もっちあ

    作者:聖山葵

    「はぁ? 何言ってんの?」
     不満げな声を上げたのは、一人の小学生だった。
    「だから、田んぼを荒らしてはいけませんと言っているのです」
     それは、当たり前と言えば当たり前のこと。水を張られた田んぼにはもう苗が植えられていたし、休耕田でないことは明らかだったのだ。
    「ほら、もち米の苗だって植えられ」
    「んー、どうした、朝ちゃん?」
     ただ、説得は別の子供の声に遮られ。
    「あー、なんかさードジョウとかとるなってうっさくて」
    「げ、高校生じゃん」
     体格と制服で相手が何者か察した別の小学生が顔を引きつらせる。
    「え、何、お前びびったん?」
    「び、びびって何ていねぇよ。で、どうすんの?」
    「どうすんの何て言われたって、まだドジョウ捕まえてねぇじゃん。無視でいいよ、無視で。あの靴なら入ってこれねーし、何かあったら、いじめられたって言えばいいだろ」
    「ちょ」
     身勝手な言い分に黙っていられなかったのは注意した側だ。だが、この小学生達はタチが悪かった。
    「ううせーよ、ほら、これでもくらえっ」
    「なっ、ぶっ」
     田んぼの泥をすくって顔にぶっかけたのだ。
    「……んのぉガキ共がぁ!」
    「へっ」
     流石にここまでされれば怒っても無理はないが、同時に起きた変化は小学生達にとって確実に想定外だった。着ていた服がはじけ飛んだかと思えば、現れたのは臼を模した木製の全身鎧に身を包んだ人型で、吠えるなり虚空からとりだした杵を振りかぶったのだ。
    「オラぁ、叩き潰してやるもちぃ」
    「ぎゃああっ」
    「うわあああっ」
     突然訪れた非日常に呆然としていた子供達はそれが間違いなく本気であることに気づくと悲鳴をあげ、飼育ケースやたもを放り出して走り出す。
    「た、たずげでぇっ」
     始まりは、ドジョウやオタマジャクシをとるのに数人の小学生が田んぼを荒らしていたことに起因する。だが、今追われるのは小学生達の方だった。
     
    「一般人が闇堕ちしてダークネスになる事件が発生しようとしているのでございます」
    「今回は餅、まぁ闇もちぃだな」
     君達へそう告げた翠川・朝日(ブラックライジングサン・d25148)の補足になっていない説明をしたのは、座本・はるひ(大学生エクスブレイン・dn0088)だった。
    「ただ、この人物は人の意識を残したまま、一時的に踏みとどまるようなのでね。そこで君達には、この一般人が灼滅者の素質を持つのであれば闇堕ちから救い出して欲しい」
     もし完全なダークネスになってしまうようなら、その前に灼滅をとはるひは言う。
    「闇もちぃは、餅米の田んぼを小学生が荒らしていたのを問題の人物が見とがめたことに端を発する」
     お餅の大好きなこの高校生は、見過ごすことが出来ず注意するのだが、小学生達は悪質きわまりなく、結果堪忍袋の尾が切れて勢いでご当地怪人モッチアへと変貌してしまうのだとか。
    「放置すれば田んぼを荒らしていた小学生達が犠牲になるのは言うまでもないが、モッチアがご当地怪人であるのが幸いした」
     田んぼに飛び込んで直線的に追うのを良しとせず、あぜ道を迂回する為バベルの鎖に捕まらない介入タイミングをとっても小学生達が杵で叩き殺される前の介入が可能らしい。
    「介入したら、小学生を逃がしつつ君達が立ちふさがればご当地怪人の敵意と注意はおそらく君達へ向く」
     闇もちぃした一般人を闇堕ちから救うには戦ってKOする必要がある。どのみち戦いは避けられないのだ。
    「もっとも、人の意識に呼びかけることで弱体化させることも可能なのだがね」
     ただ、介入直後はこちらの話に耳を傾ける余地がないほど怒り狂っているので、説得するにも一手間を要する。
    「ここに餅を用意しておいた。相手は餅好き、これを差し出せば敵意とて和らぐだろう。あぜ道で暴れては田んぼに被害が出ると言う制止も効果的だな」
     闇もちぃの原因も怒りが原因なので、宥める方向の説得が効果的と思われるともはるひは言う。
