d06044)
    一色・紅染(料峭たる異風・d21025)
    音森・静瑠(翠音・d23807)

    ■リプレイ

    ●復活を遂げて
     プレスター・ジョンがなんなのか、彼女にはさっぱりわからない。しかしこの、慈愛のコルネリウスは嘘を言っている風ではない。
     残留思念たるこの姿をしっかりと見つけ、そして話しかけてきたのだ。
    「どこの誰だか知らないけど、礼を言うよ。力が欲しいの、あたしはまだまだ殺し足りないのよ!」
     彼女は眼前の少女の幻影へと、獰猛に笑ってみせる。
    「灼滅者を殺す――堕ちる姿も面白かったけど、もうどうでもいいや、殺したくて殺したくて、うずうずするわ!」
     徐々に力が満ちてくるのを感じた。彼女の仕業だ。力が満ちる。透けて見えなくなっていた四肢が見えてくる。
     歓喜がわき上がった。
     己の姿が見えるということが、これほどまでに嬉しいものだとは、今この瞬間まで思いもしなかったし知る由もなかった。
     コルネリウスはしゃべらない。そして、意味深に目を伏せ、姿を消した。
    「さあ、殺し合いの時間よ」
     水島・テイ子の残留思念は復活を遂げて、自慢の白い外套を翻し、病的なまでに真っ白な頬に、醜悪で獰猛な真っ赤な唇で笑みを刻みつけた。
     彼女の朱の双眸に、八人の灼滅者の姿が鮮烈に映った。

    ●始まる復讐
     コルネリウスの幻影が消えていく。それに比例して水島・テイ子の姿が見えてくる。
     ガイスト・インビジビリティ(亡霊・d02915)は、その様子を険しい表情で見る。
    「……。テイ子、未練多数、把握。が、害虫的思想、不変。殺虫駆除、執行」
     コルネリウスの去った工場跡は、夕焼けで真っ赤に染まった。
    「……死は、怖い、もの。縋る、気持ち。わからなくは、ない、です」
     赤瞳に水島を映した一色・紅染(料峭たる異風・d21025)は、しかしそれは今を生きている者の特権だと考える。水島はすでに一度死した存在。
    「……黄泉返り、は、あっては、ならないん、です」
     彼はそっと呟く。
    「ヤハハ、巣の無い蜘蛛に何が出来ると言うのデショウカ」
     モーリス・ペラダン(夕闇の奇術師・d03894)は嘲笑うように水島を見下した。
     今また残留思念となって甦った水島に、「また厄介なものを呼び出しますね、コルネリウスは……」と音森・静瑠(翠音・d23807)は呟く。
     彼女の言葉に神薙・弥影(月喰み・d00714)は小さく頷いた。
    「まったくよ。慈愛を悪いことだとは言わないけど、相手は選んでほしいかな」
    「今日は無駄なおしゃべりはナシよ。さっさとかかってきなさい。全員、殺してあげるわ」
     陣を展開しながら水島との距離を詰める灼滅者たちに、彼女は綽然と愛刃を弄ぶ。
     あのナイフだ。佐津・仁貴(厨二病殺刃鬼・d06044)は眉間に皺を寄せた。あのナイフからの斬撃で、気絶させられたことを思い出す。
    「プレスター・ジョンのところに行かれて分割存在なんぞになる前に借りは返す」
    「また借りぃ? もう、どうでもいいって! あたしはあんたなんかになんにも貸してないわよ」
     げんなりと水島はため息をつく。
     口を開けば借り借りと、そんなことなんぞ、どうだって良い。過去は過去だ。今さらどうこう言ったところで何が変わるわけでもない。彼女は心底面倒くさそうに仁貴へ舌打ちをした。
    「お久しぶりです、と言うべきでしょうか――あなたのような方をコルネリウスさんに利用されるわけにはいかないので、妹に代わって、今度は私が引導を渡しましょう」
     詩夜・沙月(紅華の守護者・d03124)は、脳裏に焼きついた光景を幻視して、《雪夜》を抜刀した。
     そして、こちらもまた『因縁の対決』とやらを演出してくるのか――げえっと異様に長い舌を出した。
    「全力でいきます!」
     栗橋・綾奈(退魔拳士・d05751)が疾駆。
     闘気がバチリと爆ぜ、雷電へと転化、握り締めた拳が轟然と爆ぜ光り、それは水島の顎先へと肉薄――しかし、それを寸でのところで跳び退って躱した水島へ、「ピリオド、宜しく」と声をかけたガイストのシールドバッシュ、タイミングを合わせたようにビハインド・ピリオドの霊撃が襲う!
     が、こちらも華麗に躱された。準備運動とばかりに肩を回し、紅染の幻狼銀爪撃を体をずらしただけで回避する。
    「私は貴方との縁はないけど、見過ごせないのよね」
     弥影は前衛の仲間たちに障壁を展開して、これからに備える。それは静瑠も同じだった。ドーピングニトロで破壊の力を増幅させた彼女は、決意を固める。
    「っ!」
     沙月の短く鋭く呼気。
     片腕を異形の形へと巨大化させた沙月の凄まじい力の一撃を、手にしたナイフで弾くも水島はその膂力のすべてを防ぎきることはできなかった。
     その隙を見逃さずモーリスは疾駆し、縛霊撃を打ち込む!
     主人の攻撃についていくようビハインド・バロリもまた霊撃を叩き込んだ。
    「遅すぎて欠伸が出るわ」
     そのどちらも大ダメージとはならず、モーリスは目を眇めた。
    「ならこれならどうだよ」
     仁貴は《Guardian of the law》に白光を煌めかせ振り下ろす!
    「遅いのよ、だから」
     ギイン! と耳を劈く金属音を響かせて、水島はにたりと笑む。
     強烈な殺気を噴出して、弥影ら前衛に展開する五人とピリオドを飲み込んだ。
     その体が覚えている以前の力とより、確かに上回っている――ガイストは、先の戦いを思い出して奥歯を噛みしめる。
    「慎重に行きましょう」
     弥影は仲間に声をかけた。

    ●届かない攻撃
     無駄なおしゃべりはナシ。
     そう言った水島は、本当に今までの多弁さが嘘のように、無暗に挑発せず不気味な笑みを浮かべたままこちらの攻撃をひらりひらりと舞うように躱し、ナイフで弾き相殺して、容赦のない猛攻を仕掛けてくる。
     常套手段として回復の要である紅染を狙ってきて、ディフェンダーたちがなんとか身を呈して守っているが、水島の猛烈な斬撃に耐え切れず、ピリオドが消えてしまった。
     バッドステータスが思うように重ねていけない。
     俄かに灼滅者に焦りが見えた。
     このまま長期戦に持ち込まれれば、確実に回復の手が足らなくなる。しかし水島には足枷を解除する術はない――勝機があるとすれば、そこを突くしかないのだが、攻撃があたらなければどうすることもできないではないか。
     水島の顔がすぐそこにある――それほどまでに接近されて、瞬間彼女の姿が視界から消える、否、綾奈が見失っただけだ。悪魔のような白刃はすぐそこに迫っていた。
     防ぐ間もなく、機動力を奪われるような強烈な衝撃と激痛に襲われる。
    「そんな攻撃で倒れるほど、私は弱くないんだから!」
    「そう、それは、期待できそうね!」
    「再び討ちましょう! 必ず、ここで!」
     静瑠の声がみなの士気を高める。極寒の妖気は氷柱へと転化、水島へと撃ち出される。
     それが水島の右足へと吸い込まれていく――そして魔氷は彼女の足に絡みついた。
     わずかに舌打ちをした水島だったが、そのあとの沙月の雲耀剣は回避して、バロリの霊撃を躱し、モーリスの縛霊撃を相殺する。
     それでも勝機は必ずあると弥影は前衛陣へワイドガードを展開させてた。そして紅染は清めの風を前衛へと届ける。
    「素手で刃物に勝てるわけがないって思っているでしょう?」
     綾奈の言下、水島のナイフが踊る。しっかりと見据え軌道を見極めた綾奈はそれを刺突と判断――斜め前へと飛び込み、逆に距離を詰め回避する――水島の薄気味悪い笑み――真っ赤な唇がわずかに動く。
    「残念、ハズレ」
     この上なく愉しそうな声がやけに大きく聞こえる。転瞬、強烈な斬撃が綾奈を襲った。解毒しきれなかった猛毒の蓄積と、今の斬撃に耐え切れず綾奈は意識を手放した。
    「そんなバカなこと思うはずないでしょう。あたしは嬲り殺せるならなんだって良いわよ」
     地に倒れ伏した綾奈をちらりと一瞥して、興味を失ったように灼滅者たちを見る。
     攻撃の手を緩めているつもりはないが、クリティカルヒットが生み出せない。
     回復の要である紅染への攻撃を文字通り体を張って受け止めた仁貴へ、紅染の快癒の弓矢が放たれた。しかしスナイパーの三名はさらなる猛毒に侵された。
    「六六六人衆として多くの命を奪ってきたお前も、自分が消え去るのは恐ろしいか?」
    「何勘違いしちゃってんの? 脳内お花畑?」
     ウロボロスシールドを展開した仁貴へ、水島が肉薄して白刃を閃かせる。
    「正直うんざりなんだよね、しつこいしさ、弱いしさ」
     回復した体力、展開した盾なんぞどこ吹く風と放たれた斬撃は強烈で、一瞬のうちに視界が暗転、意識を持っていかれた。
    「さあて、お次はだあれ?」
     水島は仁貴の返り血を頬に浴びて陰湿に笑い、ひゅんっと白刃についた血を振り払った。