    「そして、このモッチアだが、戦闘になるとご当地ヒーローとロケットハンマーのサイキックに似た攻撃で応戦してくる」
     ただ、田んぼが近くにあるからか悪影響を恐れ大震撃に似た攻撃は行ってこないのだとか。
    「ついでに言うなら介入時に周囲を通りかかる一般人も居ないので、小学生以外が戦闘に巻き込まれる可能性は考えなくていい」
     まぁ、人に見とがめられないような時間帯だからこそ、小学生達も好き勝手していたのだろうが、迷惑な話である。
    「最後に、闇もちぃした人物の名は、臼島・望(うすじま・のぞみ)、高校一年生だ」
     性別に関しては助けた後のお楽しみだな、と言う辺りはるひは明かす気がないらしい。
    「ただ、闇もちぃした時点で望の制服ははじけ飛んでしまっているからな、着替えも用意して行くことをお勧めしておく」
    「えーと、それは最後にとか言う前に説明しておくべきだったんじゃ?」
    「はっはっはっはっは……では、望のこと宜しくお願いする」
     ジト目を向けた鳥井・和馬(中学生ファイアブラッド・dn0046)から目をそらして笑い声を上げたはるひは君達へ向き直るとそのまま頭を下げたのだった。


    参加者
    エステル・アスピヴァーラ(おふとんつむり・d00821)
    ティセ・パルミエ(猫のリグレット・d01014)
    東屋・桜花(もっちもち桜少女・d17925)
    氷見・千里(檻の中の花・d19537)
    白牛・黒子(とある白黒の地方餅菓・d19838)
    翠川・朝日(ブラックライジングサン・d25148)
    仮夢乃・聖也(小さな夢の管理人・d27159)
    リリウム・オルトレイン(中学生シャドウハンター・d32073)

    ■リプレイ

    ●あぜ道での介入
    「普通のお餅のモッチアですか……いままで出てこないのが不思議なぐらいでしたの」
    「うん、ただの餅は盲点だった」
     元モッチアの二人にとって、まず餅の種類へ話題が行ってしまうのは、仕方ないことなのだろう。
    「むにゅーん、もっちあ一族はどんどん増殖するのね、お餅と言うよりスライムなような気がするの。今回はどんなもちもちなのかな~」
     前を行く白牛・黒子(とある白黒の地方餅菓・d19838)と東屋・桜花(もっちもち桜少女・d17925)を眺めていたエステル・アスピヴァーラ(おふとんつむり・d00821)は、空を仰いでポツリと漏らし。
    「こんにちわですっ。……えと、初めまして、紅月春虎っていいますっ。前に見掛けてから和馬さんとお話ししたいなって思ってましたですっ」
    「あ、ご丁寧にどうも。オイラは――」
     応援に足を運んだ灼滅者へ鳥井・和馬(中学生ファイアブラッド・dn0046)が応じようとした時だった。
    「駆け足の準備をしておいた方が良いのです」
     口を開いたのは、仮夢乃・聖也(小さな夢の管理人・d27159)。忠告が何を意味しているかは、言うまでもない。
    「……んのぉガキ共がぁ!」
     直後にあがった怒声は、闇もちぃするという一般人がご当地怪人へ変貌する時に発するモノと知らされていたのだから。
    「オラぁ、叩き潰してやるもちぃ」
    「ぎゃああっ」
    「うわあああっ」
     杵を振り上げたご当地怪人ことモッチアの本気に気付き、悲鳴をあげて小学生が逃げ出した直後。
    「それ以上はダメっ!」
     ライドキャリバーのサクラサイクロンに跨った桜花があぜ道を爆走してモッチアと小学生の間に割り込み。
    「うおっ」
    「餅ついて! じゃなかった、落ち着いて! お餅についてお話しようよー」
     突然の乱入者へ仰け反ったご当地怪人へすかさずティセ・パルミエ(猫のリグレット・d01014)がお餅を差し出しながら、別のあぜ道をさりげなく塞ぐ。
    「ったく、なんだってん……は? 餅……もちぃ?」
     行く手を遮られたこと、目の前に飛び出されたことどちらも気に入らなかったか悪態をつこうとするご当地怪人であったが、差し出されたそれを見た瞬間、動きが止まる。
    「まずはこれ食べて落ち着こう?」