    ●防戦
     こちらの攻撃は大半を躱され、当たってもクリーンヒットにならない。わずかに急所を外されている。
     たまのヒットでさえ水島は涼しい顔をしているから、よけいにフラストレーションがたまる。足止めや麻痺で動けずにいることもあったが、彼女もまた快癒の霧を纏い体力を回復していった。
     そして水島の一撃は重く、弥影は防戦一方、一撃を喰らわせたい沙月も防護符を飛ばしている。
     ――あと一人、メディックがいれば……。
     誰かの心にそんな思いがよぎる。
     しかし仮話をしている余裕はない。水島の猛攻は止まるところを知らないのだ。
    「あんた、あたしを笑いに来たんじゃないの?」
    「嘲笑ってあげマスヨ、今に」
     モーリスは、紅染の清めの風を受けたバロリが、それでも耐え切れず消えていくのを横目に確認、喉の奥で唸った。
     水島はまたもや猛毒の霧を呪いとともに噴き上げている。それは肺腑の奥から体が腐っていくような気持ちの悪いものだった。
    「……っ」
     苦々しく舌打ちしたモーリスは、狙いを澄まして影業を奔らせ水島へと絡みつかせる!
     漆黒の影はその細い脚をぎりぎりと締め付け、自由を奪う足枷となった。
    「スパイダーレディ、捕まえられる気分は、如何デショウカネ、ケハハ」
     仮面の奥からモーリスの嘲笑が漏れる。
    「こんなものであたしを捕まえた気になってるなんてね……あはは、ふふふふふ……!」
    「何が可笑しいのデショウ、ついに狂いマシタカネ」
    「可笑しいわね、可笑しすぎて腹が捩じ切れそうよ!」
     醜悪に哄笑した水島からさらに猛毒の波が、静瑠ら後衛陣へと押し寄せてくる。
     弥影は紅染を庇い、ガイストは静瑠を守るように素早く動く。
     猛毒を体に浴びる前衛の仲間らに、紅染が清廉な風を巻き上がらせる――長く体に蟠っていた毒が抜けていくのを感じる。
     回復の手段を持つ者はみな手分けして傷を癒していった。
    「防戦一方ねえ! 気分はいかが、亡霊さん」
     ガイストへと水島は一気に距離を詰め、誰かが庇う間もなく、凶悪な白刃はガイストを引き裂いた。
    「ガイストさん!」
     弥影の悲鳴を意識の遠くで感じながら、彼は倒れ伏した。
    「前に出ます!」
     前線は瓦解寸前だ。静瑠の意を決したような、清冽な声が戦場に響く。
    「向こうも消耗しています、持ち堪えましょう」
     前衛に上がってきた静瑠へ、沙月が声をかける。
     瞬間、水島は凄まじいまでの殺気を噴き上げた。スナイパーからディフェンダーへと移った静瑠が、その衝撃波から紅染を守る。
     彼が落とされるわけにはいかないのだ。弥影は静瑠へソーサルガーダーを発動させた。
    「もうひと踏ん張りです!」
     沙月は鼓舞して、ちらりと背後を見やる。大丈夫、倒れた仲間からは十分に距離がとれている。前線が崩れない限り、止めを刺されることもないだろう。
     静瑠のソールから轟然と火炎が噴き上がり、その魔炎纏った蹴撃は水島の身を焼いていく。
     魔炎と魔氷、いくつもの足枷をその身に受けてなお立ち続ける水島は、不敵に笑った。
    「今にも死にそうなのって、あんたでしょう?」
     指を差されたのはモーリスだ。沙月の投げて寄こした防護符で回復したとはいえ、消耗が激しい。
     頭の隅にちらりと過ったのは、真っ暗な闇――しかし。
     水島の毒霧の海嘯に後衛は一瞬にして飲み込まれていた。目の前が真っ黒に染まる。そして、彼は意識を失った。
    「あたしはまだまだイケるわよ! さあ、もっと殺し合おう、いっぱい血を見せて、あたしをもっと楽しませて!」
     空寒く響く水島の高笑いは、灼滅者たちを追い込んだ。
     