    「まぁ落ち着いて。餅食べよう。餅」
     畳みかけるように別の方向からもお餅が差し出され、流れに乗る形で氷見・千里(檻の中の花・d19537)は呼びかけつつ無表情のまま餅を口へと運ぶ。
    「餅は好きだ。餅は美味しい。とりあえず餅を食べよう。話はそれからだ」
     説得にかこつけてお餅を食べる大義名分にしている、と見てしまうのは邪推か。
    「ドーモ、臼島=サン。べこ餅ヒーロー白牛黒子ですの」
    「ああん? なっ、それは」
     アイサツに続き、黒子が餅を差し出したのもやはり餅。
    「とりあえずこれをどうぞ……これを食べて落ち着きなさいませ。せっかくの田んぼが荒れますの」
    「むーん、そこのおもちっぽいなにか、やめるのー」
    「うぐっ」
     好物を幾つも渡され、怒りが萎えだしたところでなされた指摘は、モッチアの動きを止めるのに充分すぎた。
    「皆さんの言うとおりです。そうやって怒ったまま暴れればきっと、田んぼがめちゃくちゃになっちゃいます。まずはお餅を食べて少し落ち着きま、あ」
     ただ、これに続こうとしたリリウム・オルトレイン(中学生シャドウハンター・d32073)は、小学生が投げ出していったタモの輪っかに足を引っかけたのは、予期せぬハプニングだったが。
    「危ねぇ」
     つんのめり、田んぼへダイブするところだったのを、ご当地怪人が腕を掴み引き上げる。
    「あ、ありがとうございますー。私、ドジで」
    「あん、良いってこともちぃ。さっきの話、間違っちゃいねーからな」
     お礼に答えるモッチアの言にはツッコむべきか、流すべきか。
    「それに、これ以上田んぼを荒らす訳にはいかねーもちぃ」
     言葉を続け、ご当地怪人は視線を田にやり。
    「ふむ、臼島様にも一理ございますね」
     モッチアへ翠川・朝日(ブラックライジングサン・d25148)が倣うことが出来たら、おそらくそんな風に理解を示していたかもしれない。だが、この時の姿はご当地怪人の側にはなかった。
    「助けない訳にも行きませんね。さあ、早くここから離れるのでございます」
    「おーい! こっちですー! こっちは安全なのです!」
     聖也や和馬そして応援に駆けつけた灼滅者と共に小学生の誘導に当たっていたのだ。

    ●釘
    「なぁ、あいつらって誰?」
    「はぁ、はぁ、……んなこと構ってられる場合かよ」
    「後もう少しです! 頑張って!」
     戸惑いつつも走る小学生達へ聖也はエールを送り。
    「ここまで来れば大丈夫でございますね」
     後方を振り返り、ご当地怪人が追ってこないことを確認した朝日は小学生達へ向き直った。
    「では、ここからは僕達で」
    「俺達でやっとくから和馬達は戻れよ」
    「あ、うん。よろしくね」
     小学生の護衛が応援の灼滅者にバトンタッチされる中。
    「さて」
     ただじっと小学生達を見つめ。
    「な、何だよ?」
    「……田んぼを荒らすのはいけません。臼島様が怒るのも当然かと思われます」
     視線にたじろぐ面々へ注意する。そも、闇もちぃの原因はこの小学生達が田を荒らしたことと、注意された後の行動に起因するのだ。
    「け、けど」
    「食べるものを粗末にしてはいけません。臼島様が無事に戻ったら、ちゃんと謝罪するでございます」
     口調こそ丁寧ながらも反論しようとする小学生に向けた視線は容赦なく。
    「この先に走っていけば大丈夫です! 私は逃げ遅れた人がいないか見てくるので絶対に戻ってきては駄目です!」
    「えっ」
     ただ、聖也の口にした指示は、戻ってくるなと言う謝罪とは相反したもの。おそらく小学生達の安全を優先したのだろう。
    「翠川さん、そろそろ戻るのです!」
    「……そうですね、お時間を取らせて申し訳ございません」
     この間も、あの場に残った面々は説得を続けていることを知っていたから、踵を返した聖也の後へ頭を下げた朝日は続いた。
    「うん、美味しい♪」
    「おぉ、最高もちぃな」
    「シンプルのお砂糖だけつけたお餅もおいしーよ?」
     もっとも、この時向かった先は平和そのものであったのだが、それはそれ。好物を怒濤の如く差し出されれば怒り続けることも能わなかったのだろう。灼滅者とご当地怪人の垣根無くお餅を食べてのんびりする空間となり果てていたのだから。
    「餅はいいですの……リリンの生み出した文化の極みですの……」
    「まったくもちぃ」
     ほふぅと幸せそうに吐息を漏らした黒子へモッチアは同意し。
    「砂糖醤油と、きな粉は用意してあるが、どっちが好きだ」
    「そーもちぃな、甲乙付けがた……」
    「とりあえず食べよう」
    「って、おぉい! 聞いた意味は何だったもちぃ?!」
     時に問いを投げてきた千里へ答えようとしたのをスルーされてツッコミを入れ。
    「あはは……えっと、それでさっきのことなんだけど」
     和やかなムードの中、桜花は切り出す。
    「あたしの愛する桜餅も、やっぱり美味しいもち米が命だから、田んぼに悪戯は許せないのわかるよ」
    「おぉ、解ってくれるもちぃか」
     言葉に真剣さを感じ取ったからか、ご当地怪人は身を乗り出し。
    「はい、大好きな物を大切にしない人への怒りはもっともです。それでもそれで誰かを傷付けたりしちゃ、ダメですよ!」
    「は?」
     頷きながらもリリウムが続けた言葉へ動きを止める。
    「杵はお餅をつくものなんだよ? 子供をドついたらダメだよー」
    「じゃあどうしろって言うもちぃ? 口で言っても聞かねぇガキ共もちぃぞ?」
     再びヒートアップし始めたモッチアはティセの言葉に立ち上がり。
    「でもね、怪人になって暴れたら、子供の悪戯以上に田んぼ荒らしちゃうよ?」
    「そ、それは追いかけ回せばあのガキ共だって田んぼから出るからその後で」
    「その場合、追いかけられたあの子達が逃げる時に田んぼが踏み荒らされちゃうんじゃない?」
    「うぐっ」
     桜花へ反論しようとしてあっさり論破され。
    「餅に癒されたことは思い出せるか。思い出せるまで餅を食べよう。餅おいしいし」
    「なっ、あ、あぁ」
     千里に餅を手渡され、促されるまままた餅を食べ始める。
    「少しお米の形を残したお餅もおいしーよね~」
    「そ、そうもちぃな」
     餅を食べ、説得し、再び餅を食べ、おそらく餅を食べる時間が終了すれば再び説得が待っているのだろう。それはまさに餅さえあれば永遠に続く恐怖の説得のループコンボであった。
    「ただいま戻ったです!」
     小学生を逃がす為離脱した面々が戻ってきたのは、三ループほどした後のこと。
    「頃合いですわね。……あなたのその餅を愛する餅のごとき清廉な純白の志、人の血で汚すわけにはまいりませんの!」
     スレイヤーカードの封印を解き、黒子がクルセイドソードの切っ先をご当地怪人へ向け、戦いは始まった。

    ●戦い
    「動けなくさせるです!」
     生じたのは青白い光。
    「な」
    「パルミエ様」
     構築された霊的因子を強制停止させる結界へ足を踏み入れたことにモッチアが気づいた瞬間、朝日は動いていた。
    「うんっ。お餅のように柔らかくガード! いくよ、にゃー!」
    「良い援護にございます」
     名を呼ばれたティセが広げたエネルギー障壁の下をくぐり抜け、産地直送標識を振りかぶる。
    「しま、もぢばべっ」
     虚を突かれたご当地怪人はそのまま殴り付けられ。
    「にゃあっ」
    「もべっ」
     仰け反ったところへティセのウィングキャットが肉球パンチを見舞う。
    「このままどんどんいくの。おふとん」
    「わうっ」
     エステルの魔力を宿した霧が展開され始める中、主人の声に応じた霊犬のおふとんが地を蹴りご当地怪人へ飛びかかる。
    「もふもふ~、かみついたらうにょーんってなるのかな?」
    「ええと、全身鎧っぽいし難しいんじゃないかなぁ」
    「ちょっ、何のんびり観察してくれてんうぎもっちゃぁぁっ」