    ●辛酸をなめる
     取り決めた撤退条件を満たした。これ以上戦うことは得策ではない。水島はまだまだ戦えるといわんばかりにナイフを弄んでいる。
    「……退きましょう」
     苦渋の選択だった。沙月の言葉に、静瑠は悔しげに唇を少し噛んで、紅染は《一尾》の切っ先を下ろし、弥影は《かげろう》をざわつかせながら、水島を睨み据えた。
    「え、もうやめちゃうの?」
    「私は、まだ大丈夫だから、先に行って」
     弥影が《かげろう》をさらりと撫でるようにして身構え、水島の前に立ちはだかる。
    「そっか、なーんだ、もうやめちゃうのか」
     水島は満足げににたりと嗤って、光の粒子となって霧散していく。
    「……え、追って、こない?」
     拍子抜けした紅染は思わず足を止めて、消え始めた水島を見つめる。
    「ひとつ、教えといてあげる。あたしは死ぬのが怖いんじゃない、死んで人間を殺せなくなるのが、すっごく、ものすーっごく悔しくて嫌なだけ」
     真っ赤な唇を弓なりに歪ませ、
    「あんたたちさ、ちょっとキレイごとを押し付けすぎてんじゃない? 世の中そんなにキレイなもんばっかじゃないわよ。仲良しごっこもいいけど、正直、薄気味悪いわ」
    「……それでも、私たちは……」
     沙月は、ぎゅっと拳を握り締めて、そろりと息を吐き出す。
    「まあ、いいわ! とっても楽しかったわ! すっきりした! もっとも、まだまだ殺し足りないけれど」
     そう吐き捨て、彼女は消えていく。
     満足そうに愉悦に満ちた声音だった。
     突如として訪れた耳鳴りがするほどの静寂に、緊張が途切れ、どっと疲労が襲ってきた。
    「……ッ、痛、……テイ子、は?」
     綾奈は目を覚まし、起き上がってくる。
    「消え、たよ」
     そっと囁くように紅染。
    「くそ……」
     意識を取り戻した仁貴は、奥歯を噛みしめ仰向けに倒れ込んだまま空を見上げる。
     濃い紫に、ちらちらと僅かな光が瞬き始めている。
     薄暗くなった工場跡に一陣の風が吹き抜けて行った。

    作者:藤野キワミ 重傷:佐津・仁貴(未来の学園警備員殺刃鬼・d06044) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年4月29日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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