     こてんと首を傾げたエステルへ微妙に顔を引きつらせた誰かがコメントする間も戦闘は継続中で、抗議しようとしたご当地怪人が、射出された光の刃で貫かれて絶叫する。
    「誰かを傷付けたりしちゃ、ダメです! だってそうしたら、貴方の大好きな物まで傷付いちゃいますから」
    「や、ちょっ、おま言ってることとやってるこ、もぢゃあぁっ」
     更にそこへリリウムが妖の槍で突きかかり、ツッコミを入れようとしたモッチアはリリウムのライドキャリバーに跳ね飛ばされて空を舞った。
    「チャンスですわ、お姉さま!」
    「あ、うん」
     チャンスと言えば、チャンスではあるのだろう。
    「お姉さまは黒子がお守りしますの! 猥褻は一切ないですの!」
    「けど、黒子。猥褻はさておき、ジャマーでディフェンダーを守るのって難しくない?」
    「そ、それはこうですの。こうやって、こう……」
    「っ、あ……って、どさくさにまぎれて何してるかー?!」
     ただ、元モッチア達は、何というか相変わらずだった。
    「うぐぐ、戦闘中に何て破廉もぢゃっ」
     起きあがったご当地怪人は、優等生モードで眉を顰めかけたところを今度はサクラサイクロンに轢かれ。
    「私はお母さんが作ってくれた雑煮が好きで、餅を2つ入れてもらっていた。それが思い出の味」
    「いや、聞いてないもへべばっ」
     身を起こしつついきなり口を開いた千里へ反射的にツッコミを入れようとしたところで急速に体温と熱を奪われ凍り付く。
    「お餅を食べよう。戦っていたらお餅が食べられない」
    「そう言うわけだから、闇もちぃやめるのー。やめないともち米を全部うるち米にしておくの、もちもちできないですよー……どうちがうのかな?」
    「うぐっ……な、何て恐ろしいこと考えやがるもちぃ」
     無表情の千里と再び小首を傾げたエステルに気圧され、怯むご当地怪人の身体から氷の欠片が零れ落ちた。
    「だが」
    「だが……なにデス? ですです?」
     反撃の前にビシッと指を突きつけようとしたのが、失敗だったのだと思う。指さしたのがエステルで、指先がたまたま胸の辺りに向いていたのも。
    「おふとんもごー、噛み付いてもいいけどのど詰まらせないようになの~」
    「わうううっ」
    「や、ちょ、誤かもぢゃああっ」
     その後の流れを戦いと呼んで良いのか。
    「望さん! 元に戻ってなのです!」
    「もべぢっ」
     霊犬とセットでの報復から起きあがる間もなくモッチアの身体へ夢銀龍天玉の杖が振り下ろされ、そこから始まる集中攻撃。
    「も、もぢぢ……」
    「黒子」
     ズタボロになったご当地怪人を見て口を開いた桜花は、走り出す。今日こそはフィニッシュを飾ってみせると。
    「……決めたいな」
     だが、その一言が拙かったのだと思う。
    「ちく、しょう……もちぃ」
     立ち上がろうとしたモッチアは既に限界だったらしく、ぽてりと倒れ込み。
    「え」
    「アイエエエお姉さまタイミングがンアーッ!」
    「にゃぁぁっ?! 黒子ごめんっ」
     標的を見失ってジャンプが一歩遅れた桜花は黒子と空中激突したのだった。

    ●おかえり
    「やっぱり女の子だったね。声も高かったし、こんなにもっちあなのに男の子なはずないよ」
    「戻ってももちもち?」
    「それじゃ、これを着せちゃお。裸とか、恥ずかしいもんね」
     まだ意識の戻らぬ少女のもっちあ(名詞)を指でつつくエステルを横目に自分の言葉へ頷いたティセは荷物から校女子制服を取り出すと、応援の灼滅者がかけた巨大なタオルをめくった。
    「あのタオルなら、男女どちらもいける筈と思うておったが……無事役に立ったようで何よりぞい」
     物陰からもじもじしつつ周囲に漏れ漏れな独り言を口にしたのは、タオルの提供者か。
    「やったですー!」
    「何というか、無事終わって良かったよね」
     嬉しそうに飛び跳ねる聖也を眺めつつ着替えさせられる少女へ背を向けて呟いたのは、和馬。
    「そうだな」
     相づちを打つ者を含め着替えを見せる訳にはいかない男性陣が集められた一角で少女の着替えが終わり意識が戻るまで時間を潰す中。
    「……ところで和馬さんってやっぱり女装とかやられてるんです?」
    「え゛」
     投げかけられた質問へ約一名が固まったのはある意味いつも通りのこと。
    「……や、なんかそういうあれに見えたので……」
    「オイラ、サセラレタコトハアッテモシタコトハナイヨ?」
     答える和馬の目が虚ろだったのは、つい先日も女装して囮をしたからだろう。
    「んんっ」
    「あ」
     少女が呻きつつ目を開けたのは、ちょうどそんな時。
    「おかえり、望」
    「んあ? おか……えり? ……あ」
     一時的な記憶の混乱か、桜花の言葉に怪訝な顔をした少女は弾かれたように周囲を見回し。
    「す、すみませんっ。ご迷惑をおかけしました」
     跳ね起きるなり正座して土下座する。自分の膝で豊かな胸が押し潰されむにっと変形する辺りは、さすが元モッチアか。ともあれ、この優等生モードが平時の彼女ということらしい。
    「あ、良いから顔を上げ、あ」
     慌てて顔を上げさせようとして、バランスを崩したのも。
    「ちょ、ちょっとお姉さ、あ」
     その姿を見て助けに入ろうとして躓いたのも、元モッチアだったけれど。
    「うみゃああああっ!」
    「ンアーッ!」
    「むぎゅう」
     センパイ達のモッチアプレス、オソルベシ。
    「はぁははぁ、酷でぇ目にあった」
    「むぅ、おきたですかー、とりあえず学園に連行なの~」
     その後、応援の元モッチアに依る二次被害を経て思わず素が出てしまった少女を待っていたのは、エステルの手。
    「んなぁっ? ちょ、学園ってどう言う」
    「あ、それはですわね……」
     うむを言わせず引っ張るエステルの様子に少女が声を上げたところで、説明タイムが訪れて。
    「……と言う訳で、武蔵坂にはわたくしや桜花お姉さまのように餅を愛する同志が集まってますの! あなたもいかが?」
    「餅仲間はいつでも歓迎だよっ」
     説明を終えるなり元モッチア二名は流れるように勧誘へ移行し。
    「武蔵坂、餅仲間ですか」
    「えっとね……お餅は一人じゃつけないよ?」
     二人の言葉を反芻する少女へティセは微笑みかけて、続ける。
    「だからみんなと一緒にお餅パーティ!」
     説得用のお餅がまだ残っていたのだろう。
    「でしたらこれとこれをどうぞっ」
     あぜ道で支えてくれたお礼ですとリリウムもお餅やドーナツを差し出した。
    「ドーナツも大好きですけど、お餅も美味しいですねっ」
    「やっぱりみんなで食べるお餅はおいしー。あの小学生達にもお餅を食べさせて説得すれば良かったんだよ」
     おやつの時間が再開され。
    「あの小学生、ですか」
     口を開いたのは、朝日。
    「出来ればちゃんと謝罪をさせたいところでございましたが」
    「まぁ、あのままではな。田んぼを荒らすのが良くないことだってのは、大人がきちんと教えてやらないと」
     何か考えがあるのか、朝日の言葉へ相づちを打った応援の灼滅者は踵を返し。
    「お餅美味しい」
     人が減っても続く小さなパーティーに加わりつつ、無表情に千里は口元へお餅を運びながら、思う。親しい人と何かを食べれば、それが思い出の味になって行くのだと。
    「帰ったら一緒に何か食べようかな」
     共に卓を囲むであろう親友二人のことを脳裏へ浮かべ、漏れ出た声は春風に流れ。
    「の……望殿、よろしく頼むぞいっ」
    「は、はい。こちらこそ」
     見つめる先には、新しい絆が出来始めているようだった。

    作者:聖山葵 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年5月1日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